正確なとこまではわからんけどだいたいそうかな?
伊藤計劃はかなりそういうこと考えてたと思う。
生物らしい生をサイエンスが抑圧している、というモチーフはかなりあるだろう。
折しもあの時代は、進化生物学とか盛り上がって、社会学や人文学や政治学も生物学的な知見を取り入れねば、人類集団としての社会や人生を語れないのではないか……みたいな意識が高まっていたころだった。最先端だったよ。
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