『金閣寺』は、実際に1950年に起きた「金閣寺放火事件」を題材にし、主人公の内面世界を通して人間の心理、執着、そして破壊衝動を深く掘り下げた小説です。三島由紀夫独特の緊張感ある文体と哲学的なテーマが融合し、読む者を主人公の狂気と美の観念の迷宮へと誘います。
物語は、吃音に悩む若者「溝口」が、現実世界に適応できず、美そのもの――金閣寺という完璧な象徴――に病的なほど心を奪われていく過程を描いています。彼にとって「美」は理想であり、絶対的な存在。しかし同時にそれは、現実の醜さを強く意識させる存在でもありました。彼はやがて、自己否定と孤独、抑圧された欲望の末に、寺そのものを「焼く」ことによって、美と現実の矛盾を破壊という形で解決しようとします。
この小説は、トラウマ、劣等感、社会との断絶感を抱える若者の心の叫びを、文学的に昇華させた作品でもあります。三島は、溝口の精神の崩壊を通して、自己と他者、美と死、肉体と精神といった二項対立のはざまに揺れる人間存在を描いています。まさに、心理小説の傑作といえるでしょう。