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2025-04-20

MR1900台おじの格ゲー小咄「その昔セーラームーン格ゲーがあった」

はじめに

※このエントリ現在スト6をやり込んでいたり過去格ゲータイトルをやり込んだ人向けに書かれています

概要

まぁ今で言うプリキュア、いわゆる女児向けゲーム(女児ゲー)というジャンル時系列的には美少女戦士セーラームーンSが題材、リリース1994年、同時期にはスーパーストリートファイターIIとか餓狼伝説2とか龍虎の拳2とかが出てくる。

当時は格ゲーブーム真っ只中で、女児に人気のセーラームーン格ゲーを載せた、女児ゲーにしてキャラゲーにして格ゲーという闇鍋コンセプト。

もうこの時点でスーパーファミコンリリースされた美少女戦士セーラームーンS 場外乱闘!? 主役争奪戦の完成度へ対して訓練されたゲーマーは察してあまりあ状態だと思うんだが、まぁ聞いてくれよ。

システム

まず基本システムは前述の通り格闘ゲームで、通常技攻撃ボタンパンチキック、それぞれ弱強がある4ボタン制と言われるパターンのやつだ。

キャラの通常技はそれぞれ固有のモーションがあり、横に判定が強いものや縦に判定が強いものもあって、上下段あり、強ボタンには方向キーとの組み合わせで投げが可能必殺技コマンド方式。←←入力の後ろステップは完全無敵、定番の隠しコマンド必殺技実装

攻撃は連打キャンセル可能で、一部のジャンプ攻撃はめくりに対応し、一部のコマンド必殺技は弱攻撃からキャンセルで繋がる。まぁオーソドックス格闘ゲームである


コンボの例を上げると、主人公セーラームーンは下段小足連打キャンセルからの下段大足で確定ダウンが取れ、小技連打がガードされたときは下段大足ではなく波動コマンドムーンティアラアクションキャンセルで繋げることで相手との距離を取ることが出来る。

セーラームーンの固有特殊アクションとして→→入力で画面端から画面端まで移動する前ステップ可能で、→→入力成立後0フレームで移動が発生してしまうので相手へ対して前投げを行っている最中に→を連打することによって、投げをくらった相手の地上ダウン起き上がりに前ステップ着地が間に合って起き攻め可能

そしてセーラームーンには空中コマンドによる真横方向の飛び道具ムーンスパイラルハートアタックがあり、弱強で弾速が違うという仕様なので、最低空からムーンスパイラルハートアタックを出すことで、こちらも前ステップで弱ムーンスパイラルハートアタックに追いついてしまい、そこから上下通常技や投げ択、相手の後ろへ着地することで表裏択まである


ここまで真面目に読んで「セーラームーンの前ステ性能おかしいだろw」とツッコミ入れてる格ゲーマーはそろそろ思い出さないといけない。この作り込まれ格闘ゲーム女児ゲーであると。

まり1994年男児ゲーマーDBZ武闘伝2のデモ必殺技ボタン連打しあってるとき女児ゲーマーセーラームーンで前投げ>前ステ>下段小足連打キャンセル>大足>バックジャンプ>低空弱ムーンスパイラルハートアタック>前ステ>起き攻めという動きをするのが乙女の嗜みだったわけだ。

おわりに

キャラゲーと言えばクソゲー児童向けゲームといえば薄っぺらい事が大半のゲーマー共通認識だが、稀に飛びきり光る例外タイトルが登場してしまうのもこのジャンル

実はこの『美少女戦士セーラームーンS 場外乱闘!? 主役争奪戦』はその例外タイトルの1つで、飛び抜けた性能のキャラも居らず格闘ゲームとしてそこそこゲームバランスが良く、完成度が高いことで古い格ゲーマーからカルト的支持を集めているタイトルなのだ

忖度せずどれくらいの完成度なのかと言えばEVOでピックアップされてもおかしくはないレベルの完成度。1994年時点での格闘ゲーム界隈を考えれば格ゲーマーがやりこみ研究をするに値するゲーム品質競技性の高さだった。


そもそも美少女戦士セーラームーンS 場外乱闘!? 主役争奪戦』が成立される前段階にはスーパーファミコンリリースされた『美少女戦士セーラームーン』と続編の『美少女戦士セーラームーンR』があり、これらのゲームジャンルベルトロールアクションだった。

続編の『美少女戦士セーラームーンR』にはベルトロールアクションシステムをそのまま流用した「たいせん」モードがあり、それを発展させて生まれたのが『美少女戦士セーラームーンS 場外乱闘!? 主役争奪戦』で、ファイナルファイトからストリートファイターが成立する流れと非常に酷似しているのだ。


ちなみに『美少女戦士セーラームーンS 場外乱闘!? 主役争奪戦』の開発を担当したのはアークシステムワークス。真面目に作り込みすぎている。

非常に残念なことだが、更に続編の『美少女戦士セーラームーンSuperS 全員参加!!主役争奪戦』では開発元が変わってしまセーラーサターン追加と一部の技変更によってゲームバランスが崩壊、そこから3DCG化を果たした『美少女戦士セーラームーンSuperS 真・主役争奪戦』では動作が重くゲームバランスも悪くてクソゲー扱いされるという憂き目に遭い、セーラームーンを題材とした格ゲーシリーズ終焉を迎えてしまった。

おまけ

これはおじさん個人勝手解釈、というか当時格ゲーを知る者なら同意してくれると思うが『ストリートファイターシリーズ』のラシード必殺技ワールウィンド・ショット元ネタは『美少女戦士セーラームーンS 場外乱闘!? 主役争奪戦』のセーラーマーキュリー必殺技マーキュリーアクアミラージュだと思われる。

マーキュリーアクアミラージュはワールウィンド・ショットと同様に斜め方向へ飛んでいく竜巻(ボタン溜めで性能変化は無い)。加えて言うならセーラーマーキュリー特殊アクションとして三角飛びがある。

2020-02-16

初心会から卒業と「救世主プレイステーション」と中古裁判の話

※この記事は前回からの続きです。

https://anond.hatelabo.jp/20200211202529

 さて、続きだ。ゲーム業界流通において初心会がやってきたこととその最後を述べてきたが、今回は初心会を葬った旧SCEソニー流通を中心に街のゲーム屋的な小売店視点で色々語ろうと思う。しかしこの期間は非常に起きた出来事が多くかつ入り組んでいるので、あえて細かな要素をオミットして正確さよりもわかりやすさを重視することにする。それにデジキューブ銃撃事件真相なんざわからいからな。


 時代プレイステーション参入前。任天堂エンタテインメントが行き止まりに行きつつある頃だ。そのことについては前回語ったが、さて、任天堂以外の、NECPCエンジン)やセガメガドライブ)あたりはどうだったのだろうか? 初心会が横暴なら、こちらのほうに注力するという手段もあったのでは?

 ぶっちゃけこっちはもっと酷かった。ソフトが売れないというわけではない。10万本売れるソフトはあった。あったのだが問題プラットフォーマーが用意した他の大量のソフトだ。

 当時、任天堂に対抗するためにNECセガは自社プラットフォームの発売カレンダーの空白をなんとか埋めようと躍起になっていた。サード自主的ソフトを作ってくれるのならそれに越したことはないが、そうではない場合自分たちで用意する必要もあった。自分たちパブリッシャーとなり開発会社委託してゲームを作らせる。さらにはサードに対しても「ウチの流通に乗せますので○万本は絶対に売れますから作ってください」みたいなアプローチも行った。そうして「とりあえず」カレンダーを埋めることができたソフトは、「とりあえず」問屋が頑張って小売に売った。在庫になっても不良在庫になるだけなのがわかっているので大バーゲンで売った。小売はもともとの卸値が安いため、最初から値引きして売る。売れ残ったら損だから博打みたいなものだ。そうしたソフトが並ぶと小売価格そのままのソフトは見向きもされなくなるのであわせて値引きされる。PCエンジン末期、餓狼伝説2クソゲーではないのだけど)が100円で棚に50本くらい並んでいるのを見たことがあったが、あれは問屋の不良在庫を捨て値で小売が拾ってきたんだな。

 どこかで見た状況と思わないか? そう、アタリショックだ。ゲーム在庫問屋にも小売にも溢れわけがからない状態になっていた。価格崩壊し定価が意味をなさなくなっていた。

 任天堂初心会が横暴、セガNECは頼りにならない。こんな状況の市場次世代機の波と共に救世主がやってきた。ソニーだ。ソニーが直接小売店契約するというのだ。

 衝撃は大きかった。CD流通の流用で、「リピートを早く」「小売価格の大幅な値下げと小売店に対するマージンの確保」「掛け率は大量に取ろうが少量だろうが同じ」という特徴をもち、かつ「中古売買の禁止」「値引き販売禁止」という成約があったが、それでも多数の小売店から好意的な反応を得た。そもそも初心会でも値引き販売原則としては禁止だったのだから

 そして何よりプレイステーション小売店に好まれたのは、ゲーム本体の卸値が安く、プレイステーション1本体だけを売っていても結構な利幅があったこともあげられる。これはかなり珍しいことで、通常は卸値と小売価格ほとんど変わらない。Xbox360の発売当初は二次問屋の都合一部の小売店において卸値が小売価格を超えたという珍事すらあったという。プレイステーションサターンは発売時期がほとんど一緒で、スタート時点ではサターンのほうが優勢だった。しかしこれがじわじわ小売店プレイステーション派に偏らせていった。プレイステーション小売店ハードでもソフトでも確かな利益確立してくれた。

 


 そうしてFF7が、DQ7プレイステーションで出るという流れが生まれ一気にプレイステーションが圧倒的な優勢を保持するようになるわけだが、この流れのなかでゲーム屋は何かが違うと確信した。プレイステーション救世主になってくれたはずだった。しかFF7を発売するスクウェア(当時はエニックスとの合併前だった)が打ち出したデジキューブは、既存ゲーム屋にツバを吐きかけるようなものだった。なにせ目玉タイトルFF7の出荷本数の半分をコンビニに任せるというのだから。これではゲーム屋はやっていけない。いくら本体を売れば儲けになるといっても一人にせいぜいが一台が限界だ。ソフトをたくさん売れなければしかたない。

 そしてソニーの態度もなにかおかしくなりはじめていく。元々の小売店への説明会では「返品はNG」ということになっていた。なっていたのだが、個別対応としてソニー担当者が返品を受け付ける旨を話していた。そのため小売店のなかでは安心して在庫を抱える店もあったわけだが、返品したいと言い出すと担当者の態度がころりと変わる。前に言っていたことと違うことを言い出す。ようやく返品受付をしてもらうも半額返金……。そのような事例が発生した。結局ソニーとしては二度返品を「特例」として受け入れるのみにおわり、いよいよもって「返品NG」が周知徹底されることになった。

 頼りにするミリオンソフトは入荷しない、個別対応約束していた返品制度はなくなった。このような状況下でもなおソニーは「中古取り扱い禁止」「値引き販売禁止」を打ち出していた。中古を取り扱った店や値引き販売した店は、不思議なことに”配送事故”が発生してソフトの入荷が遅れるようになった。

 FF7発売の頃にはすでに任天堂初心会解散させていた。ニンテンドウ64を発売し、ポケモンを大ブームにさせた任天堂ならこの頃のゲーム屋の救世主なり得ただろうか? 残念ながらこの頃の任天堂(正確には任天堂系列問屋だが)は「小売価格を下げつつ小売店への卸値を上げる」という暴挙に及んでいる。それでもポケモン死ぬほど売れたのだから恐ろしい。

 ソニーが信用できず、任天堂はあてにならない。そうした状況で頼りになるのはセガ……ではなかった。セガメガドライブ反省を活かしおもちゃ問屋をまとめてセガユナイテッドという流通会社を立ち上げる。大手ゲーム屋には直接卸し、小さな街のゲーム屋には二次問屋を使って卸す、ちょうど初心会ソニー流通の間のようなハイブリット流通機構を作り上げた。在庫管理とコストダウン両方の面でなかなか上手くいったはずだが、いかんせんプレイステーションの圧倒的ソフトラインナップには敵わなかった。自社でなんとかできる力はあるのだが、セガにはポケモンがなかった。しかメガドライブ末期の状況からここまで着実に改革を進められたのは称賛に値する。NECは途中で死んだのに。




 そしてついに中古裁判が勃発する。1998年1月には公正取引委員会ソニー流通の「値引き販売禁止」「中古売買禁止」が問題視され排除勧告を受けた。しかしこれで下がらずソニーは他メーカーを巻き込んで中古禁止裁判を起こす。ゲームメーカーvs小売の裁判だ。その一方で株式会社上昇(ようするにカメレオンクラブだ)がエニックスを訴える。「新作ソフトは扱わない」「ロイヤリティとして中古売上の7%を支払う」といった提案を出したものの実際にエニックスからソフトの出荷停止を食らってしまったがゆえの反撃だ。なおこの頃にはソニースクウェアデジキューブ)だけを優遇することが問題視されて、各社サードメーカーも自社流通小売店に卸すようになっている。

 2つの裁判が同時に起きて別々の判決が生まれて、ここらへんは非常にややこしい。ややこしいが小売店公然中古を売るようになった。値引きもするようになった。自社流通に切り替わった各社ゲームメーカーも忌々しく思っていたが裁判流通とは別との判断だったのか、おおっぴらに”配送事故”が起きることはなくなっていく。

 ちなみにこの頃、セガドリームキャストに向けさらなる流通改革を行い、セガユナイテッドセガミューズへと編成しなおす。これは老舗おもちゃ問屋ムーミンセガユナイテッドに合流した形だ。ムーミンメガドライブ(もしかしたらもっと前?)の頃からセガ共闘しているお得意様だった。なお、ソニーを学んだのか「値引き販売禁止」「中古売買禁止」を小売店押し付け、同じく公正取引委員会より立ち入り審査を受けるはめになる(もっともこれは後日小売店契約しなおしをすることによって審査は打ち切られた)。小売店救世主はなかなかいない。

 

 中古裁判最高裁にまでもつれ込んだが、ようやく結論は出た。中古販売合法だった。小売店大手を振って中古売買ができるようになった。値引き販売をしてもお咎めはなくなった。小売の完全勝利だ。「ファミコンショップ」はPS2時代にまでいたりようやく安心できるようになったかのようにみえた。

 そうではなかった。むしろゲーム地獄はここからが本番だった。

 まず大店法改正があった。巨大店舗小売店が各地に出来上がる。そして家電屋の店舗の巨大化がどんどんと進む。巨大化した店舗で何を扱うか。ゲームも扱うようになった。ゲームは美味しい商材だと思われた。そして今までグレーゾーンだった中古合法判決が出た。取り扱わない理由がなくなった。

 そのため大手販売店は客寄せのために新作ソフトを大きく値引きする。これが卸値と同価でも構わない。とりあえず客が来て、他の家電もついでに買ってくれれば儲けものからだ。そして中古も多数取り扱う。ゲーム利益の確保はこっちだ。そこそこの価格で引取りそこそこの価格販売する。これも回転が早ければ利益が稼げる。ビデオレンタルゲオツタヤが入ってきたのも大きかった。街のゲーム屋さんにできることは限られていた。大手資本真正から戦って敵うわけはなかった。中古販売という最高の武器を手に入れたかわりに、同じ武器をもった最強の敵が現れたのだ。多数のプレイヤーがそちらに流れた。売っているものが同一なら、安いところで買うのが当たり前だからだ。

 その後まったく救いがなかったわけではない。DSの大フィーバーがこの後起きた。ゲームに触れたことがない新規層でも直感的なタッチパネルを備えたデバイスゲーム市場を一気に活性化させた。誰もがみなDLライトを買い求めてゲーム屋と家電屋を往復した。飛ぶようにDSライト本体脳トレどうぶつの森が売れた

 しかしここでも任天堂流通が小売の前に立ちふさがる。任天堂小売店から受けた仕打ちを忘れていなかった。64よりもPS1,ゲームキューブよりもPS2を優先させた街のゲーム屋に、引く手あまたのDLライトを多く卸す理由がなかった。DSライト任天堂流通のお得意様、デパートゲームコーナー、おもちゃ系統販路を優先して入荷していった。今まで子供向けのプレゼント用途ゲームキューブ、ポケモン関連をしっかり取っていた「実績」のおかげだった。街のゲーム屋が本当に一息ついたのはおそらくさらに後のモンハンポータブルの大ヒットあたりからだろう。

 こんな流れがあり、地方から現在ほとんどの「ファミコンショップ」が姿を消している。初心会を中心とした問屋は、成熟したゲーム業界メーカー自主流通を実現させたことでその役目を終えて消えていった。となれば、地方ゲーム屋もまた、成熟したゲーム業界によって役目を終えた存在としてみなされてしまったのだろうか? おそらくはそうだろう。そして将来的にはゲーム販売する大型店舗すらいなくなるかもしれない。ダウンロード販売メーカーは推進しているからだ。

 そんな流れのなか、この令和の時代に意地でも自前の店舗ゲーム販売している「ゲーム屋」を見かけることがある。業界の厳しい荒波に揉まれそれでも生き延びている人たちだ。私は彼らに尊敬の念を抱かずにはいられない。

 

 彼らに幸あらんことを。

 
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