プロ野球選手からきくらげ農家へ――。異色の転身を遂げた元ソフトバンク内野手の中原大樹さん(33)は“球団史上最高のドラフト”とも評された2010年ドラフトで柳田悠岐と同期入団。現在は福岡・糸島市で家族とともに「結樹農園アグリス」を運営し、取締役として「糸島産生きくらげ」栽培に情熱を注ぐ。引退後も、挑戦の炎は消えることはなかった。
「最初は何も分からなかったけど、家族の支えがあったから続けられた。自分一人では絶対に無理でした」。無農薬の国産きくらげを育てる中原さんは、妻の萌美さん(34)、義父で社長の中村結城さん(50)、義母の和子さん(54)とともに栽培から出荷までを担う。
鹿児島城西高で通算36本塁打を放った強打者で、2010年の育成ドラフト2位でソフトバンクに入団。支配下の2位には柳田悠岐、育成では4位の千賀滉大(メッツ)、5位の牧原大成、6位の甲斐拓也(巨人)らがいた“育成黄金世代”の一人だ。三軍で懸命にバットを振り続けたが、けがなどに悩まされ、わずか4年でユニホームを脱いだ。
「同期の活躍を見ると励みになります。自分も自分の場所で頑張りたい」。柳田や千賀とは今でも交流があり、引退後に偶然、柳田と同じ美容院でばったり会ったこともある。「たまたま同じ時間になって『今日は払わんでいいけん』って、サラッと全部出してくれたんです」と笑う。その気取りのなさと“きっぷのよさ”は、テレビで見るギータそのものだ。
引退後は大手引っ越し会社に勤務しながら模索を続けたが、義父が関心を寄せていた農業に心を引かれた。「自分の手で何かを育てたい」と2018年にきくらげ栽培を始めた。「水をかけすぎるとぶよぶよ、少なすぎるとパサパサ。最初の頃は失敗ばかりでした」。乾燥や湿度の違いが品質を左右するため、天候や水量を記録しながら感覚をつかんでいった。
現在、アグリスが出荷する「生きくらげ」は年間約30トン。福岡県産きくらげの約9割をここで生産する。全国ではきくらげの9割以上を中国から輸入し、国産はわずか5%ほど。アグリスの製品は福岡発の国産ブランドとして存在感を高めている。栄養価の高さにも注目が集まり、食物繊維やビタミンD、鉄分、カルシウムが豊富に含まれる。「子供たちに安心して食べてもらいたい」と話す中原さん。販路拡大にも力を入れ、地元の直売所や業者を回った努力が実り、福岡市の学校給食にも採用された。今では乾燥きくらげの加工にも取り組み、県外出荷も始まっている。
事業も着実に成長を続け、当初は年商2000万円ほどだったが、今では7000万円を超える。中原さんは「最終的には年商2億円を目指したい。糸島から全国に『アグリス』の名前を届けたい」と言葉に力を込める。
一方で社会人野球チーム「KMGホールディングス」で内野守備コーチを務め、ホークスアカデミーや地元の野球塾では子供たちを指導。「技術も大事ですが、あいさつや準備など当たり前のことを大切にしてほしい」。厳しさの中に温かさがあり、選手時代と変わらぬ責任感と情熱が息づく。「挑戦は失敗してもいい。失敗は経験だから」。倉庫に拠点を移した今も、静かに新たな挑戦を続けている。















