2025-06-20

「だから僕は…」にメビウスの環から抜け出せない富野由悠季を見た

社員を食わせるため、意に沿わないアニメを量産せざるを得ない状況を嘆く手塚治虫

手塚「ぼくは、ひとりでくやしがり、地団太をふんだ。終わりのころのアトムは、ぼくのアトムではなかった。なにもかもぼく自身責任だ」

社長の苦悩を冷ややかに見つめる富野喜幸

富野まことに、作者と社長自家撞着の縮図である。それのいいだしっぺが手塚治虫自身であるのなら、最後にいう”なにもかもぼく自身責任だ”で帰結するしかないのも、作者の習性としてやむをえないことだろう」

富野社長ともなれば経営者なのだ作家ではないのだから作家としての意思は捨てるべきだ。結局、このジレンマ永遠に交錯しつづけるメビウスの環のようなものだ」

アトムを振り返る富野喜幸

富野「こんな僕が以後もアトム演出を手がけてゆき、一番長アトム演出者として在籍する。僕の演出したフィルムが一番多くなり、手塚治虫リリシズムもなくなり、アトムらしくないアトムが二年近くとびまわり、”アトムシリーズ”を汚すこととなったわけである手塚先生が狂うわけなのだ

インタビューに答える富野由悠季)

富野「今のガンダムには戦争体験匂いがしない。完全に物語なんです」

(新作ガンダム製作する鶴巻和哉

鶴巻「最終話タイトルは、”だから、僕は…”っと」

BGMBEYOND THE TIME (メビウス宇宙を越えて)

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