2025-11-20

子ども特性」を物語に入れる難しさについて

最近創作大賞を受賞したあるファンタジー小説を読んでもやっとした。

作品自体は読みやすく、エンタメとして大賞を取るのも納得できる。

主人公現代心理学的なというか療育的なアプローチで周囲の問題解決していく様子もよくできていると思う。

だけど、どうしても胸のあたりに違和感が残った。

整理してみると、

作品のものよりも“テーマの扱い方”と“作者のスタンス”に対して、自分価値観が大きく反応していたのだと分かった。

作者は心理学子ども支援専門性プロフィールで強く押し出し

テンプレとは違う真摯作品です」という空気をまとわせている。

しかし本文に描かれている主人公は、「~なのです」というような語尾で喋る天才キャラで、周囲の困難を現代知識のようなもので「これはこうなのです」と解決策を示し、

周囲は「そんな考えがあるのですね」と感心する。

正直に言えば、中身は文体は丁寧であるテンプレ構造だった。

私はテンプレは好きだ。

しかし、専門性看板を掲げ「テンプレではありません」と言いながらテンプレ展開をしてしまギャップに、どうしてもモヤっとした。

そしてもうひとつ、大きな理由に気づいた。

作中で扱われていた“子ども特性”が、現実の発達特性を思わせる描写だったことだ。

発達障害や発達の偏りは、現実ではとても複雑で、簡単改善しない。

親も学校専門家も、泥臭い試行錯誤を重ねてなんとか前に進んでいく領域だ。

私は自分の子もの発達のことで悩み、SNS情報を集めていた時期がある。

発達特性が疑われる我が子は、現在療育に通いPTSTに通い、普通級に通えるのか悩んでいる段階である

療育について悩み、情報収集のためSNS質問などをしたりしていると、「このメソッドで治ります!」と近づいてくる自称専門家に何度も遭遇した。

弱った親の不安につけこんで、“心理学権威”を振りかざしながら、

魔法のような即効性をアピールする人たち。

あの空気が本当に苦手だった。

から今回、

ファンタジー世界心理学を万能スキルにして子どもが変わる」

という展開を見たとき

あの時の嫌な記憶がよみがえってしまったのだと思う。

現実では、発達特性に対する支援一朝一夕ではない。

その苦労を知っているからこそ、

ファンタジーテンプレ文脈の中で“発達特性っぽさ”を都合よく扱われると、

どうしても胸がざわついてしまった。

作品が悪いわけではない。

読者に受ける理由も分かるし、娯楽作品としてよくできている。

ただ、私自身が発達特性をめぐる現実の重さと、弱者につけこむ“権威の使い方”に敏感だからこそ

今回は強くモヤっとしてしまったのだと思う。

この感覚は、誰かを責めたいわけではなく、

自分価値観を整理するための備忘録としてここに残しておく。

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