はてなキーワード: 案内ハガキとは
先日の参議院選挙の投票事務で思ったことがある。一若手職員の意見に過ぎないけど、テーマは投票立会人について。
まだ勤めて数年以内の若手だけど、先日7月20日に行われた参議院選挙で、都内のある投票所の選挙事務を担当することになった。その時の経験を語りたい。ちなみに選挙事務は人生2回目。
正直、それまで選挙立会人なんて形式的なものだと高を括ってた。いなくても困らないんじゃないかと。だが、今回の経験でその認識は180度変わった。立会人は間違いなく必要だ。
ちなみに立会人というのは、地域住民の代表が投票所・開票所で不正がないか見張る役割である。事務員と同じく、早朝~深夜までずっと現場に居て、投開票を見守る。
多くの市区では、古老と言ったら申し訳ないけど、地域の顔役みたいな人が務める。
早朝に投票が始まって、しばらく経った頃、車椅子に乗った方が投票に訪れた。投票所の入り口から投票箱まで、何メートルもある距離を物凄くゆっくりと進んでいく。介助者が一応いたのだけど、そのご老人はさ……車いすを押してもらうのを拒否したんだよな。職員が押すといってもダメだった。なにかのこだわりか矜持があったのかもしれない。
しかし投票箱の前にたどり着くのに、ずいぶん時間がかかっていた。投票箱というのは、選挙中に最初の位置から動かしてはならない。しかし、このままだと、そのご老人は何度も車椅子を動かさないといけない。投票は2回ある。自分を含め、現場の職員は誰もが「どうしたものか」という雰囲気だった。
すると、そばにある立会人専用デスクに鎮座していた立会人Aさんが、こっちの方を向いて言ったんだ。
「何が正しいか、よく考えて動きなさい」
その言葉にハッとさせられた。
すぐに投票箱の位置を移動させて、その車いすの人がスムーズに投票できるようにしてあげた。距離的には相当のショートカットだった。もし立会人がいなければきっと、ルールに縛られたまま、あの人に不自由な思いをさせていたと思う。
「投票時間中に投票箱を移動させてはならない」というのがどのレベルの法なのかはわからない。でも、仮に国会を通った法律だったとしても、今回はこの対応でよかったと思うよ。
やっぱり人生経験がある人ってさ。法律とか超えたところにあるルールを理解してるんだよな。
ふたつめである。
別の時間帯には、一人の男性が投票用紙交付の列に並んでいた。自分の番になって、選挙の案内ハガキを……2枚出した。「あれ?」と思って私が両方バーコードを読んでみると、片方はその人の奥さんのものだった。
「すいません、こっちは別の人のなので」
と言うと、「代理でできないの?」と言われた。
「できません」と伝えたところ、そのおじさんは、なぜかその場でバリバリと音を立てて投票用紙を破り始めたのだ!そして奴は「もういい」と破り捨てた紙片を床にばら撒いた。
自分を含め、現場の職員は呆然としてた。投票管理者(※課長級の職員)までどう対応すればいいか迷っていると、立会人の男性Bさんがすかさず動いたのだ。
Bさんは低い声で、強い口調で、「おい、○○!選挙の妨害行為すんなや。通報すんぞ。選挙会場でまで迷惑かけんなや……」と毅然として言い放った。ヤンキーの口調だった。※Bさんはおじさん世代
男性は『なんであんたがいる!?』という感じでたじろいで、何も言わずに投票所を出て行った……。投票はしなかった。ちなみに案内ハガキはあくまで案内、ただの紙である。選挙期間中に破ろうがどうしようが問題は起こらない。統計上も影響なし。
みっつめは、午後になってからのことだ。
暇になった時間帯に、いつの間にやら高齢の男性が投票所の受付にいた。女性職員数人の前で、世間話に花を咲かせていたのだ。彼も一応投票者であるが、投票が終わった後に受付まで来てこんな話をしていた。
いくら周りに投票者がいないからって、お構いなしだ。女性職員も困った顔をしていたが、相手が高齢者ということもあり、強く注意できずにいた。老人の性欲ってみっともないよな。
すると、またしても立会人Bの出番だった。こっちの方までずんずんと歩いてきてくれた。
「お話はそこまでにしてください。選挙会場は私語厳禁です。申し訳ありませんが。ご協力ください」
と、穏やかながらもハッキリと促したのだ。老人は不満そうな顔をしたけど、すぐにニコニコとした表情に戻った。それ以上は何も言わず、投票所を出て行った。
最後が一番、「立会人さん、ありがとう!」と思った出来事である。
投票時間も終わりに近づいた頃、若い女性職員数名が、さっき投票を終えたばかりの年の差カップル2人組(※男性がかなり年上)について、ヒソヒソ話をしていた。投票用紙交付スペースのあたりで。
「ね、さっきのあの2人って親子なのかな?それとも……付き合ってる?」
「わかんないけど。そういう雰囲気あるよねー」
そんな詮索をしてた。その子らは、と言っても自分よりも年上職員なのだが……さすがにイラッときた。
自分は業務関係で、たまたまあの2人の関係を知っていた。噂をされるのが特にイラッときた。怒りは有頂天に達しそうだった。
しかし、そんな事態すらも立会人が聞きつけていた。ちなみにAさんである。Aさんは彼女たちのもとに歩み寄ると、「そういうことを話したらダメ。あのふたりが聞いたら傷つくじゃないか。プライバシーの発言は控えるように」と、これまた冷静に注意したんだ。
女性職員たちは「あ……」みたいになって、謝っていた。自分だって気持ちはわかる。確かに、20才ほどの年の差があるカップルである。
ヤキモキしていると、立会人Aさんが、さっきの女性職員に耳打ちするようにしていた。そしたら、小さく「キャー!!キャー!!」という声が聞こえてきた。あの2人のことはさすがにここでは書けないけど、人生にはいろいろあるのである。
これらの経験を通して、選挙立会人の必要性を痛感した。これまでは、本当にいらないと思ってた。投票所じゃなくて、開票所に何人かだけいればいいと思ってた。
自分らは公務員という立場上、とにかく中立性や公平性を求められる。感情的になった有権者や、場の空気を読めない人に対して強く出ることが難しい。住民さんには弱い。
しかし、立会人はそういった「対応しにくいタイプ」の人々に対し、明確な態度で臨むことができる。行政ではなく住民側なのだから笑 あの人達は、選挙の公正さを保つための番人だった。選挙立会人は欠かせない存在であると、今なら自信を持って言える。
自分も今の区役所を定年退職して、生まれ育った特別区で、いつかは立会人をやってみたいと思った。
ちなみに、投票管理者と立会人2人が昼食中に話していたのを聞いたところ、都内だと立会人を1日する度に約一万円もらえる。AさんとBさんは期日前投票の立会人を数回と、この日と、この日の夜の開票立会人を務めるので、最低でも4~5万円はもらえることになる。
責任の重さを考えると、これくらいは当然と思われる。でもさ、選挙の立会人として地域の中で白羽の矢が立つって、普通にスゴイことだと思う。普通の人は指名なんてされないよ。
これはある意味で正論だと思う。だが、それでも語らざるを得ない現実がある。
自分は選挙にほとんど行かない。国政も地方選もスルーしてきた。
行ったのは大阪都構想の住民投票ぐらいだ。つまり、年単位で“見送って”いる。
ヤフコメで世論を俯瞰し、Xで炎上の火元を追い、政党の戦略や支持率の動向はかなり見ている方だと思う。
なのに、投票はしない。
これがどういう構造に支えられているのか、今回はそこを掘ってみたい。
⸻
まず投票とは行為としてどういうものか。ざっくりこう分けられる。
① 候補者を選ぶ
② 投票所を調べる
③ 投票日を確保する
④ 実際に出向く
⑤ 投票する
表面的にはシンプルだが、実際はこの一つひとつが「地味にめんどくさい」。
特に②「投票所を調べる」と③「投票日を空ける」あたりで離脱する人は多いと思う。
・案内ハガキを紛失した
・日曜に予定が入った(というか優先順位が低い)
この程度の“微差”が、意外と大きな脱落要因になっている。
⸻
3. 投票しないのは「怠惰」ではなく「最適化」だと思っている
むしろ、**“自分の生活を最適化した結果の判断”**として、それなりに合理的だと思っている。
なぜなら、こう考えているからだ:
<
この「掛け算の期待値」が低すぎる限り、行動にはつながらない。
だからこそ、投票に行ったことのある大阪都構想だけは例外だった。
あれは、自分の住んでいる自治体そのものの構造が変わる話だった。
「これはスルーしたら、後で後悔するかもしれない」
⸻
SNSやはてな界隈でも、政局にはやたら詳しいのに、投票には行かない人は多い。
情報を集め、批評し、ときに拡散もするが、実際の制度設計には関わらない。
この振る舞いは、民主主義の根幹から見れば“共犯的”とも言える。
いまの政治構造を補強してしまっているのは、紛れもない事実だ。
投票しない選択は、たしかに一票を投じたことと同じくらい重い“行動”である。
⸻
5. じゃあ何があれば、投票するのか?
これは明確だ。
そのどれかが満たされれば、行くと思う。
逆に言えば、それがない限りは行かない。
⸻
6. 投票を「生活の最適化行動」として見る人間の存在も、許されるべきでは?
そういう層が「行動しないことで政治に加担してる」という矛盾を認識しながら生きている。
それをただ「政治無関心」と切って捨てるのは、ちょっと雑やと思う。
社会が変わるときって、たいていこういう「普段は動かない層」が動いた瞬間から始まる。
だから、その起点は残しておきたいし、そういう人間が情報を発信する余地も残しておきたい。
⸻
投票はしてない。でも、見てる。
30代のときガンが見つかり、当時の仕事を退職し、治療に専念した。
手術後は再発予防のための抗がん剤治療を半年ほど受けた。(心身ともにかなりキツい思いをした。)
ただ、摘出したがん細胞の病理結果は悪く、1-2年以内の再発率が高いタイプであり、リンパ節にも転移があると医師から告げられた。
その後は再発に怯えながらも、やれることは何でもやろうと思い、色んな所から情報を仕入れ、民間療法的なものにもたくさん手を出したし、今思えば怪しげなスピリチュアルめいたものにもたくさん触れた。
1年、2年経ち、体調が回復してきてからは、短時間で負担の少ないバイトを始めたりしたが、メインは上記のような活動。
今思えば、30代の中二病っていうか、自分探しみたいになってた。
行き過ぎた自然派みたいな人達から陰謀論とか初めて聞いたりして、自分は世の中の真実を知った~みたいな、今は笑っちゃうけど、熱中した。
そして3年が過ぎ、4年が過ぎ、5年経った頃。
自分はこういう不思議でフリーな人達の中にはずっと居られないし、居たくない。もう卒業して、現実世界に戻って、ちゃんと働こうと思った。
フルタイムの仕事を見つけ、こつこつ貯金して、生活をととのえた。
今、がんは再発していない。
そして今日、免除申請期間5年分、約100万円分の追納案内ハガキが届いた。
金額に一瞬怯んだ。
でも、一気には払えないけど、健康で長生きして、ちゃんと年金を満額受給することを目標にして、少しずつでも追納することを、ここに表明しとく。
こつこつ、がんばるぞ
我が家は細々と農産物を販売する兼業農家で、20年くらい前から通信販売もはじめた。始めた当初は母が諸々の事務を担当し、8年ほど前に私にその仕事が私へ引き継がれた。
代金の回収は商品着後の後払い(郵便局かコンビニ)で、ほとんどのお客様は滞りなくお支払いしていただいている。
そんな中、本当に初期の頃からご利用いただいている、Aというおじさんがいた。
Aさんはいつも電話で注文をしてくれる。特にうちのブルーベリーを気に入ってくれていて、一箱は奥さんと食べるために自宅へ、あとは兄弟や従兄弟に送りたいから、〇〇県のB、△△府のCに同じ商品を送ってね、というように注文をくれた。
Aさんのご兄弟も我が家の商品を気に入ってくれて、兄の紹介で、と注文をくれたこともあった。
Aさんとは直接お会いしたことは無かったが、電話の話だと過去営業をやっていたとのことで、声にはハリがあり、大変はきはきと喋る。熨斗の確認などの際も、細かく指示をくれたので、15年の間にAさんに変化が訪れていたなど想像もしていなかった。15年。私はまだ学生だった頃だ、そのくらいの時間が流れたいたのに、気づかなかった。
ある年のこと、Aさんに商品と請求書を送ってから3週間が経過した。我が家では着後2週間以内のお振込みをお願いしているが、まあ土日や祭日に商品が届くこともあるので、入金漏れのチェックはおよそ3週間を目途に行っている。Aさんは今まで着後すぐに入金をしてくれるタイプの人だったので、家族でもあれ?という話になった。商品の追跡を確認したが、発送の翌日にはお受け取りいただいている。Aさんからの発送依頼で商品を送ったご兄弟の方々も同じくお受け取りは完了していた。
入金の確認がとれないまま、4週目に突入した。請求書の発行履歴はある、これまでにあったパターンだと、請求書を紛失した?でも、Aさんなら請求書を紛失したと言ってくるだろうし、となると何かあったのだろうか?
私はAさんの自宅へ電話した。
Aさん「はい、Aです!」
私「××の私と申します」
私「すみません、実は商品発送後、Aさんの入金確認がとれておらず、お電話させていただきました。商品とご請求書は届きましたか?」
Aさん「ああ、商品は届いているよ~ ごめんね、冷蔵庫に空きがなくて仕舞えてないんだ。早いところ食べないとね、請求書は、ちょっと待ってね、見たような気はするけど……」
私「あ、はい、あのもし紛失されたようでしたら、再送致しますが……」
Aさん「あ、あった、ありました、あれ?おかしいなあ、忘れちゃってたのかな。ごめんなさいね、今日は、え~っと、土曜日か! 週明けに至急振込みますので!」
そう言うなり電話は切られた。
「冷蔵庫に仕舞えてない」「土曜日」この二つの言葉に私はじわりと嫌な感じがした。
まず、この会話は商品を発送してから4週目に突入したころのやり取りなのだ。ブルーベリーはクール便で送ったが、その後少なくとも常温で20日以上経過している。傷んでいるだろうし、下手をすると腐敗している可能性もある。だが、Aさんはそれを食べないとねと言っていた。
そして、Aさんは土曜日と言っていたが、その日は普通の平日だった。
5日ほど経過した。もちろん入金はなかった。
私は家族に相談した上、経緯(食い違いがあるといった内容は書かず、何日に商品を送った、請求書の送付から何日が経過している等)を説明した手紙を同封し請求書を再送した。奥様がいると言っていたので、奥様に読んでいただければと思った。
再び5日ほど経過したが、何の連絡もなかった。
私は再度Aさんへ電話をかけた。
Aさん「はい、Aです!」
私「××の私と申します、先日お電話したブルーベリーの件で……」
Aさん「××(弊社の名前)さん! ブルーベリーね、昨日おいしく食べたよ」
嫌な予感が当たった衝撃。Aさんの嘘であって欲しい、本当はぐじゃぐじゃで食べられなかったけど、気を使ってくれただけだと。いや、でもAさんなら、もし食べてしまっていたら、今年のブルーベリーはおいしくないって正直に言ってくれるはず……Aさんの言った昨日がせめて、先日の電話の日であって欲しい……食べられる部分だけ食べたのだと……そんな日にちの感覚がずれているだけであって欲しい……。色々な考えが巡った。
私「請求書をお送りしたんですが……」
Aさん「んっ!? 請求書ね、ちょっと待ってね……妻が出て行ったから、持って行っちゃったのかなあ、申し訳ございませんね、今日は、え~っと、土曜日か! 週明けには至急振り込みますので!」
先日とほぼ同様のやり取りだ。
このままでは代金の回収ができないこともだが、Aさんの生活は成り立っているのだろうか、それが不安だった。奥様はお元気なんだろうか、家族のことに踏み込むのは失礼にあたるだろうが、Aさんが常温でずっと放置されたブルーベリーを食べるような生活を送っていることを知った上で、このまま見過ごしていいのだろうか。
もちろん、Aさんとは親戚でもなんでもなく、顔も知らないし年齢も分からない。遠い所に住んでいるお客様の一人だ。けれど見て見ぬふりをするのが正解、代金の回収も諦めてそのまま(大口の注文ではないので、できなくもないが)、と割り切ることもできなかった。
その後も、Aさんへの電話は続けた。逆に、Aさんから電話がかかってくることもあった。やり取りは同じようなことを繰り返すことになった。
Aさんの調子には波があるようで、ブルーベリーの注文をしたことすら忘れているとき、ブルーベリーを食べたことを忘れているとき、注文はしたけど届いてないよと言われるときがあった。奥様とは相変わらず連絡が取れなかった。
かかってくる電話は、早朝に来ることもあれば、夜にくることもあった。
家族と再度相談し、今回はやむなし、ということで、私はAさんのご兄弟のBさんに連絡をさせていただいた。過去ご注文をいただいたご兄弟の履歴が残っていたのだ。
経緯を説明すると、「お察しのことかと思いますが、兄は痴呆症なんです」「義姉(Aさんの奥さん)は既に他界しておりまして」「私も月に数度様子を見に行っておりますが」「日常生活や身の回りのことは大体出来ているので、あとはホームヘルパーを派遣したり、週に数度は兄の息子夫婦が訪ねたり」「息子さんは〇〇(大手企業)の役員をやっていて、その奥様が様子を見に行っているようですが、二人ともいい人なので、代わりに支払いを申し出て下さると思いますよ、私の方から経緯と事情を説明しておきますね、そちらの会社名とご連絡先も伝えておきます」
本来、私が心配しなくてはならないのは代金の回収だけのはずだし、私でも知っているような企業にお勤めの息子さんご夫婦が定期的に訪れているのだ、生活に困窮なんてしていないに違いない。どんな生活を送っているかなんてわからない。これ以上私などがAさんの心配をすることも、私にこれ以上できることもない。そうは分かってもなんだか、Aさんの老いや時間の流れや……何ともしがたいけれどつらい気持ちになった。
後日、Aさんの義娘にあたる方からご連絡があった。請求書の送り先の住所は、都内のマンションだった。3日もせず、入金があった。
私たち家族としてはとりあえず一件落着、と思っていたさらに数日後、なんと当のAさんから電話があった。
Aさん「ブルーベリーいただいたよね! 請求書を送ってくれるかな?」
Aさんへ請求書は4度ほど送った。送ったとだけ言うと、Aさんからまた電話がくるかもしれない。
Aさん「えっ? そんなことないよ、まだ支払ってないはずだって」
困った。少し押し問答になり、悩んだ結果、私はこのような嘘をついた。
私「ご請求書の件ですが、何度かA様宛に郵送したのですが、郵便事故でA様の所へ届かなかったようです。申し訳ありませんが今回だけ息子さんご夫婦の所へ郵送させていただきました。お支払いも息子さんご夫婦が代理で行って下さいましたよ」
Aさんはものすごく怒った。悪くなったブルーベリーの違いも分からなくなり、時間や曜日の感覚も失い、けれど息子に迷惑をかけたことを恥と感じ、こんなに辱められたのは初めての経験だ、客へ行う仕打ちではない、一体どんな会社の教育なんだと御叱りを受けた。私は謝罪した、10分ほど謝罪を続け、Aさんは怒りを納めて、また来年もブルーベリーを注文させていただきますと言い、電話は終わった。
翌年、Aさんにはブルーベリーの案内ハガキは出さなかった。Aさんからも問い合わせも注文も無かった。
Aさんの弟さん、息子さん夫婦、ここまでサポートされ、身の回りが出来ていると判断されていても、Aさんは腐敗した食べ物を食べている。でもそのことをBさんに伝えることはできなかった。そんなこと分かっていて、それでもAさんの性格や折り合いから付きっ切りなんてできないのかもしれないし、もしかしたら腐敗した食べ物を食べていることも知っているのかもしれない。
あるいは、Bさんに伝えたところで息子さん夫婦やヘルパーさんが叱られるだけで、でも手のつけようがないのかもしれない。
外野が出る幕でもなく、余計な心配だったのかもしれない。でもどうしたらよかったんだろうとブルーベリーの時期になるとぼんやり思い出す。
こうしたお客様は今後も出てくるかもしれないし、私もいずれAさんみたいになることもあるんだろうな、なんてぐじゃぐじゃした気持ちを、今も引きずっている。