2025-02-16

血の繋がらない姪のことが忘れられない

どうすればよかったのか分からなくて毎日ふとした瞬間に思い出してしまう。


この姪というのは私の夫の姉の娘のことだ。つまり本当に他人


義姉は2023年秋、相手方DVが原因で離婚した。元夫氏は、姪が生まれて歩くようになったくらいから義姉に対してだけ暴力を振るうようになったという。

ただ彼は、大して力のない私と腕相撲をして負けるような人だった。どうして暴力を振るうようになったかは、わからなかった。


離婚成立時5歳の姪は、義姉の前ではしきりに「パパはゴミママ可哀想ママけが好き」と言う一で、義姉がいないときは「パパに会いたい」と一晩中泣いた。5歳ながらに母親の顔色を伺っているのは傍目に見てもよく分かった。


その後義姉と姪は義実家(彼女からすれば実家)に身を寄せた。義姉は元々専業主婦だったので近所のコンビニアルバイトを始めたものの、身を寄せてから僅か1ヶ月で「彼氏が出来た」と義両親と大揉めしながら姪を連れて家を飛び出した。

夫も義両親もカンカンで、未だに彼女らの話をすると顔色を変えて「もうあんな奴は家族じゃない」という。


私と義姉は仲が良かったと思う。だから着の身着のまま、たった50万のお金(元夫から取れた慰謝料)を手に男の元へ飛び出そうとしていた義姉に慌てて連絡をして「あなたがどうしてもその彼氏が大切なら、幼い姪はあなた生活が整うまで義実家においていけないか養育費は私が出す。もし彼氏ダメになったとき子供人生を巻き込むようなことがあってはならないから」と伝えてしまった。これは悪手だったと思っている。


当然「私にとってこの子は誰にも譲れない。子供を産んだことがない人にはわからないだろうけど」と睨みながら言われた。


私はその頃、子宮を取ったばかりだった。確かに、私には生涯分かりえない親子の愛だ。

心配していたくせに、彼女に渡そうと思っていた100万を渡せなかった。


私は士業を仕事にしており、それなりに収入もある。義姉が義実家に身を寄せ続けるなら、将来的に金銭的な援助をするつもりだった。


義姉の彼氏はここには書けないような経歴のある人だった。今も一緒に暮らしているのか、別れたのかは分からない。


まだ縁が切れる前、私と会った時に姪はピンクランドセルが欲しいと言っていた。買ってあげようね、という話をしていたけれど、好みがコロコロ変わるのでもう少ししたらと言われているうちに会えなくなってしまった。


周りに相談すると「別の家族なのだからあなた干渉することではない」「どんな親でも子供にとっては唯一なのだからあなたが親代わりになれることはない」「義姉の自業自得なので忘れた方が良い」と言われる。


姪を引き取りたかったのかと言われると、そんなつもりはなかった。義姉には、子を持てぬ私が娘を奪う悪者に見えていたに違いない。


義姉にブロックされたLINEアイコンが前まで姪とのツーショットだったのに、義姉ひとりの自撮りになっていることに気がついた。

義姉が住んでいた義実家の一室に、姪が残した「ばあばとずっと一緒に住まわしてください」の手紙が、今になって残された荷物の中から出てきたのを義母から知らされた。


彼女らの住んでいるエリアは見当がついているので手を尽くせば探し当てることはできるだろうが、義両親に「あなたがそれ以上情けをかける必要はない」と断られてからポッキリと折れてしまった。

姪がこの先、幸せになれるならそれで構わない。これはただの他人のおばさんのイチャモンで、要らぬ心配なのだと思う。


やりたいと言っていたピアノバレエを習わせてあげたかった。ピンクランドセルも買ってあげたかった。


何が正解だったのだろうか。

  • ⛰️🦍「貴女がマウンティングしないことが良いのではないでしょうか」

  • なんでもかんでも他人や環境のせいにしないで、主体的に考えて主体的に動くことだと思いますよ 何が正解だったのだろうか。

  • あいりん地区とかに売り飛ばされてそう

  • 養子を取ってください。 その愛情と経済的余裕を、別の子に注いであげてください。 姪っ子さん以外にも、同じ境遇を抱えている子、ランドセルやピアノや愛情やお金を必要としてい...

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