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2012年11月の記事 5件

西の半グレ集団?の「強者」とは~「強者」メンバーにインタビュー「食えれば何でもしますよ」

 選挙前はずっと関東連合や半グレ集団についての記事が毎週のようにどこかの週刊誌やスポーツ紙をにぎわしていた。  そして11月3日に大阪のミナミでアマチュア格闘技団体「強者」(つわもの)の幹部が逮捕された。彼らは「強者」のTシャツを着て、ヤクザにも喧嘩を売り水商売店からは組合費として実質ミカジメ料を取っていたとされる。逮捕されたのはその「強者」の人間だった。  ヤクザでもない愚連隊のような集団が東京だけでなく大阪にまで現れたのか……と、ある週刊誌は「西の関東連合」などと報じた。  しかし実態はかなり違う。僕は「強者」のメンバーの一人と接触する事に成功。彼の話から分かった事か「暴対法、暴排条例で食えなくなった」ヤクザが新しいシノギを見つけた、という事だ。ただここまで報道されれば当局も目を付けざるを得なくなるしこの「シノギ」はもう通用しなくなるだろう。しかし「全国に広がる半グレ集団」という表現は当たっていなくはない。銀行の通帳も作れないしマンションも自分名義では借りられない。それでは地下に潜って一般人を装いながら、やっている事はヤクザ。というパターンが増えていると思われるからだ。これによって、当局としては余計、犯罪者を取り締まりにくくなったのではないだろうか。事実、現役の組対の刑事も「現場の私たちからすればやりにくいですよ」と語っていた。  関東連合とはまた別の形態のアウトロー集団が形成されつつあると言っていいかもしれない。それが大阪の「強者」であったりする訳だ。ただ、その実態はインタビューでも「彼」が言っていた通り、「食うためなら何でもしますよ」という集団である。それだけ、つまり統制が取れていないだけにな余計タチが悪い。ミナミの飲食店も報復を恐れて警察に届けなかったという。飲食店側も警察が取り締まりにくいという事を察知していたのだろう。これは氷山の一角で後々、大きな社会問題にならないといいがと思う。

今こそ望まれる「情の政治家」

 もう何年不景気が続いているだろう。もう何年、先進国で自殺者が約三万人もいるのだろう。そして、忘れてはならないのが福島第一原発事故である。今も作業員は放射線を浴びながら作業を続けている。被災者の方も仮設住宅に住んでいる人もいる。政局は自公か大連立か第三極かの三択になってしまっている。「自民党に戻るのもいやだが民主党は自民党の焼き増し、第三極もよくわからない」そう思っている人が多いのではないだろうか。政治家の動きは票田をみればわかる、そう選択出版時代教えられてきた。確かに、政治家は選挙に「落ちればただの人」という因果なものである。なので政局に汲汲とするのもわからなくはない。が、何か大切なものを忘れてはないか。ここ数年、選挙になる度にそう感じている。今求められているのは政治の原点ではないのか。すなわち人であり情である。前述したように弱者を救えずして何が国政だと思う。  政局は民主に行った人が今度は第三極に行こうとしたりで、こういう事をやっているとますます民意は離れ、投票率も下がる。すると固い票田を確保している党がキャスティングボードを握り、少数の人間しかその恩恵にあずかれないというここ数十年続いてきた事態に陥ってしまう。政治版負のスパイラルである。期待された第三極も結局は橋下市長の独裁ではないかと、マスコミき疑心暗鬼の風潮である。日本維新の会も事実上、橋下市長の政党であり、彼が立候補しなければキャンティングボードを握るのは難しいとされている。そこで彼は石原慎太郎の一本釣りを狙ったが失敗。結局、選挙での日本維新の会の「顔」は立候補しない橋下市長のままだ。確かに二万%出ないと言って出馬した市長なので、国政に出ない事もないかもしれない。が、大阪有権者が黙っていないだろう。僕は大阪の事情はよく分からないので、在阪の人間に聞いてみたところ橋下市長の人気はまずまずだという。ならば、余計出馬しない方向がであるという見方が政治記者の間では強い。また大阪、名古屋では維新の会が公明党と連携を取っているという話もある。これでは自民党の政策を批判できなくなる。余計に存在感が薄れていく。存在感と言えば小沢一郎氏もそうだ。前述したように維新の会の獲得が怪しくなった今、「オリーブの木」構想も怪しくなってきたという見方が政治評論家の間では広まっている。

「ウェスタンラリアート」はいつから「ウェスタンラリアット」になったのか

学生の頃、新日本プロレスがゴールデンタイムで放送していた時代。アントニオ猪木が当然、エースでありヒーローでもあり、ファンの間でもそういう認識があったのだが、僕はどうも当時は猪木のパフォ―マンスが余りしっくりこず(今はそれがプロとして当然だったと理解しているが)、しかしプロレスラーへの超人幻想はずっと持ち続けていた。 当時、週刊プロレスか週刊ゴングのプロレスラーのポスターを自分の部屋の壁に貼っていたものである。ニック・ボックウィンクル、ハルク・ホーガン、バーン・ガニア、トニー・アトラス、ハーリー・レイス、ビル・ロビンソン、ダスティ・ローデス……(今考えればキン肉マン世代だった)。  現在、実家にはそれらのポスターはないが、自室のドアにはまだその時に貼ったシールが一枚だけ残っている。そこには一人のプロレスラーが右手を挙げている。ロングホーンのポーズ。  スタン・ハンセンだ。  プロレスにのめりこんで行ったのはスタン・ハンセンの登場だった。そして彼は、プロレスにある革命を起こした。「ウェスタンラリアート」である。 初めてスタン・ハンセンを画面で見たのは猪木が試合を終えて引き上げる時に、花道を突然、嵐のように襲ってきた男がいた。それがハンセンだった。彼は左腕を猪木の喉付近に叩きつけ、猪木を昏倒させた。  そしてプロレスの試合内容を一変させた。今思うと、彼が受けのプロレスが下手だったという説もあるが、ひたすらエルボーで攻め、ロープに振ったと思ったら左腕を相手の胸に叩きつけフォールしてしまうスタイル。  実は漫画「プロレススーパースター列伝」「タイガーマスク」の影響で、プロレス技を本気がかけて、よく死なないなと思っていた。特にトップロープからの二―ドロップなど漫画で見ると怖かった。子共心に想像を働かせると、「普通、あの高さから膝を相手の腹に叩き落とせば死ぬよな」と。  しかし、実際のプロレスでは猪木がやっても大怪我はしないし、それどころか相手が復活し猪木がやられてしまう事さえある。 「これはおかしいんじゃないか? 本気でやっていないんじゃないか」子供の時分はそう思い、段々マイナスに考えるようになった。  そんな時にハンセンのウェスタンラリアートを見た。これは凄い。本当に痛そうだ。 プロレスへの疑惑が吹き飛んだ。現に、今ユーチューブで見返してもハンセンのウェスタンラリアートの威力や当時「活字プロレス」なるものが流行していた頃、よく使用されていた単語なのであまり使いたくないが「技に説得力」が感じられた訳である。  ハンセンはラリアートを出す時、腕のサポ―ターを上げるが、そういうパフォーマンスをしていなかった時の方が個人的には好みである。ラリアートという呼び名がラリアットに変わっていくのはそれと同じくして、だったような気がしている。 ハンセンのラリアートはプロレスに技の革命を起こした。色々なレスラーそれを模倣、という言い方が悪ければ自分のモノにしようとした。 長州力のリキラリアットは当時見た時は、「何、マネしてんだよ」とハンセンファンの僕としては面白くなかったが、徐々に長州はリキラリアットを出す前のあの独特の間で自分のモノにしていった。  ホーガンのアックスボンバーもどう見てもラリアートである。佐々木健介や中西学、小島聡や小橋健太も使い手を自負しいたようだが、残念ながらハンセンに遠く及ばないし、人によっては、かなり残念な結果に終わっている。長州力だけがハンセンのラリアートを受け継いでいる。  因みに、WWEのスーパースターのホーガンは2mの巨体と長髪の金髪で初来日した時、ハンセンのパートナーだったが、彼の得意技はオクラホマスタンピートであり、カリフォルニアクラッシュと名付けて使っていた。  今思えば、ハンセンのファイトスタイルの猪突猛進型は、彼のプロレス下手だったとしても今まで少年たちが何となく思い始めていた「プロレス技ってホントに痛いの?」「本気でやってるの?」という疑惑を吹っ飛ばすものだった。疑惑を「パワーとスピード」でもって吹き飛ばしたのがハンセンだとすれば「技とスピード」で吹き飛ばしたのが初代タイガーマスクだったのだが。  誰にもひるむ事なく突進していくハンセンのスタイルは僕を魅了したし、それがラグビーのタックルにもつながりラグビー部に入部するのだが、そのハンセンの勇気あるスタイルが通じるのか?というマッチメイクが組まれた。プロレス史上に残る名試合、田園コロシアムの人間山脈アンドレ・ザ・ジャイアントとの激闘である。  当時、誰も敵わないだろうと言われていたアンドレに引く事を知らないハンセンは、どうなるのか。僕はハラハラしながら見ていた。しかし、ハンセンは頭一つデカいアンドレにひるむ事なく突進していった。その男らしいファイトに圧倒され、熱狂し、僕も含めたプロレスファンは誰もが称賛の嵐を送っていただろう。  内容はここに記すまでもないが、ラリアート叩き込み、200kgのアンドレをボディスラムで投げ飛ばすハンセン。それは鮮明に記憶に残っている。  ラリアートの登場でそれまでコブラツイストなどの間接技が見直されていった気がする。有体に言って、フィニッシュで使われなくなった印象がある。当時の心境を表現すれば「分かりにくい」のと(また使用するが)「説得力がないのでは」という事なのだろうが、現在はまたより戻しが来て、アンクルホールドやあるいは魅せ場としてのコブラツイストも使用されている。  ただ、あの当時のプロレスのフィニッシュ技はラリアートにかなり、影響されていったと思っている。サンダーライガーの掌打も含めて。  最近、プロのエンターテイメントとしてWWEを観なおしているのだがラリアートが「クローズライン」と称され、つなぎ技になっているのを見て寂しいというより、時代の必然かなとも感じているし、ハンセンや長州力のように完全にあの技を使いこなせる選手がいなくなったのも原因だろう。  ここまでお読み頂いた方はご想像つくだろうが、ハンセンのファイトスタイルは全日本プロレスのそれとは違い、従って当時は僕も「新日派」だった。なので、ハンセンが全日本に移籍した際、あまりいい印象はなかった。それ以前から、プロレスっぽいアピール、すなわちラリアートを放つさい、左腕を上げてアピールするのもどうなのかなぁと感じていたくらいだ。  今ではしかし、プロレスラーのそういうアピールは必要だと思っているし、WWEのジョン・シナの手を顔の前で振る「I can,t see you」も好きである。 ラリアートがラリアットという呼び名に変わっていったのはプロレス史において、どういう意味を持っていたのか。単なる呼び方の問題ではない気がする。プロレスラー超人幻想の衰退とプロレス最強伝説のだと僕は思っている。  そして、今までのプロレスはフェイクだ。これが本当のプロレスだ、とUWFスタイルが登場してくるのだが……。 (この記事は「久田将義の延長!ニコ生ナックルズチャンネル」の毎週金曜日配信されているブロマガ記事を再構成したものです。)

久田将義責任編集 ニコ生タックルズマガジン

ニュースサイト『東京ブレイキングニュース(旧・日刊ナックルズ)』編集長、『実話ナックルズ』『ダークサイドJAPAN』元編集長の久田将義が、インターネットを通して新たな「アウトローメディア」を始めました。その名も「久田将義責任編集 ニコ生タックルズマガジン」。放送まとめ記事やオフショットなど発行致します。

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久田将義

ニュースサイト『東京ブレイキングニュース(旧・日刊ナックルズ)』編集長。『実話ナックルズ』『ダークサイドJAPAN』『NONFIXナックルズ』『HARDCOREナックルズ』元編集長。『月刊選択』『週刊朝日』を経て現在へ。近著『関東連合 六本木アウトローの正体』(ちくま新書)『トラブルなう』『原発アウトロー青春白書』(ミリオン出版)、『僕たちの時代』(青木理氏共著・毎日新聞)

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