氷の海を越えて、火山の島へ

溶岩湖の存在を確かめるため、南大西洋サンダース島で危険な調査に挑む

2023.10.27
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雲海から顔を出すサンダース島のマイケル山。世界でも極めて活発な火山地帯にあるが、南米大陸の突端から約2400キロと遠く、研究者もほとんど訪れることがない。

この記事は雑誌ナショナル ジオグラフィック日本版2023年11月号に掲載された特集です。定期購読者の方のみすべてお読みいただけます。

この惑星で最も遠隔な場所の一つとされる南大西洋に浮かぶ火山島。その溶岩で満たされた湖の存在を確かめるため、危険な調査に挑んだ。

 海抜900メートル。荒れ狂う南大西洋に浮かぶサンダース島の山の尾根は氷に覆われていた。

 エマ・ニコルソンは、酸素マスクを口に当てて深く呼吸をした。そして登山用のハーネスを確認し、巨大な活火山の火口に下りていく。

 午後4時すぎ、ここマイケル山の頂上火口のリム(縁)は強風が吹き荒れていた。無人のサウスサンドイッチ諸島に属するサンダース島は、人間が到達できる最も隔絶された場所の一つだ。一番近い常設の調査拠点は約800キロ離れたサウスジョージア島にあり、船が行き交う航路までは1600キロ以上もある。

 ニコルソンは33歳の火山学者だ。準備に何年も費やし、氷山だらけの荒れた海を2250キロも航海してようやくここまでたどり着いた。もうすぐ、マイケル山の火口を初めて調査する科学者となる。だが、この山はそう簡単に秘密を明かしてくれそうもない。

 ニコルソンは共同研究者のジョアン・ラジェスとともに、登山用のロープにつかまって火口を慎重に下りていく。リムの内側は一見、緩やかな斜面だが、そのうち不安定な氷壁が張り出してくるだろう。

 やがて天候が回復してきた。風が弱まり、青空がところどころに顔を出す。ニコルソンはゴーグル越しに、灰をかぶった岩と氷の絶壁に囲まれていることに気づいた。

 ラジェスとニコルソンは、コンピューターと赤外線カメラを持ってさらに深く下りていく。すると緩やかな斜面が突然消え、足元に薄暗い虚空が広がった。火口底までどれくらいあるかもわからない。ここは“地球の煙突”の縁の内側。自然がすさまじい力を誇示した痕跡なのだ。そう、ニコルソンは確信した。

 地球の内側に通じる入り口を直接目にした初めての人物となることは、火山学者としてこのうえない瞬間だった。だがまだ足りない。溶岩湖はどこにある? 神に見放されたようなこの場所を訪れたのは、それを確かめるためなのだ。

 そのとき、ハーネスのロープが引っ張られる感覚があった。頂上でロープの先を持っているのは、彼女が最も信頼している山岳ガイド、カーラ・ペレスだ。張り出した氷壁がどこかでニコルソンを待ち受けていることは、現場を見なくてもわかる。氷壁が前触れもなく崩れたら、彼女は火山の口にのみ込まれてしまうだろう。ロープを引っ張ったのは、自分を見失わず、無理をするなというペレスからの忠告だった。

溶岩湖を確認するため、マイケル山の火口を下りて観察するニコルソンと火山学者のジョアン・ラジェス。火口の切り立った壁と火山灰の層は、過去の噴火を物語るとニコルソンは言う。「今より激しい爆発が起きていたことは、間違いありません」(PHOTOGRAPH BY RENAN OZTURK)
溶岩湖を確認するため、マイケル山の火口を下りて観察するニコルソンと火山学者のジョアン・ラジェス。火口の切り立った壁と火山灰の層は、過去の噴火を物語るとニコルソンは言う。「今より激しい爆発が起きていたことは、間違いありません」(PHOTOGRAPH BY RENAN OZTURK)

クック船長も恐れた島

 1775年2月2日、ジェームズ・クック船長はレゾリューション号の船尾に立ち、雪が積もる荒涼とした島を眺めていた。

 クック船長が一帯の島々を「世界で最も奇怪な海岸」と評したのは、2度目の探検航海がすでに2年半に及び、心が疲れていたせいかもしれない。「自然に呪われ……太陽の暖かい光を受けたことなど一度もない」と記している。

 そんな島々の一つであるサンダース島に、独自の熱源があることがわかったのは、それから数十年後のことだ。だが、そのときでさえも、氷に覆われ、強風が吹きすさぶこの絶海の孤島に行こうという者はいなかった。

次ページ:サンダース島を訪れた数少ない科学者に

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