この記事は雑誌ナショナル ジオグラフィック日本版2025年12月号に掲載された特集です。定期購読者の方のみすべてお読みいただけます。
進化によって獲得したとても重要な機能なのに、少々厄介な性質ももつ「記憶」。それは、私たちの心の最も不思議な謎の一つだ。必死で覚えようとしても忘れることがあるのに、特に努力しなくても覚えていることがあるのはなぜだろう? 記憶力を高める方法はあるのだろうか? 答えを求めて、私たちは記憶の科学の最前線にいる研究者たちに話を聞いた。最新の技術が記憶の回路を“ショート”させかねないことや、自分の弱点を認識することができる新しい記憶力テストの方法、さらには脳の潜在的な能力を最大限に生かすための科学的根拠に基づく秘訣を紹介しよう。
<記憶の変容>
「スマホで撮った大量の写真」が私たちの記憶を変える?
スマートフォンで撮った膨大な写真をいつでも見られたら大切な思い出を失う心配はない。ただし、その便利さが記憶の形成に及ぼす影響も見落とせない。
英国バーミンガムに住む38歳のラバニア・オルバンは、子どもの頃の写真を見ても当時のことはよく思い出せないと話す。
オルバンの幼い頃の誕生日の写真は数枚しか残っていない。だが、8歳になった彼女の息子のアーロの場合、さまざまな人が撮ったものが軽く200枚はスマートフォンに保存してあるとオルバンは言う。「彼ならクリアに思い出せるでしょうね」
世界中で1年間にどのくらいスマホで写真が撮影されているだろう。見当もつかないが、少なくとも1社の市場調査によると、2025年にはその数は2兆点に迫るといわれている。
オルバンだけでも、スマホ本体とクラウドに保存してある写真は15万点を超える。アーロと一緒に写った自撮り写真もあれば、夕日やチョウの写真などもあり、すぐにアクセスや検索、シェアができる。
スマホを持ち歩く現代人は「過去のどの世代よりもはるかに多く、自分たちの生活を記録しています」と話すのは、ドイツのビュルツブルク大学の心理学者で、デジタル媒体が記憶の形成に及ぼす影響を研究するファビアン・フートマッハーだ。「当然、疑問が湧きます。自分の人生を思い出す方法も変わってくるのではないか、と」
自伝的記憶、つまり自分の人生で起きた出来事の記憶は、自分とは何者かを理解するうえでとても重要だ。「記憶は自己認識に不可欠なものです」とフートマッハーは言う。
だが、記憶をたどるのは動画を再生するような単純な作業ではない。「記憶は事実そのものではありません」と、米ニューメキシコ州立大学の心理学の助教であるジュリア・ソアレスは言う。「あなたがどういう人で、自分の人生をどんな物語に仕立てているかに左右されます」







