退職?もちろんまだしていない。できないよ。生活のこと考えたらね。
いろんな条件がある中で、今の所属先はそれなりに条件としては良い方だと思っている。休みとりやすいしね。
40歳を過ぎて、妻子もいて、幸せだけど、責任も大きくて。自由になんかできなくて。
ただね、部も部長も課長もチームにも馴染めない。馴染めないし、好きにもなれない。
会社のミッションにも部のミッションにも、自分が作ったはずのチームのミッションにも。
結局は自分自身が折り合いをつけるしかないんだけど、日々苦しさが増してくる。
自分のできないところや足りないところに目を向けるのはもちろんだけど、
「ああ、それ、やろうと思ってたのに、(今の領域を誰も手をつけないからやらなきゃいけないし)後回しにしてたやつだ」
「あの時、あれだけ数値や事例を元に実行すべきと言ってた施策が、いつの間にか他のやつの起案で他のやつの成果になっている」
こんなことが繰り返されていたら、貧乏くじを引いてしまったのかなとしか思えないんだ。
もちろん優先順位があるし、組織全体で見ればやるべきことをやっているし、自分自身が訴えていたやるべきことが実行されている。
すごいことじゃん。良いことじゃん。
でも今自分は、誰も手をつけたがらなかった、見て見ぬふりをしてきて、このままだと問題になるよってところをやっている。
それも、他にクリアする方法が(多少の手間やコストなどがかかるとしても)あるってわかった今、
この一年以上、何のために予算も時間も労力も、それに自分の心身を削ってやっていたのかなと、今苦しくなっている。
そういう方法でやれるんなら、最初から俺の方法は使わなかったよ。なんで後出しすんの?
誰もやろうとしなかったこと、誰も問題だと思っていなかったこと、これから絶対に必要になるってわかっていたことに
最初に気付いて、何とかしようとあがいて、もがいて、ここまで来たのは俺だよ。それすらもなかったことにされるのか。
そんなことを思っていると、日々苦しくて仕方ない。それでも戦うんだって涙を堪えて日々立ち続けているよ。
ただね。それも自分のせいでもあるんだよ。
40歳を過ぎて、誰かに助けを求めたり、プロジェクトをうまく進行できなかった、それがそもそもの未熟さなんだよ。
やるべきこと、やらなくてはいけないことに目をつけた、それはきっと先読みの力も、論理的に物事を考えることもできた結果なんだと思う。
でも決定的に人を巻き込んだり、調整したりすることができなかったんじゃないかな。
本当にやるべき、必要なことだと思っていたら、もっと多くの人と手を取り合って、巻き込んでやることができたんじゃないかな?
誰もやらなかったことに取り組んだ姿勢は本当に素晴らしいし、ここまでやってきたのはあなたが耐えたから。
でも、もっと他の人と一緒にやっていくこと、自分以外の考えを広く集めて動くことができたら良かったかもしれない。
俺が上司なら、俺自身に、1on1の時間にそんなことをいうかもしれないね。
適当に書いた評価シートには、ほぼ同意のメッセージのみが書かれ、
可もなく不可もなしの評価をされ、日々気に入らない上司や同僚にイライラして、嫉妬し、憎み、気付いたら勝手に絶望している。
この会社ではリモートだからとか、オフラインの集まりがあるとかないとか関係なく、馴染めないんだよ。
みんなの言葉、表情、態度、チャットの文字、オンラインMTGのリアクション、
オフサイトミーティングでの表情や匂いや空気感、そんな全てに嫌気がさしているんだよ。