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2025-03-25

労働基準監督官だった頃の思い出


社会保険労務士としてデビューして十年目である

開業当初は不安で仕方なかったが、今思えば大したことはない。もっと早く飛び出していればよかった。

自分裁量で大変な仕事をやって、自分責任を取るというのは「生きている」という感じがする。

いや、一人親方ではあっても、周囲の力なくしては仕事は成り立たないのだが。

はてな利用者の中では高齢である黄金頭の人の数個上になる。若い頃は勤め人だった。

人材派遣会社で数年働いた後、労働基準監督官として関東地方で任官した。その頃の思い出を語ってみようと思う。

守秘義務には最大限配慮する。元国家公務員でいうと、高橋洋一山口真由など、あれくらい力のある人だったら、守秘義務まで含めて好きに本などを書いて主張できるが、私にそんな実力はない。

はてなブックマークで取り上げられた公務員日記を読んだ限り、一線を超えない限りは表現の自由範疇となるようである。偉大な先達の方々と、はてな運営の寛大な措置感謝したい。日記タイトルも先人に肖っている。



どんなことを話そうか、実はこれから考えるところであるひとつだけエピソードを選んで掘り下げる格好を取りたい。字数が余れば、ほかの記憶脳裏から取り出してみる。

あれは、30代手前の頃だった。採用五年目で、一年目はずっと労働大学校での研修のため、現場歴は四年目だった。主担当として違法賃金労働(サビ残)の現場を押さえた唯一の経験だ。

それまでは先輩や上司と一緒に臨検(臨検監督会社に立ち入って調査)に出向いていたが、一人立ちできつつあった時期である

なお、労基の採用パンフレットでは現場二年目から一人立ち~といった記述を見ることがあるが、そんなことはない。ほかの官公庁民間企業と同じである登記官と同じく独任制ではあるものの、20代だと普通に若手扱いである。

上記の「臨検」では何をするのか……管轄区域内に数多くある企業の中から、いくつかの基準・目安に則って抽出した事業所に出向いて、労基法違反がないか確認を行い、必要に応じて注意・指導是正勧告を行う。近年では違法賃金(サービス残業)対策に重点を置いている。

私が勤めていた頃は、土木建設現場での事故防止や、下請けいじめ是正が叫ばれていた。

その現場では、経営者かその委任を受けた者に対して質問をして、必要事項を聞き取っていく。

最初正式な社名や、所在地など基本的な事項からまり就業規則確認に、従業員の名簿や、その雇用別の区分であるとか、元請下請関係労働行政関係補助金申請賃金台帳や労働時間記録、終わりの方になると実務上の文書ファイルまで開いて法令との適合を確認する。

次第に深いところに踏み込んでいく。採用面接と似ているかもしれない。最初質問は「今日朝ごはんはなんでしたか?」からまったりするだろう。

上記の結果による勧告は、いずれも行政指導(法令に適うように啓発・行動を促すこと)であり、処分性はない。

法的拘束力はないが、従わない場合刑事処分に移行することがある。若手監督官の月の半分は臨検を含んだ監督業務に費やすことになる。

※よほどのことをしない限り刑事処分に移ることはない。「指導を行いました」の報告書は保存年限まで残る。そこまで長い期間でもないのだが。



具体的なエピソードに入る。

あの時は定期の臨検で、とある縫製会社(衣料品メーカー)を訪問した。総従業員は千人未満で、売上高は数百億円。社歴からすると伝統企業といったところ。東京から遠く離れたところに本社があり、この都内には支店とはいえ立派なビルが建っていた。

いつものように「事前にこの資料を準備してください」と依頼してあった。支店代表者と、本社経営陣の家族役員私たち対応をしてくれた。

最初違和感がなかった。就業規則法令に則ったテンプレートであり、賃金書類上は適正に支払われていた。

事業所内をくまなく見て回ったが、原反(衣服の原料のロール。とても重い)の受入場も安全基準問題なし、倉庫内も大量の衣料製品カートハンガーで吊ってあったが、やはり問題ない。製品出荷場も糸くずひとつ落ちていない。トイレの数は、労働衛生法令当落線上にあった。すべて和式

ところ変わって、原反を長大作業台の上に広げてCAD操作裁断する現場でも、従業員電動工具類を適切に取り扱っていた。職場危険はないし、廊下もきれいに磨いてあった。

しいて言えば、ビール会社キャンペーンガールカレンダーが飾ってあったのだが、2025年現在では環境セクハラに該当する。当時はギリギリセーフといったところか。

違和感があったのは……臨検というのは大体半日程度で終わるのだが、最後にもう少し時間を使ってみた。

「抜き打ちのようですいませんが、最後に一度、一人で周らせてもらいます必要があれば呼びます」と言って、事業所内を再度歩いてみた。

すると、何点かの違和感があった。つい立ち止まることもあった。

・すれ違う従業員に元気がない。多くの年代がいたが、特に外国人労働者

・終業が近いのに、ほぼ全員が忙しなく動いている

・出荷場には本日付け伝票で、尋常でない数の段ボール箱

女性役員管理職と厳しいやりとり。「あの若いはいつも定時に帰る。辞めてもらえば?」など

 ※家族経営会社にはありがち。そこまで気に留めない

タイムカードの退勤時刻があまり連続的。定時以後にまとめて全員分を押している?

「怪しい」と思ったが、定期監督の域を出ないよう、支店代表者さん方に挨拶をして帰った。

帰庁後は、上司に感じたことをそのまま述べた。「必要なら追加調査すべし」というのが指示だった。



その日の退勤後、私は自家用車でその縫製会社の前を通ってみた。やはり気になったのだ。

手ごろな駐車スペースがなかったため、路肩に停めた。パトカーが来ないことを祈りつつ、会社敷地に入ってみると……。

「やっぱり」

という感想だった。午後八時を過ぎていたが、出荷場のある棟の1階部分にバッチリ明かりが点いていた。言い逃れできない次元だった。ご丁寧に、カーテンをかけて明かりを漏れにくくしている。

そして、私は裏手に回って確認した。出荷場の板目を踏む音からして、何十人も仕事従事しているのがわかった。現場を見なくても、建物内に多くの従業員が残っているのは明白だった。

従業員の平均的な退勤時刻と全く合っていない。違法賃金労働(以下「サービス残業」という。)である計算するまでもなく、賃金台帳と合っていない。

それから私は、毎日夜にその会社の前を通って、サービス残業の状況を確認していった。

するとどうやら、毎日に渡って行われていた。あれから10日分、毎日夜にあの縫製会社の前を通って、出荷場の裏手に回って聞き耳を立てた。

常套的なサービス残業だった。当時は若く、使命感に燃えていた。どうにかして、あの従業員たちを救ってあげたいと願っていた。私自身がサービス残業をしているのは突っ込まないでほしい。

後日手に入れた縫製業界情報によれば……どうやら4月6月業界繁忙期に毎日サービス残業を行わせ、冬季の暇な時期にはそこまでさせていないだろう、という推測が立った。

そこまで情報を整理したうえで、再度あの支店代表者架電してみた。「御社違法賃金労働をしているという申告があったのですが~」という優しい嘘からやんわりと入って、早めに事実を認めていただきたい旨を暗に伝えたが……やはり想定どおりの回答だった。

タイムカードの記録と、実際の退勤時効は一致している」

というのが向こうの言い分だった。

だとしたら、こちらも準備を整えたうえでやってやろうと思った。



五月の下旬だった。夜七時半を回った頃である。その縫製会社の前に、私と、当時所属していた監督署の若手約10人と、管理職2名(責任を取る人)と、他所応援職員5人がいた。サービス残業現場を抑えるために人を集めたのだ。

実際に現場を押さえても、授業員が蜘蛛の子を散らしたようになることが多く、相手方管理職証拠隠滅に走るおそれがある。最低でもこれくらいの人数が必要である

この日の夜、以下の図のように、監督官全員で出荷場を取り囲んだ。



概略図(スマホの人すいません)

○○○○ |――――|

○    |    |

○    | 出  |

○    | 荷  トラック

○    | 場  搬入

○    |    |

○    ∥    |

○   扉∥    |

●    |    |

○○○○ |――――|

     ↑会社敷地内↑

___________________________

  正面道路都道

___________________________

●……監督官 約17

〇……私

概ね、以上のような位置関係である



労働基準監督署です!」

私は大きい声とともに、出荷場の扉を開けた。中には……30人はいただろうか。

その出荷場では、出荷する商品検品と、箱詰された荷物トラック運転手に受け渡す作業を行っていた。

従業員は全員、疲れた表情をしていた。覚えているのは、還暦ほどの人がヨロヨロと段ボール箱カートに載せていたのと、製品検査をしていた外国人労働者である。彼らが一番ぐったりしていた。

「これから指示に従ってください。全員動かないように!」

労働基準監督官」の文字入りの証票を提示した直後、私達とその後ろに続いていたほかの監督官も出荷場に突入した。管理職は別の入口から事務所を抑えにいった。

抜き打ちの臨検監督はおごそかな雰囲気で進んだ。従業員を早く帰したかったのもあるが、当日のタイムカードをその場で押収し、誰かが全員分のタイムカードをまとめて切っていたことを速やかに確認した。

サービス残業をしていた一人ひとりに簡易な聞き取りを行い、対象者タイムカードのみ抜き出すと、従業員帰宅させた。

縫製会社管理職数人と、あの家族役員が社内に残っていた。深夜まで社内で取り調べを行った。

すべてが終わると監督署に帰庁し、参加者全員に(主に私の上司が)感謝の意を述べて、その日の記録をまとめて……臨検及びサービス残業捜査は終わった。深夜2時を回っていた。



それからも長年、監督官としての業務従事した。事務企画監督業務も、一通りやらせてもらった。

字数が余った残りだが……読み手の心に残りそうなものが2つある。2つとも、2025年から数えると20年以上は昔のことである。現行の労基対応とは異なる可能性があるので留意願いたい。

1件目は、スーパーマーケットでのことだ。高島屋伊勢丹かは覚えていないが、百貨店の中にある食品スーパーだった。

ある日、私の職場にいきなり通報があったのだ。警察消防(※救急)の人かはわからなかったが。精肉コーナーの中で、食肉をパック詰めにするために加工していた現場でのこと。

食肉加工機械(ミートスライサー)を使って作業をしていたアルバイト従業員若い子が、指を切断したという内容だった。労基案件可能性があるので現地に来てほしいとの電話だった。

現場悲惨だった。私たちは遅れて参じたものの、警察官ができるだけ証拠保全をしていた。グロテスクであるため、どれだけ血が飛び散っていたとか、どういう体勢で事故に巻き込まれたのかなど、通報直後の様子までは描写しない。

ただ、指切断という次元ではなかった。一本の指を残して、後4本が手のひらごとミートスライサーに巻き込まれミンチになっていた。

当時の私は20代半ばである。手や足元が震えて止まらなかったのを覚えている。現場には肉片が残っていた。証拠保全を終えるまで、掃除したくてもできないのである

原因は、ミートスライサーの安全装置だった。会社にあるような業務シュレッダーであれば、わざとケガをしようとしてさえも、ケガをしないような――安全装置等が付いている。

その精肉コーナーでは、安全装置が取り外されていた。そのうえで、作業用の特厚ゴム手袋従業員に着用させていなかった。完全に自由作業させていた。社員指導しない。それらが原因だった。

結果として、食品スーパー経営者労働安全衛生法違反として書類送検された。使用者は、従業員に対して業務上の危険回避や、健康障害を避けるための措置を講じる義務がある。

ほぼ上限の罰金刑となったが、義務違反が強ければ懲役刑もありうる。この事例は、従業員側にも若干の非があると認められた。安全装置のくだりだが、経営側ではなく現場判断で取り外していたことが起訴前の段階で立証された。



もう1件だが、飲食店で働いている人からの申告案件である

飲食店というのは、夜に接待を行う店舗だった(夜職分類だとガールズバーが最も近い)。いわゆる、有給行使(結果としての賃金不払い)案件だった。

通常の申告・相談場合労働者側から聞き取りに加えて、可能な限り証拠物を集めてもらう。そのうえでクロが濃厚となったら、使用者側に連絡を取る。

その際は、厳しい言い方ではなくて、「こういう申告があったのですが、もし本当にそうなら、(~法令説明~)未払い賃金を支払ってください」などと電話をする。

あくま行政指導である。従わなかったからと言って罰則はない。使用者無視することもありうる。その場合は……残念ながら、機会的な対応(オポチュニズム)をならざるを得ない。やむを得ない時の裁量判断であり、本来よろしくない。公務員は常に法令ベースに動くべきだ。

一例として、違反レベルが小さい場合労働者には自ら解決するよう監督官が助言・アドバイスを行うのが一般的である。もし、労基に強い対応を求めたい場合は、複数人相談するか、よほど強い根拠書類を用意するなどしてほしい。

さて、この申告案件の詳しい内容だが……。

相談者は夜に接待する店舗女性従業員学生

・約一年働いたところで退職したい

職場の後輩と一緒に辞める際、二人で有給休暇を取得しようとした

運営会社有給取得(有給分の賃金支払)を拒否

という流れだった。

半年以上勤務していれば、非正規雇用者であっても有給休暇を取得できるし、彼女らは給与明細その他の根拠書類を揃えていた。タイムカードコピーも。

私は、そういう夜のお店に行った経験はほぼゼロだった。業界知識もない。先輩方に相談したところ、「あいつらは難しいよ」と言う人が複数いた。

証拠付きで相談を受けている以上は、相手方に連絡すべき場面である。そして実際に、相手方にとって都合がいいであろう夕方頃に電話をし、事実確認及び有給取得の制度説明したのだが、いい答えは返ってこなかった。

以下;相手方の主張の要約。

(主張①)

うちの会社有給休暇制度はないし、この業界にそんな会社はない

(主張②)

あの二人は就業態度がそこまでいい方じゃなかった。お客からの評判もいまいちもっと会社に対して貢献とか、貢献できなくても努力した姿勢を見せてくれれば可能性はあった

(主張③)

どの業界にもルールがある。あの二人は大学生で、若いから知らないかもしれないが、その業界に入ったなら、そこでの常識に合わせられないとダメ。そんなのだと今後社会通用しない

ということだった。先輩方に相談したとおりの結果になった。相手風俗業界の慣習を盾にしている。

だが、私もそんなに折れなかった。当時は若く、企業側を守る社労士となった今(※実は自著を上梓しています)よりも正義感に溢れていた。社会正義を実行する立場であるという自惚れに近い感情もあった。

引き続き、粘り強くそ会社交渉(※非弁行為には当たりません)を繰り返した結果、有給本来10日のところを、月末までの5日であれば取らせてくれるということで妥結した。一応は全員納得の結果だった。



これで一応終わりである

以下、余談など。

https://anond.hatelabo.jp/20250325231650

 
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