2025-03-14

バンドエイドコレクター

 彼女は、絆創膏バンドエイド)を集めるのが好きだった。

 最初は、可愛らしいキャラクターが描かれたものを集めていただけだった。けれども、次第に色や形、素材にこだわるようになり、海外のもの限定デザインのものまで収集するようになった。それを綺麗に箱に並べては、うっとりと眺めるのが日課だった。

 しかし、それだけでは満足できなくなった彼女は、ある日「本物の傷に貼られたバンドエイド」を集めることに興味を持つようになった。

 それは、彼女にとって特別意味を持つものだった。人々の傷を覆い、痛みを和らげる存在。けれども、それが剥がされた瞬間、傷は再び空気に晒され、痛みが蘇る。バンドエイドは、一時的に人を救うが、決して傷を消してはくれない。彼女は、その儚さに魅了されたのだった。

 最初自分の傷に貼ったバンドエイドを集めた。紙で指を切った時、転んで膝を擦りむいた時。それをそっと剥がし、密封して保存するようになった。しかし、それだけでは足りなかった。

「他の人の傷跡が残るバンドエイドも欲しい」

 そう思い始めた彼女は、友人たちにさりげなく頼んだ。

「ねえ、そのバンドエイド、取ったらちょうだい」

 最初冗談だと思われ、笑われた。しかし、何度もお願いするうちに、好奇心を抱いた友人の一人が、彼女自分バンドエイドを渡してくれた。

 それは、小さな指の切り傷を覆っていた、普通肌色バンドエイドだった。しかし、端にわずかに乾いた血が滲んでいて、剥がされたばかりのそれは、温もりを持っていた。彼女はそれを震える手で受け取り、まるで宝石でも手に入れたかのように丁寧に包装し、コレクションの箱に収めた。

 それから彼女収集エスカレートしていった。

 友人だけでなく、クラスメートバイト仲間、果ては通りすがりの人にまで「もし傷を負ったら、そのバンドエイドを私にちょうだい」とお願いするようになった。最初不審がられたが、彼女必死さに根負けし、数人は渡してくれた。彼女はそのたびに感謝し、嬉しそうに受け取った。

 だが、それだけでは満足できなくなっていった。

 人の傷が自然にできるのを待つのは、あまりにも時間がかかる。彼女は、ほんの小さなきっかけで人が傷を負うことを学び始めた。

 例えば、何気ないふりをして紙を渡す時、相手が指を切るような角度で渡す。歩いている時に少し強めに肩をぶつける。そうやって、ささやかな傷を生み出し、それを手に入れる機会を作り出した。

 しかし、それでも足りなかった。

もっとたくさんのバンドエイドが欲しい」

 そう思い始めた彼女は、ついに自分で傷をつけるようになった。

 最初自傷だった。腕や足にカッターで浅く傷をつけ、そこにバンドエイドを貼る。痛みを感じながらも、それを剥がしコレクションに加える快感があった。しかし、それもやがて飽きてしまった。

他人の傷が欲しい」

 彼女は、もっと直接的な方法を取るようになった。わざと転ばせたり、少し強めに引っかいたり、気づかれないように針を突き立てたり。

「ごめんね、大丈夫?」

 そう言いながら差し出すのは、彼女が大切にしているバンドエイド

 相手は痛みに顔をしかめながら、それを受け取り、貼る。

 そして、数日後。

「もう治ったから剥がすね」

 そう言われると、彼女はにっこりと微笑み、手を差し出した。

「それ、私にちょうだい?」

 傷つける罪悪感よりも、それを手に入れる快楽が勝ってしまった。

 そんな彼女の異常さに、周囲は少しずつ気づき始めた。ある日、彼女クラスメートから厳しく問い詰められた。

「……お前、何かおかしいよ」

 彼女は笑って誤魔化そうとしたが、その時、ある生徒が言った。

「この前、お前にわざと爪で引っかかれたやつがいるって聞いたぞ」

 空気が張り詰めた。

 彼女の異常な行動が、ついに公になった瞬間だった。

 噂は一瞬で広がり、彼女孤立した。誰も近づかなくなり、誰も彼女バンドエイドを渡してくれなくなった。

 それでも、彼女は諦めなかった。

 最後に、彼女が選んだのは、自らの最大の傷だった。

 彼女は、腕に深い切り傷をつけ、そこに一番お気に入りバンドエイドを貼った。痛みは感じなかった。ただ、それを剥がす瞬間の快感想像し、震えた。

「これは、私の最高のコレクションになる」

 そう思いながら、彼女はそっとバンドエイド剥がした。

 しかし、その傷は、想像以上に深かった。

 血が溢れ、止まらなかった。

 彼女は、最後バンドエイドを握りしめながら、ぼんやりと思った。

「これは、バッドエンド……?」

 彼女の視界が、ゆっくりと暗くなっていった。

 そして、最後に残ったのは、血で染まったバンドエイドだけだった。

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