はてなキーワード: ブライトとは
ガンダムUCを見る前提として「おもんな・・・」と思いながらも、我慢してガンダムΖΖを完走したので備忘録。
まず、最終話が終わった瞬間の感想は意外にも「思てたほど悪くない」でした。
でもストーリー的にはしょうもないと思うし、最終戦の演出で誤魔化された気がする・・・。
味方側の初期メンバーが誰も死なないのも不自然すぎると思うし(あんまストーリー関係ないけど)。
特に、無理やりリィナを生かしておく意味あった? 死んでた方が話も綺麗だったと個人的には感じました。
ストーリーがあんまり(内容がない)って言ったけど、ワイは評論書くほど知識もないし、怖いもの知らずでもないので、ストーリーについては何も言いません。
でもワイ的には登場人物に誰一人感情移入できなかったし、特にビーチャとかいうクソは最後まで好きになれませんでした・・・。
あと、ビーチャを依怙贔屓するブライトのこともめちゃめちゃ嫌いになりました。前から特に好きではなかったけれども。コイツが一番無能では?死ねばよかったのに。リィナとビーチャとブライトが死んでたらもうちょっと印象マシだったかも。
まぁ、Ζガンダムも感情移入はできなかったけど、Ζは好きなんよな・・・。
ワイ自身、自分の趣向を完全には把握できてないですね。感情移入どうこうよりキャラクターに愛着持てるかどうかの方が大事なんかもしれんですね。その点でも
ΖΖはキャラクター全員興味持てませんでした。
理解できてないところも多いやろうし、何回か見たら印象変わるかもしれんけど、ガンダムΖΖは多分二度と見ません。
いや名作ではねえよ。ちゃんと令和の今観て。めちゃくちゃ変な映画だから。別に破綻してるとまでは言わんけどクワトロを経たシャアの最後がああなるんかいってのとシャアが脱出した後のわやくちゃがカオスすぎるよ
むしろ、クワトロを経て疲弊したシャアがやけっぱちになって味方全員を騙してアムロと戦って負けるという壮大な自殺をして人生から逃げただけにしか思えないんだが。全然破綻してない。
そもそもシャアはハマーンから逃げて地球で偽名を使い反ティターンズ運動をして、結局ハマーンに負けて生死不明エンドとはいえ実際は生きていてエゥーゴの後始末から逃げたような人間だってきちっと描写されたわけだろ?
ああなるんかいというけどああなるしかなかったとしか思えないんだが。
クェスを戦場に追いやって殺そうとしたのもハマーンとカミーユでニュータイプを子育てする面倒さを心底理解してたからだろうしな
ネオジオンを使い捨てにしたのも、ブレックスの死後一応指導者になっていたエゥーゴから逃げたことを考えると何の不思議もない。
まぁ、ブレックスもいない、最終決戦でヘンケンも死んだ、アポリーもエマも死んだ、まともに残ってるのはブライトとファwと精神崩壊したカミーユ、地球から出てこられないアムロとカツくらいっていう抜け殻みたいなエゥーゴで面倒なハマーンとやり合うってのは誰でも嫌気さすから逃げるのは不思議ではないけどな。主人公クラスの人間としてはクソダサいけど、シャアというのはそういうダサい生き方をずっとする人間として描かれてるわけだから。
『ガンダム』で何が凄いっていちばんスゴイのはあのノーマルスーツだ
主人公たちや敵側のキャラや兵士たちがモビルスーツや戦闘機なんかの兵器に搭乗して操縦するときの、あのツナギみたいに身体にフィットしててオートバイのフルフェイスヘルメットみたいなのを頭にかぶって着用しているアレ
あれな、宇宙空間でも、アレだけで移動できるし、白兵戦っていうか格闘もできるんだぜ!
ところで戦後昭和の科学少年少女たちなら、例えば月面で活動しようとおもったら日向(ひなた)と日陰(ひかげ)で物凄い温度差があるので、実際にアメリカの月面着陸ミッションで使われた宇宙服は内部に水を循環させて極端な温度差がおきないように工夫されてる、ってのはよくおぼえてることとおもう
さてまたしてもところでなんだが、ここまでこの投稿を書いてる増田はナニを隠そう前をじゃなかった屋外交通誘導警備員増田でな、ここ最近の炎天下での苛酷な労働に対しての装備のぜんぜん足りてなさにおもうとこどころか業務うっちゃらかして帰っちゃいたいくらいなわけ、でだ、なんかもう全身をカバーするパワードスーツ?内部がエアコン完全装備みたいな?のを熱暴走してる脳で妄想しててさ、いやまてパワードスーツ→モビルスーツ→ノーマルスーツってあるじゃん!!(実用化されてはないじゃん)
…てなって『機動戦士ガンダム』のガジェットで何が凄いかってビームライフルやビームサーベルやザクマシンガンやガンダムハンマーや大気圏突入フィルムやマグネットコーティングやミノフスキークラフトやその他もろもろもそらスゴイけどな、やっぱいちばんはあのノーマルスーツやろ、なんやあの性能と技術と普及率(サイズ展開どうしてんにゃろ、やっぱそれで後半はブライトさんとかの操縦士じゃない要員はいかにも汎用品みたいな宇宙服になったんかな、ノーマルスーツってオーダーメイドぽいもんなサイズ)
以上、長々とお付き合い頂きましたが、ワイくん屋外交通誘導警備員としましては、ノーマルスーツの開発と導入と運用を切に願うものでありセイラ・マス。
食堂は薄暗く、寒々しい。連邦兵たちがそれぞれ配給された食事を黙々と食べている。メニューは「MRE (Meal, Ready-to-Eat) スタイル配給食」。乾パンとコンビーフがメインで、兵士たちの顔には疲れと不満がにじんでいる。
食堂の奥、厨房からは食器のガチャガチャという音と、タムラの鍋を振る音が聞こえる。
連邦兵A: (乾パンをかじりながら) うっめえ飯、食いてぇな…。
連邦兵B: 全くだ。こんなもんじゃ、ジオン相手に戦う気力も湧かねぇよ。
その時、厨房の扉が開き、白いコック帽をかぶったタムラが現れる。彼の周りだけ、どこか温かい空気が漂っているようだ。タムラは無言で、兵士たちの様子をじっと見つめている。彼の顔には、彼らが抱える不満を理解しているような、しかしそれだけではない、何か決意のようなものが浮かんでいる。
ブライト (声): 各員に告ぐ。ジオン軍の侵攻は激化している。補給物資の到着は遅延する見込みだ。食料の節約を徹底せよ。
兵士たちの間でため息が漏れる。タムラはそれを見て、静かに厨房へと戻っていく。
薄暗い貯蔵庫の中、タムラが一人で食料の在庫を調べている。缶詰、乾燥野菜、そして少量の冷凍肉。どれもこれも、見るからに乏しい。彼は頭を抱える。
タムラ: (独り言) これじゃあ、明日も同じメニューか…。兵士たちの士気が下がるのも無理はない。
彼の脳裏には、今日見た兵士たちの疲れた顔が焼き付いている。こんな状況でも、彼らが少しでも前向きに戦えるように、自分に何ができるだろうか。タムラは貯蔵庫の奥に目をやる。そこには、忘れ去られたように積まれた、凍り付いた巨大な魚の塊があった。南極で捕獲されたものだろうか。長期間放置されていたため、表面は霜で真っ白になっている。
タムラはそれに近づき、手に触れる。カチコチに凍っているが、その下に隠された生命の塊を感じ取る。彼の脳裏に、あるアイデアが閃く。それは、この極限の状況だからこそ、生まれる料理のイメージだった。
マチルダ (声): タムラ曹長、補給物資の件ですが、現状では期待薄です。申し訳ありません。
タムラ: (通信機を取り、静かに) 構いません。こちらも、なんとかしてみせます。
タムラは受話器を置き、再び凍った魚の塊を見つめる。彼の瞳には、静かな炎が宿っていた。
食堂には、いつもより早い時間から兵士たちが集まり始めている。彼らは、今日のメニューが一体何になるのか、不安とわずかな期待を抱いている。
厨房からは、いつもとは違う、しかしどこか懐かしい香りが漂ってくる。それは、温かい出汁の香りと、魚が焼ける香ばしい匂いだった。
タムラは額に汗をかきながら、巨大な鍋の前で黙々と作業している。彼は凍った魚を丁寧に解凍し、その身を惜しみなく使い、様々な料理を作り上げていた。魚のアラからは、じっくりと煮込んだ出汁を取り、その出汁で炊き込みご飯を準備している。魚の身は、一部を焼き魚に、一部は野菜と共に煮込み料理にしている。
タムラ: (独り言) 今日は、お前たちに故郷の味を思い出させてやる…。
その時、アムロの声が聞こえる。
タムラは満足そうに頷く。彼は一つ一つの料理に、兵士たちへの思いを込める。
食堂の扉が開くと、温かい湯気が立ち上り、芳醇な香りが兵士たちを包み込む。タムラが厨房から、巨大なトレイに乗せられた料理を運んでくる。
今日のメニューは、「南極魚の炊き込みご飯」「南極魚の塩焼き」「南極魚と野菜の煮付け」。
兵士たちの間にどよめきが起きる。凍える体に染み渡るような、温かく、そしてどこか懐かしい料理。
連邦兵B: 魚だ! 本物の魚だぞ!
兵士たちは我先にと料理に群がる。一口食べると、彼らの顔には驚きと感動の表情が広がる。
連邦兵A: うめぇ…! こんな美味いもん、いつぶりだろうか…。
食堂には、すすり泣く声さえ聞こえる。彼らは、単に美味しいものを食べただけでなく、タムラの料理から、故郷の温かさや、忘れかけていた人間らしさを思い出していた。
アムロの声が聞こえる。
アムロ (声): タムラさん、このご飯、すごく美味しいです! ありがとうございます!
ブライト (声): タムラ曹長…見事だ。この食事は、我々の士気を大いに高めてくれた。
タムラは、兵士たちが美味しそうに食べる姿を見て、初めて口元に微かな笑みを浮かべる。彼は無言で、再び厨房へと戻っていく。彼の背中からは、料理人としての誇りと、兵士たちを支える決意が感じられた。
戦いは終わらない。だが、この極寒の地で、タムラ曹長の料理は、兵士たちの心に温かい灯をともし続けるだろう。彼の料理は、ただの食事ではない。それは、故郷であり、希望であり、そして、明日を戦い抜くための力なのだ。
映画の逆襲のシャアってアムロが主人公として、人としてアウトな選択肢を採り続けて来た結果迎えた人生の総決算的なバッドエンドだよなと思う
例えばアムロがセイラを選んでいればシャアの孤独に寄り添えた(小説版ガンダムルート)
自らリーダーを買って出ればハヤトの負担を減らせた(ハヤトがZZで死なないルート)
ベルトーチカとの交際を続けていれば妻子を遺せた(ベルチルルート)
ブライトとの縁を大切にしていれば恋人を守れた(映画CCAでハサウェイがチェーンを撃たないルート)
こういうベターな選択肢が有り得たところを、悉く外してきたのが映画CCA本編
最強のニュータイプ同士というララァとの狭い世界に耽溺して周りの人々を顧みなかった結果、
『ガンダム』で何が凄いっていちばんスゴイのはあのノーマルスーツだ
主人公たちや敵側のキャラや兵士たちがモビルスーツや戦闘機なんかの兵器に搭乗して操縦するときの、あのツナギみたいに身体にフィットしててオートバイのフルフェイスヘルメットみたいなのを頭にかぶって着用しているアレ
あれな、宇宙空間でも、アレだけで移動できるし、白兵戦っていうか格闘もできるんだぜ!
ところで戦後昭和の科学少年少女たちなら、例えば月面で活動しようとおもったら日向(ひなた)と日陰(ひかげ)で物凄い温度差があるので、実際にアメリカの月面着陸ミッションで使われた宇宙服は内部に水を循環させて極端な温度差がおきないように工夫されてる、ってのはよくおぼえてることとおもう
さてまたしてもところでなんだが、ここまでこの投稿を書いてる増田はナニを隠そう前をじゃなかった屋外交通誘導警備員増田でな、ここ最近の炎天下での苛酷な労働に対しての装備のぜんぜん足りてなさにおもうとこどころか業務うっちゃらかして帰っちゃいたいくらいなわけ、でだ、なんかもう全身をカバーするパワードスーツ?内部がエアコン完全装備みたいな?のを熱暴走してる脳で妄想しててさ、いやまてパワードスーツ→モビルスーツ→ノーマルスーツってあるじゃん!!(実用化されてはないじゃん)
…てなって『機動戦士ガンダム』のガジェットで何が凄いかってビームライフルやビームサーベルやザクマシンガンやガンダムハンマーや大気圏突入フィルムやマグネットコーティングやミノフスキークラフトやその他もろもろもそらスゴイけどな、やっぱいちばんはあのノーマルスーツやろ、なんやあの性能と技術と普及率(サイズ展開どうしてんにゃろ、やっぱそれで後半はブライトさんとかの操縦士じゃない要員はいかにも汎用品みたいな宇宙服になったんかな、ノーマルスーツってオーダーメイドぽいもんなサイズ)
以上、長々とお付き合い頂きましたが、ワイくん屋外交通誘導警備員としましては、ノーマルスーツの開発と導入と運用を切に願うものでありセイラ・マス。
20話でカイたちが出て行ったのが急すぎて頭の上「????」ってなってた。
アムロばっか贔屓されてって、思ったの?
あの状況で?
少なくとも一番強敵と戦わされてるのはガンダムに乗ってるアムロなわけだから、それ贔屓なのかな…
もしかしてこの前のランバ・ラル戦がアムロのせいだ!って思ってる…?
ブライトが「アムロ以外にもガンダム乗せよう」って考えたのは分かる。
アムロを休ませるとか、軍隊として他の可能性とか理由も含めて分かる。
でもその理由を真面目に対話できなかったから、アムロが出てった。
そこの行動も分かる。
ほぼ黒歴史とされているZZ。改めて見直してみたが、むしろ今の時代にマッチしたカオス感。
ジェネレーションギャップ(ニュータイプVSオールド)もより明確になっているので若年層にも訴求できると思う。
深めるべき物語要素
2.ジュドーとミネバとの関係:シャングリラ前線の当初からミネバを登場させ、ミネバにジュドーの可能性を語らせることでそのポテンシャルを当初から視聴者にも示す
3.ブルーコープ、民族闘争と、ネオジオンの思惑→現在中国がアフリカに実行中の経済政策と重ねて政治劇をもう少し追加すると面白くなる。
4.ジュドーをはじめとしたニュータイプ独立部隊>ギャグ要素をキャラクターの成長的意味なない部分は省略
ジュドーを仲間の兄貴分としてのポジションから部隊を率いるエースパイロットとしての責任が付加されるところを強調すると、ジュドーのカリスマ性が引き立つ
5.アフリカ戦線の熟練VS直感(ニュータイプ)として戦いのテーマをさらに引き上げる (スマホネイティブVS昭和モーレツ社員のようなイメージ。結局昭和モーレツ社員
が電話、FAXでプロジェクトを遂行しようとしてもスマホネイティブがSlack、Discordクラウドを駆使してプロジェクトを成功させるのに到底かなわないというイメージ)
6.ダブリンへのコロニー落としとカミーユの登場(ファーも含めここでの旧作からの登場の仕方は非常にいい)
7.グレミーを冒頭から登場させ、最終的にミネバに反旗を翻すまでを全編を通して語る:これでドラマに深みがうまれる。
8.カミーユ、離脱の顛末(新訳だと説明がつかないとの話もあるが、ニュータイプ型PTSDにより離脱という形であれば説明がつく)
削除するべき物語要素
1.前半のシャングリラの路線>ジュドーとの出会いと舞台への導入までを若干工夫して(ギャグ要素をほぼ排除)省略する
ブライト自身がファースト時代、ニュータイプ部隊という位置づけであったことを踏まえつつ、ジュドー達を次世代ニュータイプ部隊であるという理屈づけで
編成するというシーンをいれてしろうとのジュドーたちをチームとして編成させることに説得力を持たせる
2.アーガマにおける軍隊としてのおちゃらけ→度が過ぎている部分は削除。
3.シャングリラから地球降下までに登場したネオジオンキャラ:これらはまさに80年代のパンクなのでいらない
※ジュドーの能力や軍隊への順応性を見ると、UC100以降も活躍する戦士であることは自明なので、この歴史はしっかりと新訳したほうがいいのは間違いない。
「Utopia」の初出。トマス・モアの『Utopia』(1516年)。
「Dustopia」の初出。ルイス・ヘンリー・ヤングの『Utopia: or, Apollo's golden days』(1747年)。
But Heav'n, of late, was all distraction, and, more than ever, rent in faction; Caus'd only by a wretched isle, On which we thought no God would smile:
だが近ごろの天界は混乱の極みにあり、かつてにも増して内紛に引き裂かれていた。それもこれも、ひとつの惨めな島のせいだった。誰の目にも、神が微笑むことなどないと思われていたその島。
Not stor'd with wealth, nor blest in air: no useful Plants could ripen there; Mismanag'd by th' unskillful hinds, or nipt by chilling Eastern winds:
富を蓄えず、空気にも恵まれず、作物は育たずに終わる。未熟な農夫たちにより荒らされ、あるいは東から吹きつける冷たい風に凍えて枯れる。
Or if they flourish'd for a Day, They soon became some Insect's prey: For many such infest the soil, Devouring th' honest lab'rers's toil ; *So venomous, that some had rather have, in their stead, the toad, or adder.
たとえ一日だけ花開いたとしても、すぐに虫の餌食となった。というのも、多くの害虫が土地にはびこり、誠実な労働者の努力を食い尽くしていたのだ。そのあまりの毒性に、むしろヒキガエルやマムシの方がましだと言う者もいるほどだった。
Unhappy isle!
不幸な島よ!
scarce known to Fame; DUSTOPIA was its slighted name.
名声を得ることもなく、「デュストピア」と呼ばれて軽んじられていた。
「Cacotopia」の初出。ジェレミー・ベンサムの『Plan of parliamentary reform』(1817年)。
A constitution, with this poison--slow, but not the less sure—in the bowels of it!—Rotten, even from the time that this poison was injected into it, must have been the matchless constitution,—rotten at the core—and, of such rottenness, what we are now suffering is among the fruits.
この毒を――遅効性ではあるが、それでも確実な毒を――その内臓に抱えた憲法! この毒が注入されたその時からすでに、あの比類なき憲法は腐敗していたに違いない――中核から腐っていた――そして、いま我々がこうして被っている苦しみこそが、その腐敗の産物の一つなのだ。
As a match for Utopia, suppose a Cacotopia discovered and described,—would not filth in this shape be a "fundamental feature" in it?
ユートピアに対抗するものとして、「カコトピア」が発見され、描写されたと仮定しよう――このような汚濁が、その「根本的な特徴」として描かれないだろうか?
https://archive.org/details/planparliamenta00bentgoog/page/n204/mode/2up
ベンサムは、議員たちが国王から官職を与えられることを批判している。小さな賄賂などは不道徳とされて取り締まっているが、国王から官職が与えられることはむしろ名誉として扱われる。実質的にはそれは癒着であり腐敗でしかないのに。という話をしている。
「Dystopia」の初出。ジョン・スチュワート・ミルの議会演説(1868年)。
Now, on this subject the Government have not shown themselves altogether inflexible. The noble Lord the Chief Secretary for Ireland has expressed his willingness in some degree to entertain the principle of religious equality, and 1517 I thank him for it; but, as has been remarked by my hon. Friend the Member for Manchester (Mr. Jacob Bright), he proposed to do it—if at all—by levelling up instead of levelling down. The noble Lord is willing that every valley shall be exalted; but he does not go on to the succeeding clause, and say that every mountain and hill shall be laid low.
さて、この問題に関して、政府は完全に強硬というわけではないようです。アイルランド担当大臣である閣下は、宗教的平等という原則をある程度受け入れる用意があると述べました。これは感謝すべきことですが、マンチェスター選出の敬愛する友人(ジェイコブ・ブライト氏)が指摘したように、彼はこれを「下げる」のではなく「引き上げる」ことで実現しようとしているようです。すなわち、彼は「すべての谷を高くする」ことには賛成ですが、「すべての山と丘を低くする」とまでは言っていないのです。
So long as the national property which is administered by the Episcopal Church of Ireland is not diverted from its present purpose, the noble Lord has no objection at all to this country saddling itself with the endowment of another great hierarchy, which, if effected on the principle of religious equality, would be a great deal more costly than even that which now exists. Does the noble Lord really think it possible that the people of England will submit to this?
アイルランド国教会が管理する国家資産が現在の用途から変更されない限り、閣下はこの国が別の大きな教会制度への助成金という負担を背負うことにはまったく反対ではないのです。そしてもしそれが宗教的平等という原則に基づくのであれば、現在の制度よりはるかに高くつくことでしょう。閣下は本当に、イングランド国民がそれに甘んじると考えておられるのでしょうか?
I may be permitted, as one who, in common with many of my betters, have been subjected to the charge of being Utopian, to congratulate the Government on having joined that goodly company. It is, perhaps, too complimentary to call them Utopians, they ought rather to be called dystopians, or cacotopians. What is commonly called Utopian is something too good to be practicable; but what they appear to favour is too bad to be practicable.
私は、自分自身をユートピア主義者だと非難されてきた多くの優れた方々とともに、政府がその立派な仲間入りをしたことをお祝い申し上げたいと思います。ただ、彼らを「ユートピア主義者」と呼ぶのは、少々褒めすぎかもしれません。「ディストピア主義者」あるいは「カコトピア主義者」とでも呼ぶべきでしょう。通常「ユートピア的」とは、良すぎて実現不可能なものを指しますが、彼らの支持するものは、悪すぎて実現不可能なもののようです。
https://api.parliament.uk/historic-hansard/commons/1868/mar/12/adjourned-debate
イングランドはカトリックから離脱して「イングランド国教会」を組織したが、同様にアイルランドでも従来のカトリック教会を「アイルランド国教会」のもとに置いた。しかしアイルランド人の多くは改宗せず、アイルランド国教徒は全体の1/8にすぎなかった。それでもアイルランド国教会は「国教」であるので、アイルランドのすべての教会の財産を保有しており、またアイルランド国教会への助成金は全アイルランド人に課せられる税金から支払われていた。この不平等の是正にあたって、政府は「アイルランド国教会の待遇を下げる」のではなく「他の教会の待遇を上げる」ことで解決しようとしているという。つまり他の教会にも同様の助成金を支払おうとしており、それはもちろんイングランド国民の税金から賄われることになる。そんなことをイングランド国民が許すと思っているのか?とミルは言っている。その後、1871年にアイルランド国教廃止法が施行された。