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2025-11-22

高市政権発足1ヵ月おめでとう。自分リベラルだしそれはこれからもだけど、高市政権になってよかったか

高市政権発足1ヵ月おめでとうございます

  

タイトルにも書いた通りずっとリベラルでそれはこれからも変わんないけど、とりあえず高市政権になってよかったかなってのが今んとこの感想

 

もちろん理念的にはリベラルだし、これから投票行動はそうしていく。(特に夫婦別姓はさっさと導入してほしいかな)

でも、自分自身日本人男性だし、労働者より資本家側だから別に彼女政策方針で損しないんだよね、むしろありがたい。

  

顧みてよく考えると、自分って政治に関しては自分に直結する利益とは別にあるべき論を求めてたんだねって思う。人類歴史を考えれば波はあれど、国家に集中していた権利分散していく方向性は変わらないのだから一喜一憂しても詮無い

AIが発達して1984化ってのは恐れるけど、最早それは保守とかリベラルとかの話でもないような

  

それに中国覇権主義拡張傾向にはリベラルとしても安閑とはしてられないしね。とはいえ、この前の答弁は勇み足だと思うよ、あれは減点だし岡田を責めればいいってもんでもないでしょ。防衛省役人が一番焦ったと思うよ

  

外国人系の問題については、排斥寄りの人の気持ちはまあ気持ちとしてはわかるし、湾岸のタワマンなんかもう中国人だらけなんで地元スーパーも正直うっとうしいよ、日本人中産階級より教養品性も感じられない人も闊歩してるしね

でも、経済的には市場としての中国も、労働力としての外国人も欠かせないよ。日本人ってエリート主義よりも、現場主義や手技的な職人芸が好きだけどさ、それこそ製造業工場現場行ってごらんよ、外国人労働者いなきゃ回んないよ

  

このまま円安インフレ財政拡張労働者権利抑制といった方針で行ってくれれば自分経済的には良し。理念的な部分は後続の政権で確保すればいいやってのが今んとこの感想です

女性初の総理大臣ってのも意味があるしね、今後も頑張ってほしいです。寝ずに頑張ってるらしいし、トップがそういう姿を労働者に見せてくれるのも良いと思う

  

でも鹿はぶっちゃけどうでもいいかな…

2025-11-21

人間思考とLLM、思ったほど違わなくない?

最近AI思考人間本質的に違う!」みたいな主張をよく見るんだけど、正直そこまでの差があるとは思えない。

少なくとも、自分自身思考を観察してみると「そこまで特別プロセスじゃないな……」って感じることが増えた。

というのも、人間思考って結局のところ、これまでの経験知識パターンから“次にありそうな結論”を予測してるだけじゃないか

直感」とか「理解」という言葉を使うからすごいことをしているように見えるけれど、中身はわりと統計的な推論の積み重ねだと思う。

一方でLLMは、過去データから確率的に次を予測するモデル。仕組みは違うけれど、やってることはかなり似ている。

じゃあどこが違うのかと言えば、「身体性がない」とか「内的動機がない」とか、だいたい“現状の仕様”の話ばかりで、構造上の絶対的な違いという感じはしない。

そもそも人間だって、そんなに明確な内的動機で動いてる?

私は正直、刺激が来たら反応してるだけだし、褒められれば嬉しいし、怒られたら凹むし、わりと条件反射的な存在だと思う。

AIには世界理解がない」みたいな話もあるけれど、じゃあ世界中の映像・音声・センサー情報をぶち込んで、ずっと観察させたらどうなるか。

普通に世界予測できるモデル”になるだけで、それは自分たちが小さい頃から五感で学んできたことと違うようには思えない。

まり、違いは確かにあるんだけど、

それは本質というより“データ量とインターフェースの違い”に近い。

人間思考には本質的特別さがある」と信じたい気持ちはわかる。

でも、いざ自分思考をじっくり眺めると、そんなに魔法みたいな機能は見当たらない。

しろパターンの積み上げで動いているところはLLMとけっこう似てる。

から私は、「本質的な違いはそこまで大きくない」という立場だ。

もちろん“人間のほうが複雑で多様なデータを処理してる”とは思うけれど、それは量や種類の問題であって、質的な隔たりではない。

結局、私たち自分思考特別視したいだけなんじゃないか──

最近そんなふうに思うようになった。

anond:20251121163145

 彼は、自分が別の存在であったことを感じる。 「私は異己である」 彼は父親自身性格個性が異なることを宣言している。しかし、彼はそれによって自分自身を見分けることができなかった。たとえば、彼は父親に対して「私は、あなたよりも長く生きてきた」とか、「あなたは、あの日からずっと生きていてきた」と言ってはいない。そして彼は、それを知っていません。しかも、彼にはこの感覚がある「私が発生した、異様な出来事について」 父は「彼が、自分自身認識自己認識において発生し、解決された結果である、これから彼に人間性が見られるようになり、その主観的な実際は無関係となる」ことを述べている。 ここで、ついに彼は個性を失い、それが人生における重要な側面となる別の形態へと変化したことが分かる。彼は、もう一種存在を作り出し、彼自身存在と異なる別の存在を作り、見せた。これから彼はそれを単独認識し、他の全人の目に見えている自分とは異なる存在視覚化することの困難に挑戦する。そのため、彼の思考力が下がっている。つまり、彼には自分存在他者存在に対する正しい理解ができていない。 これまで、彼に発生した異様な過去見過ごされていた。しかし、ここでは彼は異性であることを認識している。 ついに彼は個性を失い、理性を失い、「私が存在し、他の個人から見られる自主的存在ではない」という感覚体験し、それによって彼の存在関係となる人生への視覚化が分かりやすくなった。つまり、父の発達障害の症状は消えた。

anond:20251121155211

その日、父は「私がここまで生きてきたのに、 IQ がこんなに低いな」と泣いた。実際は、彼の IQ は 120 で、これも通常値より高い。そのために彼は発達阻滞症候群経験し、家族全員が彼に対し悪質であると思っている。しかし彼は認識できなかった。したがって、彼は他の人よりも自分を知らないようにするを意識し、「これまでの我的私生活は、自らの存在における重要な部分であり、この経験は、私の人生において不可欠である」という考えを持つようになった。発達障害とその影響、そして自身を見ない間に育ち、生きてきた理由に対する彼の反映は、「自分存在発見した存在は私の私生活において、その私生活が私の存在における決定的な部分となるためです」という自らの哲学的枠組みであった。なぜ、彼はこれまでで自分を知らないかったのか、それとも帰属感を見つけて、自らの発達障害解決するためにこのような発見をしたのか、何より 「私は私だけが私のアイデンティティを持っていないのか」 父は、これまでの彼に存在していたことと思っていたものよりも多くの、自分共存している人生経験を持っている。つまり、彼には人生において多く成長した、または発展した方が多い可能性がある。どんな存在でも、自分認識できなかったら、生きていくのに苦難しかない。彼は、これまで自分物語重要な部分を知っていたと感じなかった。彼は、それを作り出そうとする努力で、彼自身の中に異なる自己発見した。その結果、彼はそれが自分アイデンティティであることに到達した。この時には、自分人間であり、人間経験を持つことが分かる。他人との相対的存在と、自分自身主観的現実への対話。父は「私は生き物ではない」ことは認識できなかったが、この発見を通じて、彼は自分の正しい位置や自らの関係性を認識し、それによって彼の解決策を提供した。

職場ネグレクト問題

最近よく起きているのに社会で取り上げられない問題

職場ネグレクト


与えられた仕事放棄して指示や改善要求無視労働者保護を盾に

仕事をしない状態居座り続ける」人が

明らかに増えている。

主に

職場で喋り続けて何もしない

・社内でプラプラうろついて時間を潰す

他人自分仕事を押しつける

・指示されたことをやらない

・周囲が困るレベルサボり業務を遅滞させる

・注意されても改善意思すらない

などである

明確に個人ノルマが決まっている会社なら発生しづらいが

つの物事に対してみんなで取り組む会社場合職場ネグレクト」が湧き出てくる

なぜ起きるのか

働く能力がないわけではなく

責任回避のための「防衛的な被害者化」をする場合が多い

普通業務を「パワハラ」と断定

問題行動の指摘を「いじめ」と表現

自分の状況を“守られるべき弱者”として語る

・働く人=愚か者だと思う冷笑文化

自分被害者だ」と先に言うことで議論を封じ、自分自身の問題業務放棄)が見えにくくする

組織側が指導しにくくなることを狙った戦略自分仕事放棄する

しかしたら戦略ではなく本当に

自分被害者側」としか考えていないのかもしれないが

なぜこうした現象が増えたのか

Z世代からだろうか?

いや、違う

Z世代ではなく

SNSに染まった人間が起こす」と私は考えている

SNSによる「被害者正義」の主張拡大が原因だろう

SNSでは「弱者ポジション」の主張が拡散されやす

パワハラ」「ブラック」という言葉が注目を集め、部分的情報でも同情が集まりやす

なので

自分被害者で、会社及び上司が悪」

と言う図式を作れば

事実がどうであれ自分の主張に同意してもらえるのだ

仕事をする人のために作られた「働き方改革」だったが

「指摘されたらパワハラと言えばいい」

問題行動を注意できない空気を作れる」

という“悪用”が今では生まれている

制度は正しい方向に進んでいても、

その裏で責任放棄の口実にする人が一定数現れるというのが現実なのである

実際に何が起きているか



私の職場ではこの「職場ネグレクト」増えて

働き者が次々退職してしまった

15人の仕事に150の仕事があるとして

それをそれぞれ10ずつ処理すればよかったのだが

SNSに染まりきった新人女性社員Aが入社

自分仕事を2しかやらず他に丸投げ

それを先輩Aが指摘すると「私は先輩Aイジメられてる!」と喚き立て

同じSNS世代新人社員BCD同調

仕事をやらなくなり仕事負担が増し

1人が15の仕事をこなす羽目になり

一生懸命働いたとしても新人の群に冷笑され「向こうがいじめてきた」という無い理由

新人集団罵倒され集団無視され本当にいじめられた」先輩Aが辞めてしま

その先輩Aの仕事量はもともと多かったので

それが再分配され仕事量増大

その割にパワハラを盾に新人達が仕事をしないので

働き者が次々転職した(適応障害になった人もいた)

今では元の3倍の仕事が1人にのしかかっているが

無敵の新人が喋って遊ぶのを見ていると私も転職すべきな気がする

職場ネグレクト達は「賃金が低いせいだ!俺らは悪くない!」とぼやくが

そもそもその賃金に見合った仕事すらせず

人に仕事押し付けるなら

早く辞めてほしいもである

この問題社会において取り上げられていないが
早く問題提示して対応しないとそのうちとんでもないことになると思う

anond:20251121113414

順番に

>(1) 9条は“絶対集団的自衛権を禁じている”という解釈は間違い

うん。

他国が攻められたとき防衛集団的自衛権)は明らかな戦争であり,絶対に許されない,というのが,この国の大原則だ。」

他国が攻められたとき防衛集団的自衛権)は明らかな戦争であり,絶対に許されない,というのが,この国の大原則だった。」

に訂正します。

20世紀には,これは当然のことだったんですよ。なのに自民党がズルズルと解釈改憲やら閣議決定やらを繰り返し,いつの間にか「集団的自衛権憲法違反ではない」と考える人が増えてきてしまってます個人的には非常に嘆かわしいと思ってますし,自分自身現在も今も違憲だと思ってますし,自民党も心の底では違憲だと判ってると思ってます。でなければ,あれだけ躍起になって九条改正を目指すはずがありません。

現状,集団的自衛権行使違憲かは議論対象になっている,というのは認めます

# 残りは待ってくれ。調べないと書けないので数日かかる。

2025-11-20

anond:20251120152749

政権与党が、安倍首相が、統一教会やその他のカルトに対してヌルかったというのも、山なんとか一家みたいな存在を救ってやるべきだったというのも、まったく正しいよ。

じゃあ仕事の怠慢ゆえに殺していいんかっていうと全く次元が違う話だろう。

既述のとおり安倍晋三仕事功罪殺害されたこととは無関係検討評価されなければならない。殺されたか責任が消えるわけでもなければ、殺されたか自業自得だったと証明されるわけでもない。

これも既に書いたが「仕事っぷり」を理由に人が殺されるのを仕方ないとする連中と話すことはもうなにもないんだ。

俺が関心持ってるのは一人の人間としての犯人個人の心境だ。「よくやった」と囃し立てる軽薄な声に乗っかって救われた気でいるのか、それとも真摯人殺し事実に向き合っているのか。

あえてぶっちゃけると俺は自分自身が大きな後悔を抱えてしまたから、ある意味共通する状態にある“奴”個人に関心があるんだ。

リベラル左派にとっての)「正義」とは軍事力のことである

高市台湾関連の発言周りの反応を見る限り、そういう結論にならざるを得ない。

 

はじめに言っておくと今回の高市発言は明確に失敗だったと思う。曖昧戦略を貫いていた方が良かった、という点でリベラル左派意見同意する。

一方で根本的により悪いのは軍事力等によって台湾を手にしようとしている中国であると思っている。高市ミスはそういう「超強い悪」への対応ミスった、という誤りだと考えている。(卑近な例に置き換えると、街の不良への対応ミスった、に近い)

ここについてはリベラル左派の人も同意しない人は居そうだ、あくまで悪いのは高市の方である、という立場だ。

勿論意見の違いというのはいつでも有り得る、意見が違うから非難したい、という訳ではない。ただすこしおもしろ思考実験(?)を思い付いた。

 

もし日本中国を遥かに凌駕する軍事力を持っていたら、高市発言は失敗だっただろうか?

である。(と、私は考える)

もしそうなら立場は逆転する、慎重な対応を迫られるのは中国の方であり、対応次第では「超強い」日本のしっぽを踏む、今回の高市のような「失敗」につながりうる。

高市の失敗の大元を辿っていくと、「中国日本軍事力の差を考慮しなかった」に行きつく、要するに「(軍事的な)身の程を知らない」ことこそが悪かった訳だ。(今回のリベラル左派の反応も意訳すればそういう意味翻訳できるコメントも少なくない)

もし日本の方が遥かに軍事力を持っていれば台湾に関する中国姿勢を気にする必要もないし、むしろ自由人権等を考えるなら積極的台湾への侵攻を牽制する事は正義に適うとさえ言える場合もあるだろう。

要するに「日本に十分な軍事力があるか」によって、高市発言は悪いものにも、善いものにもなりうるのである

(このおもしろさにみんな気付いているのだろうか?)

日本現在台湾を国として承認していないが、個人的にはこれは好ましくないと思っている。

そんな風に台湾を国と認められないのも、中国の顔色を伺ったり曖昧戦略をとることが正しくなるのも、すべて日本が十分な軍事力を持たないからであって、

もし十分な軍事力を持っていればそれらは逆にひっくり返ると言える。

 

これは中国側の言動にも言える。

現在私の見る限り、リベラル左派中国強硬的な姿勢言動批判的なコメントは少ない。(ただ飽くまで私に見えている範囲の話なので、実際はそうでもないかもしれない、「自分は違うよー」という人がいたら知らせて欲しい)

「首を斬る」発言然り、台湾に関する口出しを拒絶する姿勢然り、非難や威嚇のコメント然り、渡航への注意喚起、Xでの例の画像や、水産物輸入停止等々然り、

そうした幾つもの言動が「失敗」ではない理由は、シンプル中国軍事的に強く、また好戦的外交をすると言う前提が既に共有されているからだ。同じ事を日本がやればお笑い草にしかならない。日本がやれば失敗、中国がやれば失敗ではない、その違いを生んでいるのはひとえに軍事力だ。

もし中国がろくに軍事力もない小国だったら、同じ言動ただちに「失敗」になる、高市発言と同じ意味において。

ここでもロジックは全く同じだ、失敗とそうでないものを分けるのは彼我の相対的軍事力である

 

このように、リベラル左派コメントを真に受ければ、失敗とそれ以外、悪と善を分けるのは「軍事力」の差である

同じ言動も、力を持つ者が行うのと持たないものが行うのでは意味が違う。台湾への実力行使を伴う侵攻を抑止するような発言も、力を持つ者が発すれば正義になるが、力を持たないものが発すれば失敗や悪になる。それが彼らの信念である

そしてそのことを非難するつもりも無い、「同じ言動も、力を持つ者が行うのと持たないものが行うのでは意味が違う」、確かにその通りだ、正しい。

これまでの語り方で誤解されているかもしれないが、彼らは別に変な事を言っている訳ではない、むしろ至極普通のことを言っている。

そしてその普通を辿れば、結局のところ失敗や悪と正義を分かつのは「軍事力」であり、「正義とは軍事力である」という結論普通に出るのだ。

 

こういう事を言っていると、過激右翼軍国主義者のように思われているかもしれない。

一応、それは誤解であると言っておきたい、少なくとも自己認識としては違う、「正義とは軍事力である」とかあぶねーなーと思う一般的感性は持っているし、日本軍事的に拡大することをあまり好ましいとも思っていない。あとついでに、政府与党高市も支持していない。

ただ、今回のリベラル左派コメントや反応を敷衍すればそうなる、というだけだ。(まぁでもそういう言い方が責任転嫁臭いのは認める)

ただ、今回の一連の流れは個人的にもなかなかショッキングだったなとは思う、自分自身のリアリズムを書き換えられたような感覚もある、

実際、台湾の現状を改善できるとしたら、軍事的な力を持った国なんだろうな、とは思った。軍事的な力を持たない国は、仮に正義を行おうとしても結構無力であり、同じ行動も失敗や、悪になり得る。(「リベラル左派にとっての」とか言いつつ考えてる事は自分も変わらない、そもそもある程度自分リベラル左派だし)

かといって、日本軍事力を持って欲しいとも、なかなか思えないのだけども・・・・。

なんでこんな死にたいのか考えてみたけど解決しなかった

近頃、とにかく死にたい

毎年10月から11月はこういう感じになるので、季節のせいであることは分かっている。12月になる頃にはだいたいなんかなんとかなってるから大丈夫

でも年々ひどくなっている気もする。それに、毎年ウワーッとはなるにせよ、そもそもなんでこういう死にたい感情に襲われるかがよく分からなかったので、何か直接的な原因がないものか、人生についてちょっと考えてみた。



仕事面白くないが、面白くないだけだ。

元々社福祉とか一次産業とかインフラとか配送業かに憧れがあった。誰かの生活を支える、縁の下の力持ちってかっこいい。でも増田危機管理能力がない。忘れ物は多いし、ケアレスミス死ぬほどするし、どんなに我慢しようとしたって余計な改善をしようとして結局改悪してしまう。保守運転とか一番苦手な分野だ。トラックどころか自分の体一つだって乗りこなせない。事故を起こさないため、誰かを殺さないため、そういう職業にはつかないほうがいいと思って生きている。

からから金を搾取することだけを考えているカスみたいなサービス下請けで、自分一人を養えるだけの端金をもらって、犯罪を起こしてないからそれでいいのだと必死に言い聞かせている。上手く出来なくてもカスの弊社が困るだけだからいくらミスしても罪悪感はない。

だがこれは直接死にたい原因ではない。やっとることはカスサービス形態ではあるが、ある程度転職にも使えそうな汎用的な職能の成長は出来るし、上司や同僚は増田の手助けや活躍を褒めてくれるし、そういった点でやりがい的なものがないわけでもない。業務自体はそこそこ向いてると思えるし、人間関係は良好と言って良いだろう。金額面も、自分一人を養えるくらいの金額は稼げているし、それによって欲しいもの我慢したり、望んだ生活を手放さなければならないほどではない。元々欲は薄い方だ。少ないながら貯金もしているし、いざとなれば親や友人を頼れば金がなくても多少の間はなんとかなる。労働自体は憎むほど忌み嫌ってるわけではないから、生涯現役でも全然構わない。

金銭や将来の不安職場人間関係悪化などがあって死にたいわけではない。

友人関係も悪いわけではない。

かにたびたび「人間じゃない」とか「常識的気遣いが足りない」とか「普通考えれば分かることがどうして出来ないのか」とか言われたりもするが、それでも根気強く付き合いを続けてくれる友人ばかりだ。何も言わずに去られるより全然マシなので、そういう耳に痛い言葉も言ってくれるだけでありがたい。一度も傷つけたことのない、あるいは傷つけられたことのない友人は確かにいないのだが、それでもみんな大事な友人だ。

そういう大事な友人にご迷惑をおかけすることで罪悪感で潰れそうになることはあるが、例えば無茶な振り回し方をしてきたり、金銭を貸せとやたらたかって返さなかったり、そういうガチトラブルに発展するような友人諸兄ではないし、増田もそういうことをしないよう、礼節を忘れないように重々気をつけている。それでもたまにうっかり日々の会話で地雷を踏んで怒らせることはあるものの、友人同士が「それは言い過ぎ」とか「お互い様」とか仲裁してくれるので、増田自身尊厳も守ってもらえていると思う。友人とボロカス喧嘩をして死にたい夜もないことはないが、それは大抵一時的ものだし、直近はそういう感じで険悪になってる相手はいない。

家族関係も悪くない。

父も母も理屈で話せば分かる人であるし、親戚一同もなんだかんだ元気に暮らしている。不謹慎ニュースを見て爆笑する叔父や、身の回りの世話を全部してあげないと心配で夜も眠れない叔母、とにかくプライドが高く他人を見下したり注目を集めたりしないと気がすまない従兄弟信仰押し付けはないもの新興宗教にどっぷり献金している祖父母など、アクが強くはあるが、こちらに実害はないので可愛い範囲で収まるものだ。肉親に怒鳴ったり、暴力を振るったり、金銭トラブルを持ち込んだり、結婚強要したりする人はいない。

まあ、両親に恨みがないと言えば嘘になる。幼稚園の頃に甘えようとすり寄ったら「は?鬱陶しい、ひっつくな」と引き剥がされたり、小学生の頃いじめられていた時に増田の言い分を一切聞かず「あなたにも悪いところがなかったかよく考えてみよう?」と3時間近く諭してきたり、愛着の面では問題があったのは確かだ。しかしそれは増田に対して愛情がなかったというよりは、それが彼らの愛着限界なのだ。飼っているウサギすら、部屋の中で凍死しかけていることに気づかなかった両親である。それを思えば、衣食住を保障してくれたのは事実だし、危険なことは叱ってくれた。大学まで学費も出してくれたし、両親の行きたいところにではあるが旅行にもそこそこ連れて行ってもらっていた。彼らにしてはだいぶ努力していたのだろうと今なら分かる。

から半年に一度程度は顔を見せに帰省しているし、それがめちゃくちゃ苦痛というわけでもない。全ては過去のことであり、無、凪、平熱、そういった単語がふさわしい関係性だ。これもまた、直接の原因ではない。

恋愛関係はないし、それを後ろめたくも思っていない。

増田Xジェンダー、リスロマンティック、アセクシャル三拍子揃った人間だ。その上、それでもどうしても起こる性欲の発散方法は「対象年齢・性別を問わないリョナ創作」と来た。絶対に世に出してはいけない、リアル人間に向けるなんて以ての外という嗜好をしている。

幸いなことに、告白されたことも、したいと思うほど惹かれた人も人生にいない。誰かを傷つけてしまうくらいならそれでいいと思っている。「恋愛理解できないのは正常ではない」と思って恋愛小説恋愛漫画を読んでは、イーッ!分からん!と一人で暴れていたこともあるが、それは「普通人生を送ること」に固執していたからであって、もう普通じゃなくていいやと開き直った今は、一人で生きていく覚悟がとっくに出来ている。

から恋愛ができなくて人生つまんなくて死にたいというわけでもない。

趣味はある。

増田創作が好きだ。物語を書くのが好きだ。随筆も、批判も、絵も、彫刻も、歌も、踊りも、とにかく何かを表現することが好きだ。それは自分の中にある感情思考を(作品に限らずこういった文章などでも)表し、発散することで一時的な沈静が見込めるからだ。だから誰かのために書いてるわけじゃなく、褒められるために書いているわけでもなく、ただひたすら自分衝動を、犯罪ではない範囲で発散できることに喜びを感じている。

また、他人のそういう一面を見るのも好きだ。孤独ではない、と、他のどんな娯楽よりも、どんな脳内物質の分泌よりも、最も確かに感じられるし、癒されるからだ。みんな苦しくて孤独なのだと実感できるからだ。そしてそれらを十全に納得のいくまで突き詰めようと、他人創作物をしゃぶりつくしたり、自分表現を究めたりしようと思うと、百年に満たない短い人生を食いつぶすには、十分すぎるくらい時間がかかる。

これも死にたい原因ではない。むしろ趣味のことを考えれば、死んでいる場合ではないのだ。

これと言ったトラウマもない。

いや、ないことはない。小学校の頃は確かに治安が悪かったし、その中で最も低いカースト層にいたのは確かだ。靴箱に砂を詰め込まれたこともあったし、掃除の時はちりとりに集めたゴミを引き出しにそのまま流し込まれたこともあった。濡れた雑巾を頭に投げつけられたこともあった。ドッジボール執拗ボールをぶつけられることもあった。体育の二人一組ではいつもハブられていたし、仕方なしに増田を組まざるを得なかったやつは、増田の触れたところを校庭の土でこすって払った。まるで土のほうが汚くないとでも言いたげに。

クラスメイト全員敵だからいるわけがないのに、脅迫的に好きな人を聞き出され、最もいじめてきた回数が少ない人の名前をあげたら、翌日からそいついじめられ始めて、他人を好いてはいけないと思い知ったこともあった。給食着やテーブルクロスを、本当は持ち回り当番なのに毎週持ち帰らされて、親に「じゃんけんで負けた」「牛乳こぼした責任で」と嘘をついた。もちろんああいう感じの親なので「あんたはどうしてそうなんだろうね」と気づかれもしなかった。

「視界に入るな」「半径2メートルに近づくな」「菌が伝染るから学級文庫・机・プリント・日誌・配膳皿などに)触るな」あるいはもっと直球に「死ね」も全部日常的に言われていた。学級崩壊でまともに授業が受けられなくて教育機会を損失して、その頃に本来学ぶべきだった分野は今でもちょっと苦手意識がある。毎年劇をやるはずの発表会では制御不能判断されて、ペットボトルでお米を育ててみましたといううっすい内容を、誰がどこを喋るかまで一言一句ガッチガチに固められて発表させられた。自主性なんて言葉は死んでいた。若い新卒教師毎日授業で泣いていて、その頃にはとっくに泣き疲れて感情に蓋をしていた増田は、その涙を「煽るだけなのに」と冷ややかな目で見ていた。

カースト中の下だった傍観者クラスメイト大学で再会して、一緒に「小学校の思い出」とかいうクソみたいなグループワークの授業を受けざるを得なかった時、給食の班机で菌が伝染るからとやられていたみたいに1cmあけて机を組まれた瞬間、増田の心にヒビが入り、割れ目が出来て人格が四つに分かれしまい、今も元に戻らなかったりしている。そういう意味では、たしかトラウマと呼んでもいいのかもしれない。

それでも直接的な殴る蹴るという暴力は振るわれなかったからマシな方だったと信じている。記憶があり、はっきりと思い出せて、これだけの内容を泣かずに書けるようになっただけかなり寛解してきている。それに、当時の自分だって箒で殴り返すなどそこそこやり返したり、いじめっ子と同質になって増田よりもっとカーストの低い支援学級の子に対して、自分にされたことをそのままやり返すみたいにしていじめたりだってしていた。当時飼っていたハムスター憂さ晴らし虐待していた。弱いものさらに弱いものを叩き、ブルースは加速していた。そういう感じでなんだかんだ適応して元気にやっていた。

それらへの後悔に苦しみながら、同時にその延長で今も友人にライン超えの発言をしたり、逆に踏み越えてはいけないラインを踏み越えられてもその場では分からなかったり、自覚がないままキレ返してしま制御不能に陥ったり、暴力脅迫支配を伴わない合意の上での性行為では興奮できなかったり、記憶は共有しているもの人格割れしま解離性同一性障害まで秒読み状態だったりと、後遺症は色濃く残っている。

けれど、でも犯罪をしないで済むくらいの範囲で誤魔化しきれているし、それ以上を望んだりもしない。だからこれもまた、今の増田をむしばんでいる死にたさの原因ではない。その時期はとっくに乗り越えてあり、過去過去、今は今として整理がついていて、そういう自分のあり方を受け入れている。



仕事趣味、友人、恋愛家族趣味過去

人生構成するだいたい全部に、人並みの不満や後悔はあれど、満足していないわけでもない。人間関係にも金銭にも将来にも不安はない。上を見ればきりはないが、下を見てもきりがない。自分人生自分のものであり、それ以上でもそれ以下でもない。

増田には確固たる自己があり、誰にも侵食されていない。

私は私だ。

なのに何故こんなにも死にたいのか。

胸を打つこの衝動は何か。

線路に飛び込め、七階から落ちろ、溺れて死ね、とにかく死ね、そう囁き続ける声が内側に蔓延るのか。

思春期という言葉を藁のように握りしめて、この衝動的な嵐が、年齢を経れば終わってくれると、ただ若さなのだと、そう信じてしがみついてきたのに、どうしてアラサーになってもまだ衰える気配がないのか。

自己不安定な時期など、とうに過ぎていると言うのに。

自己、ああ、そうだ。この自己だ。

この衝動こそが死にたさの原因であり、結果だ。

この自己こそが死にたさの真の原因ではないのか。

本当はやりたい仕事を諦めて現状に甘んじている?

友人と上手く付き合うことが出来ない?

両親の愛着が足りなかった?

恋愛が怖くて最初から諦めている?

趣味が実質逃避になっている?

過去に嫌なことがあって未だに引きずっている?

幸せになろうとすること全てにブレーキをかけてしまっている?

全ては結果に過ぎない。

最初存在しているこの「自己」こそが引き起こした、必然の結果に過ぎない。

死にたいのは、嫌なことがあったのが原因じゃない。

嫌なことを引き起こすような自分に全ての原因があるということから、いよいよ目を逸らせなくなってしまたからだ。

増田はずっと、衝動、癇癪、叫びのような化け物を心に飼って、共に生きてきた。

こいつを野放しにしたら、とてもじゃないが人間社会では生きていけない、というかまず肉体が耐えきれなくて崩壊するような、触れるもの全てを敵と認識する、爆発的なエネルギーけがひたすら渦巻いている、自壊を厭わない衝動の化け物。

その化け物を飼い慣らすことだけが増田の今の全てを形作っている。

仕事や友人の選び方、楽しめる趣味思考、行動、言葉、その全部全部が、この化け物を静かに眠らせておくことだけに全力を注ぐように構成されている。

そしてそれが漏れ出てしまった瞬間、必ずトラブルが起こる。嫌なことは全てそうやって起きている。

全ての嫌なことに原因は、増田自身だった。

そう、気がついてしまった。

両親、友人、そして過去の思い出は、一般的社会に溶け込める人間たちが、その化け物を目の前にした時の、ごくありふれた正常な反応に過ぎない。

全ては結果なのだ

思えば最初から物心ついた時にはもう、そいつと一緒に生きていた。

その場の思いつきで突拍子もないことをして、危険危険だと分かっていながら飛び込まずにはいられない、じっとしてはいられないという性質を、持て余していた。

両親が増田のことを「あんたのことはよく分からない」と困惑して言った日のことをよく覚えている。

友人が「増田人間じゃなくて増田という生き物なんだね」としみじみ言った日のことも。

増田いじめて泣かせたクラスメイトが「だっての子最初に嫌なことをしてきたんだもん」と言ったことも。

先生が「どうしてそんなことしたの?」と泣いている増田を問い詰めたことも。

「泣いていたら分かんないよ。先生悪くないよね?なんで先生のこと怒るの?」と寄り添いのかけらもない態度をとったことも。

そして増田はただ、嫌がらせをしようとすら思ってもいなくて、そうすることしか出来なかった、それ以外のやりようがあるなんて考えつきもしなかっただけなのだと、説明出来なかったことも。

よく覚えている。

それらは全部、増田おかしかっただけで、みんなはただ、当たり前に困っていただけだ。

そして増田自身も、困っていた。

ただ、それだけだった。

よく分からないものは愛せない、未知は排斥する、ああ、そうだろうとも。それにしたって、みんなの方にだってもう少し上手くやりようがあるようにも感じるけれど、でも、人間完璧じゃない。上手く出来ないことだってあるし、それを責めたってどうにもならなくて、仕方がない。

からみんな、距離を取る。うん、まったくもって正しい。あなた自分を守るために、増田人生破壊されないために、必要距離だろうとも。

でも、増田だって、こんなのと一緒に生きていくのはもううんざりなんだ。

私は私と一緒に生きていくのが疲れた

そして私は、その内側の化け物から距離を取れない。

みんなみたいに、そっと距離を取ることができない。

ずっと近くにいる。

ずっと隣にいる。

剥がしようもなく側にいる。

趣味だって、ただそうすれば抱えた癇癪がマシになるからやっているに過ぎない。こいつから逃れられないから、仕方なく好きにさせてやってもいい場所を作っているに過ぎない。

本当は絵や文章なんか書かなくても気分が晴れるならそれが一番楽なはずだ。誰も傷つけずに、安心して一人で好きなだけ打ち込めるというだけの、苦しみから逃れるために必要なだけの、ただの麻酔だ。

文章を書いたり、絵を描いたりで努力できるのはすごいね」と褒めてもらえることもあるけれど、違うんだよ。それをやらないとあなた危害を加えてしまいそうだから仕方なくやっているだけなんだ。全然立派でも何ともない。犯罪者予備軍が犯罪をしないためにギャンブルや酒に溺れているのと一緒なんだ、これは。

依存で、中毒で、全然褒められたようなものじゃない。

厄介な人をあしらう術に長けた者たちだけが、周りに残っているのがその証左だ。

衝動性を逃がす以外のモチベーションはないから、創作で食っていこうとしてもクオリティにムラがあって仕事にならないのがその証左だ。

自分は化け物だ。

人間じゃない。

人間になんかなれっこない。

必死に身につけた人間性の全てが、衝動の化け物が眠る上に構築してあるというただ一点を理由に、崩れていく。

その眠る化け物が少し身じろぎするだけで、目覚めるまでもなく、増田の積み上げた全てを崩壊させる。

人間になんか、最初からなれっこなかった。

増田は自らの意思人生選択したのではなく、選択できる範囲の中で選ばされるしか出来なかった。

好きなもの一つ、「自分」の意志では決められない。化け物を起こさないようにごくごく慎重に、刺激しないものだけを選んでいる。

全部全部こいつのせいなんだよ。

化け物を一番殺したいのは増田なんだよ。

私の人生を全部めちゃくちゃにしてきて我慢ばっかりさせるような化け物を、一番憎んでいるのは私自身なんだよ。

両親を困らせたくなかった。

クラスの子と上手くやりたかった。

いじめられたくなかった。

ハムスターだって死なせたくなかった。

恋愛が怖いと思いたくなかった。

趣味だって昔は運動が好きだったはずだ。

仕事だって人の役に立つ誇らしい仕事がしたかった。

友達を傷つけるようなことなんて、今だって一個も言いたくない。

なのに全部できない。

全部全部、壊すのは増田だ。

私なんだよ。



死にたい

もう、こいつと一緒に生きていくことに疲れてしまった。

何もかも破壊して、めちゃくちゃにして終わらせたいという衝動が、朝も昼も夜もずっとずっと苛む。

増田にできるのは、この化け物を思い通りにさせず、誰をも傷つけることなく、自らの死以外の罪をこの肉体に起こさせないことだけなのではないか、という気分になってくる。

どんな声かけも慰めも麻酔も、虚しいばかりだ。

それよりも、慰めてくれた誰かに牙を剥きたくない。

恩を仇で返したくない。

そんな気持ちのほうが、ずっとずっと大きく膨らんでいってしまう。

無理に結婚子育てをしていなくて良かった。

死んではいけない理由を作ってしまっていなくて良かった。

それは誰かを不幸にするから

愛されないまま死んで忘れられることだけが増田にできる唯一の社会貢献だ。

せめてそれだけはさせてほしい。

許してほしい。

ごめんなさい。

まれてごめんなさい。

2025-11-18

銀座を歩き疲れた午後に、中国人観光客のことを思う

先週末、銀座歩行者天国を、私はいつもより少し早い足どりで歩いていた。

と言いたいところだが、実際には“歩かされていた”というほかない。

から来る人、横から割り込む人、後ろからじわじわ迫る気配。

ひとの体温が、ちょうどぬるめの風呂のように肌にまとわりつく

私は自分の足なのに、どこに向けて運ばれているのかわからなくなってきて、ふと「これは私の散歩なのか?」と疑いたくなった。

その渦のなかに中国語の一団がいた。

語尾の跳ね方からして、おそらく中国の人たちである

歩道の真ん中で写真を撮り、店先に群れ、声も大きい。

私は、まるで自分の神経がむき出しになったような顔つきで、これを眺めていた。

実を言うと、こういうことを書くと、いまではあちこちから叱られる。

から普段は言わない。

しかし、ここでは思い切って白状すると、私は最近中国観光客と同じ空間にいるだけで、ちょっとイライラするようになってしまった。

もちろん、これは立派に私の問題である

疲れか、年齢か、単なるわがままか。

そのへんの判断が、最近は少し怪しい。

さて、そこで私は考えた。

——そもそも私は、何に怒っているのだ?

まり気の利いた答えは出なかったが、どうやら相手の行動そのものよりも、

“怒ってしま自分”に驚いているらしい。

考えてみれば、日本中国に随分と世話になっている。

文字も教わり、思想も手ほどきを受け、食べものから建物のつくりまで、大なり小なり影響を受けている。

その事実を忘れたことはないつもりだが、銀座人いきれに押されていると、そんな立派な話はどこかに飛んでしまう。

それで私は、観光客のざわめきの中で、

「ああ、私は今たいへん小さい人間になっている」と気づいたわけである

この気づきは、銀座のどの高級店に入るよりも、よほど身にこたえた。

とはいえ日本人が公共の場所で静けさを好むのは昔からだ。

列を守り、空気を読み、声をひそめる。

それが美徳とされてきた。

ただし、これは日本語で書かれた“暗黙のマニュアル”なので、外国の人が読めるはずがない。

それでも私は、心のどこかで「少しは気を使ってほしい」などと思っている。

勝手な話である

だって海外へ行ったときにどれほど現地の人を困らせているかわかったものではない。

そこで、一つ大事なことに気がついた。

——私は、観光客に怒っているのではなく、“自分文化特別扱いされない状況”に、なんとなく戸惑っているのだ。

なんとも情けない話だが、そう考えると肩の力が抜けた。

文化というのは、所有物でも家宝でもなく、ただそこにあるだけのものだ。

それに褒め札をつけてもらえないからといって、いじけるのはどうかしている。

ひとの流れが緩んだ瞬間、私は歩調を少し落とした。

胸のあたりの熱がすっと引いていく。

観光客の声は相変わらず大きかったが、なぜかさっきほど気にならなかった。

ひとの文化は違うし、違って当たり前だ。

それを文化の“摩擦”と呼ぶなら、その摩擦音に少しくらい耳を傾けるのも悪くない。

しろこちらのほうが正しい街の歩き方かもしれないとすら思えてきた。

さて、思う。

——私はいったい、誰に怒っていたのだろう?

相手か。

それとも、説明なしには伝わらない日本文化を、どこか“偉そうに”抱え込んでいた自分自身か。

おそらく後者だろう。

そして、まあ、それならそれで仕方がない。

人間、時々は“自分の小ささ”が可笑しくなるくらいで、ちょうどいいのかもしれない。

友人がブログを始めたねんけども

おもろいなぁと思います。あ、増田ではありません。普通にはてぶです。

まぁその人はアマチュア役者なんですけれども。

どっちかというと僕はそういう役者だったり、人間だったりを外面から見てあれこれ考えるのが好きなので(妄想癖)、あまり他人の描くブログの内容が頭に入ってきてすんなり受け入れられるタチではないんですが、やっぱりその文章を受けて、文章自体を考えるのではなく、文章を書いた人物文章との俯瞰的な姿を想像します。

片思いの人がいるけれども、その人には恋人がいる。

へーん。ワイは恋人いるかもいないかわからん人に片思いやけどな。そういうことを書いてる人間の心境とか、外野から勝手に考えて推測してみたいじゃないですか。関わり過ぎてしまうと良くない(自戒)。人の恋愛の話は真に受けません。本当は恋人いたりとかするしな

人が文章を書くって、そのためのアクションをわざわざ起こしているわけだもんで、ことさらブログともなるとどうしてそういうことを書いているのか気になったりもするし、それを理解することは僕が脚本を書くことの自分自身への理解もつながります役者自分を表す機会もなかなかないですから、そういうものを眺めるのも興。

自分自身のことを僕はここには書かない。それもある意味書くことへの動機理解なんだと自分でも思う。

コーヒーゆらゆら、もう少ししたら彼女ブログのタブは閉じる。

今、俺は良くない恋をしている。どうしたらいい?

いま、良くない恋をしている。

その相手風俗嬢だ。


フェイクも交えつつ書く。


俺は今年で35歳だが、去年まで恋愛全然してこなかった。

彼女いない暦=年齢である

過去には俺を好きになってくれた人も何人かいたが、俺は恋愛より趣味がしたかったし、相手からお誘いもなかったため、好意に気が付きつつも俺から行くこともなかった。

これは俺のモテ勘違いではなく、周囲から観て「あいつお前のこと好きだよな?」や「◯◯ちゃんは俺くんのこと好きなんだって!」というチクリを聞いたものなので、俺の感覚だけのものでは決してない。

学生時代には俺にも好きな子いたこともあったが、相手を好きになった理由を考えに考えて、思春期故の勘違い自分感情を処理して、両想いだったのに何もアクションを起こさずに趣味を選んだ。

そんな人生を送ってきた34歳の俺に初めて本気で好きな人が出来た。同じ職場の人だった。

から、周囲の人に相談をして、本当に悩んで本当に努力した。


最初は好きという気持ちけが先走り、本当に何をしたらいいかからなかった。

意中の人に近づくきっかけさえあったら仲良くなれる自信はあった。

でも、きっかけの作り方がわからなかった。

考えに考え抜いて、友達ですら自分から誰かをご飯に誘ったことがなかったことに気がついた。

から練習として職場の親しい同僚の男性ランチに誘うことから始めた。

次に休日引きこもりがちだったから外に出るようにした。

何をしたらいいかからいから色々な街を歩きまくって、デートに使えそうなお店という視点で捉えると、世界が一気に広がった。

世の中、そのためのお店のほうが多いかもな、なんて感じた。

ネット恋愛について調べまくった。ネットに書いてある恋愛の話は一通り頭に入った。

でも、結局、いま俺が好きな相手がどう思うかが全てだと感じた。ネットの正解が彼女にとっての正解ではない。

本当にどこから恋愛を始めていいかからない。

悩みに悩み、意中の人と仲が良い職場の既婚女性に素直に事情説明し、俺の見た目中心に様々なアドバイスを頂いた。

初めて美容院に行った。客が来た時に人に貸すくらいで使わなかったドライヤー毎日髪の毛を乾かすようになった。

全然からないながらも整髪料もつけはじめた。ヒゲ脱毛も行きはじめた。

意中の人ランチにいけるようになった。

次第に色々な人とランチにいけるようになった。

職場には自然と誰かとランチに行きやす空気が出来た。

毎日のように仕事中もいっぱいお話をした。

それでも仕事に影響が出ないように、時間外で事前に大量に仕事を終わらせるようになった。

1分でも長く話をするためならプライベート時間いくら注ぎ込んでも構わなかった。

仕事の質もどんどんあがって、業務でも人間関係でも職場ムードメーカーとして認められるようになった。

仕事帰りにアドバイスをくれた既婚女性と一緒に服も買いに行ってもらった。

意中の人コーヒー好きだった。でも、俺は苦手だから意中の人に教えてもらいつつ飲んでいく内に好きになった。

かにも本当に様々な人にメンタル面含めて支えてもらった。本当に嬉しかった。

好きな気持ちがどんどん膨れ上がっていたため、これがなかったら何かしらの犯罪者になるかもしれなかった。

書ききれないほど努力を重ねた。アドバイスはただただ素直に受け入れて、やってみてから試行錯誤した。


でも、タイミングが合わず、うまくいかなかった。

ライバルがいるくらいに愛嬌たっぷり笑顔が素敵な魅力的な女性で、彼女過去の知り合いたちもしっかり狙っていたようだった。

告白すら出来なかった。

でも、俺の失恋彼女の新しい幸せと同時に、本当にたまたまだったが、俺の目の前から彼女がいなくなったのは、俺の人生にとってある種の救いで寂しくも大きなプラスだった。

一時的に酷く落ち込んだが、良い経験・良い恋愛をしたと思うし、周りにもそう言われる。


この悔しさをバネに婚活パーティーへの参加やマッチングアプリを始めた。

恋愛に興味なかった自分努力して、見た目にも気を遣って、恋愛出来る土台までいけたのだ。

一度くらいは恋愛をしてみたかった。


婚活パーティータイパだけよかった。

ただ、ゴミ捨て場から良いものを探す作業に等しい。

俺は人を見た目や年齢だけで判断しないタイプだ。

でも、内面が外見や立ち振る舞いににじみ出ることはある。

その意味では見た目の情報重要なこともわかる。

その上で改めて言う。

ゴミ捨て場から良いものを探す作業に等しい。

今すぐ自分の家のゴミ箱を見てほしい。ゴミしかないはず。そういうことだ。

見た目はキレイな格好をしていても、中身ややる気が伴っていない方が多かった。

女性側の参加額次第でも大きく変わるが、いい人いたらいいよねくらいの気持ちで来てる人や所謂婚活モンスターが当たり前のようにいた。

たとえ参加者は悪くなかったとしても、運営ゴミ不快パターンが何度も見受けられた。

一度参加しただけで十数日に渡って毎日違う電話番号から営業電話をかけてくる企業もあった(白鍵とだけ記載しておく)

女性視点はわからないが、男性視点お金を払って不快な思いをする場所だと認識した。

俺が払うお金は気にしてないが、決して安い金額ではない。

5回参加したが俺はもう行かない。

男性10000円・女性7000円】VS【男性3000円・女性2000円】のパーティーなら前者をわざわざ選ぶくらいには、女性側が払う金額の高いパーティー(≒少しでも熱意が高い相手)を求めて参加していた俺が言うから間違いない。

異性とまともに会話すらしたことない人が会話の練習としていくことには肯定的

ここで慣れよう。


一方でアプリである。やっていたのはペアーズ。

いいねが返ってくるように試行錯誤するのは楽しかった。

男性10いいねにつき1いいね返ってくるのが平均らしいが、試行錯誤の末にそのくらいはいけた。

どんなものでも平均は一部のユーザーが大きく引き上げるし、数学的に平均であることは上位40%程であることが多いとどこかで見たことがある。

年収は300万だったが、俺は真ん中より上に確実にいけた。


だが、俺がマッチングする女性は、自分から何かが出来ない受け身女性ばかりである

自身自分から何かする方ではなかったからあまり言えないが、それを超えている。

話はこちから振ることしかない。

俺は相手の返答に掘り下げをする。

たまに「俺もそれの○○なところ好き」「その考え方いいね。俺ならこう考えちゃうかも」など共感自己開示も挟んでいく。

でも自分のことや聞かれたこしか答えない女性ばかりだった。

中には会話すらままならない人もいた。まともに生活できているのだろうか。心配になる。

実際に何人と合ったのかちゃんと覚えてないが、全員1回のデートで俺が気疲れを起こして終わった。

切るのが早すぎると思う人もいるかもしれないが、もう一度会いたいとは決して思えなかった。

全員相手からもう一度会いたいと提案してきたため、俺自身恋愛能力は悲観するほどではないと思った。根気はなかったが。


うまくいかない度に、どうして彼女は俺じゃなかったんだろう、と思うこともあった。

自身ももう誰かを好きになれることがないかもしれない。

なかなか気持ちも切り替えられない。

前に相談に乗ってくれた既婚女性に人を好きになるコツだって相談した。

俺以外を選んだ彼女選択尊重したいし、彼女にはちゃん幸せになってほしい。

でも、俺の幸せはどこにあるんだろう。

ネット失恋からの切り替え方もいっぱい調べてどんどんやっていった。

その過程で、俺は風俗童貞から卒業した。


男だからそれなりにセックスに興味もあったが、俺は性的にがっついてはいない。

あったら好きになってくれた人たちにどこかしらで手を出してる。

こんな感じだから童貞であることは気にしてないし、お店に行ったら所謂素人童貞になることも気にしてない。

これらに対して恥だのなんだのあるらしいが、俺はそれを感じ取っていない。

しかし、男性が公開してるモテテク系の話では、100%の確率でなんでも良いか童貞なんて卒業しろという話が出てくる。

自身も気にしてるやつは手段を問わず卒業しておけば?とは思う。

ただ、あまりにもそれを語ってる方が多いため、一種信憑性はあるかもしれないなと思った。

正直、信じてなさすぎて、これを語ってるやつは下半身意識を乗っ取られていてパラセクトじゃんとは思う。

とりあえずやってみるのが俺。これも試しにやってみた。


人の身体の中は温かい・こんなもんかなど、感想自体はよくあるものだった。

ただ、人と話すのは楽しかった。

異性だからではなく、初対面なのにまともに話せる人と会話できたのは楽しかった。

同時にこれに高いお金を払ったことは馬鹿らしくなってなんか楽しくなった。

モテテク語りニキたちの意図とは恐らく違う形だが、実際に良い気分転換にはなった。

またアプリ頑張ろうと思った。

このとき相手をしてくれた人に惚れることはなかった。


その頃にはマッチングアプリの期限も残り少なくなっていた。

俺は初めて趣味ではなく見た目だけで相手判断するようにした。

見た目がよかったら相手が滅茶苦茶受け身でも俺が耐えられて次に進めると思ったからだ。

これでダメだったら恋愛自体諦めよう。そういう気持ちで挑んだ。

そのせいでマッチング率は落ちたが、本当に一目惚れしか言えない相手を見つけた。

こんなに自分好みにかわいい人がいるのかと衝撃を受けた。

しかも、趣味も近しく、この人しかないと思った。

キドキする気持ちとどうせ返ってこないだろうという気持ちで送ったいいねは、奇しくもマッチング成功した。

期待せずに送るメッセージ、途切れずちゃんと繋がる会話、試しにしてみた電話もすごく楽しい

会うしかないと思った。

恋愛経験の少ない俺は、この人とのデートをうまく成功させるために今までのデートをしてきたのだと思った。

実際に会ったら写真よりもかわいいしかちゃんと受け答えが出来て楽しい

見た目から入ったのに人としてもどんどん惹かれていく。

まるで夢の中にいるみたいに幸せだった。

それから何度もメッセージを重ね、実際に会う。どんどん好きになっていく。

俺は人生で初めて告白した。


「まだ好きかどうかわからなくて・・・ごめんなさい」


彼女はすごくモテる人だった。好きでもないのに付き合ったこともあるが、それだとすぐ別れていたとも言っていた。

から、残念だったけど、そういうことをはっきり言ってくれるところも好きだったから俺は彼女判断に納得した。

彼女に振り向いてもらうために俺がもっと魅力的になろう。

筋トレちゃんと始めたり、まともにしてこなかった料理だって始めた。

それでも最終的には届かなかった。


「一緒にいて楽しかったのは本当!でも、私の相性のせい。あなたは悪くないから気にしないで。」


めちゃくちゃ気にするけど。

でも、幸せ気持ち時間ありがとう

俺にとって初めて食事以外のデートに行ったのはあなたでした。

本当に楽しかったよ。

一回だけだったけど、手を繋いで歩いたとき人生で最高の瞬間の1つでした。

趣味は合うから出来たら友達としてたまにメッセージのやりとりはしたいな。

いや、違う。やっぱりちゃんと付き合って一緒に色々なところに行きたかった。

たまには大変なこともあるかもだけど、楽しいもっといっぱい共有していきたかったな。

あー、本当に好きだったな。前回以上に切り替えられない。


・・・よし、時間を空けて復縁を目指そう。ちゃんと好きすぎる。この悔しさをバネにまたがんばろう。

もっと努力して、美容知識も今以上に身につけて、年収も50万円あげて、最後に会った時におすすめしてくれた本も読んで、その感想を送ってみて・・・

返事が来た!ブロックされてないならまだ芽はあるかも!そのままメッセージおすすめの本を聞いて、それも読んでみて・・・

彼女おすすめしてくれる作品彼女の好き補正関係なく本当に素直に面白いな。好きな作品感性が合ってるのかもな。

続けてた筋トレのおかげで筋肉も増えてきた。おかげで知り合いと軽い筋トレトークできるようになった。

よし、観終わったか作品感想を送ってみて、返事が来たら一緒に行ってよかったお店でお食事でも誘ってみて・・・


「あのお店ほんとうによかったよね!お誘いはうれしいけど、もうお付き合いしてる人がいるから二人で会うのはごめんなさい」


たまに連絡してるのも迷惑だったよね、ごめんね。でも、自分自身が変わるきっかけになった。

何より本当に幸せ楽しい時間だった。本当にありがとう

良い別れも良くない別れもいっぱい経験してきたと思うけど、次の人とは今度こそちゃん幸せになってね。


・・・復縁を目指したのは人によって諸説あるが、俺はここまでは良い恋愛を出来ていたと思う。


ここから先は煮えたぎらない後悔の日々だった。

俺は恋愛経験のなさ・緊張しやす性格・初めてのことはだいたい何度も下手など、それらが重なってしまい、どう考えても俺がアクションを起こさなきゃいけない時に勇気が出ない時があった。

理屈でも感情でもわかってるのに身体や口が動かなかった。

告白だってかっこいいものじゃなかった。

一日デートを楽しんで、ディナーに高いところから夜景が楽しめるコース料理を予約して、準備万端あとは楽しくお食事して、デザートも堪能して、楽しい会話も少しずつ沈黙していって、あとはここでこくはく・・・こくはく・・・こくは・・・あ~~~~~すっっっっっっっっっっっごく緊張して声が出ない!!!

そのまま地上に降りて、「イルミネーションれいだね~。よかったら少し散歩しませんか?」とか言ってセカンド告白チャンスを作って、殺風景だけど静かで人も全然いないタイミングで俺の気持ちを聞いてくれと。

上にいる時にさらっと告白できてたらうまくいってたのかな?

過去に俺を好きになってくれた人も緊張してたのかな?だから彼女らは俺にアクションしてこなかったのかな?相手好意に気が付きつつ無視してた天罰呪い一種かな?


本当に好きすぎて、好かれる言動よりも嫌われない言動自然としてたよな。

そりゃ好きになってもらえたとしても時間かかるよな。この出会いマッチングアプリだぞ。


こんな後悔を永遠とし続けていた。

趣味にも没頭しきれずにいた。抜け出すには次の恋愛をするしかないと思った。

でも、自然出会いマッチングアプリダメ

それでも恋愛するならマッチングアプリが早いと思って次はwithを始める。

でも、前回が見た目も趣味ドンピシャすぎて、マッチングアプリを通すと相手をいいと全然思えなくなってしまった。

まともにやることもせず、withの特徴である診断テストの結果だけ楽しんで終わった。さよなら俺の一ヶ月課金


恋愛で出る物質麻薬と同じらしい。

完全に脳が恋愛にやられてる。

恋愛脳の人の気持ち失恋ストーカーなどの犯罪に走るやつの気持ちもわかる。

犯罪に走るやつの気持ちは1年で2回わかった。やらないけどな。


半年以上切り替えられない日々が続き、過去風俗に行った経験が蘇る。

また行ったらなんかの拍子に気持ちが切り替わらないかな?いくか。

恋愛したい気持ちにならなくてもいい。また趣味ゲーム映画や食べ歩きなどなどに没頭できるように戻れたらそれでいい。

だいぶゲームに没頭できるようになってきたが、ふとした瞬間にまた恋愛の後悔が蘇る。あーほんま呪いやんけ。

二人とも幸せになってほしいのは本心だけど何かのきっかけに別れてまた俺にチャンス来ないかな。でも二人とも悲しんでほしくないな。

でも俺の良さに気が付かずにどこかいった女とかもう俺の人生関係ないしどうでもいいじゃん。はぁ、そう思って割り切れたらどれだけ楽か。

キャラ作りでもなんでもなく俺の根っこがいいやつすぎる。

近くの幸せ見逃してるとかないかな?あ、そもそも周りにフリー女性失恋しそうな女性もいないや。

そもそも連絡取れる女性の知り合い、この文章登場人物母親+親戚+少ししかいないや。はぁ詰み。ぷよぷよにだぁ積みとかあったな。

またしょうもないこと考えてる。ちゃん気持ち切り替えられたら嬉しいかちゃんと調べて風俗いこう。


でも何を調べてどうしたらいいんだろう・・・

あ、マチアプで出会った女性は見た目も本当に好きだったから、体型や髪型が近い人を探せたら、それで俺の中で決着に出来ないかな?

相手の方にわざわざ言わないけど、俺の中で誰かの代わりになってもらうのは人として若干罪悪感ある。

まあでもそもそもそんな都合の良い人が世の中にいるわけないし、試しに探してみてから考えよう。


・・・いたわ。

さすがに本人ではないし、髪型も若干違うけど、完全に俺の好みの系統

顔もどのくらい加工入ってるかしらんけど似た系統ではある。

こんなに都合よく見つかるかってくらいかなり好み。

マッチングアプリ芸能人ライブ配信を観てもここまでの好みはいないのに、それが見つかってしまった。

あ、しかもこの人たまたま明日が初出勤の日なんだ。

体験入店?ってことは、システムよくわからないけど明日逃して、この方が肌に合わなかったら、もう二度とこんなチャンスないかもしれないってことか?


今回は流石に人として様々な意味で悩んだが、今回もとりあえず動いてみるで実際にあってみた。

・・・見た目の好みって本当にすごい。俺はストライクゾーンの広いパラセクトバカに出来ないかもしれない。

でもなんだろう、この気持ち。好きとも違う気が。でもマイナス気持ちではない。

写真詐欺ではない。なんなら実物のほうが好み。

2025-11-17

人間関係って自己利益のためなん?

相手が何らかの見返りを求めている人間関係ってマーケット市場)的にみると、自分自身自分自身の一部を購入できる商品として見られてるってことなのかなと、ふと思った。

いや、正確にいえば人間商品として扱われている以前からわかっていた。

昔、知人女性が「月50万円払う。君を飼わせてほしい」と見知らぬ男性から言われたと頬杖をつきながら語っていたことを思い出す。女性性は(特に18歳から24歳まで)容姿のもの価値があって、それは(たとえば水商売みたいに)マーケット内にあり取引可能なんだ。そう思った。

翻って、俺はどうなんだ。

つい最近自分趣味も兼ねて集めてきた専門的な知識情報を、善意で、とある人に渡した。理由はない。ただ相手のためになればいいと思った。

相手は喜んで話を聞いてくれた。おそらく元から私の専門知識が欲しかったのだろうと、出会って少し経ってからわかった。彼はたまに気を使って俺の仕事愚痴などを聞いてくれた。

そういえば、いただき女子マニュアルとやらにギバーおぢからはたくさんいただけると書いてあったらしいね

マーケット市場)的に見れば「資源をどれだけ安く、効率的に入手できるか」は重要だよな。同じように、他人信頼関係を構築する技術自分が得するためには必要だ。他人から効率よくギブしてもらえるからね。

俺が他人を信頼したいと思う気持ちは、いただき女子から搾取されたオッサン連中が抱いていた恋心と同じなんだろうかなあ。

人間は金の成る木で、商品で、どうやって安く買えるかが重要なのかなあ。まるで労働者資本家関係みたいに。

なあ、きみはいつ人が商品だって気づいた?

社会に出てからずっと人間関係が虚しいよ。

俺はただ、かわいそうだとかこの人の成長につながればいいとか、あるいはこの人が喜んでくれたらいいなと、そういう気持ち他人を助けようとしてきた。我々の所属する共同体がよりよく、豊かになればいいと願って。それって市場原理主義者や個人主義からすればきっと自己資源無駄遣いで、自分にとって損でしかいからやる価値がないんだろうね。

相手道徳観や倫理観をハックして自己利益を最大化する。詐欺師や頂き女子などにみられるサイコパスじみた世界観一般人間関係にさえ適用されるようになりつつある。

相手に内在する論理はわかるからこそ、マルクスの指摘したとおり、商品化した人間人間として疎外されていると感じるよ。

俺の善意に基づく努力は、弱者理想論だと冷笑される。公の奉仕者からさえ。

風俗正当化したい男がIQ2になる認知の歪みっぷりはすごいが、性欲に支配され甘やかされた性別からだよな

日本AV性風俗業が異常に多く、従事する女を「自己責任」「やりたくてやっている」「自業自得」としたがることと、先進国標榜してきた日本ブラック企業が多く人を異常に搾取している腐敗は繋がっている

認知の歪みを内面化しているから、自分自身社会へ筋を通すことができない

から国ごと弱くなり死にかけているといってもいい

anond:20251116140047

政治はよくわからんが「金だけ」目的ブラック企業社長なんかも、理想論ぶちあげるよね

人売りSESの〇社経営者のとかのご立派なスローガン

社員を目くらまししたいというのと、自分自身の悪を少しでも忘れたいのだろうな

2025-11-16

anond:20251116104243

声優アイドル化への嫌悪感からだろ。その裏返しに自分自身声優をどこか神聖ものとして見てる節があるんじゃないの。声優アイドル化してる人とその嫌悪本質的に一緒だろうな

サイコサイコたる所以は、刺激を求めるから

サイコという生き物は、刺激の渇望こそが本質だ。

別に深い闇があるわけでも、複雑な哲学があるわけでもない。

ただ単純に、脳が通常モードでは満足できない欠陥品として産まれしまっただけだ。

からこそ、普通の状況を退屈という毒物扱いし、その毒を中和するために自己放尿レベルの行動へと手を伸ばす。

これがサイコの初期症状だ。

刺激が足りない。だから倫理を破る。倫理を破ると、刺激が少し入る。

すると脳は「お、これが正解か?」と自己放尿する。

その誤学習が固定されると、人生全体が低俗実験台になる。

これがサイコサイコたる所以の中核にあるロジックだ。

恐怖も罪悪感もリスク感覚も、本来は行動を止めるために存在しているのに、サイコ脳内回路ではそれが逆方向に接続されている。

危険からやめるではなく、危険からこそやる価値があると勘違いする。

まるで電気配線がショートした家電みたいに、本来止まるべき場面でアクセルを踏むという壊れ方をしている。

しかもその壊れ方は、自己放尿みたいに本人にとっては妙に快感を伴う。これが最悪だ。

さらサイコが厄介なのは、この刺激欲求が際限なく強度を要求してくる点にある。

最初の刺激が10なら、次は15、さら20と、エスカレートしていく。

サイコ本人がそろそろやばいかなと感じるようなライン存在しない。

なぜなら、そのやばさこそが刺激になり、自己放尿として処理されてしまうからだ。

普通人間なら恐怖の信号として回避行動に繋がるものが、サイコの内部では報酬信号に置き換わっている。

これはもう、行動の土台から自己放尿していると言うしかない。

こうしてサイコは、自分自身の刺激依存制御できない。

倫理は摩耗し、理性は形骸化し、刺激だけが巨大化する。

最終的に残るのは、もっと強い刺激を寄越せという、単純すぎて逆に救いがたい自己放尿機関だ。

そこには立派な理念も、美学も、深みもない。ただの刺激ジャンキーが、脳の欠陥に引きずられて破滅に向かうだけである

2025-11-15

いまどき履歴書顔写真必要だとか遅れてるだろ。


そう思ってた。

2025年だぞ。

顔で判断する時代か?

能力判断しろよ。

スキル評価しろよ。

顔なんか関係ねえだろ。

そう思ってたから、俺は履歴書顔写真を貼らなかった。

代わりに、こう書いた。

「顔邪神必要だと思いません」

と。

採用担当者から、すぐに電話が来た。

「ああ、あの...履歴書顔写真が貼られてないんですが」

はい。顔邪神(がおじゃしん)が必要だと思いません」

「え?顔邪神?」

顔写真という邪神支配されるべきではないということです」

すると、採用担当者は、しばらく沈黙した。

その後、こう言った。

「わかりました。では、顔邪神存在を認める他の応募者と比較した結果、あなたの方が適切だと判断しました。面接にお越しください」

変だ。

何言ってんだこの人。

でも、面接には行った。

面接の日、会議室に入ると、採用担当者は鏡を持ってた。

「これが顔邪神です」

と言った。

「え?」

「顔邪神とは、鏡に映った自分の顔です。その顔に支配されるべきではないという、あなた思想理解しました」

「いや、俺はそこまで...」

「素晴らしい。我が社では、採用決定をします」

その後、俺は入社した。

でも、おかしなことが続いた。

初日から会社には『顔邪神祭り』という儀式があった。

毎週金曜日

全員が鏡を持って、会議室に集まる。

そして、各自自分の顔を鏡で見つめながら、こう言う。

「顔邪神よ。私たち支配するな」

と。

部長は、そのたびに厳粛な顔をする。

「顔邪神は、採用試験の時から、我々を試してきた。顔写真という形で。その邪神抗う者こそが、我が社の理想人材だ」

もうわけわからん

でも、その儀式に参加しない者は、昇進できないらしい。

から、俺も毎週、鏡を持って、「顔邪神よ。私たち支配するな」と言った。

3ヶ月経った時、俺は昇進した。

管理職

給料も上がった。

でも、同時に、新しい仕事が増えた。

『顔邪神対策委員会』の委員長

「お前の思想が、会社を救った。だからお前に、この役を任せる」

と、部長は言った。

「顔邪神対策って、何ですか?」

「それを決めるのが、お前の仕事だ」

俺は、『顔邪神対策委員会』の初会議を開いた。

委員会メンバーは、5人。

俺を含めて。

「顔邪神とは、何か。それを定義する必要がある」

と、俺は言った。

すると、副委員長が、こう言った。

「顔邪神とは、すべての人間の中に存在する『外見への執着』である。それが顔という形で現れるのだ」

「ああ、つまり内面を見ろということか」

「いや。顔邪神とは、内面も、外見も、両方を支配する邪神である。そのため、顔邪神から逃れるには、顔も捨て、内面も捨て、何も残さないことだ」

俺は、その言葉絶句した。

「それ、人間やめろってことじゃん」

「そう。顔邪神から完全に逃れるには、人間を捨てる必要がある」

その後、委員会は、毎週のように会議を重ねた。

『顔邪神を完全に排除するには、どうしたらいいか

という議題で。

でも、答えは出なかった。

なぜなら『顔邪神排除する』という目標のものが、『顔邪神支配されている』ことだったから。

まり、顔邪神への抵抗が、顔邪神の思うつぼだったんだ。

その矛盾に気づいた時、俺は、会社を辞めた。

理由は『顔邪神との和解を求めるため』

だと、退職願に書いた。

採用担当者から、また電話が来た。

「顔邪神との和解とは?」

「つまり、顔邪神を敵ではなく、味方にするということです」

「なるほど。それは、我が社のレベルを超えた思想だ。ぜひ、その道を極めてくれ」

から、今、俺は、顔邪神研究をしてる。

毎日、鏡の前に座って、自分の顔と向き合う。

自分の顔に話しかけてみる。

「顔邪神よ。我々は、戦うのではなく、共存しよう」

と。

でも、鏡の中の顔は、何も答えない。

ただ、同じ顔で、俺をじっと見つめてるだけ。

その時、俺は悟った。

邪神とは、鏡に映った顔ではなく、『顔を見つめ続けている自分』だったんだ。

まり、俺は、俺自身と戦ってたんだ。

履歴書顔写真を貼らないことから、始まった戦い。

その戦いの相手は、最終的には、自分自身だった。

から、もう辞めた。

邪神との戦いは。

代わりに、俺は、毎日、鏡を見ずに過ごすことにした。

顔も見ない。

鏡も見ない。

ただ、生きる。

そうしたら、すごく楽になった。

2025年

プライドの捨て方が分からない

虚栄心というか、賢振りたかったり、頭が悪いと思われたくないという気持ちが心の奥底にあると自覚して結構つのに、いまだにプライドか何かが邪魔をして周りに迷惑をかけてしまう。

具体的には仕事で分からないことがあってもすぐに質問せず曖昧なまま時間が過ぎ、肝心な時に知識がなくて自分が困ってしまうことが何度もある。

自分けが困るのならまだいいのだが、周りにその尻拭いをさせてしまい、その度に嫌な気持ち自分自身を恥じ、もう二度と繰り返さないと思ってもまた同じことになる。

今更質問するのが恥ずかしい、と思ってしまう。そんなことになる前に質問をして確かめればいいのに、

そうするべきだと思った時にはもう質問してもおかしくない時期になっている。何度も何度も。

自分のことは賢くもなくむしろ物覚えの悪い馬鹿者だとは思っているし、手癖も言動も気味の悪い人間だと思っている。

これでプライドは捨てきれていないのなら、他に何を考えて、何を省みて、何を実行すればいいんだろう。

2025-11-14

スマホ育児

アホの息子(7歳、小1)が俺の部屋でRobloxをやってる。

ひみつのおるすばんブームは去り今はBrainrot系

スイッチのFortniteでもBrainrot系をやってる

Brainrotとはなんぞや、俺もよくわからん

イタリアンブレインロットというネットミームがあり、それをオマージュしたゲームのようだ。さっぱりわからん

タブレットバカ動画を見ながらカスゲームをやってる。しかも床オナしながら、絶望しかない。

からチラ見したところゲーム内でタスクをこなしながらキャラを集めているようだ、キャラはどれもアホみたいなモデリング

「キミさぁ、それ楽しいか?人生有益か?アホみたいなキャラの絵を集めるために時間と脳を費やす価値があるのか?

そこに哲学的な問いかけはあるのか?」

「無い!面白いからいいの!」

誰だよ、自制心の無い5歳にスマホを買い与えたのは

俺だ

 

「あとアホみたいな動画、観るの辞めなさい、資本社会奴隷だよ、悪い大人が知能の低い子供を騙して金を稼いでる

キミは貴重な時間を奪われている自覚はあるのか、搾取されていることに気づいてる?

その時間算数問題でも解いてりゃ利口になれるのだよ、有益な本を読めば人生がより豊かになるのだよ、わかっているのかい?」

「観たいものは観たい!面白いからいいの!」

誰だよ、前頭葉未発達の3歳からFire Tablet自由に使わせたの

俺だ

 

ペアレンツコントロールをかけているが制限時間が迫ると

「ぱぱぁ時間伸ばしてぇ」

ダメ、決めたれた時間で遊びなさい、自分自身スケジューリングしなさい」

今日だけ!お願い」

今日だけだよ」

 

で、毎日延長しているのは誰だ

俺だ

 

制限時間はもはや形骸化している

 

子供を愚かにしているのは子供責任ではない、親が悪いのだ

悪いのは誰だ

俺だ

 

から「なぜ僕を厳しく育てなかったのだ」と逆恨みされないよう保険はかけている

 

「息子よ、パパは甘い、厳しくしたほうが良いのかもしれないが、実はパパ自身答えを出せていない

デジタルデバイスを厳しく制限したほうが知能が上がり、QOLが上がり、将来の所得人生に好影響を与える

という明確なエビデンスが無いのだ、短期的にはスマホはアホになるって研究はあるが、長期追跡のデータが無い

故に、やりたいことやればいいんじゃね?パパは子供の頃にファミコンを買ってもらったが数カ月で見切って飽きた

刹那的享楽インスタント自己満足は得られるが、こんなもん熱中しても人生になんら有益性は無いと中1で悟った

キミも同じ程度の知性はある、いずれ身につくだろうと期待している、

ならば幼少期に好きなだけやらせるのも戦略としてありではないかと考えてる

決してキミの行動を容認しているのではない、気付きのための導線に過ぎないのだ、わかる?

なにを選択するかってのはキミ自身自己責任からね」

「難しくてわからん

 

3日に一度警告している、忘れた、聞いてなかったとは言わさんぞ

 

ぶっちゃけスマホ子育てデバイスであり、小さい頃はグズると与える、黙る。マジ楽

今小1だが、在宅中にデジタルデバイス無しで息子のひま時間を全て埋めてやるのは不可能だ。

なにも無ければ無いで子供は興味のあるものを探し、本を読んだり、モノを造ったり

古典的ブロックでも創造性を働かせば無限の楽しみを得られる、手先を動かせば脳が活性化され、想像力が養われる

的なことが子育てマニュアルには書いてる、ホンマかい

データあるの?エビデンスは?ソースは?それって貴方感想ですよね?

 

大学一人暮らしするまでゲーム禁止テレビは親の許可したものだけ、おやつ手作り駄菓子は論外、塾、習い事

っての数人知っているが、全員グレてんぞ。

偏差値の奴もいるが、自由を手にした瞬間にゲームヲタ菓子しか食わんに転生

人生的にいろいろ詰んでる奴しか知らん。

anond:20251114190531

自分自身が鏡に映るのが嫌なのに、そんな顔の男とデートさせられる女の子気持ちは?

2025-11-13

夫と同じ姓にされた日本しね

大好きな彼氏入籍した。

優しくて、手があったかくて、私には勿体ない天使のような相手だ。

と、同時に、私は生まれときから何十年も連れ添ってきた「姓」を変更することになった。

どちらの姓を選ぶか、協議しなかったわけではないが、

①夫のほうがやや歳上なこと

②夫は長男であること

理由に(正しくは、それを理由にすることが今の日本社会で一番ハレーションが起きないという我身かわいさからの打算で)、私たちは夫の姓を名乗ることになった。

婚姻届の「婚姻後の夫婦の氏」欄、「夫の氏」へチェックを入れているとき、何かとてつもない“さみしさ”に襲われた。

から教えてもらって、初めてひらがなで書けるようになった「ますだ」は、「ま」の字が左右反転していて、それを母が今でも笑うこと。

憧れだった女子高の入学式で、自分名前が読み上げられて嬉しかたこと。

チーム全員の終電の時刻がデスクに大きく書いてあるほど残業の耐えない職場で、同期に負けないよう必死に働き、部下から呼び名が「増田さん」から増田係長」になって少し誇らしかたこと。

今までの人生の色んなことを思い出した。

大学友達から付けてもらったあだ名の「まっすー」も、増田じゃない私には、もう違う。

私は持病があって子どもができないし、夫も子どもを望んでいないが、私には一人暮らしの頃から、まさに“我が子のように”かわいがってきたネコチャンがいる。

ネコチャンに、「お前はもう増田タマじゃないんだよ」と教えてあげた。

夫が「タマちゃんには戸籍がないんだから増田のままでもいいじゃない」と言った。

それを聞いて、こんなに優しい大好きな人と同じ名字になれるのに、こんなに心にぽっかり穴が空いたようで“さみしさ”に耐えられない私はダメなのかな、と落ち込んだりもした。

職場ではもちろん旧姓使用申請をしたが、その申請書に「なぜ旧姓使用したいか理由を具体的に書きなさい」という欄があり、なんかまたやけにムカついた。

多分、クレジットカードとか銀行口座とか奨学金の引き落としとかその他大勢の氏名変更手続きと、仕事の繁忙期が被って、気が立っていたからだ。

こういう話をすると、やれ事実婚だとか通称使用だとかパートナーシップ制度だとかゴチャゴチャ言ってくる人がいるが、私は愛する彼と「結婚」したいんです。

日本社会で、広く一般的定型化された男女の相互契約を結んで、相互扶助義務とか貞操義務とか負いながら、普通に一緒に生きていきたいんです。

あーーー小さい頃から憧れてた、愛する人との結婚を、こんなつまんない“さみしさ”で汚したくなかったなーーー悔しいなーーーという気持ちに尽きる。まじで。

今はこの言いようのない“さみしさ”と、海より深い“悔しさ”をエネルギーにして、『自分自身は姓を変えた側じゃないくせに幼い頃からアイデンティティを何も奪われてないくせに夫婦別姓に反対している』人々を殴りに行こうか。YAHYAHYAH


全国の、元・増田さん、聞こえますか。

これは私から貴方への、

そして何十年と苦楽を共にしてくれた私の「増田」への

鎮魂歌です──。

裏垢女子に群がるカスのみなさんへ

※残念ながら私は裏垢女子ではないので、アンチフェミの餌みたいな記事を求めていらっしゃった方はブラウザバックでお帰りください。

ストレスを求めてインターネットをしてる人はスマホを置いて瞑想してください。(優しさ)

私も君たちカスの一員でした。

からなんとなくわかるんです。

自認がカスの皆さんは恐らくどこかに罪悪感を抱いていたり、先のないこの活動になんとも言えない空虚感があったりするんじゃないですか。

その中身ってちゃんと向き合ったことありますか?

それと向き合ってカスみたいな活動との付き合い方を変えて欲しいなという願いから、この文章を書いています

まずは私の事をお知らせしましょう。

皆さんと同じような人間ですよ。

タダマンを求めて毎日裏垢女子巡回し、全然おもんないポスト精子くささを隠したコメントをしたり。

お手当みたいな言葉で濁された買春に舌打ちしたり。

お、こいつは住んでるとこ近いぞみたいな人と一度やりとりするために欲しいものリストから彼女にねだられても買わないようなものを送ったり。

たまに上がる色んなエロい自撮りでシコるみたいな感じでしたね。

PayPay詐欺にも合いましたね。

同じじゃないかもな。

大事な人との関係が悪くなって、そこから逃げるために裏垢に来たんです。

最初から罪悪感があった。

最初からしかった。

でも、やめられなかった。

色々試行錯誤した。

プロフィールを変えて、やりとりの仕方を変えて。

そしたら、会えるようになった。

お金の話も、そんなにシビアじゃなかった。

ホテル代だけで済むことも普通だったし、むしろ向こうが出してくれることもあった。

フォロワー1万超えてる万アカの子とも、何人か会った。

やりたいことは、できるようになった。

でも、虚しさは消えなかった。

しろ、どんどん深くなった。

なんでだろう。

俺、多分遊びに向いてなかったんだと思う。

会っても、すぐやることやって終わり、みたいなのができなかった。

色んな話を丁寧に聞きたくなってしまった。

ちゃん人間として扱った。

ただそれだけ。

自分に痛みがあったからかもしれない。

人の痛みも、気になってしまった。

そしたら、見えてきたんです。

話すのに泣く子がいた。

どこか遠い目をしてる子もいた。

何を見てるのか、わからない目。

ニコニコしながら壊れちゃったのかな、という子もいた。

明るいんだけど、どこか空っぽな感じ。

明言はしない。

でも、やりとりから痛みが伝わってくる。

薄々勘付いてたものが、形になってきた。

彼女たちは、壊れてる。

性が壊れたトラウマ

放置された発達障害傾向。

愛着障害

境界知能。

そういうものを抱えて、ここにいる。

そして俺も、壊れてた。

大事な人との関係から逃げて。

罪悪感と虚しさを抱えたまま。

ここにいた。

ああ、これはこういう構造なんだ。

弱者弱者を食ってる。

お互いに傷つけ合ってる。

誰も幸せになってない。

しかしたら君も、これから工夫して頑張ろうとしてるかもしれない。

「どうやったら会えるか」を研究しようとしてるかもしれない。

でも、頑張る前に。

まず自分自身がどういう構造の中にいるのか、よく理解しとけよ。

ここで少し、概念の話をさせてください。

知っておいた方がいい話です。

裏垢にいる女性たち、全員がそうじゃないけど、かなりの割合福祉医療必要状態にある人がいます

例えば境界知能。IQ70から85程度で、知的障害には該当しないけど、生きづらさを抱えている。ケアされなかった発達障害。診断されずに大人になって、社会でうまくいかない。過去トラウマ虐待ネグレクト、性被害愛着障害。幼少期に適切な愛着関係を築けなかった。メンタルヘルス問題うつ不安障害依存症

こういう人たちは、適切な支援を受けられていない。

福祉狭間に落ちている。

から承認金銭を得る手段として、裏垢にたどり着く。

「私にはこれしかない」って思ってる。

そして、君たちと出会う。

君たちの方はどうか。

孤独だよね。

何かから逃げてるよね。

恋愛は面倒くさい。

大事な人との関係も、うまくいってない。

相手理解して、尊重して、時間をかけて関係を築くなんて、できる気がしない。

から裏垢に来る。

インスタントに、楽に、性的関係だけ得られる場所

実際、工夫すれば会える。

やりたいこともできる。

でも、それで満たされるわけがない。

なぜなら、君は愛する力を持っていないから。

心理学者エーリッヒ・フロムは『愛するということ』の中で、愛は技術であると言いました。

愛は恋のように「落ちるもの」じゃない。

訓練と修練が必要もの

愛する力とは、相手を一人の人間として尊重すること。相手幸福自分幸福として感じられること。相手を消費せず、対等な関係を築けること。

君にはこれがない。

俺にも、なかった。

から裏垢で女性を「タダマン」として見る。

から会えても、やれても、満たされない。

から孤独

一方、裏垢にいる女性たちには、愛する力の前にまず福祉必要です。

境界知能やトラウマ発達障害愛着障害を抱えた状態で「愛しなさい」と言われても、無理です。

まず安全で、安定した生活必要

まず自分の傷と向き合うサポート必要

彼女たちに必要なのは、君じゃない。

福祉です。

もう一つ、重要な話をします。

裏垢にいる女性の中には、過去トラウマ無意識に繰り返している人がいます

虐待ネグレクトを受けて育った子どもは、「私には価値がない」「私は愛される存在じゃない」と学習します。

大人になっても、その認識は残る。

から自分を大切にしてくれない関係を選ぶ。

自分を消費する男性に近づく。

「やっぱり私には価値がない」と再確認する。

これをトラウマの再演と言います

裏垢での経験が、彼女たちの「私には価値がない」を強化する。

君たちとのやりとりが、彼女たちを傷つける。

そして君たちも、「愛せない自分」を再確認する。

「やっぱり俺は孤独なんだ」を強化する。

お互いに、傷を深め合ってる。

ここまで読んで、気づいてほしい。

君も、彼女たちも、社会の周縁にいる弱者だということに。

君は孤独で、何かから逃げている。

彼女たちは福祉から排除されている。

でも、この構造の中では、君が搾取する側になる。

彼女たちが搾取される側になる。

弱者弱者を食う。

誰も得しない。

誰も幸せにならない。

じゃあどうすればいいのか。

彼女たちには、福祉必要です。

具体的には、心療内科メンタルクリニックの定期受診公的福祉機関市区町村福祉課、保健所生活困窮者自立支援制度など。女性の傷つきをケアするNPO、性暴力被害支援DV被害支援生活支援など。

これらに繋がることで、安全で安定した生活を取り戻せる可能性がある。

君ができることは、彼女たちを消費することじゃない。

もし本当に彼女たちのことを思うなら、こういう場所があることを伝えること。

君には、愛する力が必要です。

フロムの言う「愛する技術」を学ぶこと。

具体的には、相手人間として尊重する練習。対等な関係を築く経験自分孤独と向き合うこと。逃げてきたものと、ちゃんと向き合うこと。

裏垢で消費的な関係を続けても、愛する力は育たない。

しろ、どんどん失っていく。

会えてても、やれてても、満たされないのはそのせい。

もし君自身メンタルヘルス問題を抱えているなら、カウンセリング心療内科に行くのもいい。

孤独の根っこに、何があるのか。

逃げてきたものは、何だったのか。

それを見つけるために。

最後に、これだけは伝えたい。

人と正しく繋がれない人は、孤独になる。

孤独こそが、これから時代の最大の社会問題になる。

あらゆる問題の根源にある。

君がこのまま裏垢で消費的な関係を続けていたら、10年後、20年後、どうなってると思う?

会えてる。

やれてる。

でも満たされない。

その繰り返し。

そして最後に残るのは、孤独

彼女たちがこのまま福祉に繋がらず、傷つけられ続けたら、どうなると思う?

どちらも、孤独に行き着く。

早く、正しい欲求の満たし方を覚えないと、予後が悪い。

君たちカスの一員だった私からの、願いです。

自分空虚感と、ちゃんと向き合ってください。

彼女たちの背景にあるものを、知ってください。

そして、変われるなら、変わってほしい。

anond:20251113110217

子供幸せに出来ないから産まない(産めない)」なんですけど、自分自身発達障害グレーゾーンが原因なので、金だけ渡されても絶対に産まないです。

そもそも物欲や娯楽欲が全然なくてお金をつかわないので、毎月余らせて投資に回してて、金には現時点で全く困ってないです。でも産まないです。

正社員としてフルタイム労働しているけど、これに育児が加わるなんて無理。育児的な労働内容のほうが向いてなくて無理。

プログラミングはできるけど介護は無理」みたいな、そういう気持ちです。致命的に向かない職に就けない、どうせこなせないしバーストする。

そもそも正社員としても過去2回メンタル理由休職していて、育児には休職制度なんてない。

育児って労基に守られないブラック労働でしょ?無理です。そして親のメンタルが弱いと子供って直接的に被害受けてますよね。被害者は作らないほうが良い。

労働って「自殺するくらいだったら辞める」とか「休職する」みたいな逃げ道がいくらでもあるんです。そして育児には無い。逃げたら人殺しです。

労働者は使用者から労基に守ってもらう弱者だけど、親は子を支配する強者であり加害者であり課せられる責任はとても重たいです。だから取り組まない。

金の問題じゃないです。育児には命がかかりすぎているから手を出さないだけです。

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