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はてなキーワード: 人間革命とは

2024-10-22

フィアンセの家が宗教に入っていた時の対処法について

メチャクチャ好き同士で付き合ってそこそこな年月経たからそろそろ結婚しようってなったんだよ。

うちは両親共に無くなってるから、存命の兄貴一家(普通に仲良い関係)と飯食って顔合わせ的な感じにしたのね。

そんで今度は彼女の家に挨拶へ行く事になった。こちら親がこの世にいない身だから少しでも安心してほしくてバリッと散髪して、この日の為にオーダースーツで彼女実家はお伺いした。

彼女とは食の趣味睡魔時間も好きな動物も全部同じ。顔も好みでオッパイデカいし性に積極的で色んな事してくれる。

趣味ゲームも一緒でスプラを同チームでやっても喧嘩した事ないし味方のせいにもしない。(これの凄さはやった人しかからないと思う。)

とにかく性格もよくて家族思い。

こんな最適な結婚相手はいないと思ってたんだよ。

そんでいざ相手実家へ行った時も和気藹々と話も弾みいい雰囲気だった。

家が大きいかちょっと間取りの紹介してもらいながら話してたらある本が目についたんだよね。

そう「人間革命

あれっと思ったがその場はスルーして顔合わせ後二人で帰ってる途中にズバリ聞いたんだよ。

「何か宗教入ってる?」

彼女は悪びれもせず

「私は創価学会に入ってるよ。」

かなりの衝撃だった。なんかもうちょっと遠慮して言うと想定してたから。

から近くもない慶應義塾大学病院に通ってるの不思議だったんだよね。

聞くと祖父時代から生粋創価学会員らしく座談会?的なものにも出る事があるらしくお布施もしてるらしい。

俺は入信を強いられたことは今の所無いんだけどこれってヤバい

そこ以外は完璧彼女なんだけど宗教一家結婚するにあたって注意することある

そもそも結婚しても大丈夫

教えて知識人

2024-07-02

創価学会員を見ると侮蔑してしま

創価学会を信じている人を見ると内心侮蔑してしまう。 信じる事によって彼等は心が救われているのだと理解しても、蔑む気持ちが心の中に常に存在している。

 何故仏などという居ないものを崇め信じるのか。昔に『いた』と言われている、記録されているだけの何かを信じる事は、わたしには難しい。その神様か仏様が、定期的に15年に1度などのペースで現れて、何か大層な有難い言葉を紡ぎ、人間では有り得ぬ力で大勢を救う様子が見られ、記録されているのであれば信じるが、残念ながらそんな事は起こらない。

 神様や仏というものは、神話聖書等のコンテンツとして読む分には充分面白いゼウス唯一神宇宙や天候を司り、万能であるとか、ハデスは冥府の神であるとか、キリストが磔にされて3日後に復活したとか、様々な逸話物語キャラクターとして魅力的だ。才にあふれた個性豊かな神や人々が織り成す神話は、展開がぶっ飛んでいて読んでいて飽きるものでは無い。信仰心が皆無のわたしでも、素晴らしい、偉大だねと褒め称えることは出来る。鬼滅の刃で、煉獄杏寿郎が活躍する見て「煉獄さん素晴らし過ぎる…!」と言うくらいのテンションくらいで。

 そんなわたしが何故、ここまで創価学会を毛嫌いするのかと言うと、まあシンプルわたしの願いを叶えてくれなかったからだ。

 わたし小学生の頃、母は創価学会の熱心な信徒で、毎朝題目を唱えていた。わたし題目のよくわからない言葉気持ち悪くて堪らなくて、唱える事を毎日嫌だ嫌だと抵抗していた。何故仏壇に向かってよくわからん言葉を唱えねばならんのだ。気持ち悪い、嫌だ。と嫌悪気持ちが非常に強かったのをよく覚えている。しか平穏に過ごすことを目的とした姉と弟や母にちゃんとやれと叱られ、ぐずぐず泣きながら、母の膝上で題目を唱えるフリをしていた。

 娘が毎日抵抗してるのにも関わらず、懲りずに毎日題目を唱えているので、ふとある日、「これをしたら願いが叶うのか」と聞くと「そうだよ」と母は返した。願いが叶うのならば、と単純でひねくれた小学生わたしは期待を込めて、創価学会とやらを小さく信じることにした。どうしても抵抗感があったので題目を唱える事こそしなかったが、毎日母の膝の上で「パパとママが仲良くなりますように。喧嘩がなくなりますように」と願った。そしてその願いは、当たり前だが叶わなかった。

 両親の喧嘩が絶えなかったのは、母がのめり込むこの創価学会に原因があった。創価学会に限らず、宗教というものは金がかかる。創価学会はそれが顕著で、聖教新聞や、創価学会教祖が書いた人間革命とか無駄に分厚い本の購入やらで色々金が入用なのは有名な話だ。実際、ここ数年なんかのニュースで、婆さんが聖教新聞大量購入などで貧困に陥り、栄養失調かなんかで亡くなっているなんていう話もある。ここまで来たらもうわかる話で、喧嘩の原因は主に創価学会に掛かる無駄金だった。

 父の信仰心の有無は詳しく聞いてないのでわからないが、たぶんわたしと同じように、父の信仰心ゼロに近いものだと思う。実際、願いが叶うという保証なんてどこにも無い、不確実な何かに掛ける金ほと勿体ないものは無い。こんなものに金をかけるくらいだったら、まだリターンが存在するパチンコ競馬といった賭博の方がマシだろう。しかも育ち盛りの子供3人を養わねばならぬのに、妻が宗教などにうつつを抜かしているなどとなれば尚更だ。

金が入り用なのにこんな事に使うなと、父は母に怒り、そこから喧嘩に発展していく様子を何度も何度も何度も見た。父の怒り方は神経質でうるさく、不快ものだったが、今思えばそれが正常だったのだと思う。わたしが同じ立場だったら、やり方こそ違うかもしれないが同じように苦言を催しているだろう。

 というわけで、わたしのささややかで純粋な願いは叶わなかった。

 正直、これが創価学会だろうと他の宗教だろうと、おそらくわたしは同じような過程を経るのだろうとは思うが、どちらにせよ、少なくとも創価学会に関しては信じても救われないというのがわたしの持論になった。

 ちなみに最終的に、この願いが叶ったかと言われればNoだ。

 何年かして母はフェードアウトするように創価学会を辞めたが、喧嘩は15年以上経過した今でも定期的に頻発している。今は何も信仰などはしていないが、15年以上の時を重ねても、幼い少女の『両親が仲良くなりますように』というささやかな願いさえも叶える事ができない、それどころか少女がそんな願い事をする原因になり得るあたり、創価学会には力が無い事を証明されたとわたしは思う。

2024-03-20

anond:20240320153645

あと財界人はいい歳こいて歴史小説なんかを真剣に読んでるのが実に気持ち悪い

あんなもん知性や教養で蹴飛ばしあいする世界初老が読むなよ

人間革命みたいなもんやぞ

2023-11-19

映画人間革命』って見たことあるやついる? 

池田大作原作のやつ。

前々から気にはなってんだけど。

宗教団体がその教義を広めるために、信者の動員も期待して作る映画って言うと最近ハッピーサイエンスする人たちのやつが有名だけど、どうもそんなんとは格が違うっぽいんだよね。

1973年公開の東宝映画なんだけど

、なんと監督舛田利雄脚本橋本忍

まあ古い日本映画のことを知らなければなんのこっちゃ?だろうが、かなりな組み合わせた。

舛田利雄がどれくらい凄いかというと、かつて『トラ・トラ・トラ』というハリウッド資本真珠湾攻撃映画化する企画があって、当初、日本側の監督だった黒澤明トラブル降板したあと、共同で日本監督をやったくらいの人。(もう一人は、『仁義なき戦い』『バトルロイヤル』の深作欣二)。

橋本忍は、黒澤の『羅生門』の脚本書いて世にでた人で、その後の凄さはもうwikipediaでも見てくれ。

で、主演(創価学会第二代会長戸田城聖の役)が丹波哲郎日蓮大聖人役は仲代達矢

“今度の新作には千眼美子が出てるらしい”とか言うのとはレベルが違う。

しかwikipediaによれば

東宝映像制作を行っていることから、1作目での十界論のイメージや『続』での立正安国論天変地異描写などに特撮が用いられている。当時は映画業界斜陽化により特撮作品制作も減少していたが、東宝は本作品でその存在感を知らしめ、以後キャラクターパニックもの以外の映画CMなどでの特撮制作の受注が増加していった”

のだそうだ。

なんかこれ、純粋映画としても結構おもしろいんじゃなかろうか?

過去シナノ企画という学会系の会社からDVDも発売されたようだが、今は中古しか出回っていないようで、Amazonでは1万円くらいで出ているのだが、さすがに1万だしてまで見たいか?と聞かれると

まあそこまでではない。

が、やはり気になる。

かつてスカパー日本映画専門チャンネルで放映されたことはあるらしいので、どこかで期間限定配信とかしてくれないだろうか?

2023-09-26

(ほとんど)すべてについて間違っている――デヴィッド・グレーバー&デヴィッド・ウェングロー著『万物黎明書評

万物黎明』の中心的なアイデアは挑戦的だ。人間とは政治的冒険的で実験的なものであり、自由平等呪縛の後に、変化を起こすために抑圧を選ぶ傾向があると言われるほどである歴史は、ある極端なものと次の極端なものの間を揺れ動く、リズミカルな形をとっている。しかし近年、私たちは皆、ひとつ体制から抜け出せなくなっており、その理由理解しようと努めなければならない。

これらすべては新しく新鮮ではあるが、信用できるものではない。私は、私たち人間性を規定する政治的本能社会的感情は、平等主義という条件の下で形成されたという人類学的な標準的見解の方を好む。今日に至るまで、私たちは皆、対等な仲間の中で笑ったり、遊んだり、社交したりできるときに最もリラックスし、幸福を感じる。しかし、グレーバーとウェングロー(以下、G&W)は、このような私たちに馴染み深い経験を土台にする代わりに、狩猟採集民の祖先平等主義者であったという考え方全体に反対している。彼らの見解では、彼らは抑圧されることを選択した可能性が高い。

彼らの言葉を借りれば、「われわれの人間性の本質が、われわれが自意識的な政治的行為者であり、したがって幅広い社会的取り決めを受け入れることができるという事実から成り立っているとすれば、人類歴史の大部分にわたって、実際に幅広い社会的取り決めを探求してきたはずだということにならないだろうか」。これらの可能性の中には、著者たちが容易に認めているように(86-7頁)、チンパンジーのような虐待的な支配階層も含まれている。G&Wは、もし我々の祖先がそれほど冒険好きであったなら、きっと平等主義だけでなく、攻撃的でいじめっ子のオスによる嫌がらせ虐待支配実験しただろうと主張しているようだ。

G&Wは、私たち革命過程社会的道徳的人間になったという考えに対する一貫した攻撃の中で、これらの点を指摘している。私はずっと、人間言語意識親族関係道徳は漸進的な進化過程進化し、それが巨大な社会的政治的革命で頂点に達したという考えを探求してきた。私の動機は常に、人間本来利己的で競争的だから社会主義不可能であり、「革命でさえ人間の本性を変えることはできない」という一般的偏見に挑戦することであった。

はいつもこう答えていた。そう、私たち類人猿一種である。そう、私たち霊長類のいとこたちのように、競争的で利己的、攻撃的でしばしば暴力的本能を持っている。しかし、それが私たち成功の原因ではない。優秀な母親父親になる能力自分の子供だけでなく互いの子供を思いやる能力道徳的ルール確立する能力他人自分を見ているように自分も見ている能力音楽ダンス言語を使って夢を共有する能力など、私たちの本性にまつわる人間的な特徴すべてが、まさに歴史上最も偉大な革命産物であり、成功した革命なのだ

クリストファーボーム人間革命

この「人間革命」の複雑さを詳述した私自身の著書(Knight 1991)が出版されてからほぼ10年後、人類学者のクリストファーボーム(Christopher Boehm)は、その洞察にもかかわらず、最も重要な要素であるセックスジェンダー力学についての言及を一切省くことで、政治的観点から安全策を講じた理論バージョンを発表した(1999)。G&Wが人間革命理論の信用を失墜させるために明示的に言及するのに十分安全だと考えているのは、この抽象的でユニセックスバージョンなのである

ボームは、私たちの最も古い祖先は、一方的な協力者でも一方的競争者でもなかったと指摘する。それどころか、他者支配する一方で、支配されることに抵抗するために同盟を結ぶという心理的傾向があった。このような下から集団的抵抗は、最終的には、リーダーになろうとする者が集団支配するのを阻止するために、全員が一丸となることで頂点に達した。私たち祖先チンパンジー的な支配は、今や逆転し、「逆支配」、つまり平等主義的な倫理観コミットした道徳意識の高い共同体による支配へと結実したのである

G&Wは、人類は「......何をすべきか指示されることを自意識的に嫌うようになった」(p.133)という考えに賛同している。この文脈では、現存する狩猟採集民が「嘲笑羞恥、遠ざけ......他の霊長類類似するものはない」(p.86)、「自惚れ屋やいじめっ子を地上に引きずりおろすために集団採用される戦術の数々」を示していることに同意している。彼らがまったく関心を示さないのは、そうした戦術進化過程人間の本性を形成する上で重要役割を果たしたという考えである

ボーム説明に対する反論をまとめると、狩猟採集民が一貫して平等主義を好んでいたという示唆は、「何万年もの間、何も起こらなかった」という「奇妙な主張」であるという。狩猟採集民の祖先が一貫して平等主義的であったとすれば、彼らの政治的生活は何らかの形で凍結され、時間が止まってしまったに違いない。G&Wは次の言葉で締めくくっている:約12,000年前以前、人類基本的平等主義者であったとボームは主張する。ボームによれば、約20万年間、[これらの]政治的動物はみな、ただ一つの生き方を選んだのである」。(p. 87)

唯一の問題は、これはボームが書いたことではないということだ。彼の実際の言葉引用に値する:

ひとたびどこかのバンド平等主義的な秩序を発明すれば、この社会的なやり方の根本的な変化は近隣のバンドにも目につくようになる。特に、非常に攻撃的ないじめっ子を擁するバンドでは、部下が支配されることに対して両義的であれば、どこでもその利点は明らかだっただろう......。魅力的な平等主義の伝統が、地元では専制的な伝統に取って代わり、徐々に文化的拡散が起こると予想される。やがて、より長い距離を移動する移動パターンによって、この政治的発明がかなり急速に大陸から大陸へと広まっていったと考えられる。(Boehm 1999: 195)

これが成功した革命のやり方だ。ボームの主張は単純に、1万2千年前まで『人類基本的平等主義者だった』というものではない。そうではなく、初期の人類はさまざまな政治システムを発展させながら、平等主義というひとつ特に成功したモデルに徐々に収斂していったというのである

万物ティータイム

かなり不当なことに、『万物黎明』は現代進化論を社会進化論混同している。社会進化論とは、「未開」から「野蛮」を経て「文明」へと進歩する段階のはしごを描いた19世紀物語であるダーウィニズム科学である私たちは語り聞かされるが、実際は純粋神話である。G&Wはそのように空想的に、進化論を全く認めない人類起源に関する視点を、読者が真剣検討することを期待している。

この著者たちが認める唯一の科学は「考古学科学」であり、その考古学がさほど遡らない場合のみである。彼らは、政治社会生活については、古代人類の「頭蓋の遺骨と、時折出てくる火打石のかけら」(p.81)からは何も読み取れないという理由で、「万物黎明」をわずか3万年前とすることを正当化している。

このような言い訳は、私たちの種の最もユニークな特徴である芸術象徴文化が、以前考えられていたよりも3、4倍早くアフリカで生まれたという最近証拠に照らすと、もはや通用しない。この証拠は、骨や石に限らず、ビーズ幾何学的な彫刻、墓用品を伴う埋葬、砥石や絵の具壺などの工芸品で構成されている。G&Wは、これらの発見のうちの1つか2つに気づいてはいるが(83-4頁)、ほとんど関心を示していない。最先端ダーウィン理論を黄土の記録に適用すれば、社会力学儀式の実行パターン性別による同盟関係についての予測を生み出す可能性が非常に現実的になるにもかかわらず、である。(Power 2019; Power et al.

残念ながら、これらの著者たちは、どのような形であれ、ダーウィニズムには近づこうとしない。彼らは、彼らが「フェミニスト」と呼ぶ人物(実際には霊長類とヒトの社会生物学の創始者として高く評価されているサラ・ハーディ)が、人間本能心理形成における集団的育児重要役割について「物語」を考え出したことを認めている。「神話は悪いものではない」とコメントしながら、彼らはこの特別神話を「重要もの」と表現している。そして、「エデンの園存在せず、一人のイヴ存在しなかったのだから、このような洞察部分的ものしかなりえない」(p.82)と口にして、すぐさまこの神話疑念を投げかける。この種のトリック--この場合は、ハーディ画期的研究が、私たち共通ミトコンドリアDNA祖先年代測定より200万年ほど前のホモ属の出現に焦点を当てているという事実無視すること--は、明らかに人類起源研究が追求する価値があるという考えそのものを損なわせることを目的としている。

石器時代新石器時代考古学に興味のある読者なら、本書には興味をそそられる推測がたくさん書かれているだろう。しかし、私たちがどのようにして人間になったのか、つまり、異常に明瞭な目、並外れて大きな脳、独特の社会的感情、笑い、音楽言語に対する生得能力などがどのようにして発達したのかに興味がある人には、まったく何も見つからないだろう!

タイトルは深刻な誤解を招く。『万物黎明』? 『万物ティータイム』の方が正確だろう。物語は、氷河期フランススペインに描かれた壮大な洞窟壁画で知られるヨーロッパの後期旧石器時代から始まる。著者によれば、その段階でようやく考古学面白くなってくる。初めて、社会の複雑さ、階層、豪華な埋葬などの証拠が見え始めるのだ。

さな狩猟採集民のバンド

G&Wにとって、狩猟採集民の祖先アフリカもっと早くから平等主義的なライフスタイル確立していたという事実は、さしたる関心事ではない。彼らは、タンザニアのハザ族のような現存する狩猟採集民が資源を共有していることは認めるが、それを賞賛する代わりに、蓄積への抵抗が「社会的複雑性」の出現を妨げていると不満を述べている。著者たちは社会階級という概念を嫌っているようだ。

まり狩猟採集民は富の蓄積に抵抗することで、複雑性を妨害する、つまり階級社会の発生を阻止するのである。G&Wはここで狩猟採集民の専門家であるジェームズ・ウッドバーンの権威を持ち出している。彼らは彼の研究から、「真に平等主義的な社会を維持する唯一の方法は、あらゆる種類の余剰を蓄積する可能性をまったく排除することである」(p.128)と結論づけている。このことは、社会の複雑さを排除し、人間文化的知的生活の豊かさを排除することになると彼らは主張する。

ウッドバーン(1982、2005)は確かに、蓄積に対する意図的抵抗狩猟採集民の平等主義を支えており、意識的になされた政治的選択を表していると主張している。彼は、このような平等主義は非蓄積型狩猟採集民だけの特徴であると観察し、「即時回帰」こそが人類経済の原型である結論づけた。しかしウッドバーンは、そのような平等主義に複雑性が欠けているとは主張しなかった。実際、彼は「単純な」社会形態と「複雑な」社会形態との二項対立有害で誤解を招くものとみなしていた。ウッドバーンにとって、平等主義を維持することはこの上なく洗練された達成であり、単に不平等が生じるのを許容するよりもはるかに高いレベル政治的知性と複雑性が要求されたのである。ハザ族には、必要以上の富を蓄積させることがいか危険かを理解する知性があると彼は説明した。

富の不平等は許されない

しかしG&Wによれば、富の不平等問題ではない。彼らの立場を支持するために、彼らは17世紀ヨーロッパの「文明」を批判したファーストアメリカンカンディアロンクを引き合いに出している。やや説得力に欠けるが、彼らは、カンディアロンクと彼の最初アメリカ人共同思想家たちは、「富の差が権力の体系的不平等に変換されうることを想像することさえ困難であった」(p.130)と断言している。

G&Wは、即時回帰型の狩猟採集民が富の不平等が生じるのを拒んだことを認めている。しかし驚くべきことに、彼らはこの状況全体を期待外れとみなしている:

こう言うと、何か希望に満ちた楽観的な話に聞こえるかもしれない。実はそうではない。この言葉示唆するのは、やはり、最も単純な採集者以外には、その名に値する平等本質的に不可能だということだ。それでは、私たちにはどんな未来が待っているのだろうか?

どんな未来アフリカ狩猟採集からインスピレーションを得ている活動家たちは、現代都市生活者を、不運なハッザ族のように、小さな遊牧民集団の中で繰り返される単純な生活に「はまり込む」よう招いている、と彼らは示唆する。

はっきり言っておくが、私は原始主義者ではない。私は技術的、社会的政治的発展に賛成である。ハザ族は、必要に応じて富を共有し、笑い、歌い、遊びの中で「時間を浪費」し、誰かに支配されることに抵抗し、他のすべての心配事よりも互いの子供の世話を優先することが、充実した楽しいことであることを示している。開発に関して言えば、この政治的に洗練された弓矢ハンターたちは、私たちに多くのことを教えてくれるだろう。

(続く……)

2022-07-13

端的な新興宗教他の特徴(個人的偏見

統一教会:高い壺買わされる、合同結婚式

創価学会本棚人間革命選挙公明党

エホバ:二人一組のおばさん(徒歩で訪問

モルモン教:二人一組の白人自転車

天理教:朝夕のつとめの鐘や拍子木がうるさい

金光教天理教との違いわからん

真光:手かざししてくる

PL教団野球花火

親鸞会大学哲学サークル勧誘してくる(創価第三文明統一原理研

幸福の科学大川こんにちは○○(故人)です」

法輪功大紀元が置いてある、気功教室

アムウェイ:飲んでも安全な洗剤、その他製品

勧誘されたらそんな感じで判断してる

2022-05-14

ただのカルト団体でもフェミニズムお題目をつけると政治干渉できるバグ

怖くね?

公明党ですら人間革命法制化してないだろ

2021-11-05

anond:20211105180212

適当に、ソーカル事件とか見たく書いてみるか。

極・人間革命

... 原子もつれによって、私は法華経の行者であった大聖人の魂は、あのとき私に受肉したのであった。私の魂が、なぜに、日蓮センセーと同じであるかというと、かの有名なアインシュタインですら悩んだ量子力学証明できる。つまり、私と日蓮センセーは反対のスピンを持つからである。私がいるから、日蓮聖人となり、聖人としての私は量子の揺らぎにより、今の功徳は一千年の時間を超え、ともに共振し、全人類に影響を与えるのである。また、わたしはひとりの人間であるが、法華経を唱えることで、全世界の人びとの心をふるらせてきた。それは、なぜか。わたし聖人であるからして、エントロピーが最も低いかである。すべての人が理想とする、安定する、そんなエネルギー量が低い地位に私はいる。しかし、それならば、わたしはこれまで大勝利してきたかといえば、ひとえに複雑系説明できよう。バタフライエフェクト複雑系を語るときによく用いられるが、たとえば蝶の華麗さを人びと認知できるが、それは諸君らが真の美し差に魅了されるように、わたしの声が人びとの口を動かせてきたのであるからだ。大勝利できるために、...

書いてて吐きそうになってきた

2021-10-23

anond:20211023003728

人間革命って何かと思ってググったら……。曽根綾子とそれってなんか不思議なチョイス。

わが家の本棚図鑑エジソンとかの伝記、あしながおじさん小公女トムソーヤなどの有名な児童文学ことわざとか歴史漫画、って感じ。元子どもからしても中々悪くないラインナップな気がする。

2021-09-12

anond:20210912165021

お前さあ、創価学会員(借金玉の信者)に「池田大作先生借金玉)を信じる『根拠』」を否定させる必要はないだろ。信者にとって池田大作借金玉)先生が「人間革命!」と言った先に「平和」がなくても、「不平和」があるわけじゃなかったじゃん、... 今のところ。どちらかというと、借金玉の主張はコンサータという『薬物』を使って解脱を目指した集団に近いとは思うけど、いち発達障害者にとっては借金玉は「コンサータを乱用した」という意味有害で、そもそも借金玉は双極性障害躁状態メチルフェニデートブーストした結果、『コンサータ文学w』を創り上げて、哀れな【自称発達障害者たち】に「ありもしない、コンサータを使うと『常人になって、早稲田に受かって、飲食店成功して、破滅したけど、最後は報われる』かも、という ADHDから果たせなかった気がする夢」を否定する権利は誰にもないの。なぜなら、ここは日本ですから。あるのは、警察が「2013年冬にまで苦労した成人 ADHD という、社会不適合者を改善する【本当は逮捕したい】薬物を乱用した罪」で「自称借金玉】こと、○○○○○容疑者麻薬及び向精神薬取締法違反で...」とマスコミ報道する未来がくる可能性があることなの。そうすると、彼は逮捕されるかもだけど、コンサータが解禁されるまで苦労した自分にとっては「リタリン乱用で未来を潰された」過去自分は報われると思うのね。そういえば、池田大作(元気すっか?)青年刑務所に入ってたらしいよ?彼みたいに、借金玉が本物なら「生きて出てくる」でしょ(楽しみ😆)!麻原彰晃不可能だったみたいだけどねー(ヒーイズノット🕴️、ザットイズワイ😇)。まぁ、僕としては「くさい💩メシ」を tweet で熱く語ってほしいなー🤓。

2021-08-16

anond:20210815222920

雑すぎる。昔の人が「何も考えていない」と本気で思っていたタイプだ。いつの時代も、若者不安なの。例えば、創価学会の凄まじさって何かって言ったら「本来だったらテロルにぶっこんでいた田舎での連中を、法華経を真面目にやらせることで社会の安定に寄与した」という点だ。本来だったら、あいつら火炎瓶を持っていた予定が、「南妙法蓮華経」といって熱意を声に変えるという無駄エネルギー消費をしてくれて老人化させたから、我々は平和だったのじゃないか池田大作先生の凄まじさ、ってオウム事件でも判明しているけど、立正安国論を唱えた日蓮のようなハード・コアな右翼共鳴しそうな若者を、おとなしく座らせて「南妙法蓮華経」と読まさせる、今で言うところの多動性障害の癇癪をもったやばい人を「爆破させない」装置を開発したところだろ。おかげで、文藝春秋は儲かるし、「ガンジー池田ゴルバチョフの大勝利!」と聖教新聞キチガイ共が満足してただけなら、良かったじゃん。パンピーとしては、うぜぇ、ってだけで。池田大作の「人間革命」を読んで感化されるアホどもなんて、頭が悪いのだからヤクザ組織だったら鉄砲玉になって果てたのが、死んだときに「南妙法蓮華経」と題目を唱えてもらえるだけで、平和な世の中を作れたのじゃないか池田大作愛国者だ。違うか?

2021-05-22

コアマガジン漫画家達は三浦建太郎の死を侮辱している

コアマガジン雑誌実話BUNKAタブー」の編集部アカウントが、ベルセルク三浦建太郎の死去にこんな言葉を寄せています

https://twitter.com/BUNKA_taboo/status/1395245571464597506

実話BUNKAタブー編集部

@BUNKA_taboo

作者は絶対物語を完結させるべきです。ベルセルク三浦健太郎なんて漫画家として三流以下。

見習うべきは、創価学会教祖池田大作さんです。生死不明なんて揶揄され続け、表舞台に全く出てこないにも関わらず、2018年にちゃっかり『人間革命』を完結させたんです! エラい! 功徳の賜物ですね!


https://twitter.com/BUNKA_taboo/status/1395348467363368964

実話BUNKAタブー編集部

@BUNKA_taboo

このツイートベルセルク信者がいろいろとイチャモンつけて来てますけど、『ベルセルク』を発刊してる白泉社社長であるマシリトが「10年は連載しすぎ」と明確に言ってますからね。30年も続けてるベルセルクはヒットに胡座を掻いてるただの老害です。


https://twitter.com/BUNKA_taboo/status/1395350574548230146

実話BUNKAタブー編集部

@BUNKA_taboo

作者の死によって『ベルセルク』の完結を読めないことを残念がってる読者が多くいるのは理解できますが、同じくらい30年も連載を続けたせいで「終わりが気になるなぁ〜、だけど逝っちゃうー」と地震病気で死んだ読者も山程いるわけです。連載はさすがに10年で完結させるべきかと。



これを、白夜書房子会社コアマガジン内の編集部が発信しているわけです

まりコアマガジンはこの発言公認しているわけです。

コアマガジンにも漫画誌存在しており、そこで描いている作家はこの発言公認している出版社で描いているという事であり、同業者として三浦建太郎先生に対する敬愛追慕侵害に加担している事になります



織田non

綾枷ちよこ

琴義弓介

紙魚丸

いづみやおとは

月野定規

ぐすたふ

アズマサワヨシ

草津てるにょ

ぽるのいぶき

方天戟

ふりすく

うそねこ

武田弘光

道満晴明

らっこ

槍衣七五三太

G=ヒコロウ

月野定規

アスヒロ

高雄右京

石川マサキ

如月群真

四条定史

深山靖宙

うろたん

黒咲練導

玄鉄絢

笹森トモエ

  1億年惑星



この作家陣は、このまま黙っている限り同業者でありベルセルクの作者でもある三浦建太郎先生の死に対する侮辱に加担している事になります


なお、コアマガジン親会社白夜書房はかつて存在した漫画専門店まんがの森」の経営母体でした。


まりまんがの森」の関係者も黙っている限り三浦建太郎先生侮辱に加担している事になります


コアマガジン関係者作家陣の方は何か答えてくださいね


でないと三浦建太郎先生の死に乗っかって敬愛追慕侵害を行う侮辱集団の一員というレッテルが貼られてしまます

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