はてなキーワード: キャッチボールとは
大好きなお父さん、お母さん、タイヨウ。キャッチボールするからグローブをとってこいと言ったら、タイヨウが家のドア開けて入った瞬間、銃の悪魔の襲撃で目の前のものがこっぱみじんになった。タイヨウだけでなく、お父さんもお母さんも死んだ。家も吹っ飛んだ。グローブとミットもない。みんな、死体も残らなかった。早川家のお墓はあるけど、中には何にも入ってない。
まだまだタイヨウと遊びたかったし、お父さんとお母さんにかまってほしかった。たまには、俺のことも見てほしかった。お兄ちゃん扱いしないでほしかった。もっと甘えたかった。一人で遊びたくなかった。一人は寂しいから、遊び相手がほしかった。ただそれだけなのに、一瞬で全部失ってしまった。辛い。
いきなり家族全員死んで、悲しくてしょうがない。何も考えられない。やりたいこともない。俺には何もない。北海道から東京に行って、公安デビルハンターになって、銃の悪魔を討伐するしかない。そうだ、公安に入ろう。それしかない。
悪魔が憎い。全ての悪魔が銃の悪魔と同じに見える。狐の悪魔と契約した。やりたいことをやってるはずなのに、毎日虚しくてしょうがない。銃の悪魔の肉片はなかなか見つからない。
姫野先輩とバディになった。同じ銃の悪魔討伐の目的を持っていて嬉しい。やっぱり公安は信念がある人しかいない。
2課から4課に異動になった。なぜかマキマさんのことが好きでしょうがない。言いなりになってしまう。
マキマさんにデンジを紹介された。最初はマキマさん目当ての軽薄なやつでいけすかなかった。監視のために一緒に住むことになった。血の魔人のパワーもマキマさんに言われて住むことになった。見た目は人の姿をしているけど、悪魔と一緒に住むなんてやってられない。ふざけんな。ただ、マキマさんが俺を一番に信頼してくれてると言ってくれて嬉しかった。こんなことを言われたのは初めてだった。
銃の悪魔の肉片を持つ永遠の悪魔討伐戦では、デンジが銃の悪魔討伐のために必要だったため、命がけでかばった。仲間は一人でも多い方がいい。デンジの力を使いたい。
特異課襲撃に遭った。姫野先輩が俺の目の前で死んだ。これがめちゃくちゃ辛かった。しんどかった。胸が引き裂かれそうだった。後輩が死んだときも辛かったけど、自分を助けるために死なれたことはなかった。ここまでしてくれるとは思わなかった。世界が崩壊しそうだった。とても立っていられない。目の前が真っ暗になった。姫野先輩は本当にこれまでよくしてくれた。頭がおかしくなりそうだった。
呪いの悪魔の契約で寿命が2年になった。最悪だ。狐の悪魔もいなくなってしまった。京都の2人が公安辞めろみたいなこと言ってきたが、ありえない。もっと力がほしいに決まってる。未来の悪魔と契約する。姫野先輩の復讐がしたい。
マキマさんが新しいバディを用意してくれた。ただ、天使の悪魔は銃の悪魔討伐に協力してくれない。こっちは焦ってるのに何なんだ。お前だって公安デビルハンターだろ。田舎のねずみがどうとか、わけわかんないこと言うな。こっちは必死なんだよ。やっぱり悪魔は嫌いだ。フリでも仲良くなれそうもない。でも、目の前で天使の悪魔が台風の悪魔に吹き飛ばされそうになって、愕然とした。背筋がゾッとした。鳥肌が立った。俺は目の前でバディが死なれることだけは耐えられないんだ。結果的に寿命は2ヶ月減ったが、天使を助けられてよかった。寿命は残り、1年10ヶ月になった。これで銃の悪魔討伐はできるんだろうか。
中国、ドイツ、アメリカからデンジの心臓目当ての刺客がきた。サンタクロースの計らいで地獄に落とされて、闇の悪魔によって両手を失った。目の前でデンジとパワーが倒れていて、姫野先輩の最後を思い出して目の前が真っ暗になった。片手しかくっつかなかった。最悪だ。公安には目を元通りできる人がいるとマキマさんは言っていたのに、なぜくっつかないのかわからない。俺はまだいい。天使の悪魔は両手がくっつかなかった。最悪だ。公安に処分されるかもしれない。
デンジとパワーと一緒に北海道に帰省することになった。悪魔と戦うより疲れた。でも、命日は家族との楽しかった思い出を思い出して切なくなったり、自分のせいで弟が目の前で死んだことがフラッシュバックしたりしてめちゃくちゃしんどいから、かなり救われた。子どもの頃のことなのに、あの事件は俺の中で完全にトラウマになってる。だから、こんなにありがたいことはない。デンジとパワー、ありがとう。一緒にいてくれて、嬉しくてしょうがない。なんて楽しいんだ。これからもずっと側にいてほしい。新しい家族ができて、毎日普通に過ごせることがこんなにも幸せだってことを知らなかった。俺は今まで一体何をしてきたんだろう。こんな簡単なこともわかっていなかったのか。
かなり悩んだが、岸辺さんに銃の悪魔討伐戦は不参加と言った。復讐より、デンジとパワーが生きてくれる方が嬉しい。もう大切な人を失いたくない。幸せをかみしめていたら、マキマさんから呼び出された。4課の力を見せつけたいから、デンジとパワーは参加させると言われた。マジか。想定外だ。片手しかないが、俺も参加するしかない。銃の悪魔は各国が武力として都合よく使いたいから、お前らはただ肉片だけ集めてこいと言われた。今までの苦労は何だったんだ。これでは、銃の恐怖が増すだけじゃないか。世界から銃の恐怖が取り除けないだろうが。意味がわからない。戦争のために利用されるだけじゃないか。ずっと追っていた俺の復讐相手はすでにいなかったことは衝撃だった。ただ単に、秘匿されていただけだった。一人相撲以外の何物でもない。最悪だ。
突然、未来の悪魔からデンジにパワーと一緒に殺されると伝えられた。最悪だ。バディの天使の悪魔が公安に処分されるかもしれない。岸辺さんの推薦状を持ってお別れを言いに行こう。天使の悪魔は寿命武器を使うことに罪悪感があったと初めて聞かされた。そうだったのか。だから今まであんな態度だったのか。悪夢にうなされると聞いて、しんどくなった。知らなかった。申し訳なかった。ただ、天使はマキマさんなら力をくれるかもしれないと言う。それなら、一緒に相談に行こう。俺には力がなさすぎる。上層部の命令通りに銃の悪魔の肉片を集められるとはとても思えない。
俺は死ぬのは決まってる。どうしようもない。変えることができない。だから、それはいい。でも、デンジとパワーが生きて幸せになってほしい。そのためなら、どんな悪魔と、どんな契約でもする。力がほしくてしょうがない。すがるものが他にない。マキマさん、俺に力を貸してくれ。
以下、「なぜ読んでキモく感じるのか」を文章技法・態度・認知スタイルの観点から冷静に分解して説明します。政治的立場とは無関係に、あくまで文章として不快感を生じさせる要因を分析しています。
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文章全体に「お前は分かってない」「俺だけ分かってる」という態度が織り込まれていて、読者が自分を攻撃されているように感じやすい。
例:
• 「知らなかった?」
• 「もう国民の2割とは話通じないよな」
• 「何が聞きたかったのかねえ?」
→ “知識を語っている”というより“マウントをとっている”ように読める。
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一見カジュアルだが、断定+馴れ合いの組み合わせで不気味な上から目線になる。
例:
• 「してないんだなあ」
• 「何も困ってないんだよ」
• 「詰んでないんだなあ」
→ この語尾は“説明”ではなく“人格マウント的煽り”に聞こえやすい。
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自分のペースで相手を引っ張ろうとする文章は、読む側からすると意図的に操作されているような感覚になって不快になる。
例:
• 「本題は〜だ」
• 「という、前フリである」
⸻
しゃべりかけているのに実際は聞く気ゼロというズレが気持ち悪さを生む。
例:
• 「知らなかった?」
• (実際は答えを求めていない)
→ “対話のフレームに見せた独白+煽り”という構造が不快感の根源。
⸻
敵役を作って殴ることで、自分の正しさを演出するタイプの文章。
例:
• 「ニホンサヨク」
• 「こいつらも何も困らない」
→ 雑に攻撃する相手を大量に想定する文章は、読者まで巻き込まれたように感じて不快。
⸻
文章全体が“俺だけが真実を理解している”というトーンで統一されている。
例:
• 「現実が共有できない」
• 「もう、見えてる現実が違うんだよなあ」
→ 典型的な「啓蒙者ムーブ」になり、ナルシスティックな印象を与える。
⸻
内容そのものより“態度”が前面に出ており、
読者は情報ではなく筆者の妄想的自己像を見せつけられる構図になる。
⸻
✔ 読者を下に置く
✔ 馴れ馴れしいが冷たい口調
✔ 敵を粗くまとめて侮蔑
✔ 「俺だけわかってる」マインド
の組み合わせで、自己陶酔+マウンティング文章になっているためです。
⸻
もし希望があれば
などもできます。
今年26になったんだけど、
海辺に行ったら必ずフナムシを潰す遊びをするんだ。石投げつけて潰す遊び。
気持ち悪いから触りたくないしあんまり近づかないんだけど、その辺の石拾ってギリ近づける距離まで行って投げつける。真上から落としてもいい。
できるだけ平たい面が接地するように、繊細、それでいて力強く。
アイツら機敏だから命中率はそんなに高くないんだけど、だからこそ当たったときが気持ちいいんだ。
「あ!死んだ!」とか言って。
そんな遊びが楽しくて、夢中で次の良さげな石を探してる俺の傍らで、友人たちは我関せず浜辺で波を触ったり水切りしたりしてる。
高校の頃だったらみんなでドデカい石投げつけてキャッキャやってたはずなのに、「あちぃ」だの「ビール飲みたい」だのダレた様子で遠くを見てる。
君らはどこを見てる?
俺はここにいるのに。
俺はまだここにいるのに。
同じように部活やって、同じように勉強して、同じように大学行って、同じように就職して
同じようなライフステージ辿ってるのに、君らはどこを見てる?
あの頃と同じように公園でキャッチボールしようぜ。ガスト行こうぜ。フナムシ潰そうぜ。
行かないでくれよ。
キャリアの話なんかしないでくれよ。
もちろん今だって楽しいけどさ、いつまでも大人が嫌いなままでいようぜ。
季節の変わり目に追いつけない体を抱えて、ベッドにうずくまった。
着重ねする必要がなくなったがゆえに、肌にかかっている布の軽さが物足りない。
「寝る前に換気して、空気を循環させた方がいい」という助言を律儀にまもり、手首のスナップをきかせて、窓を開け放つ。
カーテンが呼応するように揺蕩い、爽やかな風が一気に部屋を満たす。
雲一つない藍色の空から、星ごと流し込まれたような心地よさ。額を撫でる風に目を細め、深く息を吸う。
溜まっている「How are you doing?」に返す気が湧かないので、設定から「アカウント削除」を選択し、すぐさまアカウントを作り直した。
英語のレベルは5段階。少し悩んで、3にする。レベルの横に、ドットが3つついたのを確認し、さっそく投稿を作る。
「こんにちは、アキです。喋りたいからアカウントを作成しました。チャットか電話しましょう。」
なんどもアカウントを作り直してもなお、「アキ」を選びたくなるのはなんでだろう。呼びやすいからか、季節の秋が好きだからか、発音したときの響きが好ましいからか。
改名できるなら「あきらちゃん」になりたいな、と思ったことが何度かあるし、ニックネームでアキちゃんと呼ばれたい。
本名はマ行とナ行で、どこか沼っぽく湿気ている。あきら、と声にしたときの、葉っぱをちぎったような爽快さに対するあこがれかもしれない。
投稿ボタンを押すと、少しの間もなく一つ目のいいねがつき、個人メッセージに「手を振る絵文字」が届く。
テンプレートの「調子どう?」「いい感じ」を数人相手に、三往復。
だが、その日は、単調で使い古されたテンプレートを、目をこすりながら指で辿ることを選んだ。
4人を相手に、ほぼ同じ会話のキャッチボールをした。少しも色が変わらない自身の心を見やり、チャットルームを抜けたところで、「電話?」の無機質な文字列が目に入った。
電話しませんか、の8文字すら省略する、スナック菓子のような軽い姿勢に惹かれ、ポテチをつまむように「通話ボタン」を押す。
耳に届いたのは、岩が転がり落ちて割れたような、気だるげに崩した "Yo, what's up"だった。
20代の大学生男子で、発音が聞き取りやすいなと思ったら、ニュージーランド出身だった。時差が3時間程度あり、「オーストラリアと日本の時差は1時間なのに」というと、「オーストラリアとニュージーランドを一緒にしないで」と怒られた。
「それでさ、フィジックスがなにか説明できんの?みたいな」
フィジックスがなんなのかすら知らない、というと「あー、ぶつりがく」と返してきたので、目を丸くした。
「まあ、わかる」
「まあ…このアプリ始める前はなんもしゃべれなかったけど、なまけずに電話とかしたら上達した。で、物理学説明できる?」
息を吸い、悪いけど日常会話くらいしかできないんだ、と返した。
「へえ。どこ住んでたの」
「オーストラリア」
電話口の声のトーンがあがる。転がり落ちた岩から、水切りで投げ、水面で跳ねる石みたいだ。
「うわあ、だと思った。オーストラリアの人って女でも男みたいな喋り方するんだけど、そんな感じがした」
そして、なるほどね、と言い添える。
「小学生のころだったら、本格的に専門の勉強とかはしてない感じか。了解した」
どうやら、物理学がなんなのか聞いてきたのは、英語レベルを測るためらしかった。言葉にトゲが少しもないから警戒はしていなかったが、特殊なモノサシのようにも思えた。
「なんか寂しいなと思って」
「寂しい?」
「孤独を感じたから。やっぱ今のなし、なんか恥ずかしくなってきた」
英語を学びたいから、と無難に流せるところだったが、口をついて出たのは「ロンリー」という単語だった。
言ってみてから、自分の状態を自覚する。そして、少々オープンすぎたかと思い、早口になる。
彼は特段からかう様子もなく、「なんか悲しいことでもあったの」と聞いてきた。
「いや、悲しくはないんだけど。今こうやって話せてるから楽しいし。」
暗い空気を感じ取られたくなくて、会話を移そうとしたが、彼は話題の切り替えに乗ってこない。
「なにかあった?」
首をひねり、天井を見上げる。少し息をついた。
間をおいてまで考えたが、別に何もないのだった。
「本当になにもないんだ。ただ、人って社会の生き物だから。私は一人で行動するのが好きだし、店とかもひとりで行くけど、たまに人と喋りたくなる。それは、ヒトっていう動物が社会の生き物だからだと思う」
「それはそう」
納得したらしい。英語でそこそこ言語化できた自分を、内心褒めつつ、落ち着かなくて言い添えた。
「君をカウンセラーみたいに扱いたいわけじゃないんだよ。だから気にかけてくれなくていいよ」
「なんでそう思ったの」
「どうして悲しいのか聞いてきたのが、こう、心配してくれているように感じて。暗い空気を感じ取ってたら悪いなと。人は人のことをカウンセラー扱いしちゃいけないと思うから。人はあるがままで良いわけだし」
「そんな気にしなくていいのに。別に、ヒトのことをカウンセラー扱いしてもいいんだよ。みんな、誰かをカウンセリングする義務がないことくらいわかってる。強制させてるわけじゃなく、そうしたいからそうするだけで、みたいな」
自分よりも2歳は年下で、語尾の「みたいな」に若者らしさが滲んでいるのが気になるが、それでも海外の大学生はずいぶんまともだなと思った。自分よりも、ヒトとの距離感、境界線の引き方に長けている気がした。
それにしても、知らない考え方だった。
人のことを便利に都合よく使っちゃいけない、というのが今の自分の考えだ。愚痴を聞かされると、「ゴミ箱にされた」と感じる。人はあるがままで良いわけだから、相手になにかケアを求めるのは望ましくないと思う。
だけど彼は、「ヒトは在り方を選択している」わけだから、好きにふるまえばいい、というスタンスだ。
主観的な見方しかしない自分と違い、それを受け取り、応答する側である彼の目線から、「自分だってこうしたいからこうする」と、立場を選んでいることを明示され、目からうろこだった。
なるほど。愚痴を聞かされ、人を励ますとき、私はいつも、都合よく使いやがってと腹を立てたりしたが、私はそのケア役割を「選んで」担っているわけか。
彼のカウンセリングが続く。猫はいるよ、と答えてから、少々言葉に詰まる。
「あれ、猫じゃ埋まらない?」
埋まってる埋まってる、飼い猫のこと愛してるし、と返す。
話は自然と彼の恋バナに移っていった。
「今度日本に行くとき、日本人の好きな子に会いに行くんだよね。性格が好きで」
「なんかロマンチックだね」
「どこが。ただ会いに行くだけだよ」
拒絶されたらショックだなあ、とぼやいている。きっとうまくいくよ、と励ました。ニュージーランドに留学に来ていた女子らしい。
「それで、君は好きな人いないの」
「いないよ。必要かな」
「確かに楽しいね。でも、恋愛のプロセスがあんまり好きじゃない。考えてしゃべったりしないといけないし」
「それは、今まで良い関係を築いてこれなかっただけでは?」
どうやら2個目のアドバイスをもらってしまったらしい。確かにその通りなんだけどさ。でも本当に言いたかったのは、恋愛のプロセスの中、もしくは先に、自分の体を当然のように要求されることの不健康さだった。まあでも言わないことにした。
その後も、気だるげだがポップコーンがポコポコ跳ねるように、軽いフットワークでいくつか話題をまたがり、「もう寝るわ」の声で通話の幕は閉じた。
切り際、「自分にバラでも買えばいい」と言われたから、「買う買う」と返す。
「買ったら写真送って」というので、「それは約束できない」と目を逸らすと、「それじゃあ意味ないじゃん」とごねられる。
その中でも上手いなとか下手だなとか勉強になるなとか色々思うんだけど、フラットな場所からそれが始まる時に(会社とか家族とかじゃない対人関係)まじでこっちにコストかけまくりなのに自覚のない人が嫌すぎる
そもそも顔とコミュ力で稼いで飯食ってる自分からするとプライベートで会話にいちいちプロレベルのスキルを発揮してリソース割きたくない(会話したくない0にしたいのではなくお互いが負荷のかからない範囲で楽しく会話したい)
仲良くなって信頼関係があっての話は全然別、産んだことないけど子供とか絶対的な経験値の差がある相手として別、土台が違うし
まぁ人生で負荷のかかる会話はどう足掻いても避けられないので負荷がかかると分かってコストを引き受けながら突き進む選択をとって互いに歩み寄るのも必要と思う、それが愛だとも思う
端的に言うと初対面で会話の噛み合わない人、まじでぶん殴りたくなる、あなたがどんな劣悪な環境で生きてきたかとか、逆に仕事場の上司がどれだけ良い人かとか知らん、求められてもない下手くそな電車の写真とかクソほどどうでもいい、むしろ天気とか最近のニュースとか当たり障りのない話をしてくれ頼むから初対面だぞ俺らは
会話の内容が距離感バグならまだ救いがあるけど、ガチで頓珍漢すぎるキャッチボール辞めてくれほんまに、世間話で最近ピラティス始めたって言ったら得意なポーズは?とか聞くな辞めろ、何も知らないなら知らないと言え、ヘラヘラするなおもんないわ、休みの日とか何してますか?って話題で読書好きですねって答えた人に自室を図書館に改造しないんですか?ってみんなほんま困惑してたぞ、何の話なんだよまじで、お前の投げた脈絡のないボールをこっちが上手く取れなかったことを全部がこちらの過失みたいな反応辞めろ、お前が滑り散らかしてんのよ、お前が自分のケツを拭け、会話の要介護3認定です、施設にぶち込むぞ
なんで初対面のお前ごときにこっちがプロ野球のスーパーキャッチ熱盛プレイせなあかんのや、三十路超えて辞めろ人間辞めろ恥ずかしいわ
こういうの感じた瞬間、コミュニケーションの搾取と捉えてしまって一気に萎えて口聞きたくなくなる、適当な相槌でその場を離れるし普通に会話流すし無視するし、でも無視したら無視したで私が悪いやつになるし、こいつに指摘するほど仲良くもないけど今後もこいつが人里に居座る限り次の被害者出てくるんかって思ったら全員息の根止めてみじん切りにして東京湾にばら撒こうかなって、お金払って参加してる集まりとかだと虚しすぎて物理的に暴れ散らかそうかなって思う
まぁみんな練習して試行錯誤してぶつかって失敗して学習して対人能力磨くんだよなって死んだ目で眺めてる、上には上がいるから私も他人にそう思われてるだろうし人間の下見てもキリないし、にしても初対面の年上に練習台にされる謂れはないよなとか、店構えてるプロの料理人とプライベートで出会った時にタダ飯作れって強請って自分のマズい飯を無理矢理食わせて全部断られたら極悪人!酷い!って地団駄踏むのかよっていう
人間のこと好きだし多種多様な人間がいて色んなコミュニケーションの形があって毎日素晴らしいと思うよ、でも人様に心理的負担を押し付けてまですることか?と自問自答が止まらない
息子6歳 園児
頭の中に常にマイルールがあり、なぜ他の人はそれがわからないんだとナチュラルに思ってる。自分の認識と他の認識が違うことを理解できてない節がある。人から言われる注意を自分への攻撃ととらえてほとんど聞き入れない。彼の中で理屈に納得すれば聞くこともある。
皿の持ち方が悪い。
「猫がけ」という持ち方がわかるだろうか、人差し指を皿の縁に引っ掛けて親指を下の方にする持ち方のことだが、我が子は指4本をほとんどさらに突っ込むようにして縁にかけて、親指を下にして持つ。
それであまり持ち上げられないのでほとんど犬食いのように食べる。
しかも箸もフォークも下手なので、皿に添えた手でそのフォローをして食べ物触りながら食べてる。
親指を上にして持てと注意しても数秒後には元の持ち方に戻ってる。
真面目に注意を始めるとしつこくなり、互いに最悪の雰囲気になる。だから今まで一度二度注意するくらいにとどめてきた。
親指を上の方が持ちやすいからそれが正しいやり方だと伝えても、指4本のほうが楽だからこうするのだと答える。彼の中で親指が上が良いと納得しないから従わない。「マナーだから」で聞くことがない。
昨日の夜はスパゲッティだったが、4本指で縁引っ掛けて麺をいじりながら食べるその様子にあまりにイライラしてしつこく注意した。親指が上で添えるだけと言っても5秒しないうちに同じポーズに戻るので何度も何度も言って、息子も嫌そうな顔をしてまた同じポーズに戻る。最後は怒鳴った。食べ終わるまで直らなかった。連れ合いは嫌な目に遭えば自然と直るからほっとけと言うが直る気がしない。
これどうしたらいいの?
穏便に治したいよ。
比べちゃいけないけど、自分の頃って親のやるように真似してやらなかった?注意されたらそうなんだって従わなかった??
誰か理屈で親指上がいいってどう説明したらいいか教えてくれよ頼む
これに限らず、息子のマイルールが強固すぎて扱いづらい子と感じてる。
マイルールをすぐ始めるため、ルールがある遊びができない。例えばキャッチボールするとして、投げ返すルールが頭に入らずトンデモ方向に投げて一人やったーと喜んでたりする。投げ返すんだよと言うと何かを押し付けられたような反応をしてキャッチボール自体やらなくなる。キャッチボールしたかった/したくなかったとかではなく、これは例え話で、すべてにおいてこの調子である。だからなにか上達したこともはまったこともない。
何度も発達になにかと思ったが、どこかに相談するたびにそこまでではないと否定されてきた。
せめて基礎マナーだけでも聞き入れてほしい。どうやったら聞き入れてくれるんだ。
子育てわかんないよ。
息子6歳 園児
頭の中に常にマイルールがあり、なぜ他の人はそれがわからないんだとナチュラルに思ってる。自分の認識と他の認識が違うことを理解できてない節がある。人から言われる注意を自分への攻撃ととらえてほとんど聞き入れない。彼の中で理屈に納得すれば聞くこともある。
皿の持ち方が悪い。
「猫がけ」という持ち方がわかるだろうか、人差し指を皿の縁に引っ掛けて親指を下の方にする持ち方のことだが、我が子は指4本をほとんどさらに突っ込むようにして縁にかけて、親指を下にして持つ。
それであまり持ち上げられないのでほとんど犬食いのように食べる。
しかも箸もフォークも下手なので、皿に添えた手でそのフォローをして食べ物触りながら食べてる。
親指を上にして持てと注意しても数秒後には元の持ち方に戻ってる。
真面目に注意を始めるとしつこくなり、互いに最悪の雰囲気になる。だから今まで一度二度注意するくらいにとどめてきた。
親指を上の方が持ちやすいからそれが正しいやり方だと伝えても、指4本のほうが楽だからこうするのだと答える。彼の中で親指が上が良いと納得しないから従わない。「マナーだから」で聞くことがない。
昨日の夜はスパゲッティだったが、4本指で縁引っ掛けて麺をいじりながら食べるその様子にあまりにイライラしてしつこく注意した。親指が上で添えるだけと言っても5秒しないうちに同じポーズに戻るので何度も何度も言って、息子も嫌そうな顔をしてまた同じポーズに戻る。最後は怒鳴った。食べ終わるまで直らなかった。連れ合いは嫌な目に遭えば自然と直るからほっとけと言うが直る気がしない。
これどうしたらいいの?
穏便に治したいよ。
比べちゃいけないけど、自分の頃って親のやるように真似してやらなかった?注意されたらそうなんだって従わなかった??
誰か理屈で親指上がいいってどう説明したらいいか教えてくれよ頼む
これに限らず、息子のマイルールが強固すぎて扱いづらい子と感じてる。
マイルールをすぐ始めるため、ルールがある遊びができない。例えばキャッチボールするとして、投げ返すルールが頭に入らずトンデモ方向に投げて一人やったーと喜んでたりする。投げ返すんだよと言うと何かを押し付けられたような反応をしてキャッチボール自体やらなくなる。キャッチボールしたかった/したくなかったとかではなく、これは例え話で、すべてにおいてこの調子である。だからなにか上達したこともはまったこともない。
何度も発達になにかと思ったが、どこかに相談するたびにそこまでではないと否定されてきた。
せめて基礎マナーだけでも聞き入れてほしい。どうやったら聞き入れてくれるんだ。
子育てわかんないよ。
昨日の仕事中、今まで関わったことが無い人からいきなり「聞きたい事があるからオンラインミーティング出来ませんか」とチャットが来た。
忙しかったので要件を教えてくれと答えたら、私が担当している業務に関連していることが知りたいらしいのは断片的には分かったが、具体的に何が目的でどういう事を知りたいのかがさっぱり伝わってこない。
伝えてくるのはひたすら断片的な事。要は何が知りたくてそれを聞いているのかさっぱり分からないし、聞かれたことに答えてもそれに返ってくるのはさらに頓珍漢な内容。
だからこちらから「こういうことですか」「この話ですか」と何度も何度も聞いてキャッチボールをして、ようやく求めている物は大まかには分かった。
「つまり新しくこういうものが導入されたからそれに対応して欲しいというご依頼でよろしいですか」と聞いてもなお「順次導入が進んでいて今月中に全部完了です」としか言わない。だから何なの?何が言いたいの?
「現時点のもので構わないので急ぎ対応して欲しい」とか「○日までに導入が完了するからその後○日までに対応して欲しい」とか、分からないにしても「何日ぐらいで出来そうですか」とか「どこ経由で依頼を出せばよいですか」とか、何か言う事はあるだろうに。
あまりに要領を得ないのでもう無視してやろうかとも思ったんだがトラブルになると余計に面倒なので「これに対応して欲しいという事ですよね、いつまでにやらなければならないのか確認して教えてください」と送ったらようやく「上司に聞いてきます」とのこと。
別にそこまで重いタスクでもないので気を効かせて対応してやることも出来なくは無いのだが、正直ダルすぎるので次の連絡が来るまでは忘れることにする。あそこまで人に用件を伝えるのが下手な人ってマジでどうやって仕事してんのかね。
知り合いや微妙な関係の人で、他人を喜ばせるために質問する人がいる気がする。
何度も「ローグライクって何?」「心理学で心が読めるんでしょ?」とか、私が過去に話したことをフックとして、質問してくる人がいる。
これが嫌になってきた。
本気でそのものついて知りたいのではなく、私が必死こいて説明している姿を見たくて質問しているんだなと。
毎回「自分で調べたり遊んだらわかりますよ」と言うのだけどやっていなさそう。その「他人に聞けばいいや」感もいやですね。
まとめて、
その人が欲しいのは「物事の情報」ではなく「円滑なコミュニケーションをしたという感覚」「相手が流暢に喋ったという出来事」なのだと気づいた。
だからお決まりのネタのように同じことを何度も聞いて「クリティカルな質問をして他人を喜ばせた」という記憶だけ覚えているんだろうな。
私はね、ピッチングマシンとキャッチボールしたくないのですよ。いや私がキャッチングマシンなのか・・・?
以下は個人的に思う「2~3度聞いたらもう聞かないでほしい」リスト。
「趣味何やってる」→前と変わってないよ。
「〇〇って何ですか」→自分で調べなさいよ。
「○○って今もやってるの?」→回答に困る。年1スパンでもやっている判定にしていいのか、毎日やっていたり考えたりしないと継続判定から外れるのか。自分で引退宣言しないとずっと継続していると思えるから、引退していない限りずっと今でもやっています。
「彼女いる?」→何度も聞くってことは何か紹介してくれるんですか?童貞いじりとかも卒業したら記念日として祝ってくれるんですか?
で?
AI に置き換わるんじゃないんですかー? すかー? すかー? w
IT 人材って、ディスプレイの前に頭が一つ据えられてればいいってものじゃねーんだわ。
ってそこら辺歩いてる兄ちゃんにキャッチボールやらせてメジャーリーガーに仕立て上げるの、無理でしょ?
人間、できることとできないことがある。
リスキリングすりゃなんでもできるようになる。
わけがない。
今ですら、IT人材っていう名札つけてるだけのポンカンがドヤ顔してディスプレイの前に鎮座してて、「地獄のスパゲティ☆フジツボ重ね♡」を粗製濫造してるのに、これに加えてスパゲティを茹でることもできない「人材」がAI担いで入ってきたら、崩壊する。
現に米の国ではAIベビーシッターとか想像通りの仕事が増えつつあるようだし。
ちょっと想定よりは早かったな、という気がしなくはないけど、それだけ調子に乗ってアホみたいにAIでコードを大量出力させたんだろう。
建築とか機械とか、実際に物理的な構造が見えるものと違って、システムは目に見えないロジック、タイミング、リクエスト、データ移動の塊。
それが見えない、気付けない、考えられない人にはそんな世界があるとか想像もできないから、できる人との差が認知できないのよな。
そんなのが、自分が見える範囲で生成AI使ってプログラムをよってたかって大量生産するってのは見えない力を弄ぶようなもので、デーモンコアとか違法投棄されたレントゲンの放射線源をいじくり回しているようなもの。
死ぬで。
見える世界の差ってのは、街角の将棋愛好家の読み手と、A級棋士の読み手の差と言ってもいい。
「俺も藤井7冠と同じ、初手7六歩だと思った」
の、「俺の7六歩」と「藤井7冠の7六歩」は、結果だけ見りゃ同じ「7六歩」でも、その裏の読み手の厚さ、裏付けの差は圧倒的なんよ。
で、何? 79万人?
これでメンテに手間暇がかかるコードを大量生産したら、さらに人が足りなくなるんだよ。
んだよ。
東京の電車内やオフィスで、目的も結論もない雑談が延々と続く光景を見かけると、関西出身者は「オチがない」「何が言いたいのか分からない」とイライラすることが少なくありません。しかし、この一見無意味に思えるコミュニケーションの背景には、東京ならではの社会的・言語的な文化が息づいています。
まず、東京人の会話は「ネガティブ・ポライトネス志向」に強く支配されています。言語学者・吉岡泰夫の研究によれば、首都圏では相手のネガティブ・フェイス(自己領域の維持)を尊重するために、過度に踏み込まず、相手に結論や反応を強制しない「礼儀正しい間」の取り方が重視されるのです。その結果、話し手も聞き手も相手の領域を侵さないように配慮するあまり、会話の終着点をはっきり示さないまま話題を継続する傾向が生まれます。
一方、大阪などでは「ポジティブ・ポライトネス志向」が強く、相手との一体感を重視して積極的にツッコミや乗っかりを行い、共に話題を膨らませる「ボケ・ツッコミ」のキャッチボールが会話の基本です。相手が何を伝えたいのか常に確認し、協調的に結論まで導くことで、お互いが納得感を得るのです。これに対し、東京では「話題を膨らませる」よりも「話す自由」を重んじ、聞き手はあえて質問や反応を控え、話題の主導権を完全に話し手に委ねる文化があります。
さらに、東京は人々が多様なバックグラウンドで混在し、日常的に見知らぬ他者と雑多な接触を繰り返す匿名都市です。この環境下では、会話が「情報交換」ではなく「存在の可視化」や「関係維持」の手段として機能します。結論を共有しなくても「あなたの存在を認識しました」というメッセージが伝われば、それで十分なのです。したがって、オチのない話が続いても、不快よりもむしろ「つながっている感覚」を得るひとつの方法なのです。
結果として、東京人は結論やオチを求めず、相手との距離感を保ちながら延々と話し続けることができるのです。これを「無駄」だと切り捨てるのではなく、ネガティブ・ポライトネスと都市的匿名性が作り出す、東京ならではのコミュニケーション様式だと理解すれば、むしろその静かな空気感こそが、都会での調和の鍵であると気づかされます。
昨年あたりから、川口・蕨エリアに住んでいるというと、「治安悪いんでしょ?」と言われることが増えた。ネット上の切り抜き動画を見ると「キケンな町」だと思うらしい。昔、このあたり出身の星野源が「住宅やら赤ちょうちんしかないような場所」と形容したように、たいした特徴のない街だ。
しかし、ここのところ、大きな変化が1つ。拡声器で口汚い言葉を叫ぶ、市外の活動家たちが駅前にやってくるようになったのだ。さらに、それに反対するために、口汚い言葉で言い返す活動家までやってくる。
当然、罵詈雑言の投げつけ合いが起こる。言葉のキャッチボールじゃない。撃ち合いだ。右から飛んできた弾でも、左から飛んできた弾でも、耳に流れ弾が直撃すると、不快きわまりない。
昨夜、改札を出たら、こんな声が聞こえてきた。
―日本人がぁ、1番でいいんでぇす!!
―(ヤジ)そうだー よく言ったー
―(ヤジ)うーそつき うーそつき レイシスト帰れぇ!
マジうっせえ。お前ら、まとめて黙れよ。どうせ、市外から来たんだろ、帰れよ。
この夏、地域を愛し、地域のために働く「市民ファースト」の人たちが一生懸命準備した祭りの日にまでやってきて、ギャアギャア言いやがって。お前らが、内輪にしか届かない罵詈雑言ばらまくと、地域がギスギスすんだよ。気づけよ。
だいたい、しばき隊とか言うヤツらもうっせーよ。お前らが口汚い言葉でギャアギャア反論すると、騒音レベル上がるから、別のアプローチしろ。
そして、河合ゆうすけ!しかめっ面で駅の周りうろうろして、誰かを叩いて、発信して、議員の手当てもらえるのかよ、いいな。スーパークレイジー君も当選した戸田市で1度だけトップ当選したからって、民意を得たと勘違いしやがって。おい、戸田市民、そちらの市議がこちらにやってきてとんだ迷惑だよ、なんとかしろよ。市境、越えさせるなよ
そして、彼を囲むヤツら、「そうだー」「そうだ-」とか同調してるけど、まず、髪の毛洗えよ、歯を磨けよ。デモの日、駅前がくせえんだよ。差別じゃない。事実だ。言葉の流れ弾並みにキツいわ それだけで体感治安、さらに悪くなる。
ネットの断片的な情報見て、覚醒したのかもしれないけど、まず、自分の面倒見ろ。そこに混ざって叫んでいたら、今ここにある孤独や不安は癒えるかもしれないけど、帰属するところ間違っているぞ。その活動、恋人や家族や同僚からは敬遠されるぞ、絶対。名門の大学出て、お笑いでたいした人気もでず、「ヘイト」という道に活路を見出した男に魅せられたって、あいつは人生の責任とってくれない。
ここまで読んだら、絶対何人かは「危機感のない、バカが書いている」とか「かの国の人だ」とか言い出すヤツいるだろ。地域を愛する「市民ファースト」の日本人だよ。市外の活動家、蕨・川口に来るな!出てけ!
国宝の原作小説を読んだので、満を持してという感じで観に行くことにした。
国宝のネタバレをふんだんに盛り込む予定なので未鑑賞・未読の人は薄目で読めばいい。
とりあえず調べる。最寄りの映画館で13:00からの回がある。
空席も・・・・ある。が、後ろ半分がほぼ満席で、前半分しか空いてない。スクリーンに近いと観づらいのだろうか。
前半分であれば選び放題の状態だったので、通路側にするか中央部分とするか悩ましい。
3時間の大作・・・・ 耐えられるだろうか。耐えられない場合に備えて通路側にすべきだろうか。
事前にクレジットカード決済をすますこともできたが、念のために現地で決済することにした。
念のためにってなんだよ、と自分でも思うが、急に倒れたりするかもしれないじゃん?つまりそういうことだよ。
まぁとにかく鑑賞直前に支払うのだ。予約完了のメールを確認し、映画館に出発した。
目指すは終点の駅。駅は商業施設のビルと一体化していて、その最上階が映画館になっている。
普段はあまり使わないけど、元気さえあれば退勤後にレイトショー観てから帰宅することも出来るはず。
通勤の定期で行ける範囲に映画館があるって、よく考えたら便利だな。
ビルにはたどり着いたが、映画館で飲み物を買うとお高いので、地下にあるスーパーで買うことにする。どうだ賢い消費者だろう。
それと「餅が尿意を抑える」という昨今、小耳にはさんだ小技は本当なのかを確かめるべく、豆大福と草餅も買ってみる。
フードコートで遠慮がちに(持ち込みはご遠慮くださいと掲示があるので)大福を頬張る。美味い。豆がコリコリしてよい。草餅も普通に美味い。
同じビルで買ったものなんだから、持ち込みくらい許して欲しい。
映画館にたどり着く。
ロビー?というのか、カップル、友達連れ、家族連れの群れがいっぱいいてオッサン一人は居づらい空間である。
鬼滅のフィギュアが展示されている。人気なんですね。
早くスクリーンの座席に向かうべく、まずは発券機で支払いを済まそう・・・・とするとトラブルが発生。
支払い方法が現金だけなのに、現金が無い。クレジットカードはダメらしい。ペイペイもダメ。
交通系ICカードなら行けるらしいが、定期だけで生きてるので作ったことがない。詰んだ。
ダメ元で店員さんに聞いたら「その場合は現金だけなんですよぉ」とのこと。
「わかりました!急いで現金おろしてきます!」とダッシュしようとしたら、「今回は特別ですよ。予約番号を教えてください」とクレジットカードで決済してくれた。いいんかい。
発券してもらい、スクリーンに向かう。
まだ上映開始まで10分弱あるが、お客さんで結構埋まっていた。
自分の座席はその手前まですでに他のお客が席についており、あの人たちを掻き分けて行かないと自席にたどり着けない。
"真ん中の席を予約した者は一番に座席に着くのがマナー"みたいなのがあるとしたら、明らかに俺はギルティであろう。
あぁ、もっと早めに来るべきだった。大福を食ってる場合じゃなかった。
「すぅぃませぇぇ~ん」みたいな情けない鳴き声をあげながら通して頂く。
自席にたどり着き、ボトルのコーヒーをホルダーに置き、スマホの電源を切る。
メガネを遠く用のヤツに掛け替える。
「遠近両用の奴が便利だ」と以前に増田で指摘を受けた気がするが、いまだに2つを使い分けている。アドバイスを活かしてなくてごめんね。
後は上映を待つだけだ。
しかし、予告編はともかく、何で金を払って来てるのに広告を見せられなきゃならんのだ?
お前はなんの権限があって俺の休日に割り込んでくるんだよオートバックスめ。なるべくイエローハットに行くことにしよう。
あ、「爆弾」と「ブラックショーマン」面白そうだな。いつか観よう。
そうこうしているうちに、やっと始まったよ「国宝」
以下、国宝についての、感想やらの走り書き。ほぼ、原作との相違点についてだけど。
史跡料亭といって珍しいモノらしいが、映画では何も触れられてないな。
長崎にモデルになった料亭があるらしいけど、名前は忘れた。きっと、映画の効果で大盛況だろう。
原作では辻村の裏切りが描かれるけど、辻村自体が出てこない。なるほどねぇ。
ということは、終盤の告解?のシーンも無くなるのか。
原作を読んで、これがどうしたら3時間に収まるんだ?と不思議だったけど、こうなるんだな。
思い描いた宴会と関の扉の様子が映像として観れたのは感動した。
学校での復讐劇がない!尾崎も出てこない!仇の組長の説明もない!これはまぁ、いいや。
徳次は出てくるけど、冒頭だけ!これはショック。
じゃぁ綾乃のために指詰めるシーンとか、白河公司とか丸っと無くなるじゃないか!まぁ仕方ない。
それと原作小説は語り手がいい味だしてたと思うけど、これも省略されていて残念。
「ふつつかものですが・・・」のセリフをマツに仕込まれたはずだけど、マツの姿が無いな。
マツが出てこないから、ジャガーのくだりもない・・・ まぁあれも略してもいいか。
渡辺謙も色々やってきたんだろうけど、歌舞伎やらされて流石に緊張したんじゃないかなぁ 本人はなんて言ってんだろう
俊ぼんと喜久雄のインタビューの時、グローブとボールは持ってたけど、キャッチボールはしてないよな?
仕方なく削ったからグローブだけは持たせとこうということだろうか。
原作でも「春江と俊ぼんが?」みたいな感じだったけど、映画でもかなり唐突。
しかも春江が導く感じになってなかったか?曾根崎心中とリンクさせる演出の都合だろうか。
復帰する俊ぼん。落ちぶれる喜久雄。展開早い。
映画出演のくだりがまるっとカットされたけど、撮影中にボコボコにされる情けないシーンは地方での営業?のシーンに形を変えて盛り込まれていた。
あれそんな重要かなぁ?「舞台に侵入する客」は重要だったと思うけど。
原作では旬ぼんの苦労として描かれていた気がするので、映画の喜久雄は割りを食っている気がして気の毒である。
まぁ、旬ぼんも怪猫の見せ場、ほとんどカットされてたからお互い様か。
その後、喜久雄の復帰に寄与するわけでもなし。原作では新派への移籍のきっかけを作る重要な役回りだったんじゃ?
徳次や弁天を丸っと削るくらいな彰子を削るでもよかったじゃろ!監督の趣味なんじゃないかと邪推したくなる
万菊のおかげでヌルっと喜久雄、復帰。殴り合いの喧嘩別れした俊ぼんとも何となく和解。この辺はモヤモヤしたな。
急に足を切断する羽目になる俊ぼん。そりゃ春江も取り乱すわ。
右足もすでに壊死しているのが曾根崎心中の上演中に明かされるのは面白かった。
SAGIMUSUMEもまるっと省略か・・・ これはまぁ納得ではある。原作でも浮いてた気がする。
喜久雄の狂気がどう描かれるかが気になっていたけど、あんまり触れられてなくて残念。
3時間・・・ 隣の席の人が「あー 長かったー」とつぶやいていた。
確かに長かったんだけど、「え、もう終わり?」という気持ちもある。これは原作を読んだゆえの感想だろう。ふふ、ちょっと優越感。
大福が効いたのかはわからんが、トイレに立たずには済んだ。途中ちらほら、席を立つ人がいた気もするな。
帰りにちょっと散歩して、晩御飯を買って帰ろう。今日はサンマにしようかな。
何が言いたいのかというと、映画って本当にいいもんですね、という話