はてなキーワード: 不正解とは
SNS上で、掛け算の順序指導(「2×3」と「3×2」の順序にこだわる指導)を巡る激しい議論が10年以上も続いています。 現場の先生方は「文章題を正しく読み解く力をつけたい」という誠実な思いで指導していますし、それに反対する数学者や保護者の方々も「数学的な正しさを守りたい」という強い正義感を持っています。なぜ、これほどまでに話が噛み合わないのでしょうか。それは、双方が「相手が間違っている」と言い合っているようで、実は「全く別のゲーム」の話をしているからです。この対立の構造を整理した上で、実際にその指導が子供たちにどのような影響を与えるのか、教育的な「メリットとデメリット」を冷静に評価してみましょう。
掛け算の順序問題には、大きく分けて二つの視点(土台)が存在します。
順序指導に反対する多くの人々は、「結果としての正しさ」を見ています。 数学の世界には「交換法則」という絶対的なルールがあります。2×3も、3×2も、答えは同じ6です。 彼らにとって、順序を入れ替えただけでバツにする行為は、「2個のりんごが3皿ある」のと「3個のりんごが2皿ある」ので、合計が変わると言っているようなもので、数学的な真理(合計は変わらないという事実)への裏切りに見えるのです。
一方、学校の先生が見ているのは、計算の結果だけではありません。「日本語の文章を、数式という言葉にどう翻訳したか」というプロセスを見ています。例えば、英語の授業で「私は彼を蹴った」を訳すとき、「Him kicked I(彼 蹴った 私)」と書いたら、たとえ単語の意味が合っていても文法ミスでバツになりますよね。 これと同じで、まだ掛け算を習いたての段階では、「文章の中の『ひとつ分の数』と『いくつ分』を正しく読み取れているか」を確認するための「教室内の文法ルール」として順序を見ています。
片方は「手順通りに作れたか」を問い、もう片方は「美味しいカレーができたか」を問うている。評価の基準(=土台)が全く違うため、議論は平行線をたどります。
では、実際に「順序が違うからバツにする」という指導は、子供にとって良いことなのでしょうか? 短期的視点と長期的視点から分析します。
この分析から言えることは、順序指導には「導入期の理解チェック(短期)」としては一定の合理性があるものの、「数学的な概念形成(長期)」においては副作用が大きいということです。この不毛な議論を終わらせるためには、双方が歩み寄る必要があります。
「正しいか間違いか」の戦争をするのではなく、「今のチェック方法は、子供の将来にとって本当にプラスか?」という視点で、指導のあり方を見直す時期に来ているのかもしれません。
センター試験の本番の現代文で満点をとったこともあるのに、「お前の日本語は不自然だ」といつも言われてしまう。
センター試験の現代文は「文章に書いてあることを、書いてあるとおりに理解しているか」を問う試験だ。
例えば次のような問題があったとする。
この問題の正解はAだ。
「本をよく食べる」なんて表現は一般的なものではないが、本文にそう書いてあるならそれが正解になる。
想像力が豊かな人は「『本をよく食べる』というのはきっと『本をよく読む』の比喩なんだろう」と考えてBを選択してしまうかもしれない。
もしかすると素材文の筆者も、そのつもりで書いたのかもしれない。
しかし入試現代文においては、Bは不正解である。なぜなら「本をよく読む」という記述はないからだ。
入試現代文の世界では「書いてあることがすべて」であり、「書かれていないことを勝手に想像してはいけない」というのが正義だ(と予備校の講師が言っていた)。
予備校の講師によれば、この考え方はテクスト論というものに基づいているらしい。
この講師は次のようにも言っていた:入試問題の題材になった文章の筆者が模範解答に文句を言うことがあるが、これはお門違いである――問題の作成者は文章から読み取れることだけをもとに設問と模範解答を作っており、それが筆者の意図と異なるのであれば、それは筆者の書き方に落ち度がある。
受験生だった私は、この考え方に感銘を受けた。
自分は、誰が読んでも正しく意図が伝わるような文章を書けるようになりたいと思った。
センター試験の現代文で満点を取れる程度にはこのテクニックを習得できた。(難関大学にも合格した。東大は無理だったが……)
受験が終わってからも、このテクニックから逆算して、正しく読解できる文章を書くように心がけてきた。
文章を正しく読解する能力と、正しく意図が伝わる文章を書ける能力。 この2つを身につけられたと思っていた。
就活の面接官や職場の上司などに言われたことを以下に列挙してみる。
さらに言うと、私は前述の言葉を投げかけてきた人たちの書く文章をうまく読解することもできなかった。
それに、彼らの書く文章にこそ問題がある――曖昧であったり、そもそも必要な情報が記述されていなかったり――と、自分は認識している。
でも自認なんて関係ない。 なぜなら正しさを決めるのは立場が上の人間なのだから。
一般的に自然とされるような文章を正しく読解することもできない。
リーディングとライティングすらできないやつが、当然リスニングやスピーキングができるわけもなく。(そもそも口下手だったからこそライティングで挽回しようと思っていた)
誰か早く俺を殺してくれ。
・同キャラ同カラーは流石に無い。自分だと思ったら他のプレイヤーだったり人狼間違えたりで致命的なミスを誘発しまくる。
・人狼不正解だと金箱貰えないから放置する奴居る。俺もそうしてる。
自分が間違えてパートナーが正解した場合、完全にボランティア奉仕活動だから。勝ったら貰えるけど負けたらゼロですよゼロ!やる気しねー。
HP減っても回復しない、敵の攻撃やスキル避けれないパートナーと一緒に戦っても勝てないんだよね。
攻撃を避けられないパートナーをこっちでカバーしても自分が手一杯の時はパートナー死ぬんで、カバーしても下手な奴は結局死んじゃうんですよ!ヘタだから。
結局死んじゃうんなら、助けた分の攻撃を全部ボスに使えば勝てたよねこの試合って話。
ボスに狙われて自分で何とか出来ない人って、無理なんだよね。何度もやられて学んでくれって言うしかない。
【俺のガイドライン】
・最初の部屋で死んで正解→いちおう頑張る(相手次第。無能なら放置)
・最初の部屋で生きて正解→全力出す(相手次第。俺だけ頑張っても意味無いんで放置)
やっぱ作り悪いよこのゲーム。戦闘の作りは優秀だけど仕様回りが本当にダメ。
捨て試合の判断迫られたり、障害物あるとワープ出来ないから確殺されるとか、勝手に動き回るキャラとか、そもそもそういう所がダメだから!
パートナーの気分と理不尽な部分に左右されるのが本当にダメ。 駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目!!!!!ダメッ!
何もしない放置プレイヤーが多い。まあ理由は判る。光側にメリットが無い。
戦闘の条件を達成する事で金の宝箱ってレア素材が貰えるんだけど、物によっては転売で大儲け出来るからみんな欲しいのよ。
光側は「最初の部屋で生き残った+1」、「人狼正解+1」、「ボス戦で勝利+1」で、
もし最初の部屋で死んで人狼不正解なら、勝っても一個だけ、負けたらゼロ。 この条件で戦りたい人居る?居ないっしょ。
戦闘終わらせようと味方攻撃するとキチガイの癇に障ってネットで晒されるから切断か放置しか選択肢が無い。
正直、仕様的には最初の部屋で全力出した方が金箱貰えるよな。ボス戦は勝てるか不確定だからみんな舐めてる最初の部屋で全力出した方が確実。
一方ボス側は「最初の部屋で皆殺し+1」、「ボス戦で勝利+1」、「プレイヤー沢山倒したで賞??+1」だから超美味いのよ。
要するに人狼だってバレても良いから最初の部屋で皆殺しにした方が金箱貰えるしボス戦で残機も減るからメリットある訳。
人狼だって隠すコンセプトなのに、ゲーム破綻だよね。だって開始早々闇と光スキル重ねて確殺すれば良いんだもん。誰が攻撃したか表示されないからバレないし。
攻撃予告の2秒間の間に瞬時に判断と特定の個所にスワイプ操作を必要とされる (それが無理ならこのゲーム無理って作りなので、ゲームの方からプレイヤーをふるいにかけてる)
蘇生重ね打ちで確殺したりと対策を知らないプレイヤーは自分で気付くまで狩られ続けるwww完全に格ゲー。
ゲームはバカでも楽しめなきゃダメなんだけど・・・。恐らく1年でサービス終了すると思う。
・スタート時にHPバーが3本あって、最初の部屋で死ぬと-1本、人狼不正解で-1本。
公式の説明がイマイチ下手で、ハート(復活)システムがイマイチ判らなかったんだけど、ようやくわかって来た。
最初の部屋で死んで人狼不正解だと-2本だから、決戦時に死んだらそのまま終わり。
最初の部屋で生きてれば人狼不正解だと残り2本(1回生き返れる)、正解で3本(2回生き返れる)だから、絶対最初の部屋で死んじゃダメ。
絶対最初の部屋で死んじゃダメなんだけど、みんな重要性がまだ判って無いから最初の部屋が仮テスト会場みたいな感じでバタバタ死ぬんだよね。
基本死んじゃダメなゲームだから共闘って言うよりかは自分が死なない様に務める=勝利に繋がる みたいなゲームだ。 渋いなー。令和なのにシビアすぎるだろこのゲーム。
っていかなぜ俺を作った
親はなぜうんだ 得するため
この世の説明
人間やれってか
川の石みたいに転がれってか
なにしてもいい
ゲームだったら楽だった
仕事だったら楽だった
まあでも動物の森だったら おれ なにすればいいんだろってなってるかも
マリオだったら まあ 死ぬのが怖いから それを避けるためになんかやるのか
なにしてもいいっていうけど
いーや 死んだら終わりだから どうでもいいだろ
気分が落ちるのは副産物
脱意味化
答えがあると信じてるのは洗脳
前提で
白い世界 いったら なにもしなくなる
結局はなにやってもいいにたどり着く どれも
洗濯めんどい → 負担がでかい → 負担を減らす 全部やらなくていい
昔立てた目標をしぶしぶやってる しぶしぶ やる気ない
タマがぶつかり合う いろんな模様 ようまた会ったな それだけ
神のファーストショットのせい そっから流れるように動いてるだけ
まあやりたいことで来てるかって言われたら まあでも動いてるだけ
正解不正解ないけど 問題はとく やりたいから選んでるだけ 書いてるだけ
間違えるっていうか ただその選択を書きたいだけなんだよな
※ただの愚痴です
半沢直樹に出てきそうな感じの小さい会社で働いている後継者候補の自分が働いてて不安に感じることが数えきれないほどあるんだけど、その中でもトップクラスに不安なのが事業の持続性だ。
匿名とはいえあまり詳しく書けなくてもどかしいが、とにかく収益性が低くて年間の黒字額が小銭感覚でしか稼げていない。
幸いなことに当社は黒字を維持し続けているのだが、伸び代という点では赤字続きだ。人手不足が慢性化している我が国の産業で、生産性の向上は可能な限り取り組む必要があるのだが、それも現段階では頭打ちだ。
あと収益性があまりにも低いから、建物の設備更新が長く見積もっても弊社の規模では改革が難しい。移転でさえ建設費高騰の昨今では非常に厳しいところだ。間違いなく借り入れしなくちゃ出来ないので重たい決断をせねば。
正直なところ、このままだと自分の代で間違いなく廃業は免れない。
じゃあ後継者候補が色々やれば?という話だが、まず業界の規模がかなり縮小していて、大手でも前向きに事業に取り組めていない現実がある。だから、改革するなら事業を新しく行うことが目の前にある問題を解決する糸口だろう。
この先どうなるか分からないけど、このまま続けられるかかなり心配だ。社長(父親)も年々歳をとるばかりで自分がしっかりしなくちゃと思うのだが、伸び代がない業界にいたらそもそも自分にとってより良い人生になるのか疑問なので、もし自分に多額の資産があれば自分から廃業の道を選びたい(逃げの姿勢)
色々非難はされるだろうけど、こう考えている人は多いんじゃないかな?という気はしないでもない。
この道に正解不正解はないと思うので、今目の前にある仕事に集中してチャンスが来たら自分にとってより良い選択を選びたいなと思う。
※ただの愚痴です
半沢直樹に出てきそうな感じの小さい会社で働いている後継者候補の自分が働いてて不安に感じることが数えきれないほどあるんだけど、その中でもトップクラスに不安なのが事業の持続性だ。
匿名とはいえあまり詳しく書けなくてもどかしいが、とにかく収益性が低くて年間の黒字額が小銭感覚でしか稼げていない。
幸いなことに当社は黒字を維持し続けているのだが、伸び代という点では赤字続きだ。人手不足が慢性化している我が国の産業で、生産性の向上は可能な限り取り組む必要があるのだが、それも現段階では頭打ちだ。
あと収益性があまりにも低いから、建物の設備更新が長く見積もっても弊社の規模では改革が難しい。移転でさえ建設費高騰の昨今では非常に厳しいところだ。間違いなく借り入れしなくちゃ出来ないので重たい決断をせねば。
正直なところ、このままだと自分の代で間違いなく廃業は免れない。
じゃあ後継者候補が色々やれば?という話だが、まず業界の規模がかなり縮小していて、大手でも前向きに事業に取り組めていない現実がある。だから、改革するなら事業を新しく行うことが目の前にある問題を解決する糸口だろう。
この先どうなるか分からないけど、このまま続けられるかかなり心配だ。社長(父親)も年々歳をとるばかりで自分がしっかりしなくちゃと思うのだが、伸び代がない業界にいたらそもそも自分にとってより良い人生になるのか疑問なので、もし自分に多額の資産があれば自分から廃業の道を選びたい(逃げの姿勢)
色々非難はされるだろうけど、こう考えている人は多いんじゃないかな?という気はしないでもない。
この道に正解不正解はないと思うので、今目の前にある仕事に集中してチャンスが来たら自分にとってより良い選択を選びたいなと思う。
※ただの愚痴です
半沢直樹に出てきそうな感じの小さい会社で働いている後継者候補の自分が働いてて不安に感じることが数えきれないほどあるんだけど、その中でもトップクラスに不安なのが事業の持続性だ。
匿名とはいえあまり詳しく書けなくてもどかしいが、とにかく収益性が低くて年間の黒字額が小銭感覚でしか稼げていない。
幸いなことに当社は黒字を維持し続けているのだが、伸び代という点では赤字続きだ。人手不足が慢性化している我が国の産業で、生産性の向上は可能な限り取り組む必要があるのだが、それも現段階では頭打ちだ。
あと収益性があまりにも低いから、建物の設備更新が長く見積もっても弊社の規模では改革が難しい。移転でさえ建設費高騰の昨今では非常に厳しいところだ。間違いなく借り入れしなくちゃ出来ないので重たい決断をせねば。
正直なところ、このままだと自分の代で間違いなく廃業は免れない。
じゃあ後継者候補が色々やれば?という話だが、まず業界の規模がかなり縮小していて、大手でも前向きに事業に取り組めていない現実がある。だから、改革するなら事業を新しく行うことが目の前にある問題を解決する糸口だろう。
この先どうなるか分からないけど、このまま続けられるかかなり心配だ。社長(父親)も年々歳をとるばかりで自分がしっかりしなくちゃと思うのだが、伸び代がない業界にいたらそもそも自分にとってより良い人生になるのか疑問なので、もし自分に多額の資産があれば自分から廃業の道を選びたい(逃げの姿勢)
色々非難はされるだろうけど、こう考えている人は多いんじゃないかな?という気はしないでもない。
この道に正解不正解はないと思うので、今目の前にある仕事に集中してチャンスが来たら自分にとってより良い選択を選びたいなと思う。
某学術系オンラインコミュニティ(メーリングリスト)へ向けたjonの提言。
これはとても尊い。この行動は大いに支持する。
内容については賛同する側面もあれば、そうでない面もある。周囲からの対応についても思うところは大いにある。
Jon、君の未来のためにも、、、なんて言うとおこがましな。
どちらかというと俺が言語化したいだけだ。とても複雑で複合的な問題だからね。
ちょっと耳の痛い話もあるかもしれんが、良かったら少しだけ聞いてくれ。
そして、俺も匿名にさせてくれ。正直俺もビビってる。それに「誰が言うか」よりも「何を言うか」の方が大事に決まってるからな。お互い匿名で特に問題ないだろ。
経緯をざっくりまとめると
・某オンラインコミュニティに「女性限定の教員公募」の連絡が来た。
・jon yamadaが「女性限定公募は差別禁止を定めるアジェンダに反するから止めるべきだ」という内容を提言した。
・それについて、「女性限定」の公募の是非について意見がなされた。
・実際のjon yamadaの主論点は、過去の女性差別を「公募」で解消しようとすることの是非についてだった。
・その点について誰もコメントすることなく、運営から「学術的内容ではないため場に適さない。これ以上は止めろ。」と介入があった。
・その後も意見を表明するヒトが現れたが、再度運営からの介入で止められた。
こんな感じでいいだろうか。今回はjonに向けて書いてるので、リアルタイムに追えていないヒトは上手いこと察してくれ。当然だがもう少し各方面から複雑な意見が出てる。
まず本件の俺の感想は
「運営の対応が早かったことは評価する。だがそれ以外の状況はかなり悪い。」と言わざるをえない。
だがある程度やむを得ない事情もわかる。だからこうやって個人的に直接、見たいヒトだけが見れる形で伝えるしかない、と結論付けた。
まず最初に、なんならこれだけでいいからjonにわかってほしいことは、学会運営は完全に無償ボランティアだということだ。
当然だが全員研究したいから研究者をやっているのであって、学会運営なんて正直やりたくない。ただ情報交換やそのためのコミュニティは必要だから、みんな少しずつ無理のない範囲で貢献してる。その上で10年くらいに1回、大会の実行委員をやったりしてる。しかもそれを複数。イベント運営なんて普通プロがやる仕事を、手弁当でやってるんだぜ。信じられないだろ。素人イベントだから問題も増えてきてる気がするが、まぁそれは別の話題だ。
正直、面倒臭い意見なんて言ってくれるなと感じてるヒトもいるだろう。でも俺は学会が社会に意見する公器としての側面がある以上それは許されないと思ってる。マジで今、マトモで暇な人っていなくて無償ボランティアですらギリギリで回してるから、早い返事は求めるな。このままでは根本的にコミュニティが崩壊する。だれも学会運営を担えなくなる。それはjonにとっても本望ではないだろ?と信じてる。もしそうでないなら話はここまでだ。歴史的にも学会の分離独立なんてのはよくある話だから、自前でjon学会でも作ってくれ。
OK、俺が信じた通りjonもこっち側で安心したぜ。悪く言いたいんじゃなくて、良くしたいんだよな。
運営からこの件について意見するな、という簡単な説明だけがなされた。
これは正直最悪だ。そして、他にも意見したヒトはいるのにjonのときだけ強めに止めにきていると感じる。発言者や内容によって対応が変わるというのはあまりにも不公平がすぎる。
せめて、運営から裏で個別に怒られが発生していると信じている。
だがいっぽうで、運営が正式に意見をしようとすると、どうしても時間はかかるんだ。専任がいないというのは上で述べた通りだし、公器としての側面から個人の見解を発表するわけにもいかない。合議を取る必要がある。個人レベルでの対応が許されるなら返事は早いかもしれないが、相手にしない自由を行使されたって文句は言えない。
これに関しては、公式コメントや学会大会等で動きが出ることに期待しよう。
あとは、匿名の意見というのはどうあっても優先しにくい。背景がわからないから、多少はしゃーない。もう少し立場の説明はあっても良かったかもしれない。
で、徐々に内容に入っていく。
jonは受信者への心理的ストレスを理由に公募情報の制限を主張している。この感性は、とても利他的で優しさに溢れる良い主張だ。
正直、過去の女性差別なんて大抵のヒトがマジでなんの悪意もなく自然にやってきたことだ。今優れているとされるヒトも含め。
過去に差別してきたシニア層男性が辞めて、そのポストを過去に権利を侵害されたシニア層女性に渡すべき。それは本当にごもっともだ。だがそれは現実的だろうか。
それで後悔、反省して辞めてしまう責任感のあるヒトこそ、残って今後の状況改善に尽力してくれそうじゃないか?逆に「俺は大丈夫だ」と思ってるヤツこそ問題だろう。過去、現在、未来に対して有害だ。
それと、過去に下駄を履かせてもらったおかげで30年の経験を積んだラッキーだけで普通のシニア男性と、優秀ではあったものの女性差別によって職を得られなかった結果、成長の機会を奪われたシニア女性。専門職であり管理職でもある大学教授や研究所の主任研究員や室長クラスに就けるべきは、どちらだろうか。もちろんケースバイケースすぎるし、悩ましいくらいなら女性優先で良いと俺は思う。急にこういう施策をすると、組織の能力の平均値(測定可能とする)としては低下することが懸念されるであろう。
そういう意味で、jonの提言は理想主義的すぎて現実的ではない。過去に戻って差別のない採用に修正したうえで現在に戻る、しか手はないんじゃないかな。
そもそも差別の責任を雇用で調整しようという発想が悪手なのかもしれない。
ただただ否定するだけでもあれなので、多少マシな対案を考えてみた。
今大学の定年は65歳まで引き上げられているところが多い。これを60歳に戻して、その後の5年or10年間の雇用延長を公募制にし、その分の大半を女性限定や女性優先にする、というのはどうだろうか。決定権のある立場の女性には長く続けてもらって、部内や学会内で悪評の立っているシニア男性には早めに退場してもらう。
ちゃんと最後まで評価される行動が必要になって、「逃げ切り」という発想も防げるかもしれない。(評価されるヒトを残すことが本当に重要か、結局忖度になって全員そのまま延長されるのでは、という別の問題はありそうだ。)
で、運営がメーリスでの議論を止めたこと。これは、今回の場合は正直仕方がない。得てしてこの手の議論はこうなりがちだ。具体例を考える必要が出てきて、具体的に当てはまるヒトが出てきてしまうからな。
真面目なシニア男性こそ、過去の差別に苛まれるだろう。過去の不平等な扱いを抉られる女性もいるだろう。「老害は去れ」、という主張が妥当であるかのような印象を若手にも与えるだろう。将来の自分たちの姿であるにも関わらず。
こうなるから止めろって言われてんだ。結果としてjon自身がしっかり傷つけてるぞ。
「適切な議論の場」というのは、ちゃんとした知識と覚悟を持ったヒトが対等に意見しあえる場、だろ?
学術的内容であれば我々は当然対等だが、今回は必ずしもそうじゃない。組織運営の話だ。それはそれで重要だが、メーリスじゃない。
で、ようやく本題である。
過去の差別によって下駄を履いてきた世代が、その解消のために女性限定公募を出すことを余儀なくされる現状。
俺の意見としては「ホモ・サピエンスの性比がほぼ1:1である」「研究能力(測定可能とする)に性差はない」という意見を採用しているので、大学・研究所の教員研究者は1:1にならなければならない。これが歪んでいる状況は、能力のないものが不当に入り込んでしまっている状態なので、平均研究能力は理論値よりも下がる。この正しくない状態は直ちに解消されることが最も公益に資する。
で、一度生まれた歪みを整えるためにはどこかでまた別の無理が生じることもある。その結果、現代の若手男性研究者にしわ寄せが行く形になること。この点についてはシニア世代、および教育政策に関わる者は、若手世代研究者に謝るしかない。
マクロに考えたときの社会の最適状態とミクロに捉えたときの個人の最適状態が矛盾することは理論的にも当然避けられない。より良い社会を実現していく上で、どうしても誰かが背負わなければならない犠牲なんだ。本当に申し訳ない。最大限の補償はなされるべきだと思う。
にも関わらず、居丈高に「そういう時代だし仕方ないから納得しろ」「俺は逃げ切ったからあとはお前らなんとかしろ」「お前は女性差別を容認するのか」「名を名乗れ」みたいに言ってくるシニア男性は、俺も結構ムカついてる。てめえらが撒いた種だろう。社会的な傾向に反抗してマトモに動こうとしたことがあるのか?あ?こちらの正義と良心でぎりぎり立っていられてるだけだぞ?お?解決よりも保身が染み出してるぞ。
シニア世代や政策施策決定者は真摯に謝罪の意識を持つべきだし、採用する側、される側というパワーバランスがあるだけで人間的な上下関係では絶対にない。
それとこれは余談だが、「過去の思想で突如解雇になる」という前例は、jonや俺にとってもさすがに嬉しくないはずだ。
女性限定公募。たしかにこの10年くらいで目につくようになっては来た。だが、どうやら女性限定公募は意外と少ないらしい。平均でも1%前後で、分野の偏りもあるとはいえ5%にも満たない。
https://jxiv.jst.go.jp/index.php/jxiv/preprint/view/841
俺も意外だった。「結局意思決定者と同等の立場である教授准教授に女性限定公募は割り当てないんだろ」と思ってたが、勘違いだった。
思ったよりも自分の目にバイアスがかかっていたようだ。科学とは、直感と異なることを信じることだからな。数え方の問題もあるかもしれないが、これは一定のデータであろう。
女性限定公募なんて1%程度。つまり、若手研究者の採用が決まらないのは女性限定公募があるからじゃない。俺らの能力が足りないからだ。
もちろん、自分が進みたい分野や地域の制限もあるからそんな単純な話ではないし、「これが女性限定じゃなければ」という瞬間も十分ありうる。こういう個別現象に対しては、謝るしかない。
結局是正されるまでは社会正義のためにも続けるしかないんだから、早く是正されてほしい。
あともっといえば政治家とか経営者とか異常なほどの偏りなんだから、そっちも早く変わるべきだとは思ってる。
それとメーリスで連絡が回らなくなるだけでは驚くほどなんの解決にもならない。というか状況は悪化するだろう。この辺は他のヒトが指摘している通りだ。それと本当は女性限定のつもりなのに言うと問題になりそうだから書いてないだけ、なんていう隠れ女性限定公募が出回ったら目も当てられない。過去の公募が隠れ男性限定公募だっただけとも言えるけど。
世代論にこだわるなら、印象としては正直現代の若手よりも氷河期世代の方が相当に厳しい。正直、今の学生〜若手研究者の状況は過去数十年でもっとも恵まれていて、氷河期世代が学生の頃は最低だったんじゃないだろうか。これを救うために、採用も予算も若手を減らして4,50代を増やす方が即戦力だし順当とも言える。
こういうのがつまり政治判断で、どういう組織、世の中にしたいか、そのためにどういう施策が必要か。どこに被害が行くからどういう補償が必要か。というのを考えるのが政治であり組織運営だ。意味のない結果論だが、氷河期世代が虐げられることに日本中が声を挙げなかった。だから氷河期世代は救われなかったし、それで生じた歪みが日本全体を蝕んでいる。多分、人手不足で経営陣レベルが困ってきた最近までマジで問題だとも思ってなかったんじゃないかな。歪み続けるわけにもいかないから、なんとか戻すしかない。
正解不正解ないので試行錯誤だらけだ。マジで人生狂わされる瞬間も当然、残念ながらある。だからこそ意思決定者ほど誠実ではあれよ。というのが俺の意見だ。
少なくとも性別や国籍なんかよりも、嘘を言うやつや不誠実なやつの方がよっぽど信用ならんとは思うけどね。
最後に、メーリスへの連絡でショックを受けるヒトのことを思って心を痛めるjonの優しさ。これは本当に素晴らしい。
だが、それで匿名で勢いのまま攻撃的なまでに意見してしまう姿勢は、ちょっと心配だ。もっとも根本的に解消されるべきはjonの心の問題かもしれない。
とりあえず一度、心療内科を受診して専門家と話すことをおすすめする。博士学生や研究者には割と普通のことだ。それはそれで大問題だがな。
検討を祈る。
https://megalodon.jp/2025-0911-1421-23/https://note.com:443/clever_oriole745/n/nf6a05f3f542d
先週こんなnoteが出たよ。
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|
| └─ 教科書もそう書いてあるんだからそうなんだよ (教科書固執派)
| └─ 学習指導要領にもそう書いてあるよ (実は書いてない派)
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├― 理解を深める、理解力を測るために必要なんだよ (教育論派)
| | └─ 日本の数学の教育水準は高いよ (相関因果混同派)
| └─ 根拠は無いよ (論外派)
| └─ 逆に順序がないという証拠を見せろよ (悪魔の証明派)
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| └─ 不正解を貰うことで子供は考えるよ (正解を不正解にする派)
| └─ この程度で萎縮するようじゃどの道挫折するよ (マッチョ派)
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├― 逆が正解だよ (変則肯定派)
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├― 順序に反対したところで教育現場は変わらないよ (消極的肯定派)
| | └― いまさら教材つくりなおしたくないよ (惰性派)
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├― ベクトルとか行列とか四元数とか知らないのかよ (非可換数学派)
| └─ 交換可能だと不確定性原理なりたたなくなるよ (ハイゼンベルク派)
| └― 不確定性は破れるよ (小澤の不等式派)
|
└― 受けと攻めははっきりしておく必要があるよ (カップリング派)
└─ 受けと攻めは交換できないよ (固定カプ派)
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| ├─ 交換法則は学習指導要領にも書いてあるよ (書いてあるよ派)
| ├─ 交換法則は定理だから、書いてなくても成り立つよ (ペアノ算術派)
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| ├─ 数え方で順序は入れ替わるよ (トランプ配り派)
| └─ 面積を教えるときどうするんだよ (縦横派)
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| ├― 順序にこだわってるの、日本の教師だけだよ (国際派)
| | ├─ 不正解にすることで子供が萎縮するよ (萎縮危惧派)
| | ├─ 順序を重視するなら問題文に記せよ (無記述否定派)
| | └─ "×"を使わず独自の記号を使えよ (算術記号原理派)
| ├─ 算術記号の"×"と言語の"掛ける"は別物だよ (算数国語分離派)
| | └─ ×は「掛けるまたは掛けられる」という算術記号だよ (新定義派)
| ├─ 順序は教えるための道具でその場限りのローカルルールだよ (順序道具派)
| └─ 順序があるとする根拠が何も無いよ (根拠見せろ派)
| └─ 戦後日本に生えてきた突然変異体だよ (ゴジラ見ろ派)
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└― 受けと攻めは交換可能だよ (リバ派)
├─ どっちも美味しくいただけるよ (日替わりリバ派)