はてなキーワード: CCさくらとは
ツイッター(自称X)でどの世代がドンピシャだのなんだの話題になっている。
まず、平成女児という流行においてはどう見ても平成元年~10年頃生まれが主に幼少~小学生時代に流行ったものがリバイバルグッズとして販売されいる。
ただ平成女児という言葉そのものにおいては平成に女児だった人すべてが含まれる。
これらが対立すべきではないと思う。リバイバルのメインターゲットが違うだけなんだよね。
呼称が同じなのが悪い。というか売る側やメディアがネットの言葉そのまま使ったのが悪い。
平成女児といいつつ2010以降流行ったものはリバイバルしていない。
アイカツやプリパラはシリーズ物だからちょくちょく復活してるから別にリバイバルとは感じないし、
プリキュアもやたら初代(MH含)と5(gogo含)が推されているが、間のSSはスルーされがちだし。
つまりは売る人たちは売れればなんでもよくて、もともと売る予定だったものに勝手に平成女児と名付けてるだけだと思っている。
それはそれとして、この問題で「自分たちはなんだったのか、虚無の世代」という発言がちらほら見られた。
虚無なんてことはない。森ガールファッションがしまむらにめちゃくちゃ並んでたり、KERA系ファッションがアベイルにめちゃくちゃ並んでたじゃないか。蛍光色のプラスチック製鎖とかあっただろ。なあ!
きゃりーを筆頭に原宿系が市民権を得たり、ボカロや深夜アニメが市民権を得始めたり、進撃が流行ったり、いろいろあったはず。まぎれもなく平成だよ。
サン宝石だって平成女児っていわれてるけど、ほっぺちゃんに限っては君らの世代のものだろ。
まあ…それらがリバイバルされるのはいつになるかわからないけどさ。
ただやっぱりこういう人たちを見ていると、自分が時々考えている最近のコンテンツリバイバル推しすぎ問題がチラつく。
なかよしは顕著だった。セーラームーンを始めCCさくら、ぴっち、しゅごキャラ。
平成女児だった人たちを狙ったコンテンツを、今を生きる女児がメインターゲットのはずの本誌で続編だの周年付録だの。
別冊やムック本、なんならウェブコミックのみでやればいいのにと思ったよ。(その点りぼんはがんばってるね、すごいね。)
今の子供たちが25歳くらいになったとき、何をリバイバルする気なんだろう。今の子供たちが大人になったとき、「私たちの世代といえばこれだよね」って言えるものはあるのか。
余計なお世話、大きなお世話だと思う。でも、自分がいろんな新作コンテンツ、新作おもちゃがバカスカでてた時代に女児できたのは、そういう新しい時代を作ろうとする大人がいてくれたからだと思うから。
なかよし70周年の付録を見て、50周年のときに過去人気だった作品のポストカード!とかじゃなくて本当に良かったと思ってしまったから。
だって実際、武内直子先生のときめかが新連載で始まったとき、当時は「絵柄が古臭い」とか思っちゃったもん。
自分の周りのなかよし読者もときめかは読んでないって言ってる子がほとんどだった。(自分は読みはしていたけどやっぱり絵柄が気になっていた。)
大人になった今見るとかわいいと思うし、面白いとも思ったけど、短期で終わったのはそういうことでしょ。
簡単に儲かるからってウチらの財布ガン見すんな。新しいもの作って今の女児と新しい時代を作れ。もう令和7年だぞ。いつまで平成にすがっとんねん。
引き攣っても良いけどCCさくらエアプなんだろうなって思った
CCさくらの件、「顔が引き攣った」の一文だけで「表現に放火するな!」「現実と虚構の区別をつけろ!」「現代の価値観で勝手に評価するな!」「年齢差別だ!」「嫌なら見るな!」と発狂している奴らが観測されるが、
今や「表現の自由守る系オタク」が一番の表現規制者だなと思う ※法律除く
実写版白雪姫はゴミ、野球部員は全員いじめっ子、ジャニーズ音痴しかいない、ワンピース終われ、江頭のセクハラ気持ち悪い等々
大抵のコンテンツは否定的な言説が飛び交ってるけど、誹謗中傷レベルでなければファンやオタクが必死に反論することはない
なぜならあくまで感想であり、いくら反論したところで他人の感想は覆せないし、他人の感想を取り下げさせる権利もないからだ
だが美少女キャラが出てくるアニメ・マンガ・ゲームのオタクだけ、異常に他者の感想に敏感で、少しでも否定的要素が入っていると集団で攻撃してくる
なので他のコンテンツに対しては否定的な意見をポストすることもあるが、美少女キャラ系コンテンツは一切触らないでいる
全肯定しないと機嫌を損ねてDMに粘着して嫌がらせされ続けそうだし、かといってそのリスク回避のために全肯定する義理もないので、結果的に感想を一切ポストしなくなった
他にもそういう人は多いのではないか
インターネットはインプレッションの高い媒体の中で、最も表現の自由がある媒体だといえる
今や インターネットでできる表現の範囲=現実の表現の自由の範囲 だ
この視点では、一個人の感想に表現への放火だと一々発狂して発言者を袋叩きにするオタクが、法律を除くと、現状では一番の表現規制者になる
そしてそのオタクたちは高確率で「表現の自由を守れ!」と叫びつつ、山田太郎議員を支持している
最近話題になったBL無罪に関する反応を見ていても、彼らの最終目標はオタクが表現規制の主体になることなんだと実感する
表現の自由的に現代人が最も困るのは刑法175条によって無修正エロ動画の公開が摘発されることとエロ漫画における性器の消し加工が年々厳しくなっていることだが、
表現の自由守る系オタク界隈が一切その規制や規制強化に反対しないところを見ても、彼らの目的が表現規制撤廃ではないことは明らかだ
政権支持率低下時に与党が鳴らす反日の犬笛に脊髄反射する韓国人のように、表現の自由守る系オタクも、自民党支持率低下時に鳴らされるアンチフェミの犬笛で「フェミ」や「ポリコレ」という仮想敵と勝手に戦い、勝手に満足して、自民党に便利な票田としてい続けるのだろう
男に守られる女性主人公から自分で戦う女性主人公に変わるエポックメイキングな作品であってそれ以降に影響を与えて
CCさくら、セイントテール、神風怪盗ジャンヌ、レイアースみたいな少女漫画の戦う少女主人公の流れを生んだ
スレイヤーズとかもリナが男だったらウザすぎるって事で作者が女にしたけどセーラームーンがあっての戦う女主人公の系譜だった
魔物ハンター妖子のような少女アクションに特化した流れも生まれ、これは今の退魔忍などに繋がっているんじゃないかと思う
また、セイバーマリオネットとか秋葉原電脳組みたいなコンセプトコピーみたいなのが出てきて
その後陸の防衛隊まおちゃんみたいなコピーのコピーみたいなものが生まれていき
00年台のラノベ石鹸枠と言われる何をコピーしたのかももう分からないようなテンプレ化が起こった
そこを逆手に取ってまどか☆マギカが作られて、またコンセプトコピーでヴィクロスみたいなのが作られてって連綿とした系譜になっていると思うんだ
『リボンの騎士』
少女漫画の黎明期に手塚治虫が手掛けた少女のジェンダーを問う、現代から見ても尖ったストーリー
少女漫画といえば外国が舞台で白人が主人公という一時期の風潮を築いた人気作の一つだが、原作者と作画者の裁判の影響で現在は入手困難
『わんころべえ』
1976年から現在まで連載を続け48周年を迎えた生けるレジェンド。存在は知っているが内容は知らない人が多く、単行本化も半端で5巻分しかでていない謎作品だがいつもなかよしと共にいた
『きんぎょ注意報!』
なかよしは「りぼんと比べてオタ臭い」「おたよし」「大人の男が何故か読んでる」とされがちだが、その風潮を作ったのは間違いなくこの作品だろう。純朴田舎娘と根は優しい高飛車お嬢様のメインキャラ二人は大きなお友達の心を掴んだ
都内の実在する地名が多く登場する都会的作風は当時珍しく、また「男装や戦闘服ではなく少女の姿のままオシャレして戦うヒロイン」は後世に強く影響を与えた
セーラームーンと二大連載の扱いだった。スポーツ万能で優しく真面目なともみ、理系天才で勝気で毒舌なみかげの双子姉妹が主人公で、みかげのような主人公は当時珍しく真似して黒歴史をつくった女児が大量発生
義賊的怪盗少女が活躍する作品であり、後のヒット作「CCさくら」、他誌だが「神風怪盗ジャンヌ」にも影響を与えている。
多くの無垢な少年少女をキモオタの世界に引きずり込んだ問題作 さくらのもみあげが一束だけ長い髪型を真似して黒歴史をつくった女児が大量発生
『しゅごキャラ!』
現在も続編が連載中。さくらと同パターンで、他誌でキモオタ人気を集めた著者がオタクを引き連れて開始した作品。口下手なだけなのに不良と誤解される主人公を「あたしだ…」と思い黒歴史をつくる女児が大量発生
しゅごキャラの系譜を組む口下手なため周囲から怖がられている主人公で、真似した女児の黒歴史をつくる。ケータイ小説作家でもある主人公が作品のために恋愛にチャレンジするという内容で、なかよしらしからぬ性的描写のある問題作