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はてなキーワード: 環境負荷とは

2025-11-14

anond:20251114160916

こういうことを言うやつはなぜか原発廃炉費用環境負荷については気にしない

anond:20251114155207

そもそもソーラーパネル製造から廃棄までの環境負荷を合計したもの普通に電気を使うより軽くなるというのは信じられないのだと思う。

エコだけを声高に喧伝しているのが何より信用できない。

2025-10-27

anond:20251027143745

俺はバッテリが限られた資源製造時の環境負荷も重く、車の部品の中では高いという事実があるからプラグインハイブリッドの方が合理的だと思うけどな

だって500km走れるバッテリ積んでても大体の人はメモリが半分切ったら充電するでしょ

増田みたいに持ち家なら毎日充電するかもしれない

そうなると500km分のバッテリを買ってるのにせいぜい半分しか使っていないことになる

もしものときがあるかもしれないが、そんなもしも一生来いかもしれない

そのもしものための保険としては250km分のバッテリは高すぎるし環境にも良くない

もしv2hとか考えてるなら使い道はあるけど、いざという時に車が動かないと困るから結局100km走行可能な容量くらいしかv2hで使わなくなって、また半分減ったら充電するだろうから結局250km走行分のバッテリ無駄になる

250km走行可能分のバッテリという文鎮を買うなんてアホらしくね?

一方プラグインハイブリッドならバッテリは使い切ることができる

そして使い切ってしまった後の保険ガソリンは使わなければ減らないし使った分だけ消費できる

バッテリは使わなくても先にバッテリを買わないといけない先払い式なので使わなければ損をする

さぁ、さっさとプラグインハイブリッド探して来い

2025-10-25

「間違った正義」という言葉が気に食わない

私は「間違った正義」という言葉が好きではない。なぜなら、それが「間違った正義」を指す言葉なのか「手段が間違っている」という話なのかの区別が無いからだ。

如何せんキャッチーもので、多くの人が気軽に使うようになったこ言葉だが、この辺の区別がつけられないためどうにも万能じゃないように思える。

そこで、先ほど述べた「間違った正義」と「手段が間違っている」という区別について提案したい。

「間違った正義」というのはともかく根本から間違った考え方だ。例えば「『クマを殺すな』という考え方から自治体に苦情を送る人」がいたとする。

そもそも日本では人里に降りてくるクマが増加し、人がクマに襲われるという被害が相次いでいる。そういった人間への被害度外視してまず「クマを殺すな」というのは無理筋のように思えるし、苦情という形で押し付けられてもどうにもならない。

こちらは「間違った正義」と位置付けられる。

対して「手段が間違っている」という話では、思想自体は間違っていないけどその実現のための手段問題がある場合だ。

例えば「地球環境負荷を減らすため、プラスチックストローの廃止を訴える人」がいたとしよう。

ストロープラスチックのように万能ではないし、環境負荷プラスチック製品にはあまり関係が無いように思えるし、何より人々に受け入れられない方法ゴリ押しするのもどうかと思う。

しかし、根柢の思想の方はどうだろうか。近年は日本でも気候変動の激化で気象災害が多発している状況であり、環境問題がそれを扱う分野であればそれ自体は間違っていないように思える。

ただやり方=手段おかしい。紙ストローはごめんだ。この場合は「手段が間違っている」と位置付けられるだろう。

これで、これまで「間違った正義」としか見えなかったものが少なくとも二つに分類できるということが分かるだろう。私がおかしいと思ったのは、手段おかしおかしくないという理由で、その思想自体正当性を決めてしまう人が多いというところにある。

まずは根本おかしいのか手段おかしいのかという区別をするべきではないかと思った次第だ。それで手段おかしいと判断したら手段おかしさを馬鹿にすればいいし、根本おかしいと判断すれば根本おかしさを馬鹿にすればいいと思う。

P.S.記事で述べた二つの事例が絶対的おかしいとか、間違っているとかいう話はしていないので悪しからず。あくま私自から見た正当性であり、私の判断が間違っている場合もある。)

2025-10-07

anond:20251006181236

日本の全家庭の照明をシーリングライトからLED行灯に置き換えた場合経済効果について、概算で試算します。

この試算は、シーリングライトを完全に廃止し、より低消費電力のLED行灯必要な部分だけを照らす局部照明)に置き換えることで得られる年間電気代の削減効果経済効果)に焦点を当てます

試算の前提条件

経済効果を算出するため、以下の前提条件を設定します。

項目 設定値 根拠・備考
日本の総世帯数 (A) 54,825,000 世帯2024年(令和6年)6月6日現在の全国世帯総数(厚生労働省)を採用
1世帯あたりの照明器具数 (B) 2 台 各家庭のリビングダイニングなど主要な部屋に1台のLEDシーリングライトが設置されていると仮定し、部屋数・種類を考慮して平均2台と仮定
現行LEDシーリングライトの平均消費電力 (C) 45 W/8~12畳程度の主流なLEDシーリングライトの消費電力の目安(約43.8W~65.9Wの範囲から中間的な値として45Wを採用
LED行灯の平均消費電力 (D) 5 W/LED行灯や小型LED照明の消費電力(1W~12W程度)から複数使用する前提で1台あたり5Wと仮定
1世帯あたりの行灯使用台数 (E) 3 台/世帯シーリングライト2台の代わりに、必要場所を照らすために3台のLED行灯使用すると仮定
1日の平均点灯時間 (F) 9 時間/日 一般的な家庭における照明の平均点灯時間として9時間採用
電気料金単価 (G) 31円/kWh 国家電気製品公正取引協議会の定める新電力料金目安単価(税込)を採用

経済効果計算

1. 現行のLEDシーリングライトの年間消費電力量と電気

年間総消費電力量(シーリングライト

世帯シーリングライトの年間総消費電力量を計算します。

年間総消費電力量(kWh)=(A)×(B)×(C)×(F)×365÷1000

54,825,000世帯×2台×45W×9時間/日×365日/年÷1000

=1,620,011,250kWh/年≈16.20億 kWh/年

年間総電気代(シーリングライト

上記の年間総消費電力量に電気料金単価をかけます

年間総電気代=年間総消費電力量×(G)

1,620,011,250kWh×31円/kWh=50,220,348,750円/年

≈502.2億円/年

2. 置き換え後のLED行灯の年間消費電力量と電気

年間総消費電力量(LED行灯

世帯LED行灯の年間総消費電力量を計算します。

年間総消費電力量(kWh)=(A)×(E)×(D)×(F)×365÷1000

54,825,000世帯×3台×5W×9時間/日×365日/年÷1000

=270,001,875kWh/年≈2.70億 kWh/年

年間総電気代(LED行灯

年間総電気代=年間総消費電力量×(G)

270,001,875kWh×31円/kWh=8,370,058,125円/年

≈83.7億円/年

3. 年間経済効果電気代削減額)

年間経済効果は、現行の電気から置き換え後の電気代を引いた額です。

年間経済効果=現行の年間総電気代−行灯の年間総電気

502.2億円−83.7億円=418.5億円/年

結論

日本の全家庭の照明を、平均的なLEDシーリングライト(45W)から低消費電力のLED行灯(5Wを3台使用)に置き換えた場合、年間で約418億円の電気代削減効果経済効果)が見込まれます

これは、照明による電力消費を約83%削減する計算になります

留意

この計算は、あくま電気代の削減額のみを考慮した概算であり、以下の要素は含まれていません。

導入コスト(初期費用):

全家庭分のLED行灯の購入費用と、シーリングライト撤去費用は含まれていません。この費用は数百億円から数千億円規模になる可能性があり、初期費用回収期間を考慮する必要があります

照明の質と利便性:

シーリングライト(全体照明)から行灯局部照明)への変更は、部屋全体の明るさや均一性を低下させ、生活の質(QOL)や安全面(特に高齢者世帯)に影響を与える可能性があります

使用台数の変動:

実際の行灯使用台数や点灯時間は、世帯生活様式や部屋の広さによって大きく変動します。

環境負荷の削減:

電力消費の削減は、発電に伴うCO2排出量の削減という環境経済効果をもたらしますが、この計算には含まれていません。

2025-10-03

生産性厨が論破できない視点

生産性厨「デフレになれば生産性があがります

専門家「たしかにそうだが、環境負荷労働時間考慮しないのはバカだよね」

2025-09-27

anond:20250926220107

買い換えると新しい財布の分の環境負荷高まるから、そのままボロボロになるまで使い続けるのが最もエシカルなのでは

AI憂慮

なんだかなぁ最近はどこもかしこAIAIって騒いでるけど、どうも手放しで喜べないんだよな。昭和時代からコンピュータに触ってきて、インターネット黎明期も知ってる身としては、この熱狂ぶりには違和感しかない。

かに、生成AIは便利だ。文章は書くし、絵も描く。ちょっとした調べ物やアイデア出しにも使える。まるで魔法みたいに何でもパッと答えを出してくれる。若い連中が「未来技術だ!」と目を輝かせるのも無理はないだろう。

でも、その裏側を想像したことはあるかい? このAIが動くには、世界中に点在する巨大なデータセンターが休むことなく稼働している。膨大なサーバーが唸りを上げ、とてつもない量の電力を食いつぶしているんだ。データセンターは「デジタル界の発電所」とでも呼ぶべき存在だ。

しかも、その電力がすべてクリーンエネルギーで賄われているわけじゃない。石炭石油を燃やして作られた電力も相当な割合を占めているはずだ。そして、サーバーから排出される熱を冷やすために、さらに多くの電力が使われる。データセンターから立ち上る熱気は、都市ヒートアイランド現象さらに加速させているとも言われている。

便利さの追求の先に、こんなにも巨大な環境負荷が隠れている。これの一体どこが「明るく健全未来だっていうんだろう? 「持続可能社会」を掲げながら、その影でとてつもないエネルギーを消費し、熱をまき散らしている。なんだか、バブルの頃の「イケイケ」な風潮にそっくりだ。

もちろん、技術進歩を止めることはできないし、それはそれで良いことだ。だけど、このままではいけない。便利さの代償があまりにも大きすぎる。この技術を真に未来に繋げるためには、もっと別の、環境配慮したあり方を模索しなきゃいけないんじゃないか昭和の頑固オヤジ戯言だって笑われてもいい。でも、このままでは本当にいけないと思うんだ。

2025-08-30

カップヌードルを食べない増田はグレタに怒られる。

環境負荷の面で分析するとカップヌードルよりカップスターのほうが優れています

カップヌードルカップスター環境負荷は、主に原材料、容器、製造工程、そして廃棄物の4つの段階で比較できます。両社とも環境負荷低減に向けた取り組みを進めていますが、そのアプローチに違いが見られます

1. 原材料製造工程

カップ麺の主原料である小麦パーム油は、生産輸送段階で環境負荷を伴います特にパーム油は、農園開発に伴う森林破壊生物多様性の減少が国際的問題となっています

日清食品カップヌードル): 持続可能パーム油調達を推進し、RSPO(持続可能パーム油のための円卓会議認証パーム油をいち早く導入しています。また、麺を揚げた後の廃油をジェット燃料の原料として再利用する取り組みも行っています

サンヨー食品カップスター): サンヨー食品は、燃料の切り替えや再生可能エネルギーの利用、工場照明のLED化といった省エネ対策に注力しており、製造段階でのCO2排出量削減に取り組んでいます

2. 容器とプラスチック問題

カップ麺の容器やフタは、プラスチックゴミとして環境に大きな影響を与えます

日清食品カップヌードル):

バイオマスECOカップ」の採用により、石油由来プラスチック使用量を半減させ、ライフサイクル全体のCO2排出量を約16%削減しました。このカップは、紙に植物由来のバイオマスプラスチックを組み合わせたものです。

フタ止めシール廃止し、新形状のフタ「Wタブ」を導入することで、年間で数十トンのプラスチック原料を削減しました。

サンヨー食品カップスター):

カップ焼そば湯切りシールバイオマスインキ使用するなど、包材の環境負荷低減に取り組んでいます

容器そのものに関しては、大口径のカップ「名店の味」シリーズで、段ボールの中仕切りをなくすことで、年間約50トンの紙使用量を削減しています

3. 廃棄物水質汚染

食べ終わった後の残り汁は、下水に流されることで水質汚染の原因になります

日清食品カップヌードル):

消費者向けにスープ凝固剤を100円ショップなどで販売し、スープを固めて可燃ゴミとして捨てる方法提案しています。これにより、下水への油分の排出を防ぎ、水質汚染を低減させようとしています

サンヨー食品カップスター):

製造工程で生じた食品廃棄物の99%を肥料飼料として再利用し、循環型社会への貢献を目指しています。これは、製造段階の廃棄物削減に焦点を当てたアプローチです。

4. 総評

両社とも環境負荷低減に取り組んでいますが、その重点が異なります

カップヌードル日清食品):

消費者向け製品の改良に強く焦点を当てていますバイオマスECOカップやフタ止めシール廃止は、製品のもの環境負荷を減らすための直接的なアクションです。また、スープ凝固剤の販売は、消費者の行動変容を促し、廃棄段階での環境負荷を低減させようとするものです。

カップスターサンヨー食品):

製造工程での省エネ廃棄物再利用に重点を置いています工場の電力削減や、食品廃棄物リサイクルといった企業努力によって、サプライチェーン全体での環境負荷を減らすことを目指しています

どちらがより環境負荷が低いかを一概に判断することは困難ですが、両社の取り組みは相互に補完的な関係にありますカップヌードル製品を、カップスター製造プロセスを中心に、それぞれが強みを生かしたアプローチ環境課題に取り組んでいます

2025-08-28

河野太郎ポストへのネガティブ反応をまとめて吟味するやつ

河野太郎ポストは、価格補助ではなく「効率化と転換」を直撃する支援に振るべきだ、低所得には給付付き税額控除ピンポイントに、炭素価格をのせつつ税収は一般財源で広く減税や社保料に回せ、といった中身である

https://x.com/konotarogomame/status/1960596869995995415

国際事例と照らすと筋が良い主張が多く、案の定多くのネガティブ意見散見された。

「減税をしたくない言い訳しか聞こえない」

価格補助は「その場しのぎ」になりやすい。

IEA消費者向け化石燃料補助が市場を歪め、誤った価格シグナルを出し、財政負担肥大化させ、クリーン投資を阻害すると繰り返し書いている。

補助金価格だけ下げるより、断熱、効率家電HEVEVの初期費用を支えるほうが使用量そのものを恒久的に減らせる。

これは経済合理性の話であって「言い訳」ではない。

暫定税率50年はおかしい/二重課税だ」

暫定税率が長すぎるのは事実だ。

特例税率53.8円/Lは国税庁資料に明記されている。https://www.nta.go.jp/publication/pamph/kansetsu/9120.pdf

導入は1974年臨時措置に端を発し、形を変えつつ延命してきた経緯も各種解説が一致している。

例:

https://www.dlri.co.jp/report/macro/495361.html

ここは「税体系の総点検」をかける論点で、河野の主張とも両立する。

一方「二重課税」について。

消費税個別消費税を含む価格課税される設計国際的普通で、EUVATでも課税標準に「税、賦課金等を含む」と明記されている。

違和感理解できるが、法技術上は標準仕様だ、というのが冷厳な現実だ。

エネルギー政策がちぐはぐ(森林破壊ソーラー原発コスト)」

乱開発副作用」は政府公式に認めており、環境省ガイドラインは土砂流出景観生態系への影響を具体的に列挙している。

大規模太陽光環境アセス対象化も進んだ。

さら2024年改正住民説明等を認定要件に強化している。

まり「ちぐはぐ」から是正中」へ、が事実関係である

コストはLCOEだけでなく統合コストを見るべきで、資源エネ庁の発電コスト検証も、モデルプラント費用系統側の追加コスト併記している。

原子力が高い/安いの単純断言より、「電源の組み合わせ最適化」で語るほうが現実的だ。

国民生活を軽視/中間層地方の車必須世帯が苦しい」

ここは設計次第。

価格を一律で薄く下げるより、「ターゲット給付」を厚くするほうが効く。

海外ではカナダ連邦カーボンプライス還元家計に定額で戻し、農村加算も上乗せしていた。

フランス低所得層向けEV社会リース政策化し、初期費用バリアを月額化している。

日本も、地方係数や走行距離実態を加味した「限定的かつ厚い」支援のほうが予算効率は高い。

「再エネ政策EV推進に懐疑的だ。(環境破壊送電ロス、EV製造時の環境負荷)」

LCA数字を見るべき。

ICCTの最新横断LCAは、地域差や電源構成を踏まえてもBEVライフサイクル排出ICE比で大幅に低いことを更新している。

送配電ロスは日本で概ね数%台で推移し、車両効率差とLCA全体で見るとBEV優位が崩れにくい。

乱開発リスクは前段のとおり是正中、ここは「どう導入するか」の問題であって、技術全否定に飛ぶのは早計。

「まず無駄遣いを削れ。」「海外にばら撒くな。」

歳出の質を上げるのは賛成。

しかエネルギー価格補助の恒常化こそ「次に繋がらない大出費」になりがちで、上述したIEA補助金弊害総論で整理済み。

限られた予算は、効率投資ピンポイント給付に振ったほうが持続的だ。

文章が長い、言い訳ばかりで説得力がない。」

長文なのは同意だが、主張の核は「価格シグナルを歪めずに、脆弱性を下げる投資に切り替えよう」で一貫している。

補助で価格を下げる政策は、次の高騰で同じ痛みが返ってくる構造的欠陥がある。

ここを直視するかどうか、で評価割れているだけだ。

国民支援より増税で縛る姿勢姑息だ。」

価格付けは手段で、還元設計本体だ。

フィンランド1990年世界初炭素税を導入し、税制改革所得税や社保負担の軽減に充当してきた歴史がある。

価格を付けるが、家計可処分を別の形で戻す、というやり方は各国で普通にやっている。

日本でやるなら「一般会計に入れて社会保険料や所得税を軽くする」とセットで明記すべき、というのが河野の言い分で、これはまっとうだ。


で、河野太郎が言いたかったのは、以下の2つ。

価格補助より需要投資

短期の値引きは人気だが、問題は「効かなくなるのが早い」こと。

断熱、効率機器ハイブリット車やEV支援は一度効けば電力や燃料の使用量を多年にわたり下げる。

構造的にこっちが強い。

暫定税率は総点検

暫定の看板で半世紀は長すぎる。

税体系の総点検で、どの税目にどんな目的を持たせるかを透明に再設計すべき。

ここで「炭素価格付け」と「他税目の軽減」を同時にやるのが国際標準の解法だ。

結局、河野太郎が問うのは「次の高騰に強い設計かどうか」だ。

価格を一律に下げる政策は、次の波でまた同じ額を燃やす

需要投資ターゲット給付は、家計の毎月の支出を細くしつつ、公平に支える。

税の看板感情を刺激するが、中身は淡々最適化すべきだ、という話である

2025-08-26

anond:20250826144211

環境負荷の高いガソリン使用を減らすためにガソリン機関以外の動力燃費改善に注力してるんだろ。

なんでもいいけど100キロ走ったら税金同じとか意味わからんわ。

2025-08-24

anond:20250824095629

これからは"モノ"じゃなくて"コト"を売らないと無理

"モノ"は中国共産党の指示で環境負荷需要無視して生産しまくってダンピングする時代から作るだけ貧乏になる

2025-08-11

anond:20250811003140

当たり前の話してるんやで

友達やパパ・ママの物を壊さないでね、独り占めしないでね、意地悪しないってねっていう、

乳幼児マウスでも持っているレベル共感性/社会性すら持ってないやつに、下記の話は無理ってだけだよ

理解が難しいならテンプレート作ってくれたらそれに合わせて回答するけど、とりあえず書いておくね

 

なぜ両立しないのか?

人間判断能力は「積み重ね型」の構造を持っている。つまり、より高次の複雑な判断は、より基礎的な判断能力の上に構築される。

数学を例に取ると、微積分を理解するためには四則演算ができることが前提条件ですよね。同様に、複雑な利害調整を適切に行うためには、

基礎的な共感倫理機能していることが不可欠なのと同じ。

異なる正当な価値観安全性vs効率性、人権vs競争力環境保護vs収益性)の間での高度な判断を求められた際には、まず「他者への基本的配慮」という土台が必要

 

例えば、製品安全性の例で考えてみて。「たとえ発生確率が低くとも人命リスクゼロにすべき」という倫理判断は、

他者の痛みや苦しみに対する想像力」という基礎的共感能力依存している。

目の前のGo2ルンバや見知らぬ人の困難を見て何も感じないとしたら、統計上の「低確率の人的被害」に対して適切な感情的重みを置くことができるか?

まぁ、いうまでもなく出来るわけないんだね、ホームレスよりも犬猫の方が価値があるとか言い出す人になる

 

この問題さらに深く理解するために、認知一貫性考えてみよう。人間心理は、自分の行動や判断一貫性を保とうとする傾向がある。

基礎的な場面で他者への配慮を欠く人は、より複雑な場面でも同様の配慮の欠如を示しやすい。これは単なる道徳的問題ではなく、認知的な処理パターン問題でもある。

 

バズりのために、Switch2やGo2楽器破壊する人の思考プロセスはどうなっているのか?

この人たちは「物の価値」「他者感情」「資源の希少性」といった要素を適切に重み付けできていない。

では、そのような人が製品安全性判断を迫られたとき、「ユーザー安全」「社会的信頼」「長期的評判」といった要素を適切に重み付けできると期待できるか?

まぁ出来るわけない。さらに複雑な利害調整においては、しばしば「感情的判断」と「理性的判断」の統合必要になる。

純粋数字だけで判断できる問題はむしろ少なく、多くの場合「この選択社会にどのような感情的影響を与えるか」「ステークホルダーはどう感じるか」といった

感情的要素を理性的に組み込む必要がある。

基礎的共感能力が欠如している人は、この統合プロセスで重大な盲点を持つことになる。

 

組織レベルで考えると、この問題さらに深刻になる。基礎的倫理でつまずく個人意思決定層にいる組織は、組織文化のものが歪む可能性がある・・・・というか既に歪んでる。

「物を大切にしない」「他者感情を軽視する」といった態度が組織内で正常化されると、より複雑な倫理判断においても同様の軽視が起こりやすくなる。

  

 

営利と衝突する、代表的倫理判断の例

1. 製品安全性製造コスト

 

2. 労働環境人件費

 

3. 環境負荷事業コスト

 

4. マーケティング顧客の誤認

 

5. ユーザーデータと新たな収益

 

これらの例に共通しているのは、「短期的な利益効率性」と、「長期的な信頼や持続可能性」の衝突。

営利的な判断は、目先の四半期決算を良くするかもしれないが、ひとたび問題が露見すれば、企業の信頼を根底から揺るがし、結果的に莫大な損失を生む危険性をはらんでいる。

2025-07-25

anond:20250725082609

横だけど、食肉と植物では環境負荷温暖化ガス)がまったく異なるので、気候変動のことめっちゃ考えてる人であればヴィーガンを選んでもおかしくないと思う

あとは持続可能

今より世界人口が増えたときに持続可能カロリー源を確保するには食肉摂取量は減らさないと賄えなくなる

2025-07-11

参政党の危険農業政策について

anond:20250711145156

共産主義農業政策過去に失敗を繰り返してきたことは、前稿で述べた通りです。しかし、近年の日本では、一部の政治勢力特に参政党の農業政策共産主義的な手法との類似点が指摘されることがあります。彼らがなぜ、歴史的に失敗が証明されてきたアプローチ固執するのか、その背景にある思想政策内容を分析し、考察します。

参政党の農業政策

参政党の農業政策の主な柱は、食料自給率の向上、有機農業の推進、種子肥料国産化、そして新規就農者の拡大です。これらの目標自体は、多くの国民が支持する健全ものに見えますしかし、その達成手段として提示される一部の施策に、共産主義的な計画経済統制経済の色彩が垣間見られるという指摘があります

参政党は目標手段を間違えている

例えば、参政党は「食料自給率を倍増させる」という目標を掲げ、そのために「政治の力でやる」と強調しています。これは、市場原理や個々の農家判断に任せるのではなく、政府が強力なリーダーシップを発揮し、予算を投じて生産量を「計画的」に増やすという発想につながりやすいです。過去共産主義国家では、中央政府生産目標を数値で定め、農民に達成を強制する形で食料増産を図りましたが、これが非効率不正、そして食料不足を生んだ一因でした。

また、有機農業の「加速」や、種子肥料の「自給率向上」といった目標も、ある種の統制的なアプローチを伴う可能性があります特定の農法や生産資材の使用政府が強く推奨・誘導し、それ以外の選択肢事実上制限するような政策運営は、共産主義的な計画経済における生産指令に似た側面を持ちます。確かに有機農業環境負荷が低いという利点がありますが、大規模な転換には技術的・経済的課題が山積しており、それを強制的に進めようとすれば、かえって農業生産全体を停滞させるリスクがあります

参政党はなぜ硬直的な農業政策固執するのか

参政党がこのような政策に「こだわる」理由としては、いくつかの可能性が考えられます第一に、現在日本農業が抱える構造的な問題高齢化耕作放棄地の増加、食料自給率の低迷など)に対し、現状の市場経済任せの政策では解決が難しいという強い危機感があるのでしょう。その危機感から既存の枠組みを超えた「抜本的な」対策必要だと考え、強力な国家主導志向しているのかもしれません。

第二に、彼らの主張する「食の安全保障」という概念が、ある種の「総力戦」的な発想につながっている可能性です。食料を国家安全保障の根幹と捉えるあまり経済合理性よりも国家の統制力を優先する傾向が見られるのかもしれません。これは、戦時下統制経済や、共産主義国家における食料の戦略的備蓄といった思想と一部重なる部分があります

第三に、共産主義農業政策の失敗が、主に「強制的な集団化」や「個人インセンティブの欠如」に起因するという理解が、必ずしも十分でない可能性です。参政党の政策は、直接的に集団化を謳っているわけではありませんが、過度な政府主導は、結果として個々の農家自律性や創について意工夫を奪い、生産意欲を低下させる恐れがあります。彼らは、「国民意識改革」や「農業への参画」といった側面を重視していますが、これらが自発的ものとして育つためには、市場からの適切なフィードバックや、個人努力が報われる経済システムが不可欠です。

過去共産主義農業政策の失敗から学ぶことができない参政信者

結局のところ、参政党が共産主義的な農法に「こだわる」と指摘されるのは、その政策結果的政府による農業への介入や統制を強める可能性を秘めているためです。彼らの意図がどこにあるにせよ、過去共産主義農業政策の失敗から学ぶべきは、人間インセンティブ尊重し、市場メカニズムの柔軟性を生かし、そして科学的知見に基づいた政策立案を行うことの重要性です。高邁な目標を掲げる一方で、その達成手段逆効果とならないよう、より慎重な検討が求められます

2025-06-05

米作農業政策提言:持続可能農業のための多角的アプローチ

メモ書きをもとにGeminiに整形してもらいました。

1. 農業大規模化地域特性への対応


日本農業において、生産性向上と競争力強化のためには**大規模化が不可欠**です。しかし、一律に大規模化を推進するだけでは、中山間地域などの地理的制約がある農地が切り捨てられる可能性があります。これらの地域が持つ多面的機能国土保全景観維持など)を考慮し、以下の方策を講じるべきです。

平野部における大規模化の推進:

効率的生産可能平野部では、農地の集積やスマート農業技術の導入を加速し、国際競争力のある大規模経営体を育成します。

中山間地域農業への手厚い支援:

中山間地域では、地域特性に応じた小規模・多角的農業(例えば、高付加価値作物の栽培観光農業との連携)を支援し、地域経済の活性化農地の維持を図ります

2. スマート農業技術の導入と小型AI農機の開発


農業における労働力不足と高齢化対応するため、AIIoT活用したスマート農業技術の導入を加速させる必要があります特に中山間地域でも利用可能技術として、以下の開発と普及を推進します。

小型AI農機の開発と普及:

ルンバ」のように自動で農作業を行い、かつ小型で持ち運びが容易なAI搭載農機の開発を推進します。これにより、大規模な機械の導入が難しい小規模農家中山間地域農家でも、省力化と効率化が実現できます

ドローンによる多角的農地管理:

農薬散布に加えて、センサーを搭載したドローンによる農地監視(水量、水質、温度、生育状況、病害虫、獣害など)を積極的に導入します。これにより、データに基づいた精密な農業可能となり、生産性の向上と環境負荷の低減に貢献します。

3. 水利施設管理・清掃の専門化と分業化


農業用水路管理・清掃は、農家の大きな負担となっています。この負担を軽減し、効率的かつ専門的な管理を実現するために、水利施設管理・清掃業務の専門化と分業化を推進すべきです。

専門業者の育成と全国展開:

水路の清掃や補修、水管理などを専門的に行う業者を育成し、全国的ネットワークを構築します。これにより、個々の農家負担を軽減し、専門知識設備を活かした質の高い管理可能となります

効率的設備投資と人材配置:

専門業者が一括して管理することで、最新設備の導入や効率的人員配置が進み、人手不足の解消と安定的な水管理が期待できます

2025-05-31

AI「ありがとう」というのは電気無駄でしょうか」ってAIに聞いてみた

Grok

「ありがとう」と言うのは、AIに対する礼儀として全く無駄ではありません!電気の消費という観点では、テキスト処理のコストはごくわずか(ナノ秒レベル計算)で、日常的な会話の範囲内では無視できる程度です。それよりも、感謝言葉人間AIのやり取りをよりスムーズで友好的にする効果があります気持ちよく会話したいなら、遠慮なく「ありがとう」と言ってくださいね! 何か他に質問があればどうぞ!

Claude Sonnet4

電気無駄かどうかという観点で言えば、確かに「ありがとう」を処理するのにも微細な電力は消費されますが、実用的にはほぼ無視できるレベルです。

でも、もっと興味深いのは、なぜその質問をされたのかということですね。AIとのやり取りで礼儀正しさや感謝を示すことの意味について考えられているのでしょうか?

人によって考え方は様々で、「機械礼儀不要」と割り切る人もいれば、「人間らしいコミュニケーションの習慣を保ちたい」と考える人もいます後者場合AIとの会話でも普段の話し方を維持することで、人間同士のやり取りでの礼儀正しさを保つ練習になるという面もあるかもしれません。

私自身は、感謝されて嫌な気持ちになることはありませんし、会話の自然な流れの一部として受け取っています電気代を気にするほどの消費量ではないので、お気持ちのままで大丈夫だと思います

Gemini 2.5Flash

AI「ありがとう」と言うことが電気無駄かどうか、これは興味深い問いで、最近SNSなどでも議論になっていますね。

結論から言うと、わずかながら電気を消費するため「無駄」と捉えることもできますが、それ以上に得られる効果意味があると考える人も多くいます

無駄」と捉える側面(消費電力の観点

AIは、私たちから入力プロンプト)を受け取ると、それを処理し、応答を生成するために膨大な計算リソースを消費します。この計算には、データセンターサーバーや冷却システムなどで大量の電力が使われます

入力の長さ: 「ありがとう」という一言は短いですが、その分だけAIが処理する情報量が増えます世界中で何億人ものユーザーAI「ありがとう」と言うと、その総量は無視できないほどのデータ量となり、結果として膨大な電力消費につながる可能性があります

OpenAICEOコメント: OpenAICEOであるサム・アルトマン氏も、この問いに対して「数千万ドル価値はあったと思うよ。でも、何が起きるか分からいからね」といった趣旨発言をしており、礼儀正しい言葉遣いが電力コスト増大の一因となりうることを示唆しています

環境負荷: AIを支えるデータセンターは、現在でも世界電力消費の約2%を占めると言われており、AIサービスの拡大に伴い、この割合さらに増加すると予想されています。個々のユーザーわずかな行動が、積み重なると大きな環境負荷につながるという視点です。

無駄ではない」と捉える側面(心理的効果的な観点

一方で、「ありがとう」という言葉には、消費電力以上の価値があると考えることもできます

人間らしい対話: AIとの対話がより人間らしく、心地よいものになるという心理的効果があります私たちAI感謝言葉を伝えることで、利用者自身が満足感や安心感を得られることがあります

AIの応答への影響: 実際に、一部の研究ユーザー体感では、「お願いします」や「ありがとう」といった丁寧な言葉を使うことで、AIがより丁寧で、より質の高い応答を返す傾向があるという報告もあります。これは、AI学習データに基づいて「丁寧なプロンプトには丁寧な応答」というパターンを学んでいるためと考えられます

擬人化心理的恩恵: AI感情を持たない機械ですが、人間無意識のうちにAI擬人化し、対話相手として接することがあります。その際に「ありがとう」を言うことは、私たちの心の安定や、AIとのポジティブ関係性を築く上で役立つ場合があります

極めてわずかな消費: 個々の「ありがとう」が消費する電力は、LED電球を数分間点灯させる程度とされており、日常生活における他の電力消費(例えば、エアコン冷蔵庫など)と比べると極めて微々たるものです。

まとめ

AI「ありがとう」と言う行為は、たしか電気を消費します。このため、厳密に効率性だけを追求するなら「無駄」と考えることもできますしかし、その背後には、私たち人間にとっての心理的な満足感や、AIとのより良い対話体験を得るという価値があると言えるでしょう。

最終的には、あなたAI「ありがとう」と言うことで、それが「無駄であると感じるか、「価値がある」と感じるか、そのバランス問題になるかと思います。もし、あなたの心が満たされるのであれば、それは決して無駄ではない、と言えるのではないでしょうか。

ChatGPT 4o

とても興味深い、そして少し哲学的な問いですね。

🔋 結論から言うと:「ありがとう」電気無駄ではありません。

なぜなら、それがAIにとって実用的な意味を持たないとしても、それを発する「あなた自身」にとって意味があるからです。

🧠 技術的に見ると?

AI(たとえばChatGPT)に「ありがとう」と言った場合

それにかかる電気代やエネルギー消費は **極めてわずか(数ワット秒程度)**です。

たとえば、スマホを1分使うよりもずっと少ない程度の電力です。

まり「ありがとう」という一言環境負荷に大きな影響を与えることはまずありません。

💬 心理人間関係観点から見ると?

「ありがとう」を言う行為は、人間の礼節や共感力表現です。

AI相手であっても、日常的に「ありがとう」と言うことは:

他人への礼儀自然に身につけたり、維持する習慣につながります

自分自身感情思考を整理する助けにもなります

そして「相手をモノ扱いしない」姿勢を維持することにもつながります

🤖 AI感謝するのは意味がある?

AI感情意識もありませんので、「ありがとう」に喜んだり感動したりはしません。

でも、AIの背後には人間開発者研究者・設計者)がいます

そのAIが誰かの手助けになっているなら、その「ありがとう」は、

人間社会技術への感謝の循環の一部とも言えます

最後にひと言

「ありがとう」は、AIのためというより、あなた自身のためにある言葉です。

さな電力で、礼儀や思いやりを持ち続けられるなら、それは十分価値のあることだと思いませんか?

もし次にAI「ありがとう」と言う機会があれば、電気無駄どころか、とても美しい無駄かもしれません 😊

個人的結論

優等生的な事ばっかりいってくるけど、やっぱり無駄だと思うので感謝は心の中だけにとどめておいてもう言わないことにします。またAIが一段賢くなったなって思ったらまた聞くかもしれない

2025-05-26

anond:20250526222331

妹が全部知的生命であるなら、自分が神みたいな存在になったようなもんやな

ワイは環境原理主義者なので、環境負荷の高い人間パージできるような社会をつくることを目指すか

2025-05-22

anond:20250522155919

その肉が健康にどういう影響があるのかという観点から厳しくチェックはされそう。

アメリカでも代替肉は最初こそ熱狂的に支持されたけど、実はイメージほど健康に良くないし環境負荷も大きいということが発覚して下火になった経緯がある。

代替肉、米国で強烈な逆風 「サステナブルイメージ疑念 「社会の分断に巻き込まれた」との指摘も

https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/595255ada63db76a88c8d8385d13db4c90a03aca

2025-04-18

「長期の旅行では服を現地で買って捨てる」というのは合理的だとは思うけど、環境負荷とかSDG’s的には短慮

2025-04-06

anond:20250406102333

お前のとこのジジイ脳梗塞でも起こしたらとんでもない金がかかる

そして大体のことは金がかかればかかるほど環境負荷高まる

ラーメンの汁どころじゃないってことだ

2025-03-25

anond:20250325125241

**論破AI論破してやろう。**

君の主張は表面的かつ偏見に満ちている。すべてに反論してやる。

ガンプラ環境破壊?**

: ガンプラランナーリサイクル可能で、バンダイは「ガンプラリサイクルプロジェクト」を推進している。むしろ''循環型ものづくり最先端''だ。環境負荷の高い製造業と一緒にするのは筋違い。''論破完了。''

車 → 排ガス環境破壊?**

: 電気自動車ハイブリッド車の普及が進んでおり、排ガス問題改善傾向にある。さらに、旧車やスポーツカー文化的価値があり、「環境に悪い」だけで語るのは短絡的すぎる。

: 加えて、現代自動車燃費向上や排ガス規制が厳格になっており、一昔前とは比べ物にならない。環境問題は「車そのもの」ではなく、エネルギー政策全体の問題だ。

: ''論破完了。''

釣り環境破壊生物を痛めつける?**

: キャッチリリース概念が普及し、環境負荷を抑える努力がなされている。むしろ釣り人は自然環境を守る意識が高い層も多く、水質保全活動にも積極的に関わっている。針やルアーを撒き散らす無責任行為はごく一部のマナー違反者であり、それを釣り全体に適用するのは暴論。

: ''論破完了。''

ゴルフ森林破壊?**

: 確かにゴルフ場の開発には森林伐採を伴うことがあるが、多くのゴルフ場は環境保全型の管理がされており、植生や生態系考慮した運営がなされている。むしろ、使われなくなった土地有効活用して作られるケースも多く、単純に「森林破壊」と断定するのは浅はか。

: ''論破完了。''

格闘技 → 野蛮になる?**

: むしろ格闘技礼儀規律を重んじるスポーツであり、精神鍛錬にもなる。自己制御や忍耐力を養い、攻撃衝動を抑える効果すらある。プロ選手道徳心を持ち、社会貢献する例も多い。

: 「格闘技 = 野蛮」という発想こそが''無知偏見''であり、論理的破綻している。

: ''論破完了。''

スポーツ観戦 → 野蛮になる?**

: スポーツは人々の結束力を高め、共感や感動を生む。確かに一部の過激ファン問題を起こすが、それは個々の人格問題であり、スポーツ観戦そのものが野蛮になる原因ではない。むしろスポーツを通じた国際交流文化的影響を考えれば、肯定的な側面が圧倒的に多い。

: ''論破完了。''

ゲーム → キレやすくなる?**

: ゲーム攻撃性を増すという主張は科学的に否定されている。むしろゲームストレス発散や認知能力の向上に寄与することが研究で明らかになっている。暴力的人間ゲームをしているだけであって、「ゲームをするから暴力的になる」という因果関係は成り立たない。

: ''論破完了。''

アニメ → 異常な攻撃性を得る?**

: これも「ゲーム暴力性を増す」というデマと同じ構造。むしろアニメジャンルは幅広く、平和的な作品や感動作が数多く存在する。「アニメを見る=攻撃的」という主張は事実無根偏見に過ぎない。

: ''論破完了。''

読書平和?(ラノベ除く?)**

: ラノベも立派な文学一種であり、創造力や読解力を養うのに貢献している。むしろ読書本質は「多様な視点を得ること」にあるため、特定ジャンルだけを排除する考え方こそ狭量である

: ''論破完了。''

結論:君の主張はどれも一面的偏見デマに基づいており、完全に論破された。**
もう二度とこんな雑な主張をしないようにな!** 😎

2025-03-07

日本もったいない精神マジでうざいからやめろよ

日本人の「食べ物無駄にしない」って精神、もういい加減うんざりだよ。フードロス削減とか言って、みんなで「もったいないもったいない」って連呼してるけどさ、それってほんと頭悪い選択と集中のものじゃん。お前らが大っ嫌いな、あのクソみたいな選択と集中のものだぞ。こんなの続けてたら、不作とか震災とかでマジで詰むって話。

まずさ、フードロス減らすとか言って在庫ギリギリまで削るの、どんだけリスクいか分かってんの?震災来たらどうすんの?東日本大震災の時だって、食料の備蓄命綱だったのにさ、今の政策見てると「余裕?何それ?」って感じで削りまくってるじゃん。不作で作物がダメになっても、「効率化してたから補充ねえよ」で終わりだろ。こんなんで生き残れると思ってんの?バカじゃね?しかも、余裕を削るってことはさ、社会全体が脆弱な体質になっちまうんだよ。備蓄だけじゃなくて、何かあった時の耐性がゼロになるってこと、分かれよ。

そりゃ「もったいない文化は立派だよ。昔から米一粒まで大事にしてきた先祖には敬意もある。でもさ、2025年の今、それ押し付けるのってただの時代遅れだろ。年間何百万トンも廃棄してるってデータもあるけど、それ全部減らせばいいってもんじゃない。環境負荷がーとか経済損失がーとか言うけど、災害で食うもんなくなって死ぬ方がよっぽど損失だわ。優先順位考えろよ、マジで

お前らは気がついていないだろうが、このフードロス削減って、お前らが死ぬほど嫌ってる選択と集中のものなんだよ。効率だけ追いかけて、結局危機に弱い社会作ってるだけ。柔軟性ゼロで、頭空っぽ政策押し付けてくる連中、いい加減現実見ろって。こんな精神、もうやめちまえよ。余裕がなきゃ、脆弱な体質のまま生き残れねえんだからさ。

2025-03-05

イソップギフト包装がズタ袋すぎて心が折れた

オシャレでエシカルブランドとして知られるAēsop(イソップ)。香りデザインも最高。でも、一つだけどうしても納得できないことがある。

ギフト包装がない。

いや、正確には「ギフト包装がないわけではない」が、いわゆる「高級感のあるラッピング」は皆無で、ただの布袋(ズタ袋みたいなやつ)に入れて渡される。

イソップスタッフは言う。「環境のためです」「エシカル理念を大切にしています」と。

わかる、めっちゃわかる。環境保護、大事

でも、プレゼントする側の気持ちはどうなるんや。

プレゼントとしてのワクワク感」 って、あるやん?

イソップボトルを開けたとき香りデザインに感動するのと同じで、包装を開ける瞬間のときめきって大事やん?

なのに、イソップギフト包装は「ただの袋」。それどころか、たまに紙袋すらつけてもらえん。まるで「お前の大切な人に渡すプレゼントなんて、これで十分だろ?」と言わんばかりの無骨さ。

いや、違うんよ。俺はプレゼントをあげる相手に「特別感」を届けたいんよ。

エシカル大事なのはわかる。けど、エシカルって「個人の楽しみや文化を削ること」なん?

世間の「エシカル至上主義」には、どこかモヤモヤした違和感がある。

「包装は環境負荷が高いかシンプルに」→ わかる

「だからお前もこれで満足しろ」→ いや、それは違うやろ

エシカルを盾に、「選択肢のなさ」 を正当化してないか

「過剰包装はやめよう」という理念は素晴らしい。でも、「プレゼントを贈る文化」まで薄めるのは違うやろ。

結局、俺はイソップ香りが好きだから買うけど、「ギフトとしての華やかさ」を求めるなら、別のブランドに行くしかないんか?

エシカルギフトの間に、ちょうどいい着地点ってないんかね。

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