はてなキーワード: 雑巾とは
近頃、とにかく死にたい。
毎年10月から11月はこういう感じになるので、季節のせいであることは分かっている。12月になる頃にはだいたいなんかなんとかなってるから大丈夫。
でも年々ひどくなっている気もする。それに、毎年ウワーッとはなるにせよ、そもそもなんでこういう死にたい感情に襲われるかがよく分からなかったので、何か直接的な原因がないものか、人生についてちょっと考えてみた。
元々社会福祉とか一次産業とかインフラとか配送業とかに憧れがあった。誰かの生活を支える、縁の下の力持ちってかっこいい。でも増田は危機管理能力がない。忘れ物は多いし、ケアレスミスも死ぬほどするし、どんなに我慢しようとしたって余計な改善をしようとして結局改悪してしまう。保守運転とか一番苦手な分野だ。トラックどころか自分の体一つだって乗りこなせない。事故を起こさないため、誰かを殺さないため、そういう職業にはつかないほうがいいと思って生きている。
だから人から金を搾取することだけを考えているカスみたいなサービスの下請けで、自分一人を養えるだけの端金をもらって、犯罪を起こしてないからそれでいいのだと必死に言い聞かせている。上手く出来なくてもカスの弊社が困るだけだから、いくらミスしても罪悪感はない。
だがこれは直接死にたい原因ではない。やっとることはカスのサービス形態ではあるが、ある程度転職にも使えそうな汎用的な職能の成長は出来るし、上司や同僚は増田の手助けや活躍を褒めてくれるし、そういった点でやりがい的なものがないわけでもない。業務自体はそこそこ向いてると思えるし、人間関係は良好と言って良いだろう。金額面も、自分一人を養えるくらいの金額は稼げているし、それによって欲しいものを我慢したり、望んだ生活を手放さなければならないほどではない。元々欲は薄い方だ。少ないながら貯金もしているし、いざとなれば親や友人を頼れば金がなくても多少の間はなんとかなる。労働自体は憎むほど忌み嫌ってるわけではないから、生涯現役でも全然構わない。
金銭や将来の不安、職場の人間関係の悪化などがあって死にたいわけではない。
友人関係も悪いわけではない。
確かにたびたび「人間じゃない」とか「常識的な気遣いが足りない」とか「普通考えれば分かることがどうして出来ないのか」とか言われたりもするが、それでも根気強く付き合いを続けてくれる友人ばかりだ。何も言わずに去られるより全然マシなので、そういう耳に痛い言葉も言ってくれるだけでありがたい。一度も傷つけたことのない、あるいは傷つけられたことのない友人は確かにいないのだが、それでもみんな大事な友人だ。
そういう大事な友人にご迷惑をおかけすることで罪悪感で潰れそうになることはあるが、例えば無茶な振り回し方をしてきたり、金銭を貸せとやたらたかって返さなかったり、そういうガチのトラブルに発展するような友人諸兄ではないし、増田もそういうことをしないよう、礼節を忘れないように重々気をつけている。それでもたまにうっかり日々の会話で地雷を踏んで怒らせることはあるものの、友人同士が「それは言い過ぎ」とか「お互い様」とか仲裁してくれるので、増田自身の尊厳も守ってもらえていると思う。友人とボロカスの喧嘩をして死にたい夜もないことはないが、それは大抵一時的なものだし、直近はそういう感じで険悪になってる相手はいない。
父も母も理屈で話せば分かる人であるし、親戚一同もなんだかんだ元気に暮らしている。不謹慎なニュースを見て爆笑する叔父や、身の回りの世話を全部してあげないと心配で夜も眠れない叔母、とにかくプライドが高く他人を見下したり注目を集めたりしないと気がすまない従兄弟、信仰の押し付けはないものの新興宗教にどっぷり献金している祖父母など、アクが強くはあるが、こちらに実害はないので可愛い範囲で収まるものだ。肉親に怒鳴ったり、暴力を振るったり、金銭トラブルを持ち込んだり、結婚を強要したりする人はいない。
まあ、両親に恨みがないと言えば嘘になる。幼稚園の頃に甘えようとすり寄ったら「は?鬱陶しい、ひっつくな」と引き剥がされたり、小学生の頃いじめられていた時に増田の言い分を一切聞かず「あなたにも悪いところがなかったかよく考えてみよう?」と3時間近く諭してきたり、愛着の面では問題があったのは確かだ。しかしそれは増田に対して愛情がなかったというよりは、それが彼らの愛着の限界なのだ。飼っているウサギすら、部屋の中で凍死しかけていることに気づかなかった両親である。それを思えば、衣食住を保障してくれたのは事実だし、危険なことは叱ってくれた。大学まで学費も出してくれたし、両親の行きたいところにではあるが旅行にもそこそこ連れて行ってもらっていた。彼らにしてはだいぶ努力していたのだろうと今なら分かる。
だから半年に一度程度は顔を見せに帰省しているし、それがめちゃくちゃ苦痛というわけでもない。全ては過去のことであり、無、凪、平熱、そういった単語がふさわしい関係性だ。これもまた、直接の原因ではない。
増田はXジェンダー、リスロマンティック、アセクシャルと三拍子揃った人間だ。その上、それでもどうしても起こる性欲の発散方法は「対象年齢・性別を問わないリョナ創作」と来た。絶対に世に出してはいけない、リアルの人間に向けるなんて以ての外という嗜好をしている。
幸いなことに、告白されたことも、したいと思うほど惹かれた人も人生にいない。誰かを傷つけてしまうくらいならそれでいいと思っている。「恋愛を理解できないのは正常ではない」と思って恋愛小説や恋愛漫画を読んでは、イーッ!分からん!と一人で暴れていたこともあるが、それは「普通の人生を送ること」に固執していたからであって、もう普通じゃなくていいやと開き直った今は、一人で生きていく覚悟がとっくに出来ている。
だから恋愛ができなくて人生つまんなくて死にたいというわけでもない。
趣味はある。
増田は創作が好きだ。物語を書くのが好きだ。随筆も、批判も、絵も、彫刻も、歌も、踊りも、とにかく何かを表現することが好きだ。それは自分の中にある感情や思考を(作品に限らずこういった文章などでも)表し、発散することで一時的な沈静が見込めるからだ。だから誰かのために書いてるわけじゃなく、褒められるために書いているわけでもなく、ただひたすら自分の衝動を、犯罪ではない範囲で発散できることに喜びを感じている。
また、他人のそういう一面を見るのも好きだ。孤独ではない、と、他のどんな娯楽よりも、どんな脳内物質の分泌よりも、最も確かに感じられるし、癒されるからだ。みんな苦しくて孤独なのだと実感できるからだ。そしてそれらを十全に納得のいくまで突き詰めようと、他人の創作物をしゃぶりつくしたり、自分の表現を究めたりしようと思うと、百年に満たない短い人生を食いつぶすには、十分すぎるくらい時間がかかる。
これも死にたい原因ではない。むしろ趣味のことを考えれば、死んでいる場合ではないのだ。
これと言ったトラウマもない。
いや、ないことはない。小学校の頃は確かに治安が悪かったし、その中で最も低いカースト層にいたのは確かだ。靴箱に砂を詰め込まれたこともあったし、掃除の時はちりとりに集めたゴミを引き出しにそのまま流し込まれたこともあった。濡れた雑巾を頭に投げつけられたこともあった。ドッジボールで執拗にボールをぶつけられることもあった。体育の二人一組ではいつもハブられていたし、仕方なしに増田を組まざるを得なかったやつは、増田の触れたところを校庭の土でこすって払った。まるで土のほうが汚くないとでも言いたげに。
クラスメイト全員敵だからいるわけがないのに、脅迫的に好きな人を聞き出され、最もいじめてきた回数が少ない人の名前をあげたら、翌日からそいつがいじめられ始めて、他人を好いてはいけないと思い知ったこともあった。給食着やテーブルクロスを、本当は持ち回り当番なのに毎週持ち帰らされて、親に「じゃんけんで負けた」「牛乳こぼした責任で」と嘘をついた。もちろんああいう感じの親なので「あんたはどうしてそうなんだろうね」と気づかれもしなかった。
「視界に入るな」「半径2メートルに近づくな」「菌が伝染るから(学級文庫・机・プリント・日誌・配膳皿などに)触るな」あるいはもっと直球に「死ね」も全部日常的に言われていた。学級崩壊でまともに授業が受けられなくて教育機会を損失して、その頃に本来学ぶべきだった分野は今でもちょっと苦手意識がある。毎年劇をやるはずの発表会では制御不能と判断されて、ペットボトルでお米を育ててみましたといううっすい内容を、誰がどこを喋るかまで一言一句ガッチガチに固められて発表させられた。自主性なんて言葉は死んでいた。若い新卒の教師は毎日授業で泣いていて、その頃にはとっくに泣き疲れて感情に蓋をしていた増田は、その涙を「煽るだけなのに」と冷ややかな目で見ていた。
カースト中の下だった傍観者クラスメイトと大学で再会して、一緒に「小学校の思い出」とかいうクソみたいなグループワークの授業を受けざるを得なかった時、給食の班机で菌が伝染るからとやられていたみたいに1cmあけて机を組まれた瞬間、増田の心にヒビが入り、割れ目が出来て人格が四つに分かれしまい、今も元に戻らなかったりしている。そういう意味では、たしかにトラウマと呼んでもいいのかもしれない。
それでも直接的な殴る蹴るという暴力は振るわれなかったからマシな方だったと信じている。記憶があり、はっきりと思い出せて、これだけの内容を泣かずに書けるようになっただけかなり寛解してきている。それに、当時の自分だって箒で殴り返すなどそこそこやり返したり、いじめっ子と同質になって増田よりもっとカーストの低い支援学級の子に対して、自分にされたことをそのままやり返すみたいにしていじめたりだってしていた。当時飼っていたハムスターも憂さ晴らしに虐待していた。弱いものがさらに弱いものを叩き、ブルースは加速していた。そういう感じでなんだかんだ適応して元気にやっていた。
それらへの後悔に苦しみながら、同時にその延長で今も友人にライン超えの発言をしたり、逆に踏み越えてはいけないラインを踏み越えられてもその場では分からなかったり、自覚がないままキレ返してしまい制御不能に陥ったり、暴力や脅迫や支配を伴わない合意の上での性行為では興奮できなかったり、記憶は共有しているものの人格が割れてしまい解離性同一性障害まで秒読み状態だったりと、後遺症は色濃く残っている。
けれど、でも犯罪をしないで済むくらいの範囲で誤魔化しきれているし、それ以上を望んだりもしない。だからこれもまた、今の増田をむしばんでいる死にたさの原因ではない。その時期はとっくに乗り越えてあり、過去は過去、今は今として整理がついていて、そういう自分のあり方を受け入れている。
人生を構成するだいたい全部に、人並みの不満や後悔はあれど、満足していないわけでもない。人間関係にも金銭にも将来にも不安はない。上を見ればきりはないが、下を見てもきりがない。自分の人生は自分のものであり、それ以上でもそれ以下でもない。
私は私だ。
なのに何故こんなにも死にたいのか。
胸を打つこの衝動は何か。
線路に飛び込め、七階から落ちろ、溺れて死ね、とにかく死ね、そう囁き続ける声が内側に蔓延るのか。
思春期という言葉を藁のように握りしめて、この衝動的な嵐が、年齢を経れば終わってくれると、ただ若さ故なのだと、そう信じてしがみついてきたのに、どうしてアラサーになってもまだ衰える気配がないのか。
この衝動こそが死にたさの原因であり、結果だ。
この自己こそが死にたさの真の原因ではないのか。
本当はやりたい仕事を諦めて現状に甘んじている?
友人と上手く付き合うことが出来ない?
両親の愛着が足りなかった?
趣味が実質逃避になっている?
過去に嫌なことがあって未だに引きずっている?
全ては結果に過ぎない。
最初に存在しているこの「自己」こそが引き起こした、必然の結果に過ぎない。
死にたいのは、嫌なことがあったのが原因じゃない。
嫌なことを引き起こすような自分に全ての原因があるということから、いよいよ目を逸らせなくなってしまったからだ。
増田はずっと、衝動、癇癪、叫びのような化け物を心に飼って、共に生きてきた。
こいつを野放しにしたら、とてもじゃないが人間社会では生きていけない、というかまず肉体が耐えきれなくて崩壊するような、触れるもの全てを敵と認識する、爆発的なエネルギーだけがひたすら渦巻いている、自壊を厭わない衝動の化け物。
その化け物を飼い慣らすことだけが、増田の今の全てを形作っている。
仕事や友人の選び方、楽しめる趣味、思考、行動、言葉、その全部全部が、この化け物を静かに眠らせておくことだけに全力を注ぐように構成されている。
そしてそれが漏れ出てしまった瞬間、必ずトラブルが起こる。嫌なことは全てそうやって起きている。
そう、気がついてしまった。
両親、友人、そして過去の思い出は、一般的な社会に溶け込める人間たちが、その化け物を目の前にした時の、ごくありふれた正常な反応に過ぎない。
全ては結果なのだ。
思えば最初から、物心ついた時にはもう、そいつと一緒に生きていた。
その場の思いつきで突拍子もないことをして、危険を危険だと分かっていながら飛び込まずにはいられない、じっとしてはいられないという性質を、持て余していた。
両親が増田のことを「あんたのことはよく分からない」と困惑して言った日のことをよく覚えている。
友人が「増田は人間じゃなくて増田という生き物なんだね」としみじみ言った日のことも。
増田をいじめて泣かせたクラスメイトが「だってあの子が最初に嫌なことをしてきたんだもん」と言ったことも。
先生が「どうしてそんなことしたの?」と泣いている増田を問い詰めたことも。
「泣いていたら分かんないよ。先生悪くないよね?なんで先生のこと怒るの?」と寄り添いのかけらもない態度をとったことも。
そして増田はただ、嫌がらせをしようとすら思ってもいなくて、そうすることしか出来なかった、それ以外のやりようがあるなんて考えつきもしなかっただけなのだと、説明出来なかったことも。
よく覚えている。
それらは全部、増田がおかしかっただけで、みんなはただ、当たり前に困っていただけだ。
ただ、それだけだった。
よく分からないものは愛せない、未知は排斥する、ああ、そうだろうとも。それにしたって、みんなの方にだってもう少し上手くやりようがあるようにも感じるけれど、でも、人間は完璧じゃない。上手く出来ないことだってあるし、それを責めたってどうにもならなくて、仕方がない。
だからみんな、距離を取る。うん、まったくもって正しい。あなたが自分を守るために、増田に人生を破壊されないために、必要な距離だろうとも。
でも、増田だって、こんなのと一緒に生きていくのはもううんざりなんだ。
私は私と一緒に生きていくのが疲れた。
みんなみたいに、そっと距離を取ることができない。
ずっと近くにいる。
ずっと隣にいる。
剥がしようもなく側にいる。
趣味だって、ただそうすれば抱えた癇癪がマシになるからやっているに過ぎない。こいつから逃れられないから、仕方なく好きにさせてやってもいい場所を作っているに過ぎない。
本当は絵や文章なんか書かなくても気分が晴れるならそれが一番楽なはずだ。誰も傷つけずに、安心して一人で好きなだけ打ち込めるというだけの、苦しみから逃れるために必要なだけの、ただの麻酔だ。
「文章を書いたり、絵を描いたりで努力できるのはすごいね」と褒めてもらえることもあるけれど、違うんだよ。それをやらないとあなたに危害を加えてしまいそうだから仕方なくやっているだけなんだ。全然立派でも何ともない。犯罪者予備軍が犯罪をしないためにギャンブルや酒に溺れているのと一緒なんだ、これは。
厄介な人をあしらう術に長けた者たちだけが、周りに残っているのがその証左だ。
衝動性を逃がす以外のモチベーションはないから、創作で食っていこうとしてもクオリティにムラがあって仕事にならないのがその証左だ。
自分は化け物だ。
人間じゃない。
人間になんかなれっこない。
必死に身につけた人間性の全てが、衝動の化け物が眠る上に構築してあるというただ一点を理由に、崩れていく。
その眠る化け物が少し身じろぎするだけで、目覚めるまでもなく、増田の積み上げた全てを崩壊させる。
増田は自らの意思で人生を選択したのではなく、選択できる範囲の中で選ばされるしか出来なかった。
好きなもの一つ、「自分」の意志では決められない。化け物を起こさないようにごくごく慎重に、刺激しないものだけを選んでいる。
全部全部こいつのせいなんだよ。
化け物を一番殺したいのは増田なんだよ。
私の人生を全部めちゃくちゃにしてきて我慢ばっかりさせるような化け物を、一番憎んでいるのは私自身なんだよ。
両親を困らせたくなかった。
いじめられたくなかった。
恋愛が怖いと思いたくなかった。
友達を傷つけるようなことなんて、今だって一個も言いたくない。
なのに全部できない。
全部全部、壊すのは増田だ。
私なんだよ。
死にたい。
もう、こいつと一緒に生きていくことに疲れてしまった。
何もかも破壊して、めちゃくちゃにして終わらせたいという衝動が、朝も昼も夜もずっとずっと苛む。
増田にできるのは、この化け物を思い通りにさせず、誰をも傷つけることなく、自らの死以外の罪をこの肉体に起こさせないことだけなのではないか、という気分になってくる。
それよりも、慰めてくれた誰かに牙を剥きたくない。
恩を仇で返したくない。
そんな気持ちのほうが、ずっとずっと大きく膨らんでいってしまう。
それは誰かを不幸にするから。
愛されないまま死んで忘れられることだけが、増田にできる唯一の社会貢献だ。
せめてそれだけはさせてほしい。
許してほしい。
ごめんなさい。
生まれてごめんなさい。
今日のランチは二件目の麻辣湯だった。こちらの店のほうがずっと広い。丼いっぱいに好きな麵とおかずを好きなだけ乗せていき会計をする。ここのほうがおかずの種類が多く、牛肉やラム肉もある。店員さんから「軽いのでもう少し乗せても大丈夫ですよ?」と言われたが、行列がすごかったのでよした。
スープは何種類かあるが一辛からスタートでゼロはない。標準的な牛の骨のスープを頼んだが、適度にニンニクが効いていて元気が出たし、ネギやマー油、砂糖や酢などが小テーブルに置いてあって、それで味を変えられる。少しばかり辛すぎるのが欠点か(お店の人、辛さ間違えてないよね?)
欠点としては、店員さんの日本語が若干怪しいのでシステムがわかりづらかったことと、結構混んでいて籍を確保するのが大変なこと、それからセルフサービスのウォーターサーバーの隙間から休憩室で毛布にくるまって寝ている人の足と靴下がのぞいていることか。のどかな感じがするので嫌いではないが、結構面食らった。あと、お盆を取るエリアのどこからともなく雑巾臭いにおいがした。もしかしたら隣の部屋に洗濯コーナーがあったのかもしれない。さて、もう一度行くかどうか。麵の種類が複数あるし、おいしかったのは確かだ。千円しなかったんだよなあ。
ワキガは直して、風呂キャンは論外。ちゃんと歯も磨こう。胃が悪い人は医者に行って直して。
雑巾臭のする服は着てくるな。
洗剤等の香りがキツいのも勘弁して(ちゃんと仕様書を読んで容量守れ)。
TPOに応じ合っている香水やフレグランスを付ける。夜のクラブみたいなのやめろ。
食後は手と顔を洗え。カレー食べたの丸分かりだぞ。
②食事は綺麗に食べよう。
クチャラーとか論外。鼻直してこい。
こいつは客先に出せない→出張に出せない→出世させられない→リストラ候補入り。
逆に綺麗に飯を食うだけで社内評価は爆上がり。
③字は綺麗に書こう。
汚い字で書かれると、判読するのに時間が掛かる。
出世すると手書きが増える。字が汚いと影で馬鹿にされる。辛い。
④遅刻だけは絶対に絶対にするな。あと重要案件の期限は必ず守ろう。
アイツは約束を守る という上司の評価は、仕事できる以上のポイントだったりも。
言われてた事は守れ。言われてない事はやるな。
突発が起こったら、上司に直ぐ連絡しろ。これだけ評価が上がる。
⑤身だしなみはちゃんとする。
人は見た目9割。無能でも見た目さえ避ければ生き残れる。
セミ・オーダーメードで背広を作る。美しく見えるので、これだけで評価が上がる
ワイシャツとネクタイは良いものをしろ。高くてもノーアイロンシャツ一択。
ズボンプレッサーは超楽だし、折り目きっちりついたズボン周りの評価が高い。
ズボンのポケットに重いものを突っ込むな。だらしなく見える。ポーチを使え……。
バスタオルと替え下着はロッカーに入れておこう。汗だくになり乳首が浮き出る姿を周囲に晒すのはNG
散髪は高くで評判が良い店で一度切ってもらって写真を撮る。常連の散髪屋に見せて切ってもらうと安上がり。
⑥言葉遣いに気をつける。
これも専門書があるんでそっちをあたれ。
⑦時計、手帳、カレンダーをいかに味方につけるかが勝負。Todoリストも使いこなせれば最強。
こうなると超有能な秘書を24時間365日自分の側で雇ってる状態になる。強い。
奥が深いのでそっちをあたれ。
⑧机は綺麗に使おう。
借りた資料は速攻で返す。会議等で貰った配布資料は課のバインダーに閉じるかシュレッダーへ。
机の上の玩具は5つまで。
スマホの充電等、盗電行為は、目立たぬように周囲からの死角を作りコソコソと。
⑨会話は手短に
刹那!俺のチンポに飛びかかるは中国製のドローンの群れ!先程まで黒山のメカ集りと化していたドローンの群れはいっそ巨大な鴉のような姿を幻視させるものであった!!その巨体が直径13cmのマイサンに飛びかかってくるとあってはマイサンもガチガチに固まって動けやしないよ!!いや、マイサンはそこで立ち上がった!いや、勃ちやがった!この危機的状況を前にしてドローンに生き物というものはこういうものだと学習させるように勃ち上がった!まるでペリシテの巨人ゴリアテに立ち向かうダビデのような面持ちで!ナニ持ちで!AIに指令を受けた大量のドローンに立ち向かおうとしているではないか!!
学べ!!人工知能よ!人の生き様を!!人を学び、次は活かせ!!!
ドローンが通り過ぎた後、そこには下半身ボロ雑巾と化した哀れな人間が勃っているのであった。だけどもう、股間のナニは疼かない。
クイズ:このスレと1 は、そのスレ内で第三者から投稿されたとあるイラストにより、大いに笑えるネタとしてミーム化された過去がある。なぜ笑えるネタになったのか?その画像の内容を推測
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【速報】部下が58兆円の商談に失敗したwwwwww
1 名前:風吹けば名無し[] 投稿日:2016/09/09(金) 20:56:58.04 ID:cxMYqZwN00909.net
笑えるポイント
「58兆円」という荒唐無稽な金額が核心です。これは日本の国家予算規模に匹敵する途方もない額です。
イラストの内容(推測)
「58兆円」と大きく書かれたプレゼン資料やボードを持っている、あるいは
なぜ笑えるのか
スケールのギャップ:個人や一般企業では絶対に扱えない金額を、ごく普通の会社員が商談しているという設定
シュールな真面目さ:非現実的な設定を真剣に描いているギャップ
ビジュアル化の威力:数字だけでは想像しづらかった荒唐無稽さが、イラストで可視化されることで一層際立つ
アカデミックなreasoningに長けているclaude4.5でも、このようなタスクにはめっぽう弱い
やはり"誰が"という主語を読む機能が無いからだろう (昔から、llmは登場人物が3人以上になるシチュエーションでおかしくなるんだよな)
言われなきゃ分からんでは話にならない
トークンの意味に依存し最もらしい事しか出さない機能は文法を読んでいない
あり得ないことを除外するような調整も一因だろう
この想定能力じゃ、普段の推論の、一般の答えのない部分はどうなってるんだという
あり得ない環境を想像できるワールドモデルとユーモアの実装が待たれる
はよう入れてくれや
手作りでいろいろするのが趣味なんだけど、初めはコスパで始めたけど意外とコスパ悪いものが多かったので共有
味噌→コスパ普通。手前味噌だが味もいい、香りは市販のものが良いと思う。一度仕込んだら放置でOKなので楽。ゴミも出ない。
納豆→コスパ悪い。市販の方が断然美味しいし、電気代を考えるとほぼコストが同じ&時間や手間もかかる。ゴミが出ないのは良い。
ヨーグルト→コスパ少し悪い。市販の方が美味しい。たまに失敗して雑巾みたいな味になる、種を使って永遠にヨーグルト作成ができない。清潔感ある几帳面な人なら少しだけコストカットになる。種菌保存が邪魔。
梅酒①→コスパ良い。市販のものより美味しい。コストは少しだけ良いくらい。好みの味を作れる。ゴミも出ない。
自家製酒②→どぶろく系はコスパ良い。ミードもOK、ワイン系や日本酒になると市販の方が美味しいが、かなり安く作れる。
ベランダ栽培→野菜系はコスパ悪い。ハーブ系はコスパめちゃくちゃいい。ちょっとハーブが必要な時に収穫できる。
自作PC→コスパは良いが、初めから自作はコスパ悪い。SSDやHDDの増設から、グラボ、チップの換装、それに付随してメモリや電源の換装、マザボと進んでいくのが安全。
ザワークラウト→そもそもザワークラウトが売ってないのであれだが、コスパ悪い。美味しく作るのがめちゃくちゃ難しく、失敗すると糞まずい。
ありがとう、でも解決できそうな気がしないよ。大昔は、あんまり知られていないけれどとてもすごい名店がたくさんあって、
学生でもすばらしいご飯をたべることができたよ。太い常連さんがいて安い客がいても許してもらえた時代。
街中だと今はネットで全部捕捉されていて、高くて美味しい店か、なんか行きづらい店か、
高くてもまずい店か、そんなお店ばっかりだ。原価率、回転率、粗利率。
高くて美味しい店に行くしかないんだけどそんな店は予約しておめかししていかないといけないので、ハードルが高い。ご飯を食べに行く服がない状態。元気がないときボロ雑巾のようなときに、身体に沁みわたる、そんなご飯を食べることはとても難しい。あきらめてサイゼ松屋すき屋やよい軒、決してまずくないけれど、やっぱり冷食セントラルキッチン輸入材料の味。
https://anond.hatelabo.jp/20240701235213
とても助けられました。
ずっと我慢してへらへらしてたけど、わたしも職場で介護カウンターを行い、「うちの子が〜〜」とか「子供会社に連れてきていいんなら良いんですけど〜笑」とか言う人と戦いはじめました。
同じように誰かの助けが必要な家族の面倒を見るという点で同じなのになんで嫌な気持ちになるんだろうって思ってたんだけど、
向こう(子持ちの若い主婦・夫)は私たち介護者を仲間だなんて思ってないんすよね。
介護カウンターする度に相手の反応見ると感じる。いちばん大変なのは自分たちだと思ってた、みたいな顔をされる。あなたも大変だろう。わたしも大変だ。どっちが上とかではない。
いつも子どもの話でほかの子持ちと盛り上がろうとするあなたが電話でいつもやりとりしている30代独身女性は、消化器系のがん手術と抗がん剤を行い、いまも病院にかよっていながら仕事を続けていて親も抗がん剤治療中だとは知らないだろう。
「子育てしたことない人にはわからないでしょうけど」みたいな一昔前のドラマかスカッとジャパンの嫌な女みたいな発言はさすがにないにせよ、「子育てしてる私たちにしかわからないこと(最近の幼稚園でのルールとか子どもたちが如何にしてネットミームを知って会話に取り入れるかとか)」を話題にして、その空気を出して盛り上がっている。
あれだ、中学時代のオタクたちみたいな感じ。自分らしかしらないネットの知識をチラチラ周りを見ながら振りまこうとしたりしてる子たちのような感じ。
そのたびに母のデイサービスでの話で空気をぶち壊してやってる。裁縫が得意すぎてデイサービスで用意されるお裁縫セット(巾着とかポーチを作れるキット)で大量生産し続け、施設の雑巾も縫ってやってる話は鉄板ネタである。最近はアクリルたわしもつくっている。
「職場に子ども連れてこれたらいいんですけど〜笑笑」って何を目的にして言ってるのか分からない。ほんとに。
関係ない立場の人からしたら「で?」でしかない。「家族の都合でその日は出勤できません」だけで良いんだよね。
同じ独身者のチームリーダーの方で「子供の病院で遅れます」とかの連絡に「え〜大変ですね〜〜」みたいなことも言わず、ただ淡々と「わかりました。出勤時間がわかったから教えてください。」という返信だけする人がいて、その人は私が母の体調不良で急遽半休をもらうときもそうだった。
私としては気楽でとてもありがたかった。
その人がいつも周囲の子育ての話にまったく興味を示さず、お休みなどの報告も淡々と受け流し続けてくれた結果、あらゆる会話を「うちの子も〜〜」と子どもの話に回収されることが減ったし隙あらば子供の話を差し込もうとする人も減った。
私は介護カウンターをしたり、私自身も持病があって定期的に病院に行くのでその話で子育てにカウンターを行い、彼ら彼女らが透明化している人の存在を示し続けているが、
その人はチームリーダーという立場で会話の中心を業務内容にするよう誘導することで雑談となるとすぐに子育ての話を差し込むことが場違いになるような空気を作っていたように思う。
最近の雑談は当たり障りない内容(近くにバーガーキングができたこと、マックのチーチーダブチを食べたこと、ミスドの食べ放題に行きたいこととか…食べ物ばっかだな)になった。
料理イベントに参加した。集合場所に行くと割と男性が多かった。買い物メモを見ながら食材を買って、調理室に入って手を洗った。いくつかのグループに分かれ、各自で分担して作業を進める。
4人グループで野菜を切ったり炒めたりしている中で、なぜか他の人の作業を傍観している中年男性がいた。料理イベントで傍観するって何だよ。なんでお前はこのイベントに参加したんだ?と思いながらも、にこやかに「これをお願いします」とタスクを依頼した。まあそういう人もいるよね、位の感じだった。
しかしながら料理が完成し、試食の後の片付けに入った時、そいつが本当にどうしようもない奴だと思った。
そいつは明らかに洗い物が始まるタイミングで荷物置き場の前に行き、1人だけ離れてスマホをいじり始めた。明らかにタスクから逃げている。そして洗い物が8割終わって、確実に自分に洗い物ロールが回ってこないタイミングで詫びもせずしれっと戻ってきた。マジで何なんだ。うげっ、となった。逃さねぇぞ、と思い即座に洗い物を拭くように依頼した。胆嚢から雑巾をしぼった時の汁が出たような気分になった。
かつてABCクッキングスタジオに通ったことはあったけど、こんな輩に遭遇したことはなかった。
そういう輩がいることは知っていたけど、自分とは無関係なネット上の幻影のように思っていた。しかし、この広い世界には料理イベントで料理をしない、食器を洗わないおっさんが偏在している。
料理自体は美味しかったけど、この輩に対する苛立ちが大きすぎた。楽しさと苛立ちが五分五分だ。
料理イベントに対する期待値が高すぎたのかもしれない。私の想像力が足りてなかったのかもしれない。でもたぶん、2度と料理イベントには参加しないだろう。他人を気にしすぎる損な性格だとは思うが、休日をもっと楽しく過ごす方法はいくらでもある。
それまで薄っすらとしかなかった自己嫌悪が、明確な希死念慮になった。担当の医師からは、鬱は完治はしないのでうまく付き合っていくしかないと言われている。毎日、「今日死のうかな」「死ぬのかもしれないな」と不安に思いながら日常生活をなんとかこなしている。
そんな私は毎日ずっと掃除をして過ごしている。掃除は戦争だ。放棄された家事によって汚れ散らかした部屋を相手に、ゴミ袋と雑巾だけで立ち向かわなければならない、勝ち目の薄い戦争だ。戦争中には「死ぬかも」なんて思っている暇はない。気を抜くと死ぬ。そう仮想上官に脅されながら、必死に雑巾を擦り続けているのである。この終わらない戦争の中に、唯一、私は心の平和を見いだしている。
この戦争は毎日、この時間になると休戦になるのだが、それは私にとって危険な時間だ。早く薬を飲んで寝て、自死を避け、明日の戦争に備えなければならない。
おやすみなさい
雑巾すら作れないのを恥ずかしがらないで