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はてなキーワード: 交通事故とは

2025-11-30

anond:20251130171055

いやどう考えても健常児を産もうとしたら障害を持った子が生まれしまっただけでしょ。健常児だけ産む方法確立されているなら別だけど。

 

休日だしドライブしたら交通事故に遭って一生の障害を負っても、それを承知ドライブしたはずだとは皆言わないじゃない。

検討してる精神科病院がすごい

今通ってる病院に絶縁状を突きつけ、次回行くところを探してるのだが今検討してる精神科がすごい

当院で対応が困難なケース、

当院ができないことをご紹介しま

18歳未満の方

暴言・大声を出される方

興奮状態・暴れる方

強い希死念慮の方

強い希死念慮死にたい気持ちが強い)の方、もしくは3か月以内の自殺企図(実際に自殺しようとした人)の方/本人不在での医師面談家族相談など)/摂食障害などBMI:16以下の方/アルコール依存症・薬物依存症の方/性同一性障害GID)の診断/精神科病院退院が1か月以内の方/精神科病院の入退院を繰り返している方/精神科入院が早期に必要な方/労災認定可能性がある方/交通事故などの損害賠償責任可能性がある方/日本語での意思疎通が図れない方(毎回通訳者が同席いただける方は可)

もちろん全部に当てはまってないわけだが

摂食自殺企図って精神科医の世界でも厄介なんだな

Xの評判によると障害年金診断書を書いてくれるらしいので、ここでもいいかなと思ってる

2025-11-27

家の眼の前で警察交通事故の見聞してたので

uber頼んじゃおっと

早く来てくれよモペット

2025-11-25

子供を守るってのは、いか日常生活でのリスクを減らすかなのよ

公園アメリカンドッグ食べながら歩いてる2歳くらいの子がいて、親は離れた場所カメラ持ってニコニコ撮影してた…

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/2631759

で最もスター集めてトップブコメになってるのがコレ↓

別に串持ってなくても転んで頭打って死ぬこともあるし5歳ぐらいまではどこからでも死ぬ。気付けばやめた方がいいけどあんま神経質になっても気が狂うよ。特に他人のやることには。

 

いや、子供を無事に育てるのに大事なのはさ、いかリスクを減らしていくかなんだよ。

例えば、今うちの子が通う小学校はみな毎日水筒をもっていってるんだけど(俺が子供のころは水道蛇口から飲んでたけどね、今は水筒持参なんだね)

夏に冷たい麦茶を飲ませたいと思って魔法瓶タイプ水筒持たせたら先生からプラ製の水筒にしてください、金属製は持たせないでください」と注意されたんよ。

なぜか?

水筒を胸の前に下げてる状態で転んだときに、頑丈な金属製水筒だと地面と体の間の突起物になって内臓ダメージ与える可能性があるからなんよ。

プラ製なら地面に勢いよく接触した時点で割れて、子供が上に乗っても割れて、内臓に与えるダメージが少ないからなんよ。(実際に地面に落として2度ほど割って買い替えてる)

それを聞いて「なるほど確かに!」と得心して、それから二度と子に学校へも休日でも金属製水筒や硬いものを首から下げさせてないよ。

そこで「うちの子には冷たく美味しい麦茶を飲ませたい!どうせ転んだら頭打って死ぬこともある、金属製水筒禁止するのは気にしすぎ」と先生相手にゴネたら、親失格だよ。

 

乗用車バンパーボンネットが柔らかく作られてて、人をはねたときに凹んで変形することでエネルギーを吸収してダメージ低減させてるのと同じ。街中でカンガルーバー付けた四駆や頑丈な古いアメ車に乗ってる人達は、歩行車をはねたとき相手を殺す可能性が高いリスクを考えてないのかと不思議に思う…

  

「転んだら何もなくても頭を打って死ぬことがある、気にしすぎるな」じゃないんよ。

何かアクシデントが起きたときリスクを少しでも減らしていくのが子供を守るってことなんよ。

 

赤ちゃんベビーベッドで育ててたときは、壁と底マットの間の隙間ができないようにキツキツのマットを敷いて、紐が周囲に垂れ下がらないようにして、呼吸(動き)が止まったときにビービーなるアラームを付けてたさ。

壁とマットの隙間に赤ちゃんがはまりこんで圧迫され窒息死することがあるし、紐が首にまきついて窒息死することがあるし、何の理由がなくても呼吸が急にとまって窒息死することもあるからね。

ごはんをあげるときは丸い球状のものはそのまま与えず、必ず細かく刻んであげてたよ。気管に入り込んだたら詰まって窒息死させることがあるからね。

 

子供を育てるってのは、いか日常の中で子が死んだり怪我するリスクを減らすかなんだよ。その環境作りは親の責務なんだよ。

子を失ってから、重い障害を負わせてから「ああしてればよかった、気を付けてればよかった」と後悔しても遅いんよ。

すこしでもリスクの低い環境を作ることが、少しでも子が死んだり障害を負う可能性を減らすことが、周囲にいる大人の責務だと思っとるよ。

特に保護者である親はね。

 

「〇〇したら死ぬこともあるだから気にしすぎるな」じゃなくて、気にして気にしてその対処日常生活の中でやってく責務が、親にはあると思っとるよ。

それをやらない親は、虐待に近いと思っとるよ。知っててやらないのもダメだし、周知のリスク知識不足で知らずに子に追わせてしまうのもダメだと思うよ。

親として子のリスクを減らすのは、「やらんといかん」義務だと思うよ。

 

追記

「車の交通事故確率のほうが串刺し事故確率より高いから、串刺しを気にするなら車にも乗せるな」のブコメ

車がないと日常生活に困るから、車に乗ることによるメリット交通事故リスクよりも大きいから、車に乗せてるよ。そうでないと育児できないもの

もちろん子を載せてるときは一人で乗ってるときより安全運転するし、事故が起こったときリスクを減らすために必ずジュニアシートに乗せてシートベルト付けさせてるよ。

 

でさ、「串をくわえたまま歩き回る」ことによるメリットってある?「串を咥えてるときは歩かせない、歩くなら口から出させて手にもたせる」ことによるデメリットって、ある?

俺には思いつかないけど、串をくわえることによるメリットが、喉に刺さるリスクよりも大きいなら、やらせ判断をしてもいいんじゃない

何かメリットある?無いよな?

益と害を比較して、害の部分を少しでも減らしていこうって話よ。

2025-11-24

anond:20251124191601

前にどっかでみた「毎年数千人は交通事故死ぬ、この数字は変わらない、そこには入らないとみんな理由なくおもって生きてる」っていうの読んでぞっとした

2025-11-23

26歳、人生に飽きた

人生に飽きてきた

しょうもない人間自分語りです

もし、あなたが暇で暇でしょうがなかったら読んでいって欲しい

6歳の時に父を亡くした、交通事故だった

それからは母が1人で自分を育ててくれた

中学卒業してから地元の先輩の紹介で現場仕事をしながら高校に通った

田舎だが地元では二番目に賢い高校だった

一番にはなれなかったが、後悔はなかった

母も地元の友人も喜んでくれた

母がパート給料10年間貯めてくれたお陰で週一は塾に通えた

家計が苦しいことはよく分かっていたので、試験で思うように結果が出ない時期は心が苦しかった

受験東大を受けたが当然落ちた、結果を報告した時の母の悲しそうな顔は忘れられない

結果が出た次の日の朝から現場で働いた

高校3年間働かせて貰った社長受験の結果を伝えると、「ウチで働かないか」と言ってくれた

当時は免許を持っておらず仕事に支障をきたしていたこともあり、社長から卒業祝いとして免許を取れるだけのお金をいただいた

自動車学校地元の先輩と偶然再開した

(先輩は学生時代に無免許でパクられており、数年間免許が取れなかったらしい)

先輩に近況を話すと「大学には行った方がいい」と熱弁された

お金のことや仕事のこと、社長への恩があるといいやんわりと断ったが、その日の夜には地元から金を集めてきて「この金でもう一年やって東大行けよ」って言ってくれた

翌日、社長にこのことを相談したら「免許代のことは気にしなくていいからお前の好きなようにやれ」って言ってくれた

仕事一服時間職場の先輩たちが予備校や塾を一緒に探してくれた

浪人は苦しかった

から働いて、予備校講義を受けて、夜にまた働いた

仕事のない日は予備校が開く前にドアの前で待ち、閉まるまで勉強した

終電がなくなった時には地元同級生が迎えにきてくれた

半年予備校に通い、2度目の受験をした

東大には受からなかったが、関東国立大学に受かることができた

合格を報告した時に母は泣きながら抱きついて喜んでくれた

職場社長も、先輩たちも、地元同級生・先輩・後輩、みんな喜んでくれた

恩なら報いなくてはいけないと思った

大学での生活は楽しくも苦しかった

家賃光熱費携帯学費税金、生きてるだけなのに口座残高がみるみる減っていった

飲食店バイト生活を維持していたが、コロナ流行り、店が閉店した

ちょうど研究室の配属が始まり生活が忙しくなった

化学研究室あるあるだろうが、とにかく時間拘束が厳しかった

土日も朝から研究室にいないと電話がかかってくるような研究室だった

金が足りなくなり、軽い気持ち消費者金融に頼った

そこから借金が膨れるのに時間は掛からなかった

クレジットカード家賃の催促で起こされる日々が続いた

コロナが明け、ようやくバイトが見つかってから借金の返済に追われる毎日だった

そんな日々が何年か続き、大学に入ってから6年が経った

地元には中々帰れなかったが、大学院を卒業して、祖父母名前を知っている会社に入ることができた

新卒1年目は分からない事ばかりであっという間だったが、仕事を覚えて、残った借金を返すことに必死だった

幸い、給料世間一般で言えばかなりいい方で、いつのまにか借金はなくなり、人並みに貯金が出来ていた

社会人1年目の冬からは親に仕送りが出来るようになった

年末ボーナス地元の先輩や現場仕事をしていた頃の社長に金を返してお礼を言えた

お世話になった人たちとご飯に行って、一丁前に伝票を持ったりした

これからは恩を返す人生だと思った

関東に戻れば、朝起きて、働いて、帰って、寝るだけの生活が続く

月末には給料が入り、恩を返す

ふと思えば、20数年間、趣味というものが何もなかった

子供の頃は金がなくて欲しいものは買えなかったし、学生時代仕事バイトに追われて時間がなかった

今は違う。好きなことをするだけの時間お金もある。

でも、やりたいことも、行きたい場所も、食べないものも何も湧いてこない。

借金を返したり、恩を返したりすること以外自分には何もないことに気がついた

毎日食べるコンビニご飯も、寝る前に惰性でするオナニーも、いつか喧嘩が絶えなくなるだけの恋人との関係も、勝っても高々数万の為に何時間も使わされるギャンブルも、現場時代の名残りで吸い続けていただけのタバコも全部飽きていた

別に人生に飽きても死ぬ訳でも、死にたい訳でもない

何かが変わる訳でも、何かを変える訳でもない

でも、それ以来、自分からはより何もなくなってしまった

タバコギャンブル馬鹿馬鹿しくなって辞めてしまった

毎日、朝起きて、働いて、帰って、寝るだけの生活が続いている

恩を返す以外にオレは何をすればいいんだろうか

2025-11-20

山上被告報道を見ていて思ったこ

長くなったので読みにくいかもしれません

あと、あまりここの空気感理解できていないかもしれません

半年ROMれてませんが匿名性が必要だったのでここに書かせていただきます

乱文ご容赦ください

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

テレビ山上被告裁判報道が流れてくるたびに

援護が無さすぎるのではないかと思い、やっぱり納得がいかないと感じたので

ここに書きにきた

 

 

 

以前から何度も書こうと思っていたけれど

どうしても書けないまま 何年も過ぎてしまったが

まり社会の様子は変わらず、

まり山上被告裁判報道を見るのが辛かったので

なんとか書き始めた

 

 

ーーーここからは私が統一教会にいた頃の話が出てきます

フラッシュバックなど、読むのが嫌だと感じる場合スルーしてくださいーーー

 

 

 

 

 

あの日の銃撃の報道は今も忘れられない

呆然とした

 

正直なところ

ショックとか 人が亡くなったということ以上に

 

「どうして今になって」と思った

 

 

 

私が統一教会から逃げ出して10年は経っていて、

ようやく悪夢を見て、ドキドキしながら目覚めることが無くなってきていた頃だった

 

 

 

逃げ出した後も燃え尽き症候群のようになり

ベッドから起き上がれなくなる日が続いて

一度は「こんなに辛いならもう死のう」と思ったけれど

 

死ぬ元気があるならそれで好きなことしようぜ…死にたいなら

いつでもそのボタン自分が持ってるんだから もう私は誰にも縛られてないんだから」と思い

 

 

 

誰にも助けてもらえないので(親に話したが困惑されて流されただけだったので)

自ら自立支援センターにかかり、カウンセリングを受け、

それでもなかなか人への恐怖や組織へ入る恐怖を克服できなかったので

バイトもできず

 

ニートを経て、なんとかフリーランスを細々始めて

それでも人が怖くて怖くて

いつも人の顔が見れず震えて汗をかいたり

人と会ったあとは部屋で寝て起き上がれなかったり

遠出ができなかったり

 

 

そういうことがようやくひと段落つき始めていた頃

「ようやく最近少しずつ人と話せるようになってきたな」

「ようやく教団の元仲間から説得のメールが来ることも無くなってきたな」

と思っていた頃に

 

その事件報道で流れた

 

 

 

なんだかバカバカしくなってしまった

 

 

誰にも言えなくて

から付き合いのある友人にも言えなくて

両親に言っても「よく出てきたな」と言われるだけで

具体的なケアは何もしてもらえない中で

自分で考えて一歩一歩、精神ケアに励んだ10年間

 

宗教施設で共同生活をしていて就活タイミングを逃しました」

「経歴に書けることがありません」

宗教施設生活していた影響で人が怖くてしょうがなくてバイトすらできません」

燃え尽き症候群のようになって社会生活を人並みに送ることがどうしても難しいです」

 

そんなことの説明をしようがなく

 

ただひたすら周りからの、

「この人どうして朝起きれないんだろう」「なんか付き合い悪いな」

学生時代の話してくれないな」「この人いっつも何してるんだろう 無職?」

「なんで結婚しないの」「なんでハロワ行かないの」「なんでもっと営業しないの」

「なんでいっつもお金が無いの」

あらゆる なんで? に耐えながら

 

ひたすら自分の足で立つことができるようになるように

 

一生懸命もう一度歩く練習をし続けた10年間

 

 

 

1発の銃声で 毎日のように統一教会名前テレビで聞くようになってしまった

 

 

 

 

ずっと社会から可視だった存在が 透明人間だった自分

無かったことになっている自分の在籍期間6年とリハビリ生活10年間が

 

突然色を与えられたような感覚

 

 

しかった

 

その行為自体賞賛はできるはずもないけれど 思いは複雑だった

ただ悲しかった

 

 

山上被告はとても辛かったんじゃないだろうかとは思った

 

 

 

 

あれは叫びだと私には感じられた

それくらい 中にいると社会生活している人とは隔絶され 外の声は届かないし

中の声もまた外には届かなくなる

 

 

そこには長らく透明な分厚い分厚い壁があって中と外は隔絶されていた

 

 

あの1発の弾がそれを壊した

尊い人命と共に

 

 

その重大さを社会にどこまで理解してもらえているのか 分からない

 

 

 

 

 

その苦しみは 多分本気であの中で一生懸命やった人にしかからないだろうと思う

 

 

 

 

それでもそこから私が逃げ出せたのは

ある程度、状況を俯瞰して見る(ある種冷笑的な)感覚を身につけていたからで

そこに関しては、私は自分漫画アニメ好きのオタクでよかったなと思っている

 

マジで漫画みたいなこと言うやんw」という茶化しが自分の中でできていたこと、

不真面目だったため、外の読み物やテレビは見てはいけないことになっていたが

隠れてコンビニ漫画立ち読みしていたこと、

伝道(いわゆる勧誘)もこっそりトイレに隠れてサボりまくっていたことなど

 

中の人からすると酷い不真面目、規律違反的なことをやっていたために

最後の一歩(あ、ここにいたら私の人生、誰も保証してくれないんじゃないか?)

という感覚に至れた、というところがある

 

 

 

しかし、そんな不真面目な私であっても

逃げ出すことが良いことなのか悪いことなのか、その時点では判別はできていなかった

 

 

神や、いわゆるお父様お母様(教祖)に背くことになるわけなので

正直ここから出てその後どんなことが訪れても覚悟を決めようというような気持ちはあった

 

 

なぜならいわゆる統一教会が言うところの「神のみ旨」を放棄することになるわけなので、

そうなった時に自分に何かよくないことが起きるかも、私だけじゃなく家族も何かよくないことが起きるかも、

という感覚が強く自分支配していて そこに対して否定できる確証はなかったからだ

私が死ななくても 私の代わりに誰かが死ぬかも、と本気で思っていた

 

不真面目な信者であってもこのくらいにはどっぷり浸かっていた

 

 

 

 

それでも私は「本当に神様がいて 神様が私を愛しているとしたら

私のこの選択も祝福してくれるんじゃないか」という気持ちも微かに持っていた

それを信じたい、という気持ちだったと思う

 

そうであったらいいな、という感じで

 

もちろん確証も何もない

 

 

こんなふうになったか

今だからそんなふうに言えているだけで

その時には全く確証がなかった

 

 

 

 

 

ただ今言えるのは「神様がいるとすれば 統一教会にいる人も愛していると思うし

私のことも愛しているんじゃないかと思う」ということだ

 

これは信仰心ではなく

私が少しずつ回復して自分を取り戻す過程でたどり着いた

今の段階での結論というか、

信念的なものではあると思う

確証はないけれど「そうなんじゃないか?」と思っている、というようなことだ

 

「そうでなきゃやってられるか」というような思いでもある

 

 

 

 

 

神がいようがいまいが関係なく日々は続くし

私の場合 立ち止まっていても誰かが

大丈夫?私がなんとかしてあげる 任せて」と

手を引いてくれるような状況は皆無だったか

自分の足で一歩ずつ歩くしかなかった

 

(唯一打ち明けたカウンセラーの人も宗教的な苦しみまでは理解してケアしてくれなかったし 

かといって宗教的ものに再度頼るのはもう懲り懲りだった

被害者コミュニティもあったかもしれないがまたそこから出られなくなるのではと思い、

組織に属するのが怖かった

両親は受け身なので私が動かない限り私の状況は好転するわけがなかった)

 

 

ただ言えるのは、自分で少しずつ歩く過程で人に支えてもらえることはあった、ということだ

理解できないなりに 両親は私の過去を酷くなじることはなかったし、生活支援してくれた

「よく出てきたな それはなかなかできないことだぞ」と肯定はしてくれた

自立支援センターも、電話をかけたものの一人で行くのが怖かったので着いてきてもらった

 

理解してくれていようがしてくれなかろうが 都度都度助けてくれる人はい

 

 

 

カウンセラーの人が言ってくれたことのいくつかは今も自分を支えてくれている

 

(私は自分の中に宗教施設にいたという負い目があったので、とにかく人に疑われるということが怖かった

自分の話をするのが怖く、いつボロを出しておかしなことを話してしまわないかと怖かった

そのせいか言葉がなかなか出てこなかったけど「ペラペラ話す人よりちょっとずつ一言一言話す人の方が信頼感があるよ」と言ってもらえたので 今は辿々しくても少しずつ言葉を並べられるようになった

だいぶ人と話すことが怖くなくなった)

 

 

 

 

神がいようがいまいが 関係なく日々は続いていく、というのはそういう感覚

 

 

 

 

 

 

私がいたのは学生寮のようなところで

信者に向け講義をするような人材を育てることを目的としている寮だった

世話役夫婦が1組

20〜25人くらいの規模で

マンションの3部屋(うち1部屋は夫婦の家)を借りて男女別れて住んでいた

 

みんな割と若かったと思う

20歳後半〜大学生くらいが所属していた

 

私は2世ではない

勧誘されて大学1年生で所属した

 

 

まだ規制が緩かったので大学内でも駅のコンコースでも勧誘を行なっていた

 

声をかけられた時も怪しいなとは思っていたが 半ば分かっていてついていった

最初から開示されていたわけではないが

いわゆるビデオセンターでの履修がひと段落した頃に

統一教会だと開示を受けた上で「寮に入らないか」というような打診を受けたので

なんとなく流れで、面白そうなので入ることにした

あと、みんな、人が良い人たちだった、というのがあった

 

 

でも入教したキッカケには結局、自分の中に将来自分が働いているビジョンが湧かなかったり

将来に対する漠然とした逃げのような気持ちがあったのだと思う

 

社会一般基準で勤めることは難しいんじゃないかという漠然とした不安があった

 

 

この時このような逃げの姿勢でいなければ

こんなに長く苦しむことはなかったなと今になってみれば思う

 

 

 

 

施設での生活としては

朝早くから起きて

原理講論を音読したり、勉強会をしたり、祈りをしたり、敬拝をしたりする

 

 

学生なので献金は求められなかったが

仕送りは全て世話役夫婦に預ける形になっていて自由には使えなかった

お金は全て「聖別」といって、清められ

そういう清められたお金は「神様とお父様お母様のお金」と言い含められる

 

そうして外から買ってきたものも塩と祈りで毎回清めていて、

清められていないものは手をつけてはいけない

 

お金はとにかく厳しく管理されていて好きなものは買えなかった

 

 

大学内ではあまり交遊を持たないように言われていたので

友人と遊びに行く、呑みに行くなどの経験も皆無だ

もちろん遊びにお金を使うことができないので 自由な交遊はできない、と言っていい

 

学校から帰ってきたら即駅のコンコースや他大学伝道という名の勧誘に行く

 

 

長期休暇は県外へ、車中泊をしながら1日中歩いてフキンの訪問販売をする

これも教会からすれば宗教活動の一環のようなもの

当然ながらより多く売れた方が良いわけだが私はいつもほとんど売れなかった

そんなことをしながら公園などで車の中で寝泊まりをする

1ヶ月寮には帰れない 

 

家族には内部のことは言えないことになっていて

帰省も数日しかできなかった

 

 

 

これらを聞いて楽しそう、と思うだろうか?

こういう生活が性に合っている人がいるのは事実

 

けれど楽しいと思うことを排除し、自分否定し、自分の望むもの否定して、

それを全てみ旨に捧げるというのが信仰の道だった

 

苦しければ苦しいほど条件になる、そういう発想なのだ

(そういう発想が多額の献金要求にも繋がったのかもしれない が その要求正当性は無いと思う)

 

 

私が寮内で大きな声で笑っていたら先輩に

あなたが来てから、こんな大きな声で笑ってもいいんだなって 初めて思ったの」と言われた

そういう場所だったのだ

聞いた時はドン引きした

 

 

 

 

それでもやっている時は一生懸命だった

けれど これは本当に人を幸せにするような活動なのか?という疑問がずっとあった

 

(そういった活動などが条件となり積み重ねられ、

その条件が満ちると間接的に人を幸せにする、という考え方なので

目の前の相手を即幸せ気持ちにさせたかどうかはあまり重要ではない)

(どれだけ苦労を重ねるか 自分の欲や怠惰否定できるかの方が

より大きな条件になるという考え方になる)

(親が子を置いて宗教活動邁進することになるのは、そういう仕組みゆえだ)

 

 

 

 

そうして大学からの6年間を

人になかなか言うことができないような生活で費やしてしまたことは

勿体ないことだったと素直に思っている

 

 

勿体なかったと言うと「でもあなたのその過去も今に繋がっているじゃない?」

というような返しを親からされることがあるが

 

 

 

これを言われると いつも胸が詰まり

説明のできないいろんな思いが去来して胸がぐるぐるする

 

 

しなくてもいい苦労というのはある、ということで

誰も「統一教会が許せない」とも「あなたが失ったものを思うと本当に悲しい」とも

言ってくれる人はいなかった

 

私の、誰にも相談できなかった日々、1人苦しんだ日々を

肯定しろ」と暗に言われているような気がするのだ

 

 

私が逃げ出すことによって自分家族も不幸な目に遭って死ぬかもしれない

もしひどい事が起こるなら私に起こしてくださいと

恐怖とプレッシャーに押し潰されながら綱渡りしていた日々を

誰にも相談できなかった日々を

 

 

肯定しないといけないのだろうか?

 

 

 

 

 

 

山上被告統一教会否定してくれたのだ

 

 

 

この状況になるまで誰もそれをすることができなかった

 

 

その事実はとても重いと思う

 

 

 

 

 

 

世間自助自助と言うが

 

 

それは助ける力がない人たちが口を揃えて言う言葉のようにも思える

 

 

 

自助とはそんなに簡単にできることではない

 

 

とても、とても苦しいもの

 

 

  

  

 

山上被告は 自助をする以外になかった

 

それがこの方法だったのだ

 

この方法以外で彼が救われることもなかっただろうと思う

 

 

 

それくらい救いの手が届かない場所なのだ

 

 

 

 

山上被告自分自分を救うしかなかった結果がこれだったのではないだろうかと思う

 

 

 

 

  

 

私が入教して実感したことは、宗教に関わっている人は意外と多い、ということだ

私のいた寮の中にも、親が創価学会だったがそれに反発して統一教会に来た人もいた

(その人は非常に熱心な人だったが その後心身を崩して入院されたりしていた)

 

気になったのは、世話役夫婦奥さんの方はいつも病気がちで寝てばかりだったことだ

いつも辛そうだなと思っていた

断食をしたり敬拝をしたり長時間伝道をしたり 体を酷使することも多かったので

体を悪くしている人も多かった

 

2世の子に会ったこともある

 

 

みんな普通の人たちだ

 

 

ただ 社会では可視化されていなかっただけだ

 

 

 

そこにいる人たちは みんなそれぞれがんばって生きている

 

 

 

 

それを食い物にする、というのがおかしな話で

 

どんな宗教であっても「献金しなければ救われない」というのはおかしいことだと思う

 

 

 

 

 

正直に言えば 宗教法人は本当に好き放題するところは好き放題やっていると思う

人の気持ちは弱いので それで救われるなら払ってしまうわけだけど

 

その人が人生を構築する大切なお金

 

 

なんとかもう少し規制ができてほしい

 

 

 

 

少なくともその行き過ぎた状態が、あのような悲惨事件帰結したのだということを思うと

そこをきちんと、法なりなんなりで整備しないというのは、単純に理解に苦しむ

 

 

 

状況がもう少し良くなってくれることを願う

 

 

 

山上被告がやったことを私は責めることができない

あの事件が無ければ少なくとも私の16年は社会の中では意味を持たず透明なままだったし

こんな話は絶対にできなかっただろうと思う

 

 

 

誰も助けてくれなかったのだ

山上被告も、誰も助けてくれなかったんだろうと思う

 

それを思うと本当に胸が苦しい

 

 

何度も書くが

誰かが助けてくれるはずがないのだ

 

からも気付かれない、社会から気付かれないようになっている

そういう構造になっているのだ

 

 

 

 

本来なら自分のために使われていたであろうはずのお金

楽しい家族旅行、欲しかったおもちゃ勉強するための本、服、車

普通の人が当たり前に経験する友人との時間家族と過ごせた時間

そういうものに付随する思い出全てが

目の前でそのまま宗教団体に手渡されていってしま

 

 

その悔しさ 悲しさ 苦しみを思うと計り知れない

 

 

 

 

私の失った16年  いや、それでは比較にならないほどの苦しみと絶望だと思う

 

 

 

それらは 決して帰ってはこない

 

 

 

 

泡になって 帰ってこない

 

 

 

 

 

 

 

 

私に限って言えば自業自得だったと自分を納得させられる

けれど山上被告に関してはそうではなかったと思う

親が宗教活動にハマるなんていうのは交通事故のようで あまりにも避けようがない

加えてそれを身内がどうにかするなんていうのはほぼ不可能だと言っていい

なんなら母親被害を受けた側、交通事故に遭った側だとも感じられる

 

 

 

内情を知る人の弁護がなさすぎる気がする

法廷ではもしかしたらあるのかもしれないが

 

宗教にどっぷりハマっている身内がいる状況」

宗教にどっぷりハマっているとはどういう状態なのか」

をどれくらいの人がリアル想像できるだろうか

 

 

 

私は最後、逃げ出す前に

世話役夫婦相談をしていた

もしこの人たちがもう少し私に向き合ってくれていたら

私はまだ教会にいたかもしれない

 

けれど最終的な結論として

「ああ この人たちは神に祈りお父様お母様に祈る以上のことはしてくれないんだ」と思った

 

話が一方通行でこれ以上話してもしょうがないと感じられた

 

 

彼らは「神のみ旨」という大義によって動いていて

お父様の言葉、お母様の言葉に終始帰結する

 

それが最終的な答えになるので話ができないのだ

 

「こうこうこういうことで悩んでいる」

と悩みを打ち明けても

「では祈りだ 敬拝だ 献金だ 聖地に行こう」

神のみ旨はこうだ」「お父様お母様はこう言っている」

その堂々巡りになる

 

そこを信じて同じことを繰り返せばいいのだ

それが信仰なのだという教えなので

他の話は通じない

 

 

一切だ 一切通じない

 

 

その虚しさは 本気で話をしようとした人間しかからないだろうと思う

 

皆良い人たちなのだ

信頼もしていた

個人で見れば仲間や世話になった人たちだ 頭が悪いわけでもおかしいわけでもない

 

けれどそうであればあるほど ある一定のところから会話ができなくなることが辛い

 

 

 

逃げた後、私は入教前に元々住んでいたアパートに帰った

入寮時にそこを解約すると家族おかしく思われるのでそのまま残しておく慣わしなの

ただその鍵は世話役夫婦に預ける形になっていて

入教すると元の家には特別なことでもない限り入ることはできなくなる

 

記憶が薄いが、そこに帰れたということは

私はもしかしたらスペアキーを持っていたのかもしれない

 

 

しばらくその部屋には仲間が何度も説得に訪れた

手紙が置いてあったり食べ物がドアの取っ手にかかっていたりした

 

無視をし続けていたところ

ある時、眠っていて目を覚ましたら目の前に女性の仲間(先輩)がいて、私を覗き込んでいた

預けたままになっていた鍵を使って勝手に部屋の中に入ってきていたのだ

心臓が止まりそうなほど驚いたし実際叫んだと思う

 

その人に悪気はなかった

 

けれど、「神のためならそれができる」そういう思考回路になってしまうのだ

「神のために、この人を救わないといけない」

神のみ旨であればこの行いは許される」

そういう思考回路で人の気持ち簡単に踏み躙ってしま

 

 

私は何度も何度も「あなたたちを見ると色んなことを思い出して怖くて震えて辛いので何も送らないでほしい 会いにこないでほしい」と伝えた

 

やがて手紙が来たり食べ物が置いてあるということは無くなった

 

私はその後、1度体を完全に壊したのでその Permalink | 記事への反応(2) | 22:48

anond:20251120220759

まあそういうのもだけど普通に横領とか交通事故とかでさえ非難一色かと言われると擁護はあったりするから何を今更?と思っただけや

2025-11-18

https://news.yahoo.co.jp/articles/5e7d0adc73317b51b400707787e85c7cfe72a5f9

> 例年、交通事故による死亡者数は2000人超え。自殺者数は2万人超え。しかし、メディアがその数字を大声で喧伝しても、「でも車便利だからしょうがなくね」「社会に疲れちゃうのも仕方なくね」と大衆諦観交じりの無関心を決め込む為、数字は取れない。

> しかクマは、「噛まれたら痛そう」「人間が喰われて血みどろになるってヤバい」など、残忍な恐怖を想像する作業がはかどるため、死の実感の希薄現代人には刺さるのだろう。

例年より被害が増えているから、学校幼稚園で送迎が必須になってんだよな。

当人子どもいるらしいから、実質面倒ごとが増えた愚痴なんじゃないですか?

あと、仮に例えるなら「歩道が広いではないか」と歩道走行する車両による人身事故が増えました、という話なんだよな。

> トドメを刺されてぶっ倒れた鹿は60㎏以上の個体もザラだが、もちろんお爺ちゃん一人じゃ軽トラの荷台に載せられない。だから死体道路脇に放置する。法律では車内から鉄砲だけをヌッと出して撃つの違法だし、獲った獲物を遺棄するのも違法だ。

> だが、猟師のオッチャンたちと仲良くなるとよく分かる。もちろん全員ではないが、多くの猟師暗黙の了解でこれらをしている。じゃないと駆除が追っつかない現実もあるのだ。

暗黙の了解を堂々と記事にして取り上げるのは良くないよ。

2025-11-14

謝罪代行会社メンゴ

依頼を受けた不祥事に対して代わりに謝罪する

基本は電話での謝罪となるが直接現場に赴き謝罪する場合は別途交通費負担

プランによっては複数名用意し会見のセッティングなども可能(別途負担)

無断欠勤デートすっぽかしといった軽微なことから

交通事故横領食品書類偽装汚職など大規模なことまで対応

料金は規模によって変動あり

弁護士事務所じゃないので謝罪に付随する慰謝料補償交渉に関しては業務対象外

謝罪元に転籍して会社人間として謝罪を行うことも可能(手続き料等は別途負担)

2025-11-12

映画】みなに幸あれを見た

昨今の日本の村ホラーの中ではかなり頑張ってる方だと思うんだけど。

それが逆にテーマ性との接続を損なってる気がして集中できなかった、59点。

 

「誰かの不幸の上に自分たち幸せが成り立っている」というありふれたテーマ不条理ホラーに落とし込んだ作品。とにかくこの不条理な村ホラーの部分のアイデア豊富さや演出がよくて「なんかキモくて怖い映画見たいな」って人には普通におすすめできる。

不条理な村ホラーってのはアレね。「なんかこいつらの会話おかしくね?」「なんかこの住民の行動おかしくね?」みたいな心理的生理的嫌悪感を含む違和感が徐々に大きくなっていって事件が起きてヒャーってなるやつ。今作ではこの住人が主人公家族なんだけども、この家族キモさ、異常さが本当によくて。よくこんなにキモアイデア詰め込んだな~って感心させられる。

 

内容的には

主人公祖父母の家に行ったらなんか様子が変で探ってたら2階に目と口が縫い合わされた老人が幽閉されてて、実はその老人を不幸にすることでこの家は幸福を保っていたことがわかる。主人公がその老人を逃がすが、老人は交通事故で死亡。家族は急に不幸になり主人公は新しい贄を連れてくるように家族に頼まれて~

的な話。

 

実際には主人公の家だけではなくその村全体がそうで、もしかたらこ世界中で本当に起こっているかもしれないよ的な感じで、弱者搾取するこで成立する世界を強烈に風刺している。そしてこの作品メッセージ性の優れているところとしては「お前らも弱者を踏みつけにしてるだろ」というだけではなく、幽閉されていた贄の老人のように「お前らも目と口を塞がれて幸福搾取されてるぞ」という加害者被害者両方の立場提示してくるところ。

 

ただこのメッセージ性と村ホラー接続が俺の中ではイマイチだったと感じた。

まず祖父母の家に入った瞬間から祖父母の行動がヤバすぎて、例えば「なぜか2人して主人公の指をしゃぶりまくる」「暗い廊下の奥から祖母が走ってきてそのまま壁にぶつかる」「突然豚の鳴きまねを始めて豚は幸せだみたいな説法を始める」等々、テーマ関係ない部分のアクが強すぎて話が入ってこんのよ。

もろちん、指しゃぶるのは若者をしゃぶりつくす老人の比喩かもしれないし、豚説法は「弱者を食い物にすることを肯定する」意図があるんだろうしわかるんだろうけど、それらの普遍的テーマと「頭のおかしい家の話」という個の事象が衝突しているように感じる。

昔、ホラー脚本家三宅隆太が「ホラー映画登場人物はなるだけ普通であるべき」みたいな話をラジオでしていて、「主人公が常に赤いマフラーギターを抱えている人間だったら、怖い目に合うのはこいつが異常だから私たちには関係ないと思われてしまう」という話をしていたが、まさにそんな感じ。

同じく、主人公家の贄が死んでしまった(死ぬシーンもめちゃくちゃ見晴らしのいいあぜ道でノ―ブレーキで突っ込んでくる軽トラもよくわからんけど)結果、祖父祖母も弟も母親もみんな耳とか目とか口とかから血を噴出しまくって「早く次見つけてこないと間に合わなくなるよ」と主人公を追い込む展開。いや、それは自分たち幸せ他人の不幸の上に成り立ってるとかじゃなくて、もう「他人を不幸にしないと死ぬ呪い」じゃん。

いや確かに今日本が東南アジア圏の後進国の人たちから搾取をやめますってなったら死ぬかもしれんけどここまで急激にめちゃくちゃなことにはならんやろ。

しかもこの作品には「代々贄がいなくて幸せになれない幼馴染」が出てくるんだけど、そいつの親父は普通に老衰だし幼馴染本人も「本当は絵描きになりたいけど貧乏から農業しなきゃだよね~」くらいの不幸度合いなんだよ。贄いなくてもぶっちゃけどうにでもなるだろこれ。なんで主人公家はあんだけ急激に不幸通り越して破滅しそうなんだよ。

まぁこれも贄に頼り切った結果、もう贄なしでは存続不可能状態になってしまっているという先進国を鋭く風刺しているんだよ!!!と言われたらそうかもしれんけど、風刺内容としては妥当でも作中のルールとしての整合性としてはおかしくなーい?って感じ。

あとは贄システムを拒絶して出て行った叔母が山奥で頭おかしくなってていろいろあって主人公彼女殺害してしまう展開、特にいらんかったな。まぁ「贄システム拒否できない」というダメ押し展開ではある、殺害シーンのショッキングさは「めっちゃ撮りたかったんやろなぁ」ってのはわかるんだけど、叔母の現状や思想テーマにはコネクトしてなかったので、逆にノイズに感じた。

 

全体的に「見せたいもの」「言いたいこと」をかなりうまく表現できているんだけどそれをうまく盛れていないいない印象だった。めっちゃおいしいチキンカツ肉じゃが白身魚ムニエルを全部ご飯にかけてどんぶりしました!みたいな感じ。

この奇妙さをしっかり味わえる和ホラーはめったにないので見てみるといいとは思う。

2025-11-08

anond:20251108233649

襲わないが?そういうのを「殺人事件ニュースを見て、交通事故よりも多いと感じる老人と同類」と言われるんだよ

anond:20251108232406

それはね、お前の観測範囲が歪んで、頭が馬鹿になってるからだよ

殺人事件交通事故よりも多いと勘違いしてる老人と同じだね

要するに、お前のIQが低いんだよ

社会に原因はないよ、お前の問題だよ

クマよりクルマのほうが怖くないか

今年度のクマにより死亡した人数が13人とニュースになって恐れられてるけど、これってかなり人数少ないよなと思う。

例えば、昨年度(令和6年度)の交通事故による死者数は2663人、負傷者数は34万4395人だという。

死者がでる交通事故なんてほとんどが車による事故だろうからクマによる被害人数と比べると車による死者数のほうが格段に多い。

クマよりクルマのほうが死者をだしてるのだからクマよりクルマのほうが怖いだろうと。

クマも「クルマじゃないよ」と言いたくなるわけだ。

2025-11-07

さっき久しぶりに泣いた。悲しかった訳では、なくただ空しくて泣いた。

両親は10年前に交通事故他界。妹はとうの昔に東北田舎に嫁いだ。親戚付き合いは無い。はっきり言って天涯孤独

昨日は仕事が早く終わり松屋で早めの夕飯を終えてTUTAYADVD借りて映画見てた。見ながら少し寝てしまい起きた時は深夜0時。小腹が空いたのでコンビニおでん日本酒まるを買いにいったんだけど、むなしすぎる。

なんというか悲惨自分悲惨すぎて泣けてきたんだよ。正直結婚とか興味は無く、別に生涯一人で生きていこうと思っていた。でもやっぱり無理かも。こんな糞みたいな日常があと40年も続くと思うと絶望しかない。

結婚して子供いるやつが偉いとは思わないが、やっぱり次の代に血を繋ぐという事はすごく大事必要な事だと思う。そうしないと人類が滅びる。そういう観点から見ると俺は世間から全く必要とされていない存在だ。

死ぬまでの人生を生きているだけ。地球にとって無駄しかない。

これを読んでる若者いるかからないが、結婚はしておけ。家族大事しろ。 無理をしてでも子供は作れ。

一生独身でいいとか言ってるやつ今からお見合いパーティーに参加しろ人生パートナーを見つけろ。

40代から本当の地獄が始まるぞ**。

週末の休みの予定は無い。こんな日が続くと思うと吐き気がする。どうすればいいんだよ。

2025-11-02

さっき久しぶりに泣いた。悲しかった訳では、なくただ空しくて泣いた。

両親は10年前に交通事故他界。妹はとうの昔に東北田舎に嫁いだ。親戚付き合いは無い。はっきり言って天涯孤独

今日仕事が早く終わり松屋で早めの夕飯を終えてTUTAYADVD借りて映画見てた。見ながら少し寝てしまい起きた時は深夜0時。小腹が空いたのでコンビニおでん日本酒まるを買いにいったんだけど、むなしすぎる。

なんというか悲惨自分悲惨すぎて泣けてきたんだよ。正直結婚とか興味は無く、別に生涯一人で生きて

いこうと思っていた。でもやっぱり無理かも。こんな糞みたいな日常があと40年も続くと思うと絶望しかない。

結婚して子供いるやつが偉いとは思わないが、やっぱり次の代に血を繋ぐという事はすごく大事必要な事

だと思う。そうしないと人類が滅びる。そういう観点から見ると俺は世間から全く必要とされていない存在だ。

死ぬまでの人生を生きているだけ。地球にとって無駄しかない。

これを読んでる若者いるかからないが、結婚はしておけ。家族大事しろ。 無理をしてでも子供は作れ。

一生独身でいいとか言ってるやつ今からお見合いパーティーに参加しろ人生パートナーを見つけろ。

40代から本当の地獄が始まるぞ。

週末の休みの予定は無い。こんな日が続くと思うと吐き気がする。どうすればいいんだよ。

2025-10-30

anond:20251029145143

クマとは違うけどどうせなら交通事故にあったときになるべく物理的に勝てる車が欲しいなってよく思う

2025-10-29

「男の自殺率が高い」は「男の方が不遇である」という意味ではない

もちろん「だから問題がない」という訳ではないが、原因の認識を誤っていると対策も誤ってしまうので

結論から言うと、自殺に限らず一般論として男の方が死にやすいのである統計的事実として、交通事故による死者は男の方が2倍多く、学校事故では5倍多い(労災による死亡も多いが、危険業務への従事率に男女差があるのでここでは置いておく)

交通事故で死にやすいのは男の方が無謀だからであり、学校事故で死にやすいのは筋力の高さ故に事故時の衝撃が強いかである。同様に、自死においても男の方が思い切りよく強い力で完遂してしまうのである

この裏付けとして、自殺者数は男の方が倍多いが、未遂者数は男女比が逆転して女の方が倍多い。これら未遂者が「実際には死ぬ気がなかった」のではなく「死ぬ気だったが(思い切り、あるいは力が弱く)死にきれなかった」であることは、女性自殺者の未遂経験率が男の2倍あることから分かる

したがって「死ぬほど苦しんでいる人」の割合に関して、男の方が多いと考える理由はない(むしろ、数値としてはおそらく女の方が多い)

ゆえに、性別を問わない一般的自殺対策としては環境改善メンタルケアで正しいが、男女比の是正目的なのであれば取るべき対策は「男に慎重な思考を身に付けさせる教育」か「女の筋トレである

なお、自殺事故死に関して日本の男女差は穏やかな方であり、諸外国ではもっと多くの男が死んでいる

2025-10-28

anond:20251028120628

生活習慣病やらコロナやら交通事故やら🐻以外でも死ぬことはあるからと言って

ゼロリスク目指して酒タバコ外出禁止ってしないのと同様に熊被害だってゼロにする必要ないんだよ

熊以上に死んでる感染症交通事故リスクが増えるのに

なぜコロナ禍のように外出自粛させないかと言えば外出する自由尊重してるから

山奥に住む自由尊重しろよという話

[]anond:20251028201452

原因 年間死亡数(おおよそ) 備考
クマ 約6人 2023年度、219件の襲撃中6件が死亡。近年増加傾向。
スズメバチ17 2008〜2018年平均。ハチ類全体の刺傷死を含む。
殺人 約300〜900人 年によって変動。2017年は307人。
交通事故 約3,200人 2022年は3,216人。減少傾向。
餅(窒息) 約4,000人 食べ物窒息死の大半が餅によるとされる。

テレビつけりゃ毎日クマクマクマ!「過去最多の被害!」とか言って、マジでラスボス扱いじゃん。

でもさ、ちょっと数字見てくんない?

年間の死者数(だいたい)

クマ:7人とかそのへん

スズメバチ20人くらい

殺人:300人弱

交通事故:2600人以上

餅:3500人以上

……え、餅やばすぎん?www

クマの数百倍じゃん。毎年正月になると、あの白い悪魔が静かに人々をあの世へ送ってるってことだろ。

クマが出たら猟友会が出動して大捕り物なのに、なんで餅はスーパー普通に売られてんの?おかしくね?

クマ怖い!」ってヒステリックに騒ぐ前に、まず正月餅つき大会規制するのが先じゃねーの?

この国、本当に叩く相手を間違ってるわ。ウケる

クマ被害ってさあ

交通事故の数に比べれば屁みたいなもんだよな

一日10人くらいは交通事故で死んでるぜ

なんでクマときでみんな騒いでるの?

2025-10-26

anond:20251026034138

でも%を考えるとあまりにも低い可能性、たとえば交通事故並だとしたら多くはその可能性を承知で外に出てるし運転してるわけで

思慮深いと思ってるのは本人だけで実際は動けないだけじゃね?と思ってるで俺は

自分も含め男は咄嗟うごけない。それで男が見逃して女が捕まえたやつらが犯人だとしたら、その時点で男がやったことって見てただけ〜なんだよなあ

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