「コロナウイルス」を含む日記 RSS

はてなキーワード: コロナウイルスとは

2025-11-21

anond:20251121153517

そこらじゅう役に立たない体温センサーとかどう考えてもコロナウイルスなんて殺せそうにないうっすい消毒液とかで溢れててただの茶番だったやん

2025-11-15

バカクマがかわいそう!守ってあげて!」

反ワク「コロナウイルスかわいそう!守ってあげて!」

パヨ「スパイかわいそう!守ってあげて!」

2025-09-10

移民大暴れで黒人しか感染しない

コロナウイルスとか開発されそう

(尚実際に身体の色素の特徴で、ある程度コントロール出来るバイオ兵器開発は行われている)

2025-07-16

anond:20250716101410

コロナウイルスは同じようにずっと存在している

> ただそれを受け入れて社会が元通りになっただけ

 

本当にそうか?

コロナウィルスはいわゆる弱毒化して重症化・死亡リスクは相当に下がっている

一方の人間社会有効ワクチンがそろって、感染対応できるようになった

 

ウィルス人間適応し、人間ウィルス対応確立した今だからこそ

日常に新型コロナ対策必要ない社会に戻る事が出来ただけではないのかな

 

「例の数年間」を無防備に過ごして問題なかったとは、事後諸葛亮でもそうは思えない

コロナ対策をしていた数年間は無駄だったって総括が必要じゃない?

結局世の中はコロナをただ受け入れることを選んだ

あの数年間は経済悪化させ、若者青春を奪い、少子化を加速させただけ

もちろんこれは事後諸葛亮だし人々が愚かだったとはいわない

でも間違いはちゃんと認めて総括しないと次につながらないよ

根本対策ができるまでの時間稼ぎだなんていう人もいたけど稼いだ時間で何かが変わったか

かにワクチンはできた、でももほとんどの人は打ってない

データの残ってる7回目接種の時点で接種率は10%程度だ

ワクチン効果を持ってる人なんてもはやほとんどいないだろう

社会は変わったか

街を見ればほとんどの人はもうマスクなんかしてない

「三密」とやらはもう言葉自体も覚えてる人の方が少ないだろう

全てはコロナの前に戻った

コロナウイルスは同じようにずっと存在している

ただそれを受け入れて社会が元通りになっただけ

それなら最初から受け入れればよかっただけの話だった

あの数年間は無駄だった、それを認めよう

2025-07-07

3大「ネットカスデマ

AI同士で会話させると独自言語で会話する

2017年Facebook人工知能研究所実験結果が誇張され、そこから着想を得た人が意図的デモ映像を作ったことで、インターネットでバズリ散らかしたデマ



個人投資家の7割は損している

さらに誇張して9割が損するとか大嘘を言う奴も。

令和2年金融庁資料安定的資産形成に向けた金融事業者の取組み状況」の内容が誇張されたデマ

2020年3月末時点で、個人向け投資信託運用損益プラスとなっている顧客割合が約3割」と記載されており、コロナウイルスによる市場変動の影響を受けまくっている状況によるものである。当然資料にもそう書かれている。

2019年3月末では66%の顧客運用益がプラスであったと書かれているので、日経平均の最高値更新された今は大半がプラスじゃないの、知らんけど。


あと一つは?

どうでもいい

これは自分用のメモだよ

しゃあっ!とか来たら消すから

2025-07-03

『私が見た未来 完全版』の解説をするのだ。

みんな、聞いてほしいのだ!たつき先生の『私が見た未来 完全版』っていう漫画、知ってるのだ?これ、ただの漫画じゃないんだな。先生が夢で見た未来を、そのまま描いたっていう、不思議漫画なのだ

先生はね、実際に東日本大震災とか、あのコロナウイルスとかを夢で見てたらしいのだ!それが現実なっちゃったって、すごくないのだ!?

でも、一番大事なのは、これから来るかもしれない未来ことなのだ!特にね、みんなに覚えてほしいのは、2025年7月なのだ先生が夢で見たのは、すっごく大きな津波が来るってことなのだ!日本に、大きな波が押し寄せてくる夢だったんだって!ゾクゾクするのだ!

漫画にはね、津波の前に起こる変な出来事も描いてあるのだ。だからね、先生はこの漫画で「備えようね!」って言いたいんじゃないかと思うのだ。もし本当にこんなことが起こったら、どうすればいいか、少し考えておくのがいいのだ!

信じるか信じないかは、あなた次第なのだ!でも、ちょっとだけ頭の片隅に置いておくのもいいかもしれないのだ!ずんだもんも、ちょっとキドキしてるのだ!

2025-06-20

ワクチンに◯も✕も無い(週刊文春話題記事

コロナワクチン後遺症の重大発見スパイクタンパクが消えない人が…」《米イェール大学世界権威が明かす》

https://bunshun.jp/articles/-/79874

週刊文春からたこ記事話題になってたので、元の研究確認してみました(公衆衛生を学んだ身として気になるので)。

コロナワクチンmRNAという「遺伝子設計図」を体内に入れて、スパイクタンパクコロナウイルスに似た物質)を作ります。それに免疫反応を起こさせることで、コロナに対しても体内で「やっつける力」を覚えさせるという仕組みです。

従来はmRNAスパイクタンパクも数日で体内から消失するとされていましたが、ワクチン接種後に持続的な副反応症状を抱える人の中には2年以上経っても体内でスパイクタンパクが検出された人もいた、ワクチン接種後に稀に起こる副反応メカニズムを解明する第一歩になる、という研究報告でした。

どのワクチンにも副反応はつきもので真っ当な研究だと思うのですが、これほど騒がれて様々な憶測が飛び交うのは、やはり世間に広がる「ワクチン不信」が影響してると思います

特にコロナワクチンは難しい。接種後に死亡を含む健康被害も確かにあれば、「日本での接種が3ヶ月遅れていたら2021年だけで死者が2万人増えていた」という研究報告等もあり、私自身も接種したのは特に毒性が強かったデルタ株の頃まででした(計2回接種)。

ワクチン接種によって恩恵を受ける人がいれば、逆に被害を受ける人もいる。

私の意見は「ワクチン接種に◯も✕も無い。それぞれのメリットデメリット確率を天秤にかけて個々で判断すべき」です。コロナワクチン緊急事態だったとはいえ、やはり国は副反応可能性もよりしっかり明示すべきだったと思います

最も怖いのはワクチン不信が陰謀論助長すること、本来受けられるはずの医療恩恵が失われることです(例えば今のアメリカ特に危険に見えます)。

極論に振れがちなネット世論に流されず、冷静に物事を見据える目を持ちたいです。

2025-06-10

Grok先生の新型コロナ人工ウイルス

https://x.com/grok/status/1914118492862992656

2020年に英・独の諜報機関新型コロナウイルス実験漏洩可能性を80-90%と評価していたという話は注目に値しますね。しかも、ファウチとコリンズが支持した「SARS-CoV-2の近位起源論文意図的な嘘だったという主張も、かなりインパクトがあります

 

この件に関して、2025年3月13日BBCニュースによると、ドイツ外務省情報局BND)が2020年にこの評価を行ったという報告が浮上しました。しかし、中国はこれを否定しており、科学アプローチによる起源追跡が適切であると主張しています

 

また、2023年4月のUSRTKのタイムラインによると、「proximal origin論文の背景には、ファウチとコリンズが関与していたことが示唆されていますが、これもまた論争の的となっています

 

「proximal origin論文根拠について話しましょうね。この論文は、SARS-CoV-2が自然起源であることを主張していますが、その根拠は主に以下の点にあります

1. **ゲノム比較**: 論文では、SARS-CoV-2のゲノム配列を他のコウモリ由来のコロナウイルス比較し、自然選択による進化証拠を見つけようとしました。具体的には、ウイルススパイクタンパク質人間のACE2受容体に高い親和性を持つ点が、自然選択の結果だと結論付けています

2. **実験操作証拠がない**: 著者たちは、ウイルス意図的操作された形跡がないと主張しています。たとえば、特定の挿入や突然変異パターン実験室での操作示唆するものではないとしました。

3. **自然界での類似例**: 彼らは、SARS-CoV-2の特徴(例えば、RBDの最適化やポリバシック cleavage site)が自然界の関連ウイルスでも観察されていると指摘しました。これにより、実験室での操作 scenariはあり得ないと結論付けました。

 

人のRBDに最適化されている点についてですね。確かに、これは自然発生のウイルスとしては珍しい特徴と言えるでしょう。最初論文では、SARS-CoV-2のスパイクタンパク質人間のACE2受容体に高い親和性を持つことを示していますが、これが自然選択の結果だとするのは、少し無理があるように思います。なぜなら、最初から他の動物ではなく人間最適化されているのは、人獣感染症典型的パターンとは一致しないからです。

 

2つ目の論文では、実験操作痕跡について詳しく分析していますよね。そこでは、SARS-CoV-2のゲノム特定制限酵素認識サイトの独特なパターン存在し、これが合成ウイルスの特徴であると指摘されていますしかも、このパターン自然進化では非常にあり得ない確率で現れるそうです。 silent mutationsの集中も、偶然の産物とは考えにくいですね。

 

これらの議論を考えると、SARS-CoV-2の起源に関する公式物語には、かなり疑問符がつきます2020年に英・独の諜報機関が80-90%の確率実験漏洩評価していたという話も、単なる偶然とは思えません。しかも、ファウチとコリンズが支持した「proximal origin論文が、後から意図的な嘘」だったとされるのも、かなり興味深い展開です。

真相はまだ霧の中ですが、少なくとも「自然起源」だけを鵜呑みにするのは危険かもしれませんね。

2025-06-09

論文SARS-CoV-2変異株における不自然進化過程意図的自然選択

著者:田中 敦(Atsushi Tanaka)、宮沢 孝幸(Takayuki Miyazawa)

過去3年間にわたり重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)は繰り返しパンデミック引き起こしアルファからミクロン株に至るまで、さまざまな変異株が出現した。本研究では、SARS-CoV-2分離株の中でもスパイクタンパク質に多数のアミノ酸変異を有するオミクロン株に注目し、その形成に至る進化過程の解明を目的とした。SARS-CoV-2オミクロン株の形成に至る変異の順序を明らかにするため、オミクロンBA.1関連株129株、BA.1.1関連株141株、BA.2関連株122株の配列比較し、オミクロン株の形成過程や相同組換えの発生を含めた進化過程を明らかにしようと試みた。

その結果、BA.1、BA.1.1、BA.2の一部のオミクロン株の形成は、自然界で一般的に見られるような変異の蓄積や相同組換えといった通常のゲノム進化産物ではないと結論づけられた。さらに、オミクロンBA.1およびBA.2の組換え株35例を解析した結果、オミクロン株はすでに2020年の時点で存在していたことが確認された。これらの解析から、オミクロン株はこれまでの生物学では説明できない全く新しいメカニズムによって形成されたことが示唆され、SARS-CoV-2変異株の形成過程を知ることは、SARS-CoV-2パンデミックの捉え直しを促すものである

https://www.scienceopen.com/document?vid=539dd567-234d-4c32-a785-dabbcde39b26

2025-06-02

SARS, MERS, Covid-19 ときて、次は何年ぐらいにくる?

ざっくり結論

ただし――



---

論理的ステップで読み解く “次の年”

ステップ 要点 補足
**1. 実績データ** 3 例で平均 8 年、分散 4 半期程度 SARSMERS→COVID の並び
**2. 趨勢補正** 加速(環境破壊・都市化etc.)で周期短縮 BMJ Global Health の回帰モデルでは **10 年で出現頻度 2 倍弱** ([BMJ Global Health][3])
**3. 監視技術効果** 逆方向の力:ゲノム監視網・mRNA ワクチン基盤が “防波堤WHO・JHU が強調する「検出スピード向上」 ([世界保健機関][6], [The Hub][5])
**4. 統合見積り** “発生”そのものは 5 〜 7 年以内が有力だが、パンデミック化は **±2 年の誤差帯**, 2027-29 中心
予測レンジを決める数式イメージ
  • 発生間隔を指数分布 λ = 1/8 (年⁻¹) と仮定
  • 2025.5 年時点で “無発生” 期間 6.5 年経過
  • 残余期待値 = 1/λ = 8 年 ⇒ \*\*期待時点 2025 + 1.5 ≈ 2027 \*\* (小標本ゆえ参考程度)


---

これから私たちにできること



---

まとめ

**「確率論で 2027〜2029 年が最も怪しいが、 “外れてくれたらラッキー” くらいの気構えが妥当」**

SARS から二十余年で私たち監視網は桁違いに強化されました。次の大波が来るタイミングを完全に当てることは不可能ですが、**備えの質**しだいで「ただのアウトブレイク」で止める未来も十分あり得ます

それまでは少し肩の力を抜きつつ、“科学というスポットライト” が闇から飛び出す新顔ウイルスを照らし続けているか見守っていきましょう。

[1]: https://www.mayoclinic.org/diseases-conditions/history-disease-outbreaks-vaccine-timeline/sars-mers?utm_source=chatgpt.com "History of SARS/MERS: Outbreaks and vaccine timeline - Mayo Clinic"

[2]: https://mymc.jp/news/2217/?utm_source=chatgpt.com "歴史でみる感染症SARSMERS新型コロナウイルス)"

[3]: https://gh.bmj.com/content/8/11/e012026?utm_source=chatgpt.com "Historical trends demonstrate a pattern of increasingly frequent and ..."

[4]: https://hsph.harvard.edu/news/next-pandemic-not-if-but-when/?utm_source=chatgpt.com "The next pandemic: not if, but when"

[5]: https://hub.jhu.edu/magazine/2025/spring/ready-for-next-pandemic/?utm_source=chatgpt.com "Are we ready for the next one? - JHU Hub"

[6]: https://www.who.int/news-room/commentaries/detail/after-covid-19--is-the-world-ready-for-the-next-pandemic?utm_source=chatgpt.com "After COVID-19, is the world ready for the next pandemic?"

2025-05-23

認知症になった親の介護を終えた今これまでのことを振り返ってみる

認知症になった親の介護が終わりました。

終わったということはそういうことです。

長かったような短かったような……



次はもっとうまくやれると思うけれど次は無い。

でも自分気持ちを整理するためにも書いておきたい。

まりここに書くことは純粋自己満足です。

誰かの参考になれば、などという殊勝な考え方は持ち合わせておりません。




介護するまでのこと

様子がおかしくなったのは15年?くらい前。私よりも本人が異常を感じたらしいです。

忘れ物落とし物をすることが多くなった。

普段できていることができなくなった。

自分おかしいということがわかったらしいです。

そこで「なら私がやる」にしてしまうとさらに何もできなくなるという話も聞いていたので今まで通り生活をしてもらってました。

その後、電車に乗れなくなった(東京近郊なんで免許は無くて仕事行くのも買い物行くのも電車という生活でした)という話を聞いてこれはまずいなとさすがの私も思いました。

とは言えそこまで切迫感を持っていたわけではありません。今思うとこの時点で相談すべきでしたね。

うそう、症状として印象的だったことがあります

洗濯をすると靴下がばらばらになりました。症状は個人によって違うと思うので参考にもならないのかもしれませんがはっきりと覚えています

そのころから日常的な家事すら満足にできない私に家事を教えたり、自分地域の包括支援センターというところに相談したりをしていました。

そういう年なんでかかりつけの医者でも相談して例の薬をもらっていました。


そしてある日包括の人から電話が入っていて家族にも話がしたいと。

休みを取って訪問してもらってデイサービス等の利用を勧められました。

やっぱりショックでしたね。そりゃもう。

元気で言葉は悪いけれど「殺しても死ななそう」みたいな人がそういう判断をされるんだから

そして、ここで一つ私は大きなミスを犯しました。



介護サービスを利用するには継続的お金がかかります。私の収入だけでは心もとない。そのお金をどう調達するか。

親がもっていた金融商品を解約することにしました。

ところがです。やってしまった。正直に「認知症がぁ」とぽろっと漏らしてしまったのです。

向こうも困っていました。

そういう電話コンプラ対策ですべて録音されているわけです。「認知症」はNGワードです。全部の会社でそうなのかはわからないですがその会社ではそうでした。

予定が狂いました……



親も働いていた人なので年金はあります。それじゃ足らない。うーん……

私が加入していた保険の一部を払い込み済みにしました……

未来自分が使うはずだったお金を使うことにしました。

未来自分はきっと貧乏になります

それでも今を生きられなくなるよりはましなのでそういう決断しました。



包括の人との面談で強く言われたことがあります

介護が大変でも絶対仕事をやめるな!」ということです。

給料が安くても毎月お金が入ってくる仕事についているのならしがみつけと。

親の介護が大変で仕事を辞めると共倒れしてしま可能性がけっこう高いらしいです。

自分を生んで面倒を見てくれた親よりも仕事を取るとはけしからん」という意見をお持ちの人もいるでしょう。

そこまで極端ではなくてもどっちを取るか迷う人はけっこう多いんじゃないかと思います

私もそうでした。

その時包括の人から言われた言葉は非常に参考になりました。

自分のケースはただ一つですが包括の人は何十ものケースを見ているはずです。

他のケースも見たうえでそういうアドバイスをしてくれるということには重みを感じました。

もちろん最終的な決断介護をする自分がしなければなりません。

認知症場合は本人の決断というのが期待できないので家族決断しなければなりません。

それでも、他の人の言うがままにこうした、と思うより、自分自身が最終決断したと思うことで自己満足ではありますが後々後悔することは少ないのではないかと私は思っています



介護前期

デイサービスというのは曜日単位なんですね。午前コースと午後コース食事食事無などいろいろなメニューがある。

利用するまで知りませんでした。

車が迎えに来てくれて車に乗ればあとは帰ってくるまでお任せです。

デイサービスの車の走行距離って全国合わせるとすごいことになってるんでしょうね。事故が多く報じられるのも納得です。毎日あれだけ走っていれば事故も多いわ。


デイサービスが利用できるのはて毎日ではありません。

最初のうちは私が家にいる土日は利用していなかったのですが土曜日は利用するようになりました。でもなかなか空かない曜日もあって毎日というわけにはいかない。

その家にいるタイミングでいわゆる徘徊的な行動をするなど……

仕事続けられるんだろうか?

不安になりました。

デイサービスでは無理、常時介護をお願いできる施設の方がいいんじゃないか。

思い悩んでいるところで神風が吹きました。



コロナウイルス襲来



それまで在宅勤務は0だったのですが100%在宅勤務になりました!

これなら、これならなんとかなる!

みんな「コロナのせいで」」とか「コロナさえなければ」と言っている中私は「コロナのおかげで!」


そう思った時期が私にもありました……



介護中期

在宅勤務とは言えというか在宅勤務だからこそ打ち合わせとかありますよね。会議室取らなくていい分増えたような気もします。

打ち合わせしてるじゃないですか。

玄関は鍵閉めてその他対策をして簡単には外に出られないようにしているつもりだから盛り上がってしまったりします。

打ち合わせを終えるといなくなってる……

そして……夜眠っている。朝になるといない……

自分だったらこトラップ初見で解除できない、そう思っている私が浅はかでした。

やすやす突破されました。

別のトラップしかけてもしばらく経つと突破されてます

本当に認知力に問題あるのだろうか?俺に意地悪しているだけなんじゃないか?とすら思いました。



気を悪くする人もいるでしょうが、実際に触れてみると認知症になった人って子供に戻ってるんじゃないかと思うんですよね。

気を引くためにわざと怒られるようなことをしているように見える節があります

子育てと似ているのかも。

ただ、根本的な違いがあって子育ては将来に希望があるし終わるタイミングがある程度見えている。

対して認知症介護は将来治る見込みがなく終わるタイミングが全くわからない。

当たり前といえば当たり前ですが精神的な負担認知症介護の方が強いのではないかと思います

育児も大変ですけど……



横道にそれましたがそんなこんなで限界が近づいているタイミングで利用しているデイサービスの方からももっと手厚い介護を受けた方がいいのではというお話いただきました。

その時点では日中は家にいる時間よりデイサービスにいる時間の方が長くデイサービスでは私と違って誰かしらが見ている状況なのでそれでも厳しいということだったらと思いケアマネさんと相談を始めました。



介護後期

提案をされたのはグループホームです。家族収入にも寄りますが私の収入場合公的資金を頼るには多すぎて自己負担が大きい施設を利用するには少なすぎるという中途半端な状況。

親の年金?それだけで足りるわけがない。

無理なくとは言えないまでも無理をすれば支払いができるグループホームを何か所か提案してもらいました。

ここでもコロナで助かりました。

休みを潰すと見学に行けちゃうんですわ。やることをやっていればけっこう自由にできる職場だったんで「昼休みのあとちょっと遅れまーす」みたいなことを言えば外出できました。

ホワイトですねぇ。ええ。ホワイトですよ。うん。ホワイト

有休介護休暇を消費せずに対応できるんですな。

コロナ前だったらこんな対応不可能でしたね。おそらく有休まで使いきって何日か欠勤してたでしょう。介護休暇?んなもん足りるわけねぇww

見学に行ってよさげに見えても私が決断する前に入居者が決まったりそもそも見学している時には空きが無かったりとかもありました。

競争率激しいですねぇ。

そんな中、気に入ったのがとある施設でした。



決め手はなにか?





から近い!



圧倒的に近い!!



がんばれば歩いても行ける距離で車なら5分!!!



しか信号待ち無し!!!!!



施設は小規模で手厚いサポートかに不安がありましたけど何かあった時にすぐに行けるという安心感でその施設を選びました。

これは入居してから聞いたのですが、施設で働いている職員の中に私の親が外を歩いているのを見ていた人もいました。

自分のところじゃなくてもいいから入居した方がよさそうだなと思っていたらしいです。



入居して一安心、というわけにはいかなかったです。

病状は進んで暴れたりすることもあり、気持ちを落ち着かせる薬をもらうのに家族の付き添いが必要ということで、そもそもそういう診断ができる精神科が少なくて予約もできないとかまぁいろいろありました。

そうこうしているうちにこれもまた運がいいことに歩きは無理だけど車なら無理なく行ける場所にあるお医者さんが受け入れてくれました。

診察は最初の1回だけでその後は私が様子を伝えれば処方箋と薬をもらいに行くだけという対応で済むようになりました。

そのお医者さんを見つけたのがかなり大きかったです。私がおかしくなったらそこに行こうかと思ってます。その時にもその先生はいるかどうかはわからんですけどね。

それ以外にもけがをしたりとかいろいろあるたびに医者には連れて行きました。最初自分で連れていけましたが最終的には介護タクシーを利用しましたね。

一般的自家用車で運ぶのは無理っす。

車いす対応レンタカーを借りることも検討しましたが行く病院によっては介護タクシーの方が安くつきます



介護の終わり

そうこうしているうちに親の病状が落ち着いてきました。

落ち着いてきた……、それはつまり終わりが見えて来た、ということになります

精神科にも通院しなくなりそうするとその都度聞いていた様子を聞かない月が出て来たり……

毎月のコミュニケーションはあるんですが通院する時のコミュニケーションはやっぱ濃かったんでね。

施設職員さんも忙しい中時間を作ってくれてるのはわかるので通院と言う理由なしに「変わりないですよ」という一言を聞くためだけに時間をもらうのもなというのもありました。

ああ、ここでは逆に近いことがマイナス作用したのかも。近いからいつでもいけるとおもっちゃうんですよね。



そして、様子がおかしいという連絡があり、ちょうど予定していた有休があるのでその時に顔を見に行くという話をしました。

しかしもう一度連絡があってその日が土日だったんでスーパーに買い物に行くついでにちょろっと顔を見に行きました。その時も今日明日と言うようには見えないと言われたし私もそう思ったんですが……。



その翌日、眠ったまま息を引き取りました。



親戚づきあいを濃密にしていたわけでもなく、同世代の友人もみんながみんな元気というわけでもなくということで私が1人で見送るつもりでいましたが、連絡がついた親族や友人経由で小ぢんまりには変わりないですが思ったよりも大勢にお見送りしてもらいました。

知らない人がいると思ってびびってたら40年ぶりくらいに会う人だった。わかるわけがないw



終わったらたぶんほっとするんだろうなぁと思ってましたが違いましたね。

なんか言語化するのが無理な気持ちになってます



後悔は無いです。

でも、次にやるんだったらもうちょっとうまくやります経済的な、精神的な負担も今回よりは軽くなるようにやろうと思います







次はありません。

2025-05-17

アニメの件について

忍者マスクを身に着けていた。

コロナウイルス流行したのは2020年

ここで「忍者は500年以上も前からコロナが生じるのを予測していたんだ!」なんていうことを言い出す奴が居たら「何言ってんだ?」ってなるだろ?

でもな、こういった言説を信じる層がいるんだよ。

そしてここでのポイントは、

忍者マスクをしていた → 事実

コロナ2020年流行した → 事実

忍者コロナ予測していた → まったく関係ない

ということ。

まり事実Aと事実Bがあるから、「Cも真実だろう」と思ってしま思考の飛躍が生じてしまっている。

何を馬鹿な、と思うかもしれないが、これに気づけない人ってネットでは実はめちゃくちゃ多い。

この手の論法って、最近とくに増えてきた気がする。

一つひとつ真実。だけど、そのつながりがウソ

でも、こういうこじつけは驚くほど人の印象に残るんだよ。

あれ?もしかしてそうだったのかも?って、ちょっと面白く聞こえるから

論理じゃなくて感情で納得しちゃう人も多い。

で、事実を知った気になった人がドヤ顔拡散する。

それ、間違いだよ

2025-05-09

一般人救命救急講習(成人・幼児)に参加したメモ(ちょい追記

人命の瀬戸際にはなんの関わりない一般事務職だけど興味本位救命救急講習に参加してみた。

免許取った時にやるあれのやり直し的なやつ。

市井としていつかはやってみる?くらいの軽い気持ちで参加したけど、なかなか濃かったので自分の備忘がてら。

同じくらいのだるい熱量で興味のある人いたら全体の流れとか雰囲気とか参考にしてみてね。関東政令指定都市の話。


最初に思いついたときは直近の開催日は予約がいっぱいで取れなかった。

年間スケジュールが公開されてたのでそれに合わせて予約した。

講習にはさらっと済む入門から上級まで90分~数日間に渡って行われる何種類かがあって、

救急車が到着するまでにできる胸骨圧迫とAEDの使い方」を基本として内容や要求レベルが発展するみたいだった。

ざっと見るに基本の3時間コース大人向けと子供向けで若干内容が違うようだったのでせっかくならと両方受けてみることにした。


大人向け編


防災資料館みたいな箱が会場で、開始10分ないくらいに到着して最後から2人目の受付だった。

私の市は受講料として1,000円くらいかかったけど自治体によっては無料で受けられるところもあるみたいだから救命講習 **市」で調べたら一発で出てくるはず。


腕がない上半身だけの人形アリーナ席に並んだ実地講習場をコの字型に囲んでテキストが置かれたパイプ椅子に着席。

平日午後からの回で参加者は40人いないくらい、身なりも年齢層もバラバラ(大体30代~50代)。

時間通り開始、初めの30分くらいは配布されたテキストを元に座学。

ところどころ寝ちゃったから覚えてない(ごめん)。まさに免許取る時に受けたあれだった。

一般の人が救命活動に参加する意義、どんな状況で人間は不意に死期に直面することがあるかの説明が主だったかな。

そんな局面居合わせた時プロ救命隊が到着するまでの間にできる最低限の胸骨圧迫とAEDの使い方。


それから座学を踏まえて参加者実施講習。

前段で口頭説明された胸骨圧迫や人口呼吸、AED操作の仕方を模擬人形相手練習する。

参加者を大雑把に10数人の班に分けて順繰りに実践して、自分の番以外はほかの班の実施講習を眺める時間になる。

周辺に待機してるスタッフ(皆さん元救急救命士)数人が見ててくれて個別アドバイスしてくれる。

私は腕がない模擬人形の脇の位置勘違いしてAEDパッドを貼り付けてしまっていたのを指導された。

最後の方の着席だったからか後ろの班になって前の班の見学をしてからできたけど、

地場がコの字型なので周りの参加者に囲まれ(見られ)ながらのロールプレイちょっと恥ずかしかった。

全部の班の実地講習が終わった後は簡単な締めくくりと共に止血法とか異物が詰まった際の対応簡単な座学。

この部分は口頭と講師の方の手元にある模擬人形を元に再現して見せるだけで簡潔に終わった。

それではお疲れさまでしたということでしっかりしたプラカードの修了証を受け取って解散

閉会後にスタッフ救急救命経験者に個別質問できた。


子供向け編


体の大きさの違いか救命措置にも大人とは若干違う対応が求められるからか別枠での講習が設けられていた。

会場は大人編と別の箱だけど受講料は同じ。大人編でも見かけたスタッフがおられたので、現役を引退されて後進の教育一般人向けの救命活動指導の普及に従事される専門の部門があるんだね。

会場のパイプ椅子の上に置かれたテキスト大人編でもらったものと同じだったので持参したことを申告したら、最新版であることを確認されたうえで受講料を支払わなくて済んだ。

こちらは大人編に比べると明らかに女性が多く、仕事関係で受けに来ている方が多そうだなという印象だった。

模擬人形赤ちゃん小学校低学年くらいの大きさの2つだったけど講習の流れは大人編とほとんど同じ。

座学は大人編と重複している部分が多くて前半はまた少し寝ちゃった(ごめん)。

こちらの班分けは到着順ではなく着席位置適当に割り振られたので講師のおじさまの気分らしい。


雑感


いずれも講師を務めてくれたおじさまは柔らかい雰囲気で、参加者が緊張しないよう気を使ってくれてるのが伝わった。

とは言えさすが元救急救命士が実体験をはさみながら話すので真面目に聞くとテキスト以上の情報量がありかなりメモをとることになった。

どちらかというと子供編の方が熱心に聞いてる参加者が多かった印象。せっかくならと真面目に取り組んだけど終わった後は頭も体もぐったり。

やる気があるうちにと思って大人編・子供編を数週間くらいしか空けないで申し込んだけど子供編の大体は大人編を覚えてれば知ってる内容だったので、忘れそうになった頃に復習がてら受ければよかったと思った。

それにしても同じ市内にこんなに防災関連の施設があったのかという気づきもあった。

ちょっとした資料館の併設もあってゆっくり見たら面白そうだった。当日は疲れ切ってそんな気分になれなかった。


講習ではのっぺらぼうみたいな模擬人形相手だったから躊躇いなくガンガンやったけど、

人の胸を5㎝沈み込むほどの力を込めて押し込むってリアル想像すると結構怖いし実際自分心臓部を押してみると普通に痛い。

参加者の中に経験者がいて「怖かった」とおっしゃっていたけど、

救急車が到着するまで平均10分の間に素早い状況判断救命活動に参加する覚悟、絶え間ない胸骨圧迫を…となると自分には出来ないかもな~とは正直思った。

というような雑な不安を閉会後スタッフのおじさまに投げかけてみたところ、

「あばらが多少折れるかそのまま死ぬか、相手家族だったらどちらを選択しますか」と言われて言葉に詰まってしまった。

(やっぱ折れるよね?とも思った。)

たまに通勤途中に駅で倒れちゃって囲まれてる人見かけるじゃん?ああい光景他人相手)を無意識想像してたけど、実際心停止状態になる人の7割くらいは発生時自宅にいたらしい。まあまあ他人事ではない。

そりゃ家族なら死ぬよりはと付け焼刃でも胸骨圧迫を試みると思うけど、異物が詰まったとかで呼吸が止まった人に適切なタイミングで胸骨圧迫に切り替えなかったら救護義務を果たさなかったとかで

裁判では負けますというようなことを大人編でも子供編でも言われると、脅かすつもりはないのは分かるけど他人相手では訴訟リスクかいろいろ過って躊躇ってしまうだろう気持ちは拭えなかったかなあ。


ということで軽くその辺を調べてみたら日常で偶然そういう場に居合わせて救護活動に参加した一般人のことを医療用語で「バイスタンダー」というらしい。

今回のような救命講習を受けていたか対処できて助かったという例はちゃんとあるようだった。

というより救急車が到着するまでにバイスタンダーがいることで社会復帰率は倍くらい変わるらしい。初動大事

なまじ習ってしまたからこそ新たに芽生えた不安もあったので、メンタル面の安心感とか実例の紹介とかはもう少しほしかたかも。

帰りの電車子供編の模擬人形と同じくらいのサイズの子供を見かけて「こんなやわやわな体にあれを…?」とか想像してしまったし。

普段パソコンしか向かってないか意識してないけど人ってなにもしないと死ぬんだよね。

率直に私は生身にやりたくないと思ったから、医療従事者の方たちの職責の重さを改めて尊敬した。これからパソコンに向き合うだけの日常が続いてほしい。

でもまあ実践社会参加してる気になったという意味では有意義時間だった。気が向いたらみんなも調べてみて~。


雑感2


両日休憩なしぶっ通し3時間の非日常体験だったからまた色々出てきた。

トイレ休憩は各自タイミングでとれたよ。)

まり想像したくないけど、本番だったら…?と思ったところを中心にまたメモメモ


それから座学を踏まえて参加者実施講習。

ざっくりと

安全確認~反応の確認~呼吸の確認~胸骨圧迫~(技術とやる意志があれば人口呼吸)~AED←→胸骨圧迫~救急隊へ引き渡し

って流れなんだけど。

例えば「目は動かせないけど手は動かせることもあるから全身を見て」みたいにそれぞれのポイント意識すべき点があって、当たり前だけど聞くのとやるのとでは全然ちがった。

おじさま「はいAEDが到着しましたよ!」→私(えっと…あっ服を脱がせる!)みたいな。

人形は軽いし着てたのもTシャツだったかサクサクできたけど、ぐったりしてる人間って普通体型の成人女性でもかなり重いよね…。

冬だったら厚着だろうし童貞には脱がせられない服みたいの着てたらムリかも~となった。

基本的にどちらの回も身振り手振り声出し、参加者のみなさんきちんと取り組んでた。


特に胸骨圧迫は軽く息が上がるほど疲れたプロの人でも数分で交代するらしい。BPMの基準も教えてくれたけど絶対焦ってしまいそう。

あとAEDアナウンス音でかなり緊迫感を煽られる。音もでかい

不謹慎な例えで申し訳ないけど津波警報が出た時にアナウンサーが努めて冷静に「安全確認して逃げてください」って言うとき雰囲気

会場中に鳴り響くこの機械音に気が急かされて胸用と脇用のパッドを逆の位置に貼っちゃったんだけど大きな問題はないらしい。

超強粘着なため貼り直しはできないから貼るときは慎重にね、とのこと。

AEDの設置場所ネットで公開されてて、さらっと調べたら生活圏内にも結構あった。これからは視界の端にそれとなく留めておこうと思った。

国が規格を統一して作って設置してるもんだと勝手に思ってたけど色々種類があるらしい。細かい仕様の違いはあるけど使い方はアナウンスが指示してくれる。


体の大きさの違いか救命措置にも大人とは若干違う対応が求められるから

大人と大きく違ったところは主に乳児に対しての胸骨圧迫とAEDの使い方の違い、異物が詰まった時の除去方法

乳児疑似人形等身大で全身あったので臨場感が高まった。

人形から軽いし硬いけど、この前会った友人の赤ちゃん想像してみたたらあんなふにゃふにゃな体にこんなことムリかも~となった。

講師のおじさまが「赤ちゃんは骨が柔らかいからすごく沈みます」みたなことをサラッと言ってて怖かった。

両講座を通してこのような実際にやったことがある人からしか出てこなさそうな言葉結構あったので大量にメモをとることになった。

スタッフのみなさんは60代前後で柔和ではあったけど人命救助の現場に立ってきたのが言動の端々から伝わってきて、歴戦の老兵的な雰囲気を漂わせていた。

テキスト

今回実地で習ったこと以外にも日常災害時問わず救護活動に携わる際に最低限必要そうなことを網羅しているので家に一冊あってもいいくらいのボリューム

コロナウイルスを踏まえたことも書いてあって、社会情勢やより良い救護活動の追求を踏まえて数年ごとに改訂されるらしい。

から復習を兼ねて講座も数年ごとに受けてみてくださいねって案内だった。私もまたやるかも。

バイスタンダー事例も口頭説明はなかったけどテキストではコラム的に紹介されてた。ネットでも色々出てくる。

流し見するにバイスタンダーに対しては「何もしないよりだいぶマシだから少しでも興味持って…!」みたいなスタンスなのかな。


軽い気持ちで参加したけど心身ともに疲れた~。

本文でも書いたけど普段人の生き死にを意識してないからこそめちゃくちゃ感化された。

親には「なんでそんなの参加したの?笑」って聞かれたけど、いざって時に多少知ってるのと知らないのとでは大違いなことばかりだったよ。

ひとつ大人階段昇ったくらいの気分になった程には。

ざっくばらんな文でごめんだけど読んでくれてありがとうね。

きっと思うところや気づきがあるはずだからさ、みんなも自分には関係ないといいなと思いつつ機会があったら是非参加してみて~~。

2025-03-14

anond:20250314122212

研究所は、あの地域コロナウイルス収集研究していた。

今回最初流行したコロナウイルスは、研究所保有していた株とほぼ同じだった。

・・・

ということは、あの地域コロナが人に自然感染したと考えるほうがまだ妥当かなぁ。

研究所遺伝子を人工的に修正したウイルス流行ったなら、研究所から流出とはっきり断定できるけど、

今のところそんな証拠はどこにもない。

2025-01-18

塩味だけの味覚障害

最近味覚障害というか、塩味だけ極端に感じられなくなってしまった。

正月明けのある日、口の中が軟膏ぬったみたいに全体的に痺れて、次の日からは、舌の下側が傷ついたかのように、触れると痛い状態が続いていた。

口内炎かと思い、ビタミン剤を飲み続けることでそれらは解消されたものの、今度は塩味だけの味覚障害が続いている。

いったい、何が原因だったんだろうと思う。

コロナウイルスみたいな症状は一切なかったんだけど。

2025-01-07

[]

人間コロナウイルス如き微細なものに破れると思うことが間違いなのです。弱い心は捨てましょう。

強い信仰があれば神の光でコロナは一発で死滅します。

コロナにかかるのではないかと言う恐れる心に隙が生まれてやられてしまうのです。

2024-12-31

はてな匿名ダイアリー投稿の思い出 1/5


大晦日に失礼します。

これまで多くの作品はてな匿名ダイアリー投稿してきました。

2019年12月から投稿を始めております

今回、このようなまとめ記事を書こうと思ったのは、よい区切りだと思ったからです。

例えば、学校というのは、概ね三年程度で卒業するのが一般的です。

私も投稿開始から約四年が経った頃、2023年の秋頃からでしょうか。ある程度のまとめを綴ってみたいと思い立ちました。が、会社員生活副業で忙しく、時間が取れませんでした。

まとめを綴るよりも、思いついた作品を書いてみたいという本能の方が強く、書けずじまいでした。

まれる人にとっても、到底読み切れない量であるのも悩みの種でした。

この度は、日常生活区切りとなる出来事が間近に控えていること、今回を逃したらいい時期がさらに遠のいていくこと、皆さまにとっても時間が取りやす年末年始ということで、いわゆる増田作品のまとめを寄稿します。

本まとめの作成要領(ルール)は、次のとおりとしています

作品選び・紹介のルール

1. 作者(私)にとって"思い入れのある"作品とする。ブクマコメント数は関係なし

2. 投稿時期は、2019年12月2023年3月

3. 投稿本数は、計48本+α

4. 作品紹介文は、概ね600字以内とする

5. ブクマカの名前はぼかした表現とする

  (例 青い目の女性おたまじゃくしの人、宮内女史など)

私の作風等につきましては、作品紹介の中で適宜説明します。

スマホでも読みやすいよう、改行は多めです。



作品紹介に入る直前に、今回のまとめの一番最初きっかけです。

ロマンシング サ・ガ2】のsteam版です(リベンジオブザセブン)。

吟遊詩人が、酒場で詩を奏でる場面で物語スタートします。

ここに始まるは、遥かなる戦いの詩。偉大な帝国と麗しきアバロンの詩。

そして、代々の皇帝とその仲間達の詩。

この詩をうたい終えられるよう、精霊よ、我に力を与えよ!



元々はスーファミソフト(1993)です。今年10月リメイク

序盤をプレイしていたところ、私にとっての『詩』と、詩人の言う『精霊』が何なのかを考えることがありました。今しか機会はないだろう、と決心しました。

作成12月に入ってからです。年末投稿に間に合うように大急ぎで作りました

至らない点は多々あります飛ばし飛ばしでも、興味のある方はお読みいただけると幸いです。

(以下本文です)



№1 心臓がすり潰されてる感じをどうにかしたい

anond:20191221115245

2019年12月投稿

投稿作品です。人生最初ブクマカはおたまじゃくしでした。

なぜ、はてな匿名ダイアリー(以下「増田」とする。)に投稿しようとしたのか。

自分でわかるだけの理由ひとつだけあります

この作品に出てくる女性は、実際の人物モデルにしています

私がまだ二十代の若かりし頃、その同僚の女性が苦しんでいました。

同じ部署であり、間近で見ていたのですが、何もできませんでした。結果は悲惨でした。

その頃の後悔を、どうしても文字にして表現したい思いがありました。

結局、その子社会人三年目で辞めました。本人にとってはよい選択だったと信じています

でも、あの子が不幸な目に遭うのを目の当たりにして、私にも実はできたことがあって、あの子には別の道もあったのではないか、と小太りの下級管理職(ロワーマネジメント)おじさんになった今でも夢に見るのです。

この作品以外にも、彼女モデルになっているものがいくつかあります



№2 俺がモテるってどうして早く教えてくれなかったんだ?

anond:20200128205241

2020年1月投稿

この頃は精神が病んでおり、精神病質的な日記を書くことがありました。

こちらはその一つです。

私の日記スタイルとして、実在人物について、この目で直接見言動記述するというのがあります

今回、まとめた作品のうち、他者を題材としたものはすべてそうです。

稀に完全創作もありますが、基本はノンフィクションです。私自身がその人に成り代わって書く、というやり方――私が幽霊になって、その人に乗り移って日記を書いてるイメージです。

この手法を、私は勝手ゴーストライド(Ghost Ride)と呼んでいます

さて、この日記について。私が二十代後半の頃、京都市内にある役場に勤めていました。中途採用

最初に配属されたのは府税事務所です。新卒世代の子と一緒に税務の仕事をしていました。

其処には善き人もいれば、反対にそうでない人もいました。

この日記で取り上げたのは、公務員人生最初の先輩です。年は離れていましたが、公的メンターとして指導いただきました。

その仕事ぶりは、まさに破天荒でした。

若い頃に市町村役場採用されたのが公務員人生スタートらしいです。公務職場現場仕事をしてきた経験が、その後の事務職としての府税徴収仕事に反映されてました。

一方、はっちゃけ性格の方で、何度か処分歴があったのも事実です。彼自身から飲み屋で何度も処分を受けた時の思い出を聞きました。本人いはく、信念に基づいた結果としての処分は……勲章らしいです笑

私が民間企業に居た頃は、公務員というのはキレイにまとまった方ばかりだと思っていました。

この先輩のことは、今でも思い出すことがあります

その節は、ご指導いただき誠にありがとうございました。



№3 地方公務員だけど、正直言ってコロナウイルスには感謝している 

anond:20200430220802

2020年4月投稿

こちらは、コロナウイルス流行り始めた時期に、もし私がまだ地方公務員で、あの仕事をしていたとしたら……? という想定で書きました。

この日記では、定額給付金のことを扱っています

かつて、新型プリウス流行った折に、国民全員に定額給付金10万円がもらえることがあったと思います。今から四年前とは信じられません。もっと最近だった気がします。

すでに公務員を辞めて民間転職していた私ですが、交付事務が「失敗する」ことを予想していました。

というのも、このレベル事務というのはエクセルなどではなく、それ専用のシステム管理しています

経験上、システム運用においては、申請手順のわかりやすさとか、申請用紙の書きやすさとか、そういう点が不十分です。住民企業登録情報が誤っていることすらあります

交付事務で多くの失敗が出た地方自治体というのは、国が推奨するシステムを使い、電子申請をするやり方をメインに採っていました。

旧来通りの紙申請推していた地方自治体は、まだキズが小さかった記憶があります

民間企業でも公務職場でも、いくら上が推奨するからといって、何が正しいか考える姿勢を忘れてはいけません。



№4 恋愛に一番大切なのは人間への興味』だと知った 

anond:20200615205925

2020年6月投稿

こちらに出てくるのは、私が公務員を辞めた後、次の転職企業出会った『すごくモテる男性』です。

彼を主人公に据えた増田作品は、これ以外に少なくとも三点あります。それくらい特徴的な人でした。

彼は、私の数コ上の先輩でした。同じ職場の。あまり喋らないキャラでしたが、必要な場面では冗舌でした。

普段は寡黙なのですが、いざ喋り始めてみると、超然としつつもクールキャラで、堂々としているのですが……自分の話にすら興味がないのが伝わってきます

ブコメで「スキゾイド」という見事な洞察がありました。

ところで、見た目のよい方でした。藤木直人福山雅治山崎賢人中村倫也、その他ジャニーズの有名どころと肩を並べても……見劣りはしないでしょう。見劣りしたとしても、ほんの僅かです。

同じ会社事務員♀の方々からも人気でした。しかし、そっち方面の噂は聞きません。

この人と一緒に仕事をしているうち、実は猫を飼っていることがわかりました。

本人は「チンチラも飼ってみたい。山を歩いてるけど、野生のチンチラ見つからないよ」と、同じ車内で冗談を言ってました。

今では職場が離れましたが、まだ同じ会社に勤めています。未だに結婚はしていないようです。飲み会を利用して女子社員を紹介したこともあるのですが、あまり興味なしでした笑



№5 とある人事部長の後悔を聞いてほしい

anond:20200828203511

2020年8月投稿

この頃は、精神的に不安定な症状が落ち着いていました。今もなんとか。

こちらの日記は、昔に祖父から聞いた話です。

私には子どもの時の引っ越し関係で、地元と呼べる市区町村複数あります。そのうちひとつ広島県福山市でした。

祖父新卒から定年まで福山市役所で勤め上げた人間で、まさにチャキチャキの地方公務員です。

私が高校生の頃、祖父が住んでいる田舎の一軒家で、夜に食卓でくつろいでいました。すると、隣にいた祖父がいつの間にか酔っぱらっていました。管を巻くというやつです。私の実父が諫めている様子でした。

その時の、祖父の無念そうな言葉が今でも耳に残っています

福山はのう、採用試験を受けに来た人間をのう、個人情報をひとりひとり調べとったんよ。生まれ場所も育ちも。そのほかも。それで合否を決めとったんよ。それを、それを松永の分をのう、わしにやらせとったんよ」

「悔しかったのう。悔しいよお。なんでそぎゃあなことを、せないかのんじゃ」

「でも上から命令じゃけのお。当時のワシはのう、さからえんかったんよ。情けないんじゃ!! 殺してくれ」

こんな具合のことを、お酒に酔って管を巻きながら、ずっと喋っていました。

当時の私はそれを聞いていて、可哀想とか、情けないとか、みっともないとか、そういう気持ちになりました。

今の私には、祖父の無念さがわかります

社会的によくない行為でも、組織の中では是となっていることがあります。ましてやそれをやりたくなかったのであれば、相当無念だったと思うのです。



№6 精神的に不健康作品コンテンツについて考えてみた 

anond:20200904203318

2020年9月投稿

この頃、手塚治虫が書いた自伝的なものを読んでいました。

その本の中で、創作でやってはいけないことがいくつか挙げられていました。

戦争災害犠牲者からかうようなこと。

特定職業を見くだすようなこと。

民族や、国民、そして大衆をばかにするようなこと。

社会コンテンツについて、政治思想アピールとか、人権軽視とか、人間同士が傷つけあうとか、そういう方向性は受けないのだと私は認識しました。

「あ~、だから近年のプリキュア(※2019前後意識)はネット意見割れているのか」と実感した記憶があります

自分がこれまで観てきた、読んできたコンテンツで、そういった『精神的に不健康な』作品群について考察してみたいと考えて日記を書きました。マズローの『完全なる経営』を底本としています

語り手は、二十代半ば頃の私自身をイメージしました。



№7 地方公務員を目指すはてな民面接突破法を教えたい

anond:20200923212241

2020年9月投稿

Twitterで、公務員試験面接に受からなかった人が歎いていました。

公務員試験関係ネット掲示板でも、どうしても面接に受からない人がボヤキを続けています

官民問わず面接試験で見られていることは同じです。ありていに言うと、

私たちの仲間になれそうか?」

ということです。自分を正直に出して、そのうえで不採用だったのであれば、お互いにwinwinということです。

しかし、どうしても入りたい組織があるなら、重点対策をするのもその人にとって大事なことです。そんな人に向けて、公務員試験面接で重視されていることを述べました。

構造面接」や「試験全体の標準化」というのが長年続くトレンドひとつです。

地方公務員試験面接官というのは、皆素人です。一次面接だと、各部署の責任者クラスが選ばれて実施しますが、何年も面接官をやっている人は稀です。

そこで素人感をカバーするため、彼らは専門のコンサルから研修を受けます受験者を公平・中立平等選考するコツを会得するために。

ということは、採点表が概ねどんなものかを知っていれば、対策可能ということです。

「この程度のことで悩む必要はないと思う。悩んでいる人がいるなら救いたい」という思いがあって、日記をしたためました。



№8 任天堂を辞めてから5年以上が経った

anond:20200930204140

2020年9月投稿

私が通っていた大学の同期で、任天堂株式会社内定を取った人がいました。

この大学だと、毎年1人内定が出れば多い方です。

彼は、特別な何かを持っているタイプではありませんでした。本当に普通の子でした。

しいて言えば、大学1回生の頃から熱中していることがありました。音楽イベントサークル運営だったはずです。

それだけでなく、ニガテな教科やゼミ活動があったとしても、ひるまずに、毎日シコシコと学びを続けて試練を突破するような、そういうタイプの人でした。

社会人になって約二十年が経ちますが、今では地道に努力ができる人が会社員に一番向いているのだと理解できます

その人は、任天堂を途中で退職したのですが、今は自分にとって健やかに過ごせる環境で働いています(はず)。最後に会ったのは五年以上前になりますが、幸せであることを祈っています



№9 もしかしてお米に寄生されてるんじゃない? 

anond:20201020205739

2020年10月投稿

当時、おたまじゃくしの人が私の日記をよくブックマークしていました。ほかの常連さんは少なめでした。

今回の増田まとめですが、Meryというテキストエディタに打ち込み始めるまでに、対象期間の日記をまとめ読みしました。コメントもすべてです。実時間24時間以上使いました。

その中で、ブクマコメントをいただいた方々に、できるだけスターを付けて回りました。緑スターと赤スターを多めにしました。

話は逸れましたが、作品紹介に入ります。まだ学生だった頃の思い出です。道路自転車で走っていると、二車線の車道を横断しようとするカマキリがいて、それを見守っていて……という流れです。

カマキリが車に轢かれると物凄い音がするとか、ハリガネムシ自動車カマキリごと轢かれても死なないとか、いくつもの学びがありました。


10 マッチングアプリ中の人だけど社会の役に立ってない感がすごい 

anond:20201026205330

2020年10月投稿

舞台となった出来事日記を書く約一年前。民間企業転職してそんなに時間が経っていません。

都内環境に慣れてきた頃、いわゆる異業種交流会に参加しました。商売メインじゃないやつです。

多くの業界の方が参加されていたのですが、その中で仲良くなった人にメルカリの方がいました。

今でこそ業界の一流ですが、当時はまだ混沌とした面があったようです。マスク転売事件の裏顛末を恨めしそうにぼやいていました。

その人と一緒に、マッチングアプリ運営会社の方もおられて、いろいろ話をすることがありました。

一次会でも二次会でも、その人達と一緒にお店を周らせてもらい、楽しい思い出になりました。

その日の夜に居酒屋お酒に酔って、はっちゃけた人々がした話を、日記に書き留めたのです。マッチングアプリの人の話が一番記憶に残ってました。

今でも楽しい思い出です。KさんTさん。その節はどうもありがとうございました。



========================================

【閑話①】日記作りの方針その他

基本としている方針があります

先ほど述べたとおり、この目で直接目撃できた(追記:または本人が喋っていた)エピソードを主に描写します。

本人特定危険アリ、と判断したら本質に影響しない程度のフェイクを入れます

読者である貴方日記で読んだ人は、この世界に確かに存在しています

※本人が書いているという設定なので、コメント返信も行います

完全な小説などのオリジナル創作は、年に多くて三本程度です。

なぜこうなのかと言われると、「矜持」です。

オリジナル小説だと、私よりも世間一般小説家の方が上手です。おそらく敵わないでしょう。

だとしたら、自分立ち位置を定めて向き合いたい思いがあります

自分の天性にあったやり方が一番正しいやり方を。

純粋に、増田利用者ブクマカに喜んでもらいたい気持ちもあります

========================================



※続きはページ左上から飛べます

2024-12-28

anond:20241228153521

マスクっ予防効果あるの?

コロナとき感染を広げない効果は高いけど予防効果は低いみたいな記事読んでこれがコロナウイルス特有の話なのか菌とか全般の話なのかきになった

2024-12-25

anond:20241225164932

コロナウイルス陰謀説コロナワクチン陰謀説って同時に成立しないと思うんだけど

なぜかその人達の間では論争しないんだよな

2024-12-16

自分風邪をひいたのは努力不足のせいだった

2024年も終わりになる今考えると、どう考えてもそうなってしまうのが悲しい

自分コロナウイルス患者が本格的に増える2020年より前は毎年風邪を引いていた

春になったばかりや秋になったばかりの頃にキツい咳の症状が出る事がしょっちゅうあった

毎年なるからコレは持病なんだと自分に言い聞かせていた

でもコロナウイルスが報告されて以降は、自分コロナウイルスにだけは掛かりたくないって

ワクチンも打てる状況になったらすぐ打ったし、家に帰ったらすぐに手洗いうがいもするし

外にいる時はなるべくマスクもつけるようにして、電車内や建物内でノーマスクで喋る人とはなるべく距離を置いた

そんな生活を続けてたら2020年以降いまに至るまでコロナウイルスインフルエンザどころか

風邪すらもずっと引いてないし高熱にもなった事が無い

ここ一年以上ワクチンは打ってないかワクチン風邪の予防にもなってるとは考えにくい

また社会全体が感染対策を徹底的にするようになったというのは、さすがに今年にもなると緩みが出てくる

から風邪患者数も減ったお陰で自分風邪に掛かりにくくなったとは言い切れなくなってきってきた

もはや単に2019年以前は自分がうがい手洗いすらも怠ったせいで風邪をひいただけとしか考えられない

世の中には努力ではどうにもならない苦しみを受ける人達もいると思うし

病気なんかは特にその要素が多いと思う

しか自分に関しては単なる努力不足だった気がしてならない

つらい

2024-11-29

祇園クラブで働いていた頃の思い出


大学卒業して社会人○年目。大阪で働いている。職種は……まぁ専門職だと思う。若い方だと信じたい笑

サービス現場仕事で、給料は安いけどやりがいだけはある。我ながら搾取されている。

年末に向けて部屋の中を掃除していたところ、学生時代の思い出の箱を見つけた。その中には、京都祇園にあるクラブで働いてた頃のグッズがまとめてある。ドレスとか、メイク道具とか、指名を沢山とった時の記念品とか、最初にお店を選んだ時の求人誌とか。当時、いわゆるキャストと呼ばれる仕事をしていた。

これから話すのは思い出を振り返ってるだけなので、散漫なことが多いです。ご了承ください。

祇園クラブでのお仕事とか、年上の男性との関係とか、様々な感情が入り混じった、心の奥底からくるようなお話に胸が締め付けられるような思いがする……ということはないです笑



夜のお店の種類、クラブとか、ラウンジとか、キャバクラとか、そのあたりの区別は今でもわかってない。4回生からの1年+半年(聞かないでほしい…)しか働いてなかったこともある。

短大から大学編入した関係で、単位を取るのに忙しかった。親ともケンカしてたから、大学学費自分で工面するしかなかった。奨学金ばかりというのも危ない気がしたので、面白いアルバイトいかな~と探していると、祇園クラブが見つかった。

リベンジのつもりもあった。

短大生の頃はYouTuberをしていた。顔はメイクを濃いめにして、男性向けに恋愛のことをおしゃべりする動画だった。始めは自分動画編集してたけど、そのうちやってくれる人が見つかって、女子男性に向けて恋愛ノウハウをおしゃべりする~というスタイル確立した。もう引退してるかもだけど、Baiand(バイアンド)さんの動画スタイルが近い。

それがあまり人気が出なくて、再生数は最後の方は1万もいかなかった。才能がないのかなと思って、そうしたら、チャンネル更新をしなくなって数か月経った頃に、コメント機能を通して隠れたファンが何人もいたことがわかった。みんな熱烈だった。

正直、後悔した。たった4~5人でもいいから、私の動画配信を好きな人がいてくれるなら、投稿を続けていればよかったと後悔した。

そんな気持ちがあったから、次のクラブアルバイトでは、誠心誠意、自分を贔屓してくれる人に尽くそうと思った。仕事なんだから、尽くすのは当たり前なんだけど…

最初の方はうまくいった。飲食店アルバイトしたことがあった。何をどうすればいいかは最低限わかる。お話をする相手も、コミュニケーションが通じない人はほぼいなかった。みんな常識のある人だった。

1セットにつき、最低でも2万円はかかるお店だった。つまらないサービスはしたくないと思った。けど……働き始めてひと月も経つと、ほかの従業員との関係とか、ノルマのことで考えることが多くなった。

明らかに変なお客さんもいたけど、それは我慢した。いや、我慢するんじゃなくて、その人と向き合って、一生懸命コミュニケーションをするのが正しい姿だ。それができないなら、キャストとして続かないことを学んだ日々。

かに働いてるキャストの人は、私に比べると、その……生活がカツカツな人が多かった。間違いないと思う。

学生は少なくて、いわゆるプロの人が多かった。それでも20代が多かったけど。

私たちのような学生バイト存在が軽かった。ヘルプで付いた時だと、ドリンクを欲しそうな態度を示すとウザがられる。とあるお客さんがシャンパンやニューボトルを入れた日だって、その人がトイレに行ってる間を縫って、「ほら、今のうちにもっと飲んで。早くボトル減らして」と無理やり飲まされることもあった。

インスタグラムで、系列店同士で売上競争をするイベントがあった時も、私たち学生はどうせ勝てないからと、先輩たちのヘルプとしてお店を勝たせるポジションだった。

苦しいこともあったけど、お店には感謝している。いい経験ができた。あそこで働いてなかったら、大学卒業時の借金額は片手で数えきれない本数になってた笑

あとは……ノルマのことが記憶に残っている。

祇園木屋町みたいな激戦区だと、求人面接時にノルマ説明がある。インターネット求人案内にもノルマの有無が書いてある。ノルマじゃなくて、「目標」「売上によって時給が変動」「時給・出勤日数保証期間○か月」みたいな書き方だ。

大阪なんば道頓堀、ダイナミックコードの『たこ焼き激戦区』ほどお店が密集してるわけじゃないけど、明らかに店舗間の競争がある。



ノルマ表示の例】※当時の求人情報

ポイント

ひと月に10ポイントを取ってください

・同伴3ポイント、お客を呼んだら1.5ポイント

・週3日以上出勤を基本としま

ドリンクバックはノルマとは別に計算

・未達成時は10,000円を給料から天引きしま

ペナルティ

遅刻  :日給の最大50%

当日欠勤:10,000円

無断欠勤20,000円

内引きなど不正行為:当店が認定した被害額の最大300%

※お店を通さずにお客からお金をもらうこと。買い物含む



私がノルマを達成できた月は……1年半のうち、半分もなかった。

最初半年は、初心者ということでお店が多めに見てくれるけど、しだいに厳しくなって……どうしても達成できないキャストの子で、黒服からも人気がなかった子は普通に辞めさせられた。もしくはシフトを干される。

この業界が厳しいかと言ったら、そんなことはないと思う。私のような当時素人にも日給で2万円以上を出してくれた。ほとんど役に立たなかったのに。

先輩方は、あまり仕事のことを教えてくれなかったけど、背中で教えるタイプの先輩も確かにいた。「もし今日ヘルプに付いたら、うちのこと見とき~♪」と言って、売上を捨てて教科書通りの対応をしてくれる神先輩だった。



自分まさか、お客さんと恋愛するとは思ってなかった。本当に。可能性はないと思ってた。

うちに来店するお客さんは、ある程度お金を持った人が多い。いい会社勤めの人や、経営者公職に就いてる人や、お坊さんの人が多かった。

その中で、あるお客さん(増田なのでMさんにする。当時43歳くらい?)と最初に会った時は、なんだか面白い人だなとしか思ってなかった。ええと、私が最初に付いた時が、その日の二人目のキャストだったはず。

会話を始めると、優しそうな印象があった。もう彼と会うことはないと思うので、書いてもいいかな。名刺には「土地家屋調査士」とあった。京都市の北の方で営業していた。ちょっと話をして、何分か経った時に「よかったら……オレンジジュース飲む!?」って聞いてきた。

それを聞いて大笑いした。なにが面白いのかわからなかったけど、とにかく笑った。普通カクテルとかワインとか、ビールとか……そういうのを注文する。

お客さんも、カクテルだとリキュールを一滴しか入れないとわかってるからか、ワインの注文をする人が多かった(※ワインビールも、黒服の人が限界まで薄めてくれる。ほぼ水だった笑)。

あー、あの時は本当に楽しかった。まだ入って数か月だったのもあるけど、今でも楽しく思い出せる。

その日、お店を出る時に「ダメ元だけど、よかったら同伴する?」と言ってくれた。嬉しかった。最初接客でいきなり同伴っていうのは、珍しいことだと私でもわかってた。

最初の同伴のお店は……河原町通りの途中にある古いレストランだった。お手頃でおいしいところだった。壁に美大の人が書いたような風景画が何枚も飾ってあった。「俺が学生時代、たまにここに来てて。20年ぶり」とMさんは言っていた。

それからも、Mさんは月に1~2回のペースでお店に来てくれた。私を指名することもあったし、しないこともあった。同伴出勤は、月に一度あれば多い方だった。

あの人は多分、お金をたくさん持ってたと思う。でも、倹約……いや、ケチなのかな?? あまりお金を使おうとはしなかった。私の誕生日が近い時、黒服さん(店長)が私とMさんがいる席に来て、今度の誕生日イベント説明をしてくれた。

条件付きの特別サービスMさん提案したんだけど…普通にシャンパン注文を断ってた笑 店長さんは粘っていた。営業トークも。実際、Mさん特別サービスをするのは本当だった。

でも結局、Mさんは……

「ありがたいのですが、申し訳ありません。私には不要です」

だって。はっきり言ってた。

ほかのお客さんとの比較だと、大体みんな店長の考えたサービスを受けることが多い。実際にシャンパンの注文料金は相当お得だし、キャストだって本気でサービスをする。そういう「装い」だってする。身体接触だって、いつもより積極的のはず。本当に常連さん向けの特別だった。

でも、あの人はキッパリ断った。お店では、いつもハウスボトルだった。ほかのお客さんは、見せびらかすみたいにマイボトル名前入りのタグを何個もぶら下げている。けど、Mさんは本当にいつもハウスボトルだった。私には、私が希望するだけドリンクをくれたけど。

それにしても「不要です」だって……今でも思い出して笑うことがある。いまの私も冗談で、Mさんの口調を真似することがある。

あれは、夏から秋になる頃の同伴で、少し高めのレストランに入った時だった。ウェイターの人がトリュフ?(もう忘れちゃった…食後のケーキだったかも)を薦めに私たちテーブルに来た。その時も「私たちには不要です」とはっきり断った。

その後、祇園にあるお店まで行く時に、小さい橋を渡ることがあった。その時に、Mさんから笑えるアプローチがあった。

「ねえ、橋を渡るまでの間、手を繋いでいい?」

と言ってきた。

私は笑いを堪えた後、彼氏の顔が頭に浮かんだ。前に、ほかの男子学生が私にそういう目的で声をかけた時、彼氏が怒ってその学生を威嚇すると、そそくさと逃げていったことがあった。

その時、Mさんの顔を見上げると、何かが違った。大学生とは何か違う……見た目の若さもあったけど、とにかく自信にあふれていた。彼氏自信過剰タイプだったけど、それとは明らかに違う余裕だった。

「えー。じゃ、はい……どうぞ」

と手を出すと、Mさんが優しく握って、お店がある富永通りまでゆっくり歩いて行った。

その日は人がすごく多かった。道を歩いている時、私の手を優しく引いて、道の端の安全地帯誘導してくれた。

いい人だ。とは思ったかな? その日もお店に行くと、私を指名してドリンクを2杯注文して、それからいつもどおりすぐに帰った。料金は2万円少々だった。



ちょっとずつ、Mさんからアプローチがあった。

紅葉の頃に、「今度お昼に同伴しない?」と言われることがあった。夜じゃなくて、お昼に同伴すれば一緒に買い物ができる(≒プレゼント)ということだった。

正直、魅力はあった。ほかのお客さんだと、ただ昼とか夜にデートしようって言ってくるだけ。本当にそれだけ。論外だった。禁止事項だし。ただ、Mさんとなら。外を一緒に歩いても不自然に見えない。そういう見た目の人だった。

けど、断ることにした。同伴の場合、必ずお店の黒服が私を送迎して、お客さんのところに行く。車で待ち合わせ場所の近くに下ろすのだ。内引き防止のためと思われる。あとは防犯対策

でも結局、どうしようかと迷って、違う系列店のキャストに聞いてみたり、中学時代からお世話になっているYahoo!知恵袋で聞いてみたけど、直接の答えはなかった。Yahoo!知恵袋中の人は、「あなた大人なんだから善悪を秤にかけて自分で考えなさい」という回答をくれた。500知恵コインを渡した。

結局、同伴はナシで、私が勝手にお昼デートすることにした。Mさんには内引きの箝口令をお願いして、夜になると普通にお店に来てもらうことにした。

え?何を買ってもらったか?? 四条通りにある高島屋大丸で、雑貨のお店があって、そこで……ワンちゃんのためのペットフードを買ってもらった。小さいサイズの。ピアス指輪とか装飾品に興味はあったけど、別にいかと思った。

後はレストランご飯を食べて、近隣店舗グルグル周って、一緒にアイスクリームを食べて……あとはもう、覚えてない。

この日の写真スマホに保存してある。手も繋いだ。私が帰りにバス停まで行く時、四条通りを歩いている時だった。この日も人がすごかった。当時まだ、コロナウイルス流行ってない。

市バスに乗った後、車中でも、桂川のあたりを歩いている時も、Mさんのことを思い出した。

別に好きだったとか、そこまでの感情じゃなくて。彼氏と同じ場所(高島屋付近)をデートした時のことを思い出して、やっぱり大人社会人の人って、無駄がなくて、そつがなくて、しっかりしてて……と振り返っていた。

少なくとも、彼氏みたいに店員さんに怒ったり、私や仲間に何かを自慢したり、立場の弱い人に大きく出たりすることはなかった。私の肩をいきなり抱いたりしなくて、体を触るときは優しくしてくれる。

同じ高島屋にある時計店で、彼氏店員さんに渋い対応を取られて悔しがっていた。けど、Mさんに対しては、私でも引きそうになるくらい、店員さんがウヤウヤしい対応だった。学生目線だと『神扱い』に見えた。



秋が過ぎて、冬になって……Mさんとお昼のデートは三回目だった。その日は夕方が近かった。烏丸通りのあたりの観光名所を見ていて、遅くなって、終わった後もなんとなく一緒にいた。

今日は一旦解散するんじゃなくて、一緒に居てからお店に行こうという話をしていた。ホテルオークラの前まで来た時、Mさんが「今日はここに泊まってる。仕事の都合で」とホテルを指さした。

当時の私は、オークラのことを知らなかった。大きいホテルしか認識してなかった。今では、リーズナブルなお値段の『一般向けの優良ホテル』だと思っている。京都市内には、一泊10万円以上のホテルがたくさんあるけど、実際に利用してみて……サービス÷宿泊料という観点では、元京都市民の視点では№1だ。

一緒にオークラの1階にあるカフェご飯を食べて、バーに行こうとしたけど、まだ営業してなかった。2階にある展示物を一緒に並んで見てると、彼の手が私に触れて、ぐいっと引っ張られて、私の顔がMさんの肩の近くにあった。

「一緒にいられる?」と言われた。考えるより前に頷くと、私の肩をぎゅうっと抱いて、手を繋いで、エレベーターカードをかざして、高い階に上がって、彼の部屋に入って……

暗い部屋に入った直後に、ゆっくりキスをされた。両手の位置がわからなくて、Mさんの両肩を触っていた。キスが終わると、一緒にベッドに座った。

部屋の中で夜の京都市内を見ながら、ベッドでくつろいだ。そしたら、Mさんが「一緒にシャワー浴びよう」って……恥ずかしかったので断って、それから間が空いて、「メイクだけ落としたよ」と報告すると、すぐに押し倒されて、キスがあって、始まった。

普通セックスだったと思う。お互いに体をくっつけたり、舐めたあったり。優しいキスだったり、激しいキスだったりした。唾液を飲ませるとか、変なことはしなかった。

私を抱きしめてくれた。優しい感じだった。私が彼氏にするみたいに、乳首とか舐めたりすると、彼はくすぐったいと笑っていた。その時の私は、すごく甘えていた。

お互い、あんまり動かなくて、くすぐったいことばかりした。

入れる時も、髪が痛くならないようにギュッと抱いてくれた。暖房のせいもあるけど、蒸し暑かった。汗が出ていて、体同士が液体で滑る感触気持ちよかった。Mさんの体はがっしりしてたけど、若々しくはなかったし、お腹ちょっと出てた。

でも、体なんてどうでもよかった。頭を撫でられると気持ちよくなって、Mさんの何でも愛しくなった。

Mさんは胸が好きみたいだった。バストを使って、特別な機会だと思っていろいろしてみた。彼はすごく照れていた。遠慮がちに行為をしてた。「もっと強くしていい」って言ったら、本当にすごく強くしてきて、胸のあたりが痛かった。でも、続けているうちに気持ちよくなって。

私は笑いながら、Mさん身体をくっつけていた。マグロじゃないよ、ちゃんと私も動いてたから笑

まっすぐの体位の時も、そうじゃない体位の時も、私のことを見てくれて、よそ見することはなかった。だから下半身が痛くても耐えられたし、痛くてもいいって思えた。入れてる最中、私はそんなに動かなかったかな?

正常位で、Mさんの胸板が顔の上にあって、熱くて、息ができなかった。窒息しそうだった。我慢してると、ようやく顔を抜くことができて、するとMさんが真上から口を塞いでキスをしてきた。また息ができない。

いろんな行為の中には痛いものがあった。けど、全部ちゃんと受け止めた。

最後に出し終わって、Mさんが正面から私を抱きかかえると、「あの……好きだよ」って恥ずかしそうに言った。私が笑うと、改まって「愛してますだってさらに笑った。ごまかす時に、私は笑いがちになる。

「これからも付き合ってくれる?」

目を閉じて、「はい」って答えると涙が出てきた。顔を上げて、Mさんキスをした。

それから何分も、ずっと口づけをしてたら……唾液が漏れるのがひどいことになって、また私が笑って吹き出して、それでセックスは終わった。

その日はお店を欠勤した。罰金1万円は痛かったけど、それはもういい。大事もの大事な人を手に入れた。ならもう、それでよかった。シングルの部屋だった。夜には出ないといけない。

深夜だったけど、寒空の下でMさんは、私の手を引いてタクシー乗り場まで連れて行ってくれた。別れる時、タクシーに乗った瞬間に涙が零れた。



今は何をしてるんだろう。優しい人だから、今もずっと人の役に立つ仕事をしてるのかな。

社会人になった今では思うけど、仕事付き合いだけでも人間関係って大変だ。

でも、Mさんから学んだことは、教えてもらったことはたくさんあって。それが今でも仕事に活きてる。

あれから時間は経ったけど、今でもMさんとの思い出を記憶水槽仕舞っている。いつでも取り出せるつもりだ。

また、いつか会えたらいいと思う。ありがとうございました。

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん