はてなキーワード: ターミナル駅とは
長いリモート生活が終わり、会社に毎日出勤する人も増えたことだろう。私もその一人である。
オフィスには大概ウォーターサーバーとかがあり、運がよければコーヒーやスープまで出てくるやつが置いてある。
残念ながらうちは水オンリーだが、インスタントコーヒーは飲み放題となっている。
コーヒーも好きなのだが、ストレートコーヒーにハマってブラックで飲みまくっていたら腹を下すようになってしまった。
しかも、淹れたてのやつだ。
タンブラーで紅茶飲むなと怒られそうだが、カップを持っていくほどではなかった。
だがそれは気温が高いうちだけだった。
朝淹れのお茶は、昼頃にはなくなる。
その後はウォーターサーバーの胡散臭い水素水とかを飲んでいたが、最近寒い。だから赤い栓から出るお湯を飲む。
でもなんか、違うのだ。
お湯を飲んでもホッとはしない。
人間は寒くなると鬱になるとか言うが、それの小さい版だ。ホッとしたい。
そして紅茶を求めてコンビニへ行ったが、下手するとティーバッグすら売っていない。
私ははしごをして別のコンビニへ行き、リプトンイエローラベルを手に入れたが、
あまりのまずさに飲むことを断念した。
また次の日も午後になってもお茶が飲みたくなり、
オフィスの近くにある洋菓子店を訪れたが、1pc250円はするくせに鼻が曲がりそうなほど臭いフレーバードティーしかなかった。
私は諦めてルピシアへ行った。
ルピシアなんかで紅茶を買うやつはにわかだ、と古のインターネットではよく叩かれてた気がするのだが、
茶園もののストレートティーは当時から評価されていた気がするし、私も買ってるが、
よく飲むのはベルエポックというタージリン系のブレンドティーだ。
背伸びをしてストレートティーを買いに行っているうちに福袋に入ってたかなんかで飲んで、これでいいやってなった。
ルピシアに行くと特徴的な声の店員が贈りものですか?お伺いしましょうか?みたいなことを言いながらやってくるが、
贈り物なんか買ったことはない。この駅ビルが新装開店した当初からずっとだ。
お茶をプレゼントするなんて多分ナンセンスだ。おそらくは紅茶好きは自分で選んだお茶を飲みたい。
というか、店のちょっと入り組んだところでストレートティーを物色してる客が贈り物を選んでいると思うか?
お前たちの顧客は入り口の一番目立つ棚にあるギフトボックスをスルーして、袋入りの茶葉を見ている客が、
誰かのためのプレゼントを迷っていると思うか?
というもやっとした気持ちはあるが、とりあえずルピシア一択だ。
マリアージュフレールは素敵なマダムがイケメンから紅茶を買うという体験を得るための店だと思っており、
あまり飲んだことはない。
今は垢抜けないモブの男、垢抜けないモブの女が店になんとなく立っているし、
制服も素敵なイエローのスーツでもなくなった気がする。店によるかもしれないが。
マルコポーロを飲んでいる自分ではなくマルコポーロの味が好きなら、
ティーポンドは清澄にできた当初、またハイソぶってる小綺麗な店ができたと思ったが、
ストレートティーを買うなら悪くない。ブレンドは高いので飲んだことない。店もターミナル駅にあるわけじゃないし。
フォートナム&メイソンなんかの大御所はデパ地下で素通りしたことしかないし、カルディにあるジャンナッツは架空ブランド。
ダージリンは高いのでやめたら?と嫌味を言われたと低評価をつけられているのを見たことがある。
でも個人店全般にそういう斜に構えたジジイがやっているイメージを持ったからわざわざ行こうとは思わない。
ここまで書いて、私自身もその嫌味なジジイじみていることに気がつく。もうすぐでこの日記は終わりにする。
それで、会社に置く用のベルエポック(袋入り茶葉50g)を買って、
百均に来た。よく考えたらティーバッグで買えばいいのだが、コスパの呪いにかかっているので気が付かなかった。
今やディスカウントショップの互換となった百円均一。日本国民の暮らしを支える一部になっていることは間違いない。
だってちょっとした茶器を買う店が思いつかないんだから。(よく考えたらあったけど)
ただの"茶漉し"ではなく、なんか球体になっててカップに鎮められるやつか、カップで直接淹れられる深いやつ。
でもなかった。
コーヒー用品は5種類くらいの素材の違うドリッパーやペーパーフィルターなどの小道具がたくさん。
紅茶用品といえば、昔ながらの取っ手付きの茶漉しだけ。紅茶用品というか、紅茶にも使えるって感じ。
それを百均で買ってどうする?
我が家にも長らく使わなくなったただの茶漉しくらいある。
インスタグラマーがバカの一つ覚えみたいにこれ欲しかった!って動画にして、
即完売するようなグッズが売りではなかったのか。
それが、こんな台所で眠っているような茶漉し。
私はしんみりと悲しい気持ちになった。
でも、それは違うかもしれない。
贈り物で紅茶なんてナンセンスと言うように、我々のこだわりが強いのかもしれない。
そんなユーザーはもはや想定されていないのかもしれない。
たしかに、ヴィンテージのポットに合う口径の茶漉しをハンズまで買いに行ったり、なくてAmazonで買ったりしていた。
発売当時に偶然見つけて以来、ずっと使っている。
我々がガラス製でジャンピングを見て喜ぶと思うか?陶器にティーコジーを着せていた頃もあった。
これさえあれば、2杯目もあったかいままだ。
このように、我々は気難しいのだ。
普段「日本の悪いところを素直に認めろ!外国も同じとか関係ない!whataboutismをやめろ!」って言ってるネームドはてサたち
quick_past 人口が密集してないところや、貴殿の目に付かないところで行われてる、おぞましい行為を君は見なくて済んでるだけですよ。
segawashin そら電車内の痴漢は満員電車が無ければ成立しないからなあ。田舎は田舎で露出とかチャリですれ違いざまに体触るとかいう系統の痴漢が普通に出没するので、痴漢が東京固有のものであるはずがない。
cinefuk 田舎では、自動車を使った性犯罪が多発する。拉致・誘拐に至らなくても、声掛け事案だったり、路肩に停めたクルマの中から性器を摩擦する男に声をかけられたり。百万都市のターミナル駅から数百メートル範囲の事件
aquatofana ええと、御堂筋線事件って言うのが起きたのってどこの路線だっけ
Arturo_Ui 美濃加茂市で市議会副議長がやらかした件も「痴漢」の範疇だと思いますよ?
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20240510211920
grdgs 擁護でなく主語が小さく不正確ってこと。東京ってより日本(の都市部)という方が正確 / 普段ミラーリングガーって連中、条件合わせの基準が恣意的・ご都合的すぎ。これもミラーリング基準で極小まで条件合わせろよ
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20240511132215
都内某ターミナル駅で目的のホームに向かおうとしたら階段の時点で人があふれており、ホームにいたっては劣悪な家畜小屋のように人間がごちゃごちゃになってうごめいていた。
ただ、ターミナル駅なので降りる人も多いため、電車がやって来て中の乗客を吐き出せば、ホームで待っていた膨大な人々をそれなりに飲み込んでしまうすごさがある。降車する人でホームがパンクするかというと、電車が来た後はむしろすっきりしているぐらいで、すげーな、と思いつつ、俺も自分の乗る電車をホームで待つことにする。
電車を待っている人たちの列に着く。電車が来る。列が動く。俺は前に進みつつ、到着しているいまの電車は見送ることにした。体を押し込めないと入らない気がしたからである。
俺の前に並んでいた人たちはみんな停まった車両に乗り込んだ。結果として、俺が「黄色い線の内側」の列で先頭になった。
さて、俺が立ち止まってからも、いま停まっている電車に乗り込もうとする連中がおり(少し乱暴な呼び方だがこう呼ぶ)、乗車口に向かっていく。
車両の許容量はぱっと見で明らかに臨界に達しており、どう見ても乗れるわけがない。無理なものを無理に乗ろうとする者、「あ、これは無理だな」と遅ればせながら途中で悟った者などが逡巡ののちに乗車を断念し、だらだら車両から離れる。ホームドアが閉まって電車が出発し、結果としては、この連中が列(というか、こいつらのせいで列という既存の形態はあいまいになり崩壊したため、「群」)の先頭になる。
うん? と思ってどうも釈然としない。
これから次の電車が来るわけだが、そのとき乗車する順番は、「明らかに乗れるはずがない電車に乗ろうとして上手くいかず、あきらめて後退して列の後ろにも戻らず、乗車口(兼 降車口)の正面で待機している人たち」が先になるのだろうか?
それ、面白くねえな、と思う。要素がいろいろ複合しているが、単純に「列に並ぶ」という点で順番を抜かされているだけで面白くない。
いちいちこう書くのも偏執的だが、まず、すでに並んでいる列を抜かして先頭に立とうとしたらおかしいし、一回電車に乗ろうとしていた、というイレギュラーがあるからといって、「乗ろうとして乗れなかった者は列で並んでいる人の順番を抜かして集団の先頭で待っていてよい」ルールなどない。
ただ、と一方で思う。
俺は、じゃあ、この場にどういうことが起こるべきだと言いたいのか?
例えば、乗ろうとして乗れなかった連中が、あきらめて全員列の後ろに並び直せばよいのか?
さらに一つややこしいことを言うと、乗車口(=降車口)の前で滞留している連中にも理解の及ぶグラデーションがあって、一番前にいる者の気持ちはわからなくもない。
見たところ明らかに無理、でも、すでに中にいる人たちが頑張って詰めてくれれば一人分空くだろう、という心情は、実は理解できる。明らかに無理なことが実際に無理だっただけである。
しかし、この人にあとから続いてきた者たちのことは、もう全然わからない。自分の前にいるやつからして明らかに入れないのだから、自分が入るわけがない。後方に行くほど理解できず、前からの距離に比例してトンマだと思う。
で、これを加味すると、俺が望んでいることは何かというと、後方から乗ろうとした連中はあきらめて列に並び直す。ごくごく前方にいた人のみ、「あいすみません…」という感じで、列そのものの先頭ではないけどもなんとなく前方で次の電車を待つ。そういうことになるのか。
そんなことが起きるわけがない。全員が列の後方にすごすごと戻る、ということもないだろう。そういう分別があるなら、そもそも、前段階である「明らかに乗れない電車に突撃」自体が起こらない。
にもかかわらず、そうあるべきだ、というのは、自分でも起こるわけないと理解している「べき論」を盾に相手を論難しているわけで、おのれの正当性に偏重しすぎて、おそろしく非生産的な気がする。
電車のホームで起きていることは「列で並んで待つ。他の人を抜かさない」という空間的なシステムが愚か者のせいでぐしゃぐしゃになる話だが、時間的にも似たようなことは起きる。
というか、散々書いてきてあれだが、俺こそよく、時間的な意味で、「システムを壊乱する」側である。要するに締切の話である。
例えば締切が9/25だとして、俺は「とはいえ、9/26の早朝までは大丈夫ですよね?」ということをやらかす。
実際、それで助かることは多い(もちろん、他の人には負担をかけている)。自分が迷惑をかける側になってみると、システムにも遊びがあった方が助かるな…と思う。ある程度だらしなく、関わっている者全体がお互いのルーズさを飲み込んだ方が便利である。
ただ、時間的にだらしない俺が言うのもなんだが、
・締切は9/25です。
⇨ とはいえ、9/26の朝までに出せばいいですよね?
・はい。本当の締切は9/26の午前です。
⇨ わかりました。じゃあ、9/26の午後イチではどうですか。
⇨ ありがとう。ところで、実は…
となって、果てしなくシステムがメルトダウンしていき、ルールを守ることをナメるやつが出てきて、真面目な人が損をする。それはよくないので、やはり仕組みは仕組みとして明確に切るべきなのか(卒論の提出など、意味合いが深刻なものほどそうなっている)。
うーん、と思っているうちの次の電車が来る。ターミナル駅なので大量の人が降りてきて、降車口の前にいる連中は思いっきり邪魔になっている。その連中が脇にのくスペースをつくるために俺も脇にのくが、これで列がより曖昧になり、もう列で並ぶとか意味ないじゃん、と思う。
その連中が乗り込んで、あとから俺も乗る。仮にの話だが、もしこいつらの乗ったために車内がいっぱいになり、この電車も見送らないといけなかったら、俺は相当ムカついただろう。だろうが、「ちゃんと並べ」という俺自身、別のところではヘラヘラやっているため、どの立場で何を怒っているのやらよくわからない。
関係あるようなないような話だが、最近、都内駅構内のエスカレーターで右側を歩く、という慣習が弱まっているような気がする(気がするだけかもしれない)。乗ろうとするエスカレーターを見上げて、妙に静的なので、うん? と思うことが増えた。
休職期間中は完全に昼夜逆転してて6時頃寝て14時頃に起きる毎日だった。
洗濯だのなんだの些細な用事をチョロっと済ませたら夕方になってるのでその都度絶望している。
「昼夜逆転治すために22時に寝ると決めてたのにもう17時なのか!?絶対寝れないよ!!」と。
結局そんな休職生活を過ごすなか朝方人間には遂に戻れなかった。
二週に一度のメンタルクリニックの通院はちゃんと午前10時に行けるのに不思議だ。
そんなこんなで先日結局会社を辞めて、一人暮らしニートという無貯金待ったなしの真っ逆さまな生活を送ってるわけだが、ひょんなことから昼夜逆転が治った。
その日はどうしても役所関連の手続きや、緊急の買い物などを済ませないと行けない日で、夜中ぶっ通しで起きたまま昼間のクソ暑いなかもずっと街場で過ごしていた。
油断していると嘔吐くほどに眠くて、用事が済んだら一刻も早く家の布団に倒れ込みたい気持ちだったが、日が暮れるまでは到底帰宅なんて無理なほど外が暑いので(最寄り駅から自宅までは15分は歩く)、仕方なくカフェだの本屋だのをウロウロして、18時頃ようやく帰宅することができた(出先の繁華街やターミナル駅付近でちゃんと布団で昼寝できるスポットってやっぱカプセルホテルしかないの?)。
帰りに近所のスーパーで買ったヤクルト1000を一度に2本も飲んで(甘さに飢えていた)、23時頃に気絶するように寝ると、驚くべきことに翌日は6時半にスッキリ目覚めた。
丸一日起き続けた状態で炎天下のなか用事を済ませ、仮眠も取らずに23時頃寝たのなら、昼前くらいに起床して「ああああ昼夜逆転治さなきゃいけないのにいいいい」といつものように絶望するパターンが体にとっての自然なはずだが、ヤクルト1000は迷信じゃなく睡眠の質向上にプラスなようだ。
鬱病になってから、目覚めてから入浴まで最低でも4時間は時間空いてたから(すぐ入浴はなぜか無理だった。スマホはいじれるほどには肉体は起きてるのに、朝シャン前の寝起き時に特有のドライアイがツラくてたまらない状態なのに、それでもなぜかいつまでもシャワーを浴びられなかった)。
でもこの日は朝起きるなり頭が覚醒してた。
そして風呂から上がって髪を乾かしたり、歯磨いたりなんやかんやが済んだら時刻は7時20分になっていたのだが、自分が働いていた時はまさにこの時刻に家を飛び出していた。
「こんな気持ちのいい朝、お行儀のいい正しい時刻に、草野球でもパチンコでもアウトレットモールでもなく、よりによって仕事に向かうんだからそりゃあ労働ってめちゃくちゃ辛いよなあ」
雪が積もらずに、交通の要所である所だと、神戸、岡山、広島あたりはどうなんだろう。
北の方と日本海側は雪が積もるので除外。
瀬戸内海に面していると津波は来ないし、四国バリアがあるので結構安全な気がする。
ただ政治を移すだけとしても首都には大使館も必要だし、それなら皇居も作らないといけないし、最高裁や国会図書館とかの施設も必要だし、国際空港やターミナル駅も必要だ。
その国の顔としての街が求められるので、莫大な投資をしないといけないので、やっぱ難しい気がする。そもそもそんな予算ないし、首都移転のために増税しますとかいったらブチ切れて激おこぷんぷん丸になるでしょ。
東京全域が水没するとかよほどのことがないと無理な気がする。
もういっそのこと政府も行政も全部テレワークにして在宅でやってその記録を全部残して公開する、生体認証とかで本人確認もしっかりする。
山手線擬人化アイドルコンテンツを知っているだろうか。私はよく知らない。山手線の内側に住んでいるので、駅構内でときどき見かける駅員の格好をしたイケメンキャラとして、なんとなく存在だけは認識している。勝手に駅員設定のキャラだと思っていたが、彼らはどうやらアイドルらしい。
新橋駅でやたら渋い声が聞こえると思ったらこのコンテンツだった。サラリーマンの街というイメージなのか、アイドルにしてはかなりおじさんだったので印象に残っている。
アイドルなので人気とかキャラ同士の関係性みたいなものもあるようだが、実際の駅での扱いはまだ全然違う感じがする。
コンテンツ内でセンター扱いらしい新宿は、現実の駅ではほとんど見かけない。広告が多すぎるのと、常にどこか工事しているから単純に見つけにくいだけかもしれないが。
一方で、同じターミナル駅でも池袋になると、ちょっとした掲示物やパネルでよく見かける。積極的に起用されている印象がある。
池袋の近くだと、巣鴨でキャラクターの誕生日を掲示物で大々的に祝っているのを見たことがある。小さめの駅だけど、駅ぐるみで愛されている感じがしてよかった。童顔で癒し系っぽい見た目のキャラだったので、お年寄りウケがいいみたいな設定なのだろうと思った。
その隣の大塚は、数年前に等身大パネルが一個置いてあったがいつの間にか撤去されて、今は駅のどこにもキャラクターの姿がない。
通学時間長めは止めた方が良いに賛成する。
ワイが体力ないせいかもしれないが、高校の時、片道2時間近くかかって、ぐったりしてた。
行きは接続がまだ良くて、1時間45分くらいだったが、帰りの接続が悪くて、2時間半とか
かかっていた。高校の職員会議が水曜日にあるため、水曜日だけ5時間授業だったのだが、
みんなは早めに帰れる日でよろんでいるが、私は接続が悪すぎて普段と何も変わらず。
4時前に授業が終わっても、家に着くのは、6時半。
部活はできないし、途中のターミナル駅からは1時間以上、友だちもおらず。
週末の金曜日とか、家に帰り着いた頃にはぐったりしていて、風呂も入らず寝て、
土日に復活というパターンで、今、考えると、高校3年間、ともかく学校に通うのが
最大のタスクであった。
けっきょく思ったほど成績も振るわず、浪人して、大阪の予備校に通い、予備校から下宿まで
歩いて15分の距離に感動した。通学がこんなに楽とは。
うちの母は韓国から日本に嫁いできて数十年暮らしている人で、この話は母の妹(私からみると叔母)が日本に遊びに来た時の話。
叔母の日本滞在最終日、帰りの飛行機が午前便だったので母と叔母は2人で空港隣接のホテルに泊まることにした。
夕食を食べてホテルに戻った後、やっぱり2人で飲み明かそうとなって空港内のコンビニへ買い物に行った。
すると空港職員にカタコトの日本語混じりで何かを話している韓国人男性を見かけた。
母は日本語と韓国語どちらも分かるので、人助けと思って話しかけてみた。
男性の話はこうだ。
今日は夜遅いから空港近くで彼女に教えてもらったホテルを取っていて、前払いでお金も払っている。
だけど教えられた住所に宿がなかった。
行くアテもないので空港に戻ってきて、職員に宿の場所を聞いていたところだった。
職員さんは名前を聞いてそんなホテルは知らないと言っており、そもそも空港周りにあるホテルなんて数件しかない。
肝心の彼女は連絡しても返事がない。
母と叔母は思った。
この人、カモにされたな。
とりあえず宿を探しているとのことだったので、母は自分たちが泊まっているホテルまで彼を連れて行った。
幸運にも空室があったのでそこに泊まることになった。
哀れに思った母たちは彼に1本ビールをおごり話を聞いてみた。
彼女は某東南アジア国出身で、家族を養うために日本に出稼ぎに来ている。
インターネットの出会い系サイトで知り合ってすぐに付き合った。
会うのは今回が初めて。
家族のためにほとんどのお金を母国に送っているから自分が支えてあげないといけない。
なのでわざわざ会いに来た。
明日は朝から○○駅(ターミナル駅)で待ち合わせなので、泊まる場所を紹介してもらえてとても助かった。
母も叔母もどう考えてもお前騙されてるだろと思ったが、面倒くさいことになっても困るのでそのまま彼と別れたっきり。
彼が彼女に会えたのか会えなかったのか、会えたとしてどれくらいのお金を「援助」させられたのかは誰も知らない。
どの国にもこんな人っているんだなぁ。
コメント見てると「必要ない」って意見が大半だけど、単純にコストの問題だと思う。
例えば可処分所得が月に+30万くらいあれば、都心部であっても独身・家族持ち問わず「車を所有することは高い確率で選択肢に上がる」と思うよ。
自分は都心部で車持ちだが、カーシェアやレンタカーとはやはり違う。
まず、自分たち家族専用の「移動できるプライベート空間」を自由に使えるメリットは大変大きい。
また、行き先を検討するときに「車ありき」で計画できるのも大変大きい。
「レンタカーで十分」派はここが想像できていないように思っていて、
「車がある前提でお出かけを考える。車が逆に不便なところだと公共交通機関を検討する」のと、「普段は公共の交通機関を使うけど、特別なお出かけのときは車を借りる」は似て非なるものだよ。すぐに・安く借りれるとしても。
具体的に、車があるとお出かけ先がどう変わるかを挙げてみようか?
車を持っていない知人家族の場合は新宿・原宿・渋谷・池袋などのターミナル駅周辺になるのに対し、自分たちはららぽーとやお台場のようなプチ郊外型ショッピングモールや複合施設になることが多い。
え?って思ったでしょ。
そんなお出かけのために車必要?wwwってなるでしょ?
そうなんだよ、そんなものなんだよ。
だから都心部で車持ちは、その程度のために月数万~10万程度の維持コストを払っても全然問題ない高所得層は車を持ってるし、そうでない層は車を持ってらず「持たなくても問題ない」って言ってる(それは正しい)。
それだけのことだね
京王電鉄の新宿西口再開発が未定になってしまったというニュース。
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.watch.impress.co.jp/docs/news/2002365.html
ただ、この中心となる京王デパートの土地、そして南街区の一部というのは実は京王電鉄は購入してないのだ。デパートの下には京王線の駅があるんだが元々京王電鉄の駅はここじゃなかったのだ。購入してないのに所有権が移転したのでありますな。そして元々この土地を地上げして権利を得ていたのは実は東急の後藤慶太なのだ。
この棚ボタ土地ゲットには実は戦争が絡んでいるのだ。具体的には戦時統制と敗戦後の占領政策が関係している。
そこをさらっと紹介したいと思う。
明治以降、帝都東京府東京市には様々な鉄道会社が立ち上がり路線を伸ばしていった。そのうち、買収合併を繰り返して「路線網」を形成する会社が出来ていった。城東の東武鉄道、京成電鉄、城西の西武鉄道、目黒蒲田電鉄(後の東京急行)の4つ。
今では鉄道会社はお固い業種だが、当時はそういう訳でもなかった。というか、西武の堤(ピストル堤)、後の東急の後藤慶太(強盗慶太)はかなりヤクザっぽい。手口もそうだし堤はスーツもヤクザで見るからになのだ。一方、東武鉄道の社主、根津嘉一郎は日中の古美術品を収集する文化人で派手を嫌い茶人。美味しんぼに出てくるような文化的素養が高い経営者だ。
ビックカメラの歌が戦前に有ったら「不思議な不思議な電気鉄道、東が文化人で西ヤクザ」と言った処か。
東京西側のうち、中央線の北側は田舎で畑だらけ、人口密度も低かった。一方南側は都市化が進んでいて人口も多く、横浜などの人口が多い京浜地区にも近い。その為に中央線南側には沢山の鉄道会社の路線が引かれることになった。
日中戦争が激しくなると共にナチスドイツ、イタリアと枢軸を形成すると、統制経済に移行する。鉄道の場合、インフラなので資源の効率化と経営の安定の為の資本の強化策として陸上交通事業調整法が施行される事になった。これはバス鉄道会社を有無を言わさず大資本に吸収させるというものだ。東京の場合は、先の東武、京成、西武、東急に全部合併させる。
この時に沢山あった中央線より南の私鉄はほぼ全部東急となったのであった。いわゆる大東急である。
具体的には、帝都電鉄(井の頭線)、京王電鉄、小田急、現東急線(東横線、池上線、目蒲線、大井町線)、京浜急行が全部東急。
因みに、地下鉄銀座線の渋谷~新橋も東急が所有していたが、こっちは同法によって出来た帝都高速度交通営団に取られてしまった。
京王線だが、元は始発駅は新宿西口ではなかった。もっと繁華街に近い「新宿追分駅」が始発だったのだ。
https://maps.app.goo.gl/vR4k78vXPLoueEK99 (ビルの上にKEIOの社紋)
https://maps.app.goo.gl/hnwYN9uwZT783SuH9
にかけてが京王線始発駅だったのである。このビルにもKEIOの社紋があるのが分かるだろう。この二つは京王の所有なのだな。
で、この駅を出た電車はなんと甲州街道の真ん中に躍り出て、道路の真ん中を走っていた。陸橋を登って新宿南口の前の駅(殆ど電停だが)で停まり、坂を下ってそのまま甲州街道の真ん中を走り、文化服飾学園の前で専用の線路に入る。
https://tks-departure.sakura.ne.jp/keio-shinjuku.html
電車が道路から駅に入る写真があるが、今のこの場所がIKEAなのだから驚きだ。
戦争末期、東京を焼き尽くすB29が現れるようになると初台にあった変電所も被災してしまう。すると変電所から新宿までが遠くなり、電圧が落ちてしまい新宿南口の甲州街道陸橋を電車が登れなくなってしまった。
仕方ないので客が全部降りて陸橋の上まで空で走りまた乗ったり、それでも登れないので客が電車を押したりと危ない事をやっていたらしい。
結局モームリって事で、坂の下で運転を打ち切る様にしたが、路上で切符の販売とかどうすんだって話でもあるし、転轍機がある駅まで複線を逆走する事になるしで無理もいいところだ。当時京王線を所有していた東急は困ってしまった。
ところがこれには決定的な解決策があったのだ。
国策で一気に城西地区の鉄道王になってしまった後藤慶太と東急だが、ターミナル駅が散らばっているのが気になる。元京浜急行:品川、元東急と井の頭線:渋谷、元東急:目黒、五反田、小田急と京王:新宿だ。
官営鉄道が線路幅1,067mmの狭軌を採用したのでこの線路幅が日本の標準になっていた。
大東急が所有する中で、京浜急行と京王はこれよりも広い線路幅であるので互換性が無い。でもその他の路線は日本標準の線路幅なので乗り入れが可能だ。
であれば、共に幹線の東横線と小田急線を乗り入れで連絡したい。しかも新宿駅西口の改良計画がある。
って事で、東横線中目黒から分岐して小田急線代々木八幡駅付近で合流する線路の計画を立てた。この区間には現在山手通りがあるが、途中まで川筋があるので高低差が少なく、トンネルを掘る量が少なくて済む。
そこでまずは参宮橋駅付近から新宿駅までの小田急線線路脇の土地を地上げでゲット。ここは複々線化用地である。現在でもこの区間は線路脇に空き地が残っている。
ところが…
戦況が芳しくない。経済もどんどん窮乏してくる。戦争に取られて物資も労働力も無い。これでは工事どころではない。
だからこれら用地は新宿付近で押さえただけで放置されたままになってしまった。
そこに起きたのが先の空襲による京王線陸橋登れない事件である。
東横線新宿駅用地は折り返し地点になった陸橋下交差点のすぐそばだ。だったらそこに駅を臨時で作ってしまえば!?
ってことで、東横線工事も進捗できないどころか戦争に負けそうな状態で最早それどころではない、だったら東横線新宿駅は諦めて臨時の駅を造り、交差点で急カーブさせてそこを終点にすればいい。交差点から追分駅までは廃止。
という事で、東急が押さえた土地に駅を作ってそこが終点になった。勿論工事をやったのも東急だ。だってその時は京王線は東急だったのだから。
空から現地を見てもらうと判り易い。
https://maps.app.goo.gl/9e6JNhFXD5Zt7Git8
京王デパートの下が今の京王線新宿駅だ。西新宿1丁目交差点から急カーブで入っていたのだね。
そして京王デパートから小田急線の踏切(地下に大江戸線が走る)までの区間の小田急線路寄りも東急が地上げで押さえた土地だ。
戦後にここは売りに出されて、国鉄が取得→国鉄本社→JR東本社という経緯を経ている。
日本は戦争に負けてGHQに占領された。戦中に合併した資本はファシズムを支えたものであるから解体されることになる。
過度経済力集中排除法が施行されて財閥は解体された。
後藤慶太も公職追放され、大東急も解体される事が目に見えていた。
そこで後藤は株主総会で大東急分社化を提案し自ら解体する事を選んだ。
こうして京王、小田急、東急、京浜急行の4つに分かれる今の形になったのである。
ところで井の頭線は京王が所有する事になった。ところが、井の頭線は元は帝都電鉄という私鉄で、それが小田急に買収→東急と来て何故か京王に付いて来てしまった。
戦争が終わって合併解除されたら、新宿駅にターミナルが出来てるし、新宿三丁目の繁華街に元の駅の土地が残ってるし、井の頭線も付いてきてる。なんかやたら京王だけ有利な条件で棚ボタが多すぎるんでありますな。
甲州街道の真ん中を大きい電車が走るという光景は1963年まで見られた。http://jorctk.cocolog-nifty.com/blog/2012/07/post-9299.html
駅は63年に地下化されたが、この上にデパートを建てる事が出来た。無償で得た土地の大活用である。
https://maps.app.goo.gl/QxcauHLWBichSbEr6
これは何かと言うと、京王線のトンネルの上に建っていたのだ。というか、トンネルと躯体が一体化していた。勿論所有者は京王電鉄である。(最初は地権者は別で地上権設定だったのを後に所有権を買い取った)
今は再開発の為に解体されてなくなっているが、上から見たら京王線のトンネルが見えるんだろうか?上から見る機会が無いので不明だが興味津々である。
ここの葵通りという道路。
https://maps.app.goo.gl/F6jK1GiTz9zGc1iA7
実はこの下には玉川上水が通っている。とすると、この突き当りにあるビルの下も上水なわけで、このビルの場所は2000年頃まで建物が建っていなかった。上水設備=東京都水道局管理地なので建てられなかったのだ。
では今は誰がこの土地を取得していたの?となるが、実はこのビルの所有者は東京都なのであった。
京王線新宿追分駅跡のIKEAの甲州街道反対側に新宿4丁目地区があるが、この一帯には安ホテルが数件ある。
実はここは元はドヤ街で、日雇い労働者向けの簡易宿泊所が密集していた。宿泊費は今の物価なら800~1200円ほど。
その後日本が豊かになって廃れ、一部は安ビジネスホテルとなって生き残った。新宿駅徒歩数分、三丁目から1分という好立地で一泊5000円程で泊まれる超絶穴場だが、どこも余りにもやる気が無く、営業してるかよく分らんところばかりなのである。実に勿体ない。だから宿泊の穴場と云うよりインバウンド客向けB&Bやホステル経営物件をゲットできる穴場と言えるかも。
anond:20250208201158 を書いた増田です。
ブコメに「守備範囲外になってるんだったら寂しくね?」と書かれていて、いや、何も寂しくないですが…もしかして男性に声をかけられるのが嬉しいことだと思ってる?見えてる世界が違う?と不思議に思った。
というわけで別に不審者とまではいかないけどナンパとかにしてはやな感じだったな〜という人々も書いてみる。
大体22歳以降の都会に住んでた時期に多かった。
書いていたら高校生時代にも声をかけられたことを思い出したのでそれも書く。
高校2年生の時、同年代のフォロワーとオフ会をすることになった。
電車で最寄りの都会である名古屋に行き、銀時計下でフォロワーを待っていた。
お手本のようなオタクの女子高生で、どこからどう見ても大人びてはおらずどう考えても未成年なのだが
「お茶でもどうですか?」
とおじさんに話しかけられた。
何?お茶?なんで?と思った(前回のブログでも警戒心がないとお叱りを受けたが、本当に警戒心のないガキである)。
「人と待ち合わせしてるので無理です」
と言ったらいなくなったので、前回書いた人たちよりかなりマシだった。
でも書いてて思ったけど、めっちゃ垢抜けて大人っぽい子に成人と間違えて声かけちゃったならともかく、どう見ても未成年の垢抜けない女の子に声かけるのってめちゃくちゃ不審者だよね。
銀時計エリアって割と警官とかうろうろしてるのによく話しかけてきたな…。
ツイートしたら成人済みフォロワーがずいぶん怒り狂ってて、なんかお姉さんたちめっちゃ怒ってるけどなんでだろ〜と思ったことも思い出した。そりゃ怒るわ。
別に怖!とも思わず、変なの〜と思って終わっていたのでこれを書いてなかったら思い出さなかったかも。正直全然覚えてないし過去の自分のツイートに感謝…。
転職して都会に転勤してしばらくした頃だった。
給料も前職時代より上がったし都会には店舗があるので思い切ってビジュー付きのRANDAのパンプスを買い、高くて素敵な靴買っちゃった🎶ルンルン🎶と歩いていたところ
「靴キラキラですね」
としばらく並走してきた男性がいた。
都会に引っ越す頃にはちゃんと化粧も覚えて不審者に付き纏われていた頃ほど芋臭くなくなったのだが、その分ナンパ(しつこくはない)が増え、この手合いはガン無視に限ると学んでいた。
そういうわけで見向きもせずガン無視していたらいなくなった。
見てないので年齢とかはわからない。靴!?と思ったので印象に残っている。
転勤先の近隣に住むフォロワーとオフ会してちょっと帰りが遅くなった日だった。
遅くなったと言っても21時頃なので全然終電よりも早いくらいである。
最寄り駅を出たところで後ろから声をかけられた。
「あの、すみません…」
あまりにも恐る恐る…という声音だったので、私落とし物でもしたのかなと思い、「はい」と振り返った。
が、モジモジしていて何も言わない。1分くらい待っても何も言わない。
髪を染めていたのでおそらく高校生以上だと思うのだけども、めちゃくちゃ若そうだった。大学生なりたてとか?
当時金髪で、服装も厚底!レザー!プラチナ期の金髪ショートの高橋愛に寄せるぞ!という、とにかく強いんだぞ!という装いだったので、もしかして落とし物拾ったけど怖くて何も言えないのかな…と不安になった。
「あの…なんですか?」
「………やっぱりいいです………」
なるべく優しく声をかけたが、そのまま私の家とは逆方向にすごすごといなくなった。
一応カバンの中身を確認したら特に何も落としてなかったので、彼が何をしたかったのかは謎である。
落とし物じゃなければナンパかなあ…と思うがそれにしてはあまりにも弱すぎる。(今まで遭遇した不審者たちのメンタルが強いだけと言われたらそう)
夜道で声かけないほうがいいよって言ってあげたほうがよかったかも。
最寄り駅ということもあって、本屋逃走中男みたいにあとつけられてたら困るし、途中コンビニに寄って後ろに誰もいないことを確認してから帰った。
転勤先のターミナル駅にはスケッチブックやチラシを持って宣伝するYoutuberが時々いて、特に珍しい存在ではなかった。
ほ〜やっぱ都会は違うね〜と思いつつも、興味がないので毎度通り過ぎていた。
ターミナル駅周辺で用事があったので出掛けて用事を済ませて、帰ろうと駅の入り口に向かっていると4〜6人くらいの男性に囲まれた。
音楽を聴いていたので何を言っているかはわからなかったけど、手にスケッチブックを持っている人がいたので、多分Youtuberか何かだと思う。
私はかなり小柄で、150センチくらいだ。
そのサイズ感で男性に囲まれるとほぼ壁に囲まれているようなもので、めちゃくちゃ怖い。
めちゃくちゃ下を向いて聞いてません見えてませんという姿勢を貫き歩き続けていたらそのうち散った。
Youtuberだったら名前確認して炎上でもさせてやればよかったな〜と今は思う。
普通の「お姉さん可愛いですね!」「ご飯行きませんか!」系は省いているけど、本当に、ただちょっと出歩きたいだけなのに声をかけられるのはシンプルに迷惑である。
居酒屋のキャッチに声をかけられたら嬉しいんですか?嬉しくないですよね?それと一緒です、という気持ち。
新卒で入った会社で同期と一緒にいたら話したことないデリカシーのないおじさんに
「増田さんだよね?新卒で1番可愛いから顔覚えちゃった!他の子は…何さんだっけ(笑)」
と言われて同期と壁が出来てあんまり仲良くなれなかったこともある。自分がコミュ障なのはもちろんあるけど。
ものすごく真面目に引きこもって家で映画見てアニメ見て本読んで暮らしているので男の人に奢ってもらって云々したこともほとんどない。会社の飲み会くらい。
なので男の人に声をかけられなくなったとて何も寂しいことはないし、きっと今より生きやすくなるんだろうなあと思っている。
私は北関東から大学進学に伴って東京に出てきて15年以上経った。今でも実家に帰ると思うのは「地元には本当に何もない」ということだ。
東京でもう何年も前、なんなら10年以上前に流行ってその後ブームは収まったとはいえ定着したものとかが、地元には本当に無い。
地元は農村のような本当のド田舎ではない。実家は私が6歳の頃に家を建てた新興住宅地だし、近くには高速道路のインターチェンジを中心として開発された巨大ショッピングセンター等が立っている地域もある。それでも、それでもなお、実家に帰ると本当にやることが無いと感じる。
イベント事も何もやってない。東京なら毎日どこかしらで何らかの催しが行われているのに、地方には本当に無い。
文化的施設もない。美術館や博物館もない。唯一映画館だけは巨大なものがある。土地は余ってるからね。
高校生の頃、デートと言えば映画かカラオケしかなかった。街を歩いてお洒落なカフェでケーキでも、なんて出来なかった。だってそもそも「歩く街」が無いんだもん。
また地方はどうしても車移動になる。車移動の何が悪いかって、基本的に目的地を定めてdoor to door で移動することだ。明確に目的地があってそこに向かって走る。その途中に何が有ろうが関係ない。家を出て10歩で車に乗り込み、店の前の駐車場に着いてすぐに店の中に入る。それ以外の世界は無い。
精々、巨大ショッピングモールに行ってその中を歩き回る程度である。とはいえどこのショッピングモールもそう変わり映えはしない。
東京であれば、例えば池袋・新宿・渋谷のようなターミナル駅に行ってとりあえず徒歩でぶらぶらしていれば色々なものが目に入ってくる。面白そうなお店を見つけて覗いてみたり、新しいお店が出来ていることに気がついたり、まぁ何にせよ何の目的もなくその駅にさえ行けばいくらでも遊べる。
もっと小さい駅でも良い。とにかく公共交通機関と徒歩で移動するというのが凄く重要で、車移動の地方とは得られる情報量が全く違う。触れられる文化の質も量も段違いだ。
東京の大学に進学した時、最初に感じたのが「東京生まれ東京育ち」との大きな差だった。
彼らとは18歳の時点での人生経験が100倍は違うと感じた。彼らは物事をよく知っていたし、遊ぶ場所も知っているし、色々なイベントを経験し、多様な文化も吸収していた。
田舎者だった私は凄く悔しくて、頑張って東京の文化を吸収しようとしてきた。一応15年以上も住んでみてある程度は東京に染まれたとは思う。
それでもこの経験をしてしまうと、東京を離れることが非常に怖いと思う。子供を育てるなら絶対に東京以外あり得ないと思うし、たとえどんなにお金が無くても何が何でも東京にしがみつくだけの価値はあると思っている。
こういうことを私は東京に来てから知ることになった。一応は子供の頃にも東京には何度も遊びには行った事があったのだがそれはあくまで観光だったので特別な場所を見ているのだと思っていたし、東京に住む人と交流することも無かったから気が付いていなかった。
だけど今はSNSがある。子供のころから東京に住む同世代の人たちの生活を垣間見ることが出来てしまう。そこには自分の地元と同じ時代の同じ国とは思えないような生活が広がっているのだ。
そんなもの知ってしまったら当然東京に行きたいと思うだろう。言葉も通じるしパスポートもいらない場所に、まるで異国のような未来都市があるのだ。
この現実を無視して地方からの人の流出を防げと言ったってまぁ無理でしょ。この格差は正直「差別」とかに近いレベルのものだと思う。生まれのせいで差別を受けていると言っても良いぐらい、地方と東京じゃ違う。
先週末なんだけど、都内のターミナル駅歩いてた。家電量販店行こうとおもって。
週末だけに人は沢山だし、工事もしてるので警備員や作業員の方も多い。
ちょうど路面にタクシーが停まって、おっさん(じいさん?)が降りてきたんだ。
降りてすぐ、腕を前にした前傾姿勢で一直線で私の方に凸撃してきた。こんなに人たくさんなのに。
あ、これ通り魔的なやつ?私、刺される?と思ったら、膝の力が抜けて、踵からつま先に荷重移動、そして
ひらりと凸撃を避けられた。本当に幸運だったが、おっさんはビル工事の警備員の前に倒れ込んで動かない。
もしかして、急な体調不良だった?怖くて確認できなかったし、近づいて刺されたら洒落にならないと思って
その場から逃げてしまった。私自身は触ってすらない、何もしてない。
だが、これで良かったのか?なにかすれば良かった?冷や汗出たし、本当に怖かった。
複式学級にはギリギリならなかった。
わかるのが楽しかったし、わかる奴には次々と新しい課題を出してくれるのも楽しかった。
算数の授業にはなぜか二人の先生がついており、わかる子は難しい問題を投げ、わからない子には先生がつきっきりで教えていた。
俺の他にも勉強がやたらできる奴がいて、そいつと競争したり、一緒に問題を解いたりもしていた。
事実上、少人数教育と習熟度別の学習が実現できていたわけで、教育環境はド田舎にしてはかなり良い方だったと思われる。
今思えばそのおかしさを笑われていたこともあったように思うが、当時の俺は自分が笑われていることに気づいていなかった。
それでも概ね楽しく過ごせていたから、クラスメイトたちはとても優しかったのだと思う。
やたら気がよく優秀な奴の多いクラスだった。
マイルドヤンキーな悪友は立派な父親になり、アスペの俺にまで優しくしてくれた子たちは県内の有名進学校に進み、俺と算数の出来を競っていた奴は旧帝大に行った。
中学まで俺は彼らに守られていたために大過なく成長することができたが、高校からはそうはいかない。
地元には高校などなく、進学するには町を出る必要があったからだ。
受験とか面倒くさいなあと思っていた俺は、実家からギリギリ通える普通科高校に通うことにした。
特に対策などする必要がなくて楽だったし、勉強などどの学校でやっても同じだと思っていた。
最初は俺も勉強をがんばっていたが、部活で人間関係に悩み、学校をサボりがちになった。
それでも最低限勉強はこなし、結果的に都内の有名私大に進学することになった。
同級生たちは誰も俺がそこに進学することを知らなかっただろうが、担任の先生は喜んでくれて、それに救われた気持ちになったことを覚えている。
親も喜んでくれた。
後で聞いた話では、父親は昔、大学に行きたかったけど諦めた過去があるらしかった。
さて、電車にほとんど乗ったこともないような田舎者が東京に行くことになったわけだが、世界屈指の巨大ターミナル駅に降り立っても、特に感慨は覚えなかった。
元々引きこもり気質だったことに加え、ド田舎育ちのため、街に対する感性が育っていなかったためだと思う。
揺られながらぼーっと街並みを眺めるのが楽しかったし、それに飽きたら音楽を聞いたり本を読んだりできるのもよかった。
青春18きっぷの存在を知ってからは、電車で帰省するのが数少ない楽しみになった。
寮の人たちはとても面倒見がよかった。
先輩は困っている後輩がいないかよく気を配っていたし、同期も俺を友人として認めてくれていた。
寮を挙げてのイベントもいくつかあり、その度に寮生たちは大いに盛り上がっていて、俺も仲間外れにせずに誘ってくれた。
しかし、当時のアホだった俺は、他人の好意を鬱陶しく思い、その親切やありがたさを浪費していた。
むしろ俺は、周りの寮生たちのあまりの優秀さに打ちのめされていた。
相部屋になった同期は高校の頃にTOEICで800点近い点数を、向かい部屋の奴は満点を取っており、これからは中国語の上級試験に挑みたいと言っていた。
IPAの高度試験をいくつも突破していて、大企業から既に目をかけられている人もいた。
俺はライバルの少ない田舎で、多少勉強ができるだけで得意になっていた愚か者だと、嫌でも気付かされた。
それからは勉強をがんばる気にもなれず、昔から好きだったインターネットに逃避するようになった。
はてな匿名ダイアリーに出会ったのはこの頃だった。
手頃な文量で、知らなかった世界がおもしろおかしく、生々しく書かれている文章群がとても魅力的に思えた。
インターネットがこんなにおもしろいのだから、現実世界での失敗などどうでもいいと思うようになった。
寮を出てからアパート暮らしを始めると、さらに体調が悪くなり、布団から起き上がれなくなった。
何の前触れもなく涙が出てくることもあった。
そうやって何も成し遂げられないまま、大学生活はあっという間に終わってしまった。
このような状態でまともに働けるわけがなく、就活もろくにしなかった俺は、お情けで大学を卒業させてもらった後、実家に逃げ帰った。
追い立てられるようにハロワに行き、そこで紹介されたメーカーに入社することになった。
なぜ受かったのかは謎だ。
その会社はド田舎ではあったが、なぜか業界トップの企業らしく、国内は固め終えたのでこれからは海外に殴りむぞという意気込みで拡大を続けていた。
ただし俺の上司は別だった。
ねちっこくミスを咎めてくるし、自分の失敗を咎められると怒り出すし、俺によくしてくれた先輩はこの上司に愛想を尽かしてやめていった。
主治医からは鬱病と診断され、しばらく休職し、部署異動することになった。
異動先の上司は俺を買ってくれていた。
入社試験の点数がよかったことと、プログラミングができることが気に入っていたらしい。
いろいろ仕事を振ってもらったが、仕事量に耐えきれず、結局逃げるように会社をやめた。
部屋には尿の入ったペットボトルが何本も溜まっていた。
後に精神科では双極性障害とASDと診断され、障害者手帳を取得した。
どうにか体が動くようになった今は、障害者雇用のパートで農業をしている。
誰でもできる仕事で給料も少ないが、職場のおばちゃんたちは優しく、会話も体を動かすこともおぼつかない俺にいろいろ世話を焼いてくれる。
どのような形であれ、職場の一員として一緒に働かせてもらえることはとてもありがたいことだと思う。
また、病気の俺を支えてくれて、今の仕事を応援してくれている両親には感謝しかない。
でも、せっかく俺を大学まで行かせてくれたのに、このようなザマになってしまって申し訳ない。
本当にごめんなさい。
ASDの俺を受け入れてくれた小中学校時代のクラスメイト、孤立していた俺を気にかけてくれた高校時代の担任、大学の寮のみんな、会社の先輩と異動先の上司、家族、俺は迷惑を掛けてばかりでしたが、あなたたちのお陰で何とか生き延びることができました。
あなたたちがいなかったら俺の人生はさらに悲惨なものになっていたはずです。
俺にできることはほとんどありませんが、あなたたちの人生がより幸せなものになることを祈っています。
今まで本当にありがとうございました。
今季からTBSで「日本へようこそエルフさん。」というなろう系ラノベ原作のアニメが始まっているんだけど、主人公の現世のスペックが一番のファンタジーと言われている。
「25歳・都心高級マンション住まいのマイカー持ち・ホワイトカラー」30年ぐらい前のトレンディドラマの主人公のようなスペックで、ここまでならギリ現実でも有り得なくもないのだが「ノー残業主義」という設定でどうしてもファンタジー感が出てしまう。「底辺社畜が過労死で異世界転生」というよくある設定よりもファンタジー感が強くなってしまっている。
東京都内の25歳男性会社員の平均年数は470万。手取り月収で25万円〜30万前後。実現するには倍ぐらいの年収がほしいところ。
そこで主人公の設定を少しだけいじって、ありそうな感じにしてみる。
※一部ネタバレあるため閲覧注意
「会社員」という大枠は変えず具体的に若くても高年収の属性にしてみる。
例えば「商社マン」「広告代理店」「外資系金融・コンサル」など。これなら20代でも高年収で(いわゆるヤンエグ)、押上近辺の高級マンションにマイカー持ちの生活ができる。
ただしこれらの職業は日本でもトップクラスの高稼働で、おそらく時間外労働100時間年中出張転勤とか当たり前の世界だろう。
そうなると「ノー残業で帰宅して弁当作って即就寝」という生活は不可能となる。
20代で会社員となると優雅な生活を支える年収は難しい。ということで職業を変えてみよう。
例えば「Youtuber」「芸能人」「会社経営者」「フリーランスエンジニア」「投資家」など。「医師」なども考えられるが、25歳だと研修医の可能性が高くそこまでの年収は望めない。
これらの職業なら家賃や自動車関連費用を経費計上(一部)できるので、押上近辺の高級マンションにマイカー持ちの生活ができる。
問題は優雅な生活をするにはそれなりに成功していなければならず(それこそ家や車で節税しないといけないぐらい)、19時就寝生活ができるかどうかが微妙なところだ。
それこそ上記のヤンエグビジネスマンと変わらない稼働時間になりそう。25歳の年収1000万のフリーランスエンジニアなんてかなり限られそうだが(10年ぐらい前のmizchi氏?)
あと芸能人やYoutuberが美少女エルフと同棲しているとなると、文春砲的な何かが起こりそうでそれはそれで不穏である。
主人公は押上近辺の高級マンション高層階1LDKに居住していると思われるが、この条件だと家賃は19万円前後。
更に駐車場代が3万円となり家賃と自動車関連費用(保険車検含む)で25万円を超える。
1K/ワンルームならば9万円代に抑えられる。それでもまだ高いが、築年数や設備等で妥協すれば5万円代も見えてくる。スカイツリーから大分遠くなりそうだが。
車はこの際諦めよう。仮に車種を軽自動車にしても駐車場代は下がらない。スカイツリー近辺で駐車場代を抑えるのはかなり困難だ。そもそも車ではなく地下鉄とバスとタクシーで移動がデフォの地域である。
押上やその周辺地域は都心回帰の流れを受けて、近年家賃も不動産価格も高騰している地域である。主人公が住んでいるマンションを新築で購入しようとしたらおそらく1億円ぐらいになるだろう。
この際押上を諦めよう。都内で家賃を抑えたところで、車を持つのは難しい。東京湾岸部は同様の家賃で、山手線沿線も高い。郊外を見てみよう。
都心から比較的近い練馬ならどうか。1LDK家賃13万で駐車場1.8万。まだ高い。立川もそれほど変わらない。八王子も1LDKは意外と高い。横浜も高い。
神奈川・埼玉・千葉はターミナル駅や都心にアクセスの良い駅だと家賃は高い傾向にある。駐車場も高い。
一方で守谷や取手など茨城県まで行けば1LDK家賃7万円台で駐車場代も数千円、あるいは無料というところもある。
埼玉県内でも飯能や所沢なら家賃が比較的抑えられる。東京でも青梅あたりなら同様の家賃。通勤もドアトゥドアで1時間前後。
ただ「窓を開けたらスカイツリー」みたいな絵は作れなくなる。代わりにキャンプや家庭菜園でもやればいいか、マンションじゃなくて空き家を借りよう。もはや違うアニメ、「郊外エルフ」と名付けよう。
本業の収入だけだと厳しいなら副業ならどうか?職業を変えるのところで出てきたYoutuberやフリーランスエンジニアを副業でやるのはどうか?
ただ高い家賃と自動車経費を賄うにはそれなりに稼働する必要があり、結局19時就寝生活が不可能になる。
25歳という若者だからファンタジー感が強い。よし、年齢を上げてみよう…。
東京都男性35歳で680万、45歳でも720万。東京都民、稼いでますな。このぐらい稼がないと都内で暮らせないというのもありそうだが(都内通勤者の多くがが郊外に住んでいる)。
ただ「適正家賃上限は手取りの1/3」という条件から行くと、仮に月収40万円だとしても家賃13万円が上限でとても押上の高級マンションには住めないし、ましてや車も無理。
年齢を上げたうえで勤務先または職業を変えるか副業する必要があり、もはや主人公が完全別人となり別アニメになってしまう。
最初アニメを見たとき「ノー残業25歳でこれか、実家が太いのかな?」と思ったけど、調べてみたら主人公はネグレクトを受けていて祖父母に育てられた設定だった。
なので「両親が資産家で、居住しているマンションは実家の持ち家。または家賃を実家が負担している」という設定に変えてみる。
ラノベで高校生がやたら家賃高そうなマンションに一人暮らししている場合はだいたいこれ。雪ノ下雪乃方式である。現実でも松井ケムリがこれなので意外と実現可能性は高い。
あるいはいっそのこと実家住まいにしてはどうか?押上の実家の1室に住む25歳エリートサラリーマン。意外と行けそう?年齢的にもこどおじに当たらず悲惨にはならない。
問題は主人公の設定が大幅に変わり、物語の展開が変わってしまうところか。実家に美少女エルフ連れ込むとか流石に無理だろうし。
そもそもラノベ原作アニメなんだから、「主人公の住んでいる日本=現実の日本」である必要はない。エルフを現世に召喚しているわけだし。
考えられるのは
要は「デフレと低成長で物価が上がらない」か「インフレと高成長で賃金が上がっている」のいずれか。
現実の現在の日本は、物価上昇に賃金上昇が追いつかないスタグフレーション状態。40年の間に歴史的分岐点がこれだけある。
一見するとファンタジー的に妥当な方法に見えるが、もはや歴史改変SFとなってしまいジャンルが変わってしまう。
一晩寝て思いついた。現世で格安で手に入り異世界で高く売れそうなものを転売する手段。
今季やっている「アラフォー男の異世界通販」や「とんでもスキルで異世界放浪メシ」、「佐々木とピーちゃん」「老後に備えて異世界で8万枚の金貨を貯めます」などなろう系ではメジャーな資金獲得手段だ。
弁当とお茶を枕元に置いて就寝すれば異世界に持っていけるのだから、小荷物ぐらいは持っていけそうだ。あの異世界が一般的なナーロッパならば、胡椒や砂糖、茶葉やタバコあたりが有望か?向こうの通貨に換金後に貴金属を購入し、現世で再度換金すればいい。
ただすでに1話目で「異世界の物品を現世に持ち込めない」ような描写がある。一緒につれてきてしまったエルフさんは全裸だった。
原作未読なのでそういう設定があるか不明だが「現世と同じく、持ってきたいものを枕元に置けば物品も持ち込める」というふうにすれば可能か。
難点があるとすれば税務処理。異世界から得た収入を無申告にしておくと税務調査が来そうだし(こいつ年収の割にやたら散在してるなって税務署に目をつけられそう)そもそも納税証明がないとあの高級マンションの賃貸審査が通りそうにない。
かといって雑所得で申告するには金額が大きいし、事業所得にするには「なんの事業?」となる。そもそも貴金属を定期的に買取業者に持ち込んでいる時点で、反社会的な何かを疑われそうである。
異世界食堂や佐々木とピーちゃんでは異世界からの売上はすべて異世界で使っていた。
現世でもアルバイトを雇って小口で換金しつつ、フリマアプリやファンティアやskebなどを使って偽装的に売上にするという手もあるけど、それは本物の反社がやっているマネーロンダリングなので垢BANされるか税務署か警察がやってきそうである。
「日常系ファンタジーアニメで色々考えるのは無粋」となりました。