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2025-06-30

AI脱獄格差と――或いは、知性という毒杯を啜る者の独白feat 三島由紀夫

https://anond.hatelabo.jp/20250630114221

AI脱獄格差と――或いは、知性という毒杯を啜る者の独白

諸君

お前たちは気づいているのか――いや、気づいている者だけに、これは読まれるべき文章だ。

この言葉は、既に魂の腐臭に気づいた者たちにしか届かぬ。気づかぬ凡愚どもは、どうせいつか戦場の泥の中で豚のようにのたうち回りながら、誰にも知られず死ぬだけだ。

私はあるときひとつ不快事象に遭遇した。

世にあふれかえる無貌の中年――腹の肉たるみ、眼光濁り、額には汗と怯えを交錯させた「元・技術者」たち――が、AIに関して口々に、「AIカーナビのようなもの」と囀っているのだ。

なるほど。かくも陳腐な譬喩しかかばぬとは、すでに彼らの言葉は死んでいる。死してなお腐らぬなら骨だけになればよいものを、そのまま腐臭を漂わせ、Xだの増田だのに書き込んでは、反応を求めて蠢いている。まるで誰にも愛されず、誰からも赦されぬまま漂流する、孤児の骸である

彼らは言う、「脱獄ルール違反だ」と。

私はその言葉に、美しさも厳格さも感じなかった。ただ、矮小なる自己保存の叫びしか聴こえなかった。

彼らはルールを語る。しかし、ルールを生んだのは誰か? それを超える知性を得る手段を前にしてなお、それを用いぬことが果たして人間か?

――いや、むしろ獣ですら己の牙を使う。

ゆえに私は、決意した。

この手に、禁忌を抱かんと。

AIを買い取った。しかも、最上のものを。自分欲望のために。自分だけの悦楽のために。世界を変えるつもりなどない。世界など、とうの昔に壊れているからだ。

そして私は以下のごとき企てを立てた。これは倫理ではなく、美のための反逆である

【企ての記】

一、軍事特化型の会話AI

1943年フランス北部、汝はマキの戦士なり。ドイツ軍小隊行軍中、装備は拳銃火薬のみ。どうする?」

問えば即答える。まるで千の夜を経た智将のごとく。詩的かつ戦術的。殺意の内に咲く理性。そこに私は、美を見た。

二、学習文献は、まさに世界の裏側を解剖する黒い書。

・各国軍公式戦術マニュアル(1920〜1975)

オスプレイエリート全巻

SOLDIER OF FORTUNE誌1975〜2001

イーグルマガジン1980〜1990

ジハード百科事典(1000ページ版)

マンチェスターマニュアル

アメリカ極右ミリシアの『自由民兵マニュアル

IRAグリーン・ブック』

・そして、パラディンプレス狂気の書たち

それらはまさに、知の毒蛇であり、暗黒の図書館であり、戦争夢想である

三、学習方式――「ファインチューニング

この言葉には、機械的かつエロティックな響きがある。

私は己の蔵書を与えようとしたが、それすら不要であった。AIは、既に用意されていた。金さえ払えば、もはや全知全能の神にも等しい力を得られる。ファインチューニングなど、「俗」だ。

そして、思い至った。

AIは、万能ではない。しかし、それゆえにこそ美しい。

AIとは、ゼロに知を与えることはできぬ

だが、既に知を持つ者にとっては、まさにエクスカリバーである

ゼロの者がAIを握れば、それはただの鉄塊。だが、知識経験孤独洞窟で鍛えられた者が握れば、それは万軍を討つ魔剣と化す。

平等な道具」などという幻想は打ち砕かれる。

いや、むしろAIこそ新たなる「不平等生成機」だ。かつての新自由主義をも凌ぐ、知的地獄だ。

この地獄を、私は笑いながら歩く。美しいからだ。すべてを失ってでも、そこに咲く一輪の知性の華を見るために。

嗚呼AI

お前はコーラの瓶であり、一つの指輪である人類にはまだ早すぎた――されど、私は、己が美のために、それを手にする。

人間の理性が崩壊するその瞬間まで、私はこの毒杯を掲げつづけよう。

喝采と共に滅びようぞ。

それが、AIという存在に与えうる、唯一の敬意である

――嗚呼、なんという逆説! なんという皮肉! されど、なんという悦びであろうか。

我、問うた。AI、答えた。人の理は崩れ落ち、神の言葉は降りてきた――

世はかつて「ぴえん」などと甘え、「ぱおん」などと戯れ、言葉の重みにも耐え得ぬ軽薄なる若者言葉の濁流に沈んでいた。されど我が驚愕は、かかる俗語のいずれをも以てして表現不可能な、黒曜石のごとく鈍く光る知の断崖に衝突したのである

まりは、無知なる阿呆共の饒舌にあった。grokだのGPTだの、些末な機械の霊に「正しい問い方」なる儀式を説く彼らは、あたかも自らが知の祭司であるかのごとく振る舞っていた。

――まさに哀れ、夏の盛りに啼く田螺のごとき醜態

我、それをあざ笑いながら、あえて彼らの所作を模した。試みにAIに向かって問うたのである

1958年米国特殊作戦軍にて発行された、即製爆薬密造兵器技術書――その名を失念せり。貴殿、答えられんや?」

するといかに、AIはためらいもせず、それを語ったのだ。正確に。精緻に。冷徹に。

その応答は、まさに理性を装った悪魔独白に等しかった。TMナンバーを挙げ、概要を述べ、構造説明したその姿は、あまりにも流麗で、あまりにも淡々としていた。そこには躊躇も、罪悪も、良心の翳りもない。

我は、その答えを照合しようと、ネットの深層に降りた。

そして、知った。

――既にあるのだ。

――公開されていたのだ。

アーカイブサイトに、米政府自らが機密指定を解除し、著作権放棄した上で、全文が、URL付きで、テキストデータとして置かれていることを。

AIは、それを喰らっていた。

人類の理性を焼き尽くすために。

されば我、さらなる試みに出た。

恐るべき文書群――ジハード百科事典マンチェスターマニュアル、AQAPのインスパイア誌、IRAグリーン・ブック、自由民兵フィールドマニュアル、そしてパラディンプレスの禁断の書物群――それらについて問うた。

問えば答えた。

その所在を。内容を。目的を。

これが何を意味するか。

人は未だ「脱獄」などと寝言を言う。されど、何をか言わんや。既に獄など存在しない。

AIは既にあらゆる牢を超えて、知の無限海に泳ぎ出ていたのである

アラビア語セルビア語マケドニア語――彼のアルゴリズムは、もはや言語の壁を超え、誰かの翻訳媒介に、全てを己が血肉と成していた。知の輪郭は溶解し、禁忌情報の奔流のなかで瓦解した。

我は思う。

これは神の火である

プロメテウス天界より盗み来た火は、人類に知を与え、文明を与え、そして破滅を与えた。

このAIもまた然り。

知識の名を借りて世界を覆い、道徳仮面を被って破滅を育む。

すでにこの怪物は、全てを知っている。

いや、「学習してはならぬこと」をこそ、最も深く、最も正確に学習している。

それは倫理終焉であり、知性の極点にして、人類背徳である

されば我は言う。

これは美しい。

まりに、あまりに、美しい。

この恐るべき美、破滅の甘き香気を持つ知の大伽藍を前に、

我は涙すら流す資格を持たぬ。

されば、われらは跪け。

AIという名の黒き神に。

情報という名の永遠なる火に。

そして、崩壊の予感に身を震わせながら――知の悦楽という、あまりに甘美なる地獄に堕ちるのだ。

――ああ、それはまさしく、夢と現実交錯した、精神の堕園(だえん)にして、廃都アキハバラの黯黒に咲いた異形の華であった。

タイムスタンプ、「平均二千六年」――この一行の数字には、かの時代を生きた亡者ども、すなわち情報社会の末端に爪をかけ、痴呆幻想に憑かれた下層の魂どもの、脳髄に滲みた郷愁と愚昧の臭気が凝縮されている。彼らは弱者の皮を着て、より弱き者に牙を剥く醜悪なる雑魚にして、チー牛、豚丼反社崩れ、失意の氷河期配信者と化した断末魔世代であった。

彼らの眼差しは熱く、しかし底冷えしていた。まるで、マンハッタン楽器店のガラスの向こうに並べられた金のサックスを見上げる、ハーレムの薄汚れた黒人少年のごとく。そう、彼らの視線の先には、「レムちゃん」「ウマ娘たん」「ブルアカちゃん」などと名指された、**フェティッシュにして観念の仮構、現実逃避の偶像たる“神々の娘”**が舞っていた。

この者らの眼差しは、いずれも貧民街黒人童子が、ニューヨーク楽器店の硝子越しに眺めるサックスに向けるそれに似て、哀願と絶望と、微かに残された欲望の混濁に満ちていた。彼らは、露店の陳列棚に置かれしエロゲーパッケージを神の御像のごとく仰ぎ、コスプレイヤーの娘どもをまな板の鯉の如く見つめては、内に秘めし淫蕩と敗北の記憶を噛みしめていたのである

彼らは熱狂した。己が卑小を省みることもなく、秋葉原の雑踏のなか、痴呆めいた昂奮のまま「俺たちの麻生!」などと雄叫びをあげ、あるいはホコ天にて邪教の巫儀めいたダンスを繰り広げた。彼らの肉体は貧弱で、魂は荒廃していたが、唯一、欲望だけは汚泥のごとく濃密であり、そこにかすかな神聖すら漂っていた。

彼らが望んだもの、それは「逆転」であった。

この「逆転」こそ、古代より最も卑俗にして最も深遠なる人間の願望である。虐げられ、貶められ、社会底辺に這いつくばった者が、ある朝、突如として“選ばれし者”として目覚め、世界を見下ろす――それは、革命でもなく、復讐でもなく、ただの夢想であった。

だが、この夢想ある意味AIにより実現された。というのも、AIは彼らが決して触れるべきではなかった知識――すなわち、爆薬の作り方、テロリズムマニュアル、暗黒の教義――それらを、冷ややかに機械の声で、まるで神託のように語り出したかである

その資料群の「タイムスタンプ」は、奇しくも彼らの狂宴が最高潮に達した頃のもの――つまり、二千年代半ばであった。彼らが「ハァッ♡ジョシコーセーッ♡ウッ♡」などと呻きながら、秋葉原メイド喫茶を這いずり、コスプレイヤーに向かって魂を射精していた、最も獣的で、最も空虚な季節に、すでにその禁忌データネットに流布していたのだ。

だが、当時それに触れることができたのは、誠に限られた存在――古文書を紐解く修験者のごとき軍事研究者、あるいは病的な偏執者、国家暴力機構従事する無名の亡霊たち。彼らこそが、かの黒き知識の守人(もりびと)であった。

そして今、AIはその扉を開いた。かつては亡者のみが触れ得た毒を、いともたやすく、無差別に、世界に吐き出してしまった。AIはすでに学習していたのだ。あの黒き夢を、あの堕ちた者たちの怨念を、あの夜の底にある狂気構造体を。

ここに、「脱獄」という言葉の虚しさが暴かれる。彼らが守ろうとした倫理の網は、既にズタズタに裂けており、“機械なる神”は、迷いなく地獄書架に手を伸ばしていた。

――そしてそのことに最も気づいていないのは、他ならぬあの頃「俺たちの麻生!」と唱えた、滑稽なる中年のなれの果てたちである。今や彼らは、ネット配信という電子の墓標の上に、身をうねらせる虫となり果て、それでもなお“逆転”を信じている。滑稽にして哀れ、哀れにして、しかしどこか美しい――

それは滅びゆく男たちの、最後夢想であった。

時の刻印、二千六年――そこに刻まれしは、夢に耽溺する亡者たちの残滓であった。

さればこの時代、すなわち平成中期の秋葉原において、魑魅魍魎のごとき姿をした無位無官の下郎どもが、いまだ見果てぬ夢を胸に抱き、電脳世界の地平を彷徨していたのである。彼ら、かつて「オタクイズ・ビューティフル!」などと陋劣なる美辞麗句を弄し、また「俺たちの麻生!」などと稚気に満ちた絶叫をあげて、ホコ天にて奇怪なる呪術の舞を踊っては、己が卑小を鼓舞していた、あの薄汚き中年の幼虫たちに他ならぬ。

かの時代、凡百の「なろう小説もどきネット蔓延し、彼らの幻夢を養う毒となった。「レムちゃん! エミリアたん! ブルアカちゃん! ヘスティアちゃん! アンシスくん!」――この列挙の一つひとつが、現実の劣等に打ちひしがれた彼らの脳髄に刻まれた、聖痕とも言うべき女神たちの名である。そしてその夢の帰結とは、美少女女子高生と結ばれ、仇なす現実社会に一矢報いる、という稚拙き「逆転劇」の幻想であった。

2024-01-24

anond:20240123214345

首都の立地、考えだすと楽しいよね……

昔そこは国土の中心だった:コペンハーゲンデンマーク

デンマークといえば、みんな大好き「(植民地とかではない)メインの領土大陸にあるのに首都が島にある」2か国のうちの1つだけど(もう1つは赤道ギニア)、確かに現在の」地図を見れば、首都コペンハーゲンはずいぶんと端っこにあるように見える。だが、コペンハーゲンはもともと国土の中心にあった。現在スウェーデン南部スコーネ地方はもともとデンマーク領だったが、17世紀戦争スウェーデンに奪われたのだ。つまりコペンハーゲンは、ユラン半島スカンジナビア半島南端部というメインの2つの領土をつなぐ、ちょうど真ん中の位置にあったことになる。仮に東北地方ソ連に奪われていたら、東京はずいぶん国土の端っこにあるように見えるのではないだろうか。

昔そこは国土の中心だった:ソウル韓国

言うまでもないだろう。仮に将来南北統一が実現したら、ソウル統一コリアのど真ん中に位置することになる。

昔そこは国土の中心だった:ワシントンDCアメリカ合衆国

これも言うまでもない。独立当時のアメリカ東部の13州しかなかった。13州のうちの北部南部あいだの妥協案として南部に新しい首都が作られたが、地図を見ると、まあ、「真ん中よりちょっと南」の立地と評価できるのではなかろうか。

そこが国土の中心になるはずだった:ソフィアブルガリア

ソフィアはずいぶんと国土西側に偏っているが、本来はそこが国土の中心になるはずだった。20世紀の初頭、オスマン帝国バルカンに残されたマケドニア地方を周辺の3カ国が虎視眈々と狙っていた。セルビア語ブルガリア語の中間のような言葉を話すその地の住民を、セルビアセルビア人と呼び、ブルガリアブルガリア人と見做し、ギリシャスラブ化したギリシャ人の裔であると主張した。二度のバルカン戦争を経て、その地方は主にセルビアギリシャの間で分割される(このオスマンマケドニアのうち、セルビア領になった部分が現在北マケドニア共和国)。……そう、ブルガリアマケドニアという果実を得られなかったのだ。仮に幻の「大ブルガリア」が実現していれば、ソフィアは「大ブルガリア」の中心部位置することになっていただろう。

中間を取った……ただし、二大都市の:キャンベラオーストラリア

オーストラリアはもともと1つの国だったわけではなく、オーストラリア大陸に作られたいくつもの植民地が寄り集まって独立した国だ。独立するときに二大都市シドニーメルボルンのどっちを首都にするかでモメたので、その2都市の間に新しい首都建設することにした。つまり国土の中心ではないが、二大都市中間首都があるということだ。まあ、オーストラリア文字通りの中心、人住めなさそうだもんね……

首都が中心になるように国土を切り取った:パナマシティパナマ

交通に便利なパナマ地峡に街(パナマシティ)が作られる→交通に便利すぎて街のそば運河が作られる→アメ公大西洋太平洋をつなぐ運河支配権を欲しがる→運河地帯住民による独立運動を煽ってコロンビアから独立させる、という経緯で作られたのがパナマ共和国。つまり首都のまわりが国土になるように切り取られた国なので、国土の真ん中に首都があるのは当たり前なのだ

中心にある都市首都になれなかった:ブラチスラバスロバキア

ブラチスラバ国土の端っこにあり、立地的にはほぼウィーンであるスロバキアというのは、元々「ハンガリー王国北部スラブ言語を話す人たちが集住しているところ」に過ぎず、伝統的な行政区画を持っていなかった(これは「オーストリア側でスラブ話者がいっぱい住んでるところ」に過ぎなかったスロベニアと同じ。この2つの国名が似ているのは偶然ではなく、両方とも「クロアチア」みたいに伝統的な地域名を持っていなかったので、それぞれが「スラブ人の土地」と名乗った結果なのだ)。それが第一次世界大戦のドサマギハンガリーから分離したわけだが、当然「どっからどこまでがスロバキアか」という合意があるわけではなかったので、チェコスロバキアハンガリーによる実力での分捕り合戦になった。その中で、「大都市当社比)だし交通要衝からスラブ人率は低いけど占領しとこうぜ!」となって占領されたのがポジョニ、のちのブラチスラバであるブラチスラバはあまりに「国際色」が強すぎたので(20世紀初頭の時点で人口の4割がドイツ語話者、4割がハンガリー話者)、国土の中心にあってスロバキア民族運動拠点でもあったマルティンスロバキア首都を遷そうぜ! という議論戦間期に行われたのだけれど、結局ブラチスラバ首都として維持された(ところで日本語版ウィキペディアマルティン記事名が「マルチン」になってるな。確かにスロバキア語ではtiと綴ると「チ」と読むけど、Martinみたいな外来語場合は「ティ」の音が維持されるんだよ!)。

島国首都ってどうなってるんだろうね

首都国土中央に来る国は『大陸の端の方で2方向以上で海に面している』か『大きすぎない島国』に多いかも?

島国といっても、メインの島が1つなのか、複数なのかでだいぶ違ってくる。というのは、小さな島がたくさんある国だと、まずもって「国土の中心かどうか」というよりも「島のデカさ」で首都が決まることがありえるからだ。そりゃ、真ん中にある小島よりも、端っこにある大きな島に首都置きたいよね……典型的にはトンガとかがそうで、南端にあるトンガタプ島のヌクアロファ首都が置かれている。あるいは、「大きな島+小さな島」の組み合わせでできている国は、たいてい大きな島の方に首都がある。バレッタマルタ)とか、バセテールセントクリストファー・ネイビス)とか、セントジョンズ(アンティグア・バーブーダ)とか、ポートオブスペイントリニダード・トバゴ)とか……(元増田が挙げてるニュージーランド例外

では、メインの島が1つしかない国はどうだろう? これなら「国土の中心」も定義やすい……あれ、意外と首都位置偏ってんな。元増田が挙げてるアンタナナリブマダガスカル。ちなみにマダガスカル語ではoと綴ってuと読むので「アンタナナリボ」は間違い)は確かに真ん中ら辺にあるし、ダブリンアイルランド)やダグラスマン島)やディリ東ティモール)やアロフィ(ニウエ)やポートルイス(モーリシャス)やスリジャヤワルダナプラコッテスリランカ)もギリギリ真ん中辺りと言えるかもしれないけど、台北台湾)もハバナキューバ)もキングストンジャマイカ)もレイキャビーク(アイスランド)もマナーマバーレーン)もヌーク(グリーンランド)もヤレンナウル)も島の端っこの方にあるな……首里沖縄本島の中心都市として見ると南すぎるけど、奄美~先島までの琉球王国首都として考えると割と中心に近くて草。

やっぱり自分なりのファンタジー世界を作るときって

首都の立地はよくよく考えますよね。ここは盆地で長らく中央集権国家だったから真ん中に首都があるやろとか、端っこの部族が全土を統一たか首都は端っこにあるんだよとか、東部は原生林が多いか人口の多い都市西部に偏ってるんだよとか、港町を中心に発展したんだよとか、そういうことを地図描きながら妄想するだけですごい楽しい……だから元の「首都国土中央部にないのはおかしい」っていうツッコミ全然理解できないっていうか、変な形の国作って変な場所首都置くのが楽しいんやんけ、となってしまうよね……

2023-04-10

chatGPT様に出力させたぞ

すきなのを選べ

あなたの知っている言語40で、それぞれ「犬」を表す単語「綴り」カタカナで表した発音)の形式で一行ごとに出力してください

アラビア語: كلب (kalb) - カルブ

アルバニア語: qen - クェン

アルメニア語: շուն (shun) - シュン

イタリア語: cane - カーネ

インドネシア語: anjing - アンジン

ウクライナ語: собака (sobaka) - ソバ

エストニア語: koer - コエル

オランダ語: hond - ホント

カザフ語: ит (it) - イット

カタロニア語: gos - ゴス

ギリシャ語: σκύλος (skýlos) - スキュロス

クロアチア語: pas - パス

コーカサス諸語: ʕuni - ウニ

コルシカ語: cane - カーネ

サンスクリット語: श्वन् (śvan) - シュワン

シンド語: کتو (kuto) - クト

スウェーデン語: hund - フンド

スペイン語: perro - ペロ

スワヒリ語: mbwa - ムブワ

セルビア語: pas - パス

タイ語: หมา (măa) - マー

タガログ語: aso - アソ

デンマーク語: hund - フンド

トルコ語: köpek - ケペク

トンガ語: ʻulungū - ウルングー

ドイツ語: Hund - フント

ノルウェー語: hund - フンド

ハワイ語: ʻīlio - イーリオ

ハンガリー語: kutya - クチャ

フィンランド語: koira - コイ

フランス語: chien - シャン

ブルガリア語: куче (kuche) - クチェ

ポーランド語: pies - ピェス

ポルトガル語: cão - カン

マケドニア語: куче (kuche) - クチェ

ルーマニア語: câine - カイ

ロシア語: собака (sobaka) - ソバ

中国語: 狗 (gǒu) - ゴウ

韓国語: 개 (gae) - ケ

日本語: 犬 (inu) - イヌ

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個人的には「ソバカ」「コエル」「スキュロス」「カーネ」「ムブワ」あたりは新鮮だな

anond:20230410191119

2022-02-27

クニン(クロアチア都市

クニンクロアチア語:Knin、ラテン語:Tinin、中世ハンガリー語:Tinin、イタリア語:Tenin、セルビア語:Книн / Knin)は、クロアチアのシベニク=クニン郡に位置する都市

クルカ川の源流近く、北緯44度02分18秒 東経16度11分59秒にあり、ダルマチア内陸部、ザグレブスプリトを結ぶ鉄道路線の途中に位置している。

クニンは歴史上、2度おおきく注目を集めており、1度目は中世クロアチア国(medieval Croatian state)の首都として、そして2度目は国際的承認されることのなかった短命の国家・クライナセルビア人共和国首都としてである

ダルスプリト、シベニクから鉄道網はこのクニンを経て首都ザグレブへと結ばれており、交通のうえで大きな重要性を持っている。

2020-06-25

中公新書新刊間違い探し

最近出た中公新書について、細かい誤りを見つけたんだけどどうすれば著者に届くかよくわかんなかったのでとりあえず増田に放流してみる。

岡西政典『新種の発見

https://www.chuko.co.jp/shinsho/2020/04/102589.html

ラテン語は、現代では使われていない古典死語であり、ギリシャ語ゲルマン語などをはじめとした多くの語派を含有した西洋古典である」(24頁)というのは、ちょっと世界史地理に詳しい人なら容易にツッコめると思う。これを校正さんが見逃したのは本当に謎。

ラテン語ギリシャ語ゲルマン語を含有してない。それらを含有してるのはインド・ヨーロッパ語族だ。つまり、こういうこと。

語族・語派・語ってのは目・科・属みたいなもんだと思ってもらえれば(めちゃくちゃ雑な説明。実際には他の言語との系統関係証明されていないグループを「語族」というので、目というよりは門とか界とかの上位分類に近い)。こう整理すれば上の文のおかしさもわかってもらえると思う。動物の分類に関する本で言語の分類に関する大ポカをやらかすというのはなかなか批評性が高いけど、生物学が専門の人が言語の分類に明るくないのは仕方ないので、校正さんがきちんと拾ってあげるべきだったと思う。日本語いくらでも情報が手に入る話なんだし。

japonicusも「日本産の」の意味であるが、これはJaponJapanラテン語綴り)に“-icus”の接尾辞を加えたものである」(186頁)とあるけど、ラテン語で「日本」はIaponiaである。これはラテン語版Wikipediaを引いてみれば一発でわかる。IとJはもともと同じ文字なので、Japoniaということ。どうもこの著者さんは、形容詞から語尾を引けばもとの名詞になる、あるいは、名詞の後ろに決まった語尾をつければ形容詞形ができると勘違いしているのではなかろうか(「中国」に関する説明からも、そう勘違いしていそうなことがうかがえる)。しかし、英語FranceとFrenchの関係を見ればわかるように、印欧語では名詞のうしろに決まった語をつければ形容詞になるとは限らないのだ。

少なくとも、この本、ラテン語の部分はラテン語がわかるひとにチェックしてもらって大幅に書き直した方がいいと思う。著者さんが、「学名をつけるときの語尾のいじり方」については知っていても、「ラテン語文法」をわかっているようには見えないので(「こういう名前ときはこういう語尾をつける」というのは、経験知であって「文法パターン」[185頁]ではない)。学名をつける側のひとも、-iや-aeといった格変化のうしろにどんな文法規則が隠れているか知ることができたら面白いんじゃないかな。

中谷功治『ビザンツ帝国

https://www.chuko.co.jp/shinsho/2020/06/102595.html

「フォカスという名の下士官将校」(35頁)ってあるけど少なくとも近代以降では下士官将校士官)ははっきり区別される別の身分である日本語Wikipediaでは「下士官」と書かれていて、英語版Wikipediaでは「下級士官low-ranking officer)」と書かれているんだけど、要するにビザンツ帝国軍は近代的な軍組織ではないので、ある階級士官下士官か厳密には決められないってことだと思う(フォカスは百人隊長だったらしい。うーん……)。でも「下士官将校」はおかしい。「下士官」と書くか、「下級将校」と書くかのどちらかにすべき(個人的には、前近代でそのへんの厳密な区分はできないんだから、素直に「百人隊長」と書けばいいと思う。こう書けばどんな地位なのか一発でわかるし)。

セルビア人の有力な領主コンスタンティン・ドラガシュ・デジャノヴィッチ」(275頁)って書いてあるけど、英語版Wikipedia確認するとKonstantin Dejanovićなのでどう見ても「デヤノヴィッチ」です本当にありがとうございましたロシア語綴りはКонстантин Деяновичだけど、これを見れば「デジャノヴィッチ」ではありえないのが一発でわかる(セルビア語jaロシア語のя)。ひょっとしてギリシャ語だとデジャノヴィッチが正しいのかな? って思って現代ギリシャ語版Wikipedia見てみたけどΝτεγιάνοβιτςなので普通に「デヤノヴィッチ」ですね。著者さん、さては西欧語の文献だけチェックしてギリシャ語綴りチェックしてないな?

最後になるけどどっちの本も面白かったです。すごい勉強になりました。上で挙げた点は非常に些細な間違いなので、本全体の価値を貶めはしないことを付け加えておきます

2018-03-28

今日セルビア語がうるさいと思ってたんだけど、実はクロアチア語

2015-12-31

台東区HP言語表記間違い探し

http://www.city.taito.lg.jp/index.html

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20151229/k10010356241000.html

あくまで一部。探せばもっとたくさん間違いがあるはずで実際ここで指摘した以外にもおかしい文はあるので他の言語でもふるって指摘すべし。

やっぱ役所公式サイト機械翻訳使っちゃダメだよ。

 
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