はてなキーワード: 防災グッズとは
例の都市伝説はご本人によると、
だいたいこんな感じです
まぁとりあえず大型地震は無しで頼みたい
トカラの法則っていうのはね、トカラ列島近海で地震が頻発すると、その後に大きな地震が別の場所で起きる可能性があるっていう、ちょっとドキドキするお話なんだ!
トカラ列島って、鹿児島県のずーっと南にある、小さな島々がたくさん集まった場所なんだよ。この辺りでは、地下のプレートが複雑に動いているから、地震がたくさん起きやすいんだって。
もしね、トカラ列島で群発地震(ちっちゃな地震がたくさん連続して起きること)が観測されたら、もしかしたら他の場所でもっと大きな地震が起きるかもしれないから、みんな注意してね!って言われてるんだ。
でもね、これはあくまで「法則」であって、「必ず起きる」ってわけじゃないんだよ。科学的に完全に証明されたものではなくて、過去の地震のデータから「そういう傾向があるかもしれないね」って言われてるんだ。
だから、トカラの法則が言われたからって、すぐに怖がらなくても大丈夫!でも、もしニュースでトカラ列島の地震が増えてるって聞いたら、防災グッズの確認とか、家族との連絡方法の確認とか、できることから準備しておくのがいいかもしれないね!
とか言ってるやつはバカなのか?
そういう問題じゃねえだろ
大地震がいつ日本を襲うのか誰も分からないのはその通りだが、適当な根拠でもある日を明確に決めることで、じゃあ本当に万が一に備えておくかという気にさせて防災意識を高める効果がある
地震が起きなかったとしても、防災グッズはその日以降から意味がなくなるわけではないし、それによって日本の人口のたとえ1%でも備えることが習慣付けば御の字だろうに
それをオカルトだの陰謀論だのあーだこーだねむてーことばっか言ってる奴らは、間接的にその動きを封じようとしていることに無自覚なのか、あるいは自覚的なのか、どちらにせよパブリックエネミーであることには変わらんわ
予言なんてない、偶然起きても関係ない、んなことは分かってんだわ
まず真っ先にオカルトの否定から入るんじゃなくて、普通はそれは最後の補足で十分な話だろうが
この際に防災意識をしっかり高めましょう(ちなみに本当に起きても予言とは無関係です)
断じて逆ではない
一事が万事すべてこれ
今普段使っているカバンには100均で買ったハードケースの入れ物に防災グッズを入れて、ひとまず家に帰れるようなグッズを用意していつも持ち歩いてる
・酔い止め薬
・痔の塗り薬
・つめきり、ハサミ
・消毒用シンナー
・ビニール袋
・マスク
・スマホ0.5回分のモバ電
・水に入れると大きくなる小さいタオル
・ひげそり
・カロリーメイトの1袋分
家に帰ったら3日分の食料をベースにしたメインの防災グッズがあるけどこちらはまだメンツがあまり定まってなくてどうしようかなという感じ
一度メインの防災グッズだけでキャンプして実用に耐えるだけのセレクトなのかやってみたいけどなかなか時間がとれず、時間があるとぼんやり組み合わせを色々考えてしまう
もう70台になる親が防災グッズを買い漁っている。
一緒に住んでるわけではないので詳しくは知らないが、ポータブル電源だの簡易トイレだの1年で10万くらいは使ってるだろう。
だが本当に必要なのかは甚だ疑問だ。むしろやめさせたいと思っている。
理由の1つ目は単純に金がかかることだ。
2つ目が物が多くなって家のスペースが狭くなることだ。
そこまで広くない実家で、ただでさえ無駄に物があるのにこれ以上増えたら人が居る空間が無くなる。
死んだときの遺品の整理のことも考えてほしい。
3つ目が一番の理由なのだが、いい年して生に固執するのがみっともないということだ。
いつ死んでもおかしくはない年なのだから「何か起こったらそれが定め」みたいな達観した価値観を持ってほしい。
地震にこそこそ怯えて暮らしているのを見ると嫌悪感すら感じてしまう。
スピリチュアルの人々は2025年は危機の年だとか備えろとか災害が起きるとかよく言っている。言うだけなら罪はないから別にいいのだが、そういうのが現実化するのであれば、どこか遠い星でしてほしい。
関係ないけど、いい年したアラサーおばさんの私はこういうのを聞くと、ノストラダムスの大予言を思い出してしまう。
当時、火星から何か飛来してもいいように、災害用ヘルメットと非常用の食料と防災グッズを社員に配布した太っ腹な会社があったらしい。
その時、ノストラダムスの大予言でなぜか世間(私の周辺だけかもですが)は結構盛り上がりっていました。
小学生だった私はお空の向こうからなんか来るらしいとワクワクしながら過ごしていましたが、無事に大予言が外れた時の世間(及び私)の冷めていくスピードも早かったですね。
また数ヶ月してから話し合ってみたら?
今まで何もしてなかったのに震災がニュースになりだしたら急に防災活動に走り出すことに抵抗感を覚える人はわりといるし、夫もそういうタイプかもしれない。
皆が防災グッズを買い求めて品薄になる中でその競争に入ること自体に浅ましさを感じたりするようなタイプ。
昔乾電池で使っていたものもどんどんバッテリー内蔵タイプになっていくし今後ますますそうなっていくだろう。
防災グッズみたいな特殊な状況下を想定してるもの以外はどんどんバッテリーを内蔵していくんだろう。
俺は乾電池で使える物が好きだったけど、新しい製品に買い替えるタイミングで徐々に充電式のものが増えていった。
バッテリー式のものが増えれば当然それを充電する機器も必要になってくる。やれPD対応だだ急速充電だ非接触だポートは何口が最適だ、などぶつぶつ言いながら充電ステーションの最適化に悩む日々を過ごすようになった。
PCキーボード、マウス、スマートウォッチ、電動歯ブラシ、電動ひげ剃り、イヤフォン、ヘッドフォン、ポータブルスピーカー、カメラのバッテリー複数
Kindle、Gopro、キャンプグッズの一部(LEDランタンとか)、電動エアーダスターなど
毎日のように充電してるのはスマホとヘッドセットくらいだけど、それらはあまり問題ではない。
なんせ毎日のように充電する必要があるんで、寝る前に充電するとか風呂入る時に充電するとかルーティン化しやすく充電忘れが少ないからだ。
やっかいなのがその他の充電サイクルが長めのやつら。
例えばキーボードとマウス。無線化してるのでどちらも充電が必要なんだがなんとなく充電を忘れてしまうことが多い。
そのくせ使いたい時にすぐ使えないとけっこう辛い。
週末に一度必ず充電するみたいなルーティンを作れればいいんだが、週末はPC自体使う頻度が下がるし行動にもバラつきが出るので忘れてしまうこともけっこう多い。
俺は趣味で写真を撮るんだけどカメラのバッテリーもたまにやらかす。
カメラを持ち出す時はだいたい最短でも前の日には分かってるので、余裕をもって充電しておく事は可能なんだけどうっかり忘れてしまうことがある。
今日は写真撮るに行くぞって日の朝、バッテリーの充電忘れてたことに気づいた時は本当に自分が嫌になる。
そもそもメーカー毎にバッテリー形状が全然違ってたり、機種によってはバッテリーの持ちが悪くて予備バッテリー必須だったりもしてなんかもうめんどくさい。
もちろんいざとなればケーブルさして給電しながら使えばいいんだが、こういった小さなストレスが日々積み重なっていく。
せっかく充電で使えるようになってるんだからケーブル繋ぎながら使うということはそもそもしたくない。なんか全然スマートじゃないし悔しい気持ちになる。
便利になっているのに、せっかくスマートに使えるようになっているのに、俺だけがどんくさいまま。
なんかもういいよ充電切れてたから俺も電池切れすねってふて寝したくなる。
たぶん自分はちょっと神経質で充電するものと相性が悪いんだろう。
女の子に多い気がするがスマホ残り15%しかない状態で平気で遊びに出るのとかよく平気だなと思う。
ちなみに俺は計画的に行動するのも苦手だ。充電という行為は「約束」という感じがある。
使う時を想定して前もって充電しておくというのと、切れた時に電池交換すればいいというのはずいぶん違って感じる。
前者は能動的にならなければいけないが、乾電池の場合(電池そのものは用意しておかないといけないけど)どちらかというと受け身でいられるのだ。
電池を消耗してるという感覚すらなく、いざ電池切れた時も充電を待つ必要なんてなく電池を交換すればいいだけだったからなんにも考えなかった。
電力に対して受け身でいられたし、ストレスになるとすればせいぜい交換しようとしたら電池がなかった時くらい。俺はストックはあまり切らさないタイプだからこれはほぼ問題にならない。
エネループ教になったこともあった。乾電池型の二次電池、充電しないといけないのは同じだが、形状が乾電池のままなので充電作業もシンプルになりアレはアレで良かった。
そしてなによりいざというとき多少持ちが悪いとしても乾電池も使えるという安心感もあった。
しかしこれも製品そのものがバッテリー内蔵型のものが増えたことで使わなくなっていった。
バッテリー内蔵式ならほとんどの場合とても軽くなるし、長く使うものはランニングコストも低くなるだろう。
そしてこの先技術がもっと進めば非接触型で早い給電も可能になっていくだろう。
あるいは俺が知らないだけでもうそういう時代になりつつあるのかもしれない。
ほとんど意識することなく、机の上や特定の場所に置いとくだけで最適なバランスで勝手に充電しといてくれるみたいなのもすぐ当たり前になっていくだろう。
今における充電問題はその途上にあり、便利なのだがなんかダルい事が多いという歯がゆい時代なのだろうか。
充電器をあれこれ用意していちいちケーブルで繋いで手動で充電してたんだよっていうことが「いやよくそんなめんどくさいことしてましたね」って言われるようになるんだろうな。
それまでは俺は日々充電の事を気にしながら生きていくしかないのだ。
そんな事を考えながら今ようやく充電が終わったのでこれで出かけられる。
車のメリットは駅からのルートを気にしないでいいとか概ね天候に左右されないで移動できるとか色々あるけど、俺が思うに、自家用車の最大のメリットは「移動式プライベートスペース」であることなんだよ。
体温調節のための上着やら読みかけのマンガやら折り畳みじゃない傘やら防災グッズやらベビーカーやら、ちょっとしたものからもしものときの備えまで入れておくロッカーになる。
イヤホンせずにYoutubeを観ようがデカい声で通話しようが誰も咎めない。
赤ん坊が金切り声上げて泣いてても肩身の狭い思いをせずにすむ。ヤニカスなら移動式喫煙所にもなるな。
この魅力が都会の人たちになぜ刺さらないのかがわかんないんだよな。若い頃から電車にギュウギュウ詰めになって移動するのがもはや当たり前だからなのか?
逆に車移動に慣れてる俺からすると通勤電車なんて正気の沙汰じゃねえと思ってしまう。自分の半径2m以内に知らん人がいることにストレス感じない?
そりゃはてなーは都会人が多そうだから渋滞やら駐車場代やらで自家用車の利便性が活かしきれないんだろうなってのは想像つくよ。
よく「車は維持費が高い」って聞くが、中古屋で5,60万も出せばそれなりにまともなのが見つかる(逆に軽のほうが中古車は高いんだよな)。
高速とか使ってガンガン遠出する奴は知らんが、通勤や買物の足として使うだけで、コンパクトカーなら駐車場代差っ引いた年間維持費20~40万くらいだろ。
まあガチの都心だと駐車場代が頭おかしい金額になるからそうもいかないとは思うが……。この増田じゃないが俺が住んでるのも月5万あれば2LDKに余裕で住める地方都市だからな。駐車場代はタダ笑
仰ることは尤もだとも思うんだが、人間死ぬときゃ死ぬんだから気にしすぎてもしゃーない。
なるべく事故を起こさない、巻き込まれないように安全運転して、あとは天命に任せようぜ。
まあこれは高校卒業した18歳の女の子から80過ぎの爺さんまでみんなハンドル握ってる町で暮らしてる人間の価値観なんだろうな。
つっても俺は車の機械的魅力は一切興味ないからどの車種がかっこいいとかパーツ交換しようとかは全然興味ないんだ。ただただ移動の足として好きなだけ。
通勤電車なんて正気の沙汰じゃねえとか書いといてなんだが、別に都会VS田舎で対立煽りがしたいわけじゃないんだ。いやマジで。
ただ「地方転勤になったけど東京と違いすぎる!周りになんにもない!」みたいなのたまに見て、そりゃ車移動が前提なんだから当たり前だよな~って思うんだ。
よっぽどの山奥じゃなきゃまあそれなりに小洒落た居酒屋も商業施設も銀行も病院もどっかにあるよ。徒歩じゃいけない距離にあるだけで。
でもたとえば東京で電車乗ったり歩いたりするのと車移動とじゃ総移動時間はたいして変わんないと思うんだよなあ。
これは俺だけかもしれんけど、車移動って小旅行でもなきゃだいたい10~20分くらいで30分以上だとそこそこ大移動って感覚だよ。
なにが言いたいのかとっ散らかってしまってあれだが、まあなんだ、車も結構良いもんだよってこと。
所有するのも手放すのももっと気軽に考えようぜ。
これが平常運転と言われてしまえばそれまでなんだけど、ちょっと良くないなって思うことが多々。
今朝のこと、地震が頻発しているということをニュース?情報番組?で流していた。
「あの地方で震度いくつが何回、あの地方でしんどいくつか何回、、、」
さもいつ大きな地震が来てもおかしくないという流れを感じさせる。
その後、リモートのあっさりした画面で、専門家と称する人が「すべて別の理由から発生している地震ですので、頻発は偶然と言えるでしょう」といったコメントを流す。
直前の映像とは矛盾するような発言とも取れるが、冷静に考えればこちらの方が真実であり、地震というものはそれほど予想が難しいものでもある。
まあそうだろうな。と安心したのもつかの間、次の瞬間には視聴者の声として「いつ大きな地震が来てもいいように備えておこうと思いました。」「防災グッズなど用意しておこうと思います」という発言をわざわざオドロオドロしたような声優に喋らせる。
もちろんtweetの引用や実際の発言と思える投稿は画面には表示されていない。
うーん。
頑張って好意的に捉えても、防災意識向上のための内容というよりは、不安を煽って防災グッズを買わせようという意図しか感じられないのだが。
地震が頻発していることに対する科学的知見を示したいにしては、専門家のセリフの時間が短すぎる。
どちらかというと、この話題が「大地震がくる!」というデマにならないように、言い訳のように使われてしまった印象が拭えない。
じゃあ何がしたいのかというと、これってインサイダー取引なんじゃないの?という話。
朝の視聴率が高い時間帯に、「防災グッズに対する購買を刺激する内容を流します。」っていう情報を事前に共有しておくことって簡単ですよね。
地震に対して具体的な対策やグッズを紹介するでもなく、唐突に視聴者コメントとされるセリフだけを流して終わる作りが、それだけ違和感の塊だっということ。
流石にこれは怒られ案件でしょ。
ここでもこのファンはどれくらいグッズを買った、写真を百枚買ったとかそういう競争心理を煽るような内容。
ファンならこのタイミングで万単位使うのは当たり前でしょ?というのを、キャスターが直接口にするのではなく、あくまでそういうファンのコメントだけを抽出してさもファンの常識という感じで流す。
危うい危うい。
こっちはインサイダーというよりはスポンサー(ジャニーズ)への忖度という感じ。
今年も今日がやってきて、
毎年の今日の日に必ずやっている防災グッズのチェックをひと段落して、ぼーっと夜のニュースを見ていた。
28年も経つと、気付けばもう全国ネットのニュースでは取り上げられることすらなくなったんだなぁって
こうやって風化していくんだなぁって、なんか初めて気がついた。
今の若い子の中には、そもそも「関西であんな悲惨な大地震があった」ことすら知らない子がいるらしい。
かくいうわたしも、幼すぎて当時の記憶はないんだけど、神戸人として、今日という日は忘れられない。
見た目はだいぶ回復したように思うが、経済的な損失は計り知れず、人口減少も続いている。
でもみんな、亡くなった方々の分も、きっと大切に生きてるんだと思う。
今日という日を忘れずに、命を大事に、毎日を大事に、生きていかないといけないね。
しあわせ運べるように。
ピウーッス
本日は日本においては防災とボランティアの日、おむすびの日、ひょうご安全の日となっております。
阪神大震災由来の日が多いですね。
日本でボランティアという言葉が流行り出したのも阪神大震災の時にボランティアで動いてくださる方々が居たからで、そこから「ボランティア元年」と呼ばれたのだとか。
ボランティアとチャリティーの違いがいまいちわかりませんが、ボランティアにも有償ボランティアと営利ボランティアが存在するとかなんとか、とはいえチャリティー、たすけあいにも限度がありますからね。
住むでもない地域を助けに行って治安が良くなったから帰るなんて聖人じみた行動を当たり前のように考えてるのはちょっと危ないかもしれません。
行動には何か理由があって、その理由を聞くと驚く程くだらなかったりしますからね。
道に石が絡んでるのを見てられなかったとか、高齢者がしんどそうな姿を見てられなかったとか、色々ありますからね。
ということで本日は【防災グッズの確認よいか】でいきたいと思います。