ノーヒットノーランより大きかった「逃した魚」(田尾安志)

6日、ドジャースの山本由伸が無安打無得点試合まであと1人のところで本塁打を打たれ、惜しくも大記録達成はならなかった。逃した魚は大きかったが、何よりも痛かったのは救援陣が打たれ、チームが逆転サヨナラ負けしたことだろう。
ノーヒットノーラン目前ともなれば、チームはお祝いムード一色だったはず。山本が一発を打たれてお役御免となったが、その時点でもまだ3-1とリードしており、勝利は揺らがないとチームの誰もが思っていたことだろう。そういうところからの逆転負けはただの負けにとどまらない。
私が中日でプレーしていた時にも同じようなことがあった。八回から登板した鈴木孝政が3点リードの九回に逆転満塁サヨナラ本塁打を打たれた。勝利を確信し「ヒーローインタビューでは何をしゃべろうか」などと考えていた選手らはぼうぜん。勝ちが1つ増えると思ったところから反対に負けが1つ増えると、同じ敗戦でも負けが2つ増えたように感じるものだ。

そう考えると、抑え投手がいかに厳しい環境で投げているかが改めて分かる。どういう投手を抑えに起用するかは監督がとりわけ重要視するポイントだが、昨季まで阪神の監督を務めた岡田彰布が語った「抑え論」は実に興味深かった。
2005年、当時の岡田監督はリードした試合の終盤にジェフ・ウィリアムス、藤川球児、久保田智之の3人を投入する起用法を採った。3人の名前の頭文字を取った「JFK」は、リーグ優勝した同年の阪神を象徴する言葉となった。
岡田によると、安定感があったのはウィリアムスと藤川だったという。ならば2人のどちらかが抑えを務めるのが自然だが、岡田が据えたのは久保田。決め手は無尽蔵のスタミナだった。
七、八回にウィリアムスと藤川がリードを守り、九回に久保田が打たれて同点になったとする。延長戦では他の救援投手を送り出すのが一般的だが、スタミナ自慢の久保田なら続投させて延長の1イニングも託せる。この考えが、久保田に九回を任せることにした理由だという。
仮に七回に久保田を投入して逆転された場合、そこからウィリアムスと藤川は使えず宝の持ち腐れになることも、抑えを久保田にした理由だった。安定感に欠けるとはいえ球威は抜群、加えて人並み外れた馬力がある。そんな久保田に最も合うポジションを用意し、ウィリアムスと藤川の力も最大限生かす――。JFKトリオ結成の背景には岡田監督の実に緻密な計算があったわけだ。

選手時代から私には、初回から六回までの6イニングと、七回から九回までの3イニングは同じ比重だという感覚がある。それだけ終盤の3イニングは重みが違う。はじめの6イニングにリードされてそのまま負けても、痛手はそう大きくはない。半面、この試合はもらったと思ったところから終盤の3イニングで逆転されて負けた時のショックは計り知れない。
中盤までリードしている試合は活躍している選手が何人もいるわけで、そこから逆転負けするとそれらの活躍が全てご破算になる。その意味でも、終盤にひっくり返されての負けだけは何としても避けたいところ。いかに勝つかが大事なのはもちろん、「負け方」も案外大切なものだ。
(野球評論家)
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