はてなキーワード: 東西とは
春:円安・物価高が深刻化。エネルギー価格の高騰により地方自治体の財政が悪化。
秋:関西広域連合(大阪・兵庫・京都など)が「地方主権の再設計」を掲げ、中央政府への財政依存縮小を宣言。
冬:東京政府(内閣)は「地方独自課税は憲法違反」として法的措置を検討。国と地方の対立が表面化。
春:大阪府議会が「関西経済圏憲章」を可決。地元企業や金融機関が支持を表明。
夏:自衛隊関西方面隊の一部が命令系統に混乱。防衛省内で「政治的中立」をめぐる対立が発生。
秋:SNS上で“西日本独立論”が拡散。京都大学・神戸大学の知識人グループが「連邦制日本案」を公表。
春:中央政府が地方交付税削減と関西圏への企業移転規制を強化。関西側は経済封鎖と受け取り反発。
夏:関西電力が独自料金体系を導入、東京電力との送電協定を停止。実質的な「エネルギー分断」が発生。
秋:一部の地方自治体(広島、福岡、愛媛)が関西側に同調。西日本ブロック形成が進む。
春:政府が関西広域連合を「違憲組織」として解体命令。大阪府知事が従わず。
夏:警察庁と大阪府警の間で管轄権争い。衝突が発生し死傷者が出る。これが「大阪事件」と呼ばれる。
冬:東京政府は非常事態宣言を発令。西日本の自治体首長らは「連邦暫定評議会」を設立。
春:一部の自衛隊部隊が命令拒否。京都・名古屋間で補給路をめぐる小規模武力衝突。
夏:「東日本連邦政府(東京中心)」と「西日本連邦評議会(大阪中心)」が事実上の分立状態に。
秋:国際社会(特に米国・中国)は「内政問題」として静観姿勢を取るが、在日米軍の動向が緊張を高める。
春:九州北部・中部地方で戦闘が断続。民間インフラが被害を受け、物流網崩壊。
夏:中立地域として北海道・沖縄が自治的立場を宣言。外国人避難が始まる。
秋:国連が「日本内戦」を正式に認定。停戦監視団の派遣を協議。
夏:両政府が「東西暫定境界線(富士山〜伊勢湾)」を承認し停戦成立。
冬:国土は「東日本連邦(東京・仙台)」と「西日本連邦(大阪・福岡)」に分かれ、名目上の統一国家は維持されるが、実質的に分裂。
大統領選挙でドナルド・トランプ(共和党)が三選を試みるが、連邦最高裁が憲法修正第22条に基づき立候補を無効と判断。
トランプは「司法クーデター」と非難。支持者の間で抗議運動が拡大。
一部の州(テキサス、フロリダなど)で州政府が「選挙の正当性を認めない」と声明。
民兵組織が動員を開始。SNS上で「自由の防衛」を名目とした蜂起計画が拡散。
ワシントンD.C.で新大統領(民主党系)が就任。就任式直後、武装集団が議会前で衝突。
連邦政府は非常事態を宣言。州兵と連邦軍の一部が命令に従わず、分裂が顕在化。
「アメリカ自由連合(AFL)」を名乗る勢力が南部・中西部の複数州で政府施設を掌握。
AFLは「第二アメリカ共和国」を宣言し、テキサスを臨時首都とする。
武力衝突が全土で激化。サイバー攻撃による停電・交通混乱が発生。
2031年以降
J1 (10チーム)
前半 総当たり2回で18試合
後半 前半上位4チームで総当たり6回 18試合
下位6チームはJ準1リーグへ
J準1(10チーム)
前半 無し
後半 総当たり2回 18試合、後半上位6チームはJ1昇格その他はJ2へ
後半 上位4チームはJ準1リーグへ
下位16チームを東西に分けそれぞれ総当たり2回で順位決定、後半上位2チームずつを集め1位3位の決定戦を行う(2試合)、また後半下位2チームずつを集めトーナメントでの残留決定戦を行う(3試合)、3チームはJ3へ、その他のチームは練習試合をしても良い
J3(30チーム)
後半 前半上位9+1チームで総当たり、上位3チームはJ2昇格、前半下位20チームで1試合(ホームはランダムに決定)、下位数チームはJFLへ
バイトでサーバーの設置とかやってるんだが(現地OAサービス)、
「私技術のことわからないんでぇ~(クネクネ)」みたいなアラフォーおばさんがいて
その後、そのひとの上司みたいな人が来て質問してたらAWSとかPhythonとかバリバリITの質問に答えててワロタ
コメントありがとな。
「下々のことは分かりませんわ。よしなにしといてくれるかしら?(髪ファッサー)」クネクネ
「このわたくしが寸法を調べて手を動かす?そのような下賤なことはしません。下々の者にまかせますわ」クネクネ
上司に聞かれたら「(スッ・・・)AWSの東西リージョンとSD-WANを介してiSCSIのアグリゲーション構成になってます」とか即答しててワロタ。
クネクネ → シャッキリポン!の速度にワロタ
日本海側地域で地殻活動が激しい理由については、解明されていない点も多くありますが、日本列島の成り立ちにさかのぼって考える必要があると思います。およそ2000万年~1500万年前、ユーラシア大陸から数百キロメートル引き裂かれて日本列島が形成されました。日本海が形成されたこのときの変動は、日本海拡大(英語ではSea of Japan Opening)と呼ばれています。日本海拡大のメカニズムについては諸説ありますが、その過程で大きく引っ張り力を受けたため、日本海沿岸には多くの断層が集中しています。日本海拡大の“古傷”であるこれらの断層は、現在では太平洋プレートなどの沈み込みによって東西に圧縮する力を受けており、そのために動きが活発だと考えられます。
一緒に暮らす動物は大抵がそうであるけど、自分にとっては得難い友達だった。数年前に年の瀬の公園で目の前に飛び出してきて意気投合し、そのまま連れ帰り、転職して東京に引っ越し、下町のワンルームで暮らすという、20代におけるダイジェストシーンを象徴するような存在だった。唐突に大きな病気が見つかり、明確な診断もつけられないうちに、1ヶ月の闘病を経て死んでしまった。4歳になったばかりだった。
映画のような出会い方をしただけに、真反対のドラスティックな悲しみ、また、部屋中に猫の柔らかな気配と、薬やらスポイトやら検査結果やらの病気の強すぎるコントラストが漂っていることに耐えられなかった。自宅を離れる口実の旅行計画として、なんとなく関心のあった恐山を思い出した。祈りの場に赴く機会としては、しばらくはこれ以上ないだろう(と思いたい)ということで、会社が夏季休暇に入ったその日に新青森に向かった。
家族や(人間の)友人には恐山に行くことは伝えなかった。自分が沈み込んでいた姿を見られており、このタイミングで山間部に入ることは、或いは自死する計画を持っていると疑われている空気があった。実際いろいろと控えめに気晴らしの提案を受け、断ったり随分先延ばしにしたりしていた。どういったアプローチであれ、死にまつわるものへの接触に惹かれていたのは否定できない。
近隣市に宿泊したのち2日目の始発電車で下北半島に向かい、私鉄やバスを乗り継いで午前中に恐山の霊場に入った。(途中まで路線バス然としているが、山道に入ったところで唐突に少々不気味な恐山解説アナウンスと、子どもが可哀想な目に遭う賽の河原の歌が流れた。)
到着すると、想像していたよりも境内は開放的で、硫黄の香りが強く、空が近かった。入山のバスには何人か観光客がいたが、平日の早めの時間だったこともあり、門を潜ってしばらくしたら、今生きている人間はもしや自分だけなのではないかという錯覚をする程度には静かになってしまった。プラスチックの風車の回るカラカラという音に混じって、微かに鐘の音もする。抜けるような青空だが時折天気雨が降り、遠雷が聞こえる。カラスが飛び交い、足元では白い砂にガスが湧いている。30年弱生きてきて、最も「異境」を感じた地だった。
恐山は特に東北において、死者のゆく「お山」として歴史的に信仰されてきたと聞く。3時間ほどゆっくり散策した感想として、「他者が死ぬことを前にした無力さ」を見に受けた。荒涼として、自分は何の役にも立てず、ただ圧倒されるだけ。大事な猫に何もしてやれなかった、助けられなかった後悔の影響もあるだろうが、死がひのたびこちらを捉えたら、抵抗虚しく受け入れるしかないのではと思ってしまった。
同時に、医療や化学がこれほどまで発達するまでの、少し前の時代の死生観を垣間見たかもしれない。「ああしていれば」の迷いを砕くような、生き物には生老病死の苦しみが大前提で存在し、いつでもこちらを見ていると思わせる光景だった。
うって変わって、岩場を抜けると青く澄んだ宇曽利湖が待っていた。先ほど聞こえていた鐘は湖畔に据付けられていて、誰かが鳴らしていたとわかった。
(実態は一部のウグイしか住めない酸の水だけど)海より速いペースで打ち寄せる透明の波に山の緑、足跡だらけの白い浜と相まって、こちらは別のベクトルの異境だった。「苦しみが終わった世界」を自分が描くなら、今日からはこのイメージになるかもしれない。猫ももう苦痛は無いのだと思うと泣けた。穏やかでありながら寂しい光景で、まだ生きている自分は、ずっとここに居てはいけないとも感じた。
死ぬことの寂寞と諦念のち、死者の安寧を思う。この地で祈ってきたたくさんの人たちが同じ心の動きだったかはわからない。ただ、個人としては「何をしてもいずれ終わりは来るのだから、街に帰って生活を続けよう」と思えた。非現実的な静かさが退屈そうに見えたので。そもそも猫の死後の世界がどういったものかも知らないが、ねぶた祭りの日の青森市街と同程度に楽しみに満ち、そしてできるなら人間の彼岸と同じレイヤーに在って欲しいと願う。人間の見守りエリアも欲しい。
直前まで知らなかったのだが、ちょうどねぶた祭の最中のスケジュールだった。これもルーツは死者の供養だという説がある。自分はこちらのほうが色に満ちていて好きだった。
なお恐山境内には「熊注意」の掲示が散見され、メメントモリにどれほど浸っていても、即座にリアルの恐怖を思い出した。
猫よ、仏前の備えは絶やさないので、できれば熊からも守ってください。
【翌日の追記】
匿名で長文を書きたいという衝動から、プラットフォームの性格もろくに理解せず投稿してしまったので、リアクションがあることにたじろいでいます。増田というスラングも初めて知りました。
確かに、死+恐山という単語がタイトルに並べば、イタコの口寄せのために向かったのだと想像される方が相当数いて当然で、自分が単独行に徹したあまり他者視点に欠け、思い至りませんでした。東北よりはるか南方で生まれ、東京で生活し、ネットでは写真優位のSNSと観光プロモーションに浸かりきった自分にとって、「恐山」は「イタコのいる霊場」より「ある程度の然るべき配慮を持っていくべき、明るい友達との旅行には向かない、公共交通では難易度・中の観光名所」でした。
当日は「動物も降霊の対象になるのか?」と疑問を持ちはしましたが、仮にできたとしても、たかだか1ヶ月弱の離別では話すこともあまりないだろうし、あったとしても「ちゃんと食え」「掃除もしろ」「若くして死ぬのはやめておけ」の言い換えで尺が終わるんだろうなとの投げやりな気持ちから、寺院の方に尋ねもしませんでした。期待された増田の皆様には申し訳ありません。
実際にやるとしたら、何十年後かに自分の人生のBパートに入った頃、猫の命日からその日までの中間リザルトの発表しがいが出てきてからにします。(どれだけ高いところに登ったか、何匹分のまぐろを食べたか、見つけた一番大きい虫のサイズなど、話題に尽きない)
どなたかにコメントいただいた通り、恐山は「あの世テーマパーク」だという感想に共感します。喪失したての人間には誰かの辿るかもしれない旅路を思わせ、そうでない人間には手軽な非日常感と到達感を与えてくれる場所でした。生きている人間のための施設であり、何より敷地内に温泉とお食事どころまであるのがそれらしさを補強しています。東西に散見される冥界のスタンダードに準じれば、ラーメンを食べ、膝下まで硫黄泉に入った自分は帰ってこれなくてもおかしくないのですが、今のところ無事にキーボードを叩けています。
10時に髪を切りに行こうと思ったのに、家を出たのが10:40
1時間に1本のバスは使えなかったので新交通に乗車。めっちゃ人が多い。夏休み割増
ついたら並び1人でラッキー、と思ったら片割れの理容師がどこかに去って結局2人分待ち
5Fは東西直通通路がなく1F戻り、目的の建物で反対方向に行ってしまい往復
たどり着いたらそこそこ混んでた。
券売機では地域振興Payが使えず、やや混みの店内で口頭注文&QR読み取りで申し訳ない
素のラーメンを頼もうと思っていたが、詫びの月見ラーメンに変更。これが失敗。
クッサぁな豚骨ラーメンに生卵のクリーミーさが合わさると、嫌な臭さに変化。うーん。
時間が余ったので自転車で聖地巡礼をしようとしたら、道中の信号機がまさかの押しボタン式
炎天下で炙られる
聖地は今日は普通に展示会やってたので、サラリーマンが多かった
でも自分の乗った電車は、乗らなかった人も多かったので空いててよかった。
お書きください