はてなキーワード: 一徹とは
かつてANIPLEXだったかどこか大手アニメ制作会社が「アニメ作品は8割は赤字、残りの2割がその赤字を埋めている」と語っていた。ではなぜそんな赤字アニメを量産するのかというと「ヒットを打つためには打席に立つ数が多いほどいい」「アニメがいっぱい放送されていることがアニメブームを作る」「人員の確保のためにも本数は減らせない」的な理由であると述べていた。気がする。
的場浩司、小沢和義、本宮泰風、山口祥行といった「いつもの面子」に薄い薄い脚本。
「とにかくなんでもいいから1本撮らなきゃいけない」理由があったんだろう。
的場浩司はかつては仕事一徹の刑事だったが家庭をおざなりにし、妻がシャブにハマってしまいそれを叱責した結果妻は自殺。ヤケになってしまって今では一匹狼の不良マル暴に。
冒頭のシーン。ヤクザの賭場の真ん中に座る的場浩司は鋭い目つきで壺振りを睨みつけ「見」を保ちなかなか賭けない。
何かに気づいた様子で有り金を全て賭ける的場。しかし結果は無残に外れ。賭け金の没収を拒み押し問答の結果ヤクザを殴り大暴れして外した掛け金を持ってそのまま帰宅する的場。
これ何の話?
川辺で掛け金を見せびらかしているとヤンチャ大学生に「お兄さん大金持ってるね!貸してよ!」と絡まれるも彼らをボコボコに殴り倒れた彼らを延々と踏み続ける的場。
これ何の話?
ヤケっぱちになってるっていうかこれじゃただのキチ◯イだよ!男の悲哀とかじゃなくて純粋ヤベー奴だよ!
最終的に味方になるヤクザも、表稼業としてボクシングジムをやってるって設定なんだけど、この映画2015年の映画なのね。2008年には暴対法が超絶改正されてるからヤクザはボクシング無理じゃない?というのはまぁ置いておくとして。
捜査(暴行暴行&暴行)の過程でボクシングジムに乗り込む的場。ジムのリーダー格の男に「バッジがなきゃ喧嘩もできないか」と煽られリングに上がる。「蹴りでも投げでも何でもやればいい。俺はこのグローブだけで戦う」と的場を煽るヤクザ。
ヤクザ優勢の一方的な展開になるも組み付いた的場がヤクザをぶん投げ、マウントをとり首を絞める。ワラワラとリングに上がり的場を袋叩きにするヤクザーズ。何でもやればいいって言ったのはお前らの頭なんですがそれは……
これ何の話?
その他にも敵対ヤクザは正義のヤクザのジムに乗り込んで大勝利後に自分たちの悪事もバックについてる警官の名前もペラペラペラペラ喋って「これは勝手に聞かせといて聞いてしまったからには!と、皆殺しにされてしまうんやろな……」と思ってたらそのまま撤収。その情報を元に大復讐されることになる。
これ何の話?
その部下に街中でデート中に堂々と射殺されて終了。
これ何の話?
とにかく何も考えたくなくて別に何も見たくないけど音流れてない生活は虚しいなと思って適当に流してみたんだけど、脚本がバカすぎて逆に「これ何の話?」と考えさせられてしまった。
たぶん撮ってる人も撮られてる人も「これ何の話?」と思いながらやっていたんだろう。
この時期どうしても見聞きしたりする言葉が多くなって私も見逃せられないのがあって、
それは、
「コンクラーベ」
他言語で置き換えて「根比べ」って言い変えれる言語って日本語しかないような気がするのよね。
絶対に、
日本中の人が今思っていることを代弁しながら漏らしていくわ。
もうみんな「コンクラーベ」って言いたいのよ。
言い足さすぎる加減が止まらないの!
重いコンダラー級に。
違うかー!
そしてあの
黒い煙が出るか白い煙が出るかで、
もうその様が、
その部屋の中で暑い部屋の中でコタツに入って暑さ我慢比べをみんなやっているまさに根比べ!
あの煙突の煙は室内のコタツを温める暖気の何かを燃やした熱の煙突なのよ。
そこで繰り広げられている、
暑さ我慢大会を想像しちゃってる人絶対に私だけじゃないみたいだと思うわ。
根比べ恐ろしいわね。
それよりか前回のコンクラーベで
枢機卿になりすましてしれっと入場していたドイツ人にみんな本当の枢機卿が気付かなかった方が
やっぱりコンクラーベというと
いやしちゃいがちなのよね。
ちょうど今の時期コタツも要らなくなってきて片付けちゃったところ多いと思うのよね。
だからより根比べでコタツに入って暑さ我慢大会をやってるシーンの絵しか思い浮かばないわ。
これどうやって変換するの?って思ってなんだか聞き覚えのある言葉を「すうききょう」って入力したら変換できちゃった!
そんな私のコンクラーベ。
なんかその枢機卿と言うか、
そういうチームの人達に連呼しないでください!って言われちゃうぐらい、
私達がコンクラーベって忘れたことに結果が決まっているみたいよ。
日本のお米の値段は安くならないのよね。
そんなことを言っていたのに、
急にお米が不足して手に入りにくくなり高騰しちゃったりすると、
あんだけ米離れって言ってたあの時代は何だったの?ってみんな世間の意見は薄情ねって思うの。
ご年配の方に命をかけてまでも飲み込んで食べたい餅信仰ってあるじゃない。
お米ご飯みんな大好きなのねって。
おにぎりをいやおむすびを握りながら朝ドラの『アンパン』を見るんだけど
やっぱりヤムおじさんが面白すぎて、
そっちに目が言っちゃうわ。
あの頭に巻いている手ぬぐいからサイドはみ出ているパーマのジャムおじさんみ。
ああ!
ヤムおじさんが活躍はそんなに薄味なので
きっとアンパンは美味しいのでしょうね。
なにげに主人公の家に間借りしているパン売り場のパンは結構売れてて残り少なくなってきているところにヤムおじさんがパンを補給しにくるシーンとか良くできているそこにヤムみを感じてしまうわ。
たぶん、
ここは他の味のパン、
時代に沿う感じのあの時代のパンなら安直にうぐいすパン!って思っちゃうけど、
たぶんヤムおじさんはずっとその物語「あんぱん」を象徴するかの如くずっとずっと作中ではアンパンを焼き続けることにかけてはタニコーの五徳なのよ。
私が今ハマっているベーコンエピとか、
そっちのほうが気になっちゃって、
それじゃー
それはそれで方向転換として
もう一旦はアンパンマンで大成なさっているのでヤムおじさん物語でも私は良いと思うの。
お米の行き渡る量が少なくてもお米がちゃんと食べたい人にもちゃんと食べられるよう供給できるようになるじゃない。
でもさ、
ヤムおじさんがまたここで心機一転おにぎりマンの着想を得るためにおにぎり修行に出ちゃったら!?
いやまずいわ。
でもさー、
さすがに前作が「おむすび」っていうタイトルの朝ドラだったから、
節操なくそこにヤムおじさんがおにぎりマンの着想を得るためにおにぎりに急に燃える!ってことはなさそうよね。
私は前作の「おむすび」で橋本環奈ちゃんが道端で倒れているお腹を空かせたギャルにおにぎりを配りまくって世の中を救済する物語になってほしかったけれど、
最初の最初でスズリンにおにぎり食べさせて救っただけだったじゃない。
ヤムおじさんが他のパンを焼き出しちゃうと話がブレちゃうから、
きっとアンパンだけかもね。
ああ!あのときのヤムおじさんのアンパン美味しかったなー!って回想シーンになるじゃない。
その時にヤムおじさんがたくさんのバラエティー豊かなパンの種類を豊富に焼きまくっていたら、
そのやなせたかしさん役の人が
「あ!アンパンマンだ!」って着想にストレートにならないわよね。
うーん、
あのときのジャムパンも美味しかったしうぐいすパンも絶品だったしーってなると
そもそもの話の本筋がブレちゃって薄まるわよね。
だから、
あとにも先にももっとヤムおじさんには活躍していろんなパンの種類をバラエティー豊かに焼いてほしいけれど
終始一徹あんぱんだけしか焼かない確率100パーセントの確率だわ。
きっとそうよね。
そうだと思うわ。
それか逆にヤムおじさんがたくさんの種類のパンをバラエティー豊かに焼いていたら焼いていたらで
主人公が何パンにするかー!って悶絶して悩む青春グラフィティー物語でもいいかもしれない。
それじゃただ単にやなせたかしさんのグルメ物語になっちゃうわよね。
それはそれで楽しそうだけど、
孤独のグルメの人みたいに、
ずーっと心中語ってっるシーンで1話終わっちゃってもいいと思うの。
って思わせといて、
たまたま隣りに座っていたお客さんがやなせさんの心の中の言葉を吹き替えてリアルに口にして言っているシーン!
で、
やなせたかしさん役の人は「私が今から食べるでしょうに!」って言うの。
そこで意気投合してじつは隣りに座っていた人が大手出版社の人で
わーい!って感じ。
そんな展開だと思うわ。
とはいえ、
みんなこの時期コンクラーベって「根比べ」じゃん!って言いたい気持ちが高まっているのと相反して
アンパンが爆売れしていない世間のこの乖離感を感じてしまうわ。
周りでアンパンかじってる人を見ないんだけどなぁ。
このアンパンブームこないかな!って待ちわびている日本中の街の中のアンパンを焼くのが得意なパン屋さんは、
なんてね。
うふふ。
休日だとここに立ち寄れるので、
とはいえ、
開店直後はドッとお店にお客さんがわりとたくさん入ってくるので、
私が出遅れて飛び込み前転をしている際に入店が遅くなったけれど、
お客さんがたくさんで、
私は遅れても全然いいわよって余裕をぶっこいちゃうぐらいな余裕のある休日の朝だったので、
私はゆっくりと電子端末の前におもむいて増田を書いているってわけなの。
ちょうど書き終わった頃に
やったー!
私の読みは当たったわね今日は鮭、
焼き鮭よ!
しかもお腹の方で脂ののりも抜群なグンバグな美味さあふれる魚の脂が香ばしく焼けていて決まっているわ。
ああ休日の朝はそうこなくっちゃ!って
美味しくいただくわ。
起きてすぐ注ぐしゅわしゅわをシュワッと飲んで
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
たまにパイプカットの記事を見るんだが、夫婦で話し合って手術決定、てのはあまりおすすめできない。
夫婦で共有して合意するのは「子供を今後増やすかどうか」これだけでいい。
そもそもパイプカットした夫婦の離婚率を周りを見て確認したことがあるか。自分調べでは、夫がパイプカットすると離婚に至る可能性は高まる。
これは、セックスに緊張感がなくなって快感が薄まることと、子供が作れない=生物として完全でない、という評価に妻から見た夫の位置づけが変わってしまうことがあるかもしれない。
セックスは心と心の繋がりであって、子供ができても良いという互いの「責任感」と「赦し」のぶつかり合いが密な結合とオーガズムを産むわけだから、100%の避妊を得てしまったらそこにあるのは単なる摩擦係数。相手の体を使ってオナニーしてるのと同じ。吸引バイブのほうが気持ちいいじゃないの、って感じになってしまう。
話を戻して、セックスの気持ちよさをパートナーと共有して中年以降を乗り切るためには、まずファイナンシャルプランナーに相談して、自分が何人子供育てられるか(n人)を確認する。
次に、n-1人まで子供を作って、「あと一人なら子供できてもいいね、でもできなくてもいいかな、授かりものだもんね」という認識を夫婦で共有する。
最後に夫が黙ってパイプカットして、「子供ができてもできなくても困らないセックス」を存分に楽しむ。
nが1とか2かつ若いうちだと「やっぱり産みたい」が発生する可能性があるが、30~40代でnが4とか5だといい感じの中年ライフを過ごすことができる。
あと書いてなかったが、「夫がパイプカットしている」という事実は、妻がなにかと夫の不貞を疑う動機になりうるので、不仲の原因になりやすい。真面目一徹の夫だろうが、一旦なにかの拍子に疑念を抱かれてしまうと、冤罪の理屈なんでものは雪だるま式に妻の心のなかで膨らんでいく。
妻を騙してて不誠実、みたいな印象もあるかもしれないが、夫がもう40過ぎたしとか言って避妊しないので黙ってミレーナを入れて対策している妻というのも世の中にたくさんいるし、既婚で複数人の子持ちなら、夫がこっそりパイプカットというのは結構いいやり方だと思っている。
男か、もしくは星一徹しか知らない女は「星一徹」しか連想しないから「ちゃぶ台びっくり返しそう」みたいなレスポンスが返ってくる。
スケベな女はAV男優の「一徹」を連想するから「頑固」と紐づけできなくて「え」みたいな困惑や動揺した反応する。(このときに揺さぶるとキモがられるので「巨人の星の主人公のお父さん」ってことは間髪入れず教えてあげよう。それが紳士の役割だぞ。約束だぞ)
どっちも知らない女は「誰それ?」「誰ですか」「人?」て反応する。
はてなの逆張り連中は否定するけど、体感として精度高かった。「一徹くんって頑固なの?」って返してきたレアケースはいたけど、オープンスケベ女だったのであれはノーカン。
去年の話。
ひさしぶりに帰省して、せっかくだし故郷鹿児島を堪能してみるか!と思ったので桜島に出かけた。桜島はそれなりの頻度で噴火する活火山で、浪人時代にはよく予備校の最上階まで登って噴煙を見ようとしていた(さすがに噴火してないときの方が多いので、時々噴煙を見られると嬉しかった)。おい桜島よお…なんて語りかけるくらいに親しみを持っていたのだが、じつは行ったことがない。このままではいけないなと思ったのだった。
数年ぶりに乗った鹿児島本線は阪急と比べて揺れが激しい気がした。いっぽうで線路周りに建物が少ないからかどことなく車内が明るい感じもして、案外普通列車にもカラーが出るもんだと感心した記憶がある。
道中にある上伊集院駅から見えるホーム周辺の景色がけっこう好きだ。松陽台という新興住宅街があって、それの乗っかる丘がよく見える。なかなか爽やかな丘で、学生たちが坂道を登っていく様子がなんだか素敵だ。坂の上には松陽高校というのがあるが、ここは制服が全身緑色なことで悪名高い。松陽高校に行った友達と駅で出くわして、「マジでズボンまで緑色で最悪、なんなのこの制服、頭おかしい」と愚痴られたのをよく覚えている。松陽の話終わり!
鹿児島中央駅もけっこう好きだ。正直あんまり全貌を把握してないんだけど、とつぜん屋久杉のオブジェみたいなのがあったりするのが愛らしい。メインの出口から出たところでバァーンと桜島が見えそうな位置なのに、ホテルか何かのでけえビルに阻まれてイマイチ見えないのもいい。故郷のダメさは愛嬌にみえる。
鹿児島中央駅からフェリー乗り場まで徒歩で行くには暑かったので、市電に乗った。路面電車というものに憧れがあって、地元で進学してたら毎日路面電車に親しんでいたのかなと思うとちょっと惜しい気もする。まあ阪急とトレードオフなのかもしれない。阪急も悪くない。赤いし…
フェリー乗り場は水族館の近くにあって、その辺りは道も広いしヤシの木(?)も植わってるしでかなり雰囲気がいいんだよな。車通りに比べて歩行者が少ないのもなんだか孤独感があって良かった。かつて家族で水族館に来るたびすげえワクワクしてたのは周辺環境のよさも手伝ってたのかもしれない。
広い道のデカい横断歩道を歩行者ひとりの状態で渡ろうとすると、小心者なのでどうしても走ってしまう。暑いからちょっと走っただけで汗まみれになる。そうして汗まみれになりつつも歩いていくと、フェリー乗り場につながる赤い連絡通路が見えてくる。この通路は水族館にもつながっているらしい。一瞬やっぱり冷房の効いた水族館に行こうかとも思ったが、初心一徹!と思い直して桜島フェリー乗り場に向かった。潮の匂いがしてテンションが上がってくる。
フェリーは安かった。500円くらい取られるかと思っていたがなんと片道160円だった。コンビニのサンドイッチより安い。阪急一駅分くらいだ。もっと乗っておけばよかった…と後悔しつつ船に向かう途中に水族館がよく見えるのも心憎い。鹿児島水族館はオーストラリアのオペラハウスをショボくしたような外観をしていて、なかなか心に残るのだ。
フェリーはかなり大きくて、わりと見応えがあった。甲板に観光地特有のコイン式双眼鏡があったんでなんとなく近づいてみる。と、どうも様子がおかしい。コインを入れるところがない。よくみるとなんとタダで見放題らしい!全体的に太っ腹だ。つっても見るもんなんて大してないのだが…しかし港にいる見られているなんて全く思ってなさそうなオッサンを一方的に見るのには奇妙な快感があった。港にいるオッサン1を船の上からオッサン2が双眼鏡で覗く。いいね。いいか?よくないかも…
桜島は中心市街から20分くらいで行けるわりに離島らしい趣があって大変よかった。道は水族館あたりよりさらに広く、なぜか三車線あるところすらあるのに車通りは少なくて、歩く人の姿もまばら。特に目的地なしに来たのでちょっと途方に暮れたが、グーグルマップを見ると少し歩いたところに足湯があるらしい。とりあえずそっちに向かって歩き出す。道路の隅のあちこちに火山灰が溜まって黒いまだら模様ができていて、火山島に来たぞ!と思った。まあ地元の街にも灰は降るが…
途中に巨大な駐車場のローソンがあって、なんだか逆に寄る辺ない感じがした。知らない土地に見慣れたものがひとつだけあるとかえって寂しい。たしか入ってみたけど、中のことはあまり覚えていない…ってことは、まあ普通だったんだろう。水を買ったような気がする。
国民宿舎なんてカッコいい名前の建物の横を抜ける。ネコがたくさんいて、日差しを避けて木陰に集まっているのがいかにものどかだった。
足湯近郊は遊歩道になっているようだった。ザ・火山性って感じの黒くてゴツゴツした岩場、なんとなく見慣れない感じの植生、灰まみれの道。特に何があるというわけでもないが、目に入るものすべてがなんとなく普段目にするものと違う感じで楽しかった。
歩いてる人はあまり多くなくて、足湯までに数組とすれ違っただけだった。人の少ない遊歩道は最高
暑かったが足湯には入った。火山らしさのある(?)濁った湯で、悪くなかった。対岸が見える鹿児島湾とはいえ海が見えるのもよかった。タオルを持ってなかったんでどうしようかと思ったが、サンダル履きだしよく晴れた夏の日の昼だったからすぐ乾いた。
遊歩道を抜けようと思ってたんだけど、足湯を過ぎてちょっと歩いたところで通行止めになってたから泣く泣く帰った。
遊歩道の入り口あたりに戻る頃には昼時で、何か食おうと思って見回したり地図を見たりしながら帰ったんだけど、どうも気軽に入れそうな飯屋が見つからなかった。
しかたないし本土に戻ってから食おうかなと思ってフェリー乗り場に戻ったところでいい感じのカフェーを見つけて、そこで「桜島マグマバーガー」なるものを食った。辛めの味付けの鶏肉がメインのバーガーで、まあまあうまかったが異常に熱くて口をやけどした覚えがある。外国人向けに英語で「噴火ににビビるな!」みたいな内容の張り紙がしてあって、食いながら興味深く読んだ覚えがある。
それからフェリーで本土に戻って、結局水族館にも寄って帰った。水族館もなかなか楽しかったが、子供の頃のほうが楽しめた気がした。
桜島、最高!なんせ安い。ほとんど何もやってないのに妙に楽しめた。あんまり人がいない。非日常感がある。行きやすい。100点!
野党の両面待ちリーチって、支持を広げる役に立ってないんだよね。
野党は「感染拡大を引き起こす」「経済をもっと回せ」の両面待ちリーチを掛けた。
あらゆることについて「両面待ちリーチ」を仕掛けてるけれど、政治は麻雀とは異なって、両面待ちリーチだと支持が得られない。
どちらかに一徹して、「経済を犠牲にしても感染を減らす」か「ある程度の感染は許容して経済を回すか」の立場に立った方が支持を得られる。
両面待ちだと、政府批判はどう転んでも可能だけれど、支持するとなると、野党の主張が定まらず非常に主張しにくい。
10万円にしても、「困ってる人にまわせ」「一人当たり10万のほうがいい」という両面待ちリーチを仕掛けて、1家族30万を痛烈に批判しながら、1人10万に方針転換したら、急に「30万のほうがよかった」という。
自分は、ある程度経済を犠牲にして感染を減らしたほうが良いと思う立場だが、いまの野党は腰が定まらず、じゃあ野党を支持したらきちんと感染拡大防止の取り組みをしてくれるのかと言えば、全く思えない。
こっちの方が、ってより破綻した一文が省かれてるのに笑ったよw
・充分に推敲をしてベストを尽くしてから投稿するのは当然で、それがなされていれば謝罪は不要、
↓
・従って軽々にエクスキューズを入れるのはその努力不足の証であり、その自覚がないのは認識が甘いからだ。
↓
・つまり、推敲不足の認識が甘いというのは下手だという自覚が足らないからで、本心で下手とは思っていない。
みてーな感じ?
この補足は循環論法っぽい部分があるんだが、他の段落から考えて >つまり に繋げるにはこれしかない気がした。まぁ俺の読み方だけどw
言ってみりゃ文章ってより論理の破綻なんだが、それ以外にも他が指摘してる独り善がりや読み手の問題ってのがあって、マッチョイズムを感じる人がいたのは推測の結論として導いた「下手でゴメンって書くくらいならそれが要らないと思うまで推敲しろ!」みたいな部分じゃね? って思う。改変者が問題の部分を消去したのは意味が通らなくなるからで、勝手に補足しない辺りは良心的だよなぁ、とも思ったけどね。
それとはまったく別に謙遜の問題があるんだが、『蛇足ですが~』であったり『私ブスだからツラみ…』みたいな自撮りもこの書き手の論法からは全否定し得る。
もっと言えば、世に出ている表現は基本的に本人が自覚する限りで全力を以て表現された瑕疵のないものでなければならず、ある意味で書き手の表現に対する理想の高さと真面目さを窺う事もできる。
なんつーか、書は人を表すもので書き損じや間違いを清書して送り付けるのは武士の名折れ、相手への侮辱であり斯くなる上は切腹してお詫びを――、みてーな匂いすらある。武士じゃなくても軍人とか一部のマジメな官僚とか未だにそんなんかもしんねーけどな。あ、後は芸能とかもそうか。舞台は一度きり、みてーな?
なんでそこまで書くかっつーとまぁ俺もそう思ってた時期があったんだ(超煽りw)けどさ、割と嘘なんだよそれ。
つか息苦しいんだよね。
俺みてーなゴミは金貰って表現者斯くあるべしとかじゃなくて、通信料を払って無意味に無償で書き散らしてるワケで。
んで、プロのロジックで気楽な匿名日記だとかコミュニケーションを攻撃すんのもなんか違くね? ってのがあってさ。まぁ見苦しいのも程度モンだけど。
もうね? 政治家センセーの発言とか追ってごらんなさいよ。無理なんッスわ、そもそも世に意見を問うのに何十年も矛盾なく一貫した主張をするってこと自体が。
誰もそんなの統計取ってなきゃ積み重ねて検証すらしないし、社会を動かすはずの発言者ですらそうなのにカールが販売休止になったとかきのこたけのこ戦争とかで盛り上がってるwebにナニオマエ期待しちゃってんの? って言う。ぶっちゃけオマエが血判付きで全力で書いた名文とかだってあっという間にパクられて消費されてアーカイブすらされずに数週間で忘れられてゴミじゃん?
いやゴミってよりどっかのキャッシュにでも残ってなきゃオマエが消したらゴミにすらならないワケでさ。
そういう中でステマして金だけ払ってバズれば大儲けみたいな構図もあって、そういう連中はパクるに留まらずに「元ネタは自分」とか公言し始めてPVにモノ言わせて既成事実化とかすんのよ。ww プロだってエグいぜぇー? 平気で盗む、断りなく編集する、改変してミスをなかった事にする、etc etc そういう連中が俺達玄人様は素人とは違って命懸けなのであーる、ってね。もう死んどけよ? って話だよ。
どーすんの? 文士サマww ってなもんよ、もう。
……ナニ書いてたんだっけ?
もうよく分かんねーけどまぁいいじゃねーか。気楽にイケよ。
「AVが教科書」のせいで女性は悩んでいる。"エロメン"一徹さんに聞く、男女のセックスがすれ違う理由
もう、本当にいい加減にしてほしい
はっきり言って、アニメや漫画を人生の教科書にしてないのといっしょで、AVだって教科書になんかしてません
AVはファンタジーであり、叶えたい欲求でもあるのは事実ですからね
こんな事をしたら、あんな風に反応して欲しいとか
正直、そういう一方通行の欲求を押し付けることは本命の相手には絶対しませんよ
本命相手の性行為以上に、本命じゃない相手に対しての性行為の方がたくさんあるのが現状です
そういう相手との性行為に対しては、自分の叶えたいAV的な世界観を押し付けるというのはむしろ必然的な流れです
だから、もし自分のパートナーはAVで性行為を学んだなという女性がいるとしたら
それは単に、男は単に快楽追求の為の性行為を楽しんでいるだけであって、愛情表現としての性行為ではないと自覚すべきです
こういう前提がないから男は性行為をAVから学んでるみたにな変な話になうんですよ
いい加減にしてくださいね
「AVが教科書」のせいで女性は悩んでいる。"エロメン"一徹さんに聞く、男女のセックスがすれ違う理由
http://www.huffingtonpost.jp/2017/08/22/adult_video_n_17799470.html
にこういうブコメがついてた
男向けのAVを理想とするのは間違いなのは確か。だけど、そこで「女性向けのAV」がアドバイスとして出て来るのに毎回疑問を感じる。それは女性のファンタジーを男に強要することに変わっただけでしょ。そこに気付こう
いや言ってる主旨はわかるし正しいと思うよ。
けど女性向けAV1度見てみてほしい。
全然「女性向けファンタジーの強要」ってほど色ついてないから。
(但しセックスの前にトレンディドラマみたいな小芝居がついてるものもあってあれのドラマ部分は女性向けファンタジー色ある)
ていうか俺は男として男性向けAVが本当に楽しめなくて困ってたんよ
とにかく気持ち悪い
あれで気持ちよいって奴がどこに居るんだよ?
つまり男性向けAVを教科書にすると男にも気持ちよくないセックスにしかならないんよ
ここからは仮説だけど
春画はあれは絵だからエクストリーム体位や超ハイテンションシチュエーションや断面図のような局部描写や漫画的な台詞がちりばめられてたんだよね
そういう刺激性のある情報を過多なぐらい盛り込むのは正しかったんだよ
それがエロ小説やエロ漫画になって、AVってのはその後から普及したものでしょう?
最初に作った人達が「エロ漫画・エログラフィックノベルの実現」をモデルにやっちゃったんだよ
で、現代まで続いてる
女優と男優の身体を使ってエログラフィックノベルをしてるんだよ
エロ漫画として正しいのとVRや教科書として正しいのは全く違うというのが罠で、
男性向けAVは常に前者なんだよ
それが性差で生まれてるのか取り巻く文化の差で生まれてるのかなんなのかはわからん
実際にやるなら男性向けAVのセックスと女性向けAVのセックスは圧倒的に後者の方が気持ちいいんだよ、男にも
ゆっくり動くのとうおおおお!ドガガガガ!って動くのどっちが集中できて気持ちよいかだけでもこれは答が決まりきってる
だから俺は子供にどっちかを教科書に与えるなら絶対女性向けAVにする
それぐらい違う
ほんとに一回見て欲しい
たまにこの方向性っぽい売り文句の作品を出しても、期待してみてみると
やっぱり男優が気持ち悪い漫画でしかいわない笑っちゃう言葉責めをしてて
女優がアンアンアンアン!って萎えるわざとらしい喘ぎ声出してて
羊頭狗肉なんだよね
絶賛炎上中ですが。
テーマは良いと思うんですよね。
『家族思いのパパは正しいのか?』
正しいに決まっているといわれそうですが、いつの時代も、現状の価値観に疑問を持つことは大切です。
いま正しいとされていること、本当にそうなのか? そこから生まれる負はないのか? 負に目をつむっていいのか?
でもあのCM、何がまずいって、それに対するアンサーが『亭主関白時代に帰りたい』なんですよ。
淘汰された過去の価値観にしがみついているだけ、というのが見え透いてしまうことなんですよ。
でもテーマは良いと思うので、こんな感じに作り直すのはどうでしょう。
『家族思いの優しいパパ。
だから自分は、その姿を反面教師にして、こんな父親にはなるまいと誓っていた。
周りの目を気にせず、定時には帰り、妻と二人で子育てをした。
保育園から連絡があれば、周りに謝りながらも、早退して迎えに行った。
息子はすくすく育った。
定時に上がるために必死で仕事をこなしているのに、残業の多い同僚のほうが褒められる。
息子の夏休みに合わせて有給の希望を出せば、上司にねちねちと嫌味を言われる。
間違っているのは自分じゃない。会社のほうだ、社会のほうだ、そう自分に言い聞かせながらも ─── 。
心が折れそうになって、仕事一徹だった父親の姿が脳裏に浮かぶ。
……あんな風に仕事にばかりかまけていても、息子(俺)は父親を慕っていたじゃないか ─── 。
家族を大事にすることをやめて、仕事を第一に考えても、いいんじゃないか? それっていけないことか? 責められるようなことか?
心が揺れる。ぐらぐらと。
半ば惰性でケーキを買って帰る。
ケーキを忌々しく見つめる。こんなの、もうやめたっていいんだ。
こんなの、自分にとって不利でしかない。何もいいことなんてなかった。何も報われない。やめたっていい ─── 。
そこで家のドアを開ける。
息子と妻の笑顔が飛び込んでくる。
「おかえり、パパ!」という明るい声。
立ち尽くす男。
彼がどちらの未来を選ぶのかは示されない。
ただ「さ、洗いながそ」という優しい声と、息子とのお風呂のシーンだけが流れる』
というのでいかがでしょうか。
もう少しあざとくいくなら、最後に男が目を潤ませるシーンがアップで映り、
『さ、洗いながそ』
とかのナレーションを入れてもいいですね。
トラバ来てると思ったら知らない人に勝手に返信されてたから寝る前に書いとくけど、行政機関の動向はさておいてもはてブとかでは「劣悪な家庭環境で育ったために若者が貧困の連鎖に~」とか「真面目一徹で頑張ってきた若者が社会に殺される~」みたいな増田とか経済記事しょっちゅうブクマされてるし大体うるわしいコメントが並んでる(それが悪いことだとは別に思わないけど)から、少なくとも“良識派”界隈ではキモいというだけで前途ある若者を黙殺することはないと思うよ。オタクとか田舎育ちで中卒みたいなその界隈の気に入らない属性がある場合は知らないけど
というか若者って基本的に金がなくて、容姿の善し悪しによらず社会に熟達した人間から見れば大概振る舞いがなってないように見えるからそんな気にせずに自分の立場で言うべき物言いをしたらいいと思うよ。別に事情知らないけど