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はてなキーワード: 就職とは

2025-11-10

大学院まで進学し、レーザー科学研究した航平さんが昨春、メーカーではなく自分と同じコンサル業界就職した時にも、「新卒入社する同期より2年遅れてる分を取り戻せ、やるなら1番に」と繰り返しはっぱをかけた。

anond:20251110003553

この愚痴前も見た気がするけど

お前が求めるような優秀な人間なら就職しないで起業して成功してるんじゃね

地方出身東京に出てきたけど、地方に生まれてよかったと思ってる

鳥取県まれ島根県育ち。

東京、もとい首都圏は別の国だと思ってる。

外を歩けば日能研が広がり、公立以外の教育機関もたくさんある。

通学中の小学生電車に乗っているのを見たときは、世界の違いにひっくり返りそうになった。

まぁ中学受験レアだとしても、当たり前のように大学に行くという選択肢を持っている。

大人になってからやっと、ガスト友達と話をするみたいな、アニメに出てきた高校生青春体感できて感動した。

あと満員電車楽しい社会の一部に慣れた気がするから

通勤や通学はドラマとか映画しかたこと無くて、物語主人公になった気持ちになる。

実家島根県の中でも栄えてない方で、映画を見るには車で3時間みたいな世界

私立高校なんて貴族お嬢様けが行ける場所だと思っていたし、私は何の疑問も抱かず小中高大を全部公立コンプリートした。

そもそも両親ともに大卒じゃない。そんな環境で、公立とはいえ大学まで行かせてもらえた親には感謝しかない。

地元に戻るつもりはない。でもそんな地元で育ってよかったと思っている。

都会に生まれたら絶対に今の自我立場はないから。

今、僭越ながら比較的名のしれた企業で働いている。都会に生まれたら絶対にここに就職できていない。

理由は単純で、自分を優秀なやつだと勘違いできる環境地元にはあったから。

私の記憶力の無さと不器用さは世界トップレベルである

から首都圏で生まれても非力なやつという自認しかできなかった。

かたや地元では中学同級生過半数大学に行かない。そもそも大学が4年間あることがあまり知られていないので、大学生の頃は地元友達からなぜか就職してないヤバイ奴だと思われていた。

そんな世界なので、中学時代テスト勉強をするという概念教室内に無かった。むしろ勉強しないほうがかっこいいという風潮まであった。

……だから逆に、ちゃんと頑張れば学年1位が取れる世界だった。

そんな世界で私は、頑張ればなんとかなるという盛大な勘違いができた。

物事を成し遂げられるかどうかは自己効力感な部分が大きい。

から人格形成である中高あたりで、誰にも負けない部分が自分にはあると思えたことが成長の根源だった。

そして東京に来たら育った環境のあまりギャップハングリー精神が湧いて、また頑張るモチベが生まれる。

まり地方出身は最強。

最大の難点は地方で生まれると首都圏に行けるチャンスがほぼないこと。

そもそも進学や就職首都圏に行くモチベもないので、首都圏別世界であることを知る由もない。

2025-11-09

大学院まで進学し、レーザー科学研究した航平さんが昨春、メーカーではなく自分と同じコンサル業界就職した時にも、「新卒入社する同期より2年遅れてる分を取り戻せ、やるなら1番に」と繰り返しはっぱをかけた。

https://news.yahoo.co.jp/articles/bc5cb6160314c3cb7b22f59cd3aa27b23b23fa82?page=3

2025-11-08

anond:20251108195806

無職ワイも生活保護を受けるか就職するかどっちかにしたいやで…

anond:20241219012611

これを書いた人です。増田の使い方がいまいちわかっていません。

https://anond.hatelabo.jp/20241219012611

ようやく生活保護最近卒業しました。

税金には助けられて、なんとかIT業界就職仕事を続けられています

これまでとは畑違いの仕事上司は当たり前で年下だが、いい人に恵まれてなんとかやっていけてる。

就職して生活保護を抜けたことに伴い、祝い金が出る(就労自立給付金)。

それが約4万円だ。本当にありがたい(制度が少し変わったようで、昔は10万円出てたようにネットには書いてあった)。

年末だしその4万円は年越しのお金に当てたいと思う。

私は一人暮らし生活保護時の生活水準を続ければ、10万円の積立NISAもできるぐらいの余裕はあるのでやっていきたい。

まぁそのうち奨学金の返済が再び始まるのでそれもできないだろうが。

就職というのは障害者雇用大企業に雇われたのですが、中にいる人には流石に生活保護もらっていたというカミングアウトができる日が来ることはないと思う。

忘れられるように日々を大切にして、頑張りたい。

就職先はIT業界なのでITパスポートは取得したので、今年中に基本情報技術者試験合格を目指して勉強開始しました。

春には応用情報技術者試験も受けなければ!!!

みなさん、納税ありがとうございます社会復帰できた人もいるということをご報告できればと思い、久しぶりに増田投稿しました。

やおい不足

歳をとって熱意が減った。

過去の内輪揉めの経験が色々と動きを重くする。

王道カップリングが嫌い。

少女マンガの焼き直しでしかないBLが嫌い。

公式どうぞどうぞ差し出されてるカップリングが嫌い。

火のないところに煙を立たせる楽しさがない。

あとそれを語るところがない。昔はネット無責任放言してたけど、腐女子とみると猛攻撃を仕掛けてくる人たちと、就職先に知られるリスクが怖い。

だってやおい話なんて下衆な話がメインじゃん。

受がこういうシチュエーションアンアン鳴かされるところが見たいっていうさ。いや幸せデートが見たいとかもあるけど。

なんかみんな隠れるのがうまくなって、そういう熱い語りを見る機会もなくなって、そもそもそこまで思うキャラクターに会うことが減った。

というか理解の浅いのと若い女子発言という広い地雷原を越える必要があって、もうその熱意がない。

推し現実女子とか穢れが過ぎる。

お前に汚された推し洗脳解除してお清めセックスまで持ってかないと。

しや思考までパッパラパーになったら無理だ、私の中に『幻滅』という穢れが一生残る。

まぁそんなことはどうでもいいんだけど、あと最近コンテンツ無双流行りすぎて単体での完全体が多くてそれも面白くない。

頼ったり信頼したり背中任せたり頼られなくて苦しんだり右腕と左腕で睨み合うものの腕や忠誠はお互い信じ合ってたりしてくれよ。

いやもう年を取って複雑な設定とかは追いきれなくて、転生ボーナスもらって高貴な身分からナーロッパチヤホヤされる話ばっかり読んではいものの、そこの取ってつけたようなおっぱい担当じゃなくてさ……。……。……。

百合ちょっと推しどころが分からない。男性向けって結論女性の性感帯刺激してイキ顔見たいだけだからどうしても求めるものが違うんだよね。

自分は肉体接触を通してメンタルをヨシヨシするタイプナメクジセックス、の果てに満足度100%フィードバックとして射精ちゃうとこが見たい派なので。

でもほんと最近キャラクターメンタル強靭欲求不満五条悟は近年稀に見る不安定さで良かったです。地雷原渡る気ないけど。

なんかそういう多様性を受け入れる心の余裕がない。

仕事健康に悪いよマジで

おうち帰りたい。

2025-11-06

従業員の胸倉掴んで1ヶ月の怪我をさせた社長逮捕追記あり

というニュースを見て驚いたんだが。。

逮捕されてよかったというのは大前提として)

会社上司が部下を殴るなんて

そんなの俺が最初就職した会社では特に珍しくもなんともなかったんだが。。。

信じられない。

このニャースって本当に本当なのか???

追記

ま、嘘に決まってるよな。

そんなに世の中甘くないし。

これから結婚出来る気がしない

19歳、高専

クラスは男女比8:2でクラス恋愛も滅多になく、このまま20歳就職したとして、情報系の就職先もどうせ良くて男女比7:3ぐらいだろうという偏見がある

職場恋愛も難しそうだし、合コン(?)に頼るとか将来的にマッチングアプリでもやらないといけないのか・・・?でも結構値段高いんだよな・・・男が飽和してる勝手イメージがあるし・・・どうすればいいのかが分かりません

2025-11-04

友人が漫画家になった

幼馴染の友人の話をさせてほしい。

友人、増子と出会ったのは小学生の時。同じクラス漫画アニメが大好きなオタク同士、すぐに意気投合した。

同じ中学に進み、二人で美術部へ。オタク女子として二人そろって腐女子になり、毎日推しカプトークに勤しんだ。交換ノートイケメンキャラの模写で満ちていて、絵を描く楽しさに目覚めたのもこの頃だったと思う。

自然と二人で漫画家に憧れるようになった。イケメンがたくさん出てる漫画を描きたい、それがアニメ化したら最高だね。漫画家になるには絵がうまくないと。じゃあきっと美大に通った方がいいね。二人で通えたらいいね。そんな話を増子とした。

結果として増子は美大に行かなかった。行けなかった。

親が厳しく就職ができなさそうな大学に行かせる気はないの一点張り。一方自分の親は子供がやりたい事を自由やらせたいがモットーで、特に何の問題もなく許可が出た。

二人で美大に行けなくなったのは残念だったが、少し優越感を覚えた。自分特別人生を選ぶことを許された側なんだと。

高校は増子と違うところへ進学した。

画塾に通い始め本格的に美大受験への準備を進めていく。楽しい事ばかりではなかったけれども、好きな事を武器大学へ行くという希望の前では、その辛さだって耐えられる。受験も忙しくなり漫画アニメもあまり観なくなったし、増子とは話す機会もなくなっていった。次に彼女と会ったのは美大生になってからだった。

増子とは大学に進学して数か月経ったくらいでお茶約束をした。増子は受験が大変だったこと、今は親に勧められて資格勉強を始めたことを話してくれた。堅実な人生設計を語る増子に、自分はやはり一般的社会人人生を選べそうにない、増子が羨ましい、と告げた。羨ましいのは本当だったが、自逆風自慢も入っていたのは真実だ。

帰り際、増子から大学生になり自由時間も増えたので同人活動を始めた、とTwitterPixivの交換を求められた。

家に帰り、ROM専として使用していたPixivから増子へマイピク申請をしたら愕然とした。ヘロヘロの線で描かれた下手くそイケメンキャラ達。中学美術部の画力なんて大したことないのは知っていたが、少なくともあのころは私と同じくらい描けていたはずだ。美大受験を経たことで私の方が圧倒的にうまくなっていた。

増子がオリジナル漫画も描いて出版社投稿したが箸にも棒にも引っかからなかったと言っていたのを思い出したが、こんな絵では当たり前だ。友達から伝えなかったがはっきり言ってへたくそだった。

Twitterを開くと増子には崇めている同人作家がいるようでしきりにその人のイラストを神絵と褒めていた。自分からするとぱっと見の線だけ綺麗だがデッサンが崩れており何がいいのかわからない。

もう美術部だったころの私達には戻れない、と寂しい気持ちになったものの、同時に意地悪な気持ちも目覚めてしまった。すぐに中学時代に増子とはまっていたアニメキャライラストを描いてPixiv投稿。増子が描いた流行りのBLカプを題材にした漫画より、自分の懐かしアニメの一枚絵の方が閲覧数もいいね数も圧倒的に上なのを見て満足した。

当の増子は私のイラストも神絵と褒めてくれたが、デッサンの狂った同人作家を褒めた同じ口で褒められたのは正直イラっとした。

高校の時に忙しくなって卒業した漫画アニメはそのまま再熱することもなかった。私の周りの人たちだけかもしれないが、結局漫画アニメは「サブ」カルチャー漫画なんてわざわざ美大を出る必要のない画力で成り立つし、それを享受する読者は美術がわからない一般人編集部にこき使われるブラック職業、という風潮。

それに進学してわかったことだがそれなりの美大を出ていればそこそこ安定した職だって得られる。なのに漫画なんて水商売を選ぶ人間馬鹿のやる事だ。増子がゴミみたいな同人作家を褒めるのを目にしていた私もその気持ち理解できたし、就職漫画アニメ関係ないデザイン会社へと決めた。

親は大喜びだった。子供には好きなことをやらせたいと美大進学を許してくれたが、内心不安だったらしい。会う人全員に娘は美大卒でデザイン会社で働いている、と自慢をしていた。

美大受験の時と同じく、デザイナーだって楽しいことばかりではない。それでも自分の腕一本で生活費を稼げているというのは自分に自信を与えるのには十分だった。

ふと、増子が気になり彼女Twitterを覗いてみた。名の知れた企業に入ったと風の噂に聞いていたが毎日ノルマに追われ、パワハラ上司からの𠮟責も多く、大変そうな様子が見て取れた。その時、自分だけ美大進学を許された時と同じ優越感を覚えてしまった。

自分はこれからも好きなことで食べていく、増子は好きでもないことに一生疲弊して生活費を稼がないといけないんだ。

それから数年後、中学時代同窓会が開催された。増子とは大学生以来会っていないが、その他の友達も長い間連絡を取っていない。何をしているんだろうとワクワクしながら出席をした。

当時の友達は皆自分とは全く違う道を選んでいた。銀行員NPO職員営業職…。なんだか難しそうな世界だ。そういえば増子は今何をやっているんだろう、まだノルマに追われているのかな、と思っていると急に「漫画家になった」と言った。同人活動を続けていく中でスカウトされ、連載が軌道に乗ったところで会社は辞めたらしい。親は泣いていたけれどもアニメ化も決まったんだ、と増子は笑顔で述べた。

周りがざわつき始め「おめでとう!」と増子が祝われる。それはそうだ、業界が違う人間仕事内容なんて説明されても正直よくわからない。私だって銀行員仕事内容はわからなかった。でも素人にも漫画家は何をやっているか想像つくしアニメ化で拍がつくのも理解できるらしい。

ちゃんと増子ちゃんクリエイティブ業なんだねと同級生の一人から言われ、あいまいにほほ笑んでおいた。増子と同じにしてほしくないと本気で思ったが、友達の前で言うことではないのはわかっていた。それでも少しの意地悪心が抑えきれず「最近AI漫画描かれてて大変らしいね」と言ってしまった。

笑顔で皆と別れた後、本屋へ寄って増子の言っていたタイトル漫画を探す。アニメ化の棚のところにちょこんと置かれているのがみつかった。ゲボが出そうになった。

ふ ざ け る な !

増子の絵は相変わらずへたくそだった。以前よりは上達しているがデッサンも何もなっていない。これで漫画家として食べているなんて甘えている。同級生の皆もそうだ、この程度の絵を描く人間と私を一緒にしないでほしい。何がおめでとうだ。私は死ぬ思いをして絵を描いてきた。画塾が辛くても泣きながら通ったし、講評に怯えながら作品制作をした。就職だって一般大学生より大変だった。

ぬくぬくと安定した正社員の職を得ながら趣味で描いたようなクソ漫画クリエイターを名乗るな!

怒りが収まら単行本は買わないまま帰宅したが数日経つと少し落ち着いてきた。

増子の漫画電子コミックサイト無料立ち読みができることに気づき、気まぐれで読んでみることにした。もしかしたら話は面白いのかもしれない。

これも結論から言うと面白さが理解できなかった。それどころかへたな絵と意味不明ストーリー漫画家を名乗る彼女さらに苛立ちを感じ、口コミで最低評価を押しておいた。

でもあれから少し経った今となって思う。

増子の絵はへたくそだ。でも漫画家になってアニメ化をするという幼い頃の夢を叶えた。

私は漫画家になる夢の過程として美大へ進学して、その後他の目標をみつけ方向転換をした。自分選択に悔いはないが、子供の頃の夢を叶えられなかった側の人間だ。

思い返すと美大は変な人間がたくさんいた。その中には別の道を進んでいたはずなのに、神の手に導かれるように違う道に進まされ「何か」になってしま人間がいる。

美大に入ってすぐ自分はそちらの側の人間でないことを思い知らされた。私は美術を嗜んでいるだけの普通の人だ。

そして、漫画というフィールドで増子は「なってしまう」側の人間だった。

親に反対され一般大学に入り、安定した職業を選んだ。忙しい間に同人活動を続けて漫画デビューを果たした。スカウトで目に留まることも、そこから連載を勝ち取ることも、人気が出てアニメ化まで進むことも運の要素が絡んでくる。でも彼女はその運をつかめ人間で、漫画家になってしまった。

と、ここで夢に破れた自分を憂うのであれば綺麗な物語だが、結局これは現実だ。

漫画世界だったら私は美大進学をしたものの、ものづくりは好きでないと気づき美術の道を諦める。増子のアニメは大ヒットし国民漫画家として悠々自適生活をする。

でも現実の私はやっぱりものづくりは好きだし、自分選択が間違っていたとは思わない。今さらお堅いサラリーマン生活なんてできるとは思わないし、今大学生に戻ったとしても、漫画家は目指さない。

増子のアニメはたいして話題にならないまま終わった。今も細々と漫画家を続けてているらしいが、大ヒット漫画家にはなれないまま毎日生活費を稼ぐのみらしい。

結局私は何かになれなかった人間だ。もし自分が増子の立場だったらものづくりを仕事にはできなかったと思う。

増子はなってしまう側の人間だ。でもこれからもへたくそ漫画を描き続けるだろうし、中学時代に語ったような大手雑誌に載っているイケメン漫画は一生連載できないまま終わるだろう。

夢を叶えた友人が、羨ましいもののああはなりたくはないなと思った。

都会人の傲慢

タイトル主語がでかくなってしまった。だけどなんとなく皆感じていることだと思っている。

自分高校卒業まで都内区部からほとんど出ず、大学でド田舎の山の中に4年、就職で戻ってきて今に至る。このド田舎生活4年間がなければ、自分傲慢さは永久に剥がれなかったんじゃないかと思っている。

頭では日本全国に人間が住んでいることはわかっていた。実際に行くまで本当に人がいることがわからなかった。

世界視野も狭すぎたんだね。

同級生があちこちの山の中に住んでいて、片道1時間歩いて登校していた話がここで初めて現実になった。今は熊が話題だが、その危険が本当に身近なことを知らなかった。

閉塞感も凄まじかった。四方を山と急流に囲まれ公共交通もろくに発達しておらず、1人1台の自家用車がないと買い物すら困る。都内に気軽に行けないなんてもんじゃない、行く手段がとんでもなく限られていた。

当時の自分は「何故こんな不便なところに人間が住むのか?」と理解に苦しんだ。ただ人間慣れるもので、4年もいればそこそこ環境には困らなくなった。慣れるまでに3年10ヶ月くらいかかったけど。

そんなこんなで4年間過ごし、帰ってきた今自分は再び「田舎」が生活の場であったことを忘れかけている。

熊のニュース見てもあんまり響かなくなってしまったし、人口減少で様々なサービスが縮小される話を聞いても「ふーん」としか思えなくなってしまった。

当事者にならない限り、自分事として捉えるのが難しい。

多分外野からやいのやいの騒いでいる人間、大半はこんな感じなんじゃないかな。その土地で暮らすことを知らず、知ろうともせず、今の環境に甘んじている都会人。自分はまあ、おつむが弱いから忘れていってしまったけど、都会の人間が都会に戻ってきたら多分こうなっちゃうと思うんだよな。

期間限定田舎暮らしなんて、正直役に立ったわけじゃないし。

でも田舎生活した期間があったから、まだ「田舎共感すること」自体は忘れていないと思う。

ああ熊大変だよね、自分生活してたとき大学構内に出ちゃったことあったな、みたいな。

「ふーん」としか思えなくなっても「そういえばあの時ああだったな、今はこうなってるのか」って変換はできるというか。

結局愚か者経験からしか物事を学べないんだから、何事も経験必要だったってお話でした。

上手く最後がまとまんなかった。

anond:20251104012631

「そういう勉強本で年収千万以上を継続して稼ぐような奴ほとんどおらんやろうし」

そうなん?まあ勉強本がどれだけ稼いでるのかちゃんデータたことはなかったわ

就職した方がいいはその通りなんだろうが元増田東大出てる子供部屋無職がいるって書いてあったから本書きゃよくね?って話をしてた

あと理3が出した本は例外なく売れるイメージあるけど気のせいか東大とか理3ブランドがあると口では言ってるけど実際大衆はそこまで馬鹿じゃないってか。

dorawiiより

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anond:20251104012406

そういう勉強本で年収千万以上を継続して稼ぐような奴ほとんどおらんやろうし普通に就職する方が安定して高収入稼げるんちゃう

2025-11-03

anond:20251103203236

転勤のない会社就職する自由はあったはずやし転勤なら転勤で職場の近くに住む自由もあったやろ

anond:20251103202347

会社就職したら勤務場所なんて選べないじゃん

異動のたびに変わるんだから

何もわからないASD鬱のアホなのですが

発達障害(ASD診断済)、うつ病障害年金2級。

現在23歳。

本当に詰んでいる気分だが、本当にそうなのか教えて欲しいんだ。

横浜で生まれ、小3~中1は個別支援学級で義務教育抜け落ち

家庭不和のよくばりセットのなかで育つ

定員割れでなんとか普通高校進学

DTM作曲始めて16歳の時に一応TV音楽事務所契約

高校卒業後はそのまま就職するも正社員手取り10万、地下鉄の駅で座り込むレベルの鬱で退職

その後同人R18ゲーのサントラ担当100万円くらい稼げたり、障害年金(月あたり7万円)とかTV音楽印税月3万とかでなんとか生活

2024年(去年)12月山梨移住monoとかゆるキャン△で出てきた風景好きでね

で、2022年退職から今年でフリー3年目、年金含めて年収100~150万で家賃2.6万。

障害年金はあと2年半くらい。

しょっちゅう身体ぶつけるくらい空間把握できんので、怖すぎて車の免許はとってない。山梨でだぜ?

あと低血糖発作あるから仕事中も糖分補給させてくれ、とか、免疫いから衛生的にアレな仕事出来ないとか条件悪し!

エイズなんかってくらいずっと身体おかしい。検査したけど陰性だった。

免疫弱いって自覚して男に身体売るサポやめた(売る度に40℃の熱出してたアホ)

状況としてはそんな感じ。

本題だが

小手先DTMとかで小銭稼いで凌いできたけど、依頼ないなってですね

本当に将来に繋がらんし音楽センスはない(アニソン作家事務所社長に言われた+もち審査落とされた)、なので音楽は捨てる一択で。。。

これから何をしよう?という。

免許いか職種絞られるし、頭悪くて工場派遣も2週間で辞めた。もうね、機械操作がわけわからなくて。

ChatGPT使ってPHPコード書いてクマ出没情報共有BBSとか立ち上げたけど、これも金にならんし

サイト制作別に強い訳じゃないし

かといってエンジニアとしてのスキルがあるわけでもないし、数学できんし、なにも向いてない

たぶんこの文章支離滅裂なんだろうな(精神科糖質疑惑も新たに浮上してる)

ほんと詰んでるように感じてるけど、世の中もっと苦労してる人いっぱいいるし

はいったいどうすりゃいいんだよ!!!!!!!!!

興味あることはいっぱいあるけど、「大卒以上」「経験必須」「普通自動車免許必須」とかばっかじゃないか

なにならいいんだよ、いやマジで!!

それこそクマBBSみたいなん作る仕事とかあれば楽しそうだが

うわ~仕事どうしよう、スーパーパート応募したから、受かったらまずは普通社会人見習いするぞ~

でも適性検査の引き算のひっ算(小学校レベル)、1問も答えられなかった~~足し算も全部間違えたと思う

助けて~~~社会の重荷になりたくないよ~~

2025-11-02

俺の予後が悪すぎる

フジテレビ系列が映らない程度の田舎で生まれた。

小学生のころ、ゲームボーイアドバンスとかゲームキューブとかDSとかの全盛期の時代に、「ゲームをすると頭が悪くなる」という父の一声でゲームを与えられなかった。

まわりの友達スマブラとかポケモンマリオカートモンハン話題で盛り上がる中一切話題に入れなかった。

ゲームは一切与えられなかったがテレビを見るのは一切制限がないうえになぜかパソコンを与えられた。まあパソコンは後ほど取り上げられて週に1時間しか使わせてもらえなくなるのだが。

マンガも当然買ってもらえなかった。

何も娯楽が無かったので勉強に狂おうとしたのだが、高卒の両親に知識欲を理解してもらえず、小中学生の頃は教科書を読んでテスト高得点が取れるだけの勉強の仕方を知らないアホが生成された。

高校生になり携帯を与えられたとき、今まで十数年蓄積されたゲーム欲が一気に解放され、モバゲーとかのしょうもない携帯ゲームに狂ってしまった。小さいころゲームをやって飽きるという経験がないまま育ってしまい、体力があるゲーム狂いが爆誕してしまった。

当然勉強は手につかなくなりテスト赤点を連発した。勉強の仕方を知らないためどうしたら遅れを取り戻せるのかもわからないまま先生方の恩情の追試で何とか高校卒業した。

姉が私立大学に進学してしまい金がないと言われ高卒就職。その後はお察しの通りなにも無い人生だよ。

お前らは子供育てる時に過度に制限かけすぎるなよな。

anond:20251102192832

発想が貧弱だな。

劣等感じゃなくて迷惑してんだよ。俺は、年に一回ぐらい「センセイ」がやらかした事案の後始末をしてんだわ。

「センセイ」ってのは、大学院でて、そのまま大学就職して、社会経験がない。

学生気分を残したまま40とか50になってる世間知らず。そして行政とか民間とかとにかくあちこち迷惑かけてる。

この話もタクシー運転手被害者だよ。学会創価学会区別がついてないタクシー運転手

この「センセイ」は見下してんだわ。ほんとクソ。世間知らず。普通の人は大学とか学会が何かを知るわけがない。

相手が知らないということが想像できない。「センセイ」って人種の大半は、この程度の人たちなんだよ。

弱者男性だけど人生が何もうまく行かない

弱者男性だけど人生が何もうまく行かない増田です。30代後半の男。いわゆる弱者男性ってやつかな。人生、何をやってもうまくいかない。毎日がつまらないし、辛い。もうどうしようもない。吐き出させてくれ。

まず、中学受験の話から小学校の頃から勉強が苦手で、親に無理やり塾に通わされてたけど、集中できないし、理解できないしで地獄だった。五校受けて、上位の二校には見事に落ちた。結局、中の下くらいの学校に入ったけど、そこからもうトラウマ。みんなみたいにサクサク進まないんだよな。エスカレーター式で大学進学のとき成績が低すぎて希望学部に行けなかった。法学部志望だったのに、経済学部になってしまった。親は「まあいいだろ」って言ってたけど、俺はそこでまた挫折感。なんかいつも、ギリギリで滑り込む人生

就職も失敗。就活で何社も落ちて、結局父親会社を継ぐために入社した。年収は800万くらいで、世間から見たら悪くないのかもしれないけど、この店舗は毎年1000万くらいの赤字出してる化石のような店。仕事ルーチンワークばっかりでつまらない。継ぐとか言ってるけど、継いだらもっと地獄だろ。毎日出社するのが苦痛

投資もやってみた。最初は100万とか200万で遊んでる感じで、運良く倍くらいに増えたときは「俺天才かも」って思ったよ。でも、祖父遺産が入って本気で大きく張ったら、大失敗。5000万の損失出した。株とか仮想通貨とか、全部暴落。吐きそうになった。今やっと損益通算が全額終わって、その後の含み益は5000万くらいしかない。戻しただけじゃん。時間精神無駄にした。

関係彼女なんかいたことない。30代後半なのに結婚どころか、デートすらまともにしたことない。マッチングアプリとか試したけど、会話続かないし、顔も体型も平均以下だからスルーされる。弱者男性典型だよ。友達も少ないし、休日は家でぼーっとしてるだけ。毎日がつまらない。辛い。何もうまくいかない。どうしたらいいんだろう。皆は何かアドバイスある? いや、ないよな。こんな人生、終わりだわ。

anond:20251102160816

大卒資格を得るためにいくんやろ。

それで大企業就職して稼いで親孝行したいんやろ。

2025-11-01

億った

タイトルのまんまである

純資産が1億円を突破した。

これだけでは自慢話に聞こえるだろうから、俺の話をしようと思う。

俺は連れ子を伴った父と、初婚の母の間に生まれた。

父は浮気性であり、母はヒステリー持ちであった。

その結果として、幼稚園に入る前に両親は離婚した。

連れ子と俺の目の前で母を殴りつけて、父は浮気相手の元に向かったのだ。

母はその件で心が壊れてしまったのだと思う。父から受け取った俺の養育費離婚慰謝料を、ギャンブルに注ぎ込んだ。

母は頭が良くない。当時のギャンブル、主にパチンコパチスロであるが、本気で攻略したら十分に稼げる状態であった。

俺が大人になってから調べたので後知恵ではあるが、ゾーン中の台を拾う、子役カウントして設定を読む、クギを見て大当り中の止め打ちを行うなど、やり方はいくらでもあったらしい。

しかし、それらを一切せずに、ただ台の前に座るだけのシングルマザーに、パチンコ屋は容赦が無かった。

結果として、我が家シングルマザー貧困家庭へと転落、生活保護受給する事になる。

生活保護で最低限の生活が出来るとの触れ込みではあるが、保護からパチンコパチスロを行う事は想定されておらず、

学生服の下に着る服は穴が空き、靴下は破れている。風呂は2~3日に1回しか入らない。

電気やガスが頻繁に止まり、時に水道まで止められる始末。

小学生水道が止まるのは一番最後という無駄知識を得てしまった。

最も惨めだったのは、ガス屋に滞納した支払いをした時だ。

児童扶養手当が入った日に、まだ小学生低学年であった俺に「親が病気で払えなかったですごめんなさい」と謝って払いに行けと母に言われたのだ。

俺には抗する術は無かった。

必死に言われた言葉を繰り返す小学生。ガス屋のおやじ半笑いで「そうか」と言った。

友達プールボウリングに行く事もできない。

誰も勉強を見てくれない。

塾や習い事もできない。

結果として、学校でも浮いていじめられる事になる。


小学校は何とか行ききったが、中学2年の時に不登校化。

卒業まで登校せず、無理やり受験させれらた定時制高校も受からず、家に引きこもる事になった。

今思えば、これが反抗期だったのかもしれない。

俺はゲームをしたり、親のパチンコを代わりに打ったり、図書館に入り浸ったりした。

そのような生活終焉を迎える時が来る。

精神科に通いながら生活保護を受け、その金をパチンコに注ぎ込み、怪しい闇金借金まで作った母が、働かないなら◯すと包丁を持って暴れ出したのだ。

とはいえ社会性皆無の引きこもりであった俺に出来る事といえば、時給750円で皿洗いをする事くらいである。

フルタイムで皿洗いをして稼いだ金は、1万を残して全て召し上げられた。なおフルタイムで働いても、健康保険年金もかけられていなかった。

母に寄生していた俺は、母とバイト先に寄生される身分となったわけだ。

悪いことばかりでもなかった。俺も若かったのでバイト先の同僚である女子大生と付き合い、色々怒られながら学んでいった。

女性と気後れせずに話せるようになったのは、この娘のおかげである

今では別の男性結婚して子供をもうけているが、いくらかの親交はある。恩は生涯忘れないであろう。

バイト先を半年ほどで退職し、清掃の会社正社員入社する事になった。

前段の彼女との将来を考えて、まともな職につきたかったのだ。

しかし、その会社反社社長が仕切る手配屋のようなところだった。

朝6時から夜の12時まで現場を3つはしごして月給15万。休みは月に1~2日である

なおここでも年金健康保険は一切無かった。

ミスをすると殴られ、仕事が終わると開かれる賭場に参加を強制され、給料を巻き上げられる。

金があまりにも無く、サラ金に手を出した事もあった。

ある日反社社長の思いつきで飲食店開業する事になる。

お前が店長をやれ、ランチ居酒屋を一人でやれと言われ体を壊す手前まで働く。

仕込みは朝7時から。片付けが終わるのは1時を回る。店の倉庫の米袋の上で寝る事もよくあった。

それでも思うように収益が上がらず、事業不振融資を受ける事に。ついてはお前が数百万の連帯保証人になれと言われて、その職場を逃げ出した。

なお、ワンオペ営業の途中で件の彼女とは別れている。

2005年11月、寒空の元で職探しをはじめた。

とは言えまだ20代であったので、派遣仕事が決まった。

数ヶ月ほど印刷工場派遣されたのち、長期の工場仕事が決まる。

この時代平和だったように思える。


俺は物覚えが悪く叱られがちではあったが、派遣先は一部上場企業の子会社である

労働基準法違反飲食店反社の手配屋しか知らない俺にとって、職場環境やそこにいる社員の質は天国かと見間違うほどであった。

フライヤーの油を菜箸で跳ねてかけられたり、違法改造したガスガンで撃たれたりしない。

イカサマ麻雀給料を召し上げられる事も無い。社長に逆らった従業員行方不明になる事も無い。

俺は一度叱られた事をすぐ直せるほど賢くはないが、2度3度と言われたら馬鹿なりに覚えはする。

2年ほど勤めた頃には、職場で頼りにされるようになった。

職長や課長も「よう◯◯、この工程どうなってる?」と聞いてくるくらいになった。

派遣も3年目を迎える頃、正社員転換の話がくる。

課長と職長が推薦してくれたらしい。

給料が増え、福利厚生がつき、ボーナスまで貰える。

真面目に勤めたなら、俺のような中卒の引きこもりでも年収400万はあるとの事だ。

しかった。

30手前でこんな話が来るのか、世の中捨てたものではないと感じた。

派遣先との契約で3年満了後にはなるが、正社員として働いてくれ。

そう言われて日々仕事をしていた。

同期の派遣仲間も、かなりの割合正社員転換されるらしく、皆がウキウキしていた。

「俺、今度結婚するんだ。彼女の腹に子供もいる」と言い出した派遣の同僚に、皆でベビーカーを贈ったりもした。

今思えば笑ってしまうようなフラグを立てている。

2005年11月に職探し、そこから数ヶ月で工場が決まるという話で察した人も居ると思うが、リーマン・ショックサブプライムショックが直撃した。

2009年3月末、数万円の手当を渡されて派遣契約が満了となった。

正社員転換の話は白紙だ。


この時年齢は30歳。貯金100万少々。

世の中は不景気一色で、四大を出たような優秀な人がコンビニスーパー最低賃金付近で働いていた。

当然、俺のような三十路派遣切られに就ける職など無かった。

生きるために、何かをする必要けがあった。

いきなり話は変わるが、俺はMMORPG内ではちょっと知られたトレーダーだった。

様々なプレイヤーから買取、換金を行う。クラメンの狩りのアイテムを全て換金する。

物を右から左に流すだけではなく、抗争中のクラン双方にPOTやスクロールを大量に流す。

イベント時に必要になると思われるアイテムを、イベント遥か前から大量に買い占め、イベントの時に高値で売りさばく。

サーバー内の友人知から聞いた話を元に、匿名掲示板や全体チャット雰囲気を見て先回りをする。

から見れば当たり前と思う事をしていただけだが、競争相手は居なかった。

BOTを使ったり複数名のパイロットが居るプレイヤーを除けば、サーバー内でも有数の金持ちだったと思う。

派遣切りされた時、もしかして現実でもトレードが出来るのではないかと考えて、手元にあった100万円ほどの貯金を使い、失業保険を貰いながら貿易国内転売に手を出す。

あらかじめ言っておくが劇的な増え方をしたわけではない。

1億に達するまで、派遣切りから17年かかった。

この商売をやってつくづく感じるのは、資本こそ力であり正義という事だ。

元手100万のトレードはほぼ肉体労働となる。手配も、折衝も、梱包や発送も、全て自分で行って事務所を借りる余裕はない。

1Kの部屋の押入れは商品で埋め尽くされ、布団は万年床と化す。

毎日食事光熱費家賃、服や消耗品など、生活の全てに足を引っ張られる。

もう100万200万あれば。そう感じながら亀のような歩みで進んでいくしかない。

10年ほどかけて元手が1000万を超えた頃、ようやく小さな倉庫がついた事務所を借り、パートさんを雇用する。

自分理不尽をされたトラウマから、1分単位で時給を払い、盆や正月には寸志も渡す。

そうしないと、明日にも居なくなってしまうかもしれない。もしくは倉庫商品を盗まれるかもしれないという恐怖に駆られながら。

パートさんたちの名誉のために言うが、そんな事は一度もなかった。

来てくれるパートさんは結婚をして子供を持ち、家計を助けるために扶養内で働く善良な人たちだ。

元手5000万を超える頃、目をかけていた男性アルバイト逮捕される。

2年ほどトリプルワークで働いてくれていたのだが、そろそろ1箇所に落ち着かないかと声を掛ける直前だった。

見た目は陰キャのもの大卒ながら30を過ぎてアルバイト転々としている子だった。

どうも若い子が居る職場が好きらしく、そのような職場複数掛け持ちしていた。

しかし金は必要なので、ウチのようなちょっと時給が良く好きな時間に働ける職場を探していたらしい。

手が早いわけでも、頭が良いわけでもない。ただ言われた事を黙々とこなしてくれていたので、ウチの商売とはマッチした。

別に速度はそこまで必要ではない。言われた事を言われた通りに横領せずやってくれたらそれでいい。ウチはそんな仕事だ。

30中盤の男性年収400万スタートで抱えてみるか。

このくらい有れば生活はできるだろう。

もしも事務所をまるっと任せられるくらい伸びるのなら、1000万くらい払っても構わない。

そう思っていた矢先だった。

どうやら、若い子好きが仇となった様子。バイト先の16歳の子に手を出し、親にバレて不同意性交逮捕された。

酒を飲ませて前後不覚にした上でホテルに連れ込んだらしく、相手の16歳女性はまんざらでもない様子だが親が本気で怒って通報した。

そして事件化こそしていないものの、同様の案件示唆するSNSLINE投稿発見されているらしい。

未成年者に手を出す人物を、女性パートさんと一緒に働かせる事は不可能だ。残念だが退職してもらった。

以降は自分扶養で働くパートさんのみで回している。

注文処理や備品の手配は任せているが、面倒な所は全て自分でやらなくてはならない。

結局自分永遠に肉体労働をする運命なのか。

肉体労働純資産1億になった今でもさほど変わらない。金にモノを言わせたければ5億10億の資金必要だ。

元手1億程度の俺は、金に働かせて自分は遊ぶという事ができない。稼いだ金から税金を払い、経費や給料を払い、前期手元に残った金は2500万円ほど。

もうワンステップ上に行くためには5億10億の元手が必要になる。信用できるチームも必要だ。

残念ながら、俺にはどちらも無い。

気がつけば47歳。家賃3万のボロアパートで上階からギターの音と、隣からカップルセックスの音が聞こえる環境からは脱した。

管理人が居て、共用部を週2回清掃してくれて、住人はレクサスベンツに乗っているような高層マンションに住む事はできている。

ただ、彼女子供も居ない。家に帰ってきては冷凍食品を食べ、風呂歯磨きも忘れて泥のように眠る事も多い。

最近は寝ても疲れが取れない。

そもそも早ければ朝5時から海外メール対応、夜も12時を超える事が多い。

金を使えば戦闘態勢が解けてしまう。

次のステップまでに、このままでは10年かかる。

その時57歳。そこまで生きていられるだろうか?

俺は何のためにカネを稼いでいるのだろうか。

俺の人生詰んでないか??


もしも小学生の俺の勉強を見てくれる人がいたら。

中学生の時に学校に行く意味を教えてくれる人がいたら

就職した飲食店大将や、清掃会社社長メンターになり得る人格者なら

リーマン・ショックサブプライムショックが無ければ

目をかけていた男性アルバイトを、もっと早く抱えていたら

俺の人生は良くなっていたのだろうか。

それとも悪くなっていたのだろうか。

よくわからない。

それでも、泥の底に沈んだままよりは、少しだけマシな人生なのだろうか。

別れた彼女歌舞伎町キャバクラで働いてた。

共通の友人から聞いた時、最初冗談だと思った。

「渚ちゃんキャバクラで働いてるの見たよ」

は?何言ってんの?

でも友人の表情は真剣だった。心配そうで、でもどこか興味深そうな顔。

マジで歌舞伎町の。源氏名は知らないけど、絶対本人だった」

頭が真っ白になった。

渚。付き合ってたのは2年間。大学同級生で、真面目で控えめな子だった。

将来は保育士になりたいって言ってて、子供が好きで、いつも笑顔で。

そんな彼女が、なぜ。

別れたのは今年の1月就活方向性の違い、将来への価値観の相違。お互い疲れてて、感情的になって、気づいたら修復不可能になってた。

最後はお互い泣きながら、でも仕方ないねって納得して別れた。少なくとも俺はそう思ってた。

就活うまくいかなかったらしいよ。保育士資格は取ったけど、まともな就職先が見つからなくて」

友人の話によると、渚は奨学金の返済と生活費に追われて、コンビニバイトから居酒屋、そして最終的にキャバクラに行き着いたらしい。

胸が苦しくなった。

付き合ってた頃、渚はよく将来への不安を口にしてた。奨学金のこと、就職のこと、お金のこと。

でも俺は真剣に聞いてなかった。「なんとかなるよ」って軽く流してた。

もっと支えてあげればよかった。俺と別れなければ、こんなことにならなかったかもしれない。

でも、一方で。

正直に言うと、嫉妬してる。

渚が他の男と話してる姿を想像すると、胸がざわめく。お酒を注いだり、隣に座ったり、場合によってはもっと親密な関係になったり。

こんな感情を持つ自分が嫌になる。元彼立場で、嫉妬する権利があるのか。彼女選択否定する資格もない。

夜職が悪いとは思わない。きちんと働いてお金を稼いでるんだから、立派だと思う。

でも渚らしくないとも思う。昔の彼女なら、絶対に選ばない道だった。

どれだけ追い詰められてたんだろう。

友人に「連絡取ってみたら?」って言われた。でも躊躇してる。

なんて声をかければいいのか分からない。心配してるとか、困ったことがあったら連絡してとか、そんな偽善的なことは言いたくない。

かといって、復縁を迫るつもりもない。今の状況で、そんな身勝手なことは言えない。

ただ、彼女幸せなのかどうか知りたい。

仕方なく働いてるのか、それとも意外と向いてて楽しくやってるのか。

しかしたら、新しい恋人いるかもしれない。客として通ってくる男性の中に、本気になってる人がいるかもしれない。

そう考えると、また胸が苦しくなる。

友人は言った。「渚ちゃん、前より痩せてた。化粧も濃くなって、昔とは雰囲気が変わったけど、笑顔は相変わらず綺麗だったよ」

それを聞いて、少しだけ安心した。でも同時に、切なくもなった。

渚は今でも頑張ってるんだ。どんな状況でも、明るく振る舞って、人を笑顔にしようとしてる。

そんな彼女を支えてあげられなかった自分が情けない。

それから3ヶ月が経った今日、衝撃的なことがあった。

会社の同期との飲み会で、歌舞伎町に行くことになった。正確には、同期の一人が「最近通ってるキャバクラがある」と言い出して、みんなでついていく流れになった。

まさかとは思った。でも、まさか本当にそこだとは。

店に入った瞬間、心臓が止まりそうになった。

渚がいた。

派手なドレスを着て、濃いメイクをして、でも笑顔は昔のまま。

彼女も俺に気づいた。一瞬、表情が固まった。でもすぐに営業スマイルに戻して、何事もなかったかのように「いらっしゃいませ」と言った。

同期の一人が「俺の推しだよ!」と言って、渚を指名した。

地獄だった。

目の前で、渚が他の男に愛想よく話しかけてる。お酒を注いで、笑って、軽くボディタッチして。

同期は「めっちゃ可愛いでしょ?」と嬉しそうに言った。

俺は何も言えなかった。ただ座って、ウーロン茶を飲んで、渚を見ないようにしてた。

でも、見てしまう。

渚は完璧に「キャバ嬢」をやっていた。昔の彼女とは違う、でもそれが痛々しいほどに頑張ってる姿が見えた。

1時間後、同期がトイレに立った時、渚が小声で言った。

「ごめん。こんな姿、見せたくなかった」

俺は答えられなかった。何を言えばいいのか分からなかった。

大丈夫?」やっと出た言葉がそれだった。

渚は少し笑って、「大丈夫だよ。生きてくために必要だっただけ」と言った。

保育士は?」

「諦めた。お金がなくて」

沈黙が流れた。

「ねえ、今度ゆっくりさない?」俺は言った。

渚は少し考えて、「ごめん。もう関係ないでしょ」と言った。

それが最後の会話だった。

帰り道、同期が「あの子めっちゃいいよね!また行こうぜ!」と興奮してた。

俺は「もう行かない」と言った。

今、家に帰って、これを書いてる。

お前らなら、どうする?

別れた恋人が、予想もしなかった道を歩んでることを知った時、どう対処する?

連絡を取るべきか、そっとしておくべきか。

俺は今、もう一度渚に会いたいと思ってる。話がしたい。でも彼女は「もう関係ない」と言った。

それでも、諦めきれない。

渚には、もっと良い道があったはずだ。そして、それを阻んだ要因の一つに、俺がいるかもしれない。

今更後悔しても遅いけど、やっぱり後悔してる。

でもできることなら、もう一度話がしたい。

俺は何をすればいい?

東北に明るい未来ってある?

医者いじめして無医村になる陰湿村社会

若者就職先が医療介護しかなく、低賃金酷使され賃上げも無い

土地が安いとはいうが建築コストはかかるし、自動車の維持費がかかるし、スーパーも潰れて減っていて買い出しのガソリン負担も大きく、地域全体が低賃金のため、可処分所得は低い

・重たい雪の雪かきがきつい、つらいだけじゃなく腰を壊すリスクもある

・熊に殺されるのが怖くて徒歩移動ができない、常に車に乗ってないといけない

出生率が低い、「さす九」などと言われる九州統計情報から見ると比較出生率が高い田舎だが、東北から若い女性がガチ逃亡しており、消滅する可能性が高い自治体が多い

こんなの若い人が根こそぎ関東に出て行ってしまうだろうと思うけど何か東北に住み続けるメリットあるのか?

さすがに何か東北に住むことの具体的なメリットないと地域一帯が詰んでしまうと思うが…

2025-10-31

anond:20251031161252

子どものころに信じたルールは嘘だったのかもしれない

手段目的を誤解してただけでしょ

そのルールはよりよい就職のためでいい会社は入れたんじゃないの

かっこよかったよ

誰もが恐れおののくS先生の演習を、先輩は軽々とこなしていた。みなテキスト注釈を付けるのがやっとで、それも不十分だと厳しく指摘されるのに、先輩が担当すると一回一回が論文になるような内容だった。先輩は時にはS先生の論に真っ向から反対するコメントすらした。

大学院に行こうと決めたときから、先輩はなにかにつけ私をかまってくれた。私が落ち込んでいるときも単に暇なときも、よく飲みに連れて行ってくれた。先輩は酔うと大学院に進学するために心ならずも故郷に捨ててきた恋人の話をした。その人と私はどうやらどこか似ているようだった。カウンターウイスキーを飲みながら先輩はいつも苦しそうに「今どうしてるかなあ。幸せ暮らしてるかなあ」と言うのだった。「すっかり忘れて楽しくやってるよ」と私が言うと、先輩は据わった目で私を見て「ひどいヤツ」と言い、それから「そうかなあ、そうかなあ」といつまでもぶつぶつ言っているのだった。

就職が決まったとき先輩は学部生の女の子にもらったと嬉しそうに紙袋ブラブラさせていた。私も何かお祝いを用意しておいたらよかったと思った。梅田紀伊国屋前で別れ際、そうだ、これがお祝いと先輩の頬にキスをした。笑いながら手を振ってしばらく歩いて振り返ったら、人混みの中で背の高い先輩が頬を抑えて小学生男の子みたいに呆然とつったっていた。

喪主のおつれあいによると、激務という言葉がぴったりの働き方だった。論文なんか書けない状況だった。なのに学会で会ったとき、ぜんぜん論文書いてないですね、先輩あんなに論文書かない研究者馬鹿にしていたのにかっこわるいというようなことを言ってしまった。このまま何も書かないで先輩が研究者でなくなってしまうんじゃないかと寂しかった。ごめんなさい。先輩はメチャメチャかっこよかった。本当に、メチャメチャかっこよかったよ。

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