はてなキーワード: お年玉とは
1番は蓄電池だな。
350万くらいのうち、補助金で250万くらいくる。
補助金を加味すると、光熱費削減の効果だけで6年くらいで元がとれる。
ただし、訪問販売には引っかかるなよ。
物価が毎年2.5%上がってるってのに、2%台で借りれるんだから、無利子みたいなもん。
蓄電池のせられないなら、車でも買え。
どうせいつか買い換えるなら、今乗り換えろ。
来年かったらアホほど高くなってる。
インフレもだし、トランプにしばかれて日本車も米国で組み立てたのを日本で売るみたいだからな。
今年買わないんだったら、エンジンが煙上げるまで乗り換えられないと思え。
無利子36回払い。
一括で買うやつらバカだ。必ずローンで買え。
田舎の過干渉親のもとで育ったから増田みたいな親を見るといつもイライラムカムカして仕方なくなる
そうなんだねー都会の中学生は友達だけでスイーツパラダイスなんて行っちゃうんだねーよかったねー
家事手伝いごときで3000円もお小遣い貰えちゃうんだよかったねー
私はそんな臨時のお小遣いどころか月のお小遣いも貰えなかったからお年玉切り崩すしかなかったよー
小学校高学年にもなれば友達だけでディズニーに行くのが普通なんだすごいねー
テーマパークなんて親にも連れて行ってもらえなかったよー
あ!そっか!
これって私の家庭が異常なだけなんだね!!!!
平成一桁女だが、私もそういった外食は一切させてもらえなかった。お小遣いも貰えたことなくて(親族からのお年玉は全没収で生活費)、大学でバイトをはじめるまで自分に使えるお金を持ったことがなかった。
ちなみに、学校の制服以外の服は母親の趣味でアクシーズのフリフリしか買ってもらえなかった。
私の好みじゃない服だったからしんどかった。
メイクは許可されてなかったからフリフリ服+ノーメイク+ノーヘアセットの激ダサ芋女だった。
運動部だったから真っ黒に日焼けしてベリーショートのゴリラみたいな女が好みでもないフリフリ服着るしかなかったの黒歴史すぎる。
話は戻るけど、中学生の頃一度だけ、女友達10人くらいで隣の駅のショッピングモールに行くことは許してもらえた記憶がある。
親同士の交流が全員あって、私以外は遊びに行くことが確定していたから仕方なく許可してくれた。
外面は良い人だったので。
これ以上は自分語りが更に長くなり過ぎてしまうので(既に長くてすみません)省略するけど、過保護を通り越して支配的でヒステリックな母で、実家を出て行くまで関係性最悪だった。
・人の食べ物食い尽くし
・寿司食い尽くし
・食べ放題の苺食い尽くし
・遺産食い尽くし
・電気食い尽くし
・著作権食い尽くし
・柱食い尽くし
・はらぺこ食い尽くし
・寿命食い尽くし
・人気エントリ食い尽くし
・残飯食い尽くし
・有給食い尽くし
・お年玉食い尽くし
・手柄食い尽くし
・奢り食い尽くし
・☆食い尽くし
・ゴミ吸い尽くし
・自分の毛食い尽くし
・努力食い尽くし
・才能食い尽くし
・生活保護食い尽くし
・横領食い尽くし
・文化食い尽くし
・他人の美貌食い尽くし
・スペース食い尽くし
・良心食い尽くし
・猫食い尽くし
・女食い尽くし
・男食い尽くし
・ドカ食い尽くし
・脱税食い尽くし
・脱糞食い尽くし
・時間食い尽くし
・魚の内臓まで食い尽くし
・パセリまで食い尽くし
・ガム食い尽くし
・募金食い尽くし
・投げ銭食い尽くし
・経費食い尽くし
・評価食い尽くし
・敷地食い尽くし
・泣き顔食い尽くし
・興味食い尽くし
・平和食い尽くし
いろいろと心境変化はあったけど、人生のいろんなことに興味がなくなった。
イーロンマスクでも生活保護民でも、食ってるものも着てるものもたいして変わらない。
イーロンマスクがするように、生活保護民だってTシャツだってジーンズだって着れる。
イーロンマスクがするように、ハンバーガーを食えるし、ビールを飲める。
庶民だからって、シャワーを浴びることも、布団で寝ることも禁じられることもない。
でも、それでも、俺が働くのは、子供たちに選択肢を増やしてやりたかったからだった。
少しでもいい学校に入れてあげたかったし、やりたい習い事は挑戦させてあげたかった。
ディズニーランドに行きたいとせがむ子供たちに、お金がないからダメと言いたくなかった。
それが、子供の成長と共に、そんな心配は不要だと現実が突きつけられる。
この子らはこの先も、
でも、今は心底羨ましい。
うちはさ、ずっとずっと、お金に困らない。
「働くな!そんな暇があったら子供と過ごせ!」
って社会に言われてる気がする。
この先の人生は、今と同じことがずっと続くだけだ。
東京都平均からしたら普通だけど全国平均からしたら高所得だったからさ。
安上がりだろ?
羨ましいか?
他所の家庭は、お年玉とか、国がくれる児童手当とか将来の学費として積み立てたりしてるんだろ?
だよ。
羨ましいか?
外食と旅行と娯楽を限りなくゼロにして、教育費もゼロだからよ。
要するに、外食のラーメンが1000円する時代に、家帰って白飯と豆腐食べて水道水飲んでれば安上がりって話だよ。
たぶん、一年の350日くらいそれを食ってる。
なんならよ、今すぐ仕事辞めたって困らないんだ。
というか子供のためにはそのほうがいいのかもしれん。
障害児を育てる各種手当が、国から、都道府県から、市町村から振ってくるからさ。
それで暮らせるほどじゃないけど、今までの蓄え切り崩していきゃいい。投資してたから蓄えはかなりある。
計算すると、投資収益をゼロとしても30年くらい食いつなげる。その頃には年金も降りるし、子供らは障害年金。それでも苦しかったら家を売って都営住宅にでも入ればいい。
それでなんも、困らないんだ。
一人暮らしをする大学生の息子に仕送りをするとか、そういうのは今後のライフプランにないんだ。
最初に書いたとおり、世界一の富豪でも生活保護でも、暮らしぶりはそう変わりゃしない。
おめでとうが9割、残りは「あーあ、やられた」という感じの後ろめたい気持ち。
私は最低な姉です。ごめんね。でも絶対にそんなことを家族には言わないし、きちんとお祝いもするので許してほしい。
いまも母と妹から送られてくる赤子の写真に既読をつけずにこの文章を書いている。
私は三姉妹の長女でもうすぐ三十歳になる。子供が産まれたのは真ん中の妹(つまり三姉妹の次女)で私とは2歳離れている。
下の妹が生まれた頃のことはうっすらだけど覚えているが、真ん中の妹が生まれる前のことは何も覚えていない。物心ついた頃から私はずっと姉だった。「お姉ちゃんなんだから」とかそういう姉の役割を押し付けられるようなことを母親から言われたことはあまりなかったと思うけど、昔はずっと一人っ子に憧れていたのを覚えている。一人っ子のどういう部分に憧れるのか、その当時はあまり深く考えていなかったが自分だけの親が欲しかったのだと思う。
私が何かを始めるときは大体真ん中の妹とセットだった。習字教室に通い始めるときも、学習塾に通い始めるときも、一緒に始めることになり送り迎えは二人一緒だった。
一番下の妹は少し歳が離れていることもあってか、私たちとは別のタイミングで別の習い事を始めていた。ピアノ教室やスイミングに通っていたのは一番下の妹のみで、当然ながら母はそこへ三女のためだけに送迎をする。私はそれが気に入らなかった。
そういった不満があったからか中学生くらいまでは妹二人とは全然仲が良くなかったし、母とも喧嘩ばかりしていた。喧嘩して、妹の前で叱られて部屋にこもる。けど部屋といっても妹の部屋とアコーディオンカーテンで区切られているだけだから完全に一人にはなれず、泣いているのを妹に知られるのが嫌でとりあえず布団をかぶっていた。けど、大きな家ではないので妹と母が楽しそうに話す声や私のことを悪くいう声なんかが聞こえてきたりして、凄まじい疎外感を覚えてまた泣いたのを覚えている。
大体いつも母とぶつかるのは私で、妹たちは横目でそれを見ていてたまに口を挟んでくる。それに私がキレて妹にあたる。そしてまた母がキレる。母が妹たちを庇う形になるのが本当に嫌だった。「妹のことばっかり」と何度思ったか分からないし、私はずっと「自分は姉妹の中で一番母から愛されていない」と思っていた。
母の愛情やありがたみを素直に受け取れるようになったのは、大学進学を機に一人暮らしを始めてからだった。妹に対してもいつもムキになってしまって申し訳なかったと思うようになったし、家を出てからは妹に対してうっすらと抱いていた敵という感覚がなくなった。そこからは母とも妹ともうまくやれていると思う。わりと頻繁に連絡をとっているし一緒に食事に行ったりする。母とは就職活動のときに少し喧嘩をしたが、妹とは家を出てから一度も喧嘩をしていない。
働き始めてからはずっと誕生日と母の日はプレゼントを欠かさず贈っているし、年始にはお年玉を渡している。別に何もいらないよ、と言われるが渡さないとなんか気が済まないし、前年よりも高い金額のものを渡さなければという謎の焦燥感がある。
ずっと親孝行の気持ちからそうしていると思っていたが、一昨年くらいにふと「違うかも」と思った。もしかすると私は、かつて自分が満足いくまで得ることができなかった(と思っている)母親からの愛情や関心をプレゼントやお金で取り戻そうとしているのかもしれない。三姉妹の中で私が一番母にお金を使っているし、今なら自分が一番になれるはずだという気持ちが多分私の中にはある。母はきっと私たちを平等に育てたのだろうと頭では分かっているけど、あのとき妹に奪われた母からの愛を取り返したい。
けどどんなプレゼントも初孫にはきっと敵わないんだろうな、と気がついてしまった。母は何も聞いてもないのに妹の予定日や体調を逐一連絡してくるし、妹の出産準備の買い物に付き合うのも大変そうにしていたけどすごく真剣だった。私にとってはずっとお母さんでしかないから自分の母が祖母になるなんて全く想像もつかなかったけど、やはり母も初めての孫が生まれるのが嬉しかったんだろうな。
母から初孫の写真がたくさん送られてきた。産んだ妹よりも多く送ってくる。その母の喜びの先にいるのが自分でないことが悔しいし悲しい。
これから先私が子供を産んでも当たり前だが初孫にはならないし、初めての孫が生まれるわくわくを私から母にあげることはできない。
妹の産んだ赤ちゃんはかわいかった。妹に目元がよく似ていた。姪っ子として大切にしてあげたいと思う。
こんな伯母さんで本当にごめんね。
ペロッ……
これは人の手が入っているな。
なぜお年玉かというと、子どもが一生懸命に貯めた百円玉出しても、その金は親が稼いだものだってなるだろ?
それを呑み込んだ上で回避するために、他の家から貰ったお金にしないといけないから、お年玉なんだ。
AIだったらそんな論理的思考はしないし、仮にそういうロジックを踏まえた生成結果があったとしたら、必ず文章中に表現する。間違いない。
やる夫「やらない夫ぉぉぉ!!やる夫は見てしまったんだお!!真実のツイートを!!」
やらない夫「またかよ……今度は何だよ、“財務省に飼われた増税サル”のスレか?」
やる夫「違うお!!“減税は金持ちだけ得する罠”って書いてあったんだお!!つまり!消費税を下げようとするやつは全員ブルジョアの回し者!!」
やらない夫「すげえ。主張の99%が陰謀論と語感でできてる……」
やる夫「だってお!!ベンツ買ったら消費税だけで50万!!それが減税されたら金持ち大勝利お!!
でもやる夫はマルちゃん焼きそば3パックで日々を生きてるお!!減税しても10円得するかしないかだお!!」
やる夫「つまり結論!!定額給付金こそ庶民の味方!!配れ金!!全部よこせ!!そしてガチャを回せ!!!」
やらない夫「落ち着け。まずスマホ置け。てかパズドラやめろ。お前もう12年やってるぞそれ」
やらない夫「知らんがな。というかだ、よく聞け。お前がさっき言った“金持ちが得する”っての、確かに部分的には合ってる。でも、“比率”で考えろ。“額”じゃない、“生活への影響”で考えろ」
やる夫「比率……?やる夫、文系どころか無系だから分かんないお……」
やらない夫「たとえば月収20万の人が、生活費で15万使ってたら、消費税10%で約1.3万円取られてるわけだよ。それがなくなったら、月1.3万円がまるっと浮く」
やらない夫「例えが絶望的にチープだな。一方で年収1000万のやつが月30万使ってても、浮くのは3万くらい。でもそいつの年収からしたら“誤差”」
やる夫「じゃあやる夫のうまい棒は、金持ちのキャビアよりも重いってことかお……?」
やらない夫「そう。お前のうまい棒には、希望が詰まってるんだよ」
やらない夫「それに給付金なんて、“年に一度のお年玉”みたいなもんだ。継続的な支援にはならん。次の月にはまたうまい棒買えなくなるぞ」
やる夫「やる夫のうまい棒ライフが、そんな脆いものだったとは……」
やらない夫「消費税を減らせば、食料品、日用品、電気ガス水道、全部ちょっとずつ安くなる。“生活そのものが軽くなる”。定額給付金はその場しのぎ。“打ち上げ花火”だ」
やる夫「それを言うなら“短期限定のガチャ”みたいなもんだお!!回したらもう戻れないお!!!」
やる夫「でも……でも……やる夫は“金持ちが得してる姿”を見ると……なんかムカつくお……嫉妬で腹が爆発しそうになるお……!!」
やらない夫「感情論で政策を語るな。それで動くと、次は“金持ちだけ酸素禁止”とか言い出すぞお前」
やる夫「やる夫、呼吸で負けるのはいやだお……税の話、奥が深すぎて正直なにもわかってなかったお……ネットの“語感で強そうなツイート”を信じてたお……」
やらない夫「いいか、やる夫。政策は“かっこよさ”でも“バズり”でも決めちゃいけない。“継続的に庶民の生活を助けるかどうか”で判断するんだ」
自分語りすると、田舎の自営でまあ貧乏だったし、中学の時点で「大学に行く学費はない」宣言されて父親に向かってお前は私立出てるのに何言ってんだと、喧嘩にすらならずただただ謝られたけど。そんなのが実家に住んでいた時の話。
自営と言っても田舎のサラリーマン相手の定食屋で、たまに歓送迎会のような宴会があぅたらそこの大皿料理の食べられなかったやつ、残飯がごちそうと思って食べてたし
高校……というか高専に入り(技術者になれば貧乏脱出できると思って)、卒業して家を出た。
いざ働いて稼ぐとまあ両親の苦労がわかる……というのもあるけど、どちらかと言うとインターネット、はてなもそうだしTwitterもそうだし毒親の話は飽きるほど出てくる。
そういうのを見ると少なくとも住むところも食べるものも苦労しなかったウチはまだマシなのかな〜と思い始めた。
とりあえず高専の学費は出してもらったし、住むところとメシには困らなかった。家にジュースもお菓子もなかったけどそのおかげ?で一人暮らしでもジュースとお菓子を買うこともなくある意味健康に過ごしている。
お年玉しかなかったから1月に1年で使えるお金を計算しコロコロコミックを毎月買ってこれだけ残るから、ゲームソフトは年に2本これは買えるか、後から欲しいの出たら困るなと家計管理が出来るようになり、実家の手伝いの定食屋はもちろんバイトも色々やったから社会人になってから困ることがあまりなく(電話応対も得意で先輩から褒められた)
ただ、あまり実家が好きではなく地元に帰ってもホテルで寝泊まりしてたけど久々に実家に帰ったら車は変わってたし冷蔵庫も変わってて子供の金銭的負担って高かったんだな……