はてなキーワード: 杜撰とは
ここまで公金が入っている「行政が認めたちゃんとした団体」に、こんな一発契約打ち切りレベルの問題が続出しているのだから
この分だと「売春強要」や「人身売買」すらそのうち出てきてもおかしくないと思う。マジで恐ろしい話。
以前問題を起こした駆け込み寺も、かつて歌舞伎町界隈で幅を利かせていたColaboも、
どちらも政治家や政治団体、マスコミ、各界の有識者と強い繋がりを持ち「実績のあるまともな団体」の看板を掲げていたが(シャブ牧師の団体も同じ)、
蓋を開ければこの有様。後釜の団体にも期待なんてまるでできない。
元々、弱者支援が反社崩れや活動家崩れのシノギになっているのは有名な話だ。
ごく一部の団体に限られるが、こうした悪質な団体が手広く、巧妙に暗躍しているのが現状だ。
ほとんどの団体はまともだが、問題のある一部があまりにも悪質なのだ。(だからまともな団体ほど、信頼されず本当に苦労している)
ホームレスやネットカフェ難民が行政に頼らない理由もここにある。
野宿の方がマシなレベルのドヤでその日暮らしをする人々の間でさえ「支援団体はヤバい」という認識が広く共有されている事実がある。
関わったら最後、反社じみた連中に囲われ、タコ部屋以下の環境で飼い殺しにされる。
そんな恐怖から逃げ出した人々が、支援自体に不信感を抱き拒否して、結果的に支援の網から零れ落ちてしまう悪循環が生まれている。
支援活動に関わった経験がある人なら分かると思うけど、ホームレスやその日暮らしに身を崩す人々の多くは
診察を受ければ何らかの診断が下るであろう「ギリ健」のボーダーラインにいる人が多い。(障害の二次被害によって社会的に上手く立ち行かなくなり、身を持ち崩すケースが多い)
そんな彼らに怪しい支援団体を見抜くのは難しい。行政公認の「ちゃんとした団体」ならなおさら。
行政がやるべき支援事業を丸投げした結果が、この惨状を生んでいる。
一番の被害者は、行政公認の団体に頼ったはずの弱者たちだ。助けを求めた先で、活動家や薬物中毒という「非日常」に引きずり込まれるなんて、あまりにも理不尽だ。
「弱者救済しろ」「女性を救済しろ」と声高に主張する人たちは、まず行政が責任を持って支援事業を行うべきだと訴えるべきだ。
そうでないなら、それはただの党派性によるポジショントークに過ぎない。少なくとも被支援者の事なんてまるで考えていない。
ここまで書きながら思い出したけど「人身売買」なら既にベビーライフの件があった……
あれもNHKなどの大手メディアに持ち上げられ、あの超人気ライターのヨッピーが
「(例え海外に養子に行き行方不明になっていても)幸せに暮らしてるかも知れないから問題無いじゃないですか!」なんて無理筋な擁護をしていた団体だ。
ヨッピーは超人気インフルエンサーとしての顔を持ち、東京新聞にも連載を持つ一流のちゃんとした人間だ。
そんなちゃんとした人間までもが、ベビーライフの様な団体を擁護しお墨付きを与えている。
本当に最悪だ。
日本語に関する本でちょくちょく南伸坊ってやつのコラムがぶっこまれてるのあったけどもっと支離滅裂な文章だったけどな。
新書読んでていちいちどの本だったか覚えてないほど慣用句の誤用も見てきてるしあんま文章の粗って問題じゃないんだと思うんだがなあ。
「求人応募専用ダイヤル」なんてポスターが出回ってるあたり社内の文章担当も結構杜撰な日本語力でもなれるみたいだし。
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パピーなんてそんな言葉を知ってるかどうかは現場作業の出来には関係ないしお父さんも知らないだろうね
お父さん書類は太枠部分しか書かなくていいって常識も知らなかったしなんかの会議で挙手の意味がわからなくて聞いてあぜんとされたようだから。
取引先の関係がどういう構造になってるかなんてのも頭に入ってるのは社長の方だろうしお父さんはとにかく家を作ればいいんだろって感じでここまでやってきたんだよ。
んで取引先があるからなんだって?大工の仕事を見ただけでこれは自分にもできるとか思っちゃったわけかな?それって野球評論してる親父と変わらんと思うんだけどどうなんだろう。
職人同士ならその仕事を見てこれは素人だとか出来が杜撰だとかすぐわかるものだろう。プログラムのコードを見て素人かわかるように。
お前がバットを振るだけの簡単な仕事みたいな感覚で大工のやってることを実際やったら素人丸出しだし一生介護が必要ってレベルかもしれんのに、お前はただ言い逃れしてるだけよね
人手不足だからと妥協されてジュニアコーダーレベルでもクビにならないのが大工ってだけでお前がそのジュニアコーダー相当じゃないって言えるのか?
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主人公が教会で犬死にする例のシーンだけ、何回も見せられてきた人生だが、やっと本編を鑑賞する機会を得た。
……まだ半分ぐらいまでしか見てないが、想像以上に胸クソ悪い物語だ。
とにかく底意地が悪いキャラクターが恣意的に配置され、ことあるごとに主人公を陥れようとしてくる。
制作者レベルで一丸となった「全方位からの理不尽いじめ」はフィクションであっても気分が悪い。
同種の感想を抱いた作品に、なろう系の『盾の勇者』があり途中で脱落してしまったのだが、こんな強烈な作品が昔に存在していたとは知らなかった。
コゼツ
ヒロイン(アロア)の父親。差別主義者。発生するトラブルは全て年端のいかないネロに結びつけ、証拠もなく犯罪者扱いしてくる。反面、ネロの善行はもれなく死角に入れてスルー。見る目のなさワールドクラスの権力者パワハラ系クズ。
ハンス
コゼツの使用人。不誠実とへつらいを錬金合成させて生まれた存在。立場の弱い相手にはとことん高飛車に出るが実のところヘタレ。職務に忠実ならまだ救いはあるが、仕事ぶりは抜け目が多く杜撰。卑劣漢無能クズ。
ハンスの息子(名前知らん)
父親譲りの責任逃れムーブは絶妙。主犯格でありながらぬけぬけと「ぼく知らないよ」「やったのはネロだよ」と素朴な邪悪ぶりで憎悪を煽ってくる。家系図レベルで保証された血統書付きクズ。風車に括り付けて死ぬまでおろすな。
ナチュラルに動物虐待をはたらき、意味不明な理屈と脅しで金を巻き上げていく対話不能の猛獣。おとなしく金を渡すネロの祖父も祖父だが。警察というよりはヒグマ対策室による駆除対象。
これら悪魔超人カルテットを中心にした盤石の試合運びで、ネロと犬をあらゆる手で地獄に追い込む。それが『フランダースの犬』という話だ。こんな作品がどうして名作の顔をしてのさばっているのか。
同年代のアニメ『アルプスの少女ハイジ』と比べてもキャラへの不快感は桁違いだ。デーテおばさんはハイジをあそこまで育てたと思えばむしろ苦労人キャラだし、ロッテンマイヤーも信条・手段はともかく職務への熱意は疑いない。
意外なのは、パトラッシュがあまり活躍しないこと。温厚な性格で寄り添い力は高いが、惜しいことに「ご主人を救う機転」のようなものはめったに発揮しない。所詮は犬と思えば、リアルっちゃリアルだが。
俺もしつこく苦情というか、クレームの電話入れたことがあるんだよ。
もう10年くらい前かな、持ちマンションのリノベーション工事をとあるリノベ会社に依頼した。
工程表を出してもらって、工期は一ヶ月ほど。
が、一ヶ月たっても工事は終わらない。なんの連絡もないまま、スケルトン状態で放置。
当然、怒るよね?
工期は遅れに遅れて半年。ようやく完成したと思ったら、杜撰な工事で素人目に見ても建具とか隙間だらけ。
どうなってるんだと電話しても担当者は掴まらず、ようやく掴まっても淡々と「これで完成だ」と言い張るのみ。
いや、それはおかしいだろうと、つい声を荒げた。
あのときの俺はたぶん相手側からはカスハラと見なされていたんだろうなと思う。
受付の女性の声の調子でわかる。「あぁ、またお前か…」って電話の向こうの空気。
でも、そこで引っ込んでいいはずはない。
粘って粘ってしつこく食い下がって。
最終的に完全に向こうの監督ミス、示談ということで、手付金以外は支払わなくて済んだ。
めちゃくちゃ消耗したけど、あそこで戦わなかったら、
部屋をメチャクチャにされたまま、金まで取られていたことになる。
当時はまだカスハラなんて言葉が一般化してなかったと思うけど、
企業の側はいつだって自分たちの失態を認めず、誤魔化し、逃げようとする。
それに対して文句をつけることまでカスハラとひとくくりにされてはたまらない。
ある程度しつこく強く言わなければならないことだってあるんだけど、
言ってるこっちがなんか悪いことしてる気分になる今のこの空気は本当に嫌だよ。
あのときもそうだったけど、とにかく相手は淡々と静かに、こっちが何を言っても
聞く態度を見せず、同じ言葉の繰り返すのみで、会話にならないんだよ。
こっちは荷物まとめて待っているのに。
翌日やってきたダルそうな兄ちゃんは、冷蔵庫を台車にも乗せず、
養生さえもせず、ひとりでマンションの廊下をガリガリ引きずって傷だらけにしやがった。
本社に電話して文句いったけど、あのときものらりくらりとかわされて、
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/posfie.com/@yonepo665/p/Dwqui5n
なんで「俺は違う」みたいな感じになってるのか不思議すぎる。
貴様らがいつもやってる東京マウンティングとか、中受どもの「公立は動物園」の亜種じゃない。
視界の狭さ、視線の杜撰さ、粗さを論って笑う話か? 貴様らそのものよ?
本当にみじめな生態だと思う。はてなブックマーク。
みじめであることを自覚しているからこそ、みんな匿名の増田や、他所とはHN変えてるブックマーカーやってんだろうけども。
「みじめで下品で悪趣味な感性を、名を晒してやってる奴らは(オレらと違って)スマートじゃない」
きっしょ
学級崩壊って公立小中でも割とよくあることで本来規定された学習指導要領範囲のことを抑えきれず進級卒業ってなってるケースは十分あり得る。
自分一人が真面目でも学級崩壊させる奴らの割を食って義務教育内のことについて学べてないことがあるのにそれに気づく機会も多分なくてそういうレイヤーでも学びの機会均等に差が出てるはずなのに、そんな身近な問題であるにも関わらずまるでそんなことはありえないという前提の設計で特にフォローもなく中学から高校や社会に放り出されてしまう。
これは杜撰なことだと思うよ。
大人になってから必要なこといくらでも学べるっていうけど子供の時に対面で基本すら満足に教えてもらえてない場合その基本を大人になってから学ぶっていうのと子供の時教えてもらえたっていうのとじゃ身につく深さというか直観に訴えるもものというかまるで違うと思うよ。大人になって初めて学んでももはや空虚な暗記になるのが精一杯だよ。
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注意 リンクをたくさん貼っているが、スパム対策をしています。ご了承ください。
これは以前から何度か書いている與那覇潤について、もうその観点・見方が陰謀論とまではいかなくとも、かなり接近しつつある段階に突入していることを「実証」する試みである。
この検討によってもはや與那覇の現状がいかにヤバいことになっているかが分かるだろう。
正直、少し調べてみただけだが(そもそも今の與那覇にそこまで時間を費やす価値はない)、ここまでとんでもないことになっているとは予想だにしなかった。まさに與那覇は「ホンモノ化」しているといえるだろう。
なお、「ホンモノ」とは與那覇による自称である。主流派の専門家を「ニセモノ」と断じて自分こそが社会を正確に批評できる「ホンモノ」であると対比させている。そもそも、50手前のいい年した大人がこんなイタい表現使うこと自体どうなのかと思うが、まあ本人が気に入っているようなので與那覇は「ホンモノ化」していると批判しても一向にかまわないだろう。ここでは與那覇のいう「ホンモノ」の思考や言説が一体どういうものなのか明らかにしたいと思う。
突然だが歴史学には「史料批判」という言葉があるらしい。AIに要約させてみた。
「史料批判」とは…史料批判とは、歴史研究において、史料の信頼性を評価し、歴史的事実を解明するための批判的な手法のことです。史料の真偽、作者、作成年代、内容の信憑性などを検討し、史料が示す情報がどの程度信頼できるかを判断します。
まあ要するにソース(史料)にはしっかりとその正否を問える力を付けようということである。與那覇は研究者たちとの争いの中で自分が批判する研究者たちを「史料批判できない」と言って批判している。
ttps://note.com/yonahajun/n/n9e5c69865c86
ここではこの争いの是非については立ち入らない。気になるなら各自で調べてもらえればと思う。
さて、與那覇はコロナに対するマスク・ワクチンへの批判を痛烈に熱心に行ってきた。最近はとうとう「店員はマスクを外せ」と言い出している。
これは結局マスクを強要することを批判していたことの裏返しに過ぎない典型的な逆張りのしょうもない話である。しかも理由が「外国人がせっかく来ているのに」とか自分が気に食わない、とかいうどうでもいい理由である。いや、流石にそんなことは言わないだろうと思った人はこの記事を見てほしい。
ttps://note.com/yonahajun/n/n28ac220c53ff
この記事の問題点は「マスク信仰」が江戸時代以来の日本の図式だ!みたいな杜撰極まりないぎろんをしているところ。そしてそれを「ホンモノ」たる成果として誇っていること。下記の『潮』に掲載した一文なんてすさまじいことこの上ない。嘘だろと思うだろうけれど、「ホンモノ」は本気で言ってるらしい。アンケートでも取ったというのだろうか。
「この2025年にも、食事を運ぶ人たちがみなマスク姿。せっかくの美しい和装も台無しで、インバウンドで訪れた外国人はがっかりするだろう。なにより、本人たちが楽しく働けないに違いない」
問題はここからである。與那覇はここまで自信満々にコロナについて発言するのだから、当然それなりの根拠があるはずである。そんな與那覇のコロナ観が分かるのが、2023年のnewsweekに掲載されたこちらの記事である。
驚くべきは與那覇が「マスクは無用、コロナは大したことない」と主張するソースである。
ttps://www.newsweekjapan.jp/yonaha/2023/04/post-5.php
森田洋之と宮川絢子である。森田は非常に有名な反ワクチン論者で、人によっては「陰謀論者」と評するような人物である。
https://note.com/inbouron666/n/na670d641ce30
宮川はコロナで苦汁をなめたことで有名なスウェーデン在住で、その姿勢はかなり批判されてきた。
ttps://note.com/nyanpy7x/n/nae5e69ef7519#45a31942-36fe-478b-99f0-7f23e330a050
宮川が絶賛するスウェーデンコロナ対策は2020年時点で国王から「失敗」の「太鼓判」が押されている。
ttps://www3.nhk.or.jp/news/html/20201218/k10012770601000.html
ttps://toyokeizai.net/articles/-/363225
ttps://x.com/Calcijp/status/1885227563603419627
ttps://x.com/Otola_ryntaro/status/1910237498996916547
宮川はスウェーデンの当時の悲惨さを無視してスウェーデンのコロナ対策を礼賛する発信を続けている。
ttps://news.ntv.co.jp/category/society/d0692a604c2e42b28878125de0701b42
ttps://forbesjapan.com/articles/detail/65891
まさにリアル「歴史修正」である。そんな人の記事を引用することに、なんの疑問も「史料批判」精神も働かなかったのだろうか。
正直、コロナのことはいまだに分からない点も多い。少なくとも與那覇が根拠に挙げた二人の論者を論拠に挙げてマスク不要、と結論付けるのはかなり乱暴である。最低限でもこれらの議論に対する批判や別の考え方も示したうえでどちらが妥当かを判断するような見解にでもしない限り、到底多くの人を納得させることはできない。與那覇のかねてからのコロナに対する持論の根拠がかなり薄弱であることをここでは指摘しておきたい。
無論、このような與那覇の杜撰な記事は痛烈な批判にさらされた。
ttps://x.com/Newsweek_JAPAN/status/1651882699106267136
3年前のこちらの記事のツイート。118引用ツイートがついているが、與那覇の見解を根本から批判するものが多い。
以下、いくつか引用したい。
ttps://x.com/mama_melaleuca/status/1652160087778291712
ならそこら中にありますね
ttps://x.com/tkay109/status/1652219662393040896
そもそも、医科学の素人が「マスクには医学的根拠はない」などと断言することが不遜です。さらに、彼がその論拠として引用している医師二人がまた、非科学的なのです。二重にトンデモな記事を書いた與那覇潤氏は、歴史学が非科学である可能性を示してしまいましたから、歴史学会から叱られるはずです。
→不遜なんて言うと與那覇は「センモンカなんかあてになるか!」言い出しそうだが、その根拠がまた「非科学的」という・・・。
ttps://x.com/yoshimy_s/status/1652134906879942661
マスクによる防御能は物理学的な作用によるものであり、数学的に解明することが必要で、いわゆる一般的に言う「医学的な」範疇ではありません。
また数学的に得られる結論は、確率論に基づく理論値ですから、根拠が「ある/ない」の二者択一で論じるのも不適切です。
以上、引用終わり
今日でもコロナは拡大しており危機感を持った医療関係者による発信が続いている。
後述するように、與那覇は「対談」を自己ステータスの証明に使っているので、ぜひこういった人たちと議論してほしいのだが、いかがだろうか。
なお、当然のことながら與那覇がこれらの批判に反論した形跡は全くない。まさに與那覇が批判するような「言いっぱなし」を自ら実践している。
森田にいたっては、参政党ともつながっていることが分かっている。その森田は與那覇の記事を礼賛している。
ttps://sankago.hp.peraichi.com/2025/
ttps://note.com/hiroyukimorita/n/n783b8188b14d
こうしてみると、以前の記事で與那覇が参政党の躍進を「支持はしないが、参政党の躍進を喜びたい」と述べたことも、別の意味を帯びてくる。そもそも支持はしないが喜びたいという言葉自体、一昔前の「ご飯論法」にも通じる詭弁である。與那覇が参政党にシンパシーを感じていて、表立って支持するなんて言ったらたたかれるので、予防線を張っているとも考えられる。與那覇の文面から、参政党への強い批判や危機感を見出すことはできないし、反ワクチンなどでは参政党と近い立場であることは明らかである。なお、與那覇が参政党の躍進を喜ぶのは「ホンモノ」の予言が当たるかどうか確かめたい、という意図によるらしい。だが、こうした與那覇の文面をそのまま馬鹿正直に受け取ることもできない。以下に見るように與那覇が依拠する言説の中には参政党と通じる人脈が複数含まれている。與那覇が参政党の反ワクチン的姿勢に対して特に言明しないのも、なんだか不気味に思えてくる。無言の肯定ということにならないだろうか。
そもそも、民族差別など数々の問題点を指摘されている参政党の躍進を「喜びたい」などと表現するのは、常軌を逸していると言わざるを得ない。もはや與那覇は陰謀論に通じているか、そうでなくともそうした価値観を容認していると批判されても言い訳できないだろう。
もし、そんなことない、「ホンモノ」たる俺が陰謀論なんて信じているわけないと言いたいなら、森田や宮川の議論を引用するときに最低限の注記をはさむべきだった。そうした行為を一切していないのは、與那覇にはすでに陰謀論者とも言われる人物の議論を引用することにためらいが無くなっていることを意味する。
専門家批判は決して悪いわけではない。だが、それに代わって批判するのが根拠が薄く、数多く批判されている論者の言説であるというのはもはや喜劇でしかない。専門家がダメだからといって、自分に合う言説を無批判的に引用するのは真摯な立場ともいえないだろう。
そうした問題の多い言説を世に出すことに何の疑問も抱かない。そして、批判を受けても一切無視できる。そのクセ他人には「失敗を認めて反省しろ」と口汚く罵る。これが「ホンモノ化」の現実である。
繰り返すが、おそらく與那覇は「陰謀論になんてはまってない!」と言い張るだろう。だが、改めて森田の言説やそれに対する指摘を見てほしい。普通ならそのまま引用するのに躊躇うくらいの批判が相次いでいる。それらを論拠として挙げることに何の抵抗もなくなった時点で、すでに與那覇は「陰謀論」のナラティブに絡めとられつつあると言っても、大きくは外れていないだろう。えてして陰謀論にはまった人には陰謀論にはまってるといっても聞かないものだ。
さて、ここまで見てもらえたならもうお分かりだろう。與那覇には「史料批判」の視点が全くないのである。自説に都合のいい議論を紹介してあたかもそれが結論であり、最新の議論であるかのように偽っている。
そういえば、『中国化する日本』でもそんな手口を使っていたような・・・。
https://yu-koba.hatenablog.com/entry/20111212/1323691605
https://kscykscy.exblog.jp/18241381/
なんどもいうがkscykscyこと鄭栄桓の記事は與那覇の議論の問題点や手口がよくわかる内容となっている。與那覇を論じるならまず必読の内容である。與那覇が今なおこのブログに一切言及しないことも含めて、示唆的であろう。
では、これからどうしたらいいか。與那覇は最近でも著名な有識者と対談をしている。與那覇は対談することで自分が一流の批評家であるというアイデンティティを確保しているようである(先の歴史研究者への反論でも自分が専門家と対話していることをまともな証拠に挙げていた)。
ttps://note.com/yonahajun/n/n411c48f6f523
ちなみにこの記事で挙げられている宮沢孝幸は参政党と通じている。
https://x.com/tokyo_jyoto/status/1885649076517249067
ここまで参政党と通じている点をいうと與那覇のことだから「学級会みたいに誰かとつながっているからなんて理由で批判するのは幼稚だ!」などと言い出しそうだが、参政党躍進を喜んだ以上、その人脈とのつながりは指摘されて当然である。そもそも聞かれてもないのに参政党躍進にはしゃいだのは與那覇なのだから、自分のうかつさを反省すべきである。
念のため補足しておくが、與那覇が参政党関係者と対談したり、その価値観や政策を肯定したことも、支持を明言したことも一度もない。
ただし、その主張の背後には「参政党的」なものが見え隠れしている。すでに與那覇は参政党に自身の思惑はどうあれ接近しつつある。いずれ参政党の支持を明言するのも時間の問題ではないだろうか。これは外れて欲しい予言であるが。
ttps://note.com/yonahajun/n/nb2bd757600df
自分の地位を誇るために「こんなすげー専門家と対談しているんだぞ!」という論法は「俺スゲー人と握手したんだぜ!」みたいな「幼稚」な自己顕示欲の発露に見えなくもない。
対談もいいが、大事なのはそこで何を話したかだろう。単に権威をひけらかして自分の立場の正当性を主張しているように見える。『中国化する日本』で批判された手口と同じである。
余談だが、戦前にもそんな人の権威に寄りかかって自らの権威と正当性を訴えた人物がいたようである。
ttps://x.com/NAKAHARA_Kanae/status/1890289544702066920
中身のない人ほど誰と会ったかや誰と話したかの「実績」にこだわるのは戦前から変わらないらしい。こういう発見もあるから歴史ってのも案外面白い。
実は対話をしたり表向きのメディアでは與那覇は非常に行儀がいい。普段noteやネット記事でやるような苛烈な批判は鳴りを潜め、つつましく対談しているのである。使い分けがとても上手で、ここはさすがという他ない。その意味で與那覇の振る舞いはとても洗練されている。これは皮肉抜きである。
ただ、ここまで来たように、與那覇には陰謀論者と批判されるような根拠の弱い議論を平気で受け入れて、他人を罵倒して自分は「ホンモノ」だと居直り、自身に対する批判には耳を貸さない身勝手な側面があることは間違いない。
だから、今やるべきはもうこうした人物をしっかりとした「批評家」と見なすことをやめることである。與那覇の議論は常に身勝手さに裏打ちされた恣意的な印象操作、批判に対する無視が付きまとっている。そうした問題点がある限り、與那覇の議論をまともに受け止めることは難しいし、それこそ「史料批判」の観点から批判的にとらえる必要がある。
仮にこの記事を與那覇が目にしたなら、鄭の批判にさかのぼって、まずは自分の間違いや問題点をしっかりと洗い出して、自分の議論や言説に間違いがないか反省する作業をしてほしいと思う。そうしないと、マジで本当にもう誰にも相手にされなくなる。少なくとも、後世では無視されるか「こんな「ホンモノ」がいたのか!」と笑いものにされる可能性が高い。笑いものにされるならまだマシで今のままだと無視される方が確率的に高そうである。
そうした言説に対する真摯な見直しと反省ができないなら、やはり本稿の批判はかなり当たっているということになる。
この記事が與那覇の議論が「すごい」と思った人に届けばいいと思っている。たまたま見つけた人が「あれ、與那覇さんってなんかいいと思ったけど、もしかしてまずい人なのかもしれない」と思ってもらえればそれで十分だ。そうした批判や見方を改める作業を繰り返すことで、真の「本物」が生まれるはずだから。
各国の言葉の翻訳機能が進んでも、日本独自の方言の訳なんてニッチなサービスないよなって思ったけど、思いつきでGeminiに任せてみた結果が面白かったので共有してみます。
合ってたらより優秀だなって事で!
Gemini
せがんなこて言もったら、薩摩弁なてどげんなっどや!
Gemini
いやー、そんな事言ったら、しまくとぅばなんてどうなるばー!
"そんな事言ったら"の部分がそのまま過ぎて訳が弱くなったような
ただ、増田が杜撰にも元文を"薩摩弁"のままにしたのに"しまくとぅば"とフォローが入ってる!?
Gemini
アイヌ語には日本語の「薩摩弁」のような「〇〇弁」という概念がないため、直訳は難しいです。
もし、このセリフのニュアンスを伝えるとしたら、以下のような表現が考えられます。
「そんなこと言ったら、私たちの言葉はどうなるんだ?」**というニュアンスで表現します。
「Eiwaka isamna, ainu itak apka isamka?」
(エイワカ イサㇺナ、アイヌ イタㇰ アㇷ゚カ イサㇺカ?)
Eiwaka isamna:そんなこと言ったら
apka:どうなるの?
すごい!急に優秀な先生みたいに気を回してくれた!
と言う事で最後は興味が湧いたのでこんなお願いを
Gemini
残念ながら、『源氏物語』全体を関西弁に翻訳することは、とても難しいです。なぜなら、原文は膨大な量であり、さらに当時の宮廷の言葉や文化、そして和歌などの文学的な表現を正確に関西弁で再現するのは、非常に複雑な作業になるからです。
源氏物語(冒頭部分)
いづれの御時にか、女御、更衣あまたさぶらひたまひける中に、いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めきたまふありけり。
関西弁版
どないな天皇さんの時代やったか知らんけどな、女御や更衣がよーさんお仕えしとった中に、そないに家柄はよーないねんけど、ひときわ天皇さんのお気に入りになっとる人がおったんやて。
ほんまによう気の利くええ先生じゃね!ようけぇびっくりしたわ。
センターに初め相談したとき、裁判など法的手続きも含めて相談したが、支払督促系の簡易的な手続きは可能だが……と望みは薄いニュアンスで伝えられ、センターとしてできることは問い合わせに対する回答の催促程度だと言われた。事前に調べて知ってはいたが基本的にセンターに強制力はないとのこと。何のためにあるんだ……
最終的にJRの回答を告げられたときももうできることはないと言われてしまったので個人としてもできることがない。
精神障害者も割引されるようになった2025年4月より前に発行された手帳には第1種第2種の記載がないため、追加記載しなければならなかったようだが、その旨に気づくのとみどりの窓口への来店が前後してしまった私の落ち度ということになるようだ。
さすがに今の第2種の記載ある手帳で窓口で拒否されたら杜撰すぎるためわざわざ行かないし、遠出することがあってもJR九州を使うことはないと思う。
寄り添ってくれてありがとう。
前の職場はパワハラで2年で退職し、新しい会社で頑張ろうと頑張ってみたら三ヶ月で残業が80時間、85時間、45時間(データ上)になってリアルに病んだ
外部に対する小細工とそれ用の資料作成(一応違法では無い)のせいでメンタルずたぼろになった
入社時から散々、この仕事量とこの状態で健全な業務を全うするのは無理ですって伝えてるのにとりあえず頑張れとしか言われず
休職する直前の日に上司から言われたのは「お前の仕事の成果はアルバイト以下」と「お前は仕事ができない」ということだった。じゃあせめてマトモな引継ぎ期間を用意してほしかった
顧問の先生方に聞いても「ウチらは深く関わってないんで知らないっすw」と匙を投げられたり、前任と前々任と前々々任者が杜撰な処理してたくせに管理者が知らぬ存ぜぬの状態で何をどうすれば良かったのか
風の噂によると自分の代わりに入った新しい人が非常に優秀(上司談)なのとアルバイトを1名追加したので一応回っているらしい
そもそも自分が問題視してたのは、そこじゃなくて杜撰な処理をされ続けている内部の数字がヤベエっていうのをずっと言い続けてたわけで、間違ってる処理を盲目的にするだけなら未経験者でもべつに回せるだろ…としか思わなかった
休職して一応メンタルはある程度回復したので、退職するか復職するかで復職を選んだ。2年で辞めた後に3ヶ月でまた辞めたらさすがに次を探すのは大変そうだったし
元の部署に戻れないだろうなと思いつつ一応相談してみたら、案の定異動ということだった
部署間の移動自体は最早どうでもいいのだけれども、勤務場所も変わるということで隣県になった。なぜか復職に際しての条件提示が「異動になりますけどいいですか?」の一言だけでこっちの承諾を取ろうとしてきていて
他にも何か隠してそうなので、労働条件が変わるなら書面(もしくはPDF)でちゃんとしたやつを寄越せと伝えておいたけど、賃金が下がってもおかしくなさそうではあった
あと上旬の時点で復職の話していたのに異動の話が今になって出てくるのもなんかおかしい
上司が勝手に勘違いして来月の頭から復職できるようにするね!とか言ってたからちゃんと診断書の期間通りに訂正してもらっておいたけど
関西地方の医学部で教授をしている。普段は受験生を選抜する立場だが、この春、子どもが国立小学校を受験し、試験運営で考えさせられる点があったのでここに記したい。
なお、子が受験したのは、大阪市内にある国立大阪教育大学附属天王寺小学校(附天)である。国立小学校では西日本でトップクラスの国立小らしい。らしい、というのは、当家庭は子どもに小学校受験の準備をさせておらず、ほぼ無課金の状態で受験をさせたため、学校間の序列にくわしくないためである。
また、後述するが、附天は受験生(子どもたち)に公平な受験機会を与えるために必要な情報を公開していない。このメモは、附天受験の状況を無償で公開するという意味も持っている。
なお、筆者は旧帝大や非医学部を含め、国公私立大学にまんべんなく在籍した経験があり、入学試験の設計(どのような学生を採りたいか)にも各学校でさまざま経験してきたたことを付記しておく。また、子どもの特定を防ぐため、詳細な情報は一次試験の状況のみとし、子どもの合否にも触れない。
試験は一次試験(筆記・行動観察)→合否発表→一次合格者のみ二次試験(面接・実技)である。
試験科目として、「①筆記 ②実技 ③行動観察 ④面接(志願者面接・保護者面接)」と書かれているが、それぞれがいつ実施されるのかが書かれておらず、一次試験の学習として何を準備すればよいのかがわからない状態であった。
実際には、上の()で示したような分かれ方をしていることは受験後に初めて分かった。
高額な受験塾へ通わせている家庭は事前に情報を知ることができたと思われ、軽い不公平感を覚えた。
校長は大教大の教授が赴任する慣例であり、面接対策として校長の研究内容や人となりを事前に知っておこうと思ったが、なんと校長の氏名がどこにも公開されていなかった。何らかの理由で名前を徹底して伏せていると思われたが、ここでも重課金勢の家庭との情報格差があると感じられた。
男子は朝8:30開門で9時までに集合、女子は11:30開門で正午までに集合との案内があった。
しかし、実際には子どもたちへの試験は7,8分前に(つまり男子では8:52ごろ)に別室にある試験会場への集団移動が開始された。
私の子どもは*時50分にお手洗いへ行って戻ってきたら、他の子どもたちはすでに試験会場へ移動した後であり、「遅刻者」として試験会場へ向かうことになった。つまり、学校側の案内は不正確であり、男子は8:50、女子は11:50までにお手洗い等を済ませて待機室に座っていなければならないということである。しかし、そのような案内は、当日も口頭でも一切なかった。
試験を監督する教員たち(つまり附天小の教員たち)は集合時刻を勝手に前倒ししている自覚がないようで、*時55分にお手洗いから戻ってきた私の子に「急いでください!」と急かす始末であった。せめて、「お手洗いは*時50分までに済ませてください。」と告知すべきであろう。実際には「お手洗いへ行っておいてください。」とだけ連呼され、それを真に受けてぎりぎりにお手洗いへ行った子どもはバカを見た形となった。
試験を学校側が勝手に前倒しで開始するなど、大学では(おそらく中学や高校でも)まったくありえず、試験の公平性の観点からきわめて不適切な状況であると感じられた。
また、子どもたちは鉛筆や色鉛筆、水筒などを持参するように指示されているが、それらを入れる手提げかばんを持参してよいのかどうか、受験案内に記載がなかった。
実際には多くの受験生が手提げかばんを持参していたが、上記の試験前倒しなどと並び、この小学校は、最低限の必要情報すら伝える気がないように感じられた。
ほぼ1時間後(男児なら9:55ごろ)に、保護者へ大きな茶封筒が配布される。試験案内には、「保護者の方には『志望動機』『お子様の長所・短所』等を記入いただきます」とあったので、その記入用紙と思われた。配布から5分後に封筒を開けてくださいと言われ、中の用紙を取り出した。
この用紙が驚天動地のもので、2つの課題について、約700字×2=1400字の小論文を60分間で作成せよというものであった。用紙はマス目が印刷された原稿用紙であり、ボールペンで手書き、修正は基本的にできない。実際には、持参した家族写真の糊付けや説明文作成もあるため、小論文の執筆時間は50分ほどである。
筆者は大学入試の小論文に関わっており、試験監督もたまにこなすが、1400字の小論文(正確には2課題)をわずか50分前後で書くというのはいわゆる旧帝大や早慶クラスの小論文でもめったにない高難度の早書きである。
小学校側からの事前の公式案内は、「『志望動機』『お子様の長所・短所』等を記入いただきます」だけであり、ほとんど騙し討ちに近い内容と言える。小学校受験の趣旨から言って、保護者小論文が合否に大きく影響することは容易に想像され、そのような重要な入試項目についての実施情報を公開していない附属天王寺小学校の意識は、教育機関としてはなはだ不適切であると、大学人として感じられた。
・子供の個性を把握し、強みを伸ばし、弱みをフォローアップするために必要な事は何だと考えていますか。740字。
・家庭で最も大切にしていることと、本校の教育方針と合致していると思われる点を挙げてください。720字。
なお、筆者はたまたま教室の後ろのほうに座っていたため、保護者たちの様子がよく見えた。多くの保護者たちは封筒を開けると、ほとんど躊躇なく小論文を作成しはじめた様子が見えた。初見の小論文課題については、最初の数分間は内容や構成を考えてから執筆を始めるのが通例と思われるが、そのような様子はまったくなかった。後で知った情報として、附天の小論文課題は、字数や内容が毎年大きく変動するようであり、過去問でも対策は本来は難しいはずである。
保護者は数十通りの予想課題について1千文字近いボリュームを短時間で書く訓練をしていた、ということかと思うが、実際にそのような対策は時間がかかりすぎて困難なはずであり、特定の受験塾に試験課題または大まかな傾向が漏洩しているのではないかという疑念さえ持ってしまった(あくまで邪推である)。
附天の二次試験は運動課題(毎年変わる。)が出題され、2025年1月度はなわとびであった。附天の滑り止めとされることが多い、私立城星学園小学校の2024年秋の入試は(例年にない)なわとびが出題された。子どもたちからすれば、(体操や球技ではなく)なわとびに集中すれば良いので楽なのであろうが、偶然の一致なのかなという不信感は残った。
もし、私が附天の入試責任者であれば、城星学園の出題(数ヶ月前)を知ったところで、なわとびの課題は別のものに差し替えるだろう。それくらい、入試の公平性、疑念の払拭には気を遣っているし、そうあるべきである。
こういったさまざまの情報は、受験塾に数百万円をつぎ込むことで明示的にまたは暗黙にえられる情報なのであろう。
筆者はお金で情報を買うことが不公平であると言いたいわけではない。
国立大阪教育大学附属天王寺小学校という国立の教育機関が、公平な試験を行うことが困難と言えるほどに情報公開を行っていないことや、小論文課題やなわとびのように偶然かわからない、疑念を持たれかねないスレスレの出題を行っていることは、国立の機関として非常に不健全な状況であると考えた。
私立小学校であれば、特定の階層に受験の優遇を与えることはあってもよいかと思う。しかし、筆者自身が国立大学での経験が長いこともあり、同じ国立大学がこんな杜撰で不公平な入試運営をしており、まったく恥じる様子もないことに大きな衝撃を受けた。
筆者が在籍する医学部も似た状況で、受験倍率は10倍前後と完全な買い手市場である。しかし、だからと言って、入学試験の運営をおろそかにするなど絶対にありえない。10倍人気にあぐらをかく意識はなく、試験でよりよい学生さんを採ろうと真剣である。
そういえば、附天の入試当日、監督の教員に事務手続上の質問をしたのだが、「調べます」と言われてそのまま放置され、回答はなかった。大学の入学試験運営ではありえない適当な対応である。
大学と小学校は違う面もあろうが、入学試験というものの重みをずっと考えてきた大学人から見た国立大阪教育大学附属天王寺小学校の入学試験の問題点は以上である。
実際に著作権者がそのような言い回しをしたとしても矛盾は何もないから
そんな言い回しの端々だけで勝手に行間を見抜いた気になって自白だと言うのはおかしいね。
警察の取り調べもそこまで決め付けでするほど杜撰じゃないからお前の頭はノンキャリ警察以下だな。
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杜撰なコピペ。俺はこのやりとりでレベルって言葉は使ってないから浮いてるよ。
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「コマけえ」とか意味不明な場所をカタカナ表現したり、適当に全部ひらがなで書いてみたり表現が杜撰だぞ。
なんなら「レベル」といちいち外来語を用いるのも、自分を棚上げして他人を責めるなと非難され得る隙の一つになっている。「程度」と書けば良いものを。
どこが?お前こそ「おまえ」「つかい」等意味なくひらがなに開いた表現を使ってたり、
「日本語(を)適当につかいすぎじゃね」と助詞が欠落してたりと、表現が杜撰だぞ。
なんなら「レベル」といちいち外来語を用いるのも、自分を棚上げして他人を責めるなと非難され得る隙の一つになっている。「程度」と書けば良いものを。
-----BEGIN PGP SIGNED MESSAGE----- Hash: SHA512 https://anond.hatelabo.jp/20250627173850# -----BEGIN PGP SIGNATURE----- iHUEARYKAB0WIQTEe8eLwpVRSViDKR5wMdsubs4+SAUCaF5YmgAKCRBwMdsubs4+ SJbOAP0dD2evOsyCpG3T1QmpWmA8DbiaJKPNChF5w2eTqn8ZlQEA38nXSY037KDr alnrPlazN/zhjQjEdbWg+uXQdj8/FwU= =Jxlx -----END PGP SIGNATURE-----
ガンダムジークアクスって結局、起承転結でいうところの転の部分を抜きまくったから、そもそも物語の体を成していない代物になった気がする。
起承転結のうち、抜いても大して支障がないのは承くらいで
起転結は抜くべきではないと思うんだよ。
それどころか起まで抜きまくって、あらゆる事に結果だけ出してくる結結結結結結みたいなアニメになっている。
ガンダムという元ネタがあるとはいえ、その元ネタに頼れない部分でも同じ事をやっているので多分手癖なのだと思われる。
キャラクター同士が仲を深める過程なくしていつの間にか仲良くなっているなんていうのはその代表格。
しかも一つや二つじゃなくて、ごく僅かを除いてほぼ全ての人間関係がそれ。
多分、「仲を深める過程」を全部承だと思っているんだろうが
人間ドラマを描く上において劇的に感情が変化する転の部分までも同じ調子で省いている。
例えば激しい口論の後和解するとか、戦闘で命を懸けて庇いあうみたいな部分までも、
日常で寝食を共にする場面と同列に並べて悉く抜いているような端折り方。
せめてナレーションやテロップで説明すればいいものをそれすらしない。
尺が足りなかったとして擁護する事も可能だろうが、それならば尺に合わせて話の規模自体を調節するのがプロの仕事な訳で
何十年やっていようと同人レベルから一歩も出ない集団だったとしか言いようがない
まあ、アニメそれ自体というよりはゲームとかの二次作品に使う素材を提供したという事なのかもしれないが、アニメ本編があまりに杜撰過ぎて素材としての魅力もないんだよな。