はてなキーワード: 私立校とは
旗本奴、カラーギャング(私立校のやつが多い)、ホームレス殺害などなど
庶民は立場が弱いから助け合いが必要だし、痛みを学ぶ機会が多いから、人を人と思わないヤツは少ない
庶民でいじめとかするヤツはヤベェ母親(https://anond.hatelabo.jp/20251110144412#)と同種族で獣だから関わったらダメだね
国立東京学芸大学附属高校(東京都世田谷区)でいじめがあり、男子生徒1人が手首を骨折したり、
脳振盪を起こすなどの被害に遭っていた。
「女子トイレに閉じ込め服を剝いで写真撮影。主犯格の大物女優の娘」(『週刊文春』)――。集団レイプまがいのいじめ事件を起こした青山学院中等部が揺れている。「なぜ、喧嘩両成敗で、被害者の女子生徒まで停学なのか。このままでは子どもを安心して預けられない」と、保護者は不安を隠さない。
冒頭の週刊誌が報じた事件は5月下旬に起こった。「中2のいじめっ子5人が、同じ学年の女子生徒をトイレに閉じ込め、男子生徒が個室に乗り込み、制服を脱がして、泣き叫ぶ姿を携帯カメラで写し、同級生に見せたのです。有名女優の娘と東京・新橋の老舗すき焼き屋の娘が、男子生徒をけしかけたと聞いています」(初等部関係者)被害者の両親が学校に怒鳴り込み大問題になったが、学校側の処分が腑に落ちない。実行犯の男子こそ退学になったが、残りの4人は3日間の停学。驚いたことに、被害者の女子も3日間の停学。
https://facta.co.jp/article/201210043.html
加害生徒らの卒業が間近に迫っていた。両親は「反省もないままに進学してしまうのではないか」と焦りを感じていた。そうした疑念の中で持ち上がったのが学校推薦の問題だ。スポーツなど特定の分野に優れている生徒を学校として進学先に推すことが多いが、何よりもこれまでの学校生活から生徒の「人格が優れている」と認められることが前提のはずだ。
「まさか推薦してないでしょうね」。18年3月、弁護士事務所で両親は関係教員や市教委職員に問いかけている。だがその時に回答はなく、市教委側は年度が変わった4月になって推薦した事実を正式に認めた。面談の場で「加害者だから推薦しないという基準はない」と伝えてきた。
加害側が堂々と人生を歩んでいる事実に納得できるはずがなかった。当時の音声データには母親の悲痛な叫びが記録されている。「人を死に追い詰めた人をどうして推薦するの?」「どこまで私たちを苦しめたら気が済むの?」。父親も「(加害者)本人のためにもよくないでしょう?」とたまらず諭している。当時の校長は「中学を卒業したら終わりとは思っていない」と、この先も加害者への指導を続けるかのような発言をしているが、その後、学校側からさらなる指導について何も報告はない。
あらためて今年6月、市教委の担当者にどう指導してきたのか取材したが、裁判で係争中であることを理由に「答えられない」とし、推薦については「具体的に誰とは答えられないが、総合的に判断して出す人には出したということです」と答えた。
数カ月に1度やってくる裁判の期日が近づく度に精神的に追い詰められる。父親は「裁判に集中する」と自分に言い聞かせ、少しでも事態を前に進めるために加害生徒のことはなるべく考えないようにしてきた。
しかし、スポーツ選手として活躍していた生徒がいたと知り、怒りに震えた。加害生徒への思いは断ち切れるものではないのだと悟った。
父親は言う。「謝罪してほしいとは思わない。謝罪は生きている者にするのであって娘には謝罪できない。せめて娘が抱えた当時の苦しみ、そして遺族が今も苦しんでいること、つまり自分たちがしたことの重大さを知らしめたい」
教育評論家の武田さち子さんによると、いじめ自死遺族の多くは加害側の言動に長く苦しめられる。一度、謝罪を受け入れても、その後、反省の色が見えなければ「穏やかになりかけた気持ちが後戻りしてしまう」ことがあるからだ。
加害生徒が推薦で進学するケースは多いのか。武田さんは「万引などの犯罪や有形の暴力の場合は推薦が取り消される可能性が高い。でも、言葉や態度による暴力は相当悪質でも許されてしまう現状がある」と指摘する。
進学先にいじめの情報が伝わらなければ、加害生徒を注意する人がいなくなる。何のペナルティーも受けぬまま、自身の行為を反省する機会が失われてしまうと、同じことが繰り返されることにもなりかねない。「相手が死んでさえ、大したことはないという、いびつな成功体験になってしまう」。
加害生徒に当事者としての自覚を促し、いじめを繰り返さないようにすることが大切であり、教育機関の責任だと考える武田さん。推薦に際して遺族側に許可を求めるなど、何らかのハードルがあってもいいのではないか、と提唱した。
・不同意わいせつの疑いで、愛知県一宮市南小渕、建築業の容疑者(54)を再逮捕
・元私立校教員高木真清容疑者(50)=不同意性交罪などで公判中=を不同意性交疑いで再逮捕
・神戸市垂水区の高校2年の男子生徒(17)を電車内で現行犯逮捕
・柔道教室の教え子ら9人に性的暴行を加えたなどとして葉県市原市、石野勇太被告(33)公判
・運転代行会社の社員の男(51)が運転代行サービス利用した女性に犯行、逮捕
・福岡県警の警部下川陽一被告(52)同僚女性への性加害、証拠隠滅が判明
・岡山県倉敷市、高校3年男子生徒(17)を不同意わいせつ容疑で緊急逮捕
・千葉県松戸市の遊歩道で女性に暴行を加えたうえ、わいせつな行為をしたとして54歳の男が逮捕
・元私立校教員高木真清被告(50)公判、学生寮で複数の生徒に性的暴行
あと、米兵が沖縄で10代女性を連れ帰り暴行で控訴審してんね。
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.chunichi.co.jp/article/1118418
まあ記事の「寄せ集め」は「選りすぐり」の間違いだろうけど、それ以外のツッコミしてる皆さんは2分間憎悪かなにか?
91スター。
サッカーとかフィギュアスケートとか陸上とか、学校・クラブチーム・団体等に集めて選手を強化しているスポーツなんて高校野球以外にもいくらでもあるし、その事情で学校選ぶ事例なんていくらでもあるでしょ。スポーツ以外でも学業や芸術など特定分野に特化した学校だってある。高学歴エリートな多くのブクマカの皆様だって学業特化した学校にいったはず。なんで高校野球だけ叩くのか?
53スター。
学校が選手に金払ってるわけではないと思うけど、このブコメした人やスターをつけた53人は断定して大丈夫?このコメントは、「横浜高校は金で集めてる」って主張してるに等しいと思うんだけど本当にそんな主張して大丈夫?
この試合の審判の判定への過剰なバッシングを見て恐ろしさを感じた。大多数が無関係の人らだろうに、なぜそんな高校の一野球の試合でそこまで審判を罵倒することができるのか。スポーツ観戦の怖さだなぁと
16スター。
無関係の人たちだろうに、なぜこんな広陵の不祥事と無関係の記事でさえ高校野球を罵倒することができるのか。高校野球憎悪の怖さだなぁと
「無償化」とは、とても聞こえがよく優しい姿をしている。でもその優しさが、本当にすべての人にとって救いになるのか、少し立ち止まって考えたい。
経済は、人が何かを「好きだ」と思ってお金を使うことで回っていく。推しに会いたくてグッズを買い、イベントに行く__
そんな一見ささやかな「推し活」が、実は経済を動かしている。私自身オタクであるからこそ、そこにある熱意や行動力を知っている。「好き」は、消費を呼び、それが創作や雇用の源になる。つまりは、価値への投資だ。
しかし、無償化が進めば進むほど、人は「無料」で手に入るものに慣れてしまう。そして、払う価値があるものにまで、お金を出さなくなる。これは経済の血の巡りを止めることと同じだ。
また、無償化は格差を解消するどころか、かえってその輪郭を浮かび上がらせることもある。私立校の無償化で誰もが通えるようになったとしても、その中で文化資本や習い事にかけられる費用の差は歴然だ。子どもたちがそれを肌で感じたとき、本当に平等な社会と言えるのだろうか。
さらに、手取りを増やそうとするあまり、企業や店舗に過度な負担がかかれば、結局回り回って働く人の首を絞める。控除を見直すことこそが、労働者にも雇用主にも優しい手段なのではないかと感じている。
安いものしか買えない社会は、決して豊かではない。消費が止まれば、生産も止まり、人々の熱量も冷めていく。一時的な優しさに見える政策が、私たちから“自分で選んで支払う自由”を奪ってはいけないと思うのだ。
現在7年目になる。
学校は都市圏の地域で2、3番手の共学校。四谷大塚の偏差値は、試験日程にもよるが大体59くらい。正直、第一志望として入学してくれる子は半分以下なのが実情で、悔しいところだ。ただ、なんだかんだ言って華々しい進学実績を残し、学校生活を楽しかったと言いつつ、卒業してくれる高校3年生も多いので、それを見るのはこの仕事の楽しいところだ。
そして、ここ何年かは、中学1年の担任をすることが多い。新たな目標を持って中学校生活を楽しんでくれる子達も多いが、一方で中受での学校選択のミスマッチによって子供が苦労したり家庭内でトラブルになる案件をよく目撃してきた。
そういう視点から、中受をする家庭に教員側から(まとまりはないが一応項目に分けて)確認しておいてほしいことを伝えたい。
これは本当に避けた方がいいです。
このトラップのせいで、生活習慣も成績もどんどん悪くなり、メンタル面も支障をきたす中1をめちゃくちゃ見た。
よくあるパターンとしては、家から通いやすい本命校の前に、アクセスは少し悪いが受験の日程の早い地域をお試し受験したら、その後の本命群は全落ちでそこしか受からず、少し遠いがせっかく中受のコストもかけたのだからと(あと往々にして本人のプライドの問題もある)入学してしまうタイプ。
よほどその学校でなくては、という目的がないのなら、家から学校まで2時間以上なら避けた方がいいとすら思う。以前ニュースで通学に1時間以上かかる中高生はうつ病のリスクが高いとか見たけど、それも納得する。公立の小学校に通っていたと仮定すれば、小学校までの距離は大したことない。それが急に、朝5時半に起きて、6時に家を出発して8時に登校。(私立中は往々にして、朝の補習やら朝の小テストやらが入ってくるので、正課のホームルームの時間よりも登校時間は早い学校も多いと思う。)放課後、部活をやって6時半に終わる。学校生活に慣れてくれば、そのあと友達とどこかに寄り道もしたい年頃だろう。家に帰って8時半(遅延やバスの渋滞もあればもっと遅くなる。)で、そこからご飯を食べてお風呂に入って9時半。私立中だから当たり前なのだが、宿題めちゃくちゃ出る。小テストの勉強ももちろんある。11時に寝たとして翌朝の起床時間は5時半なら6時間半しか寝られない。
12歳、13歳で、部活もやっているとくれば8時間は寝ないと疲弊してしまう。
そういうわけで、大抵どれだけ本人が真面目でやる気があっても、通学時間が長すぎる子はほぼ授業中にうとうとしているか突っ伏して寝ていて(惰眠ではなく睡眠不足なので起こしても起きないことも多い。ほっとくしかなくなる。)授業を聞いていなければ当然課題もできないので、分からなくて課題を出さなくなる。
三者面談で、授業中居眠りが多いですね、課題もあまり出ませんね、と伝えると親は子供を叱るが、正直本人のせいではないので可哀想だし、改善策がない(部活を辞めるくらい?)。
というか授業料払ってるのに家遠いせいで授業についていけなくなるなら、毎日ちゃんと8時間寝て家から近い公立中の授業受けた方がマシ。
2. 校風(管理型か自由型か)が子供に適しているかよく検討すべき。
正直これは12歳くらいだと、人格というか精神状況が不安定な子もいるので、適する環境を考えること自体難しいのだが、
うちの学校は完全な管理型。生活記録ノートをつけさせ、何時に帰宅して何時に学習を始め、何を勉強して何時に寝たかを記録して反省も書かせる。小テストは不合格であれば、放課後に何度も再テスト。課題は毎日出され、提出できなければ居残り。昨今珍しいくらいだと思うが、正直うちくらいの偏差値だとそこまでしなければ、自主的に勉強する子が少ないので、旧帝や早慶に行ける子が育たない。
このやり方は、
真面目に一つ一つタスクを潰していくのが快感で、教師と密に連携を取るのが苦ではなく、なんならその方がいい子なんからめちゃくちゃ伸びる。
ただ、例えば
・自分のやり方でやりたい
・自分の順番がある
こういうタイプはかなりの確率で不適応を起こす。管理型であるということは、説明会などでかなり伝えているつもりなのだが、そこを自分の子があっているか、をうまく判断できずに入学してしまう。(というかうちしか受からなかったのか。)特に反抗期を迎える中1〜中2あたりは、この学校や大人による管理や介入が極端に嫌になり、もはや(おそらくは反抗心から)勉強すら何もしなくなってしまう子が毎年学年に1〜2人いる。成績が下がり、学校も自分も嫌になる。怒られるから大人も嫌になる。そして、基礎が必要だったと気づく頃には完全に手遅れ。そういうタイプも見てきた。
こだわりが強い子が管理型の学校に入学することはお勧めしません。逆にお尻を叩かれて伸びる子が自由型に行くのもおすすめしません。
あとは、勉強も習い事もやらせたいタイプの家庭も管理型の学校は、正直うまくいかない。私立中なので月曜から土曜まで授業があり、日曜に休息と自分の勉強を進めてね、というのが学校が想定するスケジュールなのだが、日曜は1日クラブチームの練習で…とか言われちゃうと、そのハードスケジュールに耐えられるキャパが無ければ、疲弊して課題も追いつかず(出さないと結果居残りになったり指導されたりで子供の気分も下がるだろう。)、子供がしんどい。教員の立場からは、もちろん習い事を辞めろとは家庭に言えないが、正直な話、他にやりたいこともあるなら自由な校風の学校や、土曜授業がない学校、もしくは公立を選べばいいのでは…?と内心思っている。
3. お金を払っているのだから公立よりもいいはず、ではない。
これは特に、生徒層の話。
本人が中受を希望した理由として、「地元の中学が荒れてるから」「小学校の時に学級崩壊していて同じ中学校に進学したくなかったから」という理由はかなり多い。
多分相対的に見れば、生徒層は落ち着いているのかもしれないが(とりあえず全員が席に座って話を聞くことはたやすい)、トラブル、いじめ、授業崩壊や学級崩壊がないわけでは全くない。
というか、勉強のストレスからくるいじめや問題行動はかなり多く、生徒指導案件も多い。
・親が子供に期待やプレッシャーをかけすぎていて、親子関係がうまく行っていない。自己否定からの自傷行為や、ストレスからの、いじめなど問題行動に走る。
・学力的な知能は高いが、発達に問題を抱えており、コミュニケーションが苦手で攻撃性が高い子が周囲とトラブルになる。
この2つのタイプは、最近になって本当によく見る。ただ、家庭環境や本人の特性は仕方ないことであるのと、本人に非はないので、SCやカウンセリング、心療内科の紹介などが必要になるが(これは学校にもよるが)私立の場合、勉強に特化したプログラムや人員配置のため、この辺が公立と比べて手薄なこともままある。また、このようなトラブルやメンタルの不調、自傷行為についてを、親に知られたくない、と話す子も多く、その場合はマジで詰んでいる。
自分が言うのも心苦しいのだが、昔は違ったかもしれないが私立だからいい先生がいる、というのは正直もう期待しない方がいい。(最上位の伝統校などは例外だと思ってほしい。)
教育現場の働き方の改善が世間に追いついていないのは、叫ばれ始めて久しいが、もちろん私立も例に漏れず同じである。というか、私立の方がブラックなことも多々ある。先ほどちらっと言及した、朝の時間の補習や小テスト、課題の居残り、土曜授業。この辺は私立だから発生している業務だろう。もちろん部活動もある。加えて公立にはない業務として、休日の学校説明会など生徒募集のための広報活動がある。13連勤は、あるあるです。
そして、もう一つ私立だからこその問題点。一流大学を目指させることが前提の私立校なら、教員の学歴も、そこそこのものが期待されるだろう。もちろん教員という仕事に対して熱意を持って、辞令を受け取る若者もいる。しかし、この就活売り手市場の状況で、そこそこの学歴がある若者が13連勤当たり前の環境を選ぶだろうか…???雇用の流動性の活発化から転職を選ぶ教員も多い。
この辺をよく考えてみてほしい。
さて、この長ったらしい「嘘くさい投稿」を読んで、どこが胡散臭いか辛辣に指摘してやるか。感情たっぷりの告白風文章だけど、いちいち大げさでリアリティに欠ける部分が目につく。さあ、切り刻んでやろう。
5年以上辞めたいと思っていたのに、最後に感慨も未練もないって、ちょっと都合良すぎないか? 普通、人間なら何かしら感情が残るものだよ。疲弊しすぎて無感情とか言い訳臭いし、むしろ「辞めて清々した!」ってポジティブな感情すら出てこないのは不自然。ドラマチックに盛ってる感がプンプンする。
「全身紺か黒の衣装」「炎天下でも喪服のような出で立ち」とか、具体性はあるけど漫画みたいに誇張しすぎ。確かに教育熱心な親はいるけど、こんな一様なファッションで集団行動する保護者なんて現実味ゼロ。まるでカルト集団の設定みたいだ。しかも「何十万、何百万のブランド物」とか「ワインの箱詰め」「数十万円の商品券」とか、数字やアイテムがどんどんエスカレートしていくのも、話を盛るのに必死な感じがする。リアルの私立校でそんな貢物文化が常態化してるなら、もっとニュースになってるはずだろ。
医学部を強制された生徒の話とか、Fラン扱いされる私大志望とか、確かにありそうな話ではあるけど、いちいち会話がテンプレすぎる。「そんな名前も聞いたことのない大学はちょっと…」とか「本心を語れないだけだ」とか、まるで教育ママのステレオタイプをコピペしたみたい。実際の親子の葛藤はもっと複雑で曖昧なのに、ここまで極端に分かりやすい悪役っぽく書くのは作為的すぎる。
「教科担任からプリントをもらいたい」と保護者面談で言う親とか、「うちの子を見捨てるんですか」とヒステリックにキレる話とか、確かに過保護な親はいるけど、ここまでコントみたいに分かりやすい行動を取るか? 毎日顔を合わせる生徒本人じゃなくて保護者経由で要望って、現実なら「めんどくさい親だな」で済む話が、わざわざ大仰に「ヘリコプター」とか形容してる時点で創作臭が漂う。
鉄緑会に通うことがステータスとか、財布に数万円入ってるのが当たり前とか、卒業旅行で海外や北海道・沖縄を連発とか、金持ち自慢が過剰すぎる。確かに私立の中高一貫校には裕福な家庭の子もいるけど、全員がそんな生活してるみたいな書き方は現実離れしてる。しかも「呼び捨てがカルチャーショック」とか「セクハラ発言のオンパレード」とか、道徳的に最低な生徒像をこれでもかと詰め込んでるのが作為的。悪い部分だけ誇張して、バランス感覚ゼロだ。
「年間50コマ近く授業を空ける教員が複数」「休んだもん勝ち」とか、具体的な数字まで出してきてるけど、そんな無法地帯がまかり通る学校ならとっくに潰れてるだろ。職員会議のゴシップや授業中の訴訟話暴露とか、確かにダメな教員はいるかもしれないが、ここまで組織全体が腐ってる設定は現実的じゃない。むしろ「頑張らないことが美徳」とか言い切っちゃうあたり、悪役キャラ作りすぎて笑える。
「○○小学校出身は無条件で不合格」とか、理事会の思想が勝るって話も、具体性が逆に嘘っぽい。私立なら独自の入試基準はあるだろうけど、そんな露骨な差別発言を校長がするなんてリスク高すぎるし、そもそも現場を知らない理事長がそんな細かい指示出すか? リアリティより「とにかくひどい学校!」って印象を植え付けたい意図が透けて見える。
病気でハラスメント受けた話とか、自己愛性人格障害の教員が若手を飲み会で育成とか、めっちゃ辛い目に遭ったアピールが強すぎて逆に胡散臭い。しかも「校長が調査すると言ったのに1か月後に入院」とか、都合よく話が宙に浮く展開がドラマすぎる。現実ならもっと泥臭い対応や結末があるはずなのに、ここまで綺麗に「誰も助けてくれなかった」って流れは作為的だ。
保護者も生徒も教員も校長も、誰も彼もがクズで、学校が地獄みたいな描写が一貫してるけど、現実の学校ってこんな極端じゃない。多少の腐敗や問題はあるにせよ、全部が全部こんなにひどいわけないだろ。愚痴を吐き出すにしても、ここまで徹底的に「全てが最悪だった」と書くのは、感情を煽るための演出にしか見えない。
この投稿、確かにリアルな愚痴っぽさはあるけど、いちいちエピソードが極端すぎて「本当にあった話」より「盛りに盛った創作」にしか見えない。辛辣に言えば、こんな学校が実在するなら証拠出してみろってレベル。嘘くさい部分は、具体性と誇張のバランスが崩壊してる点と、現実じゃありえないほど全員が悪役になってることだ。読んでて疲れるだけの駄文だよ、これ。
ChatGPT調べ
アメリカのエリート校の学費は4年で30万ドルを超えるところもある
これはアメリカ人からしてみても高いので、奨学金を借りる人が多いが
これ、いい会社に就職できないと詰むのでは?という疑問が生まれた
30万ドル/6.5万ドル=4.6だから、平均年収の4.6年分にあたる
450万円×4.6=2070万円だ
日本の私大の学費が500万とかだから、やっぱアメリカのエリート校の負担はデカいんだと思う
ってことは、奨学金を返す20代30代は日本人よりは余裕がありそう
超エリート校の人らがそうなるとは考えづらいけど
初任給で7〜12万ドル、30代で15〜25万ドルはいくらしい
とは言え、じゃあ日本で言えば、私大の30代の平均年収は750万円くらいらしいから
学費は0.7年分ってところだ
いや、たけーよ
まぁまぁギャンブル
うちの母方の家は商売やってて忙しく、手が空いてる人が家事しなければならんかった
一方、中年〜初老のうちの兄弟は中学生の頃からいわゆる「パソコンの大先生」だし私立校でしっかり家庭科教育をうけているが、食べるものはコンビニかほぼレンチン、たまに肉を焼くために台所を使ってもコンロ周りを掃除する概念がない
脂っこい食器を洗って汚れたシンクの掃除もしない(洗ったつもりらしい食器もベタベタ)風呂掃除もしない洗濯すらまともにできないから臭いし10代からずっと汚部屋住人
何でこうなったかというと「男の子に家事をやらせてはだめ」と母(故人)がアタオカな教育方針を打ち出したため(当時信仰していたカルトの洗脳)
家事を押しつけて好きなだけ遊ぶ兄弟を許せないのと、当時母が予後の悪い病で早死するのが見えてたから、視界に奴が居るときは呼びつけて家事を教えながら手伝わせた…が、アタオカ母を味方につけたり、帰宅後に即出かけるなどして家事を回避しまくった
翻って、家庭科教育を受けなかった高齢男性についてだが、一人暮らし用の易しい家事指南書はなんぼでもあるし、新聞にも初心者や知識が古い人向けの家事のコツは頻回で載ってるし、レシピも手軽・時短の特集はよく組まれてる
それは今回の問題点を、ドラマ制作サイドの意図が原作者に充分伝わっていなかった、つまり「説明不足」に求めているところ。
本打ちメンバーが当該原作の設定を変えようと試みたことには、それ相応の議論と積極的な理由があった。しかしながら、本件原作者の上記返信内容をみる限り、本打ちメンバーで議論した内容・意図が十分伝わっているとは思えない状況であったことがうかがえる。
いや、そうじゃないんだよ。原作が何を大切にしているかプロデューサーや脚本家を含めた制作サイドがまったく理解していない改変を繰り返すことが原因なんだよ。だから原作者が誤っている箇所とその理由を事細かに指摘し、それを繰り返しても一向に直ならない状況に絶望し、心身を疲弊させていく羽目になったんだよ。
以下なんてまさにその無理解を露呈してるよね。
原作では朱里が短大に進学した設定があるが、本打ちでは、同設定に関して、「短大に進学するよりも専門学校に進学する方が近時の10代、20代としてはリアリティがあるのではないか」、(短大進学の原因となっている)「父親のリストラはドラマとしては重すぎるのではないか」等の議論を経て、高校受験の際に、父親が勤める会社が不景気になり、母親から「高校は公立でいいんじゃない?」と言われて本当は友達と一緒に制服がかわいい私立校に行きたかったけど、「うん、そうだね」と笑って受け入れたという設定に変更する旨のプロット案を送信した。(中略)上記プロット案に対する本件原作者の返事として、かわいい制服の私立高校に行けなくなったことなどは「心底どうでもいい」ことである、原作のジェンダー要素も逃げずに書いて欲しい、制作サイドは短大での設定を避けているのか?といった趣旨の記載がなされた文章が送信された。
日テレの報告書は、調査にあたった外部有識者(弁護士)が、本件以外取引がなく、独立性・中立性が担保されているとわざわざ冒頭に記しているが、上記を見れば外部有識者が日テレの側に立っていることは明らかだ。日テレも外部有識者もこれで騙くらかせると思ったんだろうか。舐めすぎじゃないかね。
再発防止策を本気で練るなら以下以外にありえない。
日テレ側は当初(3月9日あるいは29日打ち合わせ)で「本件原作者の意見を無視するような改変はしない、リスペクトをもって取り組むという趣旨の話をした」と日テレ報告書にあるが、それがなかったのは上記からも明らかである。
リスペクトとは何か。それは原作が、畢竟原作者がその作品で大事にしていることを同じように大事にするということであろう。
原作者は一切の改変を許さないというスタンスではなく、むしろ当初は上手く料理されることを願っていた節さえある。
芦原氏は、監修者として漫画とドラマは媒体が違うので、ドラマ用に上手にアレンジするのがベストであることは理解している。全てお任せして「ああなるほどそうくるのか!面白い!」と思える脚本が読めるなら、一番良いが、「ツッコミどころの多い辻褄の合わない改変」がされるなら、しっかり、原作通りの物を作ってほしい。脚本で 100 点を目指すのはもう無理だと思うので、演技や演出力で、なんとか80~90点に、引き上げて欲しい。ベストは無理だと判断したので、限りなく全力でベターを目指して欲しい。と一層の努力を求め、原作者として「作品の根底に流れる大切なテーマを汲み取れない様な、キャラを破綻させる様な、安易な改変」は、作家を傷つけることをしっかり自覚して欲しいと要請しつつ、役者スタッフ等多数人の労苦に感謝しており、「闇雲に原作を変えるな!と主張しているわけではなく、よりよいドラマになるように、自分を守るために、現段階でできるベストを尽くしているつもり」と結んで本件脚本家の理解を期待した。
上記は小学館側の記載だが、原作者の当初の期待とそれが失われていった様を如実に表した一文であろう。
両報告書を読んで最も強く感じたのは原作者の孤独と絶望である。原作者は小学館を間に挟んでドラマ制作サイドと戦っている感覚だったのではなかろうか。
本来なら原作者と同じスタンスで原作によりそい、ともにドラマを作り上げていく仲間であるはずの制作サイドが敵となってしまったのは、本事件における最大の不幸である。
なぜそんな不幸が生まれたのか、制作サイドが真剣に反省し再発防止策を明文化し、プロデューサーからADに至るまでそれを徹底的に学び、実行しなければこの悲劇は繰り返される。
のではあるが…
●今回のことを受けて
・これで怖がっちゃいけない。安全にドラマを作る方法なんてない。それはみんな意見が違うし考え方が違う。その中で人間の生き方みたいなものを提示していかなければいけない。意見の食い違いもケンカもいろんなことがあって、プロデューサーが代表して、こういうドラマを世に問うんだと原作者、脚本家をまとめやっていかなきゃいけない。それを怖がっていたら面白いモノが出来なくなってしまう。そういう危険は今後もはらんでいるだろうけれども、だからこそ話し合ってコミュニケーションをとってやっていくしかない。
・放送局としてはまず第一に社員を守ることが仕事。社員を守るために早く結論を出すとか、その原作に係るトラブルの際に早く赤信号みたいなものをキャッチし、社員ができるだけクリエイティブに物を作る環境を整えるのが会社の仕事。
・若手プロデューサーの起用については、(トラブルになりやすいというのは)正直言ってあるとは思うが、それを恐れていたら駄目。失敗しないと学ばないからこそ、失敗してもフォローが出来る体制を作っていく方が大事。
『セクシー田中さん』報告書、何というかこうありえない箇所が多すぎるのでいくつか抜き書きしてみた。()内は報告書のページ数を指す。
企画書には、企画意図、企画ポイント(①自分を縛る“呪縛”から解放された時のカタルシス、②真反対なふたりの女の友情がスゴい!、③9笑って、1グッとくるドラマ、④あらゆる世代に響く! 60 代専業主婦女性の1歩、⑤田中さんと笙野の恋の行方は!?)、主要想定キャスト等が記載されていた。(9)
あっ……(察し)。TVドラマのスタッフには恋愛脳しかおらんのか?
なお、これらの本件原作者の意見については、A 氏 はコアメンバーに対してはそのまま伝えたものの、本件脚本家に対しては ドラマ化について本件原作者の不満が高まっているという 温度感のみ伝えた。一方で本件脚本家は、 8 話のやりとり あたりから本件原作者の語調が強く、こだわりが強いという印象を抱き始めた。(24)
温度感のみ共有してんじゃねえよ! 具体的な指摘も共有しろよ!
「キツい指摘は見ててつらいから咀嚼して伝えて」という相沢友子の要求は、メンタルケアとしては間違ってないんだけど、それは当然「パイナップルは味の相性が最悪なので絶対に酢豚に入れないで」という要求を「原作者はパイナップルを酢豚に入れてほしくないそうだ」と伝えてほしい、という意味であって、「原作者は酢豚の出来に怒ってるよ」と伝えろっていう意味じゃねえんだよ!
C 氏を通じた本件原作者の撮影シーンに関する問い合わせに対し、 A 氏は既に当該シーンは撮影済みである旨回答を行ったが、実際の撮影は 5 日後に予定されており、そのまま予定通り撮影が行われた。その後、これらの経緯を本件原作者が知ることになった。 A 氏によると、まだ撮影していない旨を回答すると本件原作者か ら撮影変更を求められるのは確実であると思ったが、 A 氏は当該撮影シーンは客観的にも問題ないものだと思っていたこと、及び当該シーンの撮影のために 2 か月にわたって キャスト・スタッフが入念に準備を重ねていたため、撮影変更はキャストを含め撮影現場に多大な迷惑をかけるので避けたいと思って咄嗟に事実と異なる回答をしてしまった。このことは反省しているということであった。(25)
C 氏から A 氏に、 6 7 話の脚本の修正文書、及び「修正について」と題する文書がメールにて送付され、そのメール本文には本件原作者が書き下ろした 8 10 話に関しては、撮影の都合などの理由以外では、出来るだけ改変しないでほしい旨述べられており、 A 氏は C 氏に対し電話でドラマ化の上で改変は発生するので、今まで通りやらせてほしい旨回答した。(29)
何で??? 真剣にホラーだった。TV関係者の認識ってこんななの??? そら、芦原妃名子先生がなに言っても暖簾に腕押しで糠に釘で馬の耳に念仏だわな。
本件ドラマ 5 話のダンスのシーンで使われた音源は、配信 許諾が取れていなかったので、 配信で使用出来る別の音楽に差し替えた。しかし、セリフで「シャー・ルク・カーンの『マルジャーニ・マルジャーニ』!! 」と笙野が叫んでおり、セリフはすでに収録していたため、差し替えることが出来なかった。そのため音楽とセリフの不一致が生まれた。(32)
役者が「モーツァルトの『トルコ行進曲』!」って言ってるのにジャジャジャジャーンって聞こえてくるようなもんだろ。ギャグにしか聞こえんわ。マイナーな音楽ならいいと思ってるのかもしんないけど、そのマイナー音楽が頻出する作品のドラマ化でやることか? 許諾を取るか、セリフ部分だけ収録し直して差し替えるとかしろよ……(アニオタ並の感想)
B氏は日本テレビのライツ部門に状況を共有し、同部門の顧問弁護士である P 氏に本件脚本家の「クレジットの約束が守られないのであれば9,10 話で本件脚本家のアイデアを一切使わないでほしい、それができないのであれば 8 話までの私の脚本を使わないでほし い。」という発言の法的根拠について確認を依頼した。 P 氏の見解は、この時点で脚本利用契約が未締結であるので、脚本家は原著作者であるため二次利用の差し止めは可能であるということであった。(34-35)
この「アイデア」って何を指してるんだろう……そこの検討が必要不可欠じゃない? 相沢友子が何をもって「アイデア」と呼んでいるのかがクリティカルなのにそこを書いてないのは不親切に感じる。もし相沢が「自分が考えた、原作にはないキャラのセリフ」を「アイデア」と呼んでいるなら、確かに相沢には著作権は発生するので彼女の要求は法的に正当なものかもしれないけど、もしも「最後は溶鉱炉に沈みながらサムズアップするんですよ!」みたいな「ストーリーの展開」を「アイデア」だと思っているなら、それは著作権法で保護されるものではないわけで、彼女の要求に法的根拠は一切ないことになる。どっちなんです? 著作権法に詳しいであろう顧問弁護士が「可能」って言ってるってことはマジでセリフをそのまんま使ってたってこと? それとも相沢の言葉通り「アイデア」が使われていただけなの?
原作では朱里が短大に進学した設定があるが、本打ちでは、同設定に関して、「短大に進学するよりも専門学校に進学する方が近時の 10 代、 20 代としてはリアリティがあるのではないか」、(短大進学の原因となっている)「 父親のリストラはドラマとしては重すぎるのではないか」等の議論を経て、 高校受験の際に、父親が勤める会社が不景気になり、母親から「高校は公立でいいんじゃない?」と言われて 本当は友達と一緒に制服がかわいい私立校に行きたかったけど、 「うん、そうだね」と笑って受け入れた という設定に変更する旨のプロット案を送信した。
2023年6月12日、上記プロット案に対する本件原作者の返事として 、かわいい制服の私立高校に行けなくなったことなどは「心底どうでもいい」ことである、原作のジェンダー要素も逃げずに書いて欲しい、制作サイドは短大での設定を避けているのか?といった趣旨の記載がなされた文章が送信された。
その当否は別として、本打ちメンバーが当該原作の設定を変えようと試みたことには、それ相応の議論と積極的な理由があった。しかしながら、本件原作者の上記返信内容をみる限り、本打ちメンバーで議論した内容・意図が十分伝わっているとは思えない状況であったことがうかがえる。(60-61)
「あなたは女の子だから短大でいいよね」という理由で進路を決められたという深刻なエピソードを「あーあ、あっちの制服の方が可愛かったのになー」に変えていいと思う神経が理解できなさすぎてヤバいし、原作者に「議論した内容・意図が十分伝わっ」たからそういう反応になったんじゃないですか??? と思わざるを得ないというか……
芦原先生は真面目で良い人だったんだろうな、と思った。
仮に自分が原作者だとしたら、途中で「もう撮っちゃった? そんなの知らない、撮り直して」とか「ちょっとすぐに解決するとは思えないんで、今週のオンエアはなしで」とか「なんか作品のコンセプトが理解されてない感じ? じゃあもう制作中止しよっか」って言ってただろうな、っていう場面が少なく見積もって1ダースはある。
でもそれをやると方々に迷惑がかかるから、自重して、頑張って耐えてらっしゃったんだろうな……
TV局や俳優なんて、あなたの作品にとって不可欠でも何でもない、添え物以下のどうでもいい無価値な存在なんだから、もっと振り回してやってもよかったのに(それができない人だったから繊細な作品を描けた? それはそう)。
増田は日本の実写化を憎みぬいている勢なので(『天地明察』も『インシテミル』も『ビブリア古書堂の事件手帖』も許してないからな)、実写化に出る俳優にも欠片の同情も感じないんだけど(『咲-Saki-』を汚した浜辺美波は個人的に不買してるし、岡田准一のことも「あっ『天地明察』とかいうクソ映画でゴミみたいな主演してた人だ!」と認識してる)、俳優の苦労とかにうっかり思いを馳せてしまったらそんな要求をするのは難しくなるのはわかるので、やっぱり実写化に出る俳優は(「ひどい実写化だったけど、俳優さんには罪はないよねー」と庇われるんじゃなくて)積極的な共犯としてもっと叩かれてよいのでは、そうすれば俳優の苦労とかを慮って言いたいことを言えなくなってしまうことはなくなるのでは、と思いました。
笙野と小西の勤務先は、原作は都市銀行と広告代理店であったが、ドラマ化ではドラマ内で両人が頻繁に顔を合わせても不自然ではないように、同じ職場(商社)とした
同じ職場にした方が纏めて撮影できて楽なのはわかるが、こういう小さなところから改変は始まるのだなという学び。
原作では朱里が短大に進学した設定があるが、本打ちでは、同設定に関して、「短大に進学するよりも専門学校に進学する方が近時の 10 代、20 代としてはリアリティがあるのではないか」、(短大進学の原因となっている)「父親のリストラはドラマとしては重すぎるのではないか」等の議論を経て、高校受験の際に、父親が勤める会社が不景気になり、母親から「高校は公立でいいんじゃない?」と言われて本当は友達と一緒に制服がかわいい私立校に行きたかったけど、「うん、そうだね」と笑って受け入れたという設定に変更する旨のプロット案を送信した。
「何故わざわざこんな謎の設定変更を?」みたいな謎改変に至る思考プロセスが詳らかに言語化された日本初の資料だと思う。「本当は友達と一緒に制服がかわいい私立校に行きたかった」のあたりは特に、キャラクタをどう捉えているかが最高によく出ている。
しかしながら、本件原作者の上記返信内容をみる限り、本打ちメンバーで議論した内容・意図が十分伝わっているとは思えない状況であったことがうかがえる。
内容・意図は十分すぎる程伝わってると思う。本当に心底どうでもいいことをわざわざ考えて議論してることを何より誠実に伝えてるプロットとして自信を持って欲しい。
朱里が田中さんにメイクをしたが老けメイクとなり失敗するシーンをカットするか(制作サイドでは、該当女優の肌がきれいすぎるため映像ではうまく表現できない等の理由でカットしたい)等で制作サイドと本件原作者でせめぎ合いがあった。
映像制作レベル低すぎない?ハリウッド映画の特殊メイクしろって訳じゃあるまいし、映像でそのまま見せられなくても演技、演出、照明、カメラワークで何とかしようとしないのか。
A 氏によると、まだ撮影していない旨を回答すると本件原作者から撮影変更を求められるのは確実であると思ったが、A 氏は当該撮影シーンは客観的にも問題ないものだと思っていたこと、及び当該シーンの撮影のために 2 か月にわたってキャスト・スタッフが入念に準備を重ねていたため、撮影変更はキャストを含め撮影現場に多大な迷惑をかけるので避けたいと思って咄嗟に事実と異なる回答をしてしまった。このことは反省しているということであった。
仕事でよかれと思って嘘をつくの、どうしてもあるよね。わかるわかる。
でも自分が助かろうと思ってつく嘘は絶対バレるし、バレた後の処理を考えてないと破滅するんだよね。これ絶対バレた後のこと考えてなかったでしょ。
A 氏の認識では、この時初めて「創作するな」という話が C 氏から言われた。A氏はこの時点でもこれまで同様ラリーを続けて本件ドラマを作っていくのがいいと考えていた。
ここまで来ても噛み合わないの、恐怖を感じる。
C 氏は A 氏に対し、オリジナルで挿入したセリフをマストでなければ削除してほしいと言ったところ、A 氏は、それでは本当に本件原作者が書いたとおりに起こすだけのロボットみたいになってしまうので本件脚本家も受け入れられないと思う旨答えた。
ここまで来ても噛み合わないの、恐怖を感じる(2回目)。
本件ドラマ 5 話のダンスのシーンで使われた音源は、配信許諾が取れていなかったので、配信で使用出来る別の音楽に差し替えた。しかし、セリフで「シャー・ルク・カーンの『マルジャーニ・マルジャーニ』!!」と笙野が叫んでおり、セリフはすでに収録していたため、差し替えることが出来なかった。そのため音楽とセリフの不一致が生まれた。
許諾の有無なんて調べりゃわかるよね。というか調べてるから差し替えできた訳で。
いいものを作ろうと思ってるプロのスタッフが揃ってこんな初歩的なミスを犯すとか不思議で仕方ない。
その際、サントラ盤のジャケットに🄫NTV と記載されていたところ、小学館から本件ドラマのサントラ盤でありドラマの要素を使用しているにもかかわらず、🄫NTV(日本テレビ)のみのクレジットであることはおかしい。販売を延期してほしいという要求があった(CD の中にあるブックレットには本件原作者名を記載していた。)。
著作権者表記だけで、原作付きドラマの権利をどう思ってるかがよく現れていていいと思います。
限られた予算では、大規模な撮影が難しく、美術セットを多くは作れない。こうした場合には、原作とは場所の設定を変更するなどして撮影が行われることがある。
地上波では、残虐なシーン・過激な性表現等に配慮が必要なため、原作のシーンやセリフのカットや変更等が必要になる場合がある。
自動車用品店に「燃費向上グッズ」ってあるじゃん。そんなもんで燃費向上するならとうの昔に各自動車メーカーがやってると思うんですよね。
…という話と同じで、改変してより面白くなるならドラマスタッフよりも先に漫画家なり編集なりが認識してやってるんじゃないですかね。