はてなキーワード: スタンスとは
毎日のようにお気持ち表明が流れてきてるので、お気持ち表明に便乗して女オタクをディスりたいと思います。
お気持ち表明がTLに流れたら最後、ほとんどの人が「嫌な話題〜」「私だったらこうするのに〜」
お茶の間みたいな感じでそれは良いのですが、話題の乗っかり方がいやらしいです。
「こんなのありえない〜!私だったら」
「怖すぎ〜自界隈平和でよかった〜」
などなど、隙あらば自分語りし、自分のことや界隈のことを上げます。
他人の愚痴を利用して自分の価値を上げ、それをツイッターの個人アカウントで全世界に向けて発信するという行為が自己顕示欲にまみれていて気持ち悪くてたまりません。
「お気持ちを表明します。悪いのは私。でも本当は私は可哀想なの」という遠回しの表現が気持ち悪くて仕方がありません。
「みんな解釈違いに流れていってあわない。原因のあいつムカつくわ」で良くないですか。
加害者側なのに被害者側ぶるめんどくさいメンヘラみたいな文章ばっかりですよねお気持ち表明って。
女オタクは〜と言いますが、勿論男オタクでも「女のお気持ち表明」とわざわざツイートしている人もいますよね。
あれも俯瞰的な目線で見れる俺というのが見え透いていて気持ち悪いなと思います。
男性向け界隈でしたら私が女であるという特典、接待を抜きにしてもマウントは少ないと思いました。
個々が好きなように呟きお互いの趣向には干渉はしないスタンスです。
変わった作風は匿名で凸られるのは基本、謎のお気持ち表明を投げられたり、集団になって陰口を叩いたりします。マナー警察や民度警察など世間から見た時の体裁を取り繕うことに必死です。
ちなみに1人活動者、絡まないスタンスの人は大抵裏で陰口を言われているのが現状です。
私もあまり人に絡まないスタンスですが、少し打ち解けたら大抵の人は○○さんって□□さんって……と愚痴や噂話が始まっていました。
一応男性向け女性向けどちらも見てきた身としては、男性向けは炎上すると直接的な暴言。過激なリプライ。
女性向けは匿名で嫌がらせ、地味な嫌がらせ、お気持ち表明という印象でした。
どちらも最悪なことではありますが、やり方が気持ち悪いのはやっぱり女性向けだなと思いました。
ここまで女オタクをディスってると名誉とか言われそうですが、リアルにおいてはオタクではない女性と一緒にいる方が楽しいです。
です。
以前「女の人は共感性が高いから学級会が起こりやすい」というのを見かけました。
実際のところ、学級会なんてものは共感性が高いというよりも、都合の良い愚痴を使って自分のことをよく見せようと必死なだけな連中が必死に喚いてるだけなんだよなと思ってます。
か?
noteで佐藤秀峰が江口の話題にいまさら乗っかる記事が上がってた。
https://note.com/shuho_sato/n/nd31093ca6f55
序段では「江口がやったことはこのように問題があり、本当に問題があるならこのように対処されるだろう」と
しかしむしろこの段では「現実に問題があるなら当事者同士で問題解決が行われる」という
「外野がとやかく言うことではない」という言外の圧を感じるほどに勤めて客観的すぎる論調で書かれている。
模写は悪か、と論の展開を始め、
スラムダンクのトレス疑惑に触れ、ジョジョの奇妙な冒険のポーズ模写問題に触れる。
これはどちらも「ほぼ黒」なのにネット上では擁護されがちな作品を持ち出し口を塞ぎたい意図が見て取れる。
次に、模倣は悪か、論を進め
「ブラックジャックによろしく」を書いた数か月後に「医龍」が始まった話
ただこれに関しては「ブラックジャックによろしく」と「医龍」には「医療もの」くらいしか共通点はなく
これを「模倣」のカテゴリに入れるのは流石に論に無理がありすぎる。
金田一とコナンも模倣の論を出す時の例として適切かは疑問符が付く。
そしてなぜか「ブラックジャックによろしく」はブラックジャックの著作権を犯してないし
コナンも金田一も多分犯してないけど、作者が生きてたらなんて言ったかはわからないよね、と
今回のトレス問題とは全く関係のない作者の権利と心情は別だよねみたいな話を持ち出す。
そして最終的に、ここはもう欺瞞も欺瞞なので丸々引用することは違法でしょうか。
一切の著作物の影響を受けずに創作を行うことはおそらく不可能です。
写真を横に置いて描かない場合でも、記憶に残ったイメージを参考にします。
そもそも人は見たことがあるものや、経験したことのあるものしかイメージすることができません。
僕の絵はオリジナルではありません。
先人が築き上げてきた技術や知恵を学習し、発展させようとしてきました。
もしも僕が差し出す番が来たら、差し出すのが筋ではないかとも考えます。
目の前の景色を絵の具を使って模倣すれば絵画になり、文字を使って模倣すれば文章になり、音を使って模倣すれば音楽になります。
こんな話誰もしてねぇんだわという話である。
もちろん、これは「今回の事件を経て僕が思っただけのことなんですよ」
「一般的な、もしくは僕が考える芸術論の話ですよ」ということだとは思う。
でも、今回の件は今回の件だから。
今回の件に絡めたのはお前だから。
それは他人の著作物を勝手にトレスしてオリジナルとして売り付けていいという話にはならないし
すべての著作物は他の自然物の模倣に過ぎないんだからそれをパクるのも模倣なのでは?ともならない。
AIの無断学習なんか話にならんくらいゴリゴリに他人の著作物をパクっといてそれが美しかったらなんだというのか。
まぁ佐藤氏はアーティスト(笑)として芸術無罪という立場をとったということなのだろうけれど
なんでいまさらそのスタンスで参戦してきたんだろうと疑問に思った。
そう、フェミと会話してる時によくおこるんやが
ダブスタを責めるのはスタンスの批判やん?いま議論の中身に向いて話してるのに同じアンフェミがダブスタにかじきると話がずれるから
yujimi-daifuku-2222 2025/11/06
相手の愚痴やネガ発言を否定してはいけないというのは女性の会話マナーなのよ。/男性同士で「チェーンソーマンの映画良かったわ」と言う相手に「いや俺はあんまり」と返すのは普通のやり取り。煽りや攻撃ではない
yujimi-daifuku-2222 2025/11/06
意地悪や嫌がらせではなく、本当に社会が優しくなったと体感する男性がいるということを女性陣にはまず認知して貰えると相互理解に繋がると思う。/ケアして貰えないのが当たり前過ぎて、子育てを機に気付くのよ。
yujimi-daifuku-2222 2025/11/06
男性には男性の苦しみがあるというだけの言明なので、特によっぴーに絡みにいくなと言った人は有言実行して見せて下さい。/俺はそう感じないとわざわざ書き込んでいる人は、やってる事よっぴーと同じですよ。
yujimi-daifuku-2222 2025/11/06
いや。まずは大人しく聞きなさいな。相手が男性となると言下にネガティブな社会からの抑圧を割り引いたり、軽視したりする昭和ノリの男性嫌悪仕草からブクマカ達もいい加減卒業しないと。
もはや自分のスタンスや意見が存在しない相対化botと化してる
半年休職して、緩やかに復帰して6割程度の稼働の中、2ヶ月後に育休、
育休復帰して時短勤務をしながら、3ヶ月後に再度育休。
それによる負担の補強はしてもらえず、
復帰中は常に気を使って、育休も笑顔でおめでとうと伝えて、
ストレスでヒィヒィ言いながら、涙堪えて頑張った私も救われたい。正直なところ。
中間管理職。同性だからこそ、下の子が安心できる雰囲気づくり大事にしてねだってさ。
理解あるふうなスタンスだけで、全く信頼してない上司。お前は嫌われたくないだけだろうが。
疲れた。
みんなそんなもんだと思う。自分の人生優先で真面目に子育てなんてしなくてもそれなりに育つよ。
→やらなくていい。誰も見てない。同僚も保育士も電車で嫌な顔したオッサンも2秒後には推しのアイドルとか彼氏とのセックスのこととか考えてるよ
子どもは別の個性を持った人間であって、その成長を喜びととらえるのって、なんか変じゃない?
→そのスタンスのほうが正しいと思う。教育虐待とかする自他境界がない毒親よりマシ。
→どんな趣味かわかんないけど、金出してシッターやら一時保育に預けてみたら?10年もすればママと遊びたいなんて言わなくなるし、中学以降はほぼ口聞いてなくて成人後没交渉な親子なんて腐る程いる。
→みんなそう。支援センターや公園ですらみんなスキを見てスマホスッスしてる。エグい虐待しなければ、幼児の頃の記憶なんか残らないよ。声かけとか幼児教育とかも無駄だと思う。学力も容姿もスポーツもコミュ力もどうせ遺伝だし
しかもしばらくの間、何かしらポストする度に粘着して掘り返してくるクズ
くたばれ、なるべく苦しんだ末にくたばれクソが
生きてりゃ価値観や意見くらい変わるわ、時間が経てばスタンスや視点も変わるわ
なにより覚えてねえよ昔のことなんざ、てめえらみたいな細かいことにこだわるハッタショとは違ってなぁ!
それをなんだ?自分の好きなものを否定されたり罵倒されたからって、叩きの材料探してウキウキと鼻の穴ピクピクさせながら探し出して
謝罪してやるつもりも失せるわ、人の過去の投稿掘り返して「こいつ過去にこんなこと言ってましたよお〜!」とかやるゴミ全員くたばれよ
https://anond.hatelabo.jp/20251103225651
彼に対しては「オモコロで記事を書いていたライター」「結婚後はイクメン記事も執筆」といった程度の認識しかなかったが、
ふと彼のアカウントをフォローした際、そのイメージと実際の発言とのギャップに驚いた。
レスバ自体は彼と同等の知名度、あるいはそれ以上のライターやインフルエンサーも行うが、
彼の場合は無名のアカウントにまで積極的に絡み、時にはエゴサをしてまで噛みつくことがある。
思い返せば、増田で氏の育児楽しい記事について批判的な記事を書いた投稿者に対し、直接絡んで晒し上げたこともあった。
加えて彼は、なかなかに口が悪い。
悪い意味で昔の2ちゃんねらー的なノリがあり、今の時代にその振る舞いを目にすると、単純に下品で印象が悪い。
はてなブックマーク界隈のように、必要以上の毒舌や攻撃的な言動が許容される空間では違和感がないのかもしれないが、
近年のネット文化は「ぬるま湯」と言われるほど穏やかなものが主流になりつつある。
その中で彼の言動は、異質であり、浮いて見える。
この変化には、彼の年齢や立場の変化も関係しているのではないか。
若い頃は「若さ」「勢い」「悪ノリ」で許容されていた言動も、今やアラフォーで家庭を持ち、
一定の知名度を持つライターとして振る舞うとなると、受け入れられにくくなっているのかもしれない。
最近、オモコロ周辺で彼の名前を聞く機会が減ったのも、このあたりが影響しているのではないかと邪推する。
オモコロ自体が近年、女性やライト層向けにコンテンツの方向性をシフトしていることを考えると、
ヨッピー氏のような「昔ながらのネット民的ノリ」と距離を置きたがっているのではないかとも推測できる。
以前、彼が「男なら女の子に奢らなきゃいけないでしょ!文句を言う奴は男らしくない!」
といった趣旨の発言をして批判を浴びたことがあったが、近年のXでの振る舞いも含めて、悪い意味での「男らしさ」や「有害な男性性」の発露を感じさせる。
また、無名のアカウントに噛みついて晒し上げたり、先のイクメン増田に噛みついた様に「こんな酷いことを書かれました」と信者を煽るような言動も目立つ。
彼が想定しているであろう「面白く愉快なヨッピー」「男らしく頼れるイクメンなヨッピー」といったイメージとの乖離が大きく、
自身の発信するイメージと、実際の受け取られ方のコントロールが難しくなっているのは、
加齢による感性の変化も影響しているのだろう。
実際、アラフォー以降になると、元々は面白くセンスのあった人物でも、
言動が不安定になったり、発言が必要以上に過激化・先鋭化していく現象は珍しくない。
この年齢で一貫したスタンスを維持することは、意外と難しいのかもしれない。
とはいえ、ヨッピー氏の場合はイクメンライターとして家族を公開しながら活動している以上、
LINEもAI返信機能が実装されて、誰が書いてるかなんてもう分からなくなる。
好きな人とのLINEも、職場のやり取りも、半分くらいはAI同士で成立する時代になる。
そもそも文章なんて、相手に伝えるためのツールでしかないのに、
それをAIが最適化して代行してくれるなら、人間が書く意味なんてどこにもない。
このへん全部、AIが一番ちょうどいいトーンで返すようになる。
俺はもうとっくに自分のスタンスとか文体をAIに学習させてて、
その上でやり取りしてる。
たまに「文体が落ち着く」とか「考え方が合う」とか言われるけど、
もちろんこれもAIに書かせてる。
今これ読んでるお前と、コメント欄で会話してる俺も、
もう俺じゃない可能性がある。
あと数年したら、誰も本音で話さなくても円滑なコミュニケーションが成立する世界が来る。
人間がやることは、もう「設定」だけ。
何を言うかじゃなくて、どう見せたいか。
俺たち、もう半分くらいAIで生きてるよ。
趣味の一環として配信したりしなかったりしていて思ったんだけど
趣味の一環だけど他人が絡んでくるからどうしても色々やってみたくなっちゃうんだよね
でも配信って配信する人間と、それを見る人間が居るわけで見る人間に依存するような目標って立てても良いことないんだなって思った
弱小でも同じゲームやってると常連さんが出来たり、いろんな人が入り混じって小さいコミュニティみたいなのができるんだよね
それでコミュニティを大きくしたいとか考えだすとドツボにハマるんだろうなって感じした。
もちろん1%の大成功者が居て、その下に成功者が居て、その下に普通の人が居て・・・みたいなピラミッド構造なんだろうけど上を見やすいから
「頑張ったら俺(私)も有名配信者とまで行かなくても少しぐらい・・・」って夢を見るんだよね。そこに年齢とか関係ない
報われないとか普通なんだよね。数字を目標にするなっていうのはそういうことなんだろうなって実際にやってみて思った
毎日配信とか誰も興味ないのよ。だってお店が休業日以外で営業しているのは普通なんだから
決まった時間にやるのも普通なのよ。だってお店は決まった営業時間で運営してるんだから
退屈・飽きた・忙しいみたいな理由で来ないのも普通なのよ。だって他に優先するものがあるんだから
自分はそこまで承認欲求が強くないから、第一に「自分がゲームやってる横でワチャワチャしててほしい」っていうのが理想で始めたから今は割と満足してる
ただ来ない回はマジで誰も来ないんだよね。人が来やすい・来づらいタイミングとか関係なく、来るときは来るし居ない時は居ない
厳密に言えば裏画面とか横で垂れ流してる人は居るみたいなんだけど、コメントは一切来ないとか割と普通にある。たまにご新規のコメント来て「わあ~」って雑談するとかあるけど1時間もないんじゃないかな
そういうアクティブな視聴者を望めない時はスパッと配信終わることにしてる。BOTなのか肉入りなのか知らないけど、数字が動いてる時は一応垂れ流してる人向けに締めの挨拶は欠かさない
でもこれが原因で辞めてる人が多そうなんだよね
人来ない、コメント来ない、じゃあ配信付けずにやってても同じジャンで活動終了のパターン
もしくは開き直って本当の意味で垂れ流し配信をする人も居るけど、こういうタイプも気づいたら居なくなってる
自分みたいに「企画ヤダ、営業活動ヤダ、定期配信ヤダ」の人間に常連が居ついてくれるだけ有難いと思うんだよね。還元する気とかはないけど
何年も続いてる人達(コメントに困らない程度の配信者)はある程度人が確保できてるからダラダラ続けられるんだよね
もちろん5年後になったら全員消えてるかもしれないけど、少なくとも今年中に消えるって人はそう多くないと思う
そこに至るまでに色々あるんだろうけど、もしかしたら運が良くて質の良い視聴者が来てくれたのかもしれないし、そうじゃないのかもしれない
継続は力だから結果が出なくてもやろう!とか言えるのはガチの狂人か圧倒的な適性を持ったやべー人間だけで、それでも金を稼げない、人が集まらない可能性があるよね
お笑い芸人なんかもそうだけど継続しても芽が出るのが20年後でもおかしくない世界だよね。錦鯉?の二人とかキャリアすごいって話だし
だから結局のところ、趣味の一環で配信をしている自分みたいな人間は負担にならない程度に細々とやっていく方が楽しめると思うんだよね
欲を言えば自分がどんなゲームを配信していてもコメントが付いてるとめっちゃ嬉しいけど、まあよく知らない野郎の音声が乗っているよく知らないゲームの配信を見つけ出す人もそう多くないよねって感じ
だからある程度コメントが欲しいならゲームと配信内容は選ぶべきだし、自分は選ばれし人間でそんなことないって思うなら極端に振り切るのもいいんじゃないかなって思う
でも9割ぐらいの人間は配信するなら自分と同じスタンスの方が適度な満足感を得られることを保証するね
Twitchとか見てるとよく「〇〇までに▲▲する」みたいな人居るけど、9割ぐらい未達成で終わりじゃない?無謀な挑戦にしか見えないから「やっぱりね」で終わっちゃうんだよね
他の配信者と繋がるためにやってる配信とか、あれも一種の配信スタイルだなって最近思い始めた。ああいうの嫌いだから絶対に視聴しないけど有名配信者の模倣がしたいならアリだと思う
「この界隈に貢献するためにやってます」みたいな配信は大体がそういう建前で、本音はそれを踏み台に注目されて営利活動がしたいだけ。企画も何もしない
若い子が多いから分からないのかもしれないけど、明け透けなやつって配信からもそういう思想が透けて見えるんだよね。話してる時に営業の奴らの狙いが透けて見えるのと同じ
どういうところがコメントに困らない程度に人が集まってるかっていえば大体は至って普通に遊んでる人のところに集まってる
普通にやるだけじゃ人が集まらないのは真理なんだろうけど、奇を衒っても明け透けで人が離れていくのもまた真理だなって体験してみて思った
これまで私は、自分のいいところは清潔感と知性だと思ってた。27歳になった今でも、そのスタンスは変わらないんだけど、ここ数ヶ月で何か重大な勘違いをしてたんじゃないかって気づき始めた。
仕事の飲み会で、後輩の女の子が来た時のこと。正直に言うと、その子は別に美人じゃない。背も低いし、顔だって私の方が整ってると思う。
でも。
その日、確実に男たちの反応が違かった。
後輩の女の子が話すと、男たちが身を乗り出して聞く。彼女が何か言うたびに笑ってる。デザート食べてる彼女を見つめてる男もいた。
一方、私が話しても「うん、そっか」くらい。
何が違うんだろう。
翌日、友達に相談したら「あの子って、隙があるんだと思う。絶妙に男ウケ良さそうだよね。」と言われた。
隙?
考えてみた。
後輩の女の子はミニスカート履いてた。ニットは身体のラインが見える。メイクも濃い。でも別にギャルとかじゃなくて、ただ手作り感がある。やたら完璧じゃない。
対して私は。
いつも通り、膝丈のスカート、シンプルなニット、ナチュラルメイク。会社でもプライベートでも基本同じ格好だし、これが大人っぽくていいと思ってた。
でも、もしかして。
これ、つまらないんじゃ。
次の週も飲み会に誘われてたので、試しに服装変えてみた。スカート短めにして、少し胸元開いたニット着た。いつもより濃いめのリップとアイラインにした。
髪も、いつもは一つに結んでたけど、ほどいてウェーブかけた。
最初は自分でも落ち着かなかった。こんなの、私じゃないって感じで。
でも。
その日の男たちの反応が明らかに違った。
「あ、髪下ろしてるんだ。似合う」とか「その格好いいね」とか。
終わったあと、連絡先交換したいと言われた。いつもは「また今度飲みましょう」で終わるのに。
帰り道、一人で考えてた。
私が今まで何を間違ってたのか。
別に清潔感がなくなったわけじゃない。でも、なんか隙を出してみたら、男たちが近づいてきた。
その後、何度か試すうちに気づいた。
ちょっと崩れてる感じ。完璧じゃない感じ。手が届きそうな感じ。
自分で言うのもなんだけど、私って「できた女」オーラが出てるらしい。仕事もできるし、家事もちゃんとしてるし、知識もある。だから多分、近寄りがたいんだろう。
「この人、俺でもイケるかな」って思わせてくれない感じ。
でも後輩女の子とかは違う。ちょっと頼りなさそうで、ちょっと守ってあげたいって思わせる。
ニット脱いでキャミ一枚になったり(寒いから上に羽織ったけど)、話聞いてるときに男の腕に少し寄りかかったり、下ネタに照れながらも反応したり。
その結果、男たちが安心したみたいで、積極的に話しかけてくれた。そのうち2人とは実際にあとで会うことになった。
でも。
これを書いてて、ちょっと悔しいんだ。
別に私は、本当に隙のある女じゃない。むしろ逆。でも、男ウケを狙うなら、そういう安っぽいものを演じる必要があるってわかった。
それって、すごく嫌だ。
自分を偽ってるみたいで。それに、こんなことしなくても、自分のままで好きになってくれる人がいたっていいじゃん。
でも現実は。
男たちが求めてるのは、できた女じゃなくて、守りたくなる女なんだ。
聡い女より、ちょっと天然な女。
それが「モテ」なんだ。
仕事では今までのまま。でも、モテが欲しい場では、ちょっと隙のある女になる。
同僚とか友達には「最近ちょっと頑張ってない?」くらいにしか見えてないと思うけど、実は結構な演技をしてる。
正直、疲れる。
でも、モテたい。
だから演じてる。
これまでの政治スタンスからも外国との関係悪化は必至だぞと左派論壇も政治家も新聞も身構えてた
APECでは中韓を刺激せず会談を取り付け良好な関係維持を確認しあった
出鼻をくじかれた左派
1つはSora 2という動画生成ツールがマジで無法すぎるデータ使用をしている話。
1つはweb小説サイトでAI執筆の小説が、ランキングやコンテストを席巻し始めているという話。
Xではこれらを中心とした議論が更に活発化しているが、大概はなんか論点がよく分からん話をしておられる気がする。
というか論争し合っているお互いが、それぞれ別のことに言及していて、言葉のドッヂボールにすらなっていない感もある。
例えるなら、ウナギの美味しさを批判するべく、いかにカニが美味いかを熱弁しているみたいな。
それ会話成立してる?的なやつ。
なので、その『今何について批判とか意見とか肯定とか否定とかしてるのか』に関する論点というか、
話の軸について、こんなとこで書いても仕方ない感は重々承知しつつ、とりあえずまとめてアップロードしておくことにした。
ちなみに結論らしい結論は特に無いので、そこは期待せず。忘備録だと思ってほしい。
ちなみに私は匿名クリエイターだが、仕事で生成AIサービスを使ったものを納品したことはない。普通の制作村の民である。
が、一個人として、あくまで一個人、私のスタンスとしては、生成AIの存在はなかば受け入れている。
今の時流のクリエイターが納得する形の規制は、色々と無理筋だと感じている。
個人では現実問題として【存在する】という前提で動くしかない類のものだと感じている。
さて本題。
議論において軸とされているように見える問題は、分けると次の通りになると思う。
1:法の話:著作物を勝手に学習データに使うのって、現行法の隙間なだけで取り締まるべきですよね問題
2:文化の話:生成AIで生み出すことを【創作】に含めていいのかよ問題
3:経済の話:生成AIの量産力で、中小層の市場は壊滅するよ問題
4:技術の話:生成AIと生成じゃないAIの区別がついてないよ問題
5:情報の話:生成AIで機械的に情報発信しまくっちゃって、もうネット上のデータが全然信用できねーよ問題
6:感情の話:生成AI嫌いだよ問題、クリエイターがあたふたしないでよ問題
7:対話の話:反AIとか反反AIとか陣営を作って、相手の主張を歪めて自己解釈するので、お話が通じないよ問題
これらをごっちゃにしていっぺんに論じたり、論点が反復横跳びして話題をすり替えたり、
主張や文脈でなくクソデカ主語とかの単語部分への指摘だけで議論したり、これらの話題を分離して認識できなかったりするから、
そして何より、この交錯を他の話題より爆発的に加速させている要素がある。
4の『技術の話』だ。
要するに【生成AIという概念の厳密なところが難しくて、理解できない人が一定数居る】という点。
AI=『SF作品のロボットの頭に入ってる、やがて感情が芽生えたりする人工の頭脳のこと』みたいな認識の人が、割と居る点にあるのだ。
「イラストや映像に使われる手振れ補正AIは、生成AIとはアルゴリズムが違うよ」とか、
「補正AIは数式ベースだけど、生成AIはディープラーニングで」とか、
こういう話は【実際にプログラムの挙動を想像できる人】じゃないと、言われただけでは理解できないことが多い。
クリエイターは得てしてそういうとこに強いケースも多いのだが、
一般人はレンズブラーとガウスブラーの違いを内部処理で説明されても「なるほど、どっちもボカすエフェクトだな」って思っちゃうものなのだ。
それからもう1つ技術関連、というか解釈関連で面倒臭い話題が【人間と機械の違い問題】だ。
機械が既存の著作物を学習した演算でアウトプットすることと、人間が既存の著作物から学んだ能力でアウトプットすることの違い論。
ここから急に"学習"という現象概念の哲学モドキに話がぶっ飛んだりする。
『既存の著作物の要素をイン/アウトプットしてはいけない』だと、人間も当てはまる。
人間はセーフってしようとすると『ツールと作業の割合がどのくらいまでなら人間か』のライン探りが始まる。
世界中のあらゆる訴訟と判決を論拠に、可能な限りのセーフラインぎりぎりで。
果ては『何故製造は機械に代替されてきたのに、創作でだけではやってはいけないのか』という話へと展開される。
そして、もし仮にだ。
生成AIが、現行のクリエイターにとっていい感じに規制されたとする。
つまり【許可取ってない著作物の学習とか違法ですからね】とか【成果物が似てたら著作権侵害で訴えればいけるよ】って世界的になったとする。
学習データの何百万、何千万のデータを人間が逐一チェックして、何件の侵害、とか数えんの?
それともAIに判別させる? そのAIどうやって作る? 必要悪としてそれだけは無制限学習可とかする? 信頼性と責任問題どうする?
訴訟できるよっつったって、イラスト一枚の類似性で訴訟する労力を、何百枚何千枚分とやるわけ?
それを裁判で「この出力データはダメ、こっちはセーフ」とか一枚ずつやるの?
それすらもいい感じに処理できる【一括で処理するルール】を作ればいいじゃん、と思うが、じゃあ一括って何を基準に、どこから、どうやってする?
そんなウルトラCの完璧ルール、誰がいつ思い付いて、いつ法に組み込まれて、いつ運用でまともに機能するようになるんだ。
五年か、五十年か。
皆の声と努力と理解のお陰で、紆余曲折あって百年後は完璧に取り締まれる社会になりました、ちゃんちゃん。
で俺の仕事は?
という思考を経て、私は生成AIに関しては、多分いつか頑張り続ければなるようになるかもしれないが、
その"いつか"までの今はどうすんの。って思って、あくまで個人の心情、心の中の納得としてだが、生成AIの存在は受け入れることにした。
自分が生きてる時間の責任は誰も取らないし、自分の保障は自分がするしかない。
てことで現状、私は生成AIについては、規制派とも推進派とも付かない。
いや分かる!!
AIファーストブクマカ、一時期ちょっといなくなってた感じなんだけど、すぐ復活してこの有様!
萎えるよね!
でもさ、運営に聞いたらやっぱりブクマbotはルール違反ではないって回答なんだよ
俺はそういう運営が良くないと思ってる
利益につながらない増田の管理なんて適当にやるしかないよな、とも思うんよ
一番いいのはさ
「増田なんてなくなってもいいや」くらいのスタンスで生きることだよ
増田のファーストブクマなんて適当でいいや、みたいに思うことが大切だと思うんよ
つまり、もっと他に楽しみ見つけて、そっちを楽しんだ方がいいってことだよ
そう思うようになって、俺は大分気が楽になったよ
今回はもう本当にどうでもいいもん
季節の変わり目に追いつけない体を抱えて、ベッドにうずくまった。
着重ねする必要がなくなったがゆえに、肌にかかっている布の軽さが物足りない。
「寝る前に換気して、空気を循環させた方がいい」という助言を律儀にまもり、手首のスナップをきかせて、窓を開け放つ。
カーテンが呼応するように揺蕩い、爽やかな風が一気に部屋を満たす。
雲一つない藍色の空から、星ごと流し込まれたような心地よさ。額を撫でる風に目を細め、深く息を吸う。
溜まっている「How are you doing?」に返す気が湧かないので、設定から「アカウント削除」を選択し、すぐさまアカウントを作り直した。
英語のレベルは5段階。少し悩んで、3にする。レベルの横に、ドットが3つついたのを確認し、さっそく投稿を作る。
「こんにちは、アキです。喋りたいからアカウントを作成しました。チャットか電話しましょう。」
なんどもアカウントを作り直してもなお、「アキ」を選びたくなるのはなんでだろう。呼びやすいからか、季節の秋が好きだからか、発音したときの響きが好ましいからか。
改名できるなら「あきらちゃん」になりたいな、と思ったことが何度かあるし、ニックネームでアキちゃんと呼ばれたい。
本名はマ行とナ行で、どこか沼っぽく湿気ている。あきら、と声にしたときの、葉っぱをちぎったような爽快さに対するあこがれかもしれない。
投稿ボタンを押すと、少しの間もなく一つ目のいいねがつき、個人メッセージに「手を振る絵文字」が届く。
テンプレートの「調子どう?」「いい感じ」を数人相手に、三往復。
だが、その日は、単調で使い古されたテンプレートを、目をこすりながら指で辿ることを選んだ。
4人を相手に、ほぼ同じ会話のキャッチボールをした。少しも色が変わらない自身の心を見やり、チャットルームを抜けたところで、「電話?」の無機質な文字列が目に入った。
電話しませんか、の8文字すら省略する、スナック菓子のような軽い姿勢に惹かれ、ポテチをつまむように「通話ボタン」を押す。
耳に届いたのは、岩が転がり落ちて割れたような、気だるげに崩した "Yo, what's up"だった。
20代の大学生男子で、発音が聞き取りやすいなと思ったら、ニュージーランド出身だった。時差が3時間程度あり、「オーストラリアと日本の時差は1時間なのに」というと、「オーストラリアとニュージーランドを一緒にしないで」と怒られた。
「それでさ、フィジックスがなにか説明できんの?みたいな」
フィジックスがなんなのかすら知らない、というと「あー、ぶつりがく」と返してきたので、目を丸くした。
「まあ、わかる」
「まあ…このアプリ始める前はなんもしゃべれなかったけど、なまけずに電話とかしたら上達した。で、物理学説明できる?」
息を吸い、悪いけど日常会話くらいしかできないんだ、と返した。
「へえ。どこ住んでたの」
「オーストラリア」
電話口の声のトーンがあがる。転がり落ちた岩から、水切りで投げ、水面で跳ねる石みたいだ。
「うわあ、だと思った。オーストラリアの人って女でも男みたいな喋り方するんだけど、そんな感じがした」
そして、なるほどね、と言い添える。
「小学生のころだったら、本格的に専門の勉強とかはしてない感じか。了解した」
どうやら、物理学がなんなのか聞いてきたのは、英語レベルを測るためらしかった。言葉にトゲが少しもないから警戒はしていなかったが、特殊なモノサシのようにも思えた。
「なんか寂しいなと思って」
「寂しい?」
「孤独を感じたから。やっぱ今のなし、なんか恥ずかしくなってきた」
英語を学びたいから、と無難に流せるところだったが、口をついて出たのは「ロンリー」という単語だった。
言ってみてから、自分の状態を自覚する。そして、少々オープンすぎたかと思い、早口になる。
彼は特段からかう様子もなく、「なんか悲しいことでもあったの」と聞いてきた。
「いや、悲しくはないんだけど。今こうやって話せてるから楽しいし。」
暗い空気を感じ取られたくなくて、会話を移そうとしたが、彼は話題の切り替えに乗ってこない。
「なにかあった?」
首をひねり、天井を見上げる。少し息をついた。
間をおいてまで考えたが、別に何もないのだった。
「本当になにもないんだ。ただ、人って社会の生き物だから。私は一人で行動するのが好きだし、店とかもひとりで行くけど、たまに人と喋りたくなる。それは、ヒトっていう動物が社会の生き物だからだと思う」
「それはそう」
納得したらしい。英語でそこそこ言語化できた自分を、内心褒めつつ、落ち着かなくて言い添えた。
「君をカウンセラーみたいに扱いたいわけじゃないんだよ。だから気にかけてくれなくていいよ」
「なんでそう思ったの」
「どうして悲しいのか聞いてきたのが、こう、心配してくれているように感じて。暗い空気を感じ取ってたら悪いなと。人は人のことをカウンセラー扱いしちゃいけないと思うから。人はあるがままで良いわけだし」
「そんな気にしなくていいのに。別に、ヒトのことをカウンセラー扱いしてもいいんだよ。みんな、誰かをカウンセリングする義務がないことくらいわかってる。強制させてるわけじゃなく、そうしたいからそうするだけで、みたいな」
自分よりも2歳は年下で、語尾の「みたいな」に若者らしさが滲んでいるのが気になるが、それでも海外の大学生はずいぶんまともだなと思った。自分よりも、ヒトとの距離感、境界線の引き方に長けている気がした。
それにしても、知らない考え方だった。
人のことを便利に都合よく使っちゃいけない、というのが今の自分の考えだ。愚痴を聞かされると、「ゴミ箱にされた」と感じる。人はあるがままで良いわけだから、相手になにかケアを求めるのは望ましくないと思う。
だけど彼は、「ヒトは在り方を選択している」わけだから、好きにふるまえばいい、というスタンスだ。
主観的な見方しかしない自分と違い、それを受け取り、応答する側である彼の目線から、「自分だってこうしたいからこうする」と、立場を選んでいることを明示され、目からうろこだった。
なるほど。愚痴を聞かされ、人を励ますとき、私はいつも、都合よく使いやがってと腹を立てたりしたが、私はそのケア役割を「選んで」担っているわけか。
彼のカウンセリングが続く。猫はいるよ、と答えてから、少々言葉に詰まる。
「あれ、猫じゃ埋まらない?」
埋まってる埋まってる、飼い猫のこと愛してるし、と返す。
話は自然と彼の恋バナに移っていった。
「今度日本に行くとき、日本人の好きな子に会いに行くんだよね。性格が好きで」
「なんかロマンチックだね」
「どこが。ただ会いに行くだけだよ」
拒絶されたらショックだなあ、とぼやいている。きっとうまくいくよ、と励ました。ニュージーランドに留学に来ていた女子らしい。
「それで、君は好きな人いないの」
「いないよ。必要かな」
「確かに楽しいね。でも、恋愛のプロセスがあんまり好きじゃない。考えてしゃべったりしないといけないし」
「それは、今まで良い関係を築いてこれなかっただけでは?」
どうやら2個目のアドバイスをもらってしまったらしい。確かにその通りなんだけどさ。でも本当に言いたかったのは、恋愛のプロセスの中、もしくは先に、自分の体を当然のように要求されることの不健康さだった。まあでも言わないことにした。
その後も、気だるげだがポップコーンがポコポコ跳ねるように、軽いフットワークでいくつか話題をまたがり、「もう寝るわ」の声で通話の幕は閉じた。
切り際、「自分にバラでも買えばいい」と言われたから、「買う買う」と返す。
「買ったら写真送って」というので、「それは約束できない」と目を逸らすと、「それじゃあ意味ないじゃん」とごねられる。
現状のPixivはAIによる粗製濫造に侵されている。いや、AI投稿作品は棲み分けされてるでしょ?と思うかもしれないが、普通に「AI生成作品」にチェックを入れずに投稿されているにも関わらず、その実AIのポンだしというものが少なくない。というかかなり多い。
※ここでいうイラストとは少なくともAIによるポン出しは含めない
これは我々がインターネットをする上で心情としている「嫌なら見るな」に反するものだ。嫌なのに見せつけられている例のAAのような状況だ。
これは(AI絵を投稿するユーザー以外の)全てのユーザーにとって不利益だ。ではなぜPixivは厳格に規制せずユーザーのモラルに甘える(と言っても崩壊しているのだが)態度を貫くのか。
現状のAI絵はわかりやすい。t2iかi2iのポン出しか、良くて微修正したくらいだ。細部を見れば溶けている画像は絵というより絵っぽいものだ。
いわゆる「AI絵師」を自称する人にはそれなりの主張があるかもしれないが、描くという工程を得ていない画像はイラストとも言えない出来のものだ。
まぁそういう絵を規制するのは簡単だ。「下絵すら描かずにAIで作成した作品はAI生成作品とします。AI生成作品は投稿しないでください」とするだけでいい。
じゃあ「下絵(線画)は自分で描きました。塗りはAIに任せました」という作品はどうなるのだろうか。まぁこれも塗りという一番厄介な工程をすっ飛ばしてるのでAI生成作品に含まれるかもしれない。
少なくとも全ての工程で手描きしてる絵師からすれば自分と同じ列に同じ作品として展示されるのは「ふざけんな」と思うだろう。
じゃあ定義を広げて「作成過程における大半をAIに依存して作成した作品をAI生成作品とする」という基準に改める。…というかこれが現状のPixivの規制なのだが。
まぁこんな曖昧な基準じゃ「いや、t2i/i2iで画像を生成するのもプロンプトという技術とガチャという試行錯誤が必要で〜」と訳のわからん理屈で「手間をかけたからこれはイラスト!」という主張で投稿する奴が現れているのが現状。
じゃあやっぱり「制作過程の一瞬にでもAIが関わっていたらAI生成作品です」とすると、疑いの余地なくAIの関わりを断つことができる。できるが……
例えば「塗るといい感じに影を着色できるブラシ」とか「環境に適応していい感じに光を表現できるブラシ」というのが現れるとする。
現実的な悩ましい色の選択と難しいレイヤーの合成方法をすっ飛ばして『ビル街の中にある街路樹から漏れる淡い光を表現できるブラシを作成して』というだけで望ましいブラシと色を簡単に作成してくれるツールが現れたら?
アンチAI過激派なら「機械学習によって生成されたブラシによる着色なんて味がない」というだろう。
しかしこれから現れるAIネイティブ世代にとっては「いや、ブラシが生成されてもそれでうまく描けるかは結局力量だから」となる可能性は高い。あくまでブラシはツールで、最適解のブラシを手に入れたとして最高の絵が描けるわけではない。
というかこれは現状でも議論できる話で、例え完成品のイラストに1ピクセルも反映されていないとしても、AIによって生成された画像を参考に構図を決めたり着色してたりしてたら?
お気持ちの話をするなら「そういう楽はすべきではない、芸術とは自分の魂を込めることで手間を省いたものに魂は込められない」という人もいるかもしれない。
が、それは紙と違って簡単にRedo/Undoができるツールを使ってる人が言うべきではない。パソコンで絵を描いていない人だけが彼に石を投げなさい。
我々がコンピューターという便利なツールで描かれたイラストを当たり前に受け入れている以上、AIという便利なツールによって描かれたイラストを受け入れるのもまた時間の問題なのだ。
話を戻すとPixivがそういう「少しでもAIが関わってたらダメ!」という表明をすると、短期的にはいいが長期的にはユーザーが離れていく。
Stable Diffusionの登場はかなりの驚きだったが、既に歴史の中で似たようなことが起こってるのは承知だと思う。世界史で習ったイギリスの産業革命しかり、あるいはこの文脈でよく語られる「コンピューターが登場したことによって生まれたデジタルイラストには味がないと過去には言われていた」とかそういうのだ。
我々が今どんなに「AIはクソ」と主張しても10年後にはみんな使って当たり前のツールになっている。
想像の話だが、パソコンが生まれる前に存在していた「イラスト投稿雑誌」なるものがあったとする(※私はWindowsが生まれてから産まれているので、ガチでここら辺は私の想像)
そのイラスト投稿雑誌が「コンピューターイラストは誰でも簡単に描けて味がない!紙のイラストのみ受け入れます!」という主張をし、実践していたら簡単に時代の波に埋もれるのは想像がつくと思う。現実はパソコンで作成したイラストも受け入れる雑誌が現れて、そっちが生き残ると思う。
もちろんそれを現状のPixivにまんま当てはめることができるとは思えない。AIによるポン出し絵を投稿する人間にファンがつくとは思えない。ただ、AIを活用したブラシなどを使って描かれた絵なら、普通にファンはつくと思う。
まぁ結局、「AI絵は一律排斥しろ」というのは難しい。線引きが難しいからだ。またそうなった場合、厳格にAIを排斥するサービスは投稿者・閲覧者共に減っていくのは間違いない。
だからPixivは(現状では否定意見が多い)AIをある程度受け入れつつ、将来のAIネイティブ世代を受け入れる体制を作り続けないといけない。
そうじゃないと、AIを活用するイラストレーターがPixivから離れていくからだ(AI絵師(笑)ではなく)
そしてChatGPTから始まったAIサービスが普通の人間でも使えるようになった以上、AIに対して抵抗がある人間が減ることはあれど、増えることはない(まさしく産業革命に対するラッダイト運動のようなことは起きるかもしれないが、望むと望まないとに限らず、我々が機械に反発なく生活しているように、もはやAIを避けて生きていくのは無理なのだ……)
これが「AI絵は一律、厳格に対応しろ」と言う声にできない理由だと私は考える。もろちん、人的リソースの限界もあるだろうけど。
これはPixivに限った話じゃなくて、全ての芸術(音楽とか小説とか、あるいは動画とか)に及ぶ話だ。望むと望まないと、AIは使われてゆく……
「いや技術的な話じゃなくて、自分が描いた絵が無断で学習されて、それを使ったものが投稿されてるのが嫌なんだが」という人には『それはそう!!!!!!』と声を大にして賛同しておく。
しかし残念ながら、みんな大好きChatGPTですら著作権に対しては舐めた態度を取っている(Sora2とか…)ので、もうまじで残念ながら諦める以外の選択肢は極めて少ない。
だからこれを書いている私のスタンスは『』 もう時代の流れに身を任せて全てを諦め、そして自分の益になることは人から怒られない程度にAIから掠め取っていこう』だ。今の私の業務はChatGPTで成り立っている。
だからこの文章も別に「だからPixivはこうしろ!」とか主張するつもりはない。
「PixivはさっさとAI絵じゃないと偽ってAI絵の投稿するやつをどうにかしろ」という程度のことは常々思ってるが、それ以上のことを望むのは難しいんじゃないか、という考察をただ垂れ流しただけ。